ラッキールーラとハードバージの死闘や、道半ばで終わったマルゼンスキーによる最強の証明。
プレストウコウによる芦毛のウマ娘初となるクラシック制覇となる菊花賞。
ラッキールーラの怪我で見ているしかできなかったカネミノブ覚醒の有マ記念に、ラッキールーラ復活の札幌日経賞。
様々なドラマを生み出した77世代だが、ラッキールーラの引退でついに第一線で現役のウマ娘はいなくなった。トレセンに残っているのも今となってはほんの数人だ。
世代交代を繰り返し、主役と言われるウマ娘は生まれなかった。
夢を叶えるウマ娘、夢が破れたウマ娘。そのどちらもを見送ってきたトレーナーの目に大きな影を落とす光景は夢を叶えるも、そこに望んでいた物が見つからず絶望するウマ娘の表情だ。
彼女たちは知っている。マルゼンスキーの熱に狂っていた当時の光景を、もう一度あの熱をレース場に取り戻すと意気込んで、G1レースのライブで空席が散見される客席を見つめるウマ娘の表情に何人かのトレーナーが職を辞した。
そしてある日扇子を持った小さな女性がURAのトップに就任した。
「募集!! 海外で育成論を学んだトレーナーと学園改善案!!」
就任会見とも言える場所で堂々と言い放ったその発言は学園に新しい風を吹き込んだ。
特に海外から積極的に多くの理論や、帰国子女を受け入れて、全体のレベルアップを図るとともに、第二のマルゼンスキーを育てようともくろんでいた。その象徴として扱われたのがリギルの新トレーナー“東条ハナ”だ。
そんな激しく変わっていくトレセン学園にこそ英雄は生まれる。
“ミスターシービー”
第三代の三冠馬。全てをねじ伏せて3つの冠を手に入れた怪物だが、この日彼女の姿はレース場でも練習場でもない関係のない部室にいた。
彼女は学園の掲げる方針に逆らうような形でマンツーマンでの指導を受けている。彼女の担当トレーナーは学園内では非常に有名なトレーナーで、あのトウショウボーイを指導した人物だ。
ただどうもシービーは皆で仲良く練習している姿に憧れがあるようで、こうして仲の良いウマ娘がいるチームの部室に忍び込み、遊んでいくのだ。
今日の遊び場はどうもチームアトラスの部室らしい。ただこの日はすぐに捕まってしまっていた。なぜならこの日はリギル主催の選抜レースがあり、アトラスは全員で偵察に行く予定だったからだ。
普段なら付き合いよく遊んでくれる後輩達の素っ気ない態度に少しふてくされていた。
「いいからさっさと帰りなさいな。私たちも忙しいのよ」
そんな彼女に辛辣な態度をとっているのは現在のチームアトラスで頭一つ抜けた実力を持っているウマ娘、メジロモンスニーだ。
名前から読み取れるように名家メジロ家に名前を連ねるウマ娘で、皐月賞・日本ダービーでミスターシービーの2着に終わったミスターシービーのライバルと言える存在だった。
「まぁまぁ、モンスニー先輩良いじゃないですか。一緒にレース見学に行ってもらいましょう」
「そうですよ。友達なんだから仲良くしましょうよ」
中等部に所属する二人がきつい視線を向けるメジロモンスニーと、それを挑発的に見つめ返すミスターシービーの間に割って入った。
鹿毛をショートカットにまとめているボーイッシュなウマ娘は、メジロモンスニーに向き合うとぼそっと耳元でささやいた。
「シービーさんが来てくれて嬉しいのは分かりますけど。そんな態度じゃ嫌われますよ」
「だ、れ、が、嬉しいのよ!!」
大声を張り上げるメジロモンスニーをなだめるているボーイッシュなウマ娘はセキテイリュウオー。中等部にいながらチームアトラスに所属しているウマ娘、キツい性格のメジロモンスニーの手綱を握っているのは彼女だった。
そしてセキテイリュウオーがメジロモンスニーをなだめている間に、もう一人のウマ娘がミスターシービーと一緒にレースを見学に行くと言うことで話をまとめようとしていた。
黒鹿毛の髪を白いカチューシャで止めているウマ娘、彼女もセキテイリュウオーと同じ中等部の制服を身に纏っていることからもわかるように、まだ中等部だがアトラスに所属するウマ娘だ。
彼女の名前はクシロキング、個性派揃いのチームアトラスでこの二人がバランスをとっていることで成り立っていた。
「あの私たちもう行かないといけなくて、それでできればシービーさんにも来てほしいんですけど。駄目ですか?」
「全然良いよ。なら早く行こう」
立ち上がって一緒にレース場までついて行こうとするシービーに、メジロモンスニーがぷんすかと音が聞こえてきそうに文句をつける。
「何であなたが来るんですの」
「まぁ良いじゃない。それにあんまり言うとクシロチャンのお誘いを無駄にしちゃうよ」
ただし今回もシービーの方が一枚上手で、後輩が誘ったのについてくるなとは言えず、メジロモンスニーは何か言ってやりたいが、何も言えずに口をパクパクさせると結局言う言葉が見つからずにそっぽを向いた。
そんな二人のやりとりを見てセキテイリュウオーはため息をつき、クシロキングと目を合わせた。
(ほんとに連れて行くの)
(だってあのままだったらシービーさんすねちゃって大変だよ)
(それもそうか)
僅かなアイコンタクトで会話をした二人は、結局何も状況が変わらないことに若干肩を落としてレースを見学しに向かった。
彼女たちの到着は思ったよりも速く、まだレースは始まる前だったが、レース前の準備運動の段階でレベルが完全に違うウマ娘が数名。そしてその中でも完全に格が違うウマ娘が一人いた。
彼女たちの到着前からずっと出走するウマ娘を見ていたアトラスのトレーナーはチームを立ち上げたあのときの世代を思い起こしていた。
マルゼンスキーという圧倒的な才能に挑み続けたあの世代。チームアトラスのトロフィーケースで一番輝くあのダービートロフィーを掴んだラッキールーラ達の世代。あの世代と同じように、目の前で準備している世代には圧倒的な才能を持つウマ娘“シンボリルドルフ”がいた。ただしあのときと違うのは、この世代全体に漂う諦めの空気。
どうせルドルフが全て持って行く
そんな雰囲気が漂っていた。勿論全員が諦めているわけではない。ルドルフに敵対心を燃やしているウマ娘もいる。中等部の教員からもらってきた資料によると3人の有力ウマ娘がいる。
一人目は一際目を引くウェーブした鹿毛、彼女がサクラトウコウ。聞いた話では足を怪我しやすいが、その分と言えば良いのだろうか直線のスピードはかなりの物らしい。
2人目が念入りに自分の体を動かしているウマ娘、彼女がスズパレード。どうもファンが多いらしく、その実力はG1級と言われている。
そして最後にレース前にもかかわらず、何故かコーラにメントスを入れようとしている彼女はニシノライデン。破天荒なウマ娘らしく、何でも好きにやらせた方が速いんだもんと元々担当していたトレーナーがさじを投げたらしく、今回が2度目の選抜レースになるらしい。
このあたりのウマ娘には闘志を感じるが、それ以外のウマ娘からは諦めの空気が漂っている。(ニシノライデンはよく分からないが)
「お待たせしましたトレーナーさん。そろそろ始まりそうですか?」
クシロキングが階段を駆け上がりながらトレーナーに声をかけると、彼は振り返って少し怪訝な顔をした。
「シービーさっき君のトレーナーが探していたぞ。そのうち戻ってくるだろうから一緒に見てるといい」
「ほんと、じゃあお言葉に甘えようかな」
レースが見られる位置に移動するシービー達にレース前のウマ娘達から注目が集まる。元々アトラスのトレーナーがいるということでウマ娘達が意識していたのに、そこに前年の三冠ウマ娘にそのライバルまで登場したとなればざわめきが巻き起こっている。
そんな中、じっとこちらを見つめて凄まじい気配を飛ばしてくるウマ娘がいた。
「挑発されてるわよ」
「はは、熱いお誘いだね」
第一線で戦うウマ娘であるメジロモンスニーとミスターシービーの二人はその気配にしっかりと気づいていた。デビュー前のウマ娘が放って良い気配ではない。才能を磨き続けたウマ娘だけが見せるあやしい輝きを既に見せている。彼女のリギル加入は既に既定路線、見るべきは他のウマ娘であるにもかかわらずトレーナーの視線を集めていた。
「それで、私たちアトラスにふさわしいウマ娘は見つかったの、トレーナー」
ルドルフの挑発も、自分の発破も簡単にいなされてしまい八つ当たり気味に話をトレーナーに振ったメジロモンスニーだが、そのトレーナーもまともに相手をしてくれているとは言いがたかった。
「めぼしい子は何人かいるよ。でもそういう子には既にある程度話が言ってるだろうな」
「だったらとっととあんたも行きなさいよ!!」
のんきに言い放つ目の前のトレーナーに我慢できずに怒鳴りつけると、ようやくトレーナーがこちらを向いたが、さっきまでの気の抜けたやり取りからは考えられないほど真剣な眼差しに一歩後ずさりしてしまう。
「俺はこのチームを安売りする気は無い。アトラスは既に必死にスカウトするようなチームじゃない」
そうトレーナーの言うとおり、チームアトラスは既にトップチームの一つに名を連ねていた。ラッキールーラのダービーからメジロモンスニーの皐月賞・日本ダービーでの2着まで、常にクラシックやシニア級で名前を出すアトラスはデビュー前のウマ娘にとっては憧れへと変わっていた。
「始まるぞ」
トレーナーの一言で全員の注目がレースに移る。選抜レースではデビューを目指すウマ娘が走るため、スタートでの出遅れや、道中でのかかり、スパートでの斜行とハプニングがつきない物だ。
一組目では一人が出遅れて、二人道中で折り合いがつかなかった。
結局勝った子はそこまで高い能力を持っていたわけではないだろうが、自分のことをしっかりと理解して自分のレースができたウマ娘だった。
有力ウマ娘と言われる存在はここで自分の実力を見せる勝ち方をしたりする。後ろから一気に差したり、先頭で押し切ったりする。サクラトウコウやスズパレードは見事に能力を見せつける勝ち方だった。
そして読めないニシノライデンだが、物の見事に斜行した。
それはもうとてもひどい斜行を見せたが、なんとしっかりと勝ちきった。外側にどんどん流れながらもどんどん加速していく様はそれはすごい物だった。
初めて見るようなレースに才能は感じるが、目に見える地雷に誰もが完全に二の足を踏んでいた。
どんどんと行なわれるレース。中にはレースが終わってすぐにトレーナーが決まったのか嬉しそうな声が聞こえても来る。そしてついに本命のレースが来た。
シンボリルドルフの覇道の第一歩、それは本当に圧倒的で絶対的なレースだった。
マルゼンスキー・ミスターシービー二人に勝るとも劣らぬその衝撃は、トレーナーにもウマ娘にも等しく届いた。
「ねぇモンスニー、私と彼女どっちが強いと思う?」
ミスターシービーのその言葉は決して弱気になっての発言ではない。むしろどこまでも好戦的、今にも走り出そうになって居るミスターシービーに対し、メジロモンスニーは悔しそうな顔で答えた。
「あんたに決まってるでしょ。誰に勝って三冠をとったのよ」
「練習始めるから、一緒に来て」
「え、っちょっと」
言い切ったメジロモンスニーの手を握り、走り去るシービーにトレーナーは振り向かずに手を振った。
「怪我だけはしないようにな~」
本命のレースが終わって多くの人がルドルフの所にダメ元で向かい、レース場の熱は一気に失われた。しかしまだ最後の一組が残っていた。地味なレースで見た人間は皆ルドルフのレースと比較し、ルドルフの凄さをたたえたがアトラスのトレーナーはそのレースに目をつけた。
何人ものウマ娘が走り、荒れた芝を物ともせずに走りきり、後方から見事な末脚を見せた。そして何より走り方が良かった。注目度の低いレースを走り終えて、ぺこりと客席に頭を下げるウマ娘の横をチームリギルのトレーナー東条ハナが何も言わずに通り過ぎて、アトラスのトレーナーが声をかけた。
「良かったよ、良いレースだった」
「えっ、あ、えーと、ありがとうございます」
少しなまったイントネーションで話す少女にトレーナーは一枚の紙を渡した。
「これ申込用紙、君さえよければアトラスに所属してほしい。ようはスカウトだ、もし興味があったら明日練習をやるから見学にでも来て」
この時トレーナーが声をかけたウマ娘、彼女が皇帝を皇帝にしたウマ娘“ビゼンニシキ”だった。