オリビエ・レンハイムこと、オリヴァルト・ライゼ・アルノールの朝は一杯のミルクティーから始まる。
オリビエ自身が厳選した茶葉を使い、朝一で購入した新鮮なミルクをたっぷりと注ぐ。仕上げに角砂糖を一つ二つ入れてかき混ぜれば至高の一杯が出来上がり、至福の時間が過ごせるのだ。
その習慣は隠者の庭園という閉鎖された空間に来ても変わらない。仕入れの方法は多少変わってもその習慣は続けていた。
……今、この時までは。
「「はい、あーん」」
「ねぇミュラー、悪いけど今日はミルクティーじゃなくてコーヒーをお願いできるかい? ああ、ブラックでね」
「全く、貴様は……。まぁいい。俺も丁度口の中が甘ったるくて仕方なかったところだ」
「いや助けろよ!? あ、嘘。助けてくださいお願いします!!」
テーブルから身を乗り出してヨーグルトのスプーンを差し出すクローゼとフェイトを押し返そうとしているケイジを見ながら、オリビエとミュラーはそんな和やかな会話を交わす。ケイジとしては必死のことなのだろうが、端から見ればどう見てもいちゃついているようにしか見えないから不思議だ。現に少し向こうではリクがパルパルと嫉妬の念を送っており、ティータやエステルはそれに感化されたのかそれぞれアガットやヨシュアに迫っている。リース? あれが他人に食べ物を譲る訳がない。
「ハッハッハ、助けるもなにも満更でもなさそうじゃないか」
「どこがだよ!?」
見方によっては草食獣を襲う肉食獣に見えなくもない。
「まぁ、今までの報いが来たと思って観念することだね。もう彼女たちを拒絶しないと誓ったんだろう?」
「うっ……」
と、このように今までのことを引き合いに出されると弱いケイジである。
リーヴと己に決着を着けたケイジではあったが、やはり今までの態度が態度だったためにやはりどこか引目がある様子だ。なので、医神達の聖墓から帰ってきた後はクローゼ達のなすがままにされていたのだが……どうにも羞恥心の方が勝ってしまったのだった。
「いやさ、たまにとか人目のあまりない所とかならまだ我慢するぞ? でも周りに人が大量にいる上に知り合いばっかとかどんな拷問だよ……」
「ラブラブだね」
「ぶっ飛ばすぞこのお気楽放蕩皇子が」
額に青筋を浮かばせて怒るケイジだが、何分いつの間にか移動していたクローゼとフェイトに両側から抱き付かれてあーんされているために威圧感も何もあったものではない。
そしてリクから真っ黒なオーラが立ち上ったのは言うまでもない。
「……しかし、彼女達から逃げていたのは確かなのだろう? なら、その分の埋め合わせをしてやるのも男の甲斐性ではないのか? それが多少なりとも好意を抱いている相手ならば尚更だ」
「うっ」
今まで沈黙を貫いていたミュラーの言葉のナイフがケイジに突き刺さる。普段物静かなミュラーの言葉はオリビエのそれと違って重みがあったらしい。
ちなみに、リーシャはと言えば後ろの方で二度寝(意味深)している。かなりぐっすりのようだ。
そしてケイジが諦めて口を開こうとした瞬間、両腕が軽くなった。
「……まぁ、確かに気持ちはわかるけど。流石に自重しなさいな」
「殿下もです。もう少し淑女としての慎みを持ってください」
二人を引き剥がしたのはそれぞれシェラザードとユリア。その後ろにはケビンにレーヴェ、リシャールの姿が見える。どうやら探索組が帰ってきたらしい。……ケビンは後ろでやらしくニヤニヤ笑ってはいたが。
「やー、お楽しみのとこ悪いなぁ」
「死ねネギ野郎」
「ちょっ、流石にひどすぎへんか!?」
日頃の仕返しとばかりにケイジにふっかけるケビンだったが、即帰ってきたケイジの純度100%の毒についついツッコミを入れてしまう。哀れなりツッコミ体質。
そんなケビンを完全にスルーすると、ケイジはその後ろで腕を組んで立っていたレーヴェに話しかける。
「で、どうしたんだ? 次はお前らで攻略するって言ってなかったか?」
「ああ、俺達もそのつもりだったが……少々都合が変わってな」
レーヴェは組んでいた腕を解き、ゆっくりと目を開けると、ケイジに向き直った。
「次の舞台はレイストン要塞……間違いなく、リベールの英雄達が相手になる。ならば、お前、ヨシュア、そしてエステル・ブライトは外せないだろう」
ーーかの、《剣聖》に挑むのであれば、な。
「ああ妬ましい。パルパルパルパル……」
「少し頭冷やそっか?」
「おぶっ!?」
パルパルしていたリクは、その後アネラスに鎮圧されたのだった。