ハジメがいる魔法陣の方までイナバと共に到着した。
それを確認したハジメとユエさんは目を合わせて頷き、巨大な魔法陣から離れていく。その二人の様子から、既に魔法陣を踏んだ対象がいると発動しないことが分かる。
「翔。準備は良いか?」
魔法陣から出られる後一歩の場所で、ハジメが肩越しに振り返って俺に話しかけてきた。
「NOと言いたい所だけど、そのお願いが通ったりする?」
「通るわけないからな!?」
俺の申し立ては全力でハジメに却下された。魔法陣に乗ると不吉な事しか起きないから辞退したかったのだが、ダメだと言われたら仕方ない。
「はぁ〜、それならYESで」
「気持ちは分かるが、流石に今回は大丈夫……だ。俺を信じろ」
「その言葉の間が怖くて仕方ないんだが……」
謎に恐怖心を煽るのはやめて貰いたい。魔法陣恐怖症にでもなったらどうしてくれるんだ。この異世界で生活出来なくなってしまう。
(もしも、そんな事になったら俺は裁判で訴えることも辞さないぞ!)
いや、異世界トータスに裁判なんかないけど。罪を犯したと判断されれば即座に火炙りとか、鞭打ちとかヤバい拷問に処されてしまうから。ああ、異世界は実に恐ろしい。
「翔、本当に今回は大丈夫だ。俺は……少し脳内を弄られて魔法を習得しただけだし」
「何処が大丈夫なんだ!? むしろ、不安しかないわ! 我々は宇宙人ですとか言い始めたりするパターンでしかないだろ!」
「きゅうぅぅ!?」
「……ハジメ、話が進まない。お口チャック!…」
「ああ、分かった…その「お口チャック!」……」
ユエさんに黙らされたハジメが恨みがましい目で俺を見てくる。いや、明らかに自業自得だから受け入れろ。あっ、ハジメがまたユエさんに注意された。
(ハジメ、ユエさんが絡むとポンコツすぎないか?)
惚れた弱みというものだろうか。いや、どっちが告白したのか分からないから適当に言っているが。まあ、あながち間違いでもないと思う。
そんな事を考えている俺に対して、ユエさんが話しかけてくる。
「……安心して、ハジメのジョーク……」
「本当か?」
「……うん、本当に大丈夫だから……たぶん?」
「………」
なぜそこで「たぶん?」なんだ。不安が和らぐ言葉を掛けて欲しかったのに。普通はそうじゃないのか。もしや、俺の常識が間違っているのか。
このままだと堂々巡りになりそうだし、そろそろ茶番を終わらせよう。
その為に、俺はハジメとユエさんの方を向いて口を開く。
「ハジメ、ユエさん、魔法陣から離れてくれ。どうせしないといけないんだろ?」
「ああ」 「…うん…」
そう言ってこちらに返答した二人は最後の一歩を踏み出して魔法陣から離れる。
ーー瞬間。
魔法陣に魔力が満ちて煌々と輝き出し、部屋中に目を瞑ってしまうような眩い光を発生させる。
そして、それに驚く時間すら与えられず、脳内に何かを植え付けられる感触が伝わってくる。
いや、これは植え付けられるというよりも、戻ってくると表現した方が良いのかも知れない。
そう思ったのは、何処か懐かしい感じがしたからだ。例えるならば、久しぶりに帰ってきた実家で暖かな陽光を浴びているような感じだろうか。
(なんでだ?)
分からない。だけど恐ろしくはなかった。むしろ、より詳しく知らなければいけないような義務感みたいなものまで湧き出してくる。
だから、更にその暖かさに身体を預けてみる。すると、複数の声が聞こえてくる。
ーー 四神、数霊を持ちて、禍事罪穢を祓うのです。
ーー 貴方を守れなかった。それが私の罪です。次こそは……。
ーー 今回は負けた。だけど、次は勝つよ! いくら砕けようとも私達は立ち上がる!
ーー すまない…後は頼む。
ーー 絶対に貴方が…いえ、貴方たちが勝つの。約束よ?
ーー 翔、既視感を……記憶を、違和感を、疑うんだ!
ーー 神の遊戯? 駒? 全て潰してやれ!
ーー 後はお前たちに任せた。
ーー 楽しかったですわよ、ショーくんさん。これからなのだから、気張りなさい。
ーー 義姉さん!
ーー うん! さあ、翔も!
(この声を上げている人達を俺は知っていたはずなんだ)
しかし、思い出せない。自身の頭にモヤが掛かっていて、封印されているかのようにその先の記憶へ辿り着けない。
数歩進めば手に入るような位置にあるのにも関わらず掴めない。
懐かしくて、暖かくて、消えてほしくなかった日々。俺の少し変わっていて……だけど、ありふれた日常の延長にあったもの。
(なんで……思い出せないんだ)
絶対に思い出さなければならないのに。あの時、俺は誓ったのだから。
だけど、それでも、なんで、どうして。
こんな醜態を晒している自分自身が情けなくて、惨めで、不甲斐なくて。
そんな俺を慰めるかのように最後の声が聞こえてくる。
ーー どうか、自由な意思の元に……。
途端、意識が吸い込まれるかのように夢の世界に誘われていく。
ああ、凄く眠たい。身体が鉛のように重たくて、足から力が抜けて支えられない。
「どうしたんだ、翔!? クソッ! 俺の時はこんなことなかったのに!」
「!? ハジメ! 揺らしたらダメ!」
「きゅうぅ!? もきゅもきゅ!」
ゆっくりと崩れてゆく俺の身体を抱えるハジメと、それを咎めるユエさんに、何かを言っているイナバの声を鼓膜に入れながら俺は瞳を閉じた。
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暗い暗い海の底。生者の声すら呑み込んでしまいそうな静謐が佇む魔境。この世の悪を詰め込んで熟成させた糞尿のような侮辱的な領域。異世界トータスとは隔絶された闇の深奥。人の血を、肉を、魂さえも糧にした悪魔的な場所。
ああ、こんな気持ちの悪いものを詰め込んだ場所に相応しい名称はなんだろうか。
羅刹国だろうか? 否、それでは生温い。狂気を纏わせた異界にそんなものでは足りない。
冥界だろうか? 否、死者に失礼である。ここは死者すらも遊戯として捉える悪神がいる場所なのだから。
では、どんな名称だったら納得するだろうか。
残念だが、それを決める事は出来ない。何故なら、彼の悪神がいる場所には既に名称があるからだ。
その名称は【神域】。本来なら清らかで穢れなき世界をイメージすると思うが、しかし、忌々しい事にそんな名称が付けられてしまった。
余りにも烏滸がましい。悪神ーーエヒトの心緒を知っているものなら、そう言ってしまうだろう。そもそも、エヒトを崇め奉ることこそ忌むべきなのだと声を大にして伝えるだろう。
だが、輝かしき解放者の声は風に攫われて罪なき民に届かなかった。
そして立ち上がった英傑たちは、例外なく殺されるか遊戯の駒集めとして使われしまい、己の悔しさを歯噛みしながら土に還ってしまった。
ゆえに、悪神たるエヒトは止まらないし、止めることなど不可能なのだ。
「始まったか」
エヒトは黄金の煌びやかな玉座に腰掛けて、血のように赤いワインを右手で揺らしながら人間界を眺めて呟く。
「はい、盤上の駒は全て整いました」
ハイリヒ王国、聖教協会の【神山】頂上。そこにある神殿の巨大な一柱を通じて、主神の問いかけに翼を生やした修道女は跪きながら答える。
だが、返答にさして興味もなかったかのように遠くを見つめる悪神。
事実、そんな事は既知の範囲であるエヒトは独り言を述べただけに過ぎず、どのような返答があろうと修道女に関心を抱かないだろう。
「フンッ、どこまでも愚かな奴らめ。どのような手段を講じようとも神には敵わん。それが理というもの故にな」
「仰る通りでございます」
神域と人間界、両者の距離は決定的なまでに離れているというのに、阿吽の呼吸でエヒトに答える修道女の名はエーアスト。
彼女は、【真の神の使徒】として造られた木偶人形であり、英傑を殺し尽くす為の舞台装置の一つである。つまり、他にも強大な力を有している【真の神の使徒】がいるのだ。それも数え切られないほどに無数に。
だから、悪神打倒という素晴らしき未来は訪れない。どれだけ英傑を率いようとも、それ以上の【真の神の使徒】が殺し尽くすのだから当然である。
ゆえに、均衡を破る為には英傑を超えた存在をトータスに呼び込む必要があったのだ。そして、その為の準備期間が本日で終わりを告げた。
「此処に神託を告げる。反逆者の残党とイレギュラーを狩れ!」
「かしこまりました。つきまして、背反したノイントは……」
エーアストの言葉に対して、エヒトは殺意が混じった覇気を周囲に叩きつける。その余波により、エヒトの右手に持っていたワイングラスが粉砕し、赤い液体が指の隙間から溢れ落ちていく。それはまるで裏切り者の末路を現したかのようにすら見える。
「未だ見つからんのか! まさか逃げ延びるとはな。チッ、もう良い。捨て置け! 所詮、ただの駒の一つ……何も出来はせん!」
「誠に……誠に失礼致しました!」
エーアストは精一杯に謝罪を口にして己の愚言を悔い改める。
しかし、そんなエーアストを見向きもせず、エヒトは自身がいる神域に注意を向ける。誰かがこの場所に侵入してきたことを察したからだ。
そして、エヒトは侵入者を即座に視界におさめて、口を開こうとしたが……
「あらあら、貴殿は本当に変わらないわね。前回は手痛い目に遭ったのに、たかが駒の一つだなんて……なんて、哀れなのでしょう」
陽光すら呑み込みそうな長い黒髪と、怪しく煌々とさせている紅玉の瞳を持つ禍津日神が先に話し始める。
嘲笑しか存在し得ない言葉を受けたエヒトは、苛立ちを隠さずに言葉を返す。
「チッ……元はと言えば貴様の所の駒が!」
「私のせいにしないで頂戴。貴殿の駒が弱かっただけ。まあ、安心なさい。過去の戦によって力の均衡を崩れたわ。少しは楽になるはずよ?」
禍津日神は唇を三日月にして、楽しそうに嘲笑いながら述べる。その姿から察するに、この神もエヒト同様、他者が無様に感情を発露させるのが面白くてたまらないのだろう。
そんな禍津日の調子に合わせていたら胃がやられるとでも思ったのか、エヒトは早々に怒りをおさめて憎き女神に告げる。
「貴様の敬語など目障りで仕方がない。即刻、盤上から消え失せよ」
「そう言って負けたら笑いものね? 前回はギリギリで誰に助けを求めたのか……うふふふっ。あら、ごめんなさい。笑ってしまったわ」
「早くここから消えろ!」
「仕方ないわね。それじゃ、また会いましょう。どうせ、貴方は私を呼ぶのだから」
そう言ってから、禍津日神は霞となって何処かへ消えていった。
自らのテリトリーを汚染されたような気がしたエヒトは指を鳴らし、空間内を創り変える。
そして、それが終わった後、エヒトは未だに跪いているエーアストに語りかける。
「完膚なきまでに羽虫どもを叩き潰せ」
「御意に!」
主の命を受けたエーアストは即座に通信を切り、聖教教会の騎士団に巫女としての役柄を使って神命の伝達を行いにいく。
残された【神域】にて、エヒトは恨みがこれでもかと内含している呟きを放つ。
「……全て根絶やしにしてやる」
決心にも似たそれは誰にも届くことなく虚空へと消えていった。
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ーー同日。
岩をくり抜いて形成された壁、大小様々な小石が散らばる地面、壁に均等に備え付けられた薄明かりを放つランプ、大人一人がギリギリ通り抜けられるような出入り口。
そんな盗賊の寝床のような大部屋に30人ほどの人影があった。その者達は、誰しもが全身を隠す黒いフードマントを羽織っているため、明確に姿を確認することはできない。
だが、醸し出す雰囲気から分かることがある。それは全員が歴戦の勇士であるということだ。聖教教会の騎士ぐらいなら、一人で三人を手玉に取ることすら可能であろう。
ともすれば、ここにいるのは軍隊の精鋭なのであろうか。
いいや、そうではないだろう。なぜなら、マントの隙間から見える勇士達の装備が余りにも劣化しているからだ。それも数千年は月日が経ったかのようにすら感じられるほどにボロボロだ。
たしかに弘法筆を選ばずという言葉はあるが、それにしても些か劣化し過ぎている。専門の職人がそれらの装備を見れば発狂して怒鳴り散らしてしまう程に整備されていない。
だが、それはおかしいことだ。何故ここまで装備と勇士達の差が激しいのか。普通は強者なら装備のメンテナンスは欠かさないし、入手する為の金銭も片手間に稼げる筈だ。
ーーでは、なぜ彼らはそれを行わないのか?
否、行わないのではない。彼らは、行いたくても神に仇を為す反逆者であるが故に出来なかったのだ。
街を歩けば泥を、石を、糞を投げられて誹りを受けるなんて当たり前。隠れ家に住んでいようとも、教会の十字軍に即座に討伐される。それほどまでに彼らは忌み嫌われている存在であった。
ーー神に反逆する愚かで下賤な輩なのだから仕方がない?
ああ、そう思うのも仕方がない。巻き込まれて亡くなった家族でもいるなら、尚更その思いは強くなってしまうだろう。
ーーだが、もしも、その巻き込まれて亡くなることすら、神の手の内だとするならばどうだろうか?
ーーそれを打ち破る為に反逆者たちが戦い続けているのだとしたら?
そんなわけがない。ただのテロリストどもの悪虐極まりのない陰謀だ。そう片付けてしまえる話ではある。
だが、しかし、悲しき事に真の歴史は紐解けば彼らは反逆者ではなかった。むしろ真逆に位置していたのだ。全人類を駒としか見ない屑である悪神エヒトに真っ向から対立し、種族関係なく束縛された人達を解放して自由あふれる世界を作り出す。そんな組織だったのだ。
組織名ーー解放者。それが、彼らの真の名称。
そして、そんな組織は、とある事件によって壊滅状態になった。
今、解放者の残る人員はここにいる僅か30人の戦闘部隊と、各地に散らばる50人ほどの支援者だけだ。
それ以外の者は、時代の大渦に呑み込まれていった。
焼死、溺死、衰弱死、圧死、縊死、討死……死の種類はあれど、誰もが安らかに眠れる死に方ではなかった。神を恨みながら、道の半ばで地に伏したのだ。
だが、そんな舌を噛んで自殺したくなるような耐え難い時間は終わった。この瞬間を持って、解放の狼煙を盛大に打ち上げる時が来たのだ。
それを証明するかのごとく、集団から一人の女性が自身のフードをめくりながら前に出た。
彼女が歩くたびに、長い銀髪が煌々と輝きながらはらりはらりと揺れ、空のように美しい碧眼が光を反射させる。
その女性ーーノイントは、集団を見渡せる位置にまで到達すると、とあるアーティファクトを懐から取り出す。
それは遠距離であっても特定の者と顔を合わせながら会話を可能にさせる【天網】と言われるアーティファクトだ。
まあ、昔に比べて【天網】は、オスカー・オルクスことオーちゃんによって、更に小型に改良化されてピンポン玉のような見た目になっているが……そんな事は置いておこう。
ノイントは【天網】をいつの間にか出した大きなテーブルの上に置く。そして、起動ボタンを押すと、映画館で使われるプロジェクターのように光が壁へ当てられて映像が流れ出す。
映像に意識を向けると、よく分からないロボットが映し出されていた。そのロボットは全体として人型の形をしており、頭部にはニコちゃんマークのような仮面(?)をつけていた。
そんなロボットは話し出す。
「ヤッホ〜〜!! みんな大好き、超絶天才美少女魔法使いゴーレムのミレディちゃんだよ〜〜〜! キュピーン♪」
「「「「……………」」」」
ミレディちゃんは左手を腰に当てて、右手は目の位置にまで持ってきて横ピース、更に絶妙な角度で画面全体に自身の身体をアピールしていた。
余りの奇天烈さに周囲の空気は唖然となり、「あれ? もしかして、誤放送でもしているのかな?」っと思う者までいる。
「えっ? えっ? みんな大好きなミレディちゃんだよ? ほら、崇め奉る時だよ! 私リーダーだよ! ほらほら! さあさあ!」
どうやら、ミレディちゃんはうざいようだ。天井天下唯我独尊レベルでイラっとしてしまう。
だから、ノイントは起動ボタンから終了ボタンをポチッと。
「ふふーん! それにはもう対策してるもんね! 私は天才だから! どや〜〜!」
プチっ、誰かの堪忍袋が切れた音が響き渡る。全員がその発生源を見ると、ノイントだった。そんな彼女はマントを完全に脱ぎ、戦闘体制に入る。
純白の右翼を羽ばたかせ、150センチ以上はありそうな二本の大剣をミレディちゃんに向けて、懐から転移用のアーティファクトを出す。
そして、ドスの効いた声を張り上げる。
「コロス!」
「ヒィィィィィィ!? ミレディちゃん大ピーンチ! でも、諦めない! それがリーダーたる私なのだから♪」
やっぱり、このリーダーは殺した方が世界の為なのではないかと思ってきたノイントは本気で転移用のアーティファクトを起動させ……られなかった。
「流石、私だよね! 今の私は超絶引きこもりエリート! お菓子とジュース以外は受け付けないからよろしくね〜〜」
「クッ……主人様がいなければ、あの時にこのクズを殺せていたはずでした……ワタシの辞書の唯一の汚点と言っても良いでしょう」
「そこまで言うかな!? うぇーーん、私泣いちゃうよ! 芋虫のように転がって泣いちゃうよ! チラッ、チラッ」
ああ、後悔しかない。解放者のうち、生きている人がこの人だけなんて……ノイントは絶望する。
「コホン……そろそろ、ふざけるのもやめるね」
そう言って、ミレディちゃんーー解放者のリーダーであるミレディ・ライセンは周囲を見つめる。
先程までのおちょくるような雰囲気から、国を統べる王のような威厳のある覇気がミレディから流れる。
ゴクリっと唾を飲みたくなるような空気が解放者のメンバー達を包み込む。
それを見たミレディはゆっくりと、しかし、力強い口調で話し出す。
「燃える故郷を! 散りゆく親しき友を! 消えていった両親の背中を! 零れ落ちる幾千の涙の数を超えて……今、私達はここに立っている!」
一拍、噛み締めるように言葉の間を置き、ミレディは更に紡いでいく。
「悔しかったよね。辛かったよね。胸が張り裂けそうで、死にたくなったメンバーもいると思う」
反逆者だから、種族が違うから……そんな嘘に染まり尽くした理由で愛する人達を殺された集まりだからこそ、その言葉は毒のように身体に染みた。傷を抉り出し塩を塗り込まれるような痛みに襲われてしまうものさえいる。
ああ、なんで、どうして? 私達、俺達、僕達はただ誰もが幸せに過ごす事が出来る世の中を創りたいだけなのに……そんな憤りを感じてしまう。
しかし、次のミレディの言葉で、全てのやり切れない悔しい思いが光に包まれる。
「だけど、それも今日で終わる。今から始まるのは私達の解放劇だ! 多くの誠と願いを背負って突き進むんだ! さあ、みんな気合を入れて! 私達なら何でも出来る! 倒すよ……あのクソ野郎を!」
そのために数千年の日々を費やしたミレディの決意はマグマのように熱く、大木のように揺るぎない。
その熱意を一身に受けた解放者たちは雄叫びのような闘志を張り上げる。
「「「オオオオオオオオオオオオオオッッッ!」」」
地震のように地面が胎動する。思いが、願いが、彼らを突き動かしていく。
それを締めるかのようにミレディは言葉を放つ。
「各員に告げて、鐘を鳴らせと! 逃げ隠れるのは終わりだと! 例え、あの時のように真っ向から戦えなくても私達にやれる事を!」
「「「了解!!」」」
解放者のメンバーは散り散りなって、自身の持ち場へ向かっていった。
残ったのはノイントと、映像に映るミレディ。
二人は…10秒、30秒、1分と静寂を作っていくが、ノイントが話し始めたことで空気が変わる。
「……まだ、決戦ではないのですが?」
「…………テヘッ!」
ミレディちゃんは、演説をやりすぎてしまったらしい。それを隠す為にとびきりのスマイルをノイントにプレゼント。ああ、うざったい。
「はぁ〜、こんなふざけたリーダーにワタシは寝返ったのですか…」
「後悔しているの、ノイント? あの時……」
心配そうな申し訳なさそうなミレディの問いにノイントは答える。
「いえ、主人様と寄り添う道を選んだのですから後悔はありませんよ。強いていうのなら……主人様の記憶からワタシが消えてしまったことです」
「あのクソ野郎どもの条件のうちの一つだったからね。もしも、私が…」
「それ以上は言わないでください。言ったはずです。ミレディ・ライセン。ワタシは主人様と寄り添う……人の未来を信じる道に進んだと」
普段のノイントからしたら、物凄くと表現しても良いほどの優しげに包まれた声がミレディの鼓膜に伝わってくる。
「そっか……ねえ、ノイント。私はここからは出られない。だから、後の事はお願い」
「既にそのつもりですよ」
「うん! じゃあ、また決戦で!」
そう言ってミレディは通信を切断する。
凍えるような風が岩窟に差し込み、ノイントの身体をさらっていく。
「一人でいるとこんなに寒い……主人様……」
焦点の合っていない目は誰を見つめたのか、それは彼女自身にしか分からない。
・おまけ
ハイリヒ王国訓練場にて雫、シエナ、香織はそれぞれ技を磨いていた。
「はぁっ! あれ?」
「……雫様もですか?」
しかし、雫とシエナがお互いに目を合わせて首を傾げた事で訓練がストップする。
「雫ちゃん? シエナちゃん?」
そして、二人の様子がおかしいことに気づいた香織も訓練を中断して首を傾げているお仲間となる。
「シエナ…何て言ったら伝わると思う? 私は、力が増大したという言葉がピッタリくるのだけど…」
「それでよろしいのでは? 後は…そうですね。"放出"の扱いが滑らかになったような?」
煮え切らない二人に対して、香織は更にハテナマークを大きくしながらも会話へ参加していく。
「うーんと……確か、"放出"って谷口くんのだよね? こう……愛を自覚した時に使えるようになったやつ!」
「……ええ、そうよ」「……はい、その通りですよ」
二人は香織の純粋すぎる言い回しに頬を赤らめながら回答する。よく見ると、耳や首元までリンゴのように真っ赤になっている。
香織はそんな二人を可愛いらしく思いながら、なぜ彼女達の力が増大したのかを考えていく。
「単純に雫ちゃんとシエナちゃんの愛が爆発したとか? あっ、もしかすると、谷口くんに二人の熱い想いが届いたのかも!」
「「………」」
まあ、その内容は殆ど死体蹴りなようなモノであったが……。
そして、香織の爆走レースは止まらない。そのまま、ぶっちぎってしまう。
「ハッ、南雲くんに何かあった可能性も……ちょっと、今すぐに雫ちゃん寝て! そして、私に南雲くんの現状を教えて! 眠れないなら殴ってあげるから!」
暴走機関車となった香織は、俊敏な杖捌きで雫の気絶を狙っていく。
だが、雫はそれを見切りながら華麗に避けて突撃系乙女に文句を言う。
「ちょっと香織!? 危ないから辞めなさい! 何でそんなに的確に人の顔を狙えるのよ!?」
もはや、訓練と相談を行えるような状況ではなくなってしまっていた。
それを確認したシエナは、巻き込まれたら堪らないという感情から戦略的撤退を図る。
「それでは、雫様。私は公務へと戻らせて頂きますね」
スタスタと訓練場を後にしていくシエナ。しかし、それを瞬時に確認した雫は、空気が振動する攻撃を紙一重で避けながら逃げ出す薄情者に怒りをぶつける。
「ふっ、あぶっ!? ちょっとシエナ!? 前から思っていたけど……貴方とても良い性格してるわよね!」
「お褒め頂き、誠にーー」
「全く、これぽっちも褒めてないわよ!」
「良いから、早く雫ちゃんは眠って!」
ブゥーンっと豪速球のような風音が雫の鼓膜に伝わる。正直、恐怖でしかない。
「うぅぅっ、胃が溶けそう……翔、助けて…」
苦労性の雫の困難はまだまだ続くのであった。
「続かせないわよ〜〜!!」
続くので……あった。