聖闘士星矢~クリスタルエレジー~Final Edition 作:水晶◆
エンディングは永遠ブルー。
長い一日もようやく終わら――ない。
時は、僅かに遡る。
療養所から少し離れた森の中。
木々の隙間から差し込まれる夜空の光が、冷たい光沢を放つクールホワイトの聖衣を照らす。
(東京の夜空は明るいな。だが、そのせいで小さな輝きの星々が霞んでしまっている)
シベリアではもっと――。
ふと、そう考えてしまった事に、氷河は感傷的になっているなと苦笑する。
(……
氷河の見慣れた水晶聖衣ではなく、白銀聖衣を身に纏っていた事には驚いたが、その辺りの事情も含めていつかは話してくれるだろうと、氷河から積極的に話し掛けてはいない。
色々とあり過ぎて、お互いにそんな暇がなかった事も大きいが、氷河としてはあの戦いから成長したと自信を持って言える迄は、会うつもりは無かったのも理由である。
「先生、か」
言葉に出して、氷河は思う。
そう言えば、あの人は今どこで何をしているのだろうかと。
ただ一度の出会い。
ほんの僅かなやり取りではあったが、幼い氷河に真の強さというものを教えてくれたもう一人の先生、師とも呼べる人物のことを。
―――
―――――…
今から六年前。
氷河は聖闘士となるべく送られた東シベリアの地で、右も左も分からぬまま兄弟子であるアイザックと共に、水晶聖闘士の下で厳しい修行に明け暮れていた。
そんなある日のことであった。
食料や燃料を補給するために、水晶聖闘士がアイザックを連れて近くの村へと出掛け、氷河が一人留守番をしていた時のことである。
聖闘士とはいえ生身の人間。
特に、修行中でありまだ幼い子供でもある氷河やアイザックにとって、衣食住は切っても切り離せないものである。
極一部ではあるが、小宇宙を極めた聖闘士であればその辺りはどうとでもなるのだと水晶聖闘士が言っていたが、氷河は話半分に聞いている。
思いがけずに空いた時間ではあったが、氷河のする事は変わらなかった。
一人、氷の大地へと進み、教えられたことを何度も何度も繰り返す。
地味で辛い反復作業にも似た行動は、普通の子供であれば耐えられるものではない。
しかし、氷河にはそれを成すだけの目的があり、執念にも似た強い意志があった。
水晶聖闘士の強さを目の当たりにしている事と、兄弟子であるアイザックの存在、そして師弟の仲が良好であったことも大きい。
自分とそれほど変わらない年齢であろうアイザックが、自分に出来ない事をやって見せる。
そして言うのだ。「お前もすぐに出来るようになるさ。おれと先生が教えるんだからな」と。
その姿は、水晶聖闘士の指導に従えば自分も兄弟子の様になれるという確信を氷河に与えていたのだ。
だからこそ、氷河は耐えられる。
「今日は一人か、少年」
そんな時であった。
地元の人間すら近寄ることのない僻地と言える場所で、氷河に声を掛けて来る者があった。
「……あなたは?」
振り向けば、そこには水晶聖闘士と同じくらいの年齢であろう、緑がかった青い髪の若者が、氷塊に腰掛けながら氷河を見つめていた。
氷河やアイザックと似た訓練服姿であったことから、関係者なのだろうとは推察したが見覚えは無い。
若干、警戒の色が出てしまうのも止むを得ないことであろう。
若者は、それを気にした様子も無く氷河に近付くと「少年、お前の名は?」と問い掛けた。
一瞬、答えに窮した氷河であったが、若者からどこか水晶聖闘士やアイザックに似た気配を感じ「氷河」と、気付けば名乗りを返していた。
「そうか。……それで、氷河。お前は何のために聖闘士になろうとしているのだ?」
「……それは」
若者の問いに、氷河は答えを返すことを躊躇った。
同じ問い掛けを水晶聖闘士からも行われたことがあり、その時には氷河は自分の目的を素直に答えている。
しかし、その返答に対して水晶聖闘士は「アイザックに聞かれた時には、違う答えを返しておけ」と、どこか寂しげな表情で氷河に伝えていた。
その時には分からなかったが、アイザックと打ち解け、彼が真に地上の平和のために聖闘士になることを目指していると知った時に、その言葉の意味を理解した。
自分の目的は、あまりにも私的な事であり、地上の平和を願い真の聖闘士を目指す者たちにとっては、到底受け入れられないものであると。
「もう一度聞く。お前は、何のために聖闘士になりたいのだ?」
再度の問いに、氷河は若者を見た。
若者の真摯な目に映る自分の姿は、まるで叱られることを怯える子供そのもの。
駄目だ、と。
ここで自分を偽っては、きっともう自分は水晶聖闘士やアイザックと共にいる資格すら失ってしまうと。氷河の中の何かが叫ぶ。
だから、氷河は胸を張って答えた。
「……マーマを、ぼくの力でこの氷の海の底で眠るマーマを引き上げてあげるために!」
どんな罵詈雑言を向けられようとも、この想いだけは変えることは出来ない。
自分の立脚点はマーマにこそあるのだから。
そして、しばらく。
若者との間に無言の時が流れ――。
「……死ぬ、な」
「え?」
淡々と告げられた言葉は、氷河の想像していたものではなかった。
「そういう甘い考えがある限り、聖闘士になったとしても、いつかは――死ぬ」
氷河の想いを否定はしない。しかし、それだけでは駄目なのだと。
若者が、氷河にも見える様に、その手を氷の大地へと指し示す。
「見ろ、氷河よ。あの何万年も解けた事の無い、永遠の強さを持つ永久氷壁を」
悠久の時を経てもなお、太陽の光を浴びてもそびえ立ち続ける、光り輝く氷壁を。
「氷河よ。もし、お前が聖闘士を目指すのであれば、あの氷壁のような強さを持て。太陽の光にさえも融かされる事もなく、この地上に存在し続けてきた強さを」
氷河にとっては見慣れた光景。だが、この時は全く違ったものに見えていた。
水晶聖闘士やアイザックに対して迷いはある。後ろめたさもある。
しかし、それでもと。
例えこの先何があろうとも、マーマを想う気持ちは決して変わらず抱き続けるのだと、氷河は決意する。
「よいな、氷河。この凍り付いたシベリアの永久氷壁の――真の強さを学ぶのだ」
第24話 わたしが今、こうして会うべきはお前ではない
「氷河、交代しよう」
療養所から少し離れた森の中。
アンドロメダの聖衣を纏った瞬が、先に警邏を行っていた氷河を見付けると、その背に向かって声を掛けた。
「瞬か。星矢たちは……」
無事かと。振り返りながら問い掛ける氷河に、瞬は頷きをもって返した。
「そうか」
「皆、命に別状はないらしいよ。それに、星矢はあの後すぐに目を覚ましたからね。だけど……」
「何だ、どうかしたのか?」
どこか歯切れの悪い瞬の言葉に、何かあったのかと氷河が訝しむが。
「いや、第一声が「腹が減った」だったからね。今頃食堂で遅い夕食でも取っているんじゃないかな」
皆呆れていたよ。
そう言って苦笑する瞬の様子に、氷河は彼にしては珍しく目を見開くと、あの馬鹿と、小さく悪態をついた。
その姿を見て瞬が楽しそうに笑う。
「……何だ。何が可笑しい」
「ふふっ、ゴメン。別に氷河のことを笑ったわけじゃないんだ。ただ、銀河戦争のために集められて再会した時には、皆が変わってしまったように感じていたからね。
不謹慎かもしれないけれど、こうして昔と変わっていないところが見れたことが嬉しいんだ」
「止せよ。中身が成長していないのは星矢だけだ。ああ、変わっていないと言えば邪武もそうだったな」
何よりも沙織お嬢様を第一とする邪武の姿勢は、幼い頃から変わらない。
「……フッ」
「ははっ」
あの頃を思い出し、そして再会してからの事を思い出す。むしろ、氷河や瞬からすれば、よりエスカレートしていたようにも見えていた。
「――あれは、死んでも変わらんだろうさ」
「紫龍!」
「違いない。それで、そっちも交代――。どうした紫龍?」
幼い頃を思い出し、笑い合っていた二人の元へ紫龍が現れたが、眉根を寄せて悩んだ様子に「何かあったのか」と氷河が問う。
紫龍がここに現れたという事は、交代したのは白銀聖闘士のゲオルクという男だったかと氷河が思い出せば、瞬が「もしかして」と呟いた。
「……いや、別に何があったという訳でもないんだが。どうも日本に来てラーメンにハマったらしくてな?
本場中国の上手いラーメンについて教えて欲しいと頼まれたんだが……。そもそも、同じ麺料理ではあるが、中国のそれと日本の物は違うからな……」
どう違うんだ、と聞かれて上手く答えられなかったんだ。
俺も修行が足りないな、と。真面目に思い悩む紫龍の姿に、瞬と氷河は顔を見合わせて――。
「――ここにも変わらない奴がいたな」
「うん、そうだね」
そう言って笑い合う。
「何だ? 何の話だ?」
一人話について行けない紫龍が首を傾げるが。
「そうそう人は変わらないって話だよ」
「何、気にするな」
「……意味が分からんのだが?」
二人の返答に、相変わらず首を傾げる紫龍の肩を氷河が叩き、「休めるうちに休むのも仕事だ」と続ける。
そして、踵を返して療養所へと戻ろうとする氷河と紫龍。
「あ、そうだ。二人とも」
その二人を、思い出したとばかりに瞬が引き留める。
「ん?」
「どうしたんだ、瞬」
「沙織お嬢さんからの伝言なんだ。明日……じゃないね、今日か。午前9時に4階の会議室に集まって欲しいと。ぼくたちに話しておきたい事があるんだって」
「……そうか」
「まあ、オレたちもお嬢さんには色々と聞きたいことがある。それにこの状況だ。この際、先生からも色々聞いておきたい事もある」
顔を見合わせる三人。
城戸沙織の話したい事がいったい何であるのかには、薄々察しは付いている。
「それで、だ。オレは、コロッセオの外からしか感じ取れなかったからな。実際に目の当たりにしたお前たちの考えを聞きたい」
そう言うと、氷河は手頃な木にもたれ掛かり腕を組む。
「沙織お嬢さんが、オレたち聖闘士が守るべき存在――アテナであるのか、を」
「……それか」
「ぼくは――」
瞑目し、どう答えようか悩む紫龍に対して、やや躊躇いがちではあったが、瞬が答えた。
「ぼくは、沙織お嬢さんがアテナである事に間違いはないと思う。感覚的なものでしかないけど。それは、紫龍だって感じているはず」
「……ああ、そうだな。根拠を求められると困るが。
「なまじ、オレたちはお嬢さんの昔の姿を知るだけに、こう、何とも言い辛い、何なんだろうなこの感覚は。理解はしているが、受け入れ難いというか……」
「「「……」」」
「ふふっ」
「フッ」
「ははっ」
三人で顔を見合わせて――笑った。
「まあ、沙織お嬢さんが何であれ、乗り掛かった舟ではある。最後まで付き合うさ。それに、オレ自身、邪神の残党とやらを捨て置くつもりもない」
放って置くと、お嬢さんは一人で突っ込みそうだからなと紫龍が笑い。
「沙織お嬢さんが聖域と、邪悪と戦うというのなら、それに乗るさ。オレは聖闘士として戦うだけだ」
少なくとも、聖闘士として教皇アーレスの存在を放って置くことはできないと氷河が続ける。
「沙織お嬢さんがギガースに語った言葉で僕も決めたよ。ぼくは沙織お嬢さんのような神こそを信じたい、と」
ぼくは沙織お嬢さんに付いて行く、と瞬が語った。
「何だ、結局のところは――今と変わりない、という事か?」
「きっと、何だかんだと文句は言うだろうけど、星矢も同じだと思うよ?」
兄さんは分からないけど、と。紫龍の言葉に、どこか困ったような様子で瞬が応じる。
「フッ、
必要も無いだろうと、続くはずの氷河の言葉が不意に途切れた。
「……? どうかしたの氷河」
「おい、氷河?」
普段の氷河らしからぬ、どこか呆然とした様子に、瞬と紫龍が何かあったのかと氷河と同じ方向へと視線を向けたが、そこには代わり映えの無い鬱蒼とした森の姿。
「……瞬、アンドロメダの鎖は何か反応を示しているか?」
「え? いや、鎖は何の反応も……。何かあったのかい?」
「敵か?」
身構える瞬と紫龍に対し、氷河は「いや、気のせいだろう」と頭を振った。
「今日はお互いに色々とあったからな。少し疲れが出たのかもしれん。悪いな瞬、先に休ませてもらう」
瞬にそう告げた氷河は「戻るか」と、紫龍の肩を叩き、療養所へと向かって歩き出す。
「あ、ああ。では、後のことは頼んだぞ瞬」
「うん。二人とも、お休み」
療養所へと戻った氷河と紫龍は、そこで各々が宛がわれた部屋へと向かうためにエントランスで別れた。
階段を上る紫龍を見送り、自室へと向かった氷河は――そのまま部屋を通り過ぎ、再びエントランスへと向かうと、誰にも気付かれぬように療養所から姿を消した。
何者かからの襲撃が予想される状況下で、それは普段の氷河であれば行わない軽率な行動であると言える。
しかし、この時の氷河にはそういった事を考える余裕が無かった。
瞬や紫龍には気のせいだと言ったが――あれは嘘だ。
あの時、氷河は確かに見たのだ。
幼い自分に、聖闘士としての真の強さについて語った若者。その面影を残した人物の姿を。
(あれは、あの時のあの人だ! しかし、どうしてこんな所に……)
後を追ってどうするのか、そもそもどこに行ったのかも分からない。
しかし、氷河は己の勘を信じて走る。
目指す場所は――グラードコロッセオ。
そうして、辿り着いた先で氷河は出会う。
「あ、あなたは――」
「六年ぶりか。大きくなったな氷河よ。そして、どうやらお前の望んだように聖闘士となれたようだな。しかし――」
黄金に輝く鎧を身に纏った男に。
「――わたしが今、こうして会うべきはお前ではない。大人しくこの場から立ち去れ。そうすれば、この場は見逃そう」
「あの日、先生から聞きました。水と氷の魔術師とも呼ばれる氷の闘法を極めた人物の話を。先生の氷の闘法の師であり友でもある、その人物の名は――」
――
to be continued……?
次回、ようやく戦闘回。
無理して十二宮で戦わせなくても良いんじゃないかと思い始めた今日この頃。
なお、幼い氷河とカミュの語りはOVA十二宮編にあります。
これで、多少は『我が師の師は我が師も同じ』にも説得力が……。