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木星圏から月と言うのは当然ながらかなりの距離があるものだ。
その間に宇宙海賊に襲われたり、重要な道標を見失うことにも気をつけなくてはならない。
故にこそ、宇宙の旅とは常に警戒を張り巡らせ大事な船員や積荷を守るため、ほどほどに緊張感を保っていなければならないものだ。
尤もジャスレイ・ドノミコルスという男の圏外圏に於ける多くの場合は、その船体に刻まれたマークを見て道を譲られる場合がほとんどだが。
「すっげー!!オジキの船って分かった瞬間、みーんな道開けてるよ〜!!」
『黄金のジャスレイ号』の船室のひとつで外の景色を見てそうはしゃいでいるのは『鉄華団』所属のライド・マッスだ。
「こらライド、仕事中だぞ!!」
そして、そのライドに注意を促すのは同じく鉄華団所属のチャド・チャダーン。
二人とも鍛えてやってほしいという名瀬のたっての申し出で、こうして鉄華団より護衛として派遣されて来ている。
「ごめ〜ん…」
この二人、特にライドは初仕事を途中で投げ出すのは嫌だと言って最初は渋っていたものの、団長であるオルガの兄貴分である名瀬を通しての依頼という形式であるため、少なくとも鉄華団の名に傷は付かないと言われてやっと承諾。
チャドはそんなライドと一緒にいることが多いため、仲の良さも買われてそのお目付役としての抜擢だ。
鉄華団の内部に人を入れるのではなく、外部に派遣し学ばせる。
この辺りは名瀬らしい柔軟な発想だとアイデアを聞いた時のジャスレイも感心したものだ。
やってきた当初はガチガチに緊張していた二人だったが、言い付けられた内容に特にライドは辟易としている様子だ。
「でもさぁ〜…」
そう言って手元を見下ろすライド。
「なんだ?」
「仕事ったって来てからず〜っとベンキョーじゃん。名瀬のアニキの話も聞けなかったし、つまんねぇよ〜…」
そう言うライドは明らかに不満げな様子だ。
「バカ、そんなことオジキに聞かれたら…」
「お〜う、勉強はつまらんかぁ〜?」
ニコニコしながら船室に入って来たのはジャスレイ・ドノミコルス。この船の責任者であり、今回の依頼に於ける二人の護衛対象の人物だ。
「あっ、いや…その…」
聞かれてまずいと思ったのか、ワタワタと慌てだすライド。
チャドはそれを見て、自業自得だと言わんばかりに目配せで助け舟を求められても我関せずで目を合わせずにいる。
「ま、それ自体は分からんでもないさ」
「ホント?」
じゃあ…と続けようとしたライドにジャスレイは告げる。
「だがなぁ…いいのか?せっかくのチャンスをフイにして」
その言葉にライドは「チャンス?」と小首をかしげる。
「字の読み書きや社会常識ってぇのはなぁ、お前さんらが考えてる以上に大切なことさ。特にこう言う稼業ならなおさらな」
「でも…」
「……」
言い返すライド、それに反してチャドは目を閉じ噛み締めるように聞いている。
「オレもなぁ…昔は浮浪児だったから、お前さんらのその気持ちはよ〜くわかるさ。こんなもんが一体何の役に立つんだってな」
「えっ?オジキは最初っからすごかったんじゃないの?」
驚きながらそう聞くライド。こう言うところは子どもなのだなと感じさせる発言に、ジャスレイは微笑んで頷き、そして答える。
「そりゃあそうさ。ガキの頃、仲間と一緒に人買いに攫われそうになって散り散りになったところをオレだけはたまたま運良くオヤジに拾われてなぁ…」
遠い、どこか懐かしむような目は決して嘘をついてはいない。
そう確信させるだけの何かが、そのグレーの瞳の奥には光っていた。
「それで、その仲間達はどうなったの?」
自分達と似た境遇というのに親近感を覚えたのか、興味津々に問いかけるライド。
「死んだよ。後でわかったことだがな。皆結局人買いに捕まって、買われた先でさんざんにこき使われて最後はボロ雑巾さ」
「…………」
「…………」
あっさりとそう告げられた事実にチャドは目を逸らし、ライドは絶句する。だがそれも無理からぬことだ。
今の時代、ヒューマンデブリとはどこでも基本的にそう言う扱いなのだ。
「ま、護衛の任務は必要な時になれば伝えるさ。それまで、よ〜く勉強しときな。月の連中はギャラルホルンの影響もあってか表だってのルールにはうるさいからよ」
ブスッとするライドをいつかの宴の時のようにポンポンと撫でながらジャスレイは言う。
「一人でも、少しでも多くの学を身につけろ鉄華団。バカにされたくなけりゃあ相手を殴りつける以外の方法も身につけなきゃあならんもんさ」
「でも…」
「それに…だ。此処や月で学んだことは絶対に鉄華団にとってもプラスになるだろうさ。此処でお前さんらがつまらん勉強をするだけで、お前さんらの団長のためにもなるんだぞ?」
「ホントに?」
「ああ。それにお前さんらはスジがいい。此処で多少なりとも知識を身に付けりゃあ団長もそうだが、あのビスケットってヤツの助けにもなってやれるだろうさ」
「ビスケットを知ってるの?」
ライドは仲間の名を聞き、意外そうにそう問いかける。
「おう。見込みがあるヤツは覚えるようにしててな」
「なんで?」
「ふふっ…なんでもさ。いい結果出せたらこの船に積んであるモビルスーツのシミュレーター使っていいぞ」
「ホント?やった〜!!」
そう言うライドの目はキラキラと輝いている。
やはり、モビルスーツだとかそう言うのが好きな年頃なんだろう。
ジャスレイは二人が勉強に集中したのを見届けたのち、やって来た部下に後はよろしく、と短く告げると、もと来た道を戻っていくのだった。
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「ふぅ〜…」
とりあえずあの二人を勉強机に座らせることは出来たぁ〜…。
クーデリア嬢が文字を教えようとした時の苦労がわかるわぁ〜。
やっぱあのくらいの年頃って遊びたい盛りなんかねぇ〜。
「オヤジ、お疲れ様です」
そう言って、部下の一人が飲み物を差し出してくる。ありがたいねぇ。
「いんや?そうでもねぇさ」
「で、アイツら見込みはありそうですかい?」
「それは連中次第さ」
実際、地頭はそんな悪くなさそうなんだけどなぁ〜…特にチャドくんは。
「なるほど、これからに期待ですね?」
「おう。オメェらも色々教えてやんな。アイツらは若い。その間にしてやれる限りのことはしてやりてぇしな」
「任しといてくださいよ!!」
自信満々にそう答える部下達。
一応念押ししとこうかね。
「……荒っぽいのはナシだからな?」
「善処します!!」
まぁ、大丈夫…かなぁ?
毎度のことながら、齟齬があったら申し訳ない。