英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

161 / 161
月の扉『聖天堂の乱・壱』

七耀歴1193年。『ハーメルの悲劇』を口実としたリベールとエレボニアの武力衝突は、七耀教会の仲介により和睦という結末で終結した。

両国は講和条約を結び、教会の指示でエレボニアはリベールに対して正式に謝罪すること、及びリベールの復興に協力することが命じられた。たが、リベールはその内後者の条件を拒否、復興の資金の寄付という形で帝国の国内参入を防ぐ。そしてリベールからエレボニアへの条件は主に無し。一方的に攻撃されたとして、精々が講和条約にある相互不可侵、そして相互貿易の多少の便宜くらいであった。

そして教会への仲介料としてエレボニアからは多額のミラと七耀石が払われる。リベールも七耀石を対価として納めようとするが、教会は帝国からの寄付で十分だとこれを拒否した。ミラは復興に使わねばならないため、リベール側としては対価として差し出せるものが他にはなかった。頭を悩ませていたリベールに、教会は譲歩として一つの条件を突きつける。

曰く、『ケイジ・ルーンヴァルトの身柄の受け渡し』である。建前としてはレミフェリアの最新医術を伝達してほしいとのことだが、紛争でのケイジの活躍から、当時の星杯騎士団守護騎士第二位・リーヴの聖痕の継承を嗅ぎ付けたことで身柄を求めたのはほぼ間違いないだろう。

そして、アリシアⅡ世はこの申し出を即時に棄却する。この申し出はリベールの法律で禁止されている『人身売買』にあたるとして、理路整然とした演説を行った。これにより、『身柄引き受け』の件は一時なりを潜める。だが、教会はこれ以降のリベールの対価支払いの申し出をあらゆる理由を以て全て受け取らなかった。これにはアリシア女王も困り果てる。対価を払わなければ不義理となってしまい、周辺諸国からの印象が悪くなる。ひいては貿易にも悪影響を及ぼすかもしれない。貿易が主な収入源となっているリベールにとって、それは非常に良くない事態だ。

追い詰められたアリシア女王は、最終的に『人員派遣』としてのケイジ・ルーンヴァルトのアルテリア出向に許可を出した。その際、様々な条件が付けられたが、代表的なものは以下である。

一、ケイジ・ルーンヴァルトはあくまでリベール王国民であり、その国籍並びに軍席はリベールにある。

一、リベールの国難において、ケイジ・ルーンヴァルトはあらゆる任務、雑務を差し置いてリベールに戻る権利を有する。

一、ケイジ・ルーンヴァルトの各権利において、アルテリアは犯罪行為を裁くこと以外、干渉出来ない。

一、ケイジ・ルーンヴァルトは一年の内、80日(休日は元より自由日のため含まない)間の帰省の権利を有する。

一、万一ケイジ・ルーンヴァルトがアルテリア法国内において著しく人権を侵害された場合、その証拠の提出と同時に、即時に人材派遣の任を取り消し、リベール王国へ帰還するものとする。尚、この場合においてのみアルテリア法国は一切の反論が出来ない。

 

これら、アリシア女王がかなりの葛藤を経て制定した条件を元に、ケイジは教会へと足を踏み入れることとなる。教会はケイジに権利を与え、教会に服従させようと目論んだが、リーヴへの義理立てから承諾した守護騎士第二位の叙任以外は全て拒否されている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ケイジ・ルーンヴァルト卿。汝の功績を讃え、七耀教会司教の名乗りを許可する」

 

「謹んでお断りする」

 

きらびやかな広間。ステンドガラスから七色の光が差し込むこの場で、俺は昇進の話を即断で断る。

周りからはざわざわと否定的な声が溢れ、そして目の前の高位の僧は目を丸くして見開いている。まるでありえないものを見るかのようなその目、俺が断るとは夢にも思っていなかったのだろう。

 

アルテリア法国に身を置いてから、俺にはこのような昇進の具申が数多くあった。例えばアルテリアで始めて外科手術に成功した時だ。これならまだわからないでもなかったのだが、酷いときは医務室で教皇を治療したから、なんて下らない理由の時もあった。それら全てに一貫しているのは俺を権力と地位でアルテリアに縛ろうという意思である。

星杯騎士団内ではそうでもないのだが、封聖省などの国の中枢に来てしまうとそれがひどい。何かあれば俺を昇進させようとここに呼び出してくる。……そういう行いをする人間に限って、大体騎士団のブラックリストに載っているわけだけれども。

 

「話はそれだけで? ならば私は帰らせて頂く。まだリベールへの報告書が出来ていないので」

 

唖然としている幹部達に背を向けて、俺は仰々しい扉を開き、その場を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーーーーー

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わったか」

 

封聖省から外に出ると、独特な衣装を纏った大柄な男がそこにいた。栗色の長髪を後ろで縛り、神と同色の髭を蓄えているせいか、中年のような雰囲気を醸し出してはいるが、この男は実はそこまで年寄りではない。

 

「ヴァンか」

 

「普段はそれで構わんが、場所を考えろ。ただでさえ封聖省(ここ)は戒律やら上下関係には厳しいのだぞ」

 

「へいへい、悪うございましたよ正騎士アークス殿ー」

 

「お前は全く……」

 

そう言いながらもケイジの側へとやってくるヴァン。正面からケイジの頭に手を置く姿はさながら親子のようだが、何度も言うがこの二人は親子ではない。ケイジが10歳、ヴァンが20歳である。

逆に言えば、僅か20で正騎士であり、中年に見えるヴァンが凄いのだ。

 

ちなみに言うと、ヴァンは教会からのケイジの教育係兼お目付け役であったりする。もっともヴァン自身が総長派と呼ばれる立ち位置の人であるためにあまり本来の目的は達成されていないが。

 

「それで、今回は受けたのか?」

 

「受けるかあんなもん。俺をこき使う気満々なのが見えてんだし」

 

「……それで私や総長やらが書類仕事増やされていることもわかってほしいんだがな」

 

「管轄外ですー」

 

「私とて怒るときくらいはあるのだぞ?」

 

微かに青筋を浮かべるヴァンがそれでも怒りはしないのは、ケイジの境遇を慮ってだろうか。怒りごと吐き出すようにヴァンは大きく、深い溜め息を吐いた。

 

「……まぁいい。お前が断ることはある程度予想していたことだ。それより腹が減っただろう? たまにはどこかで食べていくとしようか」

 

「ヴァンのおごりで?」

 

「お前の方が給金は上だろう……」

 

そんな軽口を叩きあいながら、ケイジとヴァンは店を探し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、総長から泣いて頼まれたお前の従騎士の話だが」

 

「とうとう泣いたのかあの人」

 

「ああ、腹を抑えてガチでな」

 

昼食の後、そのまま深めの話に入る二人。一見無警戒な行動に見えるがここは個室が用意されている高級料理店である。ケイジは当初直感が働いて入ることを渋ったのだが、ヴァンが奢るということでノコノコ着いていったのだ。ただより高いものはないのである。

 

「お前が従騎士を断り続け、こちらで選んだ者も三日ともたずに泣き帰るせいだろう。いい加減諦めてちゃんと選んだらどうだ」

 

「やだよ面倒くさい。第一そっちが選んだって言っても選んだのはジジイ共だろうが。全員目が腐ってやがったぞ」

 

「だから自分で選べと言っているんだ。お前は守護騎士第二位、しかも本来繰り上がるはずだった者を二人押し出しての就任だ。ジュリオを三位に、トマスさんを特務零位に押し退けていながら仕事をしないのを見過ごせはしない」

 

星杯騎士団において、過去に守護騎士の位階が被ることはなかったのだが、ケイジ(リーヴ)とトマスにおいてはそれが起こってしまった。そこでできた特務零位だったのだが、今度はそこに本来入るはずだったケイジが第二位、本来第二位だったはずのトマスが特務零位に入るという事態が上層部の一部の意思で決まってしまったのである。

予想外だったのはケイジが全く第二位の職務(書類仕事)に手を着けなかったことだろうか。それを補完し、あわよくば枷にしようと次々とケイジの元に従騎士候補が送られてきたのだがそのことごとくをケイジが送り返してしまったのだ。まぁ、子供にボコボコに負かされ、その上疲れきった体で毎日書類仕事をさせられれば大概の人間は途中で投げ出すだろうが。

 

「それで、どうせまたそんなことだろうとこちらで従騎士を選んだんだが……」

 

「また泣いて帰る大人が一人増えるのか……」

 

「…………」

 

「…………? なんだよ、アンタにしちゃあ珍しく歯切れが悪いじゃねぇか」

 

「いや、その、な」

 

物凄くばつが悪そうな顔で、ヴァンは頭をガシガシと乱す。そのらしくない仕草を見て、ケイジは面倒ごとかと目を細めた。

 

「…………なのだ」

 

「ん?」

 

「……の……となのだ」

 

「いつもみたいにはっきり言えよ」

 

「…………私の妹なのだ」

 

「…………」

 

今度はケイジが絶句してしまう。何故なら、ヴァンがシスコンの極みという位の妹大好き愛してるという妹馬鹿なのだ。恋愛禁止ではない教会の中で、老けているとはいえ、見た目のいいヴァンに浮いた話が無いのはこのせいとも言えるだろう。

 

「いや、私は反対したのだぞ? だがティアが私に子供扱いされることを嫌がってしまってな? いや、背伸びしたティアも可愛いのだが、流石に守護騎士の従騎士は危なすぎる。ティアが天才過ぎて11で従騎士であることも兄としては複雑なのだが、何よりティアが危ない目に遭わないかが心配で心配で私は……!!」

 

「うん、アンタが俺が二年で固めた想像の更に上を行くシスコンだったってことは物凄くよくわかった」

 

「ケイジ、頼むぞ。なんとしてもティアを危険な目に遭わせるな! それが無理なら辞めさせろ! でないと私は、私は……!!」

 

「いや、俺アンタの妹見たことすら無いんだけど……てかそんなに嫌なら申請しなけりゃ良かったのに」

 

一応危険な職ではあるため、申請には上司と身内の許可がいる。アークス家はヴァンと妹しかいないと以前に聞いていたため、ケイジは小さく溜め息を吐いた。

 

「馬鹿者! ティアに『お願い、兄さん』と上目遣いで言われて断れるだろうか!? いや断れない!!」

 

「断言しちゃったよ……」

 

「しかも後から恥ずかしくなって部屋でぬいぐるみを抱えて悶えていたのだぞ!? もうこれが可愛くて愛らしくてティア超可愛いよティア!!」

 

「駄目だこのシスコン。早く何とか……腐ってやがるな、遅すぎたんだ……」

 

そんなこんなで、ヴァンの妹……メシュティアリカ・アークスがケイジの従騎士候補として派遣されることが決まった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
一言
0文字 一言(任意:500文字まで)
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10は一言の入力が必須です。また、それぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。