チームアトラスの軌跡   作:鈴見悠晴

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第三話 

 クラシック級のレースに出走するための条件として基本的にはオープンクラスのレースに出走し、最低でも掲示板に入らなければならない。

 

 中にはトレーナーの方針としてジュニア級には出走しないウマ娘もいるため、新年を迎えてから新顔を加えてその年のクラシック級戦線勢力図ができあがる。

 

 皐月賞・日本ダービー・菊花賞からなるクラシック路線。最初の冠、皐月賞にはこんなことわざがある。皐月賞は最も速いウマ娘が勝つ。

 

 いち早く頭角を現し、自分の実力を証明する必要がある。2000メートルとクラシックの中では一番短い距離のレース。そのため純粋なスピードが求められ、速さと早さがあるウマ娘が勝つこのレース。優先出走権が与えられるレースが三つある。

 

 若葉ステークス・スプリングステークス・弥生賞

 

 これらのレースが行なわれる直前になると多くの媒体で特集が組まれた。

 

 ラッキールーラは今日は取材を受けてから練習に向かうと言うことで、ほかのチームが練習を始めるのを横目に手持ち無沙汰になったこの時間を潰すために購買部で勝っておいた月刊『トゥインクル』を開いた。

 

『有力馬出揃った!!』

 

 派手な文言が紙面を賑わせているページには取材をした記者達がその足で集めた情報を元に、注目すべきウマ娘達が挙げられている。そこにはラッキールーラ・ヒシスピード・プレストウコウといった見慣れた名前に加えて、見慣れない名前が一つあげられていた。

『ハードバージ』

 未だ1勝しかしていないウマ娘で、前哨戦にギリギリ参加できるかできないかのボーダラインに立っているウマ娘だが、この記者によると覚醒の予感で大穴になるかもしれないと書かれている。勿論大ボラのブラフの可能性もあるが、担当トレーナーの名前を見てこの記者の目は間違っていないことを確信した。

「六平さんね、あの狸」

 何がちょうど良い相手がいないだ。手の内を明かしたくなかっただけだろう。あのおっさんにここまでのことをさせると言うことはハードバージはそれだけの才能を持っているのだろう。要注意と頭の中に入れておく。

 

「トレーナーさん!! お待たせしました!!」

 こちらの方に駆け寄ってくるラッキールーラの姿を確認して、近くのゴミ箱にトゥインクルを捨てた。彼女にその続きを見せたくなかった。

 

 捨てられたトゥインクル、次のページには過激な言葉が埋め尽くされていた。

『今年のクラシックは主役不在!?』 『くだらないルールは改定すべき!!』 『二番手を決めるためのレース』

 誰もそんなことは思っていない。好き放題に行ってくる外野を分からせるためには結果を示す必要がある。ここまで無敗で来ているマルゼンスキーに土をつける。それもシニア級のウマ娘ではなく、同世代のウマ娘で。

 世論も、同業者も全ての注目がマルゼンスキーに集まっている中、クラシック前哨戦が幕を開けた。

 

 

 来たる3月6日、GⅡレース弥生賞を迎えた。

 

 最有力候補として一番人気に推されたのはプレストウコウ。7戦3勝、2着1回ここ2戦はヒシスピードに敗れているが、どのレースでも進歩を感じさせるレース内容であることに加えて、このレースではヒシスピードがいない。本人的には納得がいかない理由かもしれないが、堂々の本命になって居た。

 

 三番人気にはパワーシンボリ、ヒシスピードには届かなかったもののプレストウコウには先着している実力を持ったウマ娘。直近の結果を見ればもっと高い評価でもおかしくないが、勝ちきれないところから評価を落としての三番人気。

 

 そしてこのレースで最も不気味な雰囲気を持っていたのが、2番人気カネミノブだった。ここまでの成績は4戦2勝、彼女のローテーションはレース間隔をしっかりと作ることで怪我のリスクを減らしている。このローテーションでもやっていけるというトレーナーとウマ娘の自信がこのローテーションから読み取れた。

 

 前走の結果から大きく評価を落としたラッキールーラは5番人気になっていた。

 

「ねぇ、ルーラちゃん。ほんとに逃げるんだ?」

 好奇心が張り付いているような表情で目をキラキラとさせたカネミノブがラッキールーラにじゃれついてきた。一際小さいカネミノブと対照的に大きいラッキールーラが話していると大人と子供のようで微笑ましいように見えた。

「ミノブちゃん、そんなこといえるわけないでしょ」

「へぇ、そうなんだ。逃げるんだぁ。ふーん」

 ラッキールーラの言葉や表情から自分の予想を立てると、かまをかけるという意味も込めていやらしく笑った。

「もう、この話は終わり。最近トレセンで見なかったけど、またどこか行ってたの?」

「キャンプできるようになると、一気に予算が抑えられるからいろいろ回ったよ。今度連れて行ってあげるよ、このレースの賞金で」

 

 にっこりと笑ってゲートに向かっていく。カネミノブを見送って、このレースに出るライバル達を確認していく。プレストウコウにパワーシンボリ、カネミノブと負けた相手が3人もいて、自分は5番人気。私はここで決して強くない。だから決死の覚悟で逃げるのだ。

 

 各ウマ娘がゲートに入って、ゲートが開いた。

 

 このレースは各馬揃ってのスタート、にはならなかった。

 最内枠、一枠一番から凄まじいスタートを決めたラッキールーラが先頭、ハナを奪った。先頭でペースを握りながらレースを進めていくラッキールーラ。彼女のペースについて行くという判断をした者、ある程度行かせてしまうことを決断した者。レース展開としては縦長の展開。有力視されていたウマ娘達の判断も完全に割れた。

 

 先頭集団の中、好位の内側を走ることで体力を温存することにしたカネミノブ。中団から前を伺い位置を少し前に位置取りを挙げた。彼女たちはラッキールーラが落ちてこないと感じて、差しきれる位置取りを維持する。判断を下した。

 

 逆にパワーシンボリはラッキールーラが落ちてきた後、高い位置取りをしたカネミノブとプレストウコウごと差しきる。そのために完全に中団から先頭の様子を伺っていた。

 

 スタート直後の急坂の影響でレース前半のペースは比較的スローペース。最終直線が310メートルでゴール直前でもう一度やってくる急坂、ラッキールーラには追い風が吹いていた。

 

 先頭をひた走るラッキールーラ、そのレース内容に後ろでレースを運んでいたウマ娘達も嫌な予感がしだしていた。もしかしたらラッキールーラが逃げ切るかもしれない。そんな疑惑が自分たちの中で大きくなり出すが、ここで無理に動くことはできない。レースのペースも主導権もラッキールーラが完全に握っていた。

 

 第3コーナーから第4コーナへここまでは完全にラッキールーラの理想通りの展開。ただし、この中で冷静にレースを運び、体力を温存しているウマ娘がいた。それがカネミノブ。この二人とは対照的に自分のやりたいレースをできていないプレストウコウは大外を回されてしまっている。距離はかなりロスしているが、それでもこの3人の中で果敢に仕掛けた。

 

 大外から一気にラッキールーラに追いすがっていた連中を追い抜いて2番手まで上がってくる。

 それに引きずられ、空いたルートを通りカネミノブが内側から強襲。内と外両方から一気に上がって来られるのに合わせて、ラッキールーラもスピードを上げるが、少し鈍い。

((スタミナ切れだ))

 後方から一気に襲いかかってくるプレストウコウとカネミノブの考えがシンクロする。

 

 スパートをかける余裕がない。ラッキールーラはここから落ちていく。会場の群衆も、レースに参加しているウマ娘もそう確信した中、ラッキールーラのトレーナーが叫んだ。

「行け!! ラッキールーラ!!」

 もう無理だよ、そう言った冷ややかな視線が降り注いだが、異変にはすぐに気づいた。

 

 ラッキールーラが沈んでこない。

 

 世代屈指の末脚を誇る2人、その後ろからはパワーシンボリも堰を切ったかのように上がってくる。しかし、ラッキールーラは沈まない。後方からの追撃を全て受けきりながら、誰よりも大きなその体で先頭を走る。

 

 ラッキールーラの逃げ、その一番の特徴は粘り強さ。トップスピード付近を維持しながら、力強い踏切でゴール直前の急坂を登り切る。

 凄まじい足音を響かせながら、ラッキールーラは先頭でゴール板の前を駆け抜けた。

 

「やった……やった──!!」

 ふらふらになりながら両手を突き上げたラッキールーラ。彼女の眼前にある提示版には真っ赤なRの文字が点灯していた。

 

 堂々のレコード勝利、歴代の弥生賞勝ちウマ娘の誰よりも早くこのコースを駆け抜けた。レースレコード1分49.8秒、このレースでラッキールーラはクラシック大本命に名乗りを上げた。

 

 掲示板を見て呆然とするプレストウコウ。新年を迎えてからこれで3戦連続3着、連敗前の3連勝で作った貯金はもう食い潰したと言って良い。ラッキールーラにパワーシンボリにカネミノブにヒシスピード、たった3戦だがこんなに負けている。その事実を認めないといけない。その悔しさに自然と涙がこぼれ落ちた。

 

 ようやく掴んだ1番人気を、みんなの期待を裏切ってしまった。そんな罪悪感が胸いっぱいに広がって、どうしようもなくなって居るとカネミノブが肩を叩いた。

「完敗だね、私たち。知ってる両方ともルーラちゃんに勝ったことあるんだよ。それから半年もたってない」

 2着に入っていたカネミノブ、彼女は私とは違いしっかりと前を向いていた。自然とうつむいてしまっていた私とは違い、その両目で今日の勝者を見つめていた。

「私たちだって努力はしてた。それでも追い抜かれたんだからルーラちゃんはきっとすごく頑張ったんだよ。だから頑張るんだよ。自分を信じればいつか、望んでた場所に行けるから」

「はい!!」

 

 敗北をどう乗り越えるか? 過去の自分をどうやって超えるのか? それを繰り返して成長していく。挫折を知らない強者はいない。彼らも敗北を乗り越えてきた。そんな彼らもいつか敗北に直面し、またそれを乗り越えて次のステージへと昇っていく。

 

「まさかの結果が出ました。前日の雨が響いたでしょうか、ヒシスピード3着!! 3着です!! 勝ったのはヨシノリュウジン!! ヒシスピードにリベンジを果たし、皐月賞へと歩みを進めます!!」

 スプリングステークスで起きた大番狂わせ、マルゼンスキーに次ぐ2番手だと目されていたヒシスピードの前哨戦での敗北は驚きとともに、混沌としたクラシックの始まりを告げた。

 

 前哨戦を終えて、それでもクラシックを目指すウマ娘達に用意された最後のチャンス“毎日杯”。

 優先出走権などは与えられないが、時期が時期だけに大きな意味合いを持つ。ここで勝てれば皐月賞にはほとんど確実に出られる。

 その性質上、前哨戦に参加できなかった実力者達が皆揃って参戦する。それも最後のチャンスと鬼気迫ったウマ娘の中で1人、ほかとは違うウマ娘がいた。

 

「六平!! しっかり見てなさい!!」

 

 ゲート内からうるさく騒いでいるウマ娘、人気はなく注目もされていなかったが、トレーナーとしてここまで付き合った六平は彼女の努力と実力をよく分かっていた。

 連戦連敗を重ねたジュニア級、それを乗り越えるためにこなした猛練習。普通であればもう音を上げてしまうような練習もこなし、その上もっと練習させろと要求するようなウマ娘だった。練習させないことにも、変えようとしないレーススタイルと多くの苦労をさせられた。しかし、ついにその苦労が報われる瞬間だった。

 

 阪神2000メートル、内枠で足を貯め続けて貯め続けて、最後の直線遠心力で幅が広がった瞬間に踏ん張れるだけの力と抜け出す足。

 

 明確な自分のヴィジョンがありながら、それを実行できるだけの能力が無かったジュニア級。

 

 六平とともに磨き抜いた自分のスタイルと能力。

 

 ウマ娘の間を完全に抜け出してゴール版を最速で駆け抜けた。

 

「見てたわね!! 六平!! 勝ったわよ、私たちのやり方で勝ったわ。間違ってなかった、間違ってなかったわ」

 ゲート前から見せていたうるささも、自信たっぷりな振る舞いも、このお嬢様がレースに向けて作ってきた鎧なのだろう。ゴールした瞬間、内側から決壊したのか涙を見せ、六平に抱きついていた。

 

 泣きじゃくるウマ娘に泣かれるがままになって居た六平がまだ次があるぞと言い聞かせていた。

 人目もはばからず泣いているこのレースで2勝目、それも初重賞をとったウマ娘こそが、遅れてやってきた大物。“ハードバージ”だった。

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