2周目スズカさんがトレーナーを手に入れるまで   作:subcul

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タイムリープ
プロローグ


「サイレンススズカに故障発生!故障発生です!」

 

あの日、私の脚は折れてしまった。第4コーナーの大ケヤキで速さに身体が耐えきれず折れてしまったと言われた。

 

でも、折れてしまっても希望があった。私の、大切な、大切なトレーナーさん。彼が真摯に寄り添ってくれてリハビリも順調に進み、絶望的とまで言われていたレースに出ることが出来たから。

 

...その頃にはもう【先頭の景色】は私だけの景色ではなく、トレーナーさんと私の【2人の景色】になっていた。

 

ずっと走って、逃げ切って、2人で喜んで。そんな幸せな生活が続くと思っていたし、卒業後の生活を1人で妄想して身をよじったりもした。

 

...でも私は、彼の苦しみに気付いてあげられなかった。レース復帰後も私の骨折について責められ続け、誹謗中傷の手紙も来ていたと後になってようやく知った程に。疲れているのかな?で済ませてしまった。

 


 

「トレーナーさん。あの、最近顔色が悪いですよ...?大丈夫...ですか?」

 

「大丈夫大丈夫!寝ないで練習メニューを考えていたから寝不足なだけだよ。少し仮眠を取れば良くなると思うから」

 

「しっかり休んでくださいトレーナーさん!トレーナーさんが体調を崩したらと思うと私...心配で」

 

「大丈夫だ!可愛い担当の為ならいくらでも頑張れるものなんだよ!最近は1日中スズカの事を考えていたいくらいだからな!」

 

「トレーナーさんっ...///恥ずかしいです///」

 

「俺の担当は1番速くて可愛い自慢の愛バだ」

 


 

気付いていたのに...口癖が【大丈夫】になっていた事を。

 

でもそれを口にすると、壊れてしまいそうで怖かった。私の宝物の様な、幸せな日常。トレーナーさんの隣にいる日常が。

 

...その数ヶ月後にトレーナーさんは入院した。本人は風邪を拗らせてしまったと謝っていたけど、誰の目にも嘘をついていると明らかだった。ずっと傍にいたかったけれど、「スズカの頑張っている姿が見たい」と練習メニューを渡され帰らされてしまった。

 

トレーナーさんに見ていて貰わないと、練習にも身が入らない。それどころか私生活も途端に寂しく思えて「そう言えばトレーナーさんがいない休日は何時ぶりだったかしら...?」と左回りもした。

 


 

私はあの日、極力来ないでくれと言われていたけど我慢出来なくなって、トレーナーさんの病室に早足で向かっていた。ドアに手を掛けようとした所お医者さんと話しているようだった。勝手にお見舞いに来た上に診察の邪魔までしたらトレーナーさんは嫌がるわよね。

 

ぴとっ

 

耳をドアに当てて内容を盗み聞きしていたら

 

「余命はあと幾許かもありません。残念ですが...もう手立てが...」

 

「自分が弱いのは分かっていた事です、先生。それどころかこんなにも長く生きれるだなんて、自分でもびっくりしているくらいです」

 

...寿命?誰の?

 

...私の大切で大好きなトレーナーさんの。

 

その日はお見舞いなんて出来ずに無我夢中で走り、気が付けばベッドの上で丸まっていた。

 


 

「嫌っ!嫌ですトレーナーさん!」

 

「貴方がいなくなったら私はっ...私は...もうっ!」

 

結局トレーナーさんが回復することは無かった。日に日に衰弱して寝たりきになって、ついに息を引き取ろうとしていた。

 

「...スズカ。スズカ。...どうか、泣かないでくれ...」

 

「無理ですっ...そんなの無理...」

 

「ごめんな...スズカ...もっと、隣で...見て、いたかった...」

 

「もし...あの世があ、るなら...ずっと...見守っている...」

 

ボロボロと涙を零してしがみつく私に、彼は最後に

 

「どうか幸せに...スズカ...」

 

トレーナーさんは、亡くなってしまった。

 


 

今日はトレーナーさんの葬式だ。彼に家族はいなかったから、主に同僚やお世話になったウマ娘が参列している。

 

...焼香の番が回ってきて立とうとしたら、ボロボロと涙を零していることに気付いた。脚にも力が入らず頭が真っ白になってしまう。

 

「トレーナーさんっ...どうして私をっ」

 

「おい!スズカ大丈夫か!」

 

その場で泣き崩れた私をエアグルーヴが連れ出してくれた。エアグルーヴはしばらく何も言わずに、隣にいてくれた。

 

「スズカ。トレーナーの事は...その、残念だった。彼は担当が付かないウマ娘の指導も行なってくれる、まさに人格者だったよ」

 

「ありがとう、エアグルーヴ...」

 

...トレーナーさんが認められているのを聞いて少しだけ気分が良くなった。彼は少し不器用だけど優しくて、カッコいい。私の、私だけの自慢のトレーナーさんだから。

 

「でも、スズカ。何時までも引きずっている訳には行かないと思うんだ」

 

「自分のトレーナーがいなくなって悲しいのは痛いほど分かる。私もトレーナーの事が大切だからだ」

 

「何時までも泣いている訳には行かないんじゃないか?きっとスズカのトレーナーもそれを望んでいる」

 

...今、なんて?

 

「ふざけないで!エアグルーヴにトレーナーさんの何が分かるっていうの!?」

 

一度口から出してしまうと止めることは出来なかった。

 

「自分のトレーナーも死んでいない癖に分かったような事を言わないで!」

 

「あっ...す、済まない。スズカ...」

 

涙を堪えながら謝るエアグルーヴを見て、自分が何を言ったか。言ってしまったかを認識した。

 

「待ってくれスズカ!」

 

何も考えられなくなって、走り出していた。

 


 

走る。走る。走る。

 

トレーナーさんから貰った脚で地面を蹴り、グングン加速する。

 

何時もなら楽しみながら見る景色にも何も感じない。楽しいからでもトレーニングの為でもない。ただ、現実から逃げるために無我夢中で走っていた。

 

走る。走る。走る。

 


 

「はぁ、はぁ...痛い...」

 

肺の痛みに止まるとそこは、学園の3女神像の前だった。

 

「これは...皮肉なのかしら...」

 

私からトレーナーさんを奪っていった神様に、この期に及んで無意識に頼ろうとしていたのかもしれない。

 

そう、神様なんていない。いたとしたら

 

「返してっ!トレーナーさんを返してっ!」

 

トレーナーさんは死ななかった筈だから。

 

涙が枯れるまで。なんて、言うことがあるけど私の涙は一向に枯れる気配がなかった。深夜という事もあり、人通りの多い3女神像前で泣いても誰にも見つからなかった。

 

...子供のように泣いて、少しは落ち着いた。

 

...エアグルーヴに謝らないと。

 

立ち上がろうとしたら

 

「サイレンススズカさん」

 

と、声を掛けられた。

 

「たづなさん?」

 

理事長秘書のたづなさんが立っていた。そう言えば普段の関係の割に葬式には参列していなかった気がする。

 

「あの...どうしてここに?」

 

「惜しい人を亡くしました。彼は将来的に優れたトレーナーになっていたのに」

 

「はい、お気遣いありがとうございます」

彼が評価されるのは自分の事よりも嬉しい。

 

「国内最大規模のチームを持ち、毎年のようにG1ウマ娘を複数排出していました」

 

「まさに生ける伝説と呼ばれていました」

 

...【呼ばれていた】?トレーナーさんの初めては私の筈だし、私以外のウマ娘の指導はしても、担当はしていなかったのに...?

 

「単刀直入に言います。未来のために1からやり直してくれませんか?」

 

「やり直し...?それって...」

 

「やり直すんです。貴方の人生を。1から」

 

どこにしまっていたのか分からない目覚まし時計を手に言った。

 

「貴方なら彼を救える筈です。ですが最初か...」

 

「私、やります!トレーナーさんにまた会えるなら!」

 

「...こほんっ。ですが最初から人生をやり直す事になるので長丁場になりますよ?本当にそ」

 

「やります!」

 

「分かりました。ではこの時計を床に叩きつけてください。時計が壊れれば貴方の記憶が引き継がれたまま、赤子からやり直すことになりますから」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

何故か若干機嫌の悪くなったたづなさんにお礼を言いながら、私は時計を力の限り叩きつけた。

 

 

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