ギャラルホルンが誇るアリアンロッド艦隊の、その旗艦。
普段はエリート兵達が行き交うそこには珍客が訪れていた。
「はい、ご注文のものよ。確認して」
兵士たちが周囲で目を光らせる中、その女は平然と振る舞う。
手渡されたチップを確認するや、男はそれを懐にしまう。
中身は聞かずともわかる。
以前より経済圏を掻き乱していた男、その裁けぬ罪のありかだ。
「礼を言うナナオ女史。これで我がアリアンロッドの領域がまたひとつ清められた」
「アリアンロッドの…ねぇ?」
ナナオは意味ありげに笑みを深める。
「何か?」
「てっきりわたしは、あのお友達の気苦労を減らすためかと思ったのだけど?」
「まさか」
ナナオのカマ掛けにも男はそう、即答する。
「私はいつでも、ギャラルホルンによる正義と秩序を信じている。そのために多少の犠牲が出ることはあるがね」
それはギャラルホルン内部に於けるセブンスターズの重責故か、それとも彼の人間性故の発言か…。
「思ったんだけど…」
「何かね?」
「あなた達って、別方向に不器用よね」
「別方向に器用とも言えるけど」と、ナナオはそう続ける。
「………」
「そう睨むこと無いじゃない。別にあなた達の過去を詮索しようなんて思ってないわよ」
「女史、あまり紛らわしい言動はするものでは無い。特にここは我が庭も同然なのだから」
「ご忠告どうも」
ナナオはそう言うなり、背を向け特に躊躇うこともなくさっさと立ち去る。
それを見送るなり、男…ラスタル・エリオンは椅子に腰掛ける。
「フゥ〜…」
目を閉じ、ラスタルが思い出すのは十年かそこら前の出来事。
先代クジャン公の葬儀がつつがなく終わり、しばらく後のその年のイオクの誕生会の時ことだ。
……………………
ガシャァァァン!!
立食パーティーの会場に、用意された贅を凝らした料理が床に散らばる。
ジャスレイは一人の男…久々に会った親友の頬を思い切り殴りつけていた。
「口を開きゃあ先代先代…なんで今のイオクを見てやらねぇ!?」
殴られたラスタルは机に寄りかかりながら、立ち上がって吠える。
「根なし草には分かるまい…セブンスターズの家に生まれると言う、その意味を…ギャラルホルン三百年の歴史を背負うその重荷をな!!」
「ああ、知らねぇなぁ!!テメェのエゴのために子供まで振り回す連中のことなんぞ知りたくもねぇわい!!」
双方、興奮冷めやらぬ様子。
珍しく本気で睨み合う二人に、周囲はオタオタと戸惑うばかり。
文句を言おうものなら殺されかねないほどの威圧感に何を言うのも、何をするのも出来ずにいる。
結果論ではあるが、親を亡くして間もないイオクの心情を鑑みて内内の集いにしたのは当時の二人にとっても、来客達にとっても僥倖だったろう。
「お前こそ分かっているのか!!先代が最後の最後、イオクを頼むと…そう仰っていた意味を!!」
「そんで、頼まれた結果が籠の鳥かよ!?そんなこと先代が望んだことじゃあねぇだろうが!!過保護か!!もっと広く、大きく、世界を知ってこそ当主の器ってぇのは育つもんだろうがよ!!」
ラスタルは俯き、噛み締めるように目を瞑る。
そして、静かに自身の腹の内を語る。
「…イオクは無知でいい。無垢でいい。
イオク自身が何もせずとも、私が彼の道を作る。
成長も、私がその都度促し剪定しよう。
我らが恩人の子を、むざむざ危険な目に合わせる必要もなかろう」
ラスタルはジャスレイを真っ直ぐに睨みながら、ただ静かにそう言う。
しかし、その言葉はジャスレイには逆効果だ。
「そりゃあ本気で言ってんのか!?テメェの言ってることは一見アイツのことを考えてるようでいて、要はテメェの押し付ける都合に全肯定する操り人形にしようってことじゃあねぇかよ!!先代がそんなことのために、イオクを遺した訳じゃあねぇこたぁ、ちっとでも考えりゃあ分かるだろうが!!」
「…全ては先代の理想がため。『恒久的な平和な世』のためだ。
そのために、私もギャラルホルンも、より一層強くなければならぬ。
先代のなし得なかった夢の実現のため、その大義のために!!」
「なぁにが大義だよ。ギャラルホルンの内部の腐敗具合見てみろや!!側から見てもひでぇぞ!!そん中に何も知らねぇ、何も教えられてねぇ幼子ひとり放り込もうってぇのか!!まさか毎回毎回、金魚の糞よろしく近くにくっついてようってわけじゃあねぇよなぁ!?」
言い争いは徐々にヒートアップし、とうとう掴み合いにまで発展。
最早食事をする空気でも無く二人が睨み合う傍ら、落ち着きを取り戻した使用人たちによって客人は別室に案内される。
「ならば、私がギャラルホルン内部での立場を確立し、その腐敗した奴原をまとめて一掃するまでのこと!!」
「そりゃあテメェのエゴってモンだろうが!!先代はなぁ…ただイオクが健やかに育って、そんでちっとでも世界を良い方に持ってってくれたらって…叶うならオレらにも内から外からその手伝いをしてやって欲しいって、そんだけだろ!!仰々しい流血の上の平和なんぞ、あの穏やかな先代が望むと本気で思ってんのか!?」
「先代には出来なかった。だから、私がやるのだ」
「テメェ…それが本音か!?昔、優しい顔で大事そうに赤ン坊の頃のイオクを抱いてたのは…アレは嘘だってぇのか!?」
「世界は優しさだけで出来ているわけでは無い!!多くの欲望があり、葛藤があり、悲哀があり、絶望があるのだ!!そしてそれらはどうしても消せぬ!!ならばせめて力で以って、その管理をしようと言うのだ!!私は!!」
「泣いてた当のイオクはほったらかしか!!」
その言葉に、ラスタルは一瞬ハッと驚いたような表情をすると、先ほどまでの威勢はどこへ行ったのかただ呆然とする。
それを見たジャスレイもまた、驚いた表情をしたかと思うと、気が削がれたのか怒りも鳴りを潜める。
「…もういい、イオクはオレが預かる」
そう言うなり、ジャスレイは散らかった部屋を後にした。
「そんなわけだ。イオ坊、ここを出るぞ」
いつの間にやら、扉の外にいた幼き日のイオクは、ジャスレイが先代に似たその優しい目を覗くと静かに首を横に振る。
話していた内容は子どもにはよく分からなかったが、扉の奥で落ち込んでいる優しい叔父御は自分が離れてはきっと泣いてしまうと、そう言外に言っていたから。
「…そうかい」
ジャスレイは、そのイオクの意を汲んだようにそう短く返す。
そして、ラスタルが覚えている最後に聴いた言葉は
「悪りィな」
と、誰に向けてかも分からぬ謝罪だけだった。
……………………
「不器用など…とうの昔に分かっている」
ぽつりと、そう言った言葉は誰の耳に届くでも無かった。
過去編もちょびっと。
齟齬があったら以下略。