これは小学生の頃の話。
突然いつも付けていたお気に入りの髪飾りが稽古中に切れてしまった。大事に、大事に使っていた宝物が壊れたショックで初めて周りを気にせずに涙を流してしまった…今、思い出すだけで恥ずかしいわね。
自分自身の感情を殺しながら稽古していた雫が初めて涙を流した瞬間に家族や門下生はパニックになってしまって、母親が来るまでカオスのような空間になっていたのには苦笑いする。
母親が来てからは、お小遣いを渡されて「好きな髪飾りを買ってきなさい」と言われた。その言葉に目をキラキラとさせて、一人で買い物に出かけた…それにしては、後ろに多くの気配を感じた気がするけど。
その途中で、公園のブランコに座っている男の子を見かけた。どこか不思議な空気を纏っていて触れてしまうと壊れてしまいそうな儚い印象を持った男の子だった。
そんな男の子の雰囲気に数秒ほど見惚れていたが、目的を思い出して髪飾りショップに向かった。
髪飾りショップは天国のような場所だった。髪飾りを選ぶのに2時間も掛かってしまったことには反省している…しょうがないじゃない。可愛いものが一杯あるのだから、目移りするのは当然でしょ。
帰り道、厳選に厳選をかさねた髪飾りが入っている紙袋を持って歩く。
ふと、男の子のことを思い出して、彼がいた公園を覗いた。そこには、死んでいるかのように身動きをしない彼がいた。
「アイツ気持ち悪い、動かないぞ」
「アレ死んでるんじゃないか」
近くで話している子供達の言葉に焦った私はブランコにいる男の子にダッシュで向かった。
「ねえ!!大丈夫?」
思い切り、肩を掴んで揺らし大声をあげた私に驚いた彼はこちらを黒い瞳で見つめ返した。
「えっ??うん…大丈夫だよ。気を遣ってくれてごめんね」
「うんうん! 私、2時間前から公園にいる君を見て心配で…あっ」
この言い方だと、ただの怪しい人では…そう思ってしまって言葉が詰まる。
「怪しいと思ってないから安心して。それよりも大丈夫?紙袋が落ちてるよ。はい、どうぞ」
「ありがとう…」
1分だろうか、5分だろうか時が止まったかのように音が無くなる。静寂な空気に耐えられなくなった私は彼に言葉を投げる。
「ねえ、何か困っていることあるなら話して。あなたの力になりたいの…無理はしなくて良いからね」
「えっ…そうだね。うーん、聞いてくれるかな」
彼が話した内容は不思議だった。自分自身の中にもう一人いて、見たことがないのに見たことがあるという。17歳になった今の私でも完全には理解出来ないだろうお話。
そんな不思議な話をする彼になんて言ったら良いか悩み、結局口から出たのは簡単な言葉だった。
「大丈夫!ええっと分からないけど大丈夫!」
私の言葉に彼はお腹を抱えて笑った。
ムカついた。そんな笑わなくても…小学生の私に難しすぎる。
彼は怒って膨らんだ私のほっぺを見て、慌てながら謝った。
「ごめんね。バカにしてるわけじゃないよ」
「本当に??……嘘じゃないなら許してあげる」
私の反応を見た彼は気まずそうに笑った。そして、しばらく熟考に入ったかと思うと何かを決意したかのようにお礼を述べた。
「そっか、そうだよな。うん、ありがとう。結局はどちらも僕であり、俺なんだ」
「??」
「気にすんな、とにかくありがとう。答えは見つけたから」
話し終わった彼の雰囲気は出会う前と比べて、希薄さがなくなり、どちらかというと存在感が増したような印象を受けた。
急な変わりように私は戸惑ってしまう。でも、どこまでも見つめたくなってしまう魅力を秘めていた。
「悪い。お礼と言ってはなんだが、このキーホルダー貰ってくれないか?親戚に渡されたやつだけど、俺はカッコイイ系が好きなんだ」
私の手にデフォルメされた可愛い犬と猫のキーホルダーを置く。
「わあ〜、可愛い!本当に良いの!無理って言ってもダメだからね!」
「良いよ、良いよ。持っていってくれ。」
彼から貰ったキーホルダーを両手で抱きしめる。
私も何か渡さないと彼との関係が切れてしまうように感じて、慌てながら祖父から貰った新しいお守りを彼の手に置く。
「厄祓い??というお守りらしいよ!悪いものから守ってくれるんだって!」
「本当にもらって良いのか?『良いよ!』そうか、ありがとうな。あっそろそろ帰らないといけない」
そう言った彼は軽い身のこなしでブランコからジャンプして着地した。私の方に振り返り「バイバイ」と言って去っていく。
またいつか会えると良いな…黒い瞳に黒い髪、周りの子達と同じようでどこか違う雰囲気を纏う男の子。
もしかしたらそれは私の初恋…違う違う、そんなわけないじゃない。
赤らめた頬を手で隠す。胸にあるほのかな温もりを抑えるように深呼吸を数回すると、いつも通りの八重樫 雫に戻る。
そして、今日から通うことになる高校へと向かう。カバンにある動物のキーホルダーを揺らしながら。