THE STUPID HOAX   作:森岡幸一郎

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【2】まどろみラグナロク

 時に西暦二X九四年、人類は衰退しました。

 発端は、とある人物のこんな一言から。

 

『ジブンの理想郷を実現する』

 

 この宣誓の直後アメリカ合衆国が無くなりました。

 世界に冠たる、人類の事実上の支配者が、ものの数時間で機能しなくなりました。

 手段としては、一種所謂処のバイオテロ。

 ニューヨーク、シカゴ、ロサンゼルスなどをはじめとする、合衆国五十一の州の主 要都市に対してほぼ同時に「 何か 」が撒かれ、ぞくにアメリカ人と呼ばれる人々は軒並みこの世からいなくなってしまいました。

 

 厳密には「いなくなった」とは言いきれないのですが?

 

 その撒かれた「何か」とはウイルスなのか、細菌なのか、はたまたナノマシンなのか? 原因はいま尚、不明なまま。

感染経路もまた同様に。

 接触感染なのか、飛沫感染なのか、空気感染なのか、はたまた動植物等の媒介物感染なのか?

 まあ原因が不明なのですから、仕方がないといえばないのですが。

 そして気になるその症状ですが、なんと人間が肉体を失って、影人間になります。

 え、信じられないって?

 ええ、お気持ち良く判ります。ワタシもはじめはそうでした。カゲニンゲン? なんそれ。はっはーん。

 でも無くなったアメリカだけは本物です。余波はすぐにワタシ達にも及びました。世界経済は完全に麻痺。「$」という通貨単価そのものがきえてしまったのですから。軍事的圧力も消え失せました。どんなに優れた兵器であってもそれを使う人がいなくては意味を成しません。その他、あらゆる産業がなんの前触れもなく機能しなくなり、世界中が大混乱に陥りました。

 

 ここで疑問なのは、こんな大事件を引き起こした人騒がせさんは誰なのかという事。

 影人間だけの世界を称して「理想郷」と呼ぶ、クレイジーさんは誰なのかという事。

 人間を、何も言わず、何も感じず、ただそこに在るだけで、荒廃した街を目的もなくただ揺蕩うだけの存在にしてしまった、謎のベールに包まれた人はだれなのかという事。

 そろそろもったいぶるのもしゃらくさいので、ズバリ! 言ってしまいましょう。

 

【 ユリアノス・プテリドピュタ 】

 

 もし、先に記した『ジブンの理想郷を実現する』という宣誓の時に名乗った名前を信じるのならば。

 国籍、年齢、人種、性別、その一切が不明。名前の性はおそらく偽名かと思われます。

 だって性になっている「プテリドピュタ」(スペルは こうです。『Pteridophyta』)とはシダ植物の学名です。

 カレの、性別が不明なので便宜上そう呼びますが、ユリアノス・プテリドピュタの被害者は「プテリドピュタの影」と呼ばれることになりました。そのまんまですね。

 そしてカレは、合衆国だけでは飽き足らず、直ぐにカナダや中南米にも、同様のバイオテロを仕掛けました。勿論ワタシたちもなんとか阻止しようとしましたが、あえなく失敗。あま つさえ現場に送られた人員は軒並み「プテリドピュタの影」になりました。

 ……うーーん。

 あ、失礼。やっぱり「ぷてぇりどぴゅたゃ」って言いづらいですね。なんせラテン語ですから。皆さんもさぞ読みづらいことでしょう。これからは素直に「影人間」で行きましょう!

 失礼、どうも余談でした。

 そんでもって。これで事実上カナダ含むアメリカ大陸は、完全に、カレの手中に落ちたわけです。

 国連は満場一致で、「ユリアノス・“シダ植物 ”」の抹殺を発表。

 各国は全勢力でもって、カレに対して攻撃を仕掛けました。なんせ、あの合衆国をやっつけた相手です、本気で行かなければ逆に返り討ちに遭う事でしょう。

 しかし本当の所は、合衆国という旧世界の支配者がリングを下ろされ、チャンピオンの玉座ががら空きの今、カレを打ち倒し次の王様になろうと皆が画策していました。なんならカレを生け捕りにできれば合衆国を滅ぼした戦力を我が物にできるかもしれないし、今現在の軍事力もアピール出来て他国への牽制にもなります。

 

 ああ、言い忘れていましたが、カレの所在についていっていませんでした。失礼。

 カレは、アメリカにいました。ニューヨークはマンハッタン島。タイムズスクウェアにあるダイナーのカウンターでコーヒーを飲んでいる所が中華政府のドローンで撮影されました。

 

 人類は足並みを合わせず、独断専行で、我先にとカレを攻撃しました。

 しかし度重なる軍事攻撃も目覚ましい効果はなく、合衆国の大地がミサイルで抉れていくだけでした。

 カレにはあらゆる物理攻撃が通用しません。

 ナイフ、銃弾、砲弾、ミサイル、核、あらゆる化学兵器を受け付けません。

 その手応えの無さは、まるで影を踏みつけているかのよう。

 もしかしたらカレ自身がもう影人間なのかも? でも他の影人間みたいに壁に張り付いてないし、立体で、色もついてる。コミュニケーションもとれるし……ではなぜ? どうして攻撃が効かないんだろう?

 ふうむ…………。

 おっと! これは失礼。考え込んでしまいました。話を戻しましょう。

 

 それでカレは、しばらくしてから合衆国のダイナーを離れ、欧州とNIS、中華圏と中東諸国へと発ちました。

 そうです、カレは分裂したのです。

 同時刻に全く異なる場所に存在していたのです。

 もう訳が分かりません。

 しかし、これで合衆国の五十一の州が同時にバイオテロ攻撃された謎が解けました。

 それはさておき、カレは移動した先でも人々を影にしていきました。世界同時多発バイオテロ。人類はいよいよ焦って手段を問わずカレを殺そうとしましたが、一向に死ぬ気配がありません。もう完全にお手上げ状態。まさに防戦一方。和平交渉に出向いた国のお偉いさんもその場で影人間にされました。一応二、三言話して様ですが。

 そんな段になっても未だ足並みを合わせようとしない人類は、徐々に仲たがいを始め、共食いによる自滅を待たずして、カレに各個撃破されて行きました。

 世界の人口は当時の十分の一にも満たない数になって、カナダ含む南北のアメリカ大陸と東南アジア以外のユーラシア大陸、アフリカ大陸がほぼ影人間で埋め尽くされ、その機能を完全に停止。

 文化水準はみるみる落ち、今や世界は日本で言うと、日露戦争以前まで文化レベルが落ちています。ここまでがわずか3年足らずの出来事。

 人類はこのまま穏やかな破滅をむかえるかと思いきや、そこへ救世主が。

 

〈筆者不明 後発本『まどろみラグナロク』第一巻 羊歯の影 序説第三章より抜粋 〉

 

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