時間は巻き戻り、シエナが雫の部屋に行く4日目前まで遡る。翔の時間軸と照らし合わせた場合、彼が一階層を突破した頃となる。
シエナは急遽言い渡されたリリアーナ王女の下命により、ハイリヒ王国と加盟国の境界線にある砦の部隊と合流し、魔物の討伐並びに近隣住民の避難を行っていた。
ちなみにシエナに与えられた現場での役職は独立部隊の指揮官だ。まあ、独立部隊の指揮官とカッコよく言ってはいるが、彼女の部隊人数は分隊レベルの5名しかいないが…。
シエナは余りの人数の少なさに口から愚痴がこぼれる。
「もう少し人材が欲しいですね。せめて、分隊規模ではなく小隊規模の人数が欲しいです。ええ、切実に」
それも無理なことをシエナは重々理解している。何故なら、ハイリヒ王国の王女部隊は人手が圧倒的に足りていないからだ。まあ、もし足りていたとしても、勇者一同の方に割り当てられるので結果的に王女部隊の人数は絞られていたが……。
そんな涙なくしては語れない現状は片隅に置いておき、シエナは集まってきた部下に次の命令を与えるため話し出す。
「魔物の侵攻は落ち着きましたね。厳戒態勢を維持し、近隣住民の支援にッ!」
「「「「ハッ!」」」」
部下は命令を遂行する為に各々拡散していく。それを見届けた後、シエナは目元のクマが目立つ寝不足の顔で熟考する。
「やはり、魔物の侵攻速度が異常ですね。一度王宮に戻り、リリアーナ様にご報告する必要がありますね」
シエナは先程起きた戦闘の異常な部分を思い出しながら計画を組み立てる。そして、ある程度計画の骨組みを立てた後、自身の寝不足の要因となっている夢のことに想いを馳せる。
「最近見てしまう翔様と雫様に関しての夢…いえ、これは夢ではなく、実際に起きた出来事でしょうね」
何故かシエナは夢を見ているのではなく、実際に起きたことを夢として追体験していると断言する。彼女が断言したことに特に深い意味はなく、これは二人の記憶であると自身の勘が訴えているのでそれに従っただけだ。だが、それでも、彼女は実際に起きた出来事を夢として追体験しているのは間違いないと確信している。
「ええ、大変不本意ですが本当に起きたことなのでしょう。翔と雫様が見たことがない学園や建物の中で楽しげにしているのを見てしまうのは……何かの罰ゲームでしょうか?」
ついつい、イラッとしてしまうぐらいにはイチャイチャしている記憶だったので、シエナの堪忍袋がプチっとしてしまいそうになる。おそらく、彼女の横にパンチングマシーンを置けば壊してしまうほどには殴ってしまうだろう。
「帰ったら二人とお話をしましょう。ええ、私は怒ってはいませんとも……はぁ〜私は何しているのか、早く報告書を書いてしまいましょう」
シエナはそう言った後、自室に戻って報告書の作成を初めた。おそらく、報告書の作成は本日中には終わってしまうだろう。そして、実際に彼女は半日で仕上げてしまって、残った時間は部下を労りながら見張りをして時間を潰した。
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シエナが報告書を作成してから2日が経過した。そして、その経過した日数分の翔と雫の記憶と、更に二人の現状を夢として見てしまうようになっていた。
「何故、翔様と雫様は違う場所にいるのでしょうか? オルクス大迷宮で一緒に訓練をしている筈では…」
シエナには翔とハジメの訃報は知らされていなかった。何故なら、王国の上層部と教会により、訃報の知らせが全て止められていたからだ。理由は、魔族側に勇者と同じ世界の者が死んでしまったという情報を掴ませないためや、自国の国民がパニックにならないようにするためだ。
故に、現状何も知らないシエナは疑問しか出てこない。そのため、今も頭の上にハテナマークを浮かばせて、あーでもないこーでもないと考えている。
「翔様は視認できないような速さの魔物と戦っていますね。それに腕が生えて……再生魔法など御伽噺のはずですが、さては人間辞めましたか? えっと雫様の様子は…」
何故、翔がいないのに雫は翔がいるような振る舞いをしているのかシエナには分からない。いや、雫の周りで語られることから一定の推測は立てられていた。
(何か迷宮で事件があって、翔様が巻き込まれてしまった? その内容までは分かりませんが…うーん、もどかしいですね。いえ、それは置いておきましょう。ですが、なぜ雫様は現実ではなく自身の世界に籠られているのでしょうか?)
シエナは翔の記憶から生きていることが分かっているので不思議で仕方なかった。彼女の中では自身が夢として翔のことを確認出来ているなら、雫の方も確認出来ているはずだと思い込んでいた。故に、あそこまで見えない翔と話している理由が分からないのだ。
そんな考え事をしているシエナの前に部下が集まってきたため、脳内会議を終わらさせて口を開く。
「それでは王宮へと帰還します」
「「「「ハッ!」」」」
部下達の声を聞いた後、シエナは手配していた高速馬車に乗り、馬車の腰掛けに座ってから想い人達のことを再び考えていく。
(雫様は翔様の記憶を見ていない可能性がある?)
その路線でシエナは考えてみることにしてみた。そういうことなら、雫の状況にも納得が出来るからだ。だが、なぜ雫が翔の記憶を見ていないのかが分からなかった。
一先ず、シエナは自身と雫の共通項という角度から見ることにした。それによって、手掛りが掴めると感じたからだ。
(翔様のことが大好きで言葉では言い表わせないほどに愛してる。これは私と雫様の共通項でしょうね。いえ、もしかしたら私よりも雫様の方が彼を…)
シエナは最後までは考えたくなかった。それを突き詰めてしまえば、雫に確実に負けてしまうと思ったからだ。彼と過ごしたい時間も想い焦がれた時間もどちらも雫の方が上であるのを夢という記憶で知ってしまったから…。
一旦、シエナは深呼吸をして心のわだかまりを綺麗に流した。そして、再び共通項を探すために思考の海に潜っていく。
(他には何があるでしょうか? 性別、年齢、体格、体験してきたこと、好きなこと、嫌いなこと……いえ、それらは翔様の夢を見てしまうことには関係ないですね。でしたら後は何があるでしょうか?)
シエナは考えついた共通項を拾っては捨てる作業を30分前後行っていたが、どうにもしっくりと来るようなモノが出なかった。
そのため、シエナは逆に相違点について考えてみることにした。すると、ようやく何か掴んだような感覚が脳内に轟く。きっとそれなら現在の状況と適合するのではないだろうかと感じた。
それは……。
(過去ではなく、現在の翔様を好きでいること)
何故かシエナの勘が正解だと伝えてくる。この妙に勘が冴える感じは、翔と雫が出てくる夢が実際にあった記憶だと認識した時と同じであった。
(それなら、私がすることは…)
そこまで考えた時、シエナの乗っている馬車が急に停止してしまう。そして、間髪入れずに緊急事態が起きたことを知らせるアーティファクトのベルが響き渡る。
(これは…魔族!?)
シエナはベルの音の鳴り方から即座に魔族の襲撃だと理解した。だから、馬車から降りて指示を出そうとしたが……。
「ーーー!?」
それは叶わなかった。何故なら、自身の乗っている馬車が魔物の突進で横転してしまったからだ。横転した馬車は一回転では止まらず、十回転以上は回りながらクルクルと地面を転がる。
当然、馬車の中にいるシエナは遠心力により、全身に擦り傷や打撲痕が量産されていく。彼女は余りの痛さに悲鳴が口から溢れていく。
「痛ッッッ!?」
そして、そんな時間が数十秒程経つと、馬車が大木に衝突して完全に停止する。
(止まり…ましたか?)
停止したことを感覚で確認したシエナは目眩と吐き気に耐えながら、ヨロヨロと歪んだ馬車の床に立って装備や武器の確認をする。すると、回復薬は試験管から液漏れしており、普段使用している杖だけでなく予備の杖すらも修復不可能な程に折れていた。
「…やって…くれまし…ね。戦闘…は…続行…不可…能…ですか」
どう見てもシエナの状況は最悪であった。身体は馬車の横転による内出血や打撲などで思うように動けず、おまけに装備も武器もゼロである。だが、彼女の近くに敵がいる以上、戦うしか道はない。
シエナは覚悟を決めて馬車のドアを開けると、そこには体高3メートルほどあるイノシシ型の魔物に騎乗している魔族の男が待ち構えていた。そして、彼女を見た魔族の男が直ぐに話し始める。
「魔物の情報を持ち帰られるのは困るな〜。まあ、そういうことで…死ねよッ!」
魔族の男がシエナに死刑宣告をした後、即座に魔物から跳躍して腰にあるレイピアを抜刀し、彼女の心臓を貫こうとする。当然、このまま無抵抗で突き刺されば彼女の命はなくなってしまう。だから、避けようとするが……。
(敵の動きが早い!? よりにもよって手練れですか…完全に避けるのは無理ですね)
シエナは一瞬で判断し、その攻撃の位置が右肩になるように調整する。咄嗟の思いつきだったが成功し、彼女の右肩にレイピアは突き刺さる。それにより、彼女の白色だった軍服が赤く染色されていき、鋭い痛みが襲ってくる。
「痛ッッッッッッ!?」
「避けんなよ、面倒だろーが!」
魔族の男は罵倒しながらシエナに突き刺さっているレイピアを抜いて、彼女の心臓を再び狙うためにレイピアを振り上げる。シエナはその攻撃も先程のように避けようとしたが、打撲や右肩の痛みなどで身体を上手く動かさせない。
(今度はどう頑張っても避けきれないですね。最後に翔様に会いたかったです。それに、雫様とは恋敵の関係でしたが友人に……いえ、可笑しいなことを言ってますね、私)
シエナはそんなことを考えながら、翔から貰った氷の結晶がモチーフの右耳のピアスを撫でるために右手を無理やり動かしていく。そうすることで、何となく彼らと距離が近くなる気がしたからだ。
そして、右耳のピアスに触れた瞬間……カチリと歯車が回るような感覚が駆け巡り、翔と雫の記憶が激流のような速度で流れ込んでくる。
(翔様からは薄暗い洞窟での生活の記憶と"放出の火属性"の扱い方についてですか。雫様からは、ベヒモスと相対して奈落に落ちていく翔様と南雲様……ということは、迷宮の事件とは奈落に落ちてしまうことですか。そして、翔様の記憶は奈落に落ちてからのものと見て良さそうですね。とりあえず、その辺は後で考えましょう。今は…)
シエナは膨大な情報量で停止しかけている自身の意識を正常に戻し、刻み込まれた翔の記憶だけに注視して技能を発動していく。
「〈ー放出・供与ー〉求めるは〈ー火ー〉ッ!」
その言葉に反応して、シエナの右掌に朱殷色の火が轟々と音を響かせながら形成される。その時には何故か彼女の身体の痛みは無くなっており、傷すら逆再生したかのように掻き消されていた。
(理解は後です。使えるものは使いましょう!)
軍人としての気質がシエナの行動を迅速に決めていく。まずは右手にある炎を魔族の男に向かって射出する。
近距離から魔法を受けたせいか、それとも先程までは虫の息だったシエナが急に俊敏に動けるようになった驚愕からか、魔族の男は避けることが出来ずに直撃してしまう。当然、翔から力を借り受けている以上は効果も同じである。つまり、触れた瞬間に抵抗すら許さずに灰燼と化す。
(次は…)
シエナは魔族の男が灰となるのを無視して、イノシシ型の魔物に目を向ける。そして…。
「〈ー放出・供与ー〉求めるは〈ー火ー〉」
先程と同じく技能のトリガーを引き、間髪入れずに目標へと炎を撃ち放つ。放たれた炎は狙いを外すことなく対象に当たり、熱風を撒き散らしながら魔物を溶け落とす。
それを為したシエナは茶色の目を丸くして呆然とした顔になる。暫くその光景を見た後、彼女はポツリと呟く。
「……私が扱う対個人用の上級魔法に匹敵しますね。それを技能の名称を叫べば良いだけというのは少し…いえ、かなり異常としか」
シエナは異常な火力の高さに若干引き気味になる。その姿は初めて"放出の火属性"を行使した翔と似ていた。
数秒ほど現実逃避していたシエナだったが、意識を現実に戻して部下の安否を確認する。
「……大丈夫そうですね。まあ、魔力が殆ど枯渇してしまったので、向かったところで肉壁にしかなりませんけどね……我ながら情けないですね」
部下の安否確認が終わったシエナは自虐を言いながら、戦闘中に魔力を枯らしてしまったことを反省する。
「それよりも…」
シエナは魔族の男と戦闘中に起こった記憶の流入について考え出す。
(翔様は奈落に落ちてからも生き残っているので安心しても良いでしょう。腕を犠牲にして戦ったり、何故か裸なのは目を瞑りましょう。いえ、今度会った時に揶揄いましょうか?)
脳内で翔の裁定を下したシエナは、次に雫のことに関して切り込みを入れていく。
(雫様の思考は何処までも現実主義者。だから、奈落に落ちてしまったら死んでしまうと確信されてしまっている)
もしも、雫が現実主義者ではなく空想家であれば現在の翔に想いを馳せれていたのだろう。しかし、実際のところ彼女は現実主義者であり、確率的に低いことはあり得るはずがないと思い込んでしまっている。だから、雫の中では現在の翔は死んでいることになっている。現実主義者故に視野が狭くなってしまっているのだ。
シエナはそれらの要因を瞬時に思案した後、雫をどうにかして現実の翔に振り向かせられないか考える。
(先ずは、雫様の夢を壊して現実を見てもらう必要がありますね。ですがそれは…)
夢を壊していく途中で雫が耐えきれなくなるのではないかとシエナは思った。しかし、夢を壊さなければ雫に翔の生存が伝わらない。
もちろん、翔と雫が合流するまで待つという手もある。それが穏便に済ませる一番の方法だろう。だが、それは出来ない。何故なら二人が合流するまでに教会側が何かする可能性が非常に高いからだ。
(早く治さなければ教会側がメンタルケアだと言い張って雫様を洗脳をしかねません。私の初陣の時も洗脳された人達が肉壁に……)
そこで一旦ズレた思考をシエナは打ち切る。今は雫のことだけを考えたいからだ。
(とにかく、雫様の夢を壊すために彼女の言われたくないことを並べ立てましょう。私は…嫌われる可能性がありますが、まあ割り切りましょう)
シエナは儚く笑いながら雫に伝える言葉を脳内でまとめる。そして、次に"放出・供与"のことについて触れていく。
(発動のきっかけは間違いなく危機的な状況になることですね)
それ以外には考えられなかったため、シエナは断言した。そして、次に雫もこの力は使えるのか考えていく。
(いえ、今は無理でしょうね。垣間見た雫様の記憶だけになりますが、剣を振ることすら辞めさせられていました。おそらく危険な場所にも行かせてもらえていないでしょうね)
だが、それではダメだとシエナは思った。雫にはこの力を掌握してもらう必要がある。何故なら…。
(雫様、本当は守られるだけのお姫様になるのは嫌なのでしょう? だって、ありのままの自分自身を見てほしいと願っているのだから。可愛いモノを捨ててまで鍛えた強さを否定なんてして欲しくない。それと同時に自身の弱さも見て欲しい。王子様と共に手を握りながら歩いていくお姫様。それが雫様の本当の…)
シエナは其処で思考を区切って部下達と合流し、王宮に早駆けで帰還した。
そして、即座に雫の元に出向き、烈火の如く辛辣な言葉を彼女に叩きつけた。