教室を包んだ眩い光は気付けば無くなっていた。しかし、光と共に異常が消えたわけではない。
「なんだこれは?」
視界に映るものは教室ではなく、歪な非日常の塊。
神を崇めるような巨大な壁画、大理石のような貴重なものを潤沢に使用した建造物。金の刺繍がなされた法衣を纏い、杖のようなモノを床に置いている怪しい集団が30人以上。
一つ一つ認識する事に薄ら寒い空気が全身を包む。幻想的な風景を見ても嬉しさはなかった。
「翔君、大丈夫?魔法陣らしきものが展開されたとき、頭を押さえていたよね」
「ありがとう、ハジメ。問題なさそうだ」
聞こえてきた心配そうな友人の声音に身体を向けて、自分自身の体調に問題がないことを告げる。
「それよりも、ハジメはどう思う?」
俺は漠然とした疑問をぶつける。その疑問に対して、ハジメは探偵のように顎に手を当てて考え出す。
「まずはクラス転移系で間違いないと思う。問題は誘拐犯のような法衣集団を信頼出来ないということ」
「だよな。今いる場所に来るまでに一度も承諾した記憶がない」
さらに考察しようとしたが、法衣集団の中から1人の老人が進み出てきたことで口を閉じる。
老人はアニメで見る歴戦の老兵のような雰囲気を醸し出していた。あまりの覇気に震えてしまうクラスメートも数人いる。
一定の距離で老人は立ち止まると、老熟した深みのある視線で転移者達を見る。そして、朗らかな笑みを浮かべて話し始める。
「ようこそ、トータスへ。勇者様、ご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。私は聖教教会にて教皇の地位に就いておりますイシュタル・ランゴバルドと申す者。宜しくお願い致しますぞ」
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あの後、イシュタルという老人から移動することを伝えられた。
そして、着いた場所は会議室のように椅子と机が用意されている大広間。
周囲を観察すると、日本で一軒家が買えそうな豪華な装飾品が至る所に飾られている。しかし、成金のようには思えず、担当者の素晴らしいセンスが感じられる。
壁側に控えているのは使用人だろうか。目鼻立ちがクッキリとした美しい男性と女性が転移者達の動作を見ている。
そんな場所で俺は椅子に座り、ハジメと日本語で談笑する。
「アレはハニートラップすぎるだろ」
「アハハ…日本だと見れないだろうね」
俺は見え見えな部分に対して愚痴を溢す。ハジメも呆れている…視線は金髪のメイドさんに引き寄せられているが。
「ハジメ、白崎さんが睨んでるから気をつけろ」
「ひっ!?」
ニヤけたハジメの顔を般若を使って引き締める。
まあ、俺には関係ないから、メイドさんを…ゾワッ、殺気の方向を確認すると八重樫さん。はい、見ないので勘弁してください。
手持ち無沙汰になった俺たちはアニメの話をして時間を潰す。
やがて、準備が出来たのか。イシュタルという老人が俺たちを呼んだ理由について説明する。
この世界は何百年もの間、人族と魔人族で戦争をしているらしい。
魔人族は少数精鋭であり、人族は多くの犠牲を費やして対抗しているそうだ。
しかし、最近の戦場では魔人族が多くの魔物を使役するという異常事態が起きており、人族は未曾有の危機に晒されている。
「ここまでの説明で質問がある方は?」
その言葉に俺は手を挙げる。
「質問は二つあります。一つ目、異常事態が起きるまで魔族が魔物を使役したことは?二つ目、人族と魔族以外の種族は存在しますか?」
俺の質問に対して、イシュタルは愛想の良い顔で答える。
「まず一つ目に関して、異常事態が起きるまでに魔物を使役していた魔人族はいました。しかし、我が人族の勢力を脅かすほどではなかった。それが今になって忌々しい魔族共が魔物を次々と使役して…滅びればいいものを!」
憎憎しいという感情を発露させて、周囲に緊張が走る。
「…ゴホン。2つ目について、亜人族という種族がおります。勇者様方には関係ないので、気にしなくて構いません」
「ありがとうございます」
俺は狂っている教皇とこれ以上は話したくないため、短いお礼だけ伝える。
次は人族の神様について説明された。
人族の神様はエヒト様というらしい。聖教協会の唯一伸であり、この世界を創生した史上の神。そして、俺たちを異世界トータスに呼んだ元凶。
ここまで話し終えたイシュタルは大きな深呼吸をして頼み事をする。
「あなた方の世界はこの世界よりも上位にあり、例外なく強力な力があります。どうか、その力を発揮し、魔人族を打倒して我ら人間族を救って頂きたい」
俺は都合が良い兵士になれという言葉に唖然とする。横を見るとハジメも同じような顔をしている。
イシュタルの言葉に身体を震わせた先生が地球に帰してほしいと発言するが、新たに爆弾が発生する。
「お気持ちはお察しします。しかし…あなた方の帰還は現状では不可能です」
その言葉に先生とクラスメートは阿鼻叫喚。いつまでも続くと感じた罵声と悲鳴、それを掻き消すかのような光が現れる。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。……放っておくことなんて俺には出来ない。それに、終われば地球に帰してくれるかも知れない」
この流れはマズイ。天之川、交渉もなく条件を呑むな。切り捨てられる可能性もあるが、限界まで俺たちの有利になるようにする必要があるだろ。
そんな俺の考えはふわふわと浮き、シャボン玉のように破裂する。ハジメ以外のクラスメートが賛同してしまったのだから。
俺は首に下げているお守りを右手で握りしめて覚悟を決める。ハジメ、白崎さん、八重樫さん。少なくてもこんな俺に親しくしてくれた友人達を無事に地球に帰すことを。
握りしめたお守りを見ると、あの時に会った幼い黒髪の女の子が背中を押してくれたような気がした。