何故だかちょっとドキドキしますね。
机と椅子の並ぶ簡素な一室にて、一人の男が吠える。
「ブブリオ!!なんでヤツを呼んだ!!」
ドン!!と怒りに任せて机を叩く音が部屋に響く。
分厚いガラスで出来た灰皿が一瞬宙に浮き、ゴトッと小さくない音を立てるが二人ともそんなことを気にしている風でもない。
ここは月に聳えるビル群の、清潔感あふれるオフィスの一室。
夕焼けに染まるそこには二つの人影が向かい合うように座っている。
声を荒げるのはタントテンポの六幹部の一人であり、先代テッド・モルガトンの右腕として銀行部門をまとめた剛腕を誇る頭取ロザーリオ・レオーネ。そしてもう一人はかつてそのテッドの相談役も務めた男、ブブリオ・インシンナ。ロザーリオに勝るとも劣らない実績の持ち主だ。
「おかしなことを言う。彼は我々にとって特に重要なクライアントだ。それに加え先代との仲も我々の誰の目にも昵懇と呼べるほどだった。そんな彼に信頼され推してもらえるなら、誰がなるにせよ次期頭目も安泰だと他の顧客にもアピールができるだろう?むしろ、呼ばない事によって万が一にも彼の不興を買うことの方が問題ではないかね?」
はて、といった様子で不思議そうにそう言うブブリオ。
「だが、ヤツは木星圏で二番目に影響力のある男だぞ!!知ってるか!?ヤツが裏でなんて呼ばれてるか…」
ロザーリオは忌々しげにそう言うと、言葉を遮るようにブブリオは続ける。
「買収屋、だろう?」
涼しげに紅茶を飲みながらそう言うブブリオに苛立ったのか、ロザーリオは「そうだ!!」と続ける。
『買収屋』それは読んで字の如く。
まさに札束で殴りかかると言うシンプルにして最強の手。
彼はそれによって最低限の損害にて多くを手中にし、仁義によって内側の人間をあろうことか
その数は数百とも、千に届くのではとも噂されるほどだ。
それでいて、いざ戦うことになっても決して弱くはなく、むしろ彼の直属の部下達はひとりひとりがその辺のギャラルホルン兵よりも経験値は豊富なうえ、士気もとてつもなく高い。
もちろん弁えるべきところを弁えたり、引くべき点で引いたりするのも加味したうえでそうしているから、彼の持ちかける交渉そのものは比較的穏便に済むことの方が多いのだが、その背景に、彼自身の武力と影響力の大きさがあるのは言うまでも無い。
いずれにせよ、敵にまわしたくない男であることに違いはない。
現に、先代との付き合いの中で彼…ジャスレイに好感情を抱いている人間はタントテンポ内部にもかなりいる。
気前がいいし気取らない人柄、はたから聞けば下らないと思われるような愚痴もわざわざ親身になって聞いてくれたり、そうかと思えば事業方針にいちいち口を出さない気楽さと、ともすればどこにでもいるようにすら思えるこの男は幹部陣からみれば十分に化け物だった。
違いがあるとすれば、ブブリオはその名声を利用しようとしているのに対しロザーリオは今回の頭目の交代を機に、これ以上の影響が出る前に完全にジャスレイの関与を遮断したいと考えているところか。
「フゥ〜………。まぁ、いいか。不本意ではあるが呼ばれた以上ヤツは来るしかない」
一度大声をあげたことで冷静になったのか、ロザーリオは灰皿を自分の方に寄せると、葉巻に火をつけ、気持ちを切り替えて次の算段を立てる。
実際ロザーリオの言うように、今回の件ではジャスレイは来るしかない。
仁義という概念に重きを置いている以上、十年来の友人の跡取りを見届けるのはもはや半分義務のようなもの。裏を返せば多少妙に思うことはあれども、ジャスレイがこれを逃すことは不義理を働くということにもなりかねない。
そうでなくともここを逃せば木星圏の一大企業である『JPTトラスト』としても少なくない損害を被るのは確かだからだ。
どの道月の上空にはギャラルホルン、それも最高戦力と名高いアリアンロッド艦隊が網を張っている。
その重大な仕事に編成される兵も、不審な船が通れば一発で分かるくらいには経験豊富な兵達だ。
そこをひっ捕らえるか、あわよくば人質でもとって味方に引き入れれば…。
ロザーリオはそう思うなり、今度はチラリとブブリオを見遣る。
それにいざとなればコイツも…。
「フフフ…」
「ハァ…」
先ほどまでの態度とは一転して、下心からにやけるロザーリオにブブリオはため息で返すより無かった。
……………………………
「……って感じじゃないかねぇ?今のとこのタントテンポ連中の思惑は」
ジャスレイはマルコからの情報や、幹部陣の性格を鑑み、タントテンポ内部で今現在起きているだろうことをそう予想する。
その意味するところは…。
「派閥争い…ですかい?」
怪訝な顔をして、ジャスレイにそう問いかけるのは彼の部下の一人。
「ま、ある程度以上にデケェ組織にゃ
人間というものは兎にも角にも安堵したい生き物だ。
安堵したいから徒党を組む、安堵したいからカネをかき集める、安堵したいから沢山喰らう。それが行き過ぎれば安堵したいから邪魔者を消す、安堵したいから全てを疑うというのもある。
その集まりの分かりやすい例が派閥というもので、その派閥の安堵のために他の派閥と対立し、そして排除しようと躍起になる。ざっくりとした説明にはなるが、それが派閥争いというものだ。
「まぁこれは例外的な話だが、派閥のトップ同士が個人的に仲が良かったり、対立するより共通した他の目的や目標がある場合はわざわざ直接ぶつかる必要もないんだがねぇ」
世知辛れぇもんさ。と苦笑いを浮かべるジャスレイだが、それもまた是としているようで、部下たちは沈黙するも、ジャスレイも知らぬ間に決意を新たにするのだった。
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「にしても、テッドの野郎め…どっちが長く生きるか勝負だって言って来たのはそっちだろうよ…」
まぁあの発言は酔った勢いと冗談半分なのもあるんだろうけどもさぁ…。
それとたしかアイツ一人娘がいたよな?無事だといいけども…。
確かテッド自身があんまり仕事に関わらせたくないとかで、たまたま小さい頃に二、三回会っただけだけど。
「オヤジぃ…」
「うん?」
チラリと横を見ると部下が涙を流している。
うぉうっ!?さっきの声に出てた?ちょっと恥ずかしいなぁ〜…。
話題変えよ…。
「まぁ、ともかくだ。タントテンポ本部に行く前に、アイツのとこに寄ってかねぇとな」
「アイツ…ですかい?」
そうそうアイツアイツ。
「オウ、ジャン坊だ」
アイツなんだかんだで結構融通してくれるのよなぁ。
「じゃんぼー?」
お、ライドくん。それにチャドくんも来てたんか。
「オウ、ちょうどいい。おまえさんらも紹介しとかねぇとなぁ〜」
「えっ、なんですか?っていうかいいんですか?」
よく分からないと言った表情のチャドくん。
「ま、問題ねぇだろう」
別に取って食われるわけでもねぇだろうし。
一目置いている新人として紹介すればテイワズの傘下として、将来的にこの子らのためにもなるだろう。
ポイント稼ぎには持ってこいってなぁ〜。
それに、この二人をちょっと揉んでもらうのも悪くないか。
次はちょっと間開くかもしれません。
ジャスレイの財布の底を知らない人にとって、ジャスおいたんは怖いかも…。
なんて思ってたらこんな感じに…。