連邦で多分一番好きな量産機。
イサリビ船内のモビルスーツ格納庫。
そこにあるのは地上戦に対応するため第五形態に換装を済ませた鉄華団の象徴とも言えるモビルスーツ、ガンダムバルバトスが鎮座する。
そして、そのコクピット内に三日月・オーガスはいた。
「どうだ、ミカ?」
「…うん。どう言う訳かしっくりくる」
シミュレーター空間で、バルバトスがその手に持つのは手土産にと渡されたγナノラミネートアックス(仮名)。
大きさはグレイズの武装であるバトルアックスを一回りほど小さくしたくらいか。
愛用のメイスに比べて随分と可愛らしくも思えるほどに小さいが、その取り回しのしやすさはいざという時頼りになりそうだ。
軽く振り回して振り心地を確認し、間合いや勘を養う。
そうして、しばらくの後腰部のラックに一本を戻す。
切り札として頼りにはなるが、しかし過信も出来ない。
何せジャスレイが言うには、コレらはあくまでも消耗品。
だからこそ、予備も含めて渡されたわけだ。
依頼完遂まであと一息ではあるが、だからこそ敵の攻勢もより激しさを増すだろうことは想像にかたくない。
「いくら阿頼耶識があるからってぶっつけ本番で使うより、ある程度武器の特性を知っておいた方がいいからなぁ。付け焼き刃だとしてもやんねぇよりはマシだろうしよ」
「それもライドが言ってたの?」
「おぉ。アイツといい、チャドといい…一皮剥けるってぇのは喜ばしいよなぁ」
その成り立ちからして仕方ないことではあるが、基本的に戦闘要員しかいない鉄華団にとっては身内が作戦考案能力や内務能力を身につけてくれることはとてもありがたい。
取れる選択肢が増えるということは、それだけオルガやビスケットの負担が減ることにも繋がる。
その意味でも大きな変化と言えるだろう。
若さに任せて無理を通せば遠からず必ずボロが出るものだし、かと言って大人への不信感というのはオルガ含めまだまだ拭い切れてはいない。
だから…と言うわけでは無いが、オルガとしてはユージンの気持ちもわかるし全体のバランスを考えなければならない立場上、一人の意見を理由も無く特に強く支持するわけにもいかない。
最初は二人…特にライドは慣れない環境でちょっと甘いことを言われて絆されただけかとも思ったが、先日の比較的記憶に新しいニュースのことを鑑みるに、ジャスレイという男は少なくとも影響力は本物なのだろうことはわかった。
もちろん、それが彼の能力を買うものでこそあれ、人格まで示す内容ではなかったためまだ信用出来るかの判断までは出来なかったが。
だが、実際会って見るとなるほど、と思わされるところも多々あった。
気兼ねせず話せるラフな態度に相反し、まるで隙のない立ち居振る舞いは自分達よりも遥かに歴戦を思わせる貫禄があった。
そして恩を売る目的があるにせよ、手土産と称して最先端技術が用いられているだろう試作品をポンと渡せる精神性。
周囲の部下の態度や彼らへの対応、そして何より、直接盃を交わした自身の兄貴分たる名瀬・タービンの彼への態度から窺える人柄。
「…ああなりてぇって思ったのは…たぶんはじめてのことだ…」
ぽつり、とそう零すオルガに、三日月はよく分からなそうに首を傾げる。
「オルガ?」
「っと…悪りぃ悪りぃ」
「一通り武装の確認は済んだよ」
外に出て動作確認ができればいいが、状況が状況だけにそれは難しい。
ジャスレイは明日、ここを立つ。
ならば、勝負は明日だ。
「応えねぇとなぁ」
兄貴分である名瀬の信頼に、そして、更にその兄貴分であるジャスレイにここまでお膳立てされて、失敗しましたでは格好もつかないうえ鉄華団の信頼にも傷がつきかねない。
オルガ・イツカは改めて、皆を引っ張る難しさを思い知っていた。
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「いよいよだなぁ…」
「あぁ…」
いよいよオレが明日動くと言う日の晩、名瀬ニキが酒を持ってオレの部屋までやって来た。
昼頃、名瀬ニキが格納庫の入り口でオルガくんと三日月くんの二人をこっそり見守っててびっくりしちゃったけども。
なんとか顔には出さずにすんだなぁ…。
さっそく持参された酒を飲みながら、オレと名瀬ニキは色々と話をした。
入り口にはいつも通り護衛を頼んであるため問題はない。
「しっかし…オメェが鉄華団連中にそこまで入れ込むたぁなぁ…」
「いや、まぁ…なんつぅか…」
「うん?」
「昔のオレ見てるみてぇでさ。放っとけねぇっつぅか…」
珍しく照れ臭そうにしてる名瀬ニキ。
こう言うところは昔っから変わらんねぇ。
「ま、頑張ってる連中ほど応援したくなるって気持ちは、分かるがねぇ」
「それによ、今回の件についてはオレが言い出しっぺだしなぁ。その成果も含めて見ときたいってのもあるしよ」
「なるほどなぁ…」
それもそうか。
何せ、鉄華団が活躍してくれればそれだけ彼らを連れて来た名瀬ニキの評価も上がる。
彼らの成長ってのも、その前段階として大切なモンだしなぁ…。
「こりゃあ…」
「なんだよ、兄貴?」
「いや、いよいよオレも楽隠居させてもらえるなって…そう思ってよ」
ちょっと寂しくはなるけども、まぁ…悪か無い。
鉄華団には一応恩は売れただろうし…後はバエルの人をなんとかすれば良い。
幸い、ラスタルのバカとは対立する立場っぽいし、それとなぁく釘を刺すように言っとけばなんとか阻止してくれるやろ!!
チラリと窓の外を見遣る。
今日は月が一段とよく見えるなぁ…。
「なぁに感傷に浸ってんだぁ?兄貴?」
呑み始めて幾らか経ったからか、少しばかりふらりと立ち上がる名瀬ニキ。
「兄貴にゃあ、オレもオレ以外の皆もこれから勉強さして貰うことがいっぱいあるんだからよ。それに…」
「あん?」
「オレはまだ、オヤジの跡継げんのは…アニキだけだと…」
酔いが回って来たのか、ぽろりと言葉が漏れる。
「……ま、その話はまた今度、な?」
「…わぁったよ」
「そう拗ねんな。オレはオメェを頼りにしてるんだからよ」
大丈夫大丈夫。
名瀬ニキがトップになったらちゃんとフォローはするし…。
嵐の前、それは確かに静かなものだった。
やっぱ、一番のネックはバエルおじさんなんですよねぇ…。