チームアトラスの軌跡   作:鈴見悠晴

1 / 10
第一話

 世界と日本の差はどこまでも大きく、日本海は世界との間に大きな壁をつくリ日本独自の進化を促し守ってきた。

 

 そんな中、日本は欧米を手本に多くのレースを作り、URAが中心となりウマ娘達が輝ける華々しい舞台を作った。

 

 それから数十年の時を経て、最強世代と言われる世代から一人のウマ娘が誕生した。怪鳥“エルコンドルパサー”同期を蹴散らして世界最高峰凱旋門賞に挑戦し2着。日本に夢を見せ、世界とほんの僅かな差まで迫っていることを示した。この裏には多くの人間が世界と日本の差を縮めるために努力を重ね、戦い続けた歴史があった。

 

 黎明期、URAはトレーナーとウマ娘の人数の差を解消するためにチーム制を導入した。

 

 優秀なトレーナーがウマ娘を指導し、指導されたウマ娘が後輩にアドバイスを送る。仲間意識で横のつながりを強化し、全体の底上げを図るこのやり方は非常に効果的だった。チーム同士がしのぎを削る事で日本のレースは加速度的に成長していった。

 

 そしてある時期を境に“リギル”というチームが一強時代を作り、王朝を築くことになる。

 

 そんなリギルが最強のチームとして、チームスピカやカノープスといったチームと鎬を削るよりもずっと昔、リギルがまだ有力チームの一つだった頃、一つのチームが彼らと熾烈な戦いを繰り広げた。

 


 

 

1977年、日本競馬界は一頭の黒船に蹂躙された。

 

 その馬の戦いは僅かに8戦、その全てで大差の圧勝、二着につけた合計着差は61馬身。当時、全ての馬を比較対象とすらしなかった。

 

 規格が違う、その走りを見て人々は“スーパーカー”とそう呼んだ。

 

 今の私たちはあの頃のあなたに追いつけているのだろうか? 

 

 日本と世界の差を教えてくれた、その馬の名は“マルゼンスキー”

 

 この世代にも王者はいた。一年に一頭しか生まれないダービー馬、その馬の名は“ラッキールーラ”。

 彼女がURA黎明期をチームリギルと覇権をかけて戦い、そして敗れたチーム“アトラス”に所属した最初のウマ娘だった。

 


 

「トレーナーさん。今日のトレーニングメニューはどんな感じですか?」

 机にソファぐらいしか物が置かれていない真新しい部屋で、胸を張るウマ娘と相対する一人の男性。このチームはここから始まっていた。

 黒毛の髪を一つにまとめ、一般的な成人男性としてもかなり大柄で身長170センチ後半はあるトレーナーを見下ろす彼女が、このチームに現在唯一所属しているウマ娘でトレーナーが始めて担当したウマ娘、ラッキールーラだ。

 

「基本的には坂路中心で行く予定だ。いかんせん今年のトレーニングを始めるのが遅れたから、しっかりと追い込まないと……何度も同じ質問をするのもアレだが、もう成長痛は無いんだな?」

「もう大丈夫です。ガンガン追い込みましょう。何せ彼女に勝たないといけないですから」

 

 デビュー戦から約半年、一般的なウマ娘の平均身長を大きく超えてもなお、成長を続けた彼女は体のバランスを崩して安定感を欠いたレースを続けた。

 

 なかなか勝ち星に恵まれず初勝利までに3戦かかった。しかし、ここまで6戦して2勝。ほかの試合でも3着以内を外したことはない。実力は間違いなく、この世代であのマルゼンスキーに勝てる可能性がある数少ないウマ娘の一人だ。

 

 目の前で胸を張るこのウマ娘を成功まで、マルゼンスキーとの勝負まで導かなければならない。そうでなければ自分を選んでくれた彼女に申し訳が立たない。

 

「ああ、勝とう。マルゼンスキーに」

 彼らの次の目標は重賞初挑戦、初勝利。新年初戦となるGⅢ“京成杯”だ。

 

 中央の重賞に挑戦するというという事は簡単なものではない。選び抜かれたエリート達の中から条件戦を勝ち残った物だけが挑める、ある種の夢の舞台だ。

 

 特に重賞レースはその日のメインイベントとして多くの注目を集める。その上挑むレースが“京成杯”、このレースはクラシック最初の1冠目、皐月賞の舞台中山で行なわれるレースとして毎年多くの有力ウマ娘達が顔をそろえる一戦。

 

 その上距離的にも1600メートルと中距離に向けてのステップアップレースとして最適。互いの力量と自分たちの実力を把握し、今後の方針を決めるクラシックへの叩き台にして、前哨戦なのだ。

 

 ジュニアレースを卒業した私たちの目標はクラシックで最も輝くタイトル、勿論“日本ダービー”だ。そこに向けてここで躓くわけにはいかない。二人は目標は明確にこの日も全力でトレーニングに取り組んだ。

 

 ほかのウマ娘と並ぶとより目立つ巨体を揺らしながら、大型坂路を駆け上がってくるラッキールーラの姿をストップウォッチ片手に観察していると横からとあるベテラントレーナーに声をかけられた。

 

「どうだ、新米。なかなか調子よさそうじゃねぇか」

「まぁ、元々彼女は優秀ですから」

「そうだな、ただ次は“ヒシスピード”も出てる。マルゼンスキーさえいなければジュニア級でチャンピオンになっててもおかしくなかった逸材だ。このまま行けば厳しいぞ」

 

 本命と言われているヒシ家の秘蔵っ子、ヒシスピードの差し足はまさしくヒシのそれだ。ラッキールーラにも現在抱えている問題がある。彼がそのことを言っているのは分かっている。

 

 あえてヒシスピードの話を出したことでそのことについて分かっているのかといやらしい笑みを浮かべる先輩に、またこの人は性格が悪いと内心毒づく。

 

 チームアトラスは残念ながら小規模なチームだ。立ち上げられてから時間もたっていないし、所属しているウマ娘も現在はまだラッキールーラだけ。それではレース感を養うトレーニングはできない。

 

「併走トレーニングをやってくれる相手は探してるんですが……いかんせんコネも何もないもんで。六平さんのところでやらせてもらえたら嬉しいんですが」

「新チームの難しいところだな。手伝ってやりたい気持ちはあるが、うちのチームにはちょうど良い力量の相手がおらんからな。これが弱小チームのつらいところだ」

「そのお気持ちだけでも十分です。それにヒシスピード相手でも勝って見せますよ」

 一抹の不安は抱えながらも、当時最先端のトレーニングを二人はしっかりと行なった。

 

 そして迎えたレース当日……

 自身に満ちあふれた姿でパドックから返ってきたラッキールーラの姿を見て調整の失敗を悟った。

 どこか足取りが重く感じるその姿、パドックを見ていた連中の中にも見る目がある連中なら気づいただろう。何せその後に出てきたウマ娘の仕上がりが圧倒的に良すぎた。

 

 おお、という驚きを多分に含んだざわめきの後に口々に自分の評価を口にし出す。

 

「これはこのレースは決まったんじゃないですか」

「ヒシスピードはかなり気合いが乗っていますね。ジュニア級の成績からもマルゼンスキー以外には負けられないでしょう」

「いやぁ、今日のできならマルゼンスキー相手でも戦えるんじゃないですか?」

 どうしてもそちらに意識が引っ張られているトレーナーに、ラッキールーラは自信ありげに告げた。

「大丈夫ですよトレーナーさん。負けませんから」

 もうこれ以上言うことはないとラッキールーラはウマ娘達の戦場、レース場に足を向けた。

 

 

 ラッキールーラは優秀なウマ娘だという評価を得ていながら、なかなか担当が決まらないウマ娘だった。

 トレセン学園でもそこその成績は残していたが、スカウトされることもない。最初は何故か分からなかったが、ある日こんな言葉を耳にした「大柄なウマ娘は大成しにくい」。身長は自分ではどうにもできない部分で、そこで判断されているのは悔しかったが、トゥリンクルシリーズで自分と同じぐらいの身長で活躍したウマ娘はいない。

 

 理由が分かってからはこれまで以上に練習に励んだが、周りが担当トレーナーを獲得していく中自分だけが取り残されてしまっていた。

 そんな状況で声をかけてくれたトレーナーさんに彼女は何とかして恩返しがしたかった。幸いまだトレーナーさんも新人で、あのトレーナー室も空っぽだ。

 

 あの部屋もトレーナーさんも自分色に染め上げてやると意気込む彼女、マルゼンスキーへのリベンジのためメラメラと闘志を燃やすヒシスピード、そのほかにもこの世代で頂点を目指すウマ娘達のクラシック戦線開幕へゲートが開いた。

 

 大きな出遅れはなく、出走していた8人のウマ娘はひとかたまりになってレースは始まった。

 

 このレースの最も大事なポイント、それはポジション争い。第一コーナーを迎える頃には三頭の先行馬による熾烈なポジション争いが勝敗を左右すると言うことを誰もが理解した。外枠からの出走になって居たラッキールーラよりも内枠から出ているヒシスピードが有利なポジションを取っている。

 

 更にその後ろに一人、実力のあるウマ娘プレストウコウがぴったりとついてきている。

 

 それぞれにこの状況から勝つためのイメージが合った。芦毛のプレストウコウはスタミナに自信があった。この1600メートルならロングスパートを仕掛けて、一気に引きちぎる。一瞬の切れ味はないが、このパターンで現在三連勝中、直近のレースで破ったラッキールーラは眼中になく狙うはヒシスピードと、重賞の冠のみ。

 

 ラッキールーラの狙いはこの中山のコース特徴、ゴール直前の急坂。ラストの直線追い比べにも負けるつもりはないが、その上中山の坂を上らなければならないこのコースはまさに自分向き、ほかのウマ娘と比べても大きいこの体だから生まれるパワーで一気に千切る。

 

 背後から二人に狙われるヒシスピードだが、彼女も快足をウリにしているウマ娘。勝負は最後の直線で決める。このレースに参加している中で頭一つ抜け出した3人の思惑は意外な形で合致し、第三コーナーまで勝負は動かず、最初にプレストウコウが仕掛けた。

 

「動いた、動いたぞ‼ プレストウコウがじりじりと上がってきた」

 実況の言葉通り、いやそれ以上の速度間でぐんぐんと位置取りを上げていき、ついにはヒシスピードに並んだプレストウコウはそこからさらにスピードを上げて4コーナーに入っていった。

 

「先頭はプレストウコウ、現在1馬身から2馬身のリード。中山の直線は短いぞ!! 後ろの娘達は間に合うか」

 

 四コーナーからの立ち上がり、誰よりも早く正面に入ったプレストウコウは勝利を確信した。中山1600のこのレースは最後の直線はわずか310メートルしかない。逃げ馬がいないレース特有のスローペースで体力は温存できている。ここからラストスパートをかける足は十分に残っている。一気に速度を上げようとしたとき、背後から恐ろしい気配を感じた。その正体は直線に入って一気にスパートをかけたプレストウコウとヒシスピードの二人の気配だった。

 

(まずい、追いつかれる!?)

 

 今まで何度かチームで年上のウマ娘たちとのレースで感じた、追い抜かれるとき特有の感覚。そんな感覚を突き飛ばすようにさらにスピードを上げようと深く息を吸い強く踏み込む。自分に出せる最高速度を超えるようなスピードを出しているはずなのに、背後から聞こえてくる踏み込みの音はどんどん大きくなっている。

 

 ドン、ドン、ドン

 

 ピッチと音量が上がっていく音に背中がじんわりと冷や汗で湿っているプレストウコウをヒシスピードとラッキールーラがあっけなく抜き去った。

 

 同じ相手には二度は負けない。先の敗北からラッキールーラもプレストウコウの勝ちパターンを学んでいたし、このレースにあたり意識していた。スパートの伸びなら自分の足のほうがある。だから距離感を間違えてはいけない。今回はヒシスピードに合わせるような形になったというのも大きかったが、対策通りのレース運びができていた。

 

(さぁ、本命と一騎打ちだ)

 勝利を目指して最後の障害目の前にいるヒシスピードとの追い比べ。そこには自信を持っていたラッキールーラだが、その距離は縮まらず、徐々に開いていた。更にここから加速していくヒシスピードにラッキールーラも焦りを覚える。

 

(うそ、ここまで明確な差があるの!?)

 

 さらに加速し、その勢いのまま坂を上り切ってしまおうと考えるヒシスピード。彼女はこのレースを走りながら別のウマ娘と戦っていた。屈辱的な2連敗。それも同じ相手に負けたのだ。どうしたって意識してしまう。こんなところで負けるわけにはいかない。

 

 さらに、もっと、彼女はもっと早かった。加速していくヒシスピードだが、それでも急坂でわずかに足が止まった。

(来た、ここが最後の勝機‼)

 必死に追いすがってきたラッキールーラもここで一気に勝負に出る。坂を上り切った時、ほんのわずかにラッキールーラが前に出ていた。

 

横から伸びてきたラッキールーラの姿を確認したヒシスピードが差しかえそうと力を込める。その気迫は自然と口をつき、つられてラッキールーラも叫んだ。

「行かせるかぁぁぁ‼」

「負けてたまるかぁ‼」

 ヒシスピードにラッキールーラ互いに死力を尽くしたゴール前、そのゴールタイムにはほとんど差はなかった。しかし、ほんのわずかな、ほんのわずかな差でこのレースにも勝者と敗者が生まれた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。