どの道○される男   作:ガラクタ山のヌシ

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ジャスおじサイドです。


第59話

『圏外圏の虎』

 

数あるジャスレイの呼び名の中でも、それはジャスレイが最も暴れ回っていた時代につけられたあだ名だ。

誰よりも勇猛に敵陣に切り込み、そして、退却の時にはいつもしんがりを進んで務めていたことから、いつしかそう呼ばれるようになっていた。

その功績はそのままテイワズにとって栄光の歴史であり…。

 

「オヤジ…」

「おう」

 

何より、ジャスレイ自身にとっては苦い思い出だ。

だから、マクマードはそのことを、その傷を、ジャスレイの前で誇ることはない。

何よりジャスレイ自身が、過去をあまり話したがらないタチであるのも大きいだろう。

酒に酔った勢いで、己の武勇伝を長々と語る事もない。

部下達が思い切って聞いてみても

 

「たぶんオメェらが思ってるよりかはつまんねぇモンさ」

 

と、ごまかすように、はぐらかすように曖昧に笑う。

それ故か…特に罰則も無いにも関わらず、いつしかジャスレイに過去を訊ねるのはテイワズ内でも禁句とまでは言わないまでも、それに近いものとなっていった。

 

サァっと小雨が降る中、ジャスレイは部下に渡してもらった傘を差し、とある石の前に部下達と共に来ていた。

毎年、この時期の『JPTトラスト』の恒例だ。

 

「毎度毎度すまねぇな。お前ら」

「いえ…オレらが勝手に着いて来てるってだけですから…」

 

部下達といっしょにその石の周囲を掃除し、幾分か綺麗にする。

そしてそっと…そこに花束を供える。

石の正体は簡素な墓だ。

そして、その下に骸の入った棺はない。

だが、ジャスレイはそれがアイツららしいとも思っていた。

 

「じゃす、誰のお墓?」

 

傍らでニナがそう問いかける。

 

「…昔、一緒にバカやった…そんなバカ連中のだよ」

 

ジャスレイは不思議なことに、彼らに最期「助けてくれ」とも、「置いていかないで」とも言われなかった。

恨み言も何も無く、むしろ「早く行け」だの、「信じている」だの、そんな青臭いことばかり言われていたものだ。

 

「いやぁ…案外みんな、青クセェトシだったのかもなぁ…」

 

あの時は今よりも遥かに危険が渦巻いていて…一寸先で大小さまざまなマフィアが抗争を繰り返していた。

騙し騙され、殺し殺されは当たり前。チンピラや人買いの闊歩する巷で、力の無い女子どもはそんな連中に媚びるか目をつけられないように隅で震えているしか出来やしなかった。

その様相は正しくこの世の地獄。

だからこそ、そんな地獄を生き抜くためには…誰もが等しく『悪』にならねば生きていけなかった。

こんなところで身綺麗なまま死ぬか汚れてでも生きるか、そんなもの考えるまでも無かったのだから。

そして、そんな時代の必然か…みんながみんな、己を導いてくれる存在を求めていた。

そうして、そんな時にジャスレイのオヤジ…つまりはマクマード・バリストンがそのカリスマでもって路頭に迷ったチンピラや不満を持つ若者達をまとめ上げた。

 

後に圏外圏随一の勢力を誇るテイワズの幕開けだ。

 

「ギャラルホルンはそん時からリスクの割に金にならねぇ戦いにゃあ参入しなかった。今みてぇに大きな取引先がありゃあ話も違ったんだろうが、そうまでしてやる旨みが無かったのさ。当時はな」

「今とおんなじ…」

 

ニナは呆れたような、やっぱりと言うような…そんな渋い顔をする。

 

「ま、そんなモンさ。それでも一部ちゃんとした連中もいるにはいるんだろうが…生憎ときれいごとだけじゃあ人の世はできちゃあいねぇ」

 

そう言って、見知った幾人かの顔を思い浮かべ…嘆息する。

 

「オウ。オメェ…まだ死んでねぇな?」

「う…」

 

ゴミ溜めのようなカビ臭いスラムの傍らで、人買いに追われるガキ一匹に、そう言って雑に放り投げて寄越したのは、そのごみごみとした周囲に対して上等なパンひとつ。

 

「スンっ…食い物…」

「それ食ったら着いてこい。運が良けりゃあ…オレの右腕にしてやる」

 

どうせ死んでも惜しくない命ひとつ。このまま路頭に迷ってまた人買いに追われるよりはマシだろうと、気まぐれにかけられたその言葉に、ジャスレイは否応無くすがるより無かった。

 

それから何度も即席チームを組んでの鉄砲玉同然の使いっ走りから、わずか二十年足らずで木星圏をまとめ上げ、ジャスレイ自身も幹部にまでのし上がった事実から、当時の壮絶ぶりも分かるだろう。

 

「だからだろうなぁ。きっと…アイツらはオレを責める余裕も無かったんだろうさ」

 

本人達に届くとも分からない不器用な、若造が宣うような憎まれ口。

ニナはそんなしんみりとした義父の顔が気になり覗こうと顔を見上げるや、ぽすっと帽子を被せられてしまう。

 

「む〜…」

「悪りぃな」

 

人間とは慣れて、忘れて、そうして心の平穏を保つ生き物だ。

薄情で、無責任で、だが…いや、だからこそ。

その傷を隠しながらも、しかし忘れたがらないのは果たして…。

 

□□□□□□□□

 

ついこないだのロイターのセリフを聞いて、何となしに昔のことをぼんやりと思い出す。

別におセンチな気分になるほど若くもねぇけども…。

にしても『圏外圏の虎』…ねぇ…。

それオレが一番ヤケクソになってた頃のあだ名だよなぁ!?

未だに五体満足なのが不思議なくらいヤバかったからなぁ〜。

 

「じゃす、ないてる?」

「…いや、そこまで若くもねぇさ。ただ…まだついてねぇ心の整理を、ちっと…な」

 

あん時はどうせ鉄華団以外にゃあやられねぇんだ!!って無理くり突っ込んでなぜか生き延びてて、同時に運命的なアレの存在もあるのか無いのかなんて考えたり考えなかったり…。

ぶっちゃけオレよりスゲェ奴らも何人もいたし、いい感じになった女も…大抵ほかの野郎のお手つきでなぁ…。

それが三回も続いたもんで…今じゃあすっかり露骨にすり寄ってくる女にゃあ警戒ばっかで…って今はそれはいいか。

にしても…いやぁ〜!!凹んだ凹んだ!!

みんなも気を遣ってくれてるのか触れないでくれてるし…。

出来た部下を持ったよなぁ、ほんと。

 

「退屈だったか?」

「………」

 

見下ろして聞いてみると、ニナはブンブンと首を横に振る。

 

「ホントにお前は賢いな…」

「ん」

 

んって…なんだそりゃあ…。




鉄華団側のお話はもうちょいお待ちを……。

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