「ここは…?」
シクラーゼが監査局から呼出の名目で案内されたのはギャラルホルンの一般部隊に知らされていないような、ファリド領内にある工廠だった。
一見すると廃墟のようで、表面には植物が鬱蒼と群生し、とても稼働しているようには思えない。
「お待ちしておりました。では、こちらへ」
「あぁ…」
警備の兵士に入り口まで連れられるシクラーゼ。
素直に工廠前に案内されるがまま進むも、そこに現れたのはマクギリスとその側近だろう人物のみ。
先ほど案内してくれた兵士はマクギリスに敬礼するや、再び持ち場に戻ってしまった。
つい先ほど通りがかった工廠の入り口にも目立たないようにするためか、警護の兵が四つあるそれぞれの入り口に二人ずつ配備されているだけだった。
何でも古い建造物だから足元が危ないので、という名目らしい。
しかし入ってすぐのエレベーターで降りて、一歩内部に踏み入ると、表の姿とは裏腹に、最新鋭の技術が用いられているのが分かった。
しばらく歩いて、現れた幾重もの電子ロックを抜けた先にある長いエスカレーターを降りて、迷路のような道を案内人の二人は迷う事なく、むしろ慣れた様子で進んでいく。
「ついて来られていますか?」
「問題ない」
途中、そう度々振り返って確認してくるので、幸い道に迷うようなこともなかったが。
「これが、キミに見せたかったものだよ」
手すりの近くまで歩いて、マクギリスは振り返る。
同時に照明がついて、それが姿を現す。
「これは…」
シクラーゼは目を見開いて、思わず歩み寄る。
そこに鎮座するのは、モビルスーツ。
しかしギャラルホルンの軍人であるシクラーゼにも見覚えのないモノだ。
グレイズとも、シュヴァルベとも、ゲイレールともつかない。
むしろ、この見た目はまるで…。
「なぁマクギリスさんよ。もしかしてコイツは…」
「ああ…キミの欲する力であり、私からの餞別だよ」
そう言うなり、マクギリスはすぐそばにある手すりに近づいて片腕だけ寄りかかり、ガンダムフレームを見上げながら微笑む。
「調査中にたまたま状態の良いものが見つかってね。必要なメンテナンスは既に済んでいる。まぁ阿頼耶識は取り払ってあるがね、是非、キミに使ってもらいたい」
「…何が、狙いだ?」
その言葉に、当然シクラーゼは訝しむ。
と言うか、こんな状況は誰でも怪しむと言うモノだろう。
タダほど高いものは無い。
それなり以上の価値のあるものをくれる、ということはくれてやる側の相手には大抵それを手放してなお、メリットが残るということ。
その打算が如何程か…シクラーゼにはおよそ憶測がつかない。
マクギリスはしばらく目の前のモビルスーツを見つめ、しばし後シクラーゼに向き直ると再び意味ありげに微笑む。
「コレは…いや、彼の名はガンダム・アスモデウス。その名の示す通りガンダムフレームを採用された機体で、その三十二番目に位置するれっきとした厄祭戦当時を知る存在だ。しかし…」
マクギリスは言葉を選ぶかのように、一拍置く。
「何の因果か彼は実戦を前にして厄祭戦が終結してしまったようでね。存在を忘れられ、役目も果たせず、ただ侵入困難なデブリ帯で見つかった歴史に忘れ去られしモノなのさ」
その言葉に、シクラーゼは遠回しにこのガンダムアスモデウスと己は似たモノ同士、と言われたような気がした。
痩せ細り、あわや死んでしまうかも知れなかったところを拾ってくれたジャスレイへの恩義も返せず、自分を人間として、兵士として認めてくれたラスタルへの義理も果たせず…安穏と、しかし、何もなさすぎる世界で腐っていくのを待つだけのような、そうしてやがて誰からも…それこそオヤジたるジャスレイや恩師たるラスタルからも自分という存在を忘れられてしまうのではないか…そんな想像しただけでも恐ろしい未来が頭をよぎった。
「…そんなこと、認められるかよ」
シクラーゼはうめくように呟く。
ふと気がつけば己の拳に力がこもっていたのに気がついた。
「キミはこれから形式上は私の部下という形になるが、公務以外では基本的にはこれまでと同じようにしてくれて構わない」
「要は引き抜きってわけかい?これからなぁんかデケェことでもしでかす気か?」
「さてね、ただキミの腕を買っているのは事実だ。そして念のために言っておくが…」
シクラーゼの隣に歩み寄り、不意にアスモデウスを見上げる目は、なんとも晴れやかで……。
「私は、
イヤに含みのある物言いにシクラーゼは眉を顰める。
「味方、とは言わないんだな」
「それは今後のキミ次第だとも」
マクギリス・ファリドは強かに笑う。
「そうそう。それとこれは独り言だが…」
「どうした急に?」
問いかけるシクラーゼの言葉を無視するようにマクギリスは言葉を続ける。
「『夜明けの地平線団』に不穏な動きがあるそうだ」
いやはや、と少々わざとらしくそう言って見せるマクギリス。
「アンタ…最初っからそれが狙いか?」
「さてね。キミの訓練でのデータは知っているが…素晴らしいな。控えめに言っても、アリアンロッド艦隊のトップエースクラスだ。試運転には持ってこい…だろう?」
「ハン…それこそアリアンロッドの領分だろう?」
「ならば行かないと?」
「……アンタ、意外といい性格してるな」
「お褒めにあずかり光栄だよ」
謀略が、ゆっくりと…しかし確かに動き出そうとしていた。
マッキーは何を企んでるんだろうなぁ〜。