感謝しか無いです。
「どうする…どうすればいい…?」
ロザーリオ・レオーネの口封じは失敗に終わり、更に結果的にとは言え、よりにもよってテイワズのNo.2ジャスレイ・ドノミコルスを命の危険に晒してしまった。
普段の不気味なまでに落ち着き払った様子からは想像できないほどに珍しく男…ヴィル・クラーセンは隠れ家の一つである月の雑居ビルの一室で狼狽えていた。
「ヤツはギャラルホルンを統べるセブンスターズの一角たるクジャン家当主の逆鱗だぞ!?そうでなくとも、わたしの取引先の何割かもその影響下にある。ヤツに死なれるとその全てがパァになるんだぞ!?それだけならまだいい!!各企業に居るヤツの配下に報復なんてされてみろ!!死んだ方がマシなほどの苦痛を受けるに決まっているじゃあないか!!」
まさかあの男…ジャスレイが己が危険も顧みず、スナイパーの射線に割って入って来るとは…。
結果として彼は生きていたものの、最悪の場合はクラーセンの命が危うかったところだ。
詫びを入れる?いいや、そんなことをすればヤツの友人を殺すことを手引きしたのは自分だと言うのをわざわざ教えるようなもの…。かと言ってこのまま放置しても事態は好転なんてしない。むしろじわじわと真綿で首を絞められるが如く、ローラー作戦で追い詰められてしまうのは目に見えて明らか。
…地球圏の外に逃げる?いや、圏外圏こそ奴等の庭。
自分から周囲を固められてはそれこそ取り返しがつかない。
ギャラルホルンに助けを求める?いや、噂によれば確かギャラルホルン内部にもあの男の派閥があるとか無いとか…。
あり得ないと一笑に付すのは簡単だが、そもそもセブンスターズと繋がりを持つほどの男だ。侮れない。
万一にも噂が本当だったらそれこそ一大事。
連中は喜んで彼を差し出す事だろう。
いっそのこと虚偽の情報を流すか?
いや、相手は圏外圏から情報網を月にまで伸ばすほどの怪物。そんなちょっかいをかけるような真似をしたらただでさえ綱渡りな現状からますます道が閉ざされてしまう…。
一時的な混乱は招けるだろうが、その後が怖すぎる。本末転倒もいいところだ。
そもそも、今回の件はジャスレイに干渉されること自体計算外。そこを焦って強引に押し込もうとしたのは他ならぬロザーリオだ。
クラーセンは口惜しさに歯噛みする。
取引相手を間違えたか?
しかし、そんな後悔も今更だ。
疲れているのだろう。
クラーセンは頭を振って血迷った考えをかき消す。
ただ、それでどうなる訳でもなく。
「どうしたものか…!!」
そう言ってうなだれる。
彼とて、伊達にドロドロの経済圏という名の魔窟を生き延びてはいない。
しかし、今回は彼が得意とする排除というやり方が出来ない。
頭を抱える。
しばらくは姿を隠して、折を見て影武者を差し出せば…。
「あら?随分と弱っているのね?」
後ろから女の声がかけられる。
クラーセンは背中に嫌な汗が伝うのを感じるや
強張る表情を整え、出来る限り穏やかな顔で振り返る。
「…おや、貴女はたしかタントテンポの…何か御用ですか?」
「ええ。私の大事な取引相手を脅かしたんだもの」
クラーセンは、手にしたものを見やり、後ずさる。
扉はあちらの背にあり、かと言って、この部屋には窓は無い。
狙撃手対策が完全に裏目に出てしまった。
「死んで償ってくれるだけでいいわよ?」
そう言う女の眼は、貼り付けたような笑顔に反して全く笑っていなかった。
…………………………………………………
ジャスレイの宿泊するホテル。
その一室に、鉄華団の二人はいた。
「なぁ…オレ達、いつまでこうしてんだろうな?」
ジャスレイの隣の部屋でタブレットと向き合うライドがぽつりと漏らす。
「ライド、お前はまた…」
また愚痴かと思い、苦言を呈そうとするチャド。
しかしライドはそれを遮って話す。
「オレさ。最初はオジキのこと全然信用してなかった。CGSの大人連中と同じでさ。名瀬のアニキの言葉がなけりゃあ、たぶん今ここにも居なかった」
「ライド…」
その言葉に、チャドの語気は弱まる。
「でもさ。勉強してみて、コワモテだけどおっさん達にも良くしてもらって…かなわねぇなって…そう思ったんだよな」
殴られることも、理不尽に怒鳴られることも、彼らには日常の一部だった。
それが無いことで、どれだけ心が救われたことか…。
小さい頃の記憶やトラウマというのは、おとなになってからも傷として残るものだ。
それこそ、人格に影響を強く与えてしまうほどに。
「そりゃあな…オレ達とあの人達とじゃあ、体格も経験も何もかもが違うからな」
チャドは茶化すこともなく、そのまま聞き手に回ることとした。
「そんなオレがさ…オジキに出来ることって何だろうって考えた時さ…何にも思いつかなかった。オジキが飛び出したあの時も、何が何だか頭が追いついて来なかったんだ。そんでオレ…ああ、無力なんだなぁってさ…」
次第に、声が震える。
「ライド…」
「怖いんだよ!!いつか、本当に大切な時にも頭が真っ白になって!!何にも出来ないんじゃあ無いかって、その事ばっかり頭ん中グルグルグルグルしてて…」
ライドは頭を抱えていた。
恐ろしいものから身を守るように。
失敗からネガティブな思考に心を引きずられる。
よくあることだが、その衝撃はきっと少年には大き過ぎた。
だからこそ…。
「ライド!!」
泣きじゃくるライドの腕をチャドが掴む。
「だから、だからこそ!!ここで学んだんだろう!!鉄華団に知識という財産を持ち帰るために!!わざわざオジキが用意してくれたんだぞ!!きっと、今回の件も含めて!!」
「え?」
「予想外の出来事にも対処できるために、ただ勉強してるだけでもダメだって、きっと身をもって教えてくれたんだぞ!!」
その言葉に、ライドはハッとした表情をする。
「それを、お前は裏切るのか!?オジキの信頼を!!」
チャドの方を見る。
どこまでも真剣な眼差し。
そこに、自身をヒューマンデブリだと卑下していた青年の顔は最早無い。
「頼むよって、オレ達のことを部下の人らに教示してもらえるように取り計らってくれたオジキを!!」
そんな時だった。
「なんだ、聞かれてたんか。ま、別に構わねぇがね」
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何やら隣の部屋から物音が聞こえたから来てみたら…。
「オジキぃ…」
え?何で泣いてんの?
泣くほど暇だったの?
「オジキ、何でここに…」
何で?なんでって…ええっと…。
「オウ。ちぃっとお前さんらに頼みてぇことがあってよ」
「なになに?何でも言ってよ!!」
「こらライド…」
食い気味!!
テンション高いなぁもう。
「おう。本格的にオレの護衛の仕事を任せようってな」
って言っても、ジャンマルコくんと一緒の時にサンポくん達と一緒にってだけだけど。
いやまぁ、これまでも仕事してもらってはいたけど、これまでは研修生的な扱いだったからなぁ…。
「おお〜!!まっかせてよ!!」
「ライド!!すみません、オジキ…」
「いやなに、若ぇのが元気なのはいいことさ」
いやもうホント、いい子たちだなぁ…。
さて…クラーセンの運命や如何に!!