日本ダービーが行なわれた5月末から約一ヶ月がたった6月末。
シニア級では宝塚記念という一つの節目に向けて最後の調整を行なうが、クラシックで戦ったウマ娘は一足早く休みに入る。
もちろん結果が出せていないウマ娘や、体に不安がないようなウマ娘はそのままレースに出続けるが、最前線で戦い続け、体に少しでも不安があるウマ娘は長い休暇に入る。
ダービーに参加していたウマ娘では優勝したラッキールーラはたまった疲労により限界を迎えており秋まで完全休暇。2位のハードバージは怪我が予想以上に重傷でおそらく復帰は難しい。3位のカネミノブもかなりのダメージを受けており、様子を見ながら一つか二つ出走できればといったところ。
ヒシスピードとプレストウコウの二人は夏のレースに参加する事を表明している。
そんな夏の間、G1レースは行なわれず会場もローカルに制限される。そのためどうしても注目度が下がりがちなのだが、この年に関してはその注目度は高いまま保たれていた。
その理由はスーパーカー、マルゼンスキーが海外をめどに入れながら国内で調整を進めるという話が出たからだ。国内シニア級やクラシック級で結果を出しているウマ娘との直接対決でどこまでやれるのかを皆が見たがった。
この日、チームアトラスは完全に休みとなっていた。ラッキールーラの休養や新人の加入もある程度準備ができたのもあり、久しぶりにゆっくりと一息ついていたトレーナーは六平さんに拉致られて札幌に来ていた。
「明日は中山に行くからそのつもりでだけいろよ」
六平さんは完全に酔っ払っており、その顔は赤く染まり、手には安物の酒が握られていた。その上いきなり北海道に連れられたかと思えば、翌日には千葉の中山まで強行軍だ。
まさしく現実逃避なのだろう。間違いなくハードバージに疲れがたまっていることは承知していただろうし、もしかしたら痛みを抱えていることまで察していたかもしれない。それでも目を見張るような成長速度に、皐月賞という大きなタイトルをとって自信をつけたハードバージがどこまで行けるのか。どこまで成長していくのか、自分の想像を大きく超えていくその姿に、トレーナーとしての本能に逆らえなかったのかもしれない。
タイミングも絶妙だった。クラシックの折り返し地点、夏を休めるという誘惑が出走を決めたのだろう。そしてきっと自分のミスで一人のウマ娘を潰してしまったかもしれないと自責の念に駆られている。もちろん全て想像で、そんなことは何も考えていないのかもしれない。
聞いたところによるとチームの運営には一切影響を出していないらしく、今までと何ら変わらない日常をウマ娘達は送っているらしい。
しかし外に出さないだけで悩みは大きいのだろう。こうして連れ回されていることが証拠だ。
「このレースはヒシスピードが出る。8戦ぶりのダート、評価を大きく落としたダービー、ここで勝てなきゃ泥沼だろうな」
札幌レース場、関係者席などではなくわざわざ一般向けの、それも一番奥の席を確保していた六平は横に座っているトレーナーに話しかけた。
「まぁキツいかもしれないですね。でもマルゼンスキーを意識してたはずですから、復活は全然あると思いますよ」
六平の投げやりな言葉通り、ヒシスピードはその実力に大きな疑問符がつけられていた。一度の勝利が大きくウマ娘を変えるように、一度の敗北がキャリアを終わらせるきっかけになりかねない。
ヒシスピードはこの世代のトップに立つと言われ続けたが、結局終わってみればとったタイトルは京成杯のみ。“期待外れ”“終わったウマ娘”といった評価も散見される。ただここまでトップ戦線で戦い続けたウマ娘が弱いわけがない。トレーナーも六平もマルゼンスキーにハナ差まで迫った唯一のウマ娘の復活を望んでいた。
一部の関係者からの注目を集めた一戦だが、ヒシスピードは落ち着いていた。
現実はつらく苦しく、思い通りには行かない。何度も負けた。スタミナが持たないとわかりきっていたのに、それでも出走した日本ダービー、敗北を受け入れられなかった皐月賞。
そんな敗北を乗り越えて、ヒシスピードは一歩一歩間違いなく成長していた。
思い描いていたような姿ではない。栄光をつかみ取り、この世代で王者になって頂点にたって有マ記念でマルゼンスキーを待つ。“天を翔るウマ娘”“流星の貴公子”“第三のウマ娘”“スーパーカー”と並び立つ。あの頃の理想と今の自分とは大きくかけ離れている。しかし、私は今もまだこのターフの上に立つことができている。そのことへの感謝が、あのライバル達の姿が、彼女の脳裏から離れなかった。
自分の全てを出し切ることができたハードバージとラッキールーラに正直嫉妬した。今自分はあそこまで追い込むことができるだろうか? 最後の一滴まで絞り出したその先にあった勝敗は美しい光景だった。あのレースでは自分は涙を流す資格すら持たなかった。
勝つことの喜びも、負けることのつらさも、それら全てを飲み込んでレースに挑むことができている。理想の自分よりもずっとしたたかに、ヒシスピードはこのレースで復活を果たした。
スタートからしっかりと好位置を奪う。芝よりも重く、スピードの乗らないダートをかき上げながらコーナーを回る。
お手本のようなレース運びで、先頭のウマ娘をいつでも捉えられるポジションを取りながら直線に向けて足をため込んでいく。後ろの仕掛けを牽制しながら、前の動きに素早く反応していく。レース全体を完全に支配しながら、向こう正面を終えて、第3コーナーに入る。
コーナーを回りながら、その体は遠心力に引っ張られることもなく、最も効果的なルートを辿って先頭に立つ。
最後の直線、どこまでも伸びていくんじゃないかと錯覚するような加速で突き放した。誰もついて行けないその姿で復活を示した。マルゼンスキーが見せた7バ身差の衝撃に続いた5バ身差の復活だった。
大外からの末脚勝負。先頭への抜け出し方、そして何よりカーブの曲がり方。どこかハードバージと重ねてしまうようなレースだった。果たして今の六平さんが見たかった、いや見るべきレースだったのだろうか。これでは追い打ちにしかならない。なんて言ったら良いか分からずに、黙るしかないトレーナーに向かって六平が口を開いた。
「最初、ヒシスピードのレースを見せたんだ。これが差すレースなんだってな。すぐにかかって、真っ直ぐにも走れないあいつにこういうレースをしろってな」
六平の声はか細く震えており、その瞳が涙をため込んでいることは確認しなくとも分かる。
「俺はあいつを、あのバカを褒めてやらないとなぁ。できるようになってたんだ、ヒシスピードのレースにあのバカを重ねちまった。……俺は、バ鹿野郎だなぁ」
この1ヶ月間、六平の中でため込まれた物が吐き出された瞬間だった。こんな時にかける言葉はどんな言葉をかければ良いのか分からない。この空気感にいたたまれなくなったトレーナーは立ち上がった。
「移動の準備だけしてきます。全部終わったら迎えに来ますから」
明日には二人とも業務もあるし、中山のレースを見るということで予定も組んである。この空気感から逃げるために自分の分まで準備を後輩トレーナーがやっている間、六平はぼーっとレースが終わった後のコースを眺めていた。
もうハードバージはレースに出られない。しかし、皐月賞をとった彼女には常にその称号がつきまとう。できればそれが誇れる物であってほしい。ただしここから先の展開次第では、彼女は空き巣に成功しただけのウマ娘だと言われかねない。
そしてその流れはもうできつつある。マルゼンスキーは余りにも強すぎた。このままだとクラシックのタイトルも天皇賞も全てマルゼンスキーがいなかったから取れたタイトルだと言われかねない。
そしてその六平の嫌な予感は当たることになる。
“日本短波賞”
この日、マルゼンスキーは伝説になり、この世代の全てのウマ娘が比較対象にすらならないと言うことが証明された。
曇天に包まれた中山、重い芝の中、出走したウマ娘は僅かに7人のみ。多くのウマ娘がマルゼンスキーと一緒に走ることを嫌った。
次元の違いを見せつけられる。
勝ち目がない。
口をそろえて出走を見合わせるウマ娘の中で、怖い物見たさやマルゼンスキーと戦ってみたいという好奇心で出走を決めたウマ娘の他に一人だけ、勝ちに来ているウマ娘がいた。
NHK杯でダービーウマ娘ラッキールーラに勝ったプレストウコウ。
彼女はレース前に観客席の方を見つめているマルゼンスキーにプレストウコウが話しに行った。
「今日はよろしく頼む。胸を借りるつもりで挑ませてもらう」
「ふふっ、クラシックの第一線で戦ってきたその実力楽しませてもらうわ」
そう言って笑い、握手を交わした両者だがマルゼンスキーには一つ秘密があった。
マルゼンスキーの体は彼女のスピードに耐え切れていなかった。
足腰にかかる莫大な負荷、レースの間隔を開けて慎重な調整を重ねても、一度レースに出れば負荷は甚大。
チームの中で議論が交わされて、一つの苦しい言い訳ができあがった。目標タイムを決めてそれを守れるように走ろう。なかなか手を抜いて走れなんて言えないからそれっぽい理由をつけただけだった。
マルゼンスキー本人もそんなことは分かっている。だが自分の事を考えて、皆が言ってくれていることも、だからこのレースは本気では走らない。目の前の彼女に対する侮辱以外の何物でも無い。それでもマルゼンスキーは決めていた。
ガコン!!
大きな音を立てて開くゲート。レースが始まった瞬間に真っ赤な勝負服があっという間に先頭に立った。
“初速”と“加速”、そして“最高速度”
これらはスピードという概念を構成する大きな要素だ。
まずは初速、これは第1歩の速さであり、強さであり、もっと言えばスタートをかけるタイミングでもあるだろう。スタートが得意なウマ娘の一歩目と苦手な一歩目ではタイミングが大きく違う。
マルゼンスキーの初速、これがまず他のウマ娘とは格が違った。すぐに1バ身程の差が開き、そこから更に差は広がっていく。
最高速度には到達していないだろう、少し流しているのかもしれない。でも最初のほんの数歩、それだけで違いが分かる。何かが違う、根本的な何かが、プレストウコウは後ろからその後ろ姿を必死に追っていた。
いつもなら一気にスピードに乗り、後ろのウマ娘など意にも介さずに突き放し大差で勝つマルゼンスキーだが、この日は違った。
どこか控えめに、先頭を走りながら流している。
レースに集中仕切れていないのか、様々なところを確認しながら走るようなその仕草にまさか怪我をしたのかと不安を覚える。
ダービーの激戦の末に引退した同期を目の前で見た。彼女のようには成ってほしくない、もしもそうならすぐにでもこのレースを辞めてほしいとも思ったが、その心配は無用な物だと確信した。
第1コーナーは一際慎重に回り、第2コーナーでは怪我をしないように減速しながら回って、向こう正面一気に加速したかと思えば減速し、また加速する。
マルゼンスキーがチラチラと確認するその視線の先に時計があることに気づいた瞬間に、プレストウコウの頭は沸騰したかのように熱を持った。足には力が入り、その拳は硬く握られて、爪が皮膚を破りそうになって居た。
彼女は私を、このレースで走っているウマ娘を、この世代全員のウマ娘を見ていない。勝って当然、勝って当たり前、それは良い。だが、その視線の先にある物が時計、それは違う。それだけは違う。
前だけを見ろ!!
プレストウコウの中で何かが弾けた。マルゼンスキーの態度が許せなかった。あの勝負が、あの結末が、私たちの戦いが愚弄されたように感じた。
普段ならばあり得ない、勝つためならばあり得ない、でも彼女の中で勝つことよりも大切な物がそこにはあった。
加速する、ギアを上げる、まるでゴール前のように。
第3コーナーにさしかかり、プレストウコウはマルゼンスキーに追いついた。
「私たちをなめるなよ、マルゼンスキー!!」
無理矢理にでもその視界に入ると、マルゼンスキーを躱してほんの一瞬プレストウコウは先頭に立った。
「ごめんなさい、謝るわ。こんなレースをしてしまったことを、そして約束するわ、全力で全てのウマ娘を倒して最強のウマ娘になることも」
本気と全力の違いを考えたことはあるだろうか。
物事に本気で取り組む。これは意識の問題だ。取り組んでいる物事に集中して、真剣に望めばそれは本気で取り組んでいることになる。しかし、全力で取り組んでいることにはならない。全力で取り組むと言うことは自分にできる全てを使ってその物事に取り組むと言うことだ。
例えば全てのウマ娘が本気で挑んだ日本ダービーで、ハードバージとラッキールーラは全力で臨んでいた。
これはマルゼンスキーの誓いと贖罪。
今まで以上に足に力が加わり、大きく強く踏み込む。今まで存在は認識しながらも入れたことのないギア。
今まで自分の中でここが限界だと思っていた場所の更に向こう側に。
紅焔ギア/LP1211-M
誰も見たことのない世界に、マルゼンスキーだけが入った。
マルゼンスキーのように時代を作るウマ娘だけが知る世界、限界の先の先
最終直線に入った瞬間に誰もが理解する。彼女がナンバーワンだと、誰も勝てない、誰もかなわない。その姿を捉える事なんてできない。
あっという間、あっという間に突き放し、着差はおおよそ7バ身。
2着に入ったプレストウコウ、彼女にこんな勝ち方をできるウマ娘が何人いるだろうか?
圧倒的な勝利を見せたマルゼンスキーは既に次のレースが決まっていた。結果的に彼女のラストレースに短距離ステークス。彼女の出世レースとなった朝日杯から約半年、最後もまたこのウマ娘が待ち受けていたヒシスピード。
既に結果が見えたレース。
その通りだった。それでも走るのだ。きっと二人とも感じていたのだろう。もう先は長くないことに。
最初から最後まで二人だけのレースだった。いや二人のレースだったのは最後のコーナーを回るまで、最後には全員の予想通りマルゼンスキーのレースだった。
僅か8戦、その8戦で彼女は伝説になり、最強になった。だがその結果はきっと誰も幸せにしなかった。