ぺこらが不憫かわいい…。
悲劇がもてはやされるのは決まって豊かな時代、或いは裕福な層に対してだ。
いつの世も、人というのは自分のことで手一杯なら周囲を見回す余裕など無くなり、必然的にその視野も狭まってしまうもの。
要は、それだけ周囲を見るだけの余裕のある人物、時代でなければ、悲劇と呼び称されるそれらはただただありふれた不幸でしかないのだ。
幸福を幸福と、不幸を不幸と感じることのできる精神的健全性は結局、豊かさの中でしか育たない。
その結果として、相手と己の双方の価値観の違い故にそうでない幸福にも不幸にも理解が及ばない堅物になることも珍しくはない。
人の数だけ幸福があるのなら、人の数だけ不幸が溢れているのもまた自明。
土壌が豊かでも水をやらねば種が枯れて死ぬように、もしくは痩せた大地に蒔いた種にいくら水をやっても育たぬように、人間と周囲の環境は切っても切れないもの。
そういう意味では、クーデリア・藍那・バーンスタインもまた、現れるべくして現れたのだろう。
彼女は善良で、しかし無自覚に傲慢なところがあった。
彼女の生家は裕福で彼女自身も十六歳で大学修学と教養もあり、しかしそれ故に現実には無知だった。
まあ彼女に限らず、生まれついての豊かさに無自覚な人間ほど憐れみから来る見下し、情から来る甘やかし、それらを優しさと言って憚らないものだが。
生きるために生ゴミを漁り、泥水を飲んで腹をくだす。そんな人間の気持ちは分からない。
金持ちと貧しさは相容れないとは、そういうことだ。
理想を利用され、現実に打ちひしがれて、彼女は強くならねばならなかった。
善意に善意で返されるとは限らない。その当然を気づかねばならなかった。
幼い頃から深く信頼していた侍女のフミタンの死や、鉄華団の面々が流した血などを実際に目の当たりにして、それらを無駄にしないためにも今回の依頼を通して彼女は成長せねばならなかった。
今回の旅路の最初のように鉄華団への興味本位や同情だけでなく、他を利用する強かさが無ければ振り回されるだけ振り回されて、使い道がなくなれば捨てられるだけだったから。
「わたしは…ろくでもない人間なのでしょうね」
彼女と蒔苗東護ノ介のいる車両の出入り口を固める鉄華団員達を労い、列車の窓からモビルスーツ同士が居並ぶ様子を見てポツリとこぼす。
敵方の狙いは間違いなく自身と蒔苗の身柄だろう。
以前は、自身が矢面に立てば矛をおさめられると思っていたし、実際そうだった場面もあった。
しかし、今回はそう言った手の通じる相手では無い。
むざむざ彼らの前に躍り出て引っ捕えられればそれで終わりだ。
「政治屋とは…いや、人間とはそういうものだ。どれだけその人間の掲げる理念や理想が正しくとも、己の利権を害されるのを快く思う者などいない。ある程度以上に立場のある人間ならなおのことだ」
フォローするように向かいの席に座る蒔苗がそう言うや、クーデリアはかすかに、自嘲するように笑む。
ふと、火星でのギャラルホルンの襲撃後、それを自分のせいだと言ったクーデリアが三日月に「オレの仲間を馬鹿にしないで」と言われたことを今になって思い出す。
思えば自分は最初、押し付けてばかりだったと自嘲する。
自分に出来ることをしようと文字を教えようとしてもすぐに飽きられ、世間知らず故のズレた発言だって数知れず。
それでも鉄華団やアトラはそんな彼女に助力してくれた(前者は仕事と言う面もあったのだろうが)。
そして、自身の無知を、小ささを、何度も何度も思い知らされた。
頭で分かったふりをしていても、結局自分は甘ちゃんだったのだという事実を否応なく直視させられる。
その日の食事も食うに食えず、何もできずに飢えて死ぬ子どもたちの未来を守りたい。
大人達にいいように道具として使い捨てられるいのちを無くしたい。
その
それだけは胸を張って言える。
今回のハーフメタルの貿易自由化も、そのための活動の一環だ。
元より『ノアキスの七月会議』を成功するなど、素養や度量はあったのだ。
…だからこそ、身内からも危険視されているわけだが。
「……そろそろはじまりそうだな」
クーデリアは蒔苗に促されるがまま再び窓の外を見遣る。
ガァァァンンンン………!!
低く、重いものがぶつかる音がここまで響く。
理想のために戦う覚悟。
彼女は改めて鉄華団を信じ、それを再認識せねばならなかった。
「今更だが…やはりワシかお前さんがギャラルホルン連中と交渉しなくて良かったのか?」
蒔苗から当然の質問が飛んでくる。
わざわざ本人が直接行かずとも、あちらがやったように書面でのやり取りもやろうと思えばできたろう。
「…ええ」
クーデリアはすこし沈黙し、しかし迷う事なく短く返す。
「彼らには、成長してもらわなくてはなりませんから」
今後数日先で無く、数ヶ月先でも無く、それよりも長く数年、数十年彼らが、そして彼らに続く人々が歩み続けることができるように。
だからこそ、ここで今一度見ておきたい。
どのみち避けられぬ戦闘ならば、今見られるギャラルホルンの実力、そして、ジャスレイの教育のほどを客観視できるところから見ておきたかったのだと言う。
尤も、彼女の目的がそれだけで無いのは蒔苗の目にも明らかだったが、敢えて聞くのも無粋に思えたのか、藪をつついて蛇を出したくなかったのか、彼はそれ以上を問うことは無かった。
「…利用できる力は大きいに越したことはありませんから」
思わず手に力が入る。
その中にはキラリと光る何かがあり…
彼女はそれを、そっとポケットに仕舞い込んだのだった。
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オレが仕事のためあちらこちらを奔走し、休憩をとろうと思った時、不意に部下の一人が話しかけてきた。
「そういやぁ、オヤジ…」
「オウ、どうした?」
「いや、ホントついさっき思い出したんですけど…」
特に深い意味もなさそうに聞いてくる。
「地球での別れ際、クーデリア嬢に何渡してたんです?」
ああ、あれかぁ…。
「オウ。アレは通信機さ」
「通信機?」
部下は小首をかしげる。
まぁ、通信機ったって常設のもあるしなぁ…。
「マルコの兄貴が作ったモンでよ。通話距離は長ぇんだが、登録できんのがひとつふたつくれぇっていう、かなりピーキーな品でなぁ…」
まぁ、それで役に立てばなぁ〜…なんて思って帰り際渡したんだけども…。
「それで、その相手ってぇのは…」
「シクラーゼのヤツさ」
「えっ、あの『狂犬』シクラーゼですか?」
えぇ〜?そこまでかなぁ〜?
「なぁに、アイツは確かに荒っぽいが、基本はいいヤツさ」
「そう言えるのはオヤジが…」
そういやぁ、最近会ってないなぁ〜〜…。
なんやかんや、続いて良かったです。
読んでくださる方々には感謝してます。
エタることだけは無いよう頑張りたいです。
あと、いつものことながら、齟齬があったら申し訳ない。