あとがき
やりたかった事は、
・人間は多面的な生き物である という思想の体現
・小説が文字でのみ表現される媒体であるが故の語り手が確定されない という文体
・世界を救った英雄が、実は全ての元凶だった という展開の物語
・断片情報のみを読者に与え、物語外の物語は読者の内にある、これまで蓄積してきた物語で保管してもらう という楽しみ方
の4つ。
1つ目の「人間は多面的な生き物である」というのは、作中でも少し説明したが、人間の考えは一律ではなく、一見矛盾した思想も、一人の人間の思考に帰結するという物。
本作では6つの思想を登場させたが、その内5つは「聖女」由来の物である。全て全く異なる人物の信条として描かれているが、彼らは皆聖女の複製体であるが故に、 その思想は彼女に帰結する。
また、次の「小説が文字でのみ表現される媒体であるが故の語り手が確定されない」にも関わって来るが、それら6つの思想は最終的に作者に帰結するような構造に作ってある。
最終章である「〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉解説文より抜粋」における語り手は、舞台と状況から「聖女カーレ・ドニア」であるように推測されるが、その語られる内容はどこかこの物語を振観してみているような雰囲気が感じられ、誰が話しているのかは最後まで明かされることはない。
その仕掛けとして、聖女のクローンは、皆一様に一人称と二人称をカタカタ表記にしてある。
さらに、〈苧環 著『THE STUPID HOAX』〉という記述によって、この物語自体がフィクションであるという事実を読者に思い起こさせる構造を最後にとっている。我々は物語を読んでいる時、時としてその物語がフィクション──作り物──であることを忘れがちである。登場人物に心をうつし、先の展開に胸をざわつかせる。あたかもその物語世界の住人になったかのように。たとえそれが言いすぎであったとしても、我々は物語を読むとき、それが作り物で、この世界と地続きの場所にあるものだという事を意識している事は少ない。
そこで今回の物語は、物語を俯瞰し、半ばメタフィクション的な終幕を試してみた。
3つ目と4つ目は綿密に関係しているので、一緒に説明する。
まず、私が本作を書くきっかけとなったのは、「裏切り聖女」の物語を思いついたところから始まる。
世界は謎の奇病に侵され、すぐそこまで終末が迫っている世界で、突如現れた救世主。
世界の救い手たる少年少女らと、それを導く偉大なる聖女。
彼女らは大冒険の果て、病気の元凶を打ち倒す。
しかしこんなのはよくある話で、今さら丁寧に書き表す必要性を私は感じなかった。
それは、このような冒険譚は既に読者の中に同形のモノが多数内在しており、その体験を呼び起こす要素を含んだ断片情報だけを投げることで、物語外の物語は読者が独自に保管しうると考えたからだ。
故に私が真に書きたかったのは、冒険が終わってからの物語。
「世界を救った英雄が、実は全ての元凶だった」というような話。
そしてその英雄は英雄などではなく、どこまでも自己中心的な動機でもって世界を ひっかきまわし、最後の最後まで自分勝手に死んでいった。しかもそれが当人の長年の夢であり、殺してしまうこと自体が聖女の願いを叶えることになってしまうというやるせなさ。
そういった展開が描きたかった。
だが、それ故に私の小説の弱点である「著しい情報の欠如から来る物語への興味の消失」がまたしても発生している感は否めない。