チームアトラスの軌跡   作:鈴見悠晴

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NHK杯

 皐月賞を終えたウマ娘達には2つの選択肢がある。

 王道と言われるルートはこのまま日本ダービーへの直行だ。有力ウマ娘達やこのレースで結果を出した物の多くは皐月賞からダービーに向かう。

 

 ただし、直接ダービーに向かわないウマ娘もいる。皐月賞で結果を残せなかったウマ娘、それとチームに力が無かったり、評判の悪いウマ娘だ。

 

 ここで言う評判が悪いというのは、素行に問題があったりするようなウマ娘を指すのではなく、レースで語られるセオリーから外れるウマ娘だ。皐月賞に出られなかったが実力を持っているウマ娘は多い。彼女たちは皐月賞で結果が出なかったウマ娘の椅子を狙ってくる、だからこそ戦わなければならない。戦いを挑むウマ娘を倒して、その先にある夢舞台が日本ダービーだ。

 

 今回の皐月賞で注目を集めていた芦毛のウマ娘が一人いた。勿論その実力を高く評価されていたが、芦毛は走らないという言葉はファンの中でも広がり、どこか嫌煙されている。彼女に集まった注目は芦毛がどこまでやれるのかという意味合いも持ち合わせていた。

 それと同じようにラッキールーラのような大きなウマ娘も、大きすぎると否定的な見方をされる。あんなに大きいウマ娘が芝の、それもダービーで活躍できるはずがないと言われてしまっていた。知識のある人間が口をそろえてそう語ることで弥生賞のレコードも、皐月賞の2着もフロックだと言われてしまった。特に皐月賞はあのスローペースで逃げ切れないウマ娘にダービーが勝てるはずがないという世論が形成された。

 

 こんな見方をされても、チームが有名だったらそんな意見をねじ伏せて日本ダービーに迎えただろう。この当時チームアトラスはまだポッとでの新チームで、大衆の意見をはねのけて日本ダービーに向かう事はできなかった。その結果彼女たちは電撃のマイル戦“NHK杯”に挑むことになる。

 

 G2 NHK杯

 

 現代ではNHKマイルカップというG1レースになって居るが、当時はまだあくまで日本ダービーへのトライアルレースの一つだった。

 この後多くのクラシック参加要件を満たさない、もしくは中距離・長距離の適性を持たないウマ娘に向けて整備されるNHKマイルカップでは多くの名勝負が演じられることになるが、その前身であるNHK杯もまた大きな意味合いを持つレースだった。

 

 トレセン学園名物の一つである巨大坂路で走るラッキールーラのタイムを計りながら、トレーナーはこの後のローテーションや、チームへの勧誘、その他様々な雑事に関して考えを巡らしていた。やらないといけないことは多くあり、これから更に忙しくなっていくだろう。

 

 この業界は慢性的に人不足になっており、トレーナーの数は圧倒的に足りていない。何の実績も持たない自分がチームを持っているという所からもそれは読み取れるだろう。

 サブトレーナーを持たないチームもいくつもあり、そういったチームでは複数人でこなすような仕事も一人で行なっているらしい。

 

 中には自分の仕事をほかの人間に触られたくないというタイプの人間もいるが……あの人みたいな。

「何だ、俺の顔に何かついてるか」

 派手な色のアロハシャツを着ているのは、このトレセン学園でもこの人ぐらいだろう。

「六平さんはNHK杯に行かせますか?」

「ハードバージは直接ダービーに行かせる。ここ最近自主練の量も増やしてるからな、NHK杯を間に入れれば間違いなく壊れる」

 一瞬の迷い無く言い切るこの人のかっこいい事、それに比べて怪我のリスクが増すにもかかわらずNHK杯をローテーションに組み込もうとしている自分に嫌気が差す。

 

「その顔は絶対にウマ娘の前では見せるなよ」

 六平のドスのきいた声、自覚はなかったがどうもひどい顔をしているらしい。

「お前は優秀だ。誰もラッキールーラが弥生賞をレコード勝ちするなんて思ってなかった。皐月賞で2着に食い込むとは考えもしなかったんだ。胸を張ってやれば良い、俺は近い将来ここを引っ張るのはお前だと思ってるんだ」

 六平さんの評価は昔からかなり高い。はっきり言って買いかぶりで、なのにこの人はそれを簡単に口にする。

「精進します」

 絞り出したようなその言葉が精一杯な、そんな姿がまた情けなかった。

 

 

 新チームの軌道が乗るかどうか、それは新しいウマ娘の勧誘、わかりやすく言うとスカウトが成功するかどうかにかかっている。上手くスカウトを成功させるためには所属しているウマ娘が結果を出す必要がある。

 弥生賞でのレコード勝ちにはそこそこの価値があるが、ハードバージの急成長やマルゼンスキーの大活躍と比較すると少々弱い。

 

 重賞複数勝ちで日本ダービー掲示板内、欲を言えばダービー制覇。それができるだけの能力がラッキールーラには必ずある。

 

 坂路を走り終えて、息を切らし肩を上下させるラッキールーラに今日の練習は終わりだと告げて、迷いながらだが、一つ決断を下した。

「次のレースも決めた。ダービーの前に一度勝負に行く、NHK杯だ」

 

 時を同じくして、ここまで4戦勝ちなしのウマ娘が同じ目標を定めた。

「よいかプレストウコウ、皐月賞が7着で終わったこれは間違いの無い事実だ。しかしそこがおぬしの終わりではない。一度二度の負けでその者の評価が決まることはない。次はNHK杯、ラッキールーラに勝って見せよ!!」

「押忍!!」

 

 ここは“中央クラシック”どこを見渡して猛者しかいないこの場所で、計算通りに事が運ぶことはほとんど無い。

 


 

 5/3 天気は晴れ 乾いた芝生の状態は逃げ馬に有利に働く。

 

 この場にいる全員の注目を一身に引き受けながら、ラッキールーラがターフに降り立った。芝を少し掘り返してターフの土を確認するとターフ全体を見渡す。

 押しも押される1番人気。この場所にいる全てのウマ娘の中で一番強いウマ娘に選ばれた。クラシックに上がってから初めての一番人気に心が弾むが、それと同時に自分が今ターゲットにされていると言うことも身にしみて感じる。それでも自分のレースをやれば良い。ラッキールーラは集中力を高めていった。

 

 

 このレースに向けてプレストウコウは一つ準備をしてきていた。自分のストロングポイントはどこか、そして自分のウィークポイントはどこなのか、それをまずは突き詰める。そして相手をラッキールーラについて知る。相手のストロングポイントを消し、ウィークポイントを突いて自分のストロングポイントで勝負する。それが作戦、そして今回はある程度運も味方をしていた。

 

 全員がゲートの中に入り、約1分30秒、駆け引きとスピード、一度のミスも許されない1600メートルの幕が開けた。

 

 好スタートを切ってリズムを掴んだのは、内枠からはじかれたように飛び出たプレストウコウだった。

 

 最初の先頭争い、このレースの主導権を握ろうとラッキールーラとワールドサバンナの2人の争いになると思われていたこの戦いに、プレストウコウは果敢に挑んで見せた。

 その上、運が味方をした部分。それは枠順、ワールドサバンナは11番、ラッキールーラは6番、プレストウコウは4番。内側を手にしているプレストウコウは外からやってくる2人をブロックしながら最初のコーナーを迎えた。

 

 上手く内側には入れずに必要以上の距離を走らされた2人、第2コーナーを曲がり終えるまでプレストウコウは見事なルート取りで内側を譲らなかった。

 向こう正面に入ってようやく前に出られたラッキールーラとワールドサバンナ。2人の争いを制したのはワールドサバンナ、先頭を走り始めるとこのレースのペースを完全に握った。

 

 その裏でラッキールーラは2番手の位置から状況を把握しようと心がけていた。

 予想以上に外側を走らされたことは必ずレース結果に影響を与える。最後の直線を見据えて、足を残しておく必要がある。それはここまで強敵達と戦って培ったレース感。最も危険なのは今自分の後ろをぴったりとついてきているプレストウコウだと確信していた。ピリピリと首筋を刺すようなプレッシャー、その気配の発生源であるプレストウコウはというと、いつも通り中団の位置まで下がっていた。

 

 驚くほど動きのない向こう正面、それぞれが仕掛けのタイミングを伺いながら足を貯めていく。爆発まで秒読みを迎えたその様子は嵐の前の静けさと呼ぶような穏やかさと、はち切れそうになって居る風船のような緊張感があった。

 

 第3コーナーを回って、ウマ娘達が最後の駆け引きを仕掛け、ポジショニングを変えていく。

 

 前のウマ娘がどこにいるのか、どうすれば自分が一番最初にあのゴール板の前を走り抜けられるか。それだけを考えながら、第4コーナーを回りきり大きく横に広がって、ラストスパートを仕掛けた。

 

 先頭に立っていたワールドサバンナだが、彼女を一息に躱してラッキールーラが先頭に立つ。

 ワールドサバンナも必死に追いすがるがラッキールーラとの差はどんどんと広がっていき、ほかのウマ娘達にも追いつかれようとしている。

 

 末脚自慢達の見せ場と後ろから先頭めがけて怒濤のように押しかけてくるが、その先鋒に立っていたのはラッキールーラの予想通りにプレストウコウだった。

 

 ぐんぐんと差を詰めてくるプレストウコウ、そのスピードはほかのウマ娘達とは一線を画す者で、後ろから来るウマ娘達と距離を開けながら先頭ラッキールーラに迫っていく。

 

 東京競馬場の長い直線はこの日プレストウコウに微笑んだ。

 

 第1、第2コーナーで長く走らされた分だけ足を使っていたラッキールーラの足が止まる。ゴール板まで後100メートルもないところでラッキールーラは先頭のポジションを失い、背後から迫るウマ娘達に飲みこまれた。

 

 突き抜けたのはプレストウコウ、彼女は弥生賞での借りを返し、皐月賞で下げた評判を取り戻した。

 連敗のトンネルから抜け出した末に手にした勝利は、連勝中の勝利とは全く違う。この試合で得た自信で彼女は日本ダービーに挑む。

 

 

 失った誇りを取り戻すために戦う、ヒシスピードか。

 

 まだ見ぬタイトルを求める、カネミノブか。

 

 連敗のトンネルを抜けた、プレストウコウか。

 

 2冠目を狙う皐月賞ウマ娘、ハードバージか。

 

 それともNHK杯で4着に沈んだ重戦車、ラッキールーラか。

 

 出そろったタレント達、“スーパーカー”マルゼンスキーに挑まんとする世代の栄光の舞台。

 

 生涯で一度の栄光へ

 

 伝説を見よう、日本ダービー。

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