英雄伝説・空の軌跡~銀の守護騎士~   作:黒やん

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『力の意味』

「私は――」

 

ジュリオは自分の勝利を確信していた

 

――かつて自分に屈辱を与えたケイジについに自分 と同じ屈辱を与えることができる…!!

 

ジュリオの心の内はそんな歪んだ歓喜で満ちていた

 

その時だった

 

『じゃあ俺は3つ目を選ぶわ』

 

「「!?」」

 

突然ジュリオの時と同じように、だが伝わるのでは なくしっかり声が響いて聞こえてきた

 

そして突然ジュリオの後ろの壁が吹き飛び、そこか ら物凄いスピードで何かが入って来ると同時にリー シャが断頭台から消えていた

 

そしてその何かはティアのすぐ側にリーシャを抱え て姿を現した

 

「貴様は…」

 

「俺がティアとリーシャを取り返してお前は御用… ってのはどうだ?」

 

「ケイジ……ルーンヴァルトォォォォォ!!」

 

ジュリオの忌々しげな叫びが部屋を包む

 

だが、その一方でケイジは(スティグマ) を展開して、飄々と 、しかし堂々とティアを庇うように仁王立ちしてい た

 

「ようジュリオ。ウチの副官が世話になったみたい だな」

 

「貴様が我の名を軽々しく呼ぶな!貴様如き木っ端 が我の名を口にするなど百年早いわ! …それより貴様どうやってここに入った!?ここに は我とこやつら二人以外は入れぬようにしていたは ずだ!!」

 

「あ~あ~…喚くんじゃねぇようるせーな… そんなもん簡単な話だろうが。」

 

「………」

 

それでも憤怒の表情でケイジを睨むジュリオ

 

それに対しケイジはうっすらと笑みすら浮かべてい る

 

欠片(ピース)如きが本物(オリジナル)に勝てると思ったのか?三下が」

 

だが、その目は一切笑っていない。見た目と口調の 軽さに反して相当キレているようだ

 

「……フ……フハハ…」

 

「あ?どうした?とうとう気が触れたか?王様気取 りのクズ野郎」

 

「フハハハハハハハハ!!!」

 

突然笑い始めたジュリオ。こちらも目は一切笑って いない

 

「貴様如き木っ端が我を三下扱いだと!?これが笑 わずにいられようか!!」

 

「事実だろうが」

 

「…女神を信じぬ不届き者が守護騎士を拝命するな ど赦されると思っておるのか?」

 

「今まで戦闘の度にピンチになっては聖痕に護られ ていた奴に二位が務まるとでも?」

 

「「………」」

 

ただ睨み合う。それだけ、それだけのはずなのだが …周囲の温度が下がって行く…そんな気がした

 

「…やはり、我と貴様は相容れぬな」

 

「何だ今更気付いたのか?」

 

その瞬間二人の姿が消え、ちょうど二人の中央に鍔 迫り合いの形で現れる

 

ケイジは勿論刀を、ジュリオはその華奢な体躯に似 合わない大剣を操っている

 

「力在る者が力無き者を使役して何が悪い!!」

 

「ある奴が無い奴を虐げるんじゃねぇ!導いてやる のがある奴の義務だろうが!!」

 

一旦お互いに弾き合い、再び元いた場所まで下がる

 

「ケイジ、貴方、どうして…」

 

「知らねーよ。わかんねーんだよ。俺だって」

 

「……?」

 

「気付いたら列車から降りててよぉ。頭で戻ろうと してても体が言う事聞かねぇんだ。何度戻ろうとし ても足が前に進みやがる。何度戻ろうとしても…絶 対に止まってくれねぇんだよ」

 

「…!」

 

「何やっても勝手に足が進むもんだからその間に考 えたんだ。……お前が言ってた事の意味を。

 

…それで気付いた。俺が欲した力の意味を。思い出 したんだ。俺の闘う理由を」

 

「!!」

 

そう言って再び駆け出すケイジ

 

「闘う理由だと!?そのようなものを思い出した所 で何が変わる!!」

 

「さぁな…でも俺の中の何かが変わったことは確か だよ!!」

 

「ならばその変わったものを我に見せてみるがいい !!」

 

「言われなくてもそのつもりだ!!」

 

ケイジの翼がより一層輝き始め、その色が白から蒼 に変わっていた

 

「…『我が身に宿りし蒼き羽根』…!!」

 

「フン…聖痕か。だが!」

 

突然ジュリオが距離を取り、何か集中し始める

 

「…はぁっ!」

 

かと思えば、突然その場で大剣を振り下ろした

 

「(何を…!?)」

 

右半身に焼け付くような痛みがはしる

 

ジュリオから意識を逸らさないように痛みがはしっ た場所を見ると、刃物で斬られたような傷がついて いた

 

「ケイジ!!」

 

「いいから下がってろ!(チッ…深いな)」

 

「…フン、やはりまだ誤差があるか。良かったな。 今一時死期が遠のいたぞ」

 

「…にゃろう」

 

一時的に右半身の切れた血管の部分を凍り付かせて 止血する

 

こうする事で致命傷は避けるが…運動能力はどうし ても下がってしまう

 

「フハハハハ!!これが我の力!全てを統べる王の 力よ!!」

 

「………」

 

「どうした!?最早打つ手が無くなったか!?」

 

「…“凍てつけ”」

 

「!?」

 

ケイジの言葉…言霊に反応するように部屋そのもの が氷に包まれていく

 

それと同時にジュリオの足元が凍り付き、その氷が 宙に浮かびまるで十字架のような形をつくる

 

…あたかも、磔の刑に処された死刑囚のように

 

「き…貴様ァァッ!!何故だ…何故譜の力を使える のだ!!」

 

先ほどまでの余裕が嘘のように狼狽え始めるジュリ オ

 

無理もない。絶対だと思っていた自分の力…聖痕の 欠片の空間支配をあっさり破られたのだから

 

「聖痕は聖痕でも所詮は欠片だと言ったはずだ。後 …お前は驕りすぎた。自分の力を過信しすぎた事が お前の敗因だ」

 

「止めろ…やめろォォォォォォ!!」

 

「そして何より…テメェは俺の大切な繋がり(モノ )に手を出した。断ち切ろうとまでしやがった」

 

「我はこんな所で朽ちる器では無いのだ!!我は全 てを統べる王となるまで…死ぬ訳にはいかぬのだ! !」

 

「テメェの都合なんざ知ったこっちゃねぇ…テメェ の器がでかかろうが小さかろうが、それが他人を支 配していい理由にはならねぇだろうが!!」

 

「他人などどうなろうが知った事か!!我は王だ! 王となるのだ!そして貴様は我に屈辱を与えた!! それに罰を与える義務が我にはあるのだ!!」

 

血走った目で狂ったように自分の野心を吐き出すジ ュリオ。その姿は先ほどまでの余裕に満ち溢れた態 度は完全に消え失せ、ただ人を見下し自身を神聖化 している態度に変わった

 

「…罰でも何でも与えりゃ良かっただろうが。何故 直接俺に来なかった?…何故こいつらを巻き込んだ !!」

 

「そんなモノ貴様により深い屈辱と罪悪感を刻むた めに決まっているだろう!!」

 

「…そうか。改めてテメェがどうしようも無いクズ だって事がわかったよ

 

…もういい、消えろ」

 

ジュリオの下半身を覆っていた氷が、再び今度はジ ュリオの全身を凍らせようと動き出す

 

「なっ…貴様ァ!我にこのような事をしていいとで も思っておるのか!」

 

「…『天光満つる処に我は在り、黄泉の門開く処に 汝在り…出でよ!神の雷!!』」

 

ジュリオの頭上に幾重にも重なった譜陣が現れ、そ の全てがケイジの譜によって一つのまとまりとなっ ていく

 

「まさか…貴様…や、やめろォォォォォォ!!……」

 

そしてジュリオが完全に氷の彫刻と化す

 

「さよならだ…お前との因縁とも、意味の無い力に ばかり執着していた自分とも。俺は…ただ、護る力 があればいい!!!

 

―――インディグネイション!!!」

 

聖なる神の雷がジュリオの頭上に堕ちる

 

その衝撃波は凄まじく、その余波だけで部屋の氷が 全て吹き飛んでいく

 

「………ぐっ」

 

「ケイジ!!」

 

辺りを支配していた譜を妨害する力が消えると同時 にケイジが地に膝をついた

 

それを見たティアが慌ててケイジに駆け寄り、すぐ さま治癒を施す

 

全てが終わったはずだった

 

…が

 

パチパチパチ…

 

「「!」」

 

「いや~すごいね~。流石は守護騎士の第二位って 所かな?」

 

どこから現れたのか、氷付けのジュリオを抱えた赤 い服の少年が玉座に座っていた

 

「お前は…」

 

「ああ、僕?君と会った事は無かったね」

 

そう言うと少年はおもむろに立ち上がり、恭しく礼 をする

 

「執行者NO,0。“道化師”カンパネルラだよ。以後 お見知りおきを」

 

「…やっぱり蛇と繋がってやがったか。で?お前も 戦るのか?」

 

「いや?僕は今回は全般的に見届け役だからね。変 に手出しはしないよ」

 

そう言うと、カンパネルラとジュリオの周りに炎が 出現し、カンパネルラ達を包んでいく

 

「…ああ、そうだ。早くリベールに行った方がいい よ?ロレントに“涙氷”が向かったらしいし。下手す るとみんな死んじゃうんじゃない?」

 

「!!待て!どういう事だ!」

 

「別に?僕はただ親切心で情報を教えてあげただけ だよ?信じるか信じないかは君次第♪」

 

飄々と愉快そうに答えるカンパネルラ。その姿はま さに道化師そのものだった

 

「それにそっちの娘…心が壊れかけじゃないの?早 く治療しないと本物の人形になっちゃうよ?」

 

「…っ!」

 

ケイジはカンパネルラの言葉に恐る恐るリーシャの 顔を見る

 

その目に光はなく、また、縛られたり抱えられたり していたのに一切の表情の変化が無かった事からリ ーシャの心へのダメージがどれほど大きかったのか が伺える

 

『本物の人形』…その寸前にまで追い込んでしまっ ていた自分に改めて怒りを覚えていた

 

「それでは皆さん、ごきげんよう。またの機会にお 会いしましょう♪」

 

再び恭しく礼をして、カンパネルラ達は消えて行っ た

 

「…ケイジ」

 

「俺の事もリベールの事も後だ。今は…リーシャを 救うのが最優先だ」

 

「けど…」

 

そう、今回のは外傷でも病でもない、心の傷

 

どうやって治せばいいのか、どうすれば治るのか。 魔を討つ騎士の二人にわかるはずもない

 

「…俺がやる」

 

「できるの?」

 

「わからねぇ…けど、リーシャがこうなったのは俺 の所為だ。俺がやらねーと筋が通らねぇだろうが… ただぶっ倒れるかもしれないからその時は頼むな」

 

そう言うと、ケイジはリーシャの頭に手を当てた

 

「『我が深淵にて煌めく白銀の刻印…』」

 

そう言うと、ケイジはその姿勢のまま意識を遠のか せた

 

「ぶっ倒れるって…元に戻ったら戻ったで相変わら ず自分の事を犠牲にしようとするんだから

 

………ばか」

 

ティアのつぶやきは、剥き出しになった夜空に溶け ていった

 

――――――

 

「………」

 

小さいような、大きいような、ただ黒が広がる世界

 

そこでリーシャは、ただ縮こまっていた

 

――どうしてお前の周りから人がいなくなる?

 

…私が、“銀”だから。人殺しだから だから、みんな私の側からいなくなる

 

――どうして、お前は人を殺した?

 

…私が“銀”だから。お父さんを失望させたく無かっ たから。…お父さんに褒められたかったから

 

――何故お前の大切な人はお前の側を去っていく?

 

…もうわからないよ。やめてよ。聞きたくないよ…

 

――何故お前は…

 

止めて

 

――何故…

 

止めて

 

――何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何 故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故何故 何故何故…

 

もう嫌だ…何で私がこんな目に会うの?私が何をし たの?聞きたくないよ。もう嫌だよ。責められるの も、避けられるのも、怖がられるのも、罵られるの も…もう嫌だよ…

 

――『なら、お前はどうしたい?』

 

…楽になりたい。出来る事なら、もう一度一からや り直したい

 

――『…罪を無くすなんてそんな都合のいい事は出 来ないぞ?』

 

それでも…私の側から人がいなくならないなら。み んなで笑っていられれば。それで充分

 

――『全く…それはお前の本当の思いか?何か取り 繕おうとしてないか?』

 

それは…

 

――『もう一度聞くぞ?お前はどうしたい?…お前 の願いは何だ?』

 

…私は。私は…誰かに側に居てほしい。私を包み込 んで、優しくしてほしい…

 

私を…助けてよ…

 

「その願い…俺が聞きとどけてやるよ」

 

「え…」

 

誰かが後ろからリーシャの頭に手を置いて、乱暴に 撫でる

 

リーシャが振り向くと、柔らかい笑みを浮かべてケ イジが立っていた

 

「どうして…」

 

「お前がうじうじメソメソして引きこもってっから 迎えに来たんだよ。ま、ついでに本音も聞き出した けどな」

 

その言葉を聞いて真っ赤になるリーシャ

 

「せ…責任取って下さいーーー!!?」

 

「(…何の?)とりあえず文句は後だ」

 

ケイジが一度目を閉じて、もう一度目を開くと、目 の色が紅く変化しており、さらに目に二重の三枚刃 の手裏剣のような紋様が浮かび上がっていた

 

「とにかく、さっさとここから出るぞ。お前はこん な暗い所にいていい奴じゃない。今まで暗い、昏い 場所にいたんだ。今度は日の当たる場所を歩いてみ ろよ」

 

「ケイジさん…

 

でも、どうやってここからでれば…」

 

「イメージしろ。自分が元に戻る姿を…後は俺が導 いてやる」

 

「でも…」

 

「俺を信じろ」

 

その言葉に再び真っ赤になるリーシャ。しかし、意 を決したのか目を閉じてイメージを始める

 

「そのイメージをそのまま続けろ…

 

――イザナギ」

 

そしてケイジとリーシャは光に包まれ、黒の世界か ら消えた

 

――――――

 

「ん…」

 

強い光が目に入り、意識が徐々に浮かび上がるリー シャ

 

「リーシャ!」

 

「…目が覚めたか?」

 

「ケイジさん…?ティアさん…?」

 

目を開くと、今にも泣きそうなティアと左目から血 を流しているケイジがいた

 

「…ケイジさん、その目…!」

 

「…気にするな」

 

「気にするなって…まさか見えないんですか!?」

 

現に今の所一度もケイジは左目を開けていない

 

「………」

 

「見えないんですね…何で私のために…私なんかの ために…」

 

「あ~…泣くな泣くな!お前がああなったのは俺の 所為でもあるからな。それに…いま言うのは『ごめ んなさい』じゃねぇだろう?」

 

リーシャが涙を拭って二人を見ると、二人とも優し く微笑んでいた

 

「………ただいま」

 

ちょっと照れたようで、顔を背けながらそう言った

 

そんなリーシャを見て、ケイジとティアは顔を見合 わせて笑う

 

「「おかえり」」


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