オーストラリアの西に位置する無人島。
かつて著名な生物学者によって「進化の島」と呼ばれた群島。
そこには今、国連の管理下から外れた一つの集落があった。
驚くべきことに、その村には大人が一人もおらず、住民全員が十四歳程度の子供で構成されていた。
独自の宗教が根付いているようで、村人全員が、首からエジプト十字にも似た、アンク記号を逆さまにした護符をかけている。
簡素な木造の小屋が並ぶ村の大通りを一人の女性が歩いていく。
するとそこへ、メガネをかけた利発そうな子供が紙の束を持ってやってきた。
「団長。島の火山の様子が最近芳しくない。聖女様がお山から何かお告げをもらってないか聞いておいてくれないか」
「分かりましたウィン君。直ぐに確認しますね」
女性の承諾を得ると、メガネの少年は忙しそうに別のトラブルに向かって行った。
「なあビリア! 見てくれよこの魚、今まで釣った中で一番大きいぞ!」
三十センチはある巨大な魚を抱えて、赤毛の気真面目そうな少年が自慢気に駆け寄ってくる。
「さすがナルツ君。騎士団の中で一番の釣り名人ですね」
「あったりまえよぉ! 今日の晩飯は期待してくれって聖女様にも言っといてくれよなっ」
「分かりました。聖女様もきっと喜んでくれるでしょう」
笑顔を浮かべながら少年は再び海の方へ駆けて行った。
女性はその後も何度か村人から声を掛けられた後、村の最奥にある石造りの建物へ。
「聖女様。今戻りましたよ」
そこは一種の祭壇のようになっており、何らかの幾何学模様の描かれた絨毯が敷かれている。その上には無数のロウソクが不規則に並べられ、異様にカラフルな色の火が燃えている。
その中央。
褐色気味の肌に、煌びやかなブロンドの長髪。
純白の修道服に金飾りを付け、頭には顔の半分以上を覆う「アザミ」を模した黄金の仮面を着けている十歳程度の人物。
女性の呼びかけには答えず、仮面の人物は少女の顔をじっと見つめている。
口をポカンと開け放ち、無垢な顔つきで少女を視線で追っている。
少女はお茶の支度をして、仮面の聖女の前に座ってお茶を差し出す。
「びいりゃ、びいりゃ、こえ、おちゃあ?」
「そう、お茶だよ」
聖女はそれを受け取ってクンクン匂いを嗅いでからチビチビ飲み始める。
「この子が聖女様に一番近い個体のはずなのにな……でも他の子はちゃんとみんなになったのに」
少女は、聖女の頭を撫でながら熟考する。
「聖女様さえ、帰って来てくれれば……またあの日常が戻ってくる。
昨日みたいな普通の今日が明日もずっと続くように」
一方で。
ビリア・ブーゲンの作った停滞の島に一人の上陸者が。
軽装甲の金属鎧に、薄汚れた無地の外套を目深に被った、赤毛の長髪の青年。
近くの桟橋で釣りをしていた少年が漂流者じみた男を見つけて声をかける。
「よお、おめえさん大丈夫か? これ見ろよ、今日俺が釣ったんだぜ。どうだデカいだろ!」
そういって自慢げに大魚を抱える釣り少年を見て、上陸者の青年は驚愕した。
赤毛の短髪。気真面目そうな顔つき。スイセンの花で編んだ花冠。
「オマエは……」
「ん? あんた、どっかでみたような顔だな……どこだったけなあ」
考え込む釣り少年。
「ナルツ・イイィィスッッツ‼」
大声で怒鳴る上陸者。
「おお、それが俺の名前だが。やっぱりお前さん昔どっかで会ったっけか?」
上陸者は何の前触れもなく剣を抜き放つと釣り少年に斬りかかった。
「あっぶねえな、おまえ。どういうつもりだっ?」
釣り少年は、釣り用の包丁を抜き逆手で構える。
途端、強い海風が吹いて上陸者の青年の外套を吹き飛ばし、お互いの顔がはっきり見える状態に。
「お、お前……その顔……」
釣り少年が見たのは、自分と全く同じの顔の男だった。
半時と経たないうちに、騒動は島全体へ響き渡った。
浜辺で釣りをしていた副団長が、謎の上陸者に殺され、続いて騒動を嗅ぎ付けた三名の村人が返り討ちにあい、何人が束になってかかっても皆が、一様に首を跳ね飛ばされて殺されていった。
逃げても、隠れても、確実に追い付かれて殺される。
村はほぼ壊滅。
賊は、村人全てを惨殺し、遂には奥地の祭壇へ。
「ビリア……カーレドニア……」
元・少年騎士団団長。虐殺騎士、ナルツ・イースが祭壇の間への扉に手をかける。
と、そこまで書いてボクは手を止めた。
ふう。
書き物は疲れるね。
おーいビリアちゃーん。なんか食べるもんなーい?
そうそう。お菓子でも何でもいいよ。
あ、後適当になんかお茶でも入れてー。
祭壇の間、入ってすぐの戸棚にいろいろ入ってるから。
うん。うん。そうそれ。おちゃっぱケチらないでね。
はあ。
ここは薄暗くて書き物には不向きな場所だよ。
なにせ明かりが蠟燭しかないのものだから。
机もないし、床で書かないといけない。
その床も絨毯が敷かれてて、不安定で、とても書き物に向いているとは言えない。
だからという訳ではないが、この文章群にはいささか穴が多すぎると思わないかね?
一番はこれら一連の事件に関連する資料を誰が集めたのかという事。
例えば、最初の〈プテリドピュタの夢〉の記述。
どう見たって一人称の独白。
しかも影人間になってしまった者の心の内を観測することは誰にも出来ない。
カレらは、プテリドピュタ君の信念に基づいて、『自らゼンマイを巻く機械。永久運動の生きた見本』になったのだから、自らの感情や考えを外に放出することは絶対にしない。
他の、〈虐殺神父「エドゥリアス・カエルレア」の独り言〉や〈ビリア・ブーゲンの独白〉などはまだ他人が聞いており、それを誰かが文章化して保存しておいたという可能性が無きにしも非ず。
では、影の内情を観測しえたのは誰か。
登場人物の感情の吐露を観測し、あまつさえそれを保存し、我々読者に開示したのは誰か。
いずれも、この物語を語るにおいて欠かす事の出来ない必要不可欠の情報を提供してくれた存在だ。
察しのいい人はもうお気づきだろう。
なに、探偵を気取る訳ではないよ。
一種所謂処の余興だ。たまには頭を使ってみるのもいいだろう。
ではもう一つ、ヒントを提供しよう。
これらの文章には一つの共通点がある。どうだい? 探偵ぽいだろう。まあこれはミステリではないがね。
で、その共通点というのは、ワードセンスについてだ。
とはいえ、語彙には限りがあるのだから『千字文』のように一つも被りがないようにするというのは難しい。
では何が被っているのか。これまでの文章には同様の二重表現が多く見受けられる。
おそらく書き手の癖だろう。
つまりこれまでの文章は全て、同一人物によって執筆されたものである、ということだ。
ヒントは以上。
さあ、考えて。
制限時間は一分。
ちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっちっ。
ハイ時間切れ! じゃあ答え合わせね。
心の内を覗けないはずの存在から、登場する一切のキャラクターの心情を察する事の出来る人物。
そしてそれを読者に対し、自然な形に加工して、提供する事の出来る人物。
さらに、その一連の文章には同様の癖が見受けられる。
もうお分かりだろう。
それは、作者だ。この『THE STUPID HOAX』 という物語を書いた作者本人だ。
種を明かせばなんという事はない。ごくごく当たり前の事だ。
そもそもタイトルに書いてある。さあ、今すぐ辞書をひきたまえ。
何? めんどくさいって? しょうがないなあ、教えてあげよう。
「ザ・ストゥーピッドホウクス」それは、「くだらない自作自演」という意味だ。
興覚めだろうて。
さもありなん。ここに書かれてきたことは全てマッチポンプ。
自分で事件を起こして自分で解決する。
そういえば聖女カーレ・ド・ニアも同じことをしていたっけ。
故に、ここに登場する各思想は全てカノジョ由来という事をお忘れなく。
一方ではお互いに争いあい、殺生を嫌う一面を見せたかと思えば、だれか死ぬと可哀そうだから全員死んでしまえばいいとかいう暴論を持ちだしたり、人生には意味がないとか言いながらも、自分に対して行われた裏切り行為は絶対に許さないプライドの高さだったり、つまらない人生をよりつまらなくするような、日常の永続を望む停滞思想など、矛盾の塊。人間は多面的な生き物であり、一つの思想に一辺倒ではない。
これはそれを体現してみた一つの形。
ではもう一つ、種明かしを。
世界教の「アルトラス」という名前について。
劇中では「ギリシア神話に登場する神の「アントラース」にちなんで、「支える者」の意で名付けられたとされる。」と言っているが、本当は、「アントゥルース[untruth]」が語源。真実を意味する「true」に、それを否定する「un」をつけて「真実じゃない」、「嘘」、「不誠実」、「虚偽」といった意味の単語へ。それをもじって「アルトラス」。
「支える者」なんてとんでもない。
信じることが命である宗教のタイトルが【不誠実】なんだから、とんだ事だ。あの聖女らしいね。
カノジョと言えば、「生涯を通して積み上げた物が自分の死と同時に消える」から「人生や生命といった物は無価値」であるという思想を持っていたが、そう思うに至った過程はなんだろうね。
昔、何かあったんだろうか。
いえ、その実なんにもないのかもしれませんよ?
またまたぁ、そんな事ないでしょ。絶対何かあるって。
あ、お茶ありがと。あれ、これしかなかった? お煎餅とかなかった? 別にいいけど。
何もなかったからこそ、人生が希薄に思えて、死にたいと思うんですよ。
カレは昔からなんでも上手くこなしてきたから。
ちょっと待ってカレ? カノジョじゃなくて?
え? カレですよ。
聖女カーレ・ド・ニアのことだよね?
そう。聖女カーレ・ド・ニア様のこと。
ん?
んん?
んんん?
まあ、細かい事はいいじゃないですか。
だからカノジョは本気で頑張ったことがないんですよ。
失敗したことからは目を背け、直視せずじわじわと解像度を下げ意識の外側に置き去りにする。
そして幼児的万能感からくる無根拠のハリボテの自信でもって事に及んでいるから、出来て当たり前、上手なのは当然、そんなのは解りきった事で、出来の悪い物は意識せず、「ま あ、次があるさ」と反省しようとしない。つまるところ(だからこそ)人生に張り合いがない。暖簾に腕押し。無味無臭。味の薄い白くなったガムをずっと噛んでいるような、虚無感。
それ故に、「人生には意味がない」といった一種所謂処の「ニヒリズム」にも似た思想が芽生えてくる。
なるほどねぇ。
ニヒリズムと言えば、かのニーチェがこんな事いってるよ。
『生きたいと思わせるような目的がある時にだけ、人生というのは生きるに値する。
「全ては意味が無い」などとしてしまうニヒリズムなどというのは、要は目的が欠如しているのだ。
つまり結局、人生をどう評価するか、ということは解釈の問題なのであって、世界自体が、客観的にどうあるか、という問題ではないのである』ってね。
へえ、なかなか厳しいことおっしゃいますね。
でもこっちの方がもっと厳しいですよ。
デンマークの思想家セーレン・キルケゴールの言葉なんですが。
カレは【信頼の跳躍】という考えの元、人生は不条理で満たされていて、世界は我々に無関心ではあるが、それでも我々人間は自分自身の価値を作るべきだと言いました。例え周囲と関わりを持ち、結果として自分が傷ついてしまうとしても、それでも尚他の人々と関わり合うことで、そうすることによってこそ、意味のある人生が送れる。と。
あとはこんなのとか?
プラグマティズムにおけるウィリアム・ジェームスの言葉なんだけど。
「人は人生が順調に進んでいるときは「生きる意味があるのか?」などとは考えないのであって、人は自分の人生で何か壁にぶつかった時に「何のために生きている?」などと疑問に 思う。
「人生は生きるに値するか?」などという問の真の意味は「最近私の人生はつらいことが多くてやってられない!」ということであって、要は愚痴なのだ。
「人生は生きるに値するか?」の答えは、「人生は生きるに値するから値する」であって、「人生の意味とは何か?」などという本質を求める問いは止めて、人生の実際的な効能に着 目したほうがいい。人生は生きるに値すると思って行動していれば、実際に生きるに値する人生になる」
って言ったらしいよ。
誰もかれも分かってませんね。
そうだとも。
積極的に他人と関わろうが、目的をもって生きようが、所詮それは他者や目的に依存しているだけで、人生が空疎であることに変わりはない。根本を解決できてないよ。
何かに依存して生きていると、それが無くなった時、どうしたらいいか分からなくなる。
他者は言わずもがな、目的なんかは常にタスクをこなさないといけない体になって、泳ぎ続けないと死ぬマグロみたいになっちゃううよ。
例えマグロになったとしても、、ふとした疑問に「いずれ全て失うのに」といった虚無感に襲われ、人生が空疎に見えるんだよ。だから何かに縋っても意味がない。
いっそ白痴にでもなれたら楽なのに。
だから一切の事を一歩引いたところから見ている。
道路にチョークで絵を描くのと同じ感覚。いずれは雨で洗い流される。
生まれつき面倒くさがりなのかもね。
生きることが億劫で仕方がない。
それ故に生命に価値を見出せない。
自分のは勿論の事、他人のも。
君のはどうだ?
君はどう思う?
はあ。
難しい話したらお腹すいちゃったなあ。
ワタシもう今日は帰りますから。
今日の帰りは? 遅いんですか?
いや、もうちょっとしたら帰るよ。
ナルツ君には魚捌く待ってもらってて。
じゃあ、そう言っておきます。
早く帰って来てくださいね。
オッケー。気を付けて帰ってねー。
おっと失礼。こっちの話です。
んじゃ、最後にボクの名前の由来をお話しして終わりにしましょうか。
まあ、単なる洒落なんですがね。
由来はアザミという花。
かくいうワタシの誕生花でして。花言葉は【独立】、【権威】、【厳格】、【復讐】、【報復】、【荒廃】、【簡素】、【反抗】、【拒絶】、【守護】、【悲しみ】、【人間嫌い】、【私に触れないで】、【素直になれない恋】、【批評家】、【安心】、【満足】。何分棘の多い花なので、そこから閉鎖的な言葉を与えられたらしいですよ。
あと、「アザミ」という名前は、「アザム」という言葉が由来だそうで、意味は【驚き呆れる】、【興冷め】といった意味らしいです。「綺麗な花だから愛でようと手を伸ばしたら存外棘だらけで痛くて驚いた、興冷めだ」みたいな。まあ、ボクの人生が興ざめなんですがね。ははは。
あと、これ調べてて思ったんですが、「アザム」って「欺」って漢字当てられますよね。「欺く」つまり嘘つき。噓ばっかりついてる聖女にピッタリ。まさにアザミはボクを象徴する花です。
それで、アザミというのはスコットランドの国花だそうで。
スコットランドは、その昔、ローマ帝国によって、別の名前で呼ばれていました。
古ラテン語でグレートブリテン島の北部──ほぼ現在のスコットランド──を意味する【カレドニア】と。
だから言ったでしょうに、単なる洒落だと。特別な意味なんてありませんよ。
「ド」ってついてるからフランスの貴族かも? って思った方もいらっしゃるかもしれませんが、これは単に区切った時にそれっぽくなっただけです。
「ド」とか、「サー」とか「フォン」とかっていうのは、勿論王様に貰えれば名誉な事ですが、それ故に自分で勝手に名乗る人も多かったようで、かくいうボクもその一人。名誉万歳。名声万歳。
ではでは。
皆さんの人生に価値があるといいですね☆
〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉解説文より抜粋