「しっかし…ディアブルとはまたイヤな名前を思い出しちまいましたねぇ…本当に連中が今頃息してるってんですかい?」
そう投げかけられた部下の疑問も尤もなものだ。
ディアブル…即ち『悪魔』と呼ばれた兄弟による恐怖の傷は、『JPTトラスト』や、その他テイワズ傘下の企業の働きによって少しずつ、しかし確実に回復していた。
だが、やはり当時を知る人間がその名を聞けば顔を顰める者の方が多い。
しかし、かつては圏外圏の最大勢力を誇ったとは言え、トップや幹部クラスは既に全員の死亡を確認しており、しかも壊滅からゆうに二十年以上が経過している。
正直表立って活動するだけの余力があるとはとても思えない。
中にはスネの傷を隠して、苦労しながらもカタギになった人間も少なくないらしく、そう言った人間の一助となったのが圏外圏屈指の大富豪ノブリス・ゴルドンをはじめとした資産家達の資本だ。
職を得たことで彼らに恩義を感じているから従う者、或いはそれはそれとして無関係でいたい者、別に頼んだわけじゃあないし、そもそも自力で立ち直り、何より「今更忘れたい過去を掘り返すな」と突っぱねる者…反応は三者三様であり、それぞれ思惑こそあれど、実際カネの恩義は大きいのが現状。特に前者二つはその大半が断るに断れないのだろう。
だからこそ、ジャスレイの今後の方策としてはそこから崩すことを第一の目的としている。
わざわざマクマードに連絡を入れたのも、その確認のためというのがあった。
つまるところ…最悪の場合、ゴルドンと敵対することも含めて裏方にまわってもらったというわけだ。
「ま、そうなる前に気づかれちまえばトカゲのしっぽよろしくゴルドンの方から連中を切るだろうが…」
「だからこそ、動きは慎重に…というわけですかい」
元々、ノブリス・ゴルドンという男は金の亡者として知られる。
そうなるまでに若かりし頃にどんな経緯があったのか、もしくは単純にそう生まれついているだけなのか、それともかつての貧しさと、その過去への嫌悪からくる執着なのか…その一切は不明だが。
しかも己の欲をあまり隠そうとせず、時として邪魔者を消すことも厭わない。
そんな男をいきなり逃げ隠れ出来ない袋小路に追い詰め過ぎればどうなるか…。
十中八九、なりふり構わず暴れるだけ暴れて、周囲を荒らすだけ荒らして、自爆することだろう。
そしてそれは可能な限り避けなければならない。
ならば逆にギリギリで気づける範囲内で詰められるだけ詰めてしまえばいい。
そうすれば自ずとあの男はディアブル残党及び『夜明けの地平線団』を見放すことだろう。
こちらが数で有利とはいえ、元よりジャスレイの側には正面切ってやり合うつもりは無い。
ロイターには悪いが、それなり以上の規模の抗争の場合はジャスレイが現場に赴くのはそれがダメ押しになって勝利が確実となった場合のみ。
あちらが事前の準備をしようというのなら、こちらにも考えがある。無策で部下に被害を出すなど、少なくともジャスレイには若かりし日の苦すぎる過ちだけで充分だ。
「もう新事業のシステムなんかは出来てんだよな?」
確認のためにジャスレイが質問する。
「えぇもちろんです」
問われた部下が資料を取り出す。
ジャスレイは「ありがとよ」と受け取った資料に目を通しながら話を聞く。
「後は発注した機材が入っちまえばすぐにでも仕事に取り掛かれまさぁ」
「そうかいそうかい。そりゃあ何よりだ」
何せ期待の新事業、それも組織のNo.2が取り掛かる仕事ということで、テイワズの本部からもいくらか人員が回されている。それで遅いなら責任者が余程呑気者か無能かのどちらかだろう。無論、マクマードが相手にそれだけ期待していることの証明とも言えるわけだが。
先日の映像通信の時もそうだが、マクマードは気に入った人間に何かと突然試験じみたことをさせたがる節がある。
直近の例で言えば鉄華団の護衛依頼の時もそうだったし、過去にも名瀬やジャスレイに対して何かとそう言ったことをしたがる面が見られた。
ジャスレイはそんな自身の過去を思い出してか、苦笑いを浮かべる。
「せっかく貰ったエイハブリアクターなんだ。それにオヤジからのお達しもあったことだしよ、どうせならフルに使わせてもらおうじゃあねえか」
ジャスレイは景気良くパシンっ…と資料を軽く叩くと、不敵に笑う。
こう言う時のジャスレイは、異常に勝負強いのを部下達はよく知っていた。
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って…言ったはいいものの…。
書類仕事ってのはやっぱ大変だなぁ〜…。
それと…新事業と同時進行で買収もかけていかないとなぁ〜…。
手始めにはバレないように極々小さなところから、正確に的確に嫌味ったらしくやっておかないと…。
「それで?買収をかける企業の目星はついてんのか?」
「えぇ…ちょうどゴルドンに良い感情を抱いておらず、しかし独立も出来ない企業をリストにしておきました」
仕事早いなぁ。
オレは手渡された新しい資料を見る。
にしても…うへ〜結構あるなぁ…。
「特にこの企業の社長なんかは、ゴルドンの部下からかなり陰湿な嫌がらせを受けているとか…」
あぁ〜そうなの。
「そうか、ならそっち方面から崩して行こうか…」
マルコの兄貴からの情報だし、間違いはまぁ無いだろうしなぁ〜…。
ただ…ノブリス・ゴルドンみたいなタイプはオレの経験上二つのタイプに分けられる。
単純に金銭をかき集めるのが好きなタイプか、かき集めるにしても目的があるタイプか。
前者だったら企業のひとつふたつ寝返りそうになっても特に気に留めないだろう。
大局的に見れば意味の無い買収工作と、一笑に付してそれで終わりだ。
ただ後者の場合が厄介で…。
あぁ〜…ずっと書面と睨めっこだったからか目がしょぼしょぼする…。
時間は…うげ、こんな時間かぁ…。
ちょっと休憩…。
「オヤジ、どちらに?」
おもむろに立ち上がったオレに、頼れる部下達が声をかけてくる。
「あの二人のとこさ。息抜きも兼ねてな」
オレの言葉に恐らくだが最近やけに元気な娘っ子と、そんな彼女に振り回される兄を思い浮かべたんだろう。
部下達は穏やかに笑う。
「お供しても?」
「オウ、頼まぁ」
さ〜て…ちょいと休んだら、これからはスーパー買収タイムだな。
ホント、オレってばコレくらいしか能がないからなぁ〜…。
へへ…またサイフが軽くなるぜ。
…まぁいいんだけどね〜。
いつもの如く、齟齬があったら申し訳ない。