あの後、聖女様と虐殺神父は忽然とその姿を消してしまいました。
残されたのはワタシとナルツ君と、えっと、その……殺されてしまったウィン君だけ……
状況がすぐには呑み込めなくて、ワタシはしばらくその場に立ち尽くしていまいした。
さっきまで聖女様が座っていた椅子を見て、まだそこに聖女様がいるような錯覚がしました。
今さっき聖女様がおっしゃった事は全部自分の空想で、たちの悪い夢のような気がしてなりません。自分がここにいる事さえ現実味がなく、ふとすれば自分が今まで何をしていたのか、自分が誰なのかさえぼんやりしてきて、突然記憶喪失にかかったような気がしてきます。
それでも……虚ろな目で部屋の隅からワタシを見つめるウィン君を見て、やっぱりこれは現実なのだと思い知らされました。
そうしていると、お屋敷の外から飛行機のエンジン音がしました。
いつの間にかナルツ君の姿がありません。
外に出ると、ここまで乗って来た水上機にナルツ君が乗っています。
どうするのかと聞こうかと思いましたが、それより先に「早く乗れ!」と怒鳴られそのまま乗ってしまいました。
何処へ行くのか? 聞くまでもなく予想は尽きます。それでも聞いてしまったら、その答えが、聖女様のいるあの場所だったらと思うと、言葉が喉につかえて思うように出て来ません。
水上機が飛び立つとき、お屋敷の方から目が離せませんでした。
調査本部を経ってからワタシもナルツ君も何も言いませんでした。
ナルツ君はずっと怖い顔をして、操縦桿を強く握っていました。
東アジアに差し掛かった時、眼下には大都会の摩天楼の成れの果てが見えます。
あそこには今もなお「プテリドピュタの影」になって廃墟をさまよう人たちが大勢います。
それも全部…………本当に、あの聖女様が……
ワタシ達は聖女様が院長先生をしている孤児院で育ちました。
物心ついたころからずっと孤児院暮らしで、聖女様はお母さんの様な存在でした。
騎士団のみんなはその時の兄弟たち。
あの頃は本当に楽しかった。
貧乏だったけど、みんなでなんとか頑張って生きてた。
聖女様も本当に優しくって、「生きているのはしんどいだろうけど、それでもせっかく生まれてきたのだから、何かしら自分が生きた証を世界に刻みつけよう」そう言ってみんなを励ましてくれました。
でも、そんなワタシたちの生きた証を刻みつけるべき世界は、ある日何の前触れもなく、その三分の一が無くなってしまった。
人間が影だけになる病気が流行ってるらしい。
それはどんどん世界に蔓延して、ワタシたちの住んでる辺りも危ないってなった時、聖女様が精霊様からお告げを授かりました。
「ワタシたちなら影になった虚ろな存在に干渉できる。救世主になれる」
それからワタシたちは騎士になりました。
邪(よこしま)なる影から世界を照らす灯(あかり)の使徒。
それまで孤児院のまわりしか知らなかったワタシにとって世界はあまりに広く、鮮やかでした。
たった一カ月、しかも世界全体が廃墟も同然だったけど、それでも聖女様やみんなといっしょだったから、とても楽しかった。
毎日がキャンプみたいで。ご飯が無くて行った先でお魚釣ったり、山菜獲ったり、そうかと思えば無人の高級ホテルに泊まってみたり。
楽しかったな……。
もうあの頃のみんなには会えないのかな……
……聖女様を……殺さなくちゃいけないのかな…………
水上飛行機の後部座席で、ワタシが泣いてるのがナルツ君に聞こえていたかもしれません。
どちらにせよ、ナルツ君はアイスランドにあるアルトラス大聖堂につくまで一言も話しませんでした。
そしていよいよアイスランドに飛行機はついてしまいました。
懐かしの故郷。世界教の総本山。ワタシ達の孤児院があった場所。
港から大聖堂までの道のりは驚くほど静かで、本当に誰ともすれちがわず、プテリドピュタの影がいないだけで、それ以外は他の街と変わりませんでした。
いつの間にこんなことに……
大聖堂の前には、
「ようこそおかえり。さっきぶりですね。長旅ご苦労様です」
大聖堂の前には、虐殺神父が待ち構えていました。
ウィン君が殺される場面が、頭をよぎってまた悲しくなりました。
ナルツ君が、剣を抜き二人は相対します。
ナルツ君に「オマエは先に行ってアイツを見つけ出せ」と言われました。
ワタシはすぐには動けず立ちすくんでいると、
『どうぞお入りなさい。ボクは一番上の礼拝堂にいるよ』
と、外部スピーカーから聖女様の声がしました。
〈ビリア・ブーゲンの独白〉より抜粋