俺が仮拠点にしていた鬱蒼とした森を抜けると、直ぐに大きな屋敷が視界いっぱいに広がる。
(なんかこの屋敷を見るのも久しぶりな気がする)
"黒刀の件"からそれほど日数は経っていないのに不思議なものだ。
(それにしても……この屋敷っていつ頃からあるんだ?)
目の前の屋敷からは歴史的な古さを感じず、どちらかと言えば新築のように見える。
(オルクス大迷宮が出来てから数百年は経ってたはずだよな。その時にこの屋敷も建てられたという線は……いくら何でも綺麗すぎるから違うか。それなら別の線か? 少し、考えてみるか)
例えば誰かが踏破した時に造ったとか、ハジメが一夜城のように急遽組み立てたとかだろうか。
少なくともハジメが造ったという仮説は捨てて良いだろう。親友は、軍事関連の知識に関しては迸る厨二パワーで異常なほど熟知しているが、建築関連には疎かった記憶があるからだ。
だとしたら、踏破したやつが建てた物という仮説になるが、それもゼロに近い。先ず、極悪な奈落の魔物を一掃できる戦力を個人、又は少数のチームが持ち得るのは難しい。また、それに付属して腕利きの錬成士がいなければこの屋敷を建てられないと思ったからだ。
仮に、そんな好条件を揃えている個人やチームが奈落に屋敷を造るかと言われれば「そうはならんやろ」と断言できる。
いや、国家レベルなら錬成士部隊と戦闘部隊を揃えて屋敷を建てられるかも知れない。しかし、それはないと思える。なぜ、国家がこんな地獄のような所に屋敷を竣工するのか、そこまでのメリットが有るなら教えてほしい。
よって俺の結論は、よく分からない。それに帰結した。
(本当に謎だな〜。まあ、魔法世界だし、何か隠された法術があって楽々と造れるのかもしれないな)
俺の中では考え終わった内容だが、一応ハジメに聞いてみよう。むしろ、なぜ最初にハジメに聞かなかったのか……きっと野生の生活に慣れたせいで思考が回っていないのだろう。決して、俺が馬鹿だからではないはず。
「なあ、もしかして屋敷はハジメが造ったのか? それとも他の誰かなのか? 何か知ってたりする?」
「今の俺に此処まで大きな建築物を造るのは無理だな。他の質問は……後で分かると言っておく」
ハジメが「これからサプライズが起きるから期待しておけ!」っという顔をしながら返答してくれた。今のハジメさんは、もうそれは飛び切りの悪どい顔をしてらっしゃる。ここまで、策士のようなニヤリ顔がハマる奴なんてそうそういないだろう。
(すっごく行きたく無くなった! 帰って良いか? いや、帰る場所なんてなかったわ!)
自身の脳内でノリツッコミをしていると、ハジメが顎に手を置いてから再び話し出す。
「そういえば、屋敷の築年数は興味なくて調べてなかったな。ユエに聞いたらどの程度
ハジメさんや、それは言ってはダメだ。おそらく、年齢に関係することだから……うん、どんまい。
「…ハジメ、酷い…」
「ユエ、いきなりどうしたんだ?」
「…ハジメに古い女と言われた。これほどの恥辱と屈辱は味わった事がない…泣きそう」
金髪の女性が涙目になりながら体育座りして、地面に"へのへのもへじ"を書き出す。やっぱり禁句だったみたいだ。何というか女性の周囲に哀愁が漂っている。相当ショックだったのだろう。
「きゅう? もきゅ、きゅぅぅ」
そんな落ち込んでいる女性を見兼ねたのか、イナバがウサ耳で彼女の肩をトントンと叩いて励ましている。
ここは俺も何かしておいた方が良いだろう。普段よりも声をちょっと高めにして……
「ハジメ最低〜。マジないわ〜」
「お前は何処ぞのギャルか!」
「……私は古い年増の女、ハジメは新しい女が好き。この恨み晴らさでおくべきか……」
「ユエ!? 何で日本の古語を知っているんだ!? 後、そんなことは断じて言ってない!」
「…んっ、言ったに等しい。おしお…教育する。〈ー出でよ、白龍ー〉」
金髪の女性の適当な詠唱でカードゲームで見たことあるドラゴンが出てきた。
(えっ!? それどうやってるんだ?)
ちょっと、いや、かなり習いたい。俺も青い眼のドラゴン出したい。
そんな事を考えていると、ドラゴンが雷鳴を轟かせながら顎門を開ける。そして、雷が顎の周辺に集結していき……
「シャァァァァッ!」
刹那ーー咆哮と共に手加減されたレールガンがハジメと近くにいた俺達に放たれる。
「避けきれねぇ!? これぐらいで死ぬことはないが、わざわざ受けたくはないぞ!」
「ハジメ、確かに避け切れないよな。〈ー放出ー〉求めるは〈ー風ー〉! だが、安心しろ……俺は守るのは得意なんだ!」
とか言いながら、ハジメをシールドの対象範囲から除く。
「なっ、翔!? お前一人だけ!?」
「いや、イナバもいるぞ?」 「もきゅ!」
俺の言葉に反応し、イナバが右うさ耳を挙げる。何というか段々とゆるキャラ度が上がっている気がする。
(イナバ…恐ろしい子!)
さて、そろそろ怒りの雷神がこちらに到達しそうなので、ハジメに別れ(?)の挨拶を送る。
「俺はハジメの事を忘れない……」
「いや、今すぐに助けろよ!」
「え? なんですか?」
「絶対に聞こえてただろ! ハッ、しまった!? アババババーーー!?」
ビリビリする程度に調整されたレールガンがハジメに直撃し、親友を踊る人形に変えてしまう。こう、人がビリビリとしながら踊る姿はちょっと……いや、かなり滑稽に見える。
それを為し得た金髪の女性は覇気を纏いながらハジメを見て呟く。
「…ハジメ、メッ! 女性に年齢は禁句!」
俺も気をつけよう。いや、そもそもそんな事を言う女性とかいなかった。なんか泣きそう。久しぶりにお守りでも握ってみよう。うん、心が穏やかになったような気がする。
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親友に刑罰が執行されてから数分後、無事(?)に屋敷の中へ入った。
とりあえず、俺は屋敷を見回す。
最初に目に映ったのは屋敷の壁だった。壁の形は円柱状で石造りになっており、上部は真っ白で平たく、下部は大理石のような石が埋められていた。
それらには簡素な装飾しか施されていないが、この場所を建てた人の腕が素晴らしかったのか、何故か神聖さを感じさせる。
次に、天井を眺める。すると、擬似的な円錐の太陽が暖かな日差しでお出迎えしてくれる。此処は建物の中だと言うのに。つまりは……
(まさかの天井が吹き抜け!? なにこれオシャレすぎないか? この建物を作った人はアニメやゲーム脳のロマン主義者だな。絶対にハジメと気が合うはずだ……あれ? 俺にもブーメラン入りそうだ)
極大のダメージがダイレクトアタックする前に思考を止める。こういう時は気にしてはいけないのだ。既に俺のスルースキルはレベルマックスだから出来るはず……いや、そんなものないけど。
さて、現実に戻ろう。その次に、エントランスの中央にある円形の池を見る。水面は驚くほど綺麗で澄んでおり、太陽の光を浴びてキラキラと光り輝いていた。湖の妖精でも出てきそうだ。
(よ〜し、俺はツッコミしないぞ〜。「此処は屋敷の中だろ!」とか言わないぞ!)
自身のツッコミ欲を抑えながら、続けて一階の階段と部屋と思われるものを見る。
階段の方の位置は入口から見て、12時方向に一つ、4時方向に一つある。
部屋の方の位置は入口から見て、10時方向に一つ、8時方向に一つ、2時方向に一つある。
(1階だけでも贅沢に使われてそうだな〜)
ジロジロと屋敷を眺めている俺に、ハジメが説明を始める。
「この屋敷は全部で三階建てだ。一階は見ての通り…いや、部屋の中までは分からないか。一階の三部屋はリビングとトイレとお風呂だ。先に説明を終わらすから、後でゆっくり見てくれ。次は二階だな、着いてこい」
「りょーかい!」 「きゅう!」
ハジメと金髪の女性の後ろに付いて行って2階に上がっていく。
すると、二階は部屋数が三部屋から五部屋に変わっていた。他に変わった所はなく、屋敷の壁も吹き抜けの天井も一階と同じであった。
俺が二階をあらかた確認し終わった頃、ハジメが再び口を開いて話し出す。
「二階は書斎やら工房がある。それと、どう頑張っても開かない部屋が二部屋ある。まあ、もしもこじ開けられるなら是非とも頼む」
「泥棒か! ハジメのお父さんとお母さんが泣くぞ……いや、むしろ「やっちまえ!」とか言うタイプだったか。全年齢版のギャルゲーにRPG要素を盛り込む時のデバッグのお手伝い大変だったよな〜。全キャラの部屋の花瓶割りは未だに忘れられないぞ」
「ガフッ…破天荒を履き違えている両親の話はやめてくれ……」
ハジメが吐血をするように口を押さえる。どうやらご両親の話はNGらしい。まあ、親友の横にいる金髪の女性の方は話を聞きたそうだが……彼女と話す機会がある時に"ハジメ両親による事件簿シリーズ"でも教えてあげよう。きっと、宇宙猫のように遠い目をすること間違いなしだ。
さて、そろそろ数分ほど経つので、四つん這いになってオワタポーズしているハジメに声をかけ、最後に残った三階の案内をしてもらう。
階段を登って3階へと到着した。此処も二階と同じく部屋数が多いのかと思ったら、なんと部屋が一つしかない。ちょっと驚きだ。経費が足りなかったとか言われたら信じてしまうかも知れない。
「ハジメ、三階は一部屋だけなのか?」
「ああ、隠し部屋があれば別だけどな」
「そんなのあるのか!?」
「メイド服の隠し部屋なら見つけたぞ」
なんというか、ここの住人の趣味は相当に凄かったようだ。メイド服があるのは良いとしても、隠し部屋で匿わなければいけないメイド服とか色々とヤバそうだ。
俺が少し引いてると、金髪の女性が確固たる決意を感じさせる声音で話し始める。
「…大丈夫。ハジメと私の害となるものは全て焼却する!…」
「きゅう!?」「何それ怖い!?」
「ユエ、あの時の事は謝ったろ!?」
イナバ、俺、ハジメの順で恐怖に慄いてしまった。どうやらここはオルクス大迷宮ではなくて、戦慄の迷宮だったようだ。未だに背筋がゾクっとしている気がする。本当にハジメは何をしたんだか。
(まあ、どうせメカ女子でも制作して、その後にメイド服なんか着せたりしたんだろうな)
ハジメは地球にいた頃から迸る熱いパトスで色々と制作してやらかしていたし、それぐらいは容易に想像できてしまう。問題は、それが金髪の女性がお気に召さなかったという事だろう。まあ、ハジメの厨二魂が全て悪い。これで解決するはずだ。
ということで、今の気持ちをハジメに伝えよう。
「ハジメが全て悪い!」
「よく分からんが裏切られたことだけは分かるぞ!?」
「……ハジメの友達は話がわかる。私はユエ…好きに呼んで…」
ユエさんに右手で握手を求められたので、俺も右手を出して握手する。
「ユエさん、挨拶が遅くなったがよろしく頼む。俺は谷口翔だ。谷口でも翔でもお好きにどうぞ。こっちはウサギのイナバだ。」
「もきゅ!」
「んっ!」
今の雰囲気をゲームで表すなら「ユエさんとの絆レベルが上がった」とかナレーションが出る感じだ。ファンファーレもおそらくあるはず。
「てめぇ! ちょっと良い話風に終わらすな! 後、ユエに触れるな、穢れるだろ!」
「ハジメも結構酷くね? あっ、そんな事よりも早く三階の説明してくれ」
「今の流れから現実に戻るのか!? はぁ〜、もういい。俺は疲れた。さっさと目玉イベント終わらせるぞ」
ハジメがそう言うと、今回だけ何故か部屋の扉を開く。下の階では説明だけしか無かったのに不思議だ。それだけ、見せたいものがあると言う事だろうか。
(そういえば屋敷に入る前にハジメがニヤリ顔していたな…)
ということは、悪い予感しかしない。回れ右…いや、回れ後ろして立ち去りたい。
だが、そんな願いは届かず、ハジメが部屋の奥に入っていく。そして、部屋の床に刻み込まれた直径七メートル程の魔法陣の上に立つと、魔王が勇者を出迎えるような悪どい顔をして話し出す。
「翔……今から異世界トータスの極秘情報を教えられる。心して聞けよ? まあ、俺からしたら関係ない話ではあったけどな…」
ハジメは、最後の一文だけ冷え切った目をしながら心底どうでも良さげに語った。
いつもの俺なら「厨二病も程々にしておけよ」とか言うはずなのに、何故か今は出来なかった。何処となく、優しかったハジメが変わってしまったような感覚に襲われたからだ。
「なあ、ハジメ」
「どうした?」
「ハジメは……」
疑問をハジメに伝えようとしたが言えなかった。「ハジメは変わってしまったのか?」そんな言葉を伝えてしまったら、親しかった友人との関係性が再び潰れてしまう気がしたから……
(失礼だよな。ハジメとは関係ない人の事を当てはめるなんて…)
そうだ。中学生の頃とは違うんだ。何も問題はない。だから、未だに魔法陣の上に立ってカッコつけているのに不思議そうにしているハジメに声をかける。
「いや、何でもない! 気にしないでくれ」
「おいおい、せっかくミステリアスな雰囲気を出したのに…」
「もうワンテイクするか?」
映画関係者のような俺のセリフにハジメが「それは勘弁してくれ」と匙を投げた。そのハジメの言葉には、呆れと共に何処か優しさが含まれていた。
(ほら、違っただろ?)
その心の疑問は誰に言った言葉だったか……もう思い出せない記憶を振り切って俺は魔法陣がある場所まで足を進めていく。
おまけ(雫ちゃんピンチ!)
雫は危機的なミッションに挑んでいた。危険性で語れば、普段着でエベレストを登るぐらいの命懸けのものだ。
いやいや、そんなものがハイリヒ王国にある訳がないと思うかも知れない。だが、しかし、あってしまったのだ。
では一体それは何だと言うのか。ああ、疑問に思ってしまうのも無理はない。
だから、簡潔に述べよう。突撃系乙女にハジメ君の今の状況がバレてしまって、それの火消しをしているのだ。
少々、簡潔に述べすぎたかも知れない。更に正確に事の顛末を話すとする。
朝起きて直ぐに雫はシエナと想い人の情報共有をする為、自身の部屋にシエナを招いていた。当然、誰にも聞かせられない話なので香織すら立ち入り禁止にして…
だが、そこで諦めないのが香織ちゃんクオリティー。なんと、香織は部屋の扉に耳を当てて、全て聞き取っていたのだ。
一部始終がこちらだ。
「香織になんて言ったら良いのかしら…」
「雫様、言わないという手段もあります。わざわざ事を大きくする必要はないのでは?」
「それは……でも良いのかしら? 南雲君についての情報を知っているなら、教えないといけないと思うのよ。香織は未だに南雲君の事で苦しんでいるのだし、なおさら…」
「私は雫様のそういうところは素晴らしいと思います。ですが、本当に言えるのですか? アレを?」
「うっ!? やっぱりやめておくわ。「南雲君が生きているわ。だけど、恋人がいるの」なんて言おうものなら……」
ここまで言えば語る事はないだろう。それを聞いた香織がどんな反応に出るかなど……然もありなん。
「ねえ、ねえ、し•ず・く・ちゃん…今の言葉はどう言うことかな? かな?」
「いつの間に!? えっと、香織……今の言葉は嘘よ。私も嘘を付きたくなることぐらいあるの」
「あれ? 聞こえなかったのかな? もう一度言うね。ねえ、雫ちゃん。ど・う・い・う・こ・と・か・な?」
「ひぃ!? 誰か助けて! あっシエナ!」
「私も命は惜しいです。大丈夫ですよ、雫様なら限界の先まで行けるはずです!」
「そんな!? ええい、こうなったら全部話しちゃうわよ! その後の事なんか私は知らないから! 良いの? 南雲君! 嫌なら今すぐ来なさい!」
その南雲君とやらに向けて雫ちゃんは魂の咆哮を上げる。だが、南雲君は来なかった。彼は未だに何処ぞの迷宮にいるのだから当たり前である。
そして、数分後、焦燥して疲労困憊な雫ちゃんは香織に全てを白状したのだった。
一方その頃の南雲君たち。
ハジメ「なんか凄い寒気がする」
ユエ 「…風邪? 私が温めてあげる…」
ハジメ「えっと…ユエ?」
翔 「俺はどっかに行っておくな。終わったら電話で教えてくれ。イナバ〜、一狩りするか?」
イナバ 「もきゅ? きゅぅぅ、きゅう!」
ハジメ 「おい! 助けろよ! というか、電話なんてないからな!?」
翔 「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
ハジメ 「呼び出すことすら出来ないぞ、ソレ!?」