2周目スズカさんがトレーナーを手に入れるまで 作:subcul
...私、このまま走り続けて大丈夫なんでしょうか。
【其ノ壱】
スズカの脚が折れてしまった。今まで迷いながらも二人三脚で駆け抜けてきた、そんな最高の担当バ。その脚を俺は折ってしまったのだ。
...病室でスズカは泣きながら謝ってきた。
「ごめんなさいっトレーナーさん!前日に痛みを感じていたのにっ!」
「スペちゃんにも止められたのに私っ!走りたくてっ!」
脚の痛みを俺に隠していた様だった。泣きじゃくるスズカを前に感じたのは不甲斐なさ。直近のレースやトレーニングでさえも不調を見抜けなかった自分が情けなかった。
思えば毎日王冠での言葉。あれは無意識のうちに感じ取っていた予兆だったのではないか。
「いや、大丈夫だよ。ごめんな」
泣き疲れて眠ってしまうまで頭を撫で続けた。
望むがまま走らせてやると息巻いておいて、このザマだ。
「畜生!俺のせいだ!俺の!」
爪が肉を突き破るほどに拳を握りしめていた。
その後、医者に容態を聞いた。スズカまだ眠っている。
「骨折ですが、今後走れるようになる可能性はあります」
「しかし【今までのように】走ることはかなり難しいです」
現実はいつも非情だ。期待していた
「一ヶ月入院すれば問題なく走れるようになるでしょう」
そんな言葉が投げかけられることは無かった。
「そう...ですか」
底なし沼にどっぷり浸かってしまったような、どうにもならない感覚が襲う。
「ですが、希望が無いわけではありません」
「っ!本当ですか!?」
「実際に骨折から立ち直ったウマ娘も過去にいますから」
「しかs」
「俺は何をすればいい!金なら払う!骨移植ならいくらでも骨をくれてやる!」
「落ち着いて。最後まで聞いてください」
後ろから看護婦に押さえつけられる。
「何も無ければ歩けるまでには回復します。今までの様に走るにはあまり言いたくありませんが」
「奇跡でも起きなければ難しいでしょう」
「何だよ!結局運なのかよ!」
希望を持たせておいてこの仕打ちか!?
「しかし、前例はある」
「...私も彼女のファンの一人でした。だからこそ、回復を信じるほか無いのです」
医者に帰れと追い出されてしまった。
寮に帰り、浴びるように酒を飲む。一人でいると死ぬほど情けなくなってくる。
俺は信じることしか出来ない。何もしてやれない。そんな不甲斐ない自分に腹が立つ。
「酒なんて何年ぶりだ?」
大学では後期に差し掛かるにつれ就職活動で忙しくなり強制的に禁酒。トレセン就職後は飲む暇が無かった。
「学ぶことに必死だったし、一年目で即【専属トレーナー】だしな」
一年目はとにかく我武者羅だった。トレーニングを考えるのは勿論。休日も先輩の予定が合う日は教えを請い、トレーニング後もたづなさんと飲みに行って意見交換もした(翌日に響くので、俺は専らソフトドリンクだったが。)
二年目からはトレーニングが無い日もスズカと過ごすことが増えた。蹄鉄を買いに行ったり、カフェに行ったり映画に行ったりした。後半は倫理的にマズいかと内心ビクビクしながら付き合っていたが、スズカとの仲が深まっていくのを感じて嬉しくもあったのは秘密だ。
ここ数年間を思い返しても出てくるのはスズカとの思い出ばかり。
走っているスズカ。楽しそうに蹄鉄を選んでいるスズカ。走っているスズカ。映画を食い入る様に見ているスズカ。
...今の俺に出来ることは、
「安心してリハビリできる様に、全力でサポートすることだ!」
腐ってばかりもいられない。トレーナーの俺がこの体たらくでは本当に情けなさで死にたくなってくる。
切り替えのためビールを片付けてから寝ようと指をかけた。
「コフッ!」
...やっちまった
飲み過ぎたか。体は大事にしないと。
「大丈夫だ。病は気から、だな」
舌打ちをしながら布団でまるくなった。
三時間しか眠れなかった。【酒は飲んでも飲まれるな】か。
コートに袖を通し部屋を出る。早朝ということもあり、かなり寒い。寒さをかき消す様に早足で病院へ向かおうとしたが
「トレーナーさん」
たづなさんに声をかけられた。こんな時間にどうしたんだ?
「こんな物が...」
手渡されたのは
【お前のせいだ】【お前が夢を潰したんだ】【責任をとって首を吊れ】
「ははっ...思ったより早かったな」
罵詈雑言のメッセージ。
震える指先をポケットに戻した。