[監視カメラ320 大聖堂3F 特別礼拝堂 扉上]
木製の扉を開けて補佐官少女が入ってくる。
胸の前で手を組んで、おどおどしながら部屋の中を見回している。
ロココ調の装飾が施された絢爛豪華な礼拝堂。
天井には翼を広げた人間が描かれたステンドグラス。
正面には、大量のろうそくが捧げられた祭壇が。
そしてキョロキョロと何かを探す少女の視線が一点に止まり、立ち止まる。
並べられた長椅子群の最前列。
背もたれから覗く、黄金の後ろ頭。
「やあ、ビリア。キミが一番乗りです。お茶の用意がしてあります。どうぞお座りなさい」
[監視カメラ325 大聖堂3F 特別礼拝堂 祭壇脇]
一礼してからおそるおそる聖女の隣に腰を下ろす少女。
少女はうつむいたまま、組んだ手を揉んでいる。
「お砂糖は。確か2つでしたね。ミルクはもう入ってますから」
脇に置いたティーポッドからお茶を注ぎ、少女に渡す聖女。
受け取ったカップを持ったまま、口を付けず、未だ項垂れている少女。
「毒なんか入れてませんよ? 死にたいのはボクのほうなんですから。ああ、そういえばビリアは猫舌だったね。もう少し冷めてからお飲みなさい」
そう言っておどけてみせる聖女。
「……あ、あの、えと聖女様、」
「ナルツはまだ神父カエルレアと取り込み中ですか。早く来ないものか。やっぱり急いで作ると命令に一辺倒になって困りますね」ビリアのぼそっと呟いた声は、すぐに聖女の独り言にかき消された。
[カメラ ズーム]
聖女の傍らに置かれたブラウン管モニターには、大聖堂の入り口で死闘を繰り広げる虐殺神父と騎士団長の姿が映っている。
「おっと、失礼。何ですか?」
「……ぃ、いえ、その、えっと、あの、その……」
「時に、ビリア。キミは自分が生まれてきた意味について考えた事はありますか?」
「…ぇ?」
「人生というモノに意味はあるのか、ないのか。生命というものに価値はあるのか、ないのか。
所詮、我々は人類という種を後世に残すための単なる繋ぎでしかない。
命のバトンリレーの凡庸な一走者です。その個人個人の走りに特別な意味はない。バトンが繋がりさえすれば問題はない。
だが、バトンリレーもいつかは終わりが来る。
永遠ではありません。
他の生命がそうだったように、人間という種もまた、その例に漏れずいずれは絶滅する。
恐竜はトカゲに姿を変えて今でも生きているという見方もできますが、それはまだ地球というこの星があるから言えることです。
何の前触れもなく生まれたこの宇宙が、また何の前触れもなく消えないと、何故言い切れますか。
そんな不安定で茫漠な足場で、なぜ生き抜こうと思います?
タイムリミットあり。制限時間が来たら冒険の書が消えてしまって、二度と起動しなくなるゲームを誰がやりたがるのか。少なくともボクは嫌です。
いずれは全て失ってしまうのなら、生命というモノに価値はない。
……そろそろお茶は冷めましたか?」
滔々と語り終わったあと、カップに口を付ける聖女。
「……聖女様はずっとそんな事考えてたんですか?」
おそるそる聞き返す少女。
「そうだよ。
ずっと考えてた。
生きていることが虚しくてしょうがないんです。
だからって自殺なんて寂しいこと御免だから、こんなことしちゃったっ。
でも悪いことをしたとは思ってません。ごめんね?
全てはボクが消える為。
プテリドピュタもカエルレアも、騎士団の子供達も……」
[監視カメラ005 大聖堂1F 正面玄関前 扉上]
大聖堂へと繋がる大階段では、騎士団長と虐殺神父の大立ち回りが演ぜられていた。
大鉈とギロチン枷を振り回す神父に対し、西洋剣一本でそれらを防ぎ、確かな剣筋で、確実に神父を追い詰めていく騎士団長。
加えて、外部スピーカーからは聖女と少女の問答がずっと放送されていた。
聖女の声が聞こえるたびに苦い顔をする団長。
『人生というモノに意味はあるのか、ないのか。生命というものに価値はあるのか、ないのか』
横合いから飛んできた枷を剣で弾き飛ばし、視覚外の足元から斬り上げられる大鉈を鉄のブーツで踏みつける。
『いずれは全て失ってしまうのなら、生命というモノに価値はない』
踏みつけられた鉈を取り落とし、弾き飛ばされたギロチン枷に引っ張られ態勢を崩す虐殺神父。
『生きていることが虚しくてしょうがないんです』
その一瞬の隙をついて、神父を斬り倒す騎士団長。
胴を袈裟に斬られ、後ろ手に倒れてそのまま階段を転げ落ちる虐殺神父。
鞘に刃を収め、大聖堂に入っていこうとする騎士団長。
「La......muerte es ............salvación........................」
が、神父の最後の言葉を聞き、鬼気迫る形相で引き返し、その勢いのまま息絶えた神父の首を斬り飛ばした。
[監視カメラ107 大聖堂1F 玄関ホール]
階段を駆け上る騎士団長。
[監視カメラ320 大聖堂3F 特別礼拝堂 扉上]
「カーレドニアッッツ‼‼」
バタンッ! と勢いよく扉を開け放ち、返り血を浴び、抜身の剣を持った騎士団長が入ってくる。
「遅かったですね。お茶がちょうど冷めたところです。そういえばキミも猫舌でしたね」
椅子から立ちあがって、扉の方へ向かう聖女。
「ふざけるな! オレはオマエを絶対に許さない。
オレはオマエの事を尊敬していたんだ。親として、師として。それなのにオマエは……
オレはオマエを見損なった。
オマエがこんなにくだらない人間だとは思ってもみなかった。
そんなくだらない思い込みの為に、オレ達を散々もてあそびやがって……」
[監視カメラ339 大聖堂3F 特別礼拝堂 右側面柱]
目尻に涙を浮かべながら、血濡れの剣を構える騎士団長。
にまあっと口角が上がって顔が歪む聖女。
「世界を救う大冒険の最中、道半ばで命を落とし、観客に惜しまれながら退場する指導者ポジションのキャラクター。それにはなれませんでしたが、悪の枢軸として全ての黒幕として死ぬことは出来そうだ」
恍惚とした息を吐きながら、両腕を広げ、全身で、今この瞬間を心底享受するように、一歩、一歩、ゆっくりと団長のもとへ歩みを進める。
が、突如として両者の前に立ちはだかる少女。
「やっぱりやめましょうよこんな事! ナルツ君も聖女様を殺すなんて言わないで!」
「どういうつもりだ! ……こんなヤツ!」
「聖女様が悪者だって知ってるのはワタシ達だけ。みんなを殺した虐殺神父はナルツ君が倒したんだし、聖女様まで殺す事ないよ!
聖女様も生きることが虚しいなんて言わないでよ! ワタシは聖女様と一緒の人生が楽しいよ。わたsイは聖女様がいなくなっちゃうなんて嫌だッ!」
嗚咽を漏らしながら必死に訴える少女。
「ワタシは聖女様に生きていて欲しい。世界なんてどうだっていい。聖女様がいれば他にはなにもいらない」
いつにない強い表情で、団長を睨む少女。
「それは、……オレもいらないという意味か?」
「……」
「ならばオレは、オマエの敵だ。オレはコイツを殺す。世界を滅茶苦茶にし、兄弟を殺し、オレを裏切った。オレも世界なんてどうだっていい。このオレを蔑ろにしたコイツを、 オレはコイツを許してはおけない」
剣を構える騎士団長。
呼応してメイスを抜き放つ団長補佐。
──ブーゲンビリアの花言葉は【あなたしか見えない】
──スイセンの花言葉は【うぬぼれ】と【もう一度愛して】
〈世界教アルトラス総本山 アルトラス大聖堂 監視映像〉より抜粋