英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『初代』

「…………ここは……」

 

いきなり譜陣に巻き込まれて、光が晴れたその先は、見渡す限り一面真っ白な空間だった。

上下は理解できる。足下には確かな床の感覚もある。だが空間の全てが白で構成されているためかいささか気持ちが悪い。そんな空間。

そして、ここに来る原因となったミントはおろか、クローゼやフェイト達もいない。この空間にいるのは……ただ、二人(・・)だけだった。

 

「……よう、久しぶりだな」

 

ケイジがゆっくりと後ろへ振り向くと、そこには自分とほとんど瓜二つのー違いは髪をオールバックにしていることと身長だけーの人物がいた。

 

「ミントならいねーぞ? アイツは本当にただの案内役だ。ま、攻撃手段が杖でぶっ叩くだけしかない奴に戦えってのも酷だしな」

 

「……リーヴ」

 

カラカラとまるで十年ほど前のように笑うリーヴ。その目はアガレスに体を乗っ取られていた時のような濁った目ではない。磨きあげられた黒曜石のような輝きを持っている。

そう、今目の前にいるのは、紛れもなくリーヴ・セレスティアルその人なのだ。

 

「ん? どした? んな死人を見るような目ェしやがって……って俺死んでんのか」

 

「……………」

 

リーヴが明るくおどけてみせるも、ケイジは目を伏せたまま動かない。そんなケイジを見たリーヴはふざけるのを止め、優しい顔でケイジを見る。

 

「……ったく、ガキがいっちょまえに責任感じやがって……んなもん感じる必要はねぇのによ……」

 

「……ごめん、なさい」

 

「あん?」

 

絞り出したような声で謝るケイジを、リーヴは訝しげに見る。

 

「あの時、俺が勝手にジェイドさんのところに行かなかったら、二人は死なずに済んだんだ。いや、俺があの医療キャンプに行かなかったら、そもそもそんな事も起こらなかった……」

 

「…………」

 

ポツリポツリと語られるケイジの独白を、リーヴは黙って聞く。

 

「ずっと思ってた。何で俺だけが生きていたんだって。俺なんかより生きるべきだった人はもっと別にいたはずなんだ。……なのに! 俺が、俺だけが!」

「そこまでだ、クソガキ」

 

尚も慟哭のような独白を続けようとするケイジを、リーヴは厳しい声で止める。その顔に映っている感情は ……怒りだった。

 

「お前は俺を……俺達をバカにしてんのか? 誰がどうでもいい奴なんざ命懸けて助けるかよ。俺達はお前を、お前だから助けたんだ。その事に後悔なんざ微塵もないし、ましてや間違ったなんざ全く思ってねぇ。百回お前がああなってたら百回同じ事を繰り返す自信だってある」

 

「でも……」

 

「でももだってもねぇんだよ。んなもしもの話なんざ聞きたくねぇ。現実に、俺達がお前を助けて、その結果お前は生きてここにいる。その事実があれば十分なんだよ」

 

「…………」

 

そこまで一人で言い切ると、とうとうケイジは何も言えなくなってしまう。そのケイジがすこし顔を赤くして俯いているのを見ると、リーヴは玩具を見つけた子供のようにニヤリと笑った。

 

「ん~? 何? 照れたの? 照れてんの~? 何回も助けてやるとか言われて照れちゃったのか?」

 

「うるせぇ。テンションがウザい」

 

「おやおや、照れ隠しがツンデレだな。このツンデレボーイめ!」

 

「やかましいぞ変態中年」

 

「誰が変態だコルァ」

 

さっきまでの重々しかった空気がリーヴによって一掃される。この辺りの切り替えの巧さは年の功と言うべきだろうか……

 

「にしても、お前も大概罪な男だよな~」

 

「いきなりなんだ変態不良中年」

 

「何か俺の罵倒レベルアップしてね? いや、だってよ~、リベールの姫様に金髪巨乳の美人さん、んでもって紫髪の年下可愛い系。やったねケイジ! よりどりみどりじゃねぇか! マジでどうやっておとしたんだよ?」

 

「黙って消えろ変態不良人間のクズ中年」

 

「ちょ、おま……仮にも命の恩人相手に酷くね?」

 

「気にすんなって言ったのはお前だアホ」

 

気にしなさすぎである。

リーヴはおかしそうに笑っていたのだが、そこで突然真面目な表情に変わった。

 

「……んで? お前はいつまで彼女達から逃げてるつもりだ?」

 

「…………」

 

リーヴの一言で、ケイジの顔に微かに浮かんでいた笑みが完全に消え去る。

 

「……何の話だ?」

 

「すっとぼけんなよ。お前が誰にも本心を許してないことくらい見てたらわかんだよ」

 

「…………」

 

「沈黙は肯定だと取るぜ?」

 

的確なリーヴの詰めに、小さく舌打ちするケイジ。

 

「お前、怖いんだろ? 誰かと深く繋がるのが。そしてその繋がりを絶たれるのがな」

 

「……ああ、そうだよ。その通りだ」

 

リーヴ相手に隠し通すのは無理だと悟ったのか、ケイジはあっさりと認めた。

 

「全部お前の言う通りだ。怖いんだよ、人と深く関わるのが。その繋がりを利用されて裏切られるのが……」

 

「……『聖天堂の乱』、か」

 

「!?」

 

聖天堂の乱……ケイジが驚いたのはその単語のせいではない。それをリーヴが知っていたことに驚いたのだ。なぜなら、聖天堂の乱はリーヴの死後に起きたのだから。

 

「オイオイ、この空間ナメんなよ? 何だかんだで俺も本物じゃねぇんだ。お前の記憶くらい多少はわかってるさ」

 

その言葉に納得したのか、ケイジは小さく頷いて話を続ける。

 

「誰かと深く繋がらなけりゃ、繋がりさえしなければ、俺は躊躇しないですむ。誰も傷付かずに全部終わらせられる。繋がりさえなければ……俺が死んで悲しむ奴もいなくなる。都合の良いことだらけなんだよ。だから……繋がりなんて、俺にはいらない」

 

感情を灯していない無機質な目で語るケイジ。その表情はまるで機械のようで、また全てを悟りきったようで……その様子は、とにかくリーヴの勘に障った。

 

「繋がりなんていらない、なぁ……バカだろお前」

 

「……あ?」

 

「繋がりのない人間なんてこの世にはいねーぞ。親子、友達、知り合い、全く関わりのない奴にだって赤の他人っていう繋がりがある。人類皆兄弟ってのはよく言ったもんだ」

 

「…………」

 

リーヴの言葉を聞いても尚、反応の無いケイジに、リーヴはわざとらしく大きなため息を吐く。

 

「どうやら、言ってもわからないらしいな……」

 

「……!?」

 

次の瞬間、ケイジの頬先を何か鋭い物が掠めていく。頬先が切れ、血が頬をつたって初めて、ケイジは何かが掠めたことに気づいたようだ。

一方、リーヴは対象的に余裕綽々という表情で、コートのポケットに手を入れている。

 

「オラ、来いよ。口で言ってもわからねぇなら体でわからせてやらぁ」

 

リーヴの周囲に冷気が満ちる。

初代にして、氷結系の頂点。『氷華白刃』が、『白烏』に今牙を剥く……


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