英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『姉~始まりにして原因~』

「………ん……」

 

 

フェイトが目を覚ますと、辺り一面真っ白だった

 

 

白く、純白(しろ)い、宮殿の玉座の間のような空間の真ん中にフェイトはいた

 

 

「ここは……」

 

 

「ーーここはフェイトの精神世界。そして……私の精神世界」

 

 

背後から声が聞こえる。とっさに振り返ると、そこには蒼い髪を下ろしてたなびかせているレヴィがいた

 

 

「……レヴィ?」

 

 

「うーん……半分正解で半分間違い。確かに身体はレヴィなんだけど……中身が違うのよ」

 

 

そう言って薄く笑うレヴィの身体を借りた『誰か』

 

 

そして彼女はマントをちょこんとつまんで貴族のように恭しい礼をする

 

 

「久し振り……いえ、私からすれば初めましての方が正しいかしらね。フェイト」

 

 

「……まさか」

 

 

フェイトの中にある仮説が生まれる

 

 

絶対にあるはずのない、しかしそうとしか思えない仮説が

 

 

「アリ………シア………?」

 

 

口の中がひどく乾いて上手く言葉を発せない

 

 

それでもかすれ声で辛うじて言葉を紡ぐ

 

 

「そうだよ。私はアリシア・テスタロッサ。貴女の原初(オリジナル)で……お姉ちゃんよ」

 

 

そう、そこにいるのは『アリシア・テスタロッサ』

 

 

ある意味で全ての始まりであり、ある意味で全ての原因である人物がそこにいた

 

 

「貴女は……亡くなった筈じゃ……」

 

 

「そうね。私は死んだわよ。流石にこの世界でも私を成長した状態にするのは難しかったみたいでね……レヴィの身体と結界の力を借りてようやくここにいれるのよ」

 

 

「何で……」

 

 

「そうね……理由は色々あるけど、一番は貴女が心配だったからね」

 

 

「……心配?何を心配しているの?」

 

 

ようやく気持ちが落ち着いてきたのか、言葉が普通に戻ってくる

 

 

「そう……ねぇフェイト。どうして貴女は自分(フェイト)になろうとしないの?」

 

 

「………………え?」

 

 

予想外の質問と、鋭いアリシアの視線にたじろぐフェイト

 

 

「貴女はいつも心の何処かで『私はアリシアの代わりだ』って考えてる。ミッドにいた時もそう。闇の書の夢の時もそう。体が成長してからはそれがより顕著になった

……貴女は仕事を休まない。私が生きてたらもっと出来ると思っているから

貴女は頼みを断らない。私なら断らないと思っているから

闇の書の夢の時に私とほとんど同じ行動をしていたのもその現れ。貴女が心の何処かで……お母さんに認められるには私になるしかないと思っているから」

 

 

アリシアの言葉の一つ一つがフェイトの心に突き刺さる

 

 

全て、図星だった。今まで考えないようにしていた、フェイトの心を蝕む最大の呪縛

 

 

……『アリシアの代わりになれなかったお人形』。プレシアの言葉が縛り付けたフェイトの闇

 

 

「……やめて………」

 

 

「貴女は他人と関わるのを異様に怖がる。自分を通して私を見られている気がするから。

貴女がケイジさんに対して今一つ積極的になれないのもそう。自分に自信がないから

……貴女の行動の一つ一つに、『(アリシア)』の影が見えてしまうから」

 

 

「やめて!!」

 

 

今まで出した事の無いような大声で叫ぶ

 

 

しかし、アリシアは決してその目を逸らさなかった

 

 

「どうして?私は聞いてるだけよ。貴女がどうして自分になろうとしないのか。どうして『私』になろうとするのか

自分の本質をさらけ出すのがそんなに怖い?それともさらけ出す中身すらないの?私の真似でしか生きる意味は見つけられない?」

 

 

「やめろって……言ってるんだぁぁぁぁぁ!!」

 

 

激昂したフェイトがアリシアに斬りかかる。しかし、アリシアはそれを軽々とかわしていく

 

 

「母さんに愛されていた貴様に何が判る!!貴様と同じクセがあった時だけ母さんは笑った!貴様と食事の好みが違うと知った時母さんは目に見えて落ち込んだ!私が貴様と違うと判り始めてから母さんは私を遠ざけた!」

 

 

己の内に秘めていた思い。それを爆発させるように叫ぶ

 

 

「母さんが見ていたのは貴様だけだった!!母さんが愛していたのは貴様だけだったんだ!!私が貴様と同じ時だけ母さんは笑った!!私が貴様と違う時には母さんは泣きそうになった!!私は貴様の代わりだった!!」

 

 

「………………」

 

 

フェイトは泣きながら叫び続ける。喉が切れたのか、口の中に血の味が広がっても、それでもフェイトは叫び続けた

 

 

それとは反対に、アリシアは何も言わない。何も言わずにフェイトの攻撃を避け続ける

 

 

「母さんに愛されるためには、私は貴様になるしかなかった!!例え人形と蔑まれても、私自身を捨ててでも私は貴様になるしかなかった!!その辛さが……苦しみが……貴様に判るのかぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

「ーーー甘えるな!!!」

 

 

アリシアが一喝し、魔力を爆発させる事でフェイトを弾き飛ばす

 

 

そしてそのまま高速でフェイトに接近し、その頬を思いっきり打った

 

 

「………え?」

 

 

突然の出来事に思わず気の抜けた声が出てしまう

 

 

アリシアは呆然とするフェイトの胸ぐらを掴み上げ、怒りの表情でフェイトを見据えた

 

 

「『貴様に判るのか』ですって!?判るはずがないでしょう!!判りたくもない!!だったら貴女は私の気持ちが判るの!?知らない内に事故に巻き込まれて!訳のわからない内に死んで!何の前触れもなく全てを失った私の気持ちが判るの!?私にだって友達がいた!約束だって残ってた!その全部が一瞬で絶たれた私の辛さが、苦しみが貴女に判るの!?」

 

 

そこまで言うと、アリシアはフェイトを離し……しっかりと抱き締めた

 

 

「…………ぁ……」

 

 

「私は貴女じゃない………それと同じで、貴女は私じゃないのよ……!

いつまでも自分の闇に囚われないで……そのままだと、お姉ちゃん悲しいよ……?」

 

 

フェイトを抱き締めながらアリシアは涙を流す

 

 

辛かった。フェイトがいつまでも自分をないがしろにするのが。いつまでも(アリシア)の幻影に縛られているのが

 

 

そして何より……フェイトが、妹が自分のせいで苦しんでいるのがアリシアには何よりも辛かった

 

 

フェイトに乗り越えて欲しかった。せめて今の自分があるのはこれがあったからだと思えるくらいに

 

 

たった一人の妹だから。大事な、大事な妹だから

 

 

幸せに、なって欲しいから

 

 

アリシアはフェイトを自分の胸に押し付ける

 

 

「フェイト、聞こえるでしょ?私とレヴィの命の音」

 

 

フェイトは言われるがままに目を閉じて耳を澄ませる

 

 

とくん、とくんと規則正しい、どこか優しい音がフェイトの耳に聞こえてくる

 

 

「私は今、ここで生きてる。だからここにいる。人が生きる意味なんて……きっと、それだけでいいのよ」

 

 

「うん……」

 

 

「だから、私の代わりに生まれてきたなんて思わないで。思ったところで私になれる訳がないんだから……だから、もっと自分に自信持ちなさい?フェイトは凄い魔導士だし、魅力的な女性なんだから」

 

 

「うん……!」

 

 

フェイトもまた、アリシアの胸の中で涙を流す

 

 

「……この後、お母さんに会うんでしょ?あんなバ母さんなんて難しい事考えないで一回ブッ飛ばしてから無理矢理言うこと聞かせちゃえばいいのよ」

 

 

「あはは……それは、ちょっとね」

 

 

「フェイトは優しいわねぇ。ま、一発くらいはビシッと決めてやりなさいよ?」

 

 

「うん」

 

 

「それで……必ず、必ず幸せになりなさい。貴女がしたい事して、着たい服着て、思った通りに生きて幸せになりなさい。それだけがお姉ちゃんからのお願い」

 

 

「うん……!」

 

 

アリシアが、少しずつ光となって消えていく

 

 

それに連動するように、フェイトは己の中から力が湧いてくるような感覚を覚えた

 

 

「これは……」

 

 

「もう時間みたいだからね。お姉ちゃんからの最初で最後のプレゼント。私の力を貸してあげる」

 

 

そう言いながら、アリシアは消えていく腕でフェイトをより強く抱き締めた

 

 

「忘れないで。貴女は貴女だという事を。貴女は私じゃない事を。だけど……私はいつも、貴女の側にいるという事を」

 

 

「うん……ありがとう……『姉さん』……!」

 

 

それを聞いたアリシアは、優しい微笑みを浮かべながら……光に、消えていった

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

パキィィィ……ン

 

 

『!』

 

 

結界がガラスが弾けるように割れ、その細かな破片が光を反射しながら舞い落ちる

 

 

その幻想的な光景の中、結界があった場所の中心にバルディッシュを持ったフェイトが一人立っていた

 

 

 

「……お見事です。無事、彼女と決着を付けられたようですね」

 

 

「うん……ありがとう。シュテル達はこのためだけに出てきてくれたんだよね?」

 

 

「結果的にはそうなりますね。現在私達には戦うための力がありませんから」

 

 

「私を救ってくれた時に比べればこれくらい何でもないですよ」

 

 

「それでも……ありがとう」

 

 

そう言って二人に微笑むフェイト。その笑みは今までのどこかあどけなさの残った可愛らしい笑みではなく、落ち着いた大人の魅力を放つ笑みに変わっていた

 

 

「レヴィと彼女は……還ったようですね」

 

 

「うん」

 

 

「それでは……私達もそろそろ還りましょうか」

 

 

シュテルの言葉と共に、出てきた時と同じ魔方陣がシュテルとユーリの足下に出現し、二人はそれに沈んでいく

 

 

「レヴィと……会えたら姉さんに。覚えていたらお礼を言っておいてくれるかな?」

 

 

「承りました」

 

 

「それでは……お元気で」

 

 

二人は軽く一礼すると、完全にその姿を消した

 

 

 

「……あの~フェイトちゃん?何やイマイチ状況がわからんのやけど……終わったいうことでええんか?」

 

 

「はい。多分先に進めるようになっていると思います」

 

 

凛としてケビン達に言うフェイト。それとほぼ同時に……

 

 

『あっ!コラ逃げんのかアホ狸!』

 

 

『ヒック……き、貴様……グスッ……な、泣かしてやるからなぁっ!!…えぐっ、次に逢った時には覚えておれぇっ……ズズッ……ユーリ~~!!』

 

 

そんな声が外から聞こえ、しばらくするとケイジが戻って来た

 

 

「チッ、逃げやがって……」

 

 

「お前ホンマにドSやな」

 

 

「いや、むしろ鬼畜だろ。鬼畜」

 

 

「うるせぇぞバカ共……ん?」

 

 

フェイトの雰囲気が変わったのに気付いたのか、ケイジはフェイトの目の前まで移動する

 

 

「ケイジ……」

 

 

「……フッ。なんか知らねぇがいい顔になったな、お前」

 

 

「惚れ直した?」

 

 

「アホ。調子乗んな」

 

 

いつもの掛け合い。しかし、それがフェイトにとってはこの上なく嬉しいものだった

 

 

何も変わらない……それはつまり、初めから『私』を見てくれていたということだから

 

 

だから……何も変わらない。この心地いい空間は

 

 

ケイジの事を『フェイト』が好きだということは変わらないのだから

 

 

「……ねぇ、ケイジ」

 

 

……いや、一つだけ。変わる事がある

 

 

「何だ………!?」

 

 

「ん……」

 

 

ケイジが一瞬フェイトの方を向いたのを見逃さず、フェイトは自分の唇をケイジの唇に重ねる

 

 

「………大好き♪」

 

 

「…………うっせ」

 

 

にこやかに微笑むフェイトに対して気恥ずかしくなったのか、ケイジは目線を逸らしながら乱暴に頭を撫でる

 

 

 

ーーもう、後手には回らない


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