英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『光と陰』

~クーデター計画から一週間後~

 

生誕祭も無事始まり、王都もクーデター事件から少 しずつ立ち直って来ている

 

カノーネ大尉とか、数人の特務兵はまだ逃亡中で捕 まっていないが…時間の問題だろ

 

カシウスのオッサンも軍に戻るみたいだし

 

「………以上が、今回の事件の俺の知ってる範囲の全 容です」

 

『ふむ……“輝く環”の在処に“結社”の介入か…』

 

「はい。直接関わった者に聞いたところ、『環の守 護者“トロイメライ”』と自ら発したようで間違いな いかと。後“結社”の方も執行者NO,Ⅱ、《剣帝》の 介入を確認しました」

 

『そうか…』

 

「後…ワイスマンらしき人物も現れたそうです」

 

『!!…奴か…』

 

「で…どうするんです?騎士団の統一すらできてな いのに、結社と事を構えるのは無茶ですよ?」

 

『わかっているさ…とりあえずリベールには《外法 狩り》を送ってある。多分なんとかなるだろう』

 

ケビンか…まぁ、大丈夫か

 

「では俺は一度そっちに戻りますよ」

 

『……いいのか?お前ならまだ戻れるだろう?』

 

「……決めましたから。それに……

 

俺はもう、手遅れですよ」

 

――――――

 

~夜~

 

sideクローゼ

 

「ああ、そう言えば忘れていたわね」

 

私、ユリアさん、お祖母さまで久しぶりにお茶を飲 んでいると、突然お祖母さまがそう言った

 

「?何をですか ?」 「いや、ね?クーデター事件の時にケイジがロラン ス少尉と戦ったでしょう?その後に箱を渡されたの よ。『後で開けてくれ』って」

 

ああ、あの時に…

 

「って箱…ですか?」

 

「ええ…結構な重さがあるから、物が入っていると は思うのだけれど…」

 

そう言ってお祖母さまが箱を開ける

 

そこには、ケイジが何時も身に着けていた小太刀と 、封筒が入っていた

 

ドクン

 

何故か、心臓の鼓動が早くなる

 

「これは…蒼燕じゃないか」

 

「それってケイジの刀ですよね?」

 

「はい。これを使っている所は見たことがありませ んが…」

 

ドクン

 

何で…?何でこんなに嫌な予感がするの…?

 

「………」

 

そんな思いを断ち切ろうと、封筒を開けて中身を読 む

 

いつもはそんな渡された本人の許可を得ずに手紙を 読むなんて絶対にしないけど、今回は本当にそんな 余裕がなかった

 

「………!!」

 

「殿下?一体何が…」

 

ダッ

 

「殿下!?」

 

「クローディア!?」

 

手紙を読み終えた瞬間、私は走り出していた

 

―――手紙の内容は、『辞表』だった

 

――――――

 

「僕のエステル…お日様みたいに眩しかった君。 君と一緒にいて幸せだったけど、同時にとても苦し かった… 明るい光が濃い陰を作るように… 君と一緒にいればいるほど、僕は自分の忌まわしい 本性を思い知らされるようになったから…」

 

「こんな風に、大切な女の子から逃げ出すことしか できない僕だけど…誰よりも君のことを想っている 今まで…本当にありがとう 出会った時から…君のことが大好きだったよ

 

――さよなら、エステル」

 

バタッ

 

ヨシュアが話し終えると同時に、エステルは地面に 倒れ込む

 

「…大事なら、側にいてやるって選択肢もあったん じゃねぇのか?」

 

突然、側の木に背中を預けるような体勢でフード付 きの白いコートを纏った少年が現れた

 

「……無理だよ。僕みたいな『人形』がエステルの… 彼女の側にいるなんて」

 

「…結社に一人で喧嘩を売る気か?」

 

「…うん」

 

「馬鹿かお前は…即刻死ぬぞ」

 

「そうかもしれない…でも、せめてリベールからは …彼女の近くからくらいは…」

 

俯いて手を強く握るヨシュア。握った手からは血が 一筋流れ出していた

 

「…ま、決めるのはお前だ。俺は何も言わねぇさ」

 

「…ありがとう」

 

そしてしばらく沈黙が続く

 

「…じゃあ、僕はエステルを部屋に運ぶよ」

 

「フッ…多分エステルはどこまでもお前を追いかけ るぞ?」

 

「捕まらないよ。僕はNO,ⅩⅢ《漆黒の牙》…隠形 に特化した執行者だからね」

 

「…そうだな」

 

「君こそ気をつけなよ?君はかなり狙われる立場だ からね」

 

「慣れてるよ」

 

「フフ…じゃあね、親友」

 

「ああ…達者でな」

 

そう言ってヨシュアは隠形を使って去って行った

 

――――――

 

走った

 

ただ走った

 

ケイジの部屋、女王宮のテラス、バーカウンター、 食堂…ケイジが普段いそうな場所を回って行ったが 、姿が全く見えなかった

 

不安になった

 

胸が痛くなった

 

涙が溢れそうになるのをなんとか我慢して私は走り 続けた

 

――――――

 

「……いた…!」

 

空中庭園。昔、いつも二人で星を見ていた場所

 

そこに、ケイジはいた。いつもとは全く違う格好な のに、何故かケイジだとはっきりわかった

 

「ケイジ…!」

 

「……クローゼか。どうした?」

 

いつも通り。そんな何でもないようなケイジの態度 が、今は無性に腹立たしかった

 

「どうしたじゃない!!これはどういうこと!?」

 

私は蒼燕をケイジの目の前に突き出す

 

普段あまり大きな声を出さない私が怒鳴ったのに面 食らったのか、ケイジは一瞬呆けていたが、すぐに ああ、と頷き

 

「お前も見たのか」

 

「質問に答えてよ!」

 

「答えるも何も…書いてあった通りだ」

 

ケイジがそう答えた瞬間、何か重たいものがのしか かってきたような、何か大事なものが体から抜けて 行ったような感覚がした

 

…心のどこかで、ケイジが私達を、私を置いてどこ かに行くはずがないと思っていたから

 

「どう…して…?」

 

もう、涙をこらえることなんて…できなかった

 

「………」

 

「ねぇ、どうして…?」

 

「……仮に理由があったとして、それを言えばお前 は納得するのか?」

 

「それは…」

 

きっと、できない。でも…

 

「理由も聞かずに行かれるより…ずっといいよ…」

 

「………お前は、『人を殺す』事って…どう考えてい る?」

 

「そんなの、絶対にしてはいけない事だよ」

 

当たり前だろう。多分どんな人間に聞いたって同じ 答えが返ってくるはずだ

 

「そうだな…でもな、俺はこうも考える。『本当に 最後の救いの手段』ってな」

 

「!」

 

「例えば…ある青年がいたとしよう。その人はもう 二度と治らない不治の病にかかっている」

 

「………」

 

「しかもその病はただ生きているだけでかなりの苦 痛が伴う。『殺してくれ』と叫んでしまうほどの、 な… そんな時、お前は剣を持っている。お前はどうする ?クローゼ」

 

「私…は…」

 

「私は、殺さない」

 

「今は治らなくても、絶対に治す方法は見つかるは ずだから」

 

「だから、私は…諦めない」

 

「…何年後になるかわからないのに?それまでずっ とその人を苦しめるのか?」

 

「確かにその時は苦しいかもしれないけど…その人 には苦しんだだけ幸せになって欲しいから…」

 

苦しむだけ苦しんで終わりなんて…悲しすぎるから

 

私がそう言うと、ケイジが初めてふりむいた

 

「やっぱり…お前は俺には眩しすぎる」

 

フードをかぶっていたから表情はわからなかったけ ど…ふりむいたケイジの瞳は、月夜でもはっきりわ かるような真紅に妖しく輝いていた

 

「ケイジ…その瞳…!?」

 

そして近付こうとして初めて私の体が動かないこと に気づいた

 

「悪いな…動けないようにさせてもらった」

 

「なんで…」

 

「お前は俺には眩しすぎる…俺と言う闇を焼き尽く すくらいに お前は光、俺は闇。どちらかが在れば、どちらかが 消える。だったら俺は喜んで消えるさ」

 

「やめて…」

 

「元々俺達は相容れぬ立場…それに、もう俺達は子 供じゃねぇんだ。そろそろ自分の足だけで歩かなき ゃいけない…お前も、俺も 元々俺は天涯孤独の身だ…何時までもここを居場所 にはできないさ」

 

「やめてよ!!」

 

自分でも驚くような叫び声が出た

 

「そんな…そんな事ない!ケイジが闇!?冗談はや めてよ!居場所なら私が作るから!!だから…だか ら私の…私の側にいて!!!」

 

「………」

 

沈黙が、その場を支配する

 

そして…

 

「…やっぱりお前は、綺麗なままだよ」

 

「え…」

 

「お前はそのまま真っ直ぐ進め。俺は堕ちたが…お 前なら、光の道を真っ直ぐ進めるさ」

 

そう言って私の正面まで来て、ゆっくりと頭を撫で る

 

いつもなら、子供扱いされているようで怒りたくな るのに、今は文句すらでてこないほど、ただ悲しか った

 

「クローゼ…俺の幻想(かげ)は追うな。お前には辛すぎる だけだ」

 

「!!」

 

そう言って、ケイジは去って行く

 

それを追いかけることも…引き止めることもできな くて…

 

体に力が入らなくて…座り込むことしか、できなく て…

 

自分の無力さが嫌だった。そしてそれ以上に…もう ケイジが隣にいないと言う事実が…どうしようもな く、ショックで…

 

「うぅ…ひぐっ…」

 

この気持ちをどうしていいかわからなくて…でも、 どうしていいかわからなくて…

 

「うぁぁ…んぐっ…うぅぅ…」

 

周りがみんな『姫』としか見てくれない中、私を『 クローゼ』として初めて見てくれたのは、ケイジだ った

 

初めて学園に行って、馴染めなかった私に、友達と いう付き合い方を教えてくれたのは、ケイジだった

 

城の中しか知らなかった私に、外の世界を教えてく れたのは、ケイジだった

 

気づけば、いつも私の中心には、ケイジがいた。知 らず知らず、中心にケイジを置いていた

 

そしてもうそのケイジは…いない

 

「うあぁぁぁぁぁぁん!!!」

 

恥も外聞もなく、私はその場で泣き叫んだ。

 

そんな泣き方をしたのは、生まれて初めての事だっ た

 

「うあぁぁぁぁぁぁ!!」

 

泣いたってケイジが戻ってきてくれる訳じゃない

 

そんなのわかってる

 

それでも…私は

 

――――――

 

~エルベ周遊道・外れの森~

 

「…良かったの?」

 

「…何がだ?」

 

「姫様の事に決まっているでしょう?あなた、確か 幼なじみだったわよね?」

 

「ああ」

 

「…大丈夫?私は最低限の人付き合いしかしなかっ たから大丈夫だけど…」

 

「嘘付け。お前生誕祭で写真集が出るくらい大人気 なくせに」

 

「嘘!?…ってそれあなたもでしょうが!」

 

「うるせぇな…とにかく、俺には俺の人生(みち)が、アイ ツにはアイツの人生(みち)がある。そして(アイツ)()の 道が交わる事はない」

 

「………」 「…さっさと行くぞ。もうじき…夜が明ける」

 

そう言ってケイジは白い飛空艇に乗り込んでいく

 

「…全く、また一人で全部溜め込んで…」

 

そしてもう一人――ティアも飛空艇に乗り込んでい った

 

――――――

 

白き姫君は翼を失い、太陽は月を失った

 

そして星杯の騎士達は彼女達の元へ

 

月は猫と結び、翼は闇へと堕ちてゆく

 

果たして、その先には何があるのか…

 

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