英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『負けず嫌いの英雄』

爆発の煙が辺りを包み込み、凄まじい熱気がその場を満たしている。

カシウスの奥義、鳳凰烈波。闘気によって鳳凰を具現化し、それを相手に叩きつける技。本来ならば炎や熱とは関係ない技であったが、今回は凄まじい空気抵抗の摩擦熱によって擬似的に灼熱地獄を作り出していた。

 

「……耐えきったか」

 

ポツリとカシウスはそう呟く。土煙で遮られた視界を棍で凪いで晴らすと、その先にはそれぞれの得物を持ってしっかりと地面を踏みしめて立っている五人の姿があった。

先頭にリシャール。その一歩後ろにエステルとヨシュア。その後ろにケイジとケビンが続く。だが、カシウスがそれを認めた一瞬後、リシャールがゆっくりとその場に膝をついた。

 

「くっ……」

 

「リシャールさん!」

 

「来るな!」

 

膝をついたリシャールを見て、慌てて駆け寄ろうとしたエステルを、声だけで制止する。そうしながらもリシャールの目はカシウスから離れない。殺気こそこもってはいないが、抑えきれずに溢れ出る剣気がカシウスに叩きつけられていた。

 

「倒れた私に構わず、()を見ろ! 目を離すな! 私達の数段上の相手なのだ、ただただ目の前の相手に集中したまえ!」

 

「でも……」

 

「……ふっ、恥ずかしい話だが、私にはこれ以上は無理なようだ。だからこそ、君達の盾となることをかって出た。私には『カシウス准将が最強だ』ということは打ち消せても、『私がカシウス准将より強い』という概念は持てそうにないらしい。口では言えても、心の何処かで敵わないと思ってしまっている」

 

自嘲するように笑みを溢すリシャール。だが、その眼光は衰えることなくカシウスに向けられ続けている。力で負けても、心までは負けず。今のリシャールの心意気が存分に示されていた。

 

「だが、君達は違う。ずっと准将に憧憬に似た絶対感を抱いていた私とは違う。……後を、頼めるか?」

 

「リシャールさん……うん!」

 

リシャールの言葉に、エステルは一層強く棍を握りしめる。そんなエステルに、ケイジが音もなく側に寄ってきた。

 

「……エステル」

 

「?」

 

「俺とヨシュアでオッサンの隙を作る。そこに、お前の全力を叩き込め」

 

その言葉に、エステルは内心驚愕する。それはケイジに、そしてヨシュアにカシウスへの決定打を任されたのと同意だったからだ。

思わず横にいるヨシュアを見てしまう。ヨシュアは視線だけをエステルに向けると、小さく頷いた。同じくケビンにも目を向けるも、同じように返される。

 

「……いいの?」

 

「自信が無いなら今すぐ言え。その時はその時でどうにかする。だがな……俺達はお前がやるのが一番良いと思って言ってんだ。それだけは忘れんな」

 

前を見る。そこにはダメージで動けなくなっているものの、頑なにカシウスに剣気を向け続けるリシャールがいる。その姿を目に収めたまま、エステルは自らに問いかける。ーー出来ないのか? いや、違う。まだやってない。何もやりはじめてすらいない。やる前に諦める? 冗談にしても笑えない。

ーーやる。やってみせる。

 

「やってやるわよ! あの不良中年に好き勝手言われたまま黙ってられるもんですか!」

 

吹っ切れたように声を上げるエステルを見て、小さく口角を上げるケイジ。

ぽん、と手をエステルの肩に置くと、視線はヨシュアに向ける。ヨシュアが頷いたところを見ると、どうやらあらかじめ何かを決めていたようだ。

 

「チャンスは一度だけ。それも一瞬だ。逃すなよ? 」

 

「モチのロンよ!」

 

エステルの威勢の良い返事を聞くや否や、ケイジとヨシュアは同時に前へと飛び出していく。そしてカシウスへと残像を囮にして背後から切りかかるヨシュアだったが、それはあっさりとカシウスに弾かれてしまう。

 

「作戦会議は終わったか?」

 

「うん。父さんが余裕を見せてくれたおかげでね」

 

「こいつは手厳しいなぁ……」

 

笑顔で皮肉を言うヨシュアに、カシウスの頬が少しひきつる。当然、その間のヨシュアの連撃は全て受け流しながら。

 

「俺も手は抜けないとて、お前達の勝利を願っているんだ。作戦会議くらい待つさ」

 

「滅茶苦茶負けず嫌いのくせに何を言っているのさ」

 

「はは、それもそうだが、俺もそろそろ年だからな。いい加減引退してまったりと暮らしたいんだよ」

 

「ははは、寝言は寝てから言えやオッサン」

 

そしてそこに、二刀を抜いたケイジが入り込んでいく。ヨシュアと合わせて合計四刀。だが、それでもカシウスは崩れない。一時は急に激しくなった剣撃に慌ただしくなったものの、すぐに立て直してしまったのだ。

 

「寝言ではないぞ? 割と本気だ」

 

「笑えねーよ」

 

「そもそもお前が聖痕なんて面倒なものを発現させなければよかったんだがな……」

 

「そんなこと、五万を越えたくらいから数えんの止めたわ。そんぐらい考えてるわ」

 

軽口を叩きあいながらも、その攻防は激しさを増していく。その中で、ケイジはカシウスの反撃の刺突を受けきれずに弾かれてしまう。……ように見えた。

弾かれながらケイジは刀を弓を引き絞るように構える右手で持った刀の先。その標準を合わせるように左手を前に出し、弾かれた勢いが止まると、即座に訥喊していく。

その構えは、カシウスが、ヨシュアが、それどころかそこにいる全員が見たことの無いものだ。それもそのはずである。何しろ、ケイジがその技を視たのはこの世界に飛ばされるわずか二日前だったのだから。

 

「覇王……」

 

「……っ!」

 

「断空剣!」

 

身体中の力を全て一点に集中させ、一気に解き放つ技法、《断空》。それが生み出す爆発的な破壊力を受けたカシウスは後方へと吹き飛ばされていく。

 

「ぐっ! ……やってくれるな!」

 

「……ちっ」

 

嬉しそうなカシウスの声に、残心を終えたケイジが舌打ちする。それもそのはず、カシウスは実質無傷であったのだ。

倒せるとは思っていなかったものの、多少はダメージを与えられるのではないか。その目論見すら散々に打ち破ってくるのだ。そりゃあ、舌打ちの一つもしたくなるだろう。

だが、隙は作った。

 

「いっくわよー!!」

 

「なっ!?」

 

慣性によってカシウスが飛ばされていくその先に、先ほどまでケビンの近くに立っていたはずのエステルがいる。それだけではなく、既に闘気を練り上げて待ち構えている。

エステルの棍が、カシウスの背を捉える。一撃、二撃、三撃。次々と加えられていく攻撃は加速し、激しさを増す。

 

「桜花……無双撃!!」

 

そして止めとばかりに上下の振り上げと振り下ろしを加えてカシウスを叩きのめす……だが、その連撃を終えた直後、エステルは横からの一撃に対応出来ずに吹き飛ばされてしまう。

 

「あぐっ……!?」

 

「甘いぞ……! この程度で俺が屈すると……!」

 

多少は傷を負ったものの、まだまだ十分闘える。それをエステルを逆撃することで示したカシウスだったが、周囲が黒炎に囲まれていたことに気付くと言葉を失う。

更に、完全に黒炎に囲まれると全力の隠形を使ったヨシュアの不可視の斬撃がカシウスに襲いかかる。

 

「ぐっ……! だが、まだだ!!」

 

「!?」

 

斬撃を繰り出すほんの一瞬の気配を頼りに斬撃を防いでいたカシウスが、ついにヨシュアの隠形を打ち破り、その姿を捉える。

 

ーー百烈撃

 

神速で繰り出される連撃に、始めはなんとか防御していたヨシュアも耐えきれずに打ち付けられる。黒炎の壁に叩きつけられそうになるヨシュアだったが、その一瞬前に黒炎が一部だけ消え去る。それを見逃すカシウスではなく、その隙間をヨシュアの影に紛れて通り抜ける。

 

だが、脱出を果たしたカシウスの前に待ち構えていたのは、聖痕を開放したケイジだった。

 

「天終式」

 

「くっ……」

 

「幻華繚乱・銀桜の終!!」

 

斬撃の花弁が、カシウスに向けて一斉にかかっていく。カシウスも必死に花弁を叩き落としてはいるが、何しろ相手はものではなく概念の結晶である。流石に抑えきることは出来ず、徐々に全身に切り傷を増やしていく。

そしてカシウスは斬撃の止んだ一瞬の間に大きくその場から引く。その際に背中が花弁によって切り裂かれるが、避けたものを考えると大したことではない。カシウスが離れた直後、今まで立っていた場所には斬撃の具現化である銀の桜が堂々とそびえ立ったのだから。

 

「……っ、まさか避けられるとはな」

 

「ははっ、それが人の出す技なのであれば、避けられない道理はない!」

 

これで決めるつもりだったのか、驚愕の表情を見せたケイジだったが、すぐに立ち直るとカシウスに向かっていく。初撃を受け止めたカシウスは、今度は自分の番だとばかりにケイジを押し返していく。

そして、とうとうケイジもカシウスの連撃の前に吹き飛ばされてしまう。決め手は百烈撃の繋ぎに繰り出された雷光撃。不意をついた神速の一撃には流石に着いていけなかったようだ。

 

だが、それらを受けきり、跳ね返しても尚、ケイジ達の猛攻は終わらない。

ケイジを跳ね返したカシウスのすぐ側には、全身からスパークしたような闘気を撒き散らすエステルがいた。

 

「くぅっ……またお前か……!」

 

「おあいにくさま! 負けず嫌いはあたしもなのよ!」

 

雷光撃の残心を残したまま動けないカシウスの回りを、エステルが円を描くかのように回り始める。闘気によってブーストされた脚力は、やがて竜巻を巻き起こす。

 

「こんな竜巻程度で……ぐっ!?」

 

力づくで竜巻から逃れようとしたカシウスだが、腕を振り上げた瞬間に激しい痛みが腕に走った。

腕を痛めたわけではもちろんない。原因はもっと別のところにあった。カシウスの腕に突き刺さっていたのは、銀色に輝く桜の花弁だ。そう、ケイジの銀桜である。それがエステルの巻き起こした竜巻に巻き上げられて、斬撃の嵐と化していたのだ。

それを確認したと同時に、カシウスの腹部に鈍い痛みが襲う。それは今までと同じように連撃で続くと、やはり激しさと速さを増していった。

 

「絶紹……太極輪ーー!!」

 

エステルの全身全霊を込めた奥義が、カシウスを滅多打ちにする。やがて、竜巻を残したまま出てきたエステルは、全ての力を出し尽くしたのかその場にへたり込んでしまう。

 

「……はぁ……はぁ……これで、流石に父さんでも……」

 

「……だ」

 

「!!」

 

竜巻から小さな声が漏れ聞こえたかと思えば、その竜巻が瞬く間に霧散してしまう。舞い散る銀桜とともに姿を現したカシウスは、その身がボロボロであることにも構わずにエステルへと闘気を向ける。

 

「まだ、俺は負けていない……!!」

 

親子で受け継がれた性質か、カシウスもまた負けず嫌いだ。それが、このような場であったとしても、自身が心の何処かで負けを望んでいたとしても、気持ちが、体が、魂が。負けという事象を認めはしないのだ。

 

再び立ち上がるエステルに、カシウスがなりふり構わず訥喊していく。後5メートル。それだけ近付けば棍が届く。そんな距離まで来てーーカシウスは、両脇からの衝撃に棍を取り落とした。

瞠目し、目を向ける。右にはヨシュアが、左にはケイジが。それぞれ自分の得物を振り抜いた体勢で佇んでいた。

そして再び前を向く。自分と同じくらいにボロボロであるにも関わらず、娘は自身に鋭い闘気を向けている。

カシウスは、自身の手に力が入らないことを再度確認すると、フッと笑みを溢し、全身から力を抜いた。

 

「……見事だ」

 

リベールの英雄が、剣聖と呼ばれた男が、静かに自身の負けを認めた瞬間だった。


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