ロクサーヌの想い   作:龍いち

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驕れる者たちの末路と私が手に入れた幸せ

わたしの名はロクサーヌ。

狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、

クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。 

クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。

 

ちなみにクーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは14階層、ターレは13階層、ボーデは10階層を探索中。

 

 

今日は日課の早朝探索から帰宅して朝食を食べ終わると、ご主人様は商人ギルドに出かけて行った。

この時間を利用して、私たち3人は手分けして家事を行う。

 

「私はシーツとみんなの服を洗濯します。セリーは食器洗いと片づけをお願いします。

ミリアにはホウキではき掃除をさせますね。それでいいですか?」

「そうですね。ご主人様はすぐに帰ってくると思います。

そのあとは鍛冶をすることになると思いますので、その分担としましょう」

私とセリーで分担を決め、ミリアに伝える。

『ミリア、あなたは2階から掃除をしてもらえますか?』

「はい。です」

ミリアはセリーにも自分が理解したことが伝わるよう、ブラヒム語で返事をした。

ちょっと抜けているところもあるけど、彼女は空気が読める子である。

 

寝室にいってベッドからシーツをはがし、新しいシーツをセッティングしていると、

ホウキを持ったミリアが寝室に入ってきた。

そして、部屋の奥から入り口に向かって床を掃き始めた。

『ミリア、寝室はあまりホコリをたてないように気をつけてね』

「はい。です」

「......」

ミリアが元気よく返事したので良しとするけど、語尾に「です」を付けるのを直すのは...... もう無理ね。

 

私はシーツをまるめて風呂場に移動し、洗濯用の少し大きめのタライで洗った。

そして一度しぼってから物干しにかけ、次の洗い物にかかる。

私は脱衣室の洗濯カゴにはいっている服のなかから、肌着を取り出した。そしてまた風呂場に移動して洗い、シーツとは別の物干しに干す。

その後、私とセリー、ミリアの服をカゴからだして順番に洗って干し、最後にカゴからご主人様の服を取り出した。

 

私は洗う前に自分の前に一度掲げて汚れ具合を確認すると、少しだけご主人様の香りがした。

次の瞬間、私は無意識にご主人様の服に鼻をつけ、スンスンとにおいを嗅いでしまった。

大好きなにおい。このにおいを嗅いでいると安心する。

一度かぎ始めると止まらなくなり、しばらく堪能してしまった。

 

私はご主人様のにおいに包まれ、幸せな気持ちにひたっていると、ご主人様のにおいにまじってセリーのにおいが少しした。

私はハッとしてまわりを見ると、脱衣室の扉の横にくちをポカンとあけたセリーが立っていた。

 

「セ、セリー。えっと...... どうしたのですか?」

私は動揺を抑えてセリーに話しかけた。

「え、えっと、ロクサーヌさん...... ご主人様がお呼びです。あの、手があいたら降りてきてください」

「そ、そうですか。すぐに終わりますので、ご主人様に伝えてください」

「わかりました」 

「セリー、その......」

「あの...... 私はなにも見てません」

「ありがとう......」

セリーの心遣いが胸にいたい。

 

セリーはすぐにダイニングに降りていったので、私は素早くご主人様の服を洗って干し、ダイニングに向かった。

 

ダイニングに入るとご主人様から声がかかった。

「ロクサーヌ、忙しいところ悪いな」

「いえ、ご主人様。お迎え出来ず、申し訳ございませんでした」

「洗濯してたんだろ?別にいいさ。それより、ロクサーヌ、靴を脱いで出してくれ」

「は、はい」

私はめいじられるまま靴を脱いで渡そうとすると、ご主人様はセリーに話しかけながらテーブルのセリーの前に置くよう指でさし示した。

 

私がセリーの前に靴を置くと、ご主人様はセリーにモンスターカードを渡した。

そして、融合を指示すると、セリーは「分かりました」と返事して、こともなげにモンスターカード融合をおこなった。

もう、完全に慣れたみたいね。

 

「さすがセリーだ」

「相変わらず素晴らしいです」

ご主人様と私がセリーを褒めると、彼女は少し照れながら顔をあげ、「できました」と返事した。

 

あっ!可愛い。

セリーは普段、つとめてクールキャラをよそおっているけど、ふとした瞬間に可愛い姿が顔をのぞかせる。

セリーはまったく自覚してないようだけど、このギャップは彼女の魅力のひとつである。

 

「すごい、です」

ミリアは目をまるくしておどろいている。

この娘はなかなか進歩しないわね。

 

「ご主人様。この靴は?」

「これは柳の硬革靴だ。回避力上昇。で、合ってるよな?」

ご主人様がセリーに聞くと、彼女は「はい」と返事をしながらうなずいた。

 

「一応全員で試してみるが、まずはロクサーヌがつけろ」

「はい」

 

ご主人様から柳の硬革靴を渡されたので、私はすぐに履いて迷宮に行く準備をした。

その後、ハルバーの迷宮14階層に移動して魔物と戦った。

 

私の次はご主人様、その次はセリー、そして最後はミリアが柳の硬革靴を装備して魔物と戦った。

全員が戦い終わるとご主人様はミリアから受け取った柳の硬革靴を見ながら少し悩み、そしてセリーとミリアに話しかけた。

「これはロクサーヌの装備でいいか?」

「いいと思います」

「はい。です」

 

ご主人様は二人に確認を取ると私に向き直った。

「じゃあこれからもロクサーヌがつけろ」

「ご主人様の装備品からいいものにすべきでは」

「試してみたが、俺よりロクサーヌが着けたほうが効果が大きそうだしな」

「分かりました。ありがとうございます」

 

私はお礼を言って頭を下げると、ご主人様はスッとしゃがみ込み、柳の硬革靴を私に履かせようとした。

「じ、自分で履きます」

私は慌てて言葉をかけたけど、ご主人様はその言葉には答えずに、交互に私の足をとって靴を履き替えさせてくれた。

立ちあがったご主人様に「ありがとうございました」とお礼を言うと、ご主人様は視線を少しそらせながら「俺がしたかっただけだ、気にするな」と答えた。

 

ご主人様、かっこよ過ぎます。

私は胸がキュッと締め付けられ、抱きついてキスしたい衝動にかられて手を伸ばしかけたけど、視界のはしに二人の観客が見えた為、グッと我慢してご主人様から視線をそらした。

そして、「ま、魔物を探します」と宣言し、においを嗅ぎながら心を落ちつけた。

 

その後、しばらく探索を続けてボス部屋を発見し、ネペンテスを倒してハルバーの迷宮14階層を突破した。

因みにネペンテスは葉っぱ攻撃の軌道がランダムに変化するので厄介な魔物だけれど、私と柳の硬革靴の相性が良かったためか、以前クーラタルの迷宮12階層で戦ったときよりも楽に戦えた気がした。

 

15階層の入口の小部屋に出ると、ご主人様がセリーに話しかけた。

「そういえば、俺たちぐらいの力があればもっと上の階層に行ってもおかしくないんだっけ」

「えっと。……あの、そうです」

 

セリーは答えづらそうだった。

以前言っていた、「戦闘奴隷は強い魔物と戦わさせられて、使い潰される」という話を気にしているのね。

 

「まあ他のパーティーのことは知らないか」

言いづらそうにしているセリーを見て、ご主人様が話を打ち切ろうとしたので、代わりに私が答えた。

「戦闘奴隷のいるパーティーはなるべく上の階層へ行ってギリギリの戦闘をする傾向があるそうです」

「そうなのか?」

「はい」

 

私の言葉を聞くと、意を決したようにセリーが説明し始めた。

「えっと。なるべくうえの階層で戦った方が、いい経験を積んでより早く強くなれるとされています。うえの階層は危険も大きくなりますが、失敗したとしても必ずしも全滅するとは限りません。

回復魔法や薬を所有者から優先して使っていけば、所有者の危険度は小さくなります」

 

セリーの説明を聞きながらご主人様は少し考え、そしてくちを開いた。 

「しかしその方法は...... 俺のパーティーでは使えないな。

ロクサーヌもセリーもミリアもいなくなったら困るし」

ご主人様は少し恥ずかしそうにしている。

 

「ありがとうございます。ですが、もっと上の階層に行っても大丈夫です」

「はい。ありがとうございます」

私とセリーがお礼を言うと、ご主人様はさらに恥ずかしそうにし、視線をそらせながら言葉を続けた。

「いや、お前たちがキズ付くところは見たくないんだ。

かけがえのない仲間だからな」

 

仲間...... ご主人様がいつも私たちを対等に扱ってくれていたのは、私たちを奴隷ではなく仲間と思っていたのだったからですね。

なんて器の大きい、そして本当に優しいひと。こんなにも私たちを大事に思ってくれているなんて......

 

私はうれし過ぎて瞳に涙を浮かべると、横でセリーも胸の前で両手を組みながら、瞳を潤ませていた。

「ご主人様、私、すごくうれしいです。こんなに大事に思っていただき、ありがとうございます」

「私もです。本当にありがとうございます」

「はははは。なんか恥ずかしいな」

 

私とセリーが嬉しそうにしていると、うしろからクイッと袖を引かれた。

振り向くと、ミリアが少し申し訳なさそうに立っていた。

彼女はブラヒム語がわからないから状況もわからない。

けれども私とセリーの様子を見て、怒られても聞いておかなければいけないと思ったのだろう。

 

『ミリア。戦闘奴隷は主人のために無理矢理うえの階層で強い魔物と戦わされ、使い捨てにされるという話を聞いたことはありますか?』

『はい。商館で覚悟しておくよう言われました』

『ご主人様は、私たちはかけがえのない仲間なので、そういうことはしないって言ってくださったのです』

『な、仲間ですか?』

『そうです。仲間です。ご主人様は私たちを奴隷ではなく仲間と思ってくださっているのです』

『そうだったの。私は奴隷なのに...... ご主人様は私を買ったのに...... なんて言ったらいいのか分かんないけど、凄くうれしいです』

『私とセリーはご主人様に感謝の気持ちを伝えましたので、あなたもそうしなさい』

私が状況を伝えると、ミリアはコクリとうなずいて、ご主人様の前に出た。そして、ペコリとあたまをさげながらお礼を言った。

「……ありがとう、です」

 

ご主人様は照れながら私たちの顔を見ていたけど、すぐに気を取り直して探索開始を宣言した。

 

「セリー、ハルバー15階層の魔物は何だ」

「ビッチバタフライです」

「風魔法が弱点だったな」

「そうです」

「クーラタルの16階層で戦っているから、少ないところで試してみなくても大丈夫だろう。ロクサーヌ、頼む」

「ビッチバタフライがサラセニアと同数以上のところがいいです」

ご主人様からの依頼に、セリーが口をはさんだ。

 

「何故?」

疑問顔のご主人様にセリーが答えた。

「お忘れですか。ビッチバタフライは火属性魔法に耐性があります」

「そうか。さすがセリーだ。これからも何かあったら頼む」

「はい」

 

「では、ロクサーヌ」

「かしこまりました」

私はにおいを嗅ぎ、ビッチバタフライ2匹とサラセニア1匹の団体を見つけて案内した。

 

その後しばらく15階層で戦ったあと、ご主人様はセリーと話しながら魔法の効き目の実験を始め、サラセニアやビッチバタフライなど、なんどか指定された組み合わせの魔物を探して戦った。

そして、最後に「ヒカクケンショウ」と言って12階層におりてグラスビーにメテオクラッシュを使った。

 

ご主人様はメテオクラッシュで魔物を殲滅すると少し考え込み、なにかの答えを見つけたみたいで本日の実験は終了となった。

 

すると、ご主人様はミリアに向かって話しだした。

 

「そういえば、前にパーンの残したヤギ肉を魚醤につけて揚げたことがあっただろう」

 

えっ!いきなり料理の話ですか?ご主人様、切り替えが早過ぎです。

私は内心でつっこんでしまったけど、表面上は冷静に返事をした。

 

「はい」

「尾頭付きを同じようにしたら、旨くなると思わないか」

ご主人様が魚の話をした瞬間、ミリアは即座に対応した。

「食べる、です」  

「魚醤につけておく必要があるから明日の夕食になるが、十四階層の突破記念だ。ロクサーヌとセリーもそれでいいか」

「はい。ありがとうございます」

「美味しいと思います」

 

私とセリーが同意すると、マーブリームを狩るためにボーデの迷宮12階層に移動した。

 

移動してマーブリーム狩りをはじめると、最初の団体を倒したところで尾頭付きを1匹拾った。

「すごい、です」

ミリアがすぐに飛びついて、嬉しそうにしながらご主人様に手渡していた。

 

『尾頭付きはかなり残りにくいのに、一発で残すとはさすがご主人様です』

「ご主人様、尾頭付きはかなり残りにくいアイテムだそうです。一発で尾頭付きを残すとはさすがご主人様だと言っています」

私がミリアの言葉をブラヒム語にやくすと、ご主人様はドヤ顔になった。

 

その後、4回目のマーブリームの団体を倒すと、2個めの尾頭付きが出た。

 

「尾頭付き、です」

ミリアが拾ってご主人様に手渡す。

 

「尾頭付きは相当に残りにくいと聞いたのですが……」

「ミリアもそう言っています。さすがはご主人様です」

セリーがポツリとつぶやいたので私が答えると、セリーは少し考えた。

「あ。でも料理人になれば食材が残りやすいという話を聞いたことが......」

セリーはご主人様の秘密に気がついたようで、答え合わせをするように問いかけた。

 

「ひょっとして、料理人のスキルですか?」

ご主人様は返事をする代わりに、ニヤッと笑った。

どうやら正解だったようだ。

 

あとで教えてもらったのだけれど、料理人にはレア食材ドロップ率アップの常時発動スキルが有り、ご主人様は尾頭付きや三角バラなどのレア食材が欲しいときは利用しているらしい。

 

「尾頭付きも拾ったし、ちょっと早いけど今日の探索は終了しようと思うが、どうする?」

「そうですね。鍛冶もしたいですし、いえのこともあるのでたまには早目に切りあげても良いかも知れませんね」

ご主人様の問いかけにセリーが返事をしていたとき、とても不快なにおいがただよってきた。

 

「あの。ご主人様、すみません」

「何だ」

「知り合いのにおいがします。入り口から入ってきたところだと思います」

「知り合いか」

 

「移動した方がいいですが、近くにいてはっきりとにおうので、向こうにも私の存在が分かったかもしれません。このまま逃げて後で会ったら、何か言われる可能性もあります」

「嫌な知り合いなのか?」

「えっと。少し」

「そうか」

 

本当は少しどころか凄く不快だったけど、私が強く拒否して逃げ出すことになったらのちのち面倒なことになりそうだし、向こうが私を無視する可能性も......

などと考えていると、向こうはこちらに向かいだしたようで、においが強くなってきた。

 

「こっちに近づいています。確実に私のことが分かったのでしょう」

「しょうがないか。このまま待とう」

「すみません。変なことを言われるかもしれません。お気になさらないようにお願いします」

 

「そこまで嫌な相手なのか」

「昔から私のことを目の敵にしてくるので」

「何かあったとき、俺はロクサーヌの味方だから」

「はい。ありがとうございます、ご主人様」

ご主人様はそう言うと、私の肩にそっと手を置いてくれた。

私はご主人様の優しさに、少し気持ちが軽くなった。

 

「ところでどんなやつなんだ?」

「バラダム家という大きな商家の娘です。名前は知りません」

「えっ、名前は知らないのか?」

「一方的に私に絡んできていたのですが、興味がなかったので」

「そうか。穏便に済めばいいんだがなぁ......」

ご主人様は小さくつぶやいた。

 

 

少し待つと、通路の先のほうから6人のパーティーがあらわれた。

先頭は私の嫌いなバラダム家の娘だ。

その女はどうでも良かったが、うしろにいた男を私は知っていた。

乱暴者のサボーだ。

獣戦士では最も強いと言われているが、恐喝や暴行、女性を襲ったなんて噂もある危険な男だ。

揉め事は起こさないほうが良いので、私は丁寧な対応をすることにした。

 

「おーほっほっ。やはりロクサーヌではございませんこと」

「ご無沙汰しております」

「ホント、久しぶりだというのに、相変わらずさえない女ですわね」

相変わらず性格が悪そう、人相にもそれがにじみ出ているようで、顔が歪んでいる。

そう思いながらも丁寧な対応を心がける。

 

「そちらはお変わりもなく」

「以前のわたくしとは思わないでいただけます? 半年前からさらに強くなりましてよ」

「そうですか」

私はとりあえず、相手を刺激しないように無難に受け答える。

 

「かすかでしたが、迷宮の途中でロクサーヌの貧相なにおいが漂ってきましてよ。わたくしにかかればこのくらい何でもありませんわ」

「こちらにはどのようなご用件で」

ムッとするけど我慢して、丁寧な対応を続ける。

 

「情報弱者のロクサーヌはなんにも知りませんのね。かわいそうだから教えて差し上げますわ。狂犬のシモンが出没するという手配書が回っていましてよ。活躍の見込めない家に手配書は回らないでしょうけど」

「狂犬のシモンですか?」

「シモンはかつて、狼人族でも一、二の使い手といわれた男。サボーが倒し、わたくしのバラダム家こそ狼人族の中で一番強いと証明してみせるのです」

 

「あー……」

シモンはご主人様が既に倒してしまっている。

私はどう答えるか困っていると、向こうは私がブラヒム語を話せないと思ったようだ。

 

「相変わらず躾がなっていない雌のくせに、ブラヒム語は多少覚えましたのね。まだ巧く話せないようですけど」

「えっと。いや」

「奴隷に落ちたのも少しは役に立ったようですわね。感謝してほしいですわ。いろいろ手を回して、あなたの家に収入がいかないようにしたのですから」

 

いま、なんて言った......? 

私の家に...... この女が?

「そんな……。あなたが……」

私は向こうの突然の暴露に言葉が出なくなった。

 

なんでそんなことをしたのか?

何がそんなに気に入らなかったのか?

この女のせいで、叔父や叔母は苦しんだのか?

そのせいで私は奴隷に落とされたのか?

そもそもいつから嫌がらせをしてたのか?

 

私のあたまのなかを色々な疑問が駆け巡り、動揺していると、女はさらにとんでもないことを言い出した。

 

「わたくしのバラダム家の力を使えば、簡単でしたけど。ロクサーヌがひとの男に色目を使うビッチなのがいけないのですわ」

「使ってません!」

私は一瞬で我に返り、キッパリ反論した。

 

女は一瞬怯んだように見えたけど、さらに言葉を重ねてきた。

「口ではそんなことを言っても、態度を見れば明白ですわ。どれだけの男を手玉に取ったのやら。ロクサーヌを見る男の視線が違うのだからすぐに分かりましてよ。その上わたくしの婚約者まで」

「そんなひと知りません!」

私は再度キッパリ否定した。

実際この女の婚約者なんて知らないし、興味もない。

ただ、ご主人様に私の心証をわるくされるのが凄く不快で、思わずキッ!と睨んでしまった。

 

すると、女は貶める矛先をご主人様に変えてきた。

「奴隷になったら、今度はそちらの軟弱男を籠絡したのですか。ロクサーヌに騙されるようでは知れたものですわね」

「ご主人様の悪口は言わないでください!」

私は一気にあたまに血が上り、声を張り上げてしまった。

 

女は一瞬怯んだが、すぐに[してやったり]というイヤらしい顔になった。

「あら。ロクサーヌごときがわたくしに指図するんですの」

「いえ。私のことはかまいませんが、ご主人様の悪口はやめてください」

「それならわたくしと決闘なさい」

「決闘?」

「ご主人様とやらの名誉を守りたければ、勝ち取ればいいだけの話ですわ。そんなにいいご主人様なら、奴隷の決闘も認めてくださるでしょう?」

 

女は頬を緩めてにやけた。その時、はじめからこれが狙いだったことに気付いた。

私は女の策略にまんまと嵌ってしまったことを申し訳なく思いながら、ご主人様に決闘の許可を求めることにした。

 

「ご主人様……」

私がご主人様に話しかけると、その言葉を遮って、女が宣言した。

「わたくしとロクサーヌとの決闘を認めるなら、わたくしのほうから決闘を申し込んで差し上げてもよろしくてよ」

 

ご主人様は状況が飲み込めず、セリーに説明を求めた。

「どういうことだ?」

「決闘を申し込めるのは自由民だけです。ただし、決闘は申し込んだ本人がやらなければなりません。申し込まれたほうは代理の者が代わりに受けて立つことができます。誰かの保護を受けている場合などです。奴隷は当然主人の保護下になりますから」

 

セリーが説明したが、ご主人様はまだ理解出来ていないようだった。

すると、反応の悪いご主人様にしびれを切らしたのか、女が分かりやすく説明した。

 

「ロクサーヌに代理の者を立てないというのなら、わたくしが決闘を申し込もうというのです」

 

すると、ご主人様は小声で尋ねてきた。

「ロクサーヌより強いのか?」

「半年前に練習で一度試合しただけですが、私の攻撃がほとんど通じませんでした」

「向こうの攻撃は?」

「もちろん、かすらせません」

 

「どんな卑怯な手を使ったか知りませんが、今度は半年前と同じ引き分けにはなりませんわ。半年の間にわたくしも強くなっています。尻尾を巻いて逃げ出すなら今のうちですわね。小生意気な雌犬など、叩き潰して差し上げます」

私たちの会話を聞くと、女はわめき出した。

しかし、何を言っていたのか、自分の考えに集中していたので耳に入っていなかった。

 

私はご主人様と出会って2ヶ月で、かなり強くなったと思う。試すにはちょうど良いかも知れない。

「ご主人様、やらせてください」

「でも、やったら勝っちゃうだろ」

ご主人様は女に聞こえるように即答した。

 

「そうかも知れませんが、私がどれくらい強くなれたのか試してみたいです」

「そうか?あの女じゃモノサシにもならんと思うぞ」

私とご主人様は敢えて女に聞こえるように会話を続ける。

 

「な、何を言っているんですの」

女はご主人様の言葉に明らかに動揺していた。

そんな女を追撃するように、ご主人様は言葉を重ねた。

ご主人様も、この女の態度には怒り心頭のようだ。

 

「どう考えてもロクサーヌが負ける想定ができないのだが」

それを聞いて女が反論する。

「それならばなおのこと決闘させてもかまわないではありませんの。主人と奴隷そろって勘違いしているその鼻をへし折って差し上げますわ」

 

ご主人様は顔をしかめると、ポツリとつぶやいた。

「めんどくさいな。勝ってもメリットがないんだよな」

 

確かにご主人様の言う通りだ。私たちにはなんのメリットもない。

せいぜい私がどれだけ強くなれたのか、モノサシとして使えるくらいだろうか?

そんなことを考えていると、今度は女のうしろから声がかかった。

 

「ここまできておまえが決闘を受けないというのなら、我がバラダム家に対する侮辱となる。なんなら、俺がおまえに決闘を申し込んでもいいのだぞ」

くちを開いたのはサボーだった。

 

「ご主人様、サボーは獣戦士で最も強いと言われています。危険です。ここは私に決闘をさせてください」

「いや。俺がやっても負けるとは思わないが」

「なんだと。この女ならともかく、俺を誹謗することは許さんぞ」

サボーが顔を真っ赤にして怒鳴り散らした。

 

確かにご主人様が本気で戦えば、サボーといえども勝てないだろう。

だけど、サボーは何をするか分からない。

卑怯な手も平気で使うと聞いたことがある。

サボーは人を殺すことに躊躇しないだろうし、ご主人様が怪我でもしたら申し訳ない。

 

サボーが出てくる前に、ここは私があの女を倒して終わらせるしかない。

私はそう思い、セリーに目配せすると、彼女は軽くうなずいてご主人様に助言してくれた。

 

「私もロクサーヌさんなら負けないと思います。やらせてみてもよいのではないでしょうか。万が一のときにはあれがあります」

セリーはわざと女に聞こえるように、身代わりのミサンガがあることを伝えている。

 

「ロクサーヌなどのために貴重な装備品を無駄にすることはありませんのに。ですが、決闘の途中でも手をついて謝るのなら命までは取らないで差し上げますわ。バラダム家にもそのくらいの慈悲はありましてよ」

 

さすがにあの女でも、セリーの言葉からこちらに身代わりのミサンガがあることには気づいたようね。

でも、あの様子だと、私たちが普段から足首に装備していることは想像もしていないみたい。

私に装備する必要はないような言い方をしてるけど、あの女のことだから信用はできないわね。

私のことを殺そうとしているのかしら......

 

あの女が何を考えているのか?

はっきりとはわからないけど、少なくてもセリーのほうが何枚もうわてってことね。

 

ご主人様は私に小さくうなずくと、バラダム家の娘に返事した。

「うーん。まあ分かった」

 

「ありがとうございます、ご主人様」

「おーほっほっ。しかと承りましたわ。ロクサーヌ程度、惜しいこともないでしょう。それでは、ハルツ公騎士団の詰め所まで参りましょうか。逃げ出すなどもってのほかですわ」

 

あの女がきびすを返して出口のほうへ向かうと、バラダム家の他のパーティーメンバーも続いた。

 

すると、ご主人様は私に話しかけてきた。

「大丈夫か?」

「大丈夫です。入り口の小部屋まで魔物はいません」

「決闘には騎士団の許可が必要です。私たちも早く行きましょう」

私に続いてセリーもご主人様をせかす言葉をかけると、ご主人様は微妙な顔になった。

聞きたいことが違ったようだけど、遅れて良いことは何もないので、足速にバラダム家のパーティーを追いかけた。

 

「それでは、ここで待っていなさい」

ボーデの城の前に着くと、あの女は一人で中に入っていき、しばらく待つと中からゴスラーさんを連れて出てきた。

 

「ハルツ公領騎士団のゴスラーである。彼女が自由民であることを確認した」

私が一歩前に出て「はい」と返事をすると、ゴスラーさんは一瞬私を見て、軽く目を閉じて小さく首を振ったあと、私に声を掛けてきた。

ゴスラーさんの態度を見れば、あの女がどんな言いがかりで決闘の正当性を訴えたのか想像出来るけど、私はあえて黙っていた。

言葉ではなく、実力であの女が嘘をついていることを証明すれば良いと思いながら......

 

「そのほうがロクサーヌか。決闘に異議はないか」

「ありません」

「それでは、申し出に従い、自力救済の原則にのっとって決闘を認める。被指名者に誰か保護するものがいれば、代理の者とすることができる。代理の者を立てるか」

「いいえ」

私が答えると、ゴスラーさんはちらりとご主人様を確認し、少し残念そうな顔をした。 

 

「相手方は非公開での決闘を望んでいる。それでよいか」

「日にちを延ばして、また卑怯な手でも使われては困りますからね」

バラダム家の娘は公開にして決闘が先延ばしになることを避けたいようだ。

私も面倒なことは早く終わらせたいので、ご主人様のほうを向くと、問題ないとうなずいてくれた。

 

「かまいません」

「それでは、双方のパーティーメンバーのみついてくるがいい」

 

ゴスラーさんに連れられてボーデの城に入ろうとすると、バラダム家の娘は「これでもう逃げられませんわよ」と捨て台詞を残して先に入って行った。

 

私たちはお城の中庭のような広場に案内された。

 

「ここでやるのか」

「公開で行うのであれば場所を設営しますが、非公開なのでさっさとすませるのでしょう。ほとんどの決闘は非公開で行われるようです。騎士団にとっても面倒ごとは手間をかけずに終わらせたいはずです」

ご主人様はセリーと小声で会話をすると、私に声を掛けてくれた。

 

「ロクサーヌ、俺の剣を使うか」

「いえ。使い慣れた片手剣の方がいいので」

「わかった。では、せめてジョブは獣戦士に戻しておく。いいか、絶対に気を抜くなよ。俺は......」

「ご主人様。大丈夫です。必ず勝ちます」

「わかった。頑張ってこい」

「かしこまりました」

ご主人様と話し終わると、ミリアが心配そうな顔をしながら私に頑丈の硬革帽子を渡してきた。

 

「はい、です」

「ありがとう、ミリア」

私は帽子を交換してただの硬革帽子をミリアに渡し、彼女のあたまを軽く撫でた。

 

「それでは、両者前へ」

ゴスラーさんの号令で、私とバラダム家の娘は向かい合う。

「しっかりやってこい」

「ロクサーヌさんなら負けるはずがありません」

「お姉ちゃん、がんばる、です」

私は3人からの声援を受けたが、バラダム家のパーティーは静かだった。

 

すると代わりに女が吠える。

「おーほっほっ。決闘をするとなれば、命のやり取りは常道ですわ。覚悟なさい、ロクサーヌ。もちろん、はいつくばったところで許すことなどありえませんわ。今日がおまえの命日になりましてよ」

 

やはりそうだったか。

この女は私を殺す気だ。

そっちがその気ならこちらも容赦はしない。

 

「行きます」

「教えて差し上げましょう、ロクサーヌ。半年前の試合にはお互いパーティーメンバーはいなかったのに、今日はサボーがわたくしのパーティーメンバーなのですわ。サボーはわたくしのバラダム家が総力を結集して求めたドープ薬を服用しているのです。その意味がお分かりになりまして」

「……」

 

ドープ薬...... サボーも所詮はハリボテの強さってことね。それに、サボーがパーティーメンバーだから強気だったなんて、とてもがっかりね。

それよりも...... この女は私にもパーティーメンバーがいることは考えてないのかしら。

性格と容姿だけでなく、あたまも悪いなんて......

救いようがないわね。

 

そんなことを考えて少し哀れに思っていると、あたまの悪さが出てしまったのか、勝手に勘違いしてまたしゃべりだした。

「おーほっほっ。意味が分かるようですわね。いい気味ですわ。それでは、まいりますわよ」

 

私は無言で剣をかまえ、女が踏み込んで振るった剣を半歩下がってかわした。

その後も女が振り回す剣を最小限の動きでかわし続け、それから反撃を開始した。

 

私は女の剣をかわしざま、手首や肩、脇腹や太腿を切りつけた。

女は自分の攻撃がかすりもせずに一方的に攻撃を受けていることにごうを煮やしたのか、大振りになって突っ込んできた。

私はそれをかわして、体勢を崩した女にわざと大振りにレイピアを振ると、女は無駄に大きく飛びのいて、勢いあまって尻もちをついた。

「ハァー......」

私は思わずため息をついてしまった。

 

「半年前と違って私の攻撃が通用するようですね。どうしたのですか。本気を出してください」

「くっ。相変わらずちょこまかと」

 

女が顔を歪めて立ち上がると、また剣を振り回しはじめた。

私はそれを冷静に避け続ける。

 

「半年前の方が強いと感じました」

「あと少しのところですのに……。どうして……。そこですわ」

なにがそこなものか、ハッキリ言って遅すぎる。

攻撃も単調だし、足技を使うこともない。

私はこのまま続けても、時間がかかるだけで得るものは何もないと思い、さっさと終わらせることにした。

 

「ご主人様の薫陶を得て少し強くなったような気がしたのでどのくらい強くなったのか計りたかったのですが。ご主人様の見立て通り、モノサシにもなりません」

「くっ。そんなはずはありませんわ」

「もういいです」

 

“殺してやる!”私は一瞬殺気をこめて、女の喉に剣を突き入れた。

レイピアは正確に女の喉にヒットしたが、女は串刺しにはならずに突き飛ばされた。

 

女はのけぞって倒れ、そのまま仰向けにばったりと横たわった。

 

「ま、まだこれくらいで……」

女は震えながら身を起こそうとしたが、足元に切れた紐が落ちたことに気づくと動けなくなった。

 

私は動けなくなった女に声をかけた。

「私の家が困窮するように、いろいろと画策してくれたようですね。しかし、そのことには感謝しないといけないのかもしれません。素晴らしいご主人様に出会えましたから」

 

私はそう言ったあと、女にだけ聞こえるくらいの小さな声で、言葉を続けた。

「ところであなたは確か、シモンを倒しにこちらに来たと言っていましたね」

「......」

「情報弱者のあなたに、ひとつ良いことを教えてあげましょう。

私のレイピア、前の持ち主はシモンという狼人族の海賊でした。この意味が分かりますか?」

「えっ!」

「活躍の見込めない家に手配書は回らない?

討伐完了の連絡もいかない家が期待されているとでも思っているのですか?」

「そんな、いつの間に......」

「あなた達は相当あたまが悪いようね。誰に喧嘩を売ったのか理解出来ないようですし」

「なっ! えっ!」

「ふふ。因みにあの海賊と他にも賞金首が何人かいましたけど、10人で襲ってきたのに私のご主人様ひとりに瞬殺されていましたけどね」

そう言いながら私が一歩踏み出すと、女はヒッ!と軽く悲鳴をあげた。

 

「あなたはサボーなら誰にも負けないと思っているようですけど、クスリで強くなったようなハリボテ男が私のご主人様に勝てるとでも思っているのかしら?

ふふ。私は瞬殺されると思うのですけど」

「そ、そんな筈は...... サボーなら......」

「まあ、これ以上話しても時間の無駄ですね。どうせあなたはサボーの死ぬところを見ることが出来ないのですから」

「えっ! それはどういう......」

「今までの自分の行いに後悔しながら死になさい!」

 

私は女にトドメを刺すためレイピアを構えて歩き出すと、女は尻もちをついて悲鳴をあげ、後ずさりながら股間を濡らしだした。

「ヒイィィィッ!」

 

私は構わず間合いを縮め、あと一歩でレイピアが届く距離まで近づいた、まさにその時。

私のうしろから、ご主人様の声がかかった。

 

「ロクサーヌ!」

私は数歩下がって女と距離を取ってから、ご主人様に振り返えると、小さく首を振っていた。

殺さずに終わりにしろということだ。

 

「よろしいのですか」

「かまわない」

「このままだと、引き分けということになりますが」

私の顔を見て不安になったのか、ご主人様はセリーに確認した。

 

「大丈夫だ……よな?」

「あまりよくはありませんがそれでいいのであれば」

ご主人様はセリーの答えを聞いて首をかしげたが、そうしながらも手を振って私を招き寄せた。

 

すると、今度はバラダム家のパーティーのほうから声がかかった。

「あれを使え」

発言したのはサボーだ。

 

「そんな」

「大丈夫だ。見ていたが、あいつは身代わりのミサンガを渡していない。今なら、ただの引き分けでなく名誉ある引き分けに持ち込める」

 

身代わりのミサンガを渡していない?

サボーも私たちが普段から身代わりのミサンガを装備しているとは考えてもいないのか......

 

「で、ですが……」

「おまえはバラダム家の家名に泥を塗るのか!」

「も、申し訳ありません」

「いいからたてっ!負けは許さんぞ!」

「......」

 

名誉ある引き分けが何かは分からないけど、サボーに逆らったらあの女はただでは済まないわね。

まあ、あの女がどうなろうと構わないけど、引き分けは良いことではないわ。

 

チラッと振り返ると、女は顔が真っ青になっていたけど、動く様子はなかった。

このままでは、またいつ絡まれるかわからないし、他のことで嫌がらせをされるかも知れない。

ご主人様はそのあたりをどう考えているのか......

 

私はそう考えながらも視線を戻し、指示どおりにご主人様のところに戻った。

「よくがんばったな」

「はい」

「さすがはロクサーヌさんです」

「すごい、です」

 

「ご主人様の戦いぶりを常に身近で見ていたので私も少しは強くなれたのではないかと考えていましたが、思った以上でした」

「そ、そうか」

「ご主人様の薫陶の賜物です」

私が答えると、なぜかご主人様は肩をすくめた。

 

「相手は降参をしていないので勝負なしということになるがよろしいか」

勝負が膠着したからか、ゴスラーさんがこちらに寄ってきて問いかけてきた。

ご主人様を見るとコクリとうなずいたので、私はゴスラーさんに向き直り「はい」と返事をした。

 

次にゴスラーさんはバラダム家のパーティーのほうにも歩み寄り「そちらもそれでよろしいか」と尋ねると、サボーが前に出て答えた。

 

「クッ! 仕方がない」

サボーは顔を真っ赤にしてひたいには青筋が浮かんでおり、カラダがプルプルと震えている。

あの男にとって、この結果は屈辱だったのだろう。

そしてあの女は、地面にヘタリこんだまま顔を青ざめさせていた。

 

「それでは、この決闘は引き分けとする」

ゴスラーさんが宣言すると、サボーは地面にヘタリこんで股間を濡らしている女に向かって歩きだした。

 

サボーは女に近づくと腰の鞘から大剣を引き抜き、

「バラダム家の面汚しがっ!」とひとこと怒鳴ると女の首を刎ね飛ばした。

 

「あっ!」

「なっ!」

「えっ!」

周りにいた全員、一瞬動きが止まった。

 

するとサボーは、自分はさも正しいことをしたのだと言わんばかりに、とんでもない事を言い出した。

 

「こいつにはもしものときのために自爆玉を渡しておいた。まさか本当に後れをとるとは思わなかったが。その程度の覚悟もないやつなど、我がバラダム家には必要ない」

 

自爆玉...... つまりサボーは、あの女に自爆して私を巻き込めって言っていたのね。

だからあの女は、サボーに怒鳴られても立ち上がれなかったのね。

でも...... サボーもそうとうあたまが悪いわね。

完全にセリーの手のひらのうえで踊らされているわ。

 

あの女が自爆玉を使っていたら、卑怯な手を使ったうえに負けていたのだから、バラダム家の家名は地に落ちていたわね。

サボーは逆に、あの女に助けられたってことね。

 

まあ、私としてはあの女が死んでせいせいしたけど、引き分けだから、このままでは済みそうにないわね。

 

地面に転がる女の首を無視してわめいているサボーにゴスラーさんが詰め寄ったけど、バラダム家内部の問題だと言われ、しかたなく引きさがった。

 

すると、サボーはこちらを向いて、くちを開いた。

「だが形式上とはいえ引き分けなのは都合がいい。おまえたちは我がバラダム家に恥辱を与えた。決闘で敗れ、とどめを刺されないなどこの上もない不名誉だ。この汚辱をすすぐため、俺はそこの女に決闘を申し込む」

 

サボーはゴスラーさんにインテリジェンスカードを見せながら、私を指差した。

 

再戦はないと思い込んでいたらしいご主人様は、困惑してセリーに説明を求め、自分が引き分けにさせたことが悪かったことにやっと気づいたみたいだ。

 

ご主人様はしばらく決闘を回避する方法がないかセリーと話していたけど、それが無理だと悟るとフッっと息を吐いて自分が戦うと言い出した。

 

サボーは仮にも獣戦士で一番強いと言われている。だからといってご主人様に勝てるとは思えないけど、卑怯な手も平気で使う。

もし、それでご主人様が怪我をしたら...... 

万が一にも命を落とすことになったら......

 

そんなの耐えられない。

それを見ているなんて、私には......

 

ご主人様は私を気遣って自分が戦うと言ってくださっているけど、ここは私に任せてほしい。

私はそう思い、自分が戦うと進言した。

「いえ。私が。サボーの強さはよく知られています。危険です」

「ロクサーヌがやるとあっさり勝っちゃいそうだし」

ご主人様が軽い感じで返事をすると、サボーは自分が馬鹿にされたことに気づいて怒鳴った。

 

「なんだと貴様っ!言うにこと欠いて」

「サボーは相当に強いはずです。狼人族の間では暴れ者として有名です。ご主人様を危険にさらすわけにはいきません。もし万が一のことがあれば」

 

私が思わず不安を口にしてしまうと、ご主人様の雰囲気が変わった。

今まで一度も感じたことがなかった、静かだけど圧倒的強者の雰囲気。

その雰囲気に包まれて、私は次の言葉が出せなくなる。

 

「万が一......だと? 万が一お前に何かあったらどうするんだ」

ご主人様は私の目を見て言葉を紡いだ。

決して大きな声では無いけど、こんな怒ったご主人様は見たことが無い。

 

私には.... 止めることが出来ない...... そう思うと瞳が潤みはじめる。

それでもご主人様には戦ってほしくなくて必死に見つめると、彼の表情がフッと柔らかくなった。

そして、私の不安を拭うように、彼は優しく耳を撫でてくれる。

 

「ご主人様......」

「大丈夫だ、ロクサーヌ。おまえのご主人様はそこまで弱くない」

そこまで弱くない...... 

彼の言葉が私の心の中に染み込んでいく。

 

つまり......

ご主人様からすると、サボーなんて相手ではない。

余裕で倒せるってことですよね!

 

“か、かっこいい!”

私のために...... 私の不安を消し去るために......

この方は、なんて素敵な人なんだろう......

 

「万が一は無いから、お前はそこで見ておけ」

「は、はい」

私はご主人様に見惚れてしまい、気づいたら返事をしていた。

 

「ただ向こうも少しは強いみたいだからな。手加減は難しい。殺してしまうことになるが、問題ないか」

「は、はい......」

「大丈夫です」

私に続いてセリーがしっかりと答えた。

 

あとで聞いたのだけど、このとき私はうわのそらで返事をしていたようで、気づいたセリーがフォローしてくれたそうだ。

 

その後、ご主人様は自分が代理に立つことと、サボーを殺すことに問題はないかゴスラーさんに確認すると、サボーは俺が負けるわけがないと怒鳴り散らした。

ご主人様はそんなサボーに視線を向けると、彼を小馬鹿にするように身振り手振りを加えながら挑発し始めた。

 

サボーはご主人様から何度か挑発されると、さらに顔を赤くして「貴様っ!楽に死ねると思うなよ!」と怒鳴って大剣を抜き放った。

そして、ゴスラーさんに向けて剣先を突き出し、「さっさと始めるがいい!」と怒鳴っている。

 

サボーは明らかに冷静さを欠いていて、今にも飛びかかりそうだ。

あれではまともな戦いにはならないだろう。

 

ゴスラーさんは小さく咳払いすると、宣言した。

「では、異議がないのであれば決闘を認める。始めてよいか」

「おう」

サボーが吠え、ご主人様がうなずいた。

サボーは大剣を軽く振りながら前に出てきた。ご主人様を威嚇でもしているのだろうか?

対するご主人様は、なんと手ぶらだ。

 

ゴスラーさんが「両者前へ」と声を掛けると、サボーは

ご主人様を睨みつけながら歩み寄り、5メートルくらい離れたところで立ち止まって剣を構えた。

そして、いまだ武器を構えず手ぶらで立ち尽くしているご主人様を見ると再び憤怒の表情を浮かべた。

 

サボーは殺意を抑えきれないのか、剣を持つ手が微かに震えている。

対するご主人様は素手のまま立ち尽くしているけど、その目は冷静にサボーを見据えているようだ。

 

「はじめ!」という声と同時に、サボーはご主人様に向けて一直線に突っ込んだ。そして、走りながら大剣を勢いよく振り上げた。

それなのに、ご主人様は動かない。

まさか、反応出来ないのでは!

 

「ご主人様!」

私は思わず叫んでしまったけど、サボーが上段から大剣を振り下ろした刹那、ご主人様のカラダが一瞬ブレた。

 

彼は姿が霞むくらいのスピードで右に回り込みながら剣をかわした。そして、流れるように自然にうでをつかんで引き寄せると、足を引っ掛けてサボーを転がした。

 

私は離れた場所から見ているからわかったけど、きっとサボーには目の前にいたご主人様が突然消えたように見えたことだろう。

 

サボーはご主人様に突っ込んだ勢いのまま、まるで糸の切れた人形のように手足をぶらつかせ、自慢の大剣を放りだした。

そして、そのまま2転、3転と地面を転がりうつ伏せの状態でからだがとまると、そのままピクリとも動かなくなった。

 

ご主人様は「ふぅ」とひと息つくと、倒れたサボーには一瞥もせずにゴスラーさんに小さくあたまをさげた。

そして、そのまま私たちに向かって歩き出した。

サボーはうつ伏せに倒れたまま動く気配が無いけれど、まだ決闘は終わっていないのに大丈夫なのだろうか。

 

「えっと……」

「まだ始まったばかりですが」

私とセリーが声をかけると、ご主人様はもう一度「フゥっ」と息を吐いていつもの優しい顔に戻り、私たちに返事をした。

「終わりだ。あいつはもう、死んでいる」

 

いったいなにがどうなったのか...... 

私は、ご主人様のカラダがブレた瞬間に何かのワザを仕掛けたのだと推測した。 

 

推測はしたけど...... 見ていたはずだけど...... 

その瞬間に何をしたのか全く見えなかった。

ご主人様はやっぱり凄い。

「す、すごいです。近づいて腕を取り足をかけたのは見えましたが、何をしたのかは分かりませんでした」

 

「剣も抜かずにあっという間に倒すなんて……」

「すごい、です」

私に続き、セリーとミリアもご主人様を称賛した。

 

「確かに事切れている」

サボーの状態を確認していたゴスラーさんがつぶやいた声が聞こえてきた。

 

「サボーはとてつもなく強いと聞いています。だから、今まで誰もバラダム家には逆らえませんでした。それをあっさり倒すなんて。さすがご主人様です」

「いや、どうなんだろ。ロクサーヌのほうが強いんじゃないか」

 

私たちが話していると、バラダム家の残りのメンバーが我に返り、狼狽え出した。

「そんな……あのサボーが」

「確かにお嬢様と戦ったあの女性も強かったが、まさかサボーを上回るなんて」

「どうしよう、こんなの想定してないぞ」

「と、とにかく御館様に報告しないと......」

 

狼狽している向こうのパーティーメンバーを見かねたのか、サボーの死亡を確認したゴスラーさんが歩み寄った。

「この決闘はハルツ公騎士団のゴスラーが確かに見届けた。両者死力を尽くした、正当な決闘であると証言する。報復などのないように」

ゴスラーさんが向こうのパーティーメンバーに訓示していると、ご主人様も近寄って声をかけた。

 

「決闘上のことなのでやむをえぬ仕儀となった。遺恨のないように願いたい」

「は、はい。それは分かっております。サボーを倒されるようなかたと諍いを起こすつもりはありません。それで、装備品のことですが」

「装備品か......」

 

ご主人様が振り返ると、すぐにセリーが説明をはじめた。

「決闘に負けた人の装備品は本来勝利者のものです。しかし受け取らないことが多いです。装備品目当てに決闘を挑む者もいますので。

特に強い憎悪がある場合には、装備品の中から一つだけ奪うことも行われています」

 

セリーの説明を聞くと、ご主人様は私に問いかけてきた。

「ロクサーヌ、どうする」

「私は特に怨みはありませんので」

 

ご主人様の手前怨みはないと言ってしまったけど、本当はそんなことはない。

 

あの女のせいで叔父や叔母は借金を背負わされ、私は奴隷に落とされて売られることになった。

売られることが決まってからは、叔父とは口を聞かなかったし、叔母とは目を合わせて話すことが出来なくなった。

 

私が商館に連れて行かれる日、叔母は涙を流しながら私を強く抱きしめ、なんども謝っていたけれど、私は気持ちの整理がつかず、突き放すように最低限の返事しかしなかった。

そして、叔父には性奴隷となることを無理矢理承諾させられていたので、一生恨んでやると心に誓った。

 

そう、あの日。

私と叔母たちとの関係は壊れたのだ。

 

あの女は私に負け、サボーに殺された。

自業自得だし同情する気なんてサラサラない。

それに、今後は絡まれることがなくなるので、それ自体は良い結果だ。

だけど...... 気持ちは晴れない。

 

あの女は死んだけど、だからといっていまさら叔父や叔母との関係がもとに戻ることは無いだろうし、性奴隷に落とされて、誰に買われるかもわからずに、悩み苦しんだ日々が消えることもない。

 

その後、ご主人様に出会えたことは私の人生で最大の幸運だけれど、もしも主人と奴隷としてではなく、対等の立場で出会えていたら...... 

 

それに、私があの女に絡まれたせいでご主人様にまで迷惑を掛けてしまった。

私が男たちを手玉に取っていたなんて、ひどい嘘までつかれて、ご主人様からの心象を悪くされてしまった。

あのとき、ご主人様はどう思ったのだろうか。私に失望したのではないだろうか。

 

それに、あの女は、ご主人様を軟弱男などと...... 

 

死んだからって許せるわけがない。

私が...... やっぱり私がさっさとあの女を殺しておけば...... 

あの女を突き飛ばしたあと、そのままつっこんで刺し殺していれば......

 

私は目をふせ、モヤモヤした気持ちのまま考えこんでしまっていた。

 

すると、ご主人様は私の両肩をつかみ、心配そうな声音でもう一度私に確認してくれた。

「ロクサーヌ。本当にいいんだな」

「は、はい」

ご主人様の声でわれにかえると、ご主人様が心配そうに私を覗き込んでいた。

 

私は顔をあげて一度深呼吸し、ご主人様をしっかりと見つめ返した。

ご主人様は私に小さくうなずくと、振り返って向こうのパーティーメンバーに告げた。

「装備品は必要ない」

 

すると、向こうのパーティーメンバーは「ありがとうございます」とご主人様に形ばかりのお礼を言った。

そのあとゴスラーさんに「装備品とインテリジェンスカードを持って帰りますので、遺体の処分はおまかせします」と一方的に告げ、そそくさと死体から装備を剥ぎ取りはじめた。

 

ゴスラーさんは一瞬あきれた表情をしたけど、すぐに私たちに移動するよう促した。

「では、こちらへ」

ゴスラーさんに案内されて城内にはいると、そのままロビーまで通された。

そこで、私はご主人様に謝罪した。

 

「ご主人様、私のためにすみませんでした」

「いや。引き分けにしろと言ったのは俺だしな」

「ですが......」

「大丈夫だ」

ご主人様に力強く言われてしまい、私は「はい」と返事をして押し黙った。

 

私はご主人様に叱ってほしかったのだろうか......

それとも慰めてほしかったのだろうか......

 

私が自分の感情を持て余しているうちに、ご主人様はゴスラーさんとひとことふたこと話をして別れた。

 

その後、家に帰ってくると、ご主人様はもう一度私に声をかけてくれた。

「ロクサーヌ、大丈夫か」

「はい。私なら大丈夫です。えっと。あの女が言ったこと、気にしないでもらえますか」

「軟弱男だったか。別に気にしていない」

「いえ。あの。私が男を手玉に取ったとか」

「そっちはもっと気にしていない」

ご主人様はそう言って笑いかけてくれた。

でも、本当に気にしていないのだろうか?

 

私は不安な気持ちを押し隠し、ご主人様に笑みを返した。

 

その夜、ご主人様はいつにも増して私を激しく可愛がってくれた。

全てを洗い流すように。

全てを忘れさせてくれるかのように。

 

ご主人様が横になったあと、私はなぜこんなことになったのか、また考えてしまった。

そして、ポツリとつぶやいてしまう。

「私、叔母の家族に迷惑をかけたかもしれません」

「今日のことは忘れろ」

すぐにご主人様から声がかかったけど、私は言葉を止められなかった。

 

「叔父は私に性奴隷になることを了承させ、代わりに狼人族には売らないという条件を奴隷商人につけました。酷い叔父だと思いましたが、それは私を守るためだったかもしれません」

「細かいことを言い出したら、俺があの女に感謝しないといけなくなる。あの女のおかげでこうしてロクサーヌを手に入れることができたのだしな。だから、細かいことはあまり気にするな」

「はい。ありがとうございます」

 

「俺とロクサーヌが幸せになればいい。それがあの女に対する最高の復讐だ」

ご主人様はそう言いながら私を抱き寄せてくれた。

私はご主人様の肩にあたまを乗せ、幸せな気持ちで目を閉じた。

私はしばらくそのままでいたけど、ご主人様が眠ったのでベッドを抜け、ダイニングにおりた。

ひとりになって気持ちを整理したかったからだ。

 

暗い部屋の中でイスにすわり、静かに今日のことを考えた。

 

あの女は、私を奴隷に落とすため、私の家に収入がいかないようにしたと言っていた。

そして、私があの女の婚約者に色目を使ったことがいけないのだと言っていた。

 

私は誰があの女の婚約者なのか知らないし、そもそも男の人から言い寄られることはあったけど、色目を使ったことなど一度もない。

あの頃はご主人様のような素敵な人と出会ったことがなかったので、恋愛対象として男の人に興味を持つこともなかった。

 

誰と話すときでも愛想よくしていたとは思うけど、誰からの誘いも受けなかったし、男の人から告白されてもちゃんとことわったはず。

なかには何度断ってもしつこく迫ってきた人もいたけれど、思わせぶりな態度を取ったことは一度もない。

それなのに、こんな仕打ちを受けるなんて......

 

愛想が良かったことがいけなかったの?

それだけで奴隷に落とすほど恨まれたの?

 

私には心当たりはないし、本当の理由はわからないけど、あの女が嫉妬に狂って私を恨んだことに間違いはない。

そして、そのせいでご主人様に迷惑がかかってしまったことも......

 

何をどうすれば良かったのかは分からないけど、

私がもっと気をつけていれば......

私がもっとうまく立ち回れていたら...... 

私が悪かったのか......

私が...... 

私が......

 

私が沈み込んでいると、不意に誰かに見られている気がした。

顔をあげるとそこにはいつの間にかセリーが立っていた。

 

セリーは私の隣まで近寄ると、私のあたまを引き寄せて胸に抱えた。そして、黙ったまま私のあたまを撫でだした。

次の瞬間、私の瞳から涙が溢れ出し、嗚咽してしまった。

今はただ、セリーの優しさがうれしかった。

私はそのままセリーにしがみつき、しばらく泣いた。

 

少しして落ち着くと、セリーはくちを開いた。

「落ち着きましたか?」

「セリー...... ありがとう」

「いえ、これは貸しですよ。私が落ち込んだときに返して頂きますからね」

「ええ。そのときは必ず......」

 

「それにしても、今日のご主人様は凄かったですね。ロクサーヌさんはどう思いました?」

「確かに凄かったですね。攻撃が速すぎて、私の目では追いきれませんでした」

「ロクサーヌさんには見えていたのではないのですか?」

「いえ、私に見えてたのは、ご主人様が剣をかわしながら右回りにサボーの腕を引き寄せて、その手を流しながら足を引っ掛けて転ばした。というところまでです。攻撃したところはまったく見えませんでした」

「そうでしたか。帰りぎわにゴスラーさんが、サボーの死体のところに身代わりのミサンガが落ちていたので、ご主人様はあの瞬間に2回致命傷になる攻撃をしていたと言っていましたよね。

ですから、普通の攻撃ではなく何か特殊な魔法ではないかと私は考えています」

「本当ですか? 私はゴスラーさんの話を聞いていなかったので気づきませんでした」

「そうですか。やはり聞いていなかったのですね。 

ロクサーヌさんは決闘であの女が死んだあとくらいから、ずっとうわの空でしたからね」

「セリー、すみませんでした。私......」

「仕方ないですよ。ご主人様、凄くカッコ良かったですし」

私はあのときの、私のかわりにサボーと戦うと言ったときのご主人様を思い出した。

カッコ良かった。凄く素敵だった。

それと同時に、あの女がついた嘘をご主人様はどう思ったのか......不安もよぎる。

「......そうですよね」

 

私があのときの光景を思い浮かべていると、セリーに肩をたたかれて現実に引き戻された。

「ロクサーヌさん、帰ってきてくださーい!」

「せ、セリー、すみません。

あの、ご主人様は今日のことで私に失望してしまったのでは......」

「はぁ?」

「だって、男を手玉に取ったとか、色目を使ったとか言われたのですよ?」

「そんなのもてない女のひがみに決まってます。ご主人様もきっとそう思ってますよ」

私は不安をくちにしたが、セリーにキッパリ否定された。

 

「そうですか?」

「ご主人様はロクサーヌさんを信頼しています。それに、ひとりの女性として間違いなく好意を寄せています。そんな人があんな女の言葉を信じるはずがありません」

「本当にそうでしょうか...... 私、自信がなくて......」

「はぁ?ロクサーヌさんがですか?

あきれた。あなたが駄目なら世の中の女性は全員駄目ってことになりますよ」

「そ、そんなこと...... でも、私は奴隷ですし、あんな素敵なご主人様とは釣り合いが......」

「ああもう。何を言っているのですか!

ご主人様はロクサーヌさんのために命をかけたのですよ?好きでもない女に命をかける男がいるとでも思っているのですか?」

「確かにそうかもしれませんが、私......」

「はぁー......」

セリーは深くため息をつくと、ニヤッと笑みを浮かべて再びくちをひらいた。

 

「私がいくら言っても駄目ですね。お薬が届いているみたいですので、ちゃんと飲んでくださいね。

ちゃんとロクサーヌさんに効くように、今からおまじないをかけますから」

「えっ!どういう...」

そのとき、不意に大好きな匂いがした。大好きな、ご主人様の匂いだ。

するとセリーは少し大きな声で私に告げた。

まるで廊下にいる誰かに聞かせるように。

 

「ロクサーヌさん。もう一度言いますよ。

好きでもない女に命をかける男なんていません!

素直にもう一度ご主人様のところに行って、想いを伝えてください。大丈夫きっと受け止めてもらえますから。

いいですね!」

「は、はい」

「では、私は先に寝ます。おやすみなさい」

セリーはそう言い残すと、ダイニングを出て行った。

廊下で一度立ち止まったようだけど、少しすると彼女は寝室にあがっていった。

 

その後、ダイニングにご主人様が入ってきた。

「ロクサーヌ。少し話をしようか」

「はい。ご主人様」

私が返事をすると、ご主人様はいつもの向かい側ではなく、私の隣に座った。

 

「今日は、その、色々大変だったな」

「私のせいでご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありませんでした」

「ロクサーヌのせいじゃないだろう」

「いえ、私のせいです。私があの女に恨まれるようなことがなければこのようなことには......」

「それは無理だな。あれは逆恨みだ。それもあの女が言っていた、ロクサーヌが色目を使ったとか、男を手玉に取ったとかじゃない」

「えっ!違うのですか?」

「ああ、そうだ。だからこそ厄介なんだが、ロクサーヌは分からないか?」

「えっと....分かりません」

「やっぱりな。ハッキリと言うから、これからはちゃんと自覚してくれ」

「はい......」

 

「ロクサーヌ。あの女がお前を恨んだ理由は、お前が美人で魅力的だからだ」

「えっ!」

「あの女はロクサーヌの容姿に嫉妬して、言いがかりをつけて貶めようとしたのだ。だから、厄介なんだ。嫉妬されることは防げないからな」

「私の容姿って、そんなことは」

「ロクサーヌ。自覚しろって言っただろう。お前はそこらの美人なんて比にならない、あたま一つ飛び抜けた美人なんだ。それに、スタイルも良い。それもそこらのスタイルの良い女と比べてあたま一つ飛び抜けている」

 

私は自分が美人でスタイルが良いほうだとは思っていたけど、自分くらいの容姿の人はいくらでもいると思っていた。

なので、ご主人様からあたま一つ飛び抜けていると言われ、正直驚いている。

 

ご主人様は驚いている私の様子を見ながら、さらに言葉を重ねた。

 

「ハッキリ言うけど俺はベイルの商館でお前にひとめぼれしたのだ。お前ほどの美人でスタイルが良い女を見たことがなかったからな。

だから、ロクサーヌが売られる前、他の男がどんな目でお前を見ていたのか、容易に想像がつく。

たくさんの男が言い寄っていたのではないのか?」

「確かに言い寄ってきた男の人は何人かいました。でも、ちゃんと断りましたし興味もありませんでした」

 

「いや、ロクサーヌは断っても、相手の男はどうかな?未練タラタラでなんど断っても言い寄るやつもいたのではないのか?」

「......はい」

「ロクサーヌの言葉を曲解して、自分に気があると思い込んでいたやつもいたのではないか?」

「......はい」

そのとき、私はもとパーティーメンバーのことを思いだした。

 

あのボンボンは何度断っても気持ち悪くにじり寄ってきた。

社交辞令は通じなかったし、露骨に嫌がっても他のメンバーに「ああいうのを照れ隠しって言うんだぜ」なんて言っていた。

その言葉を聞いたとき、私は背筋がゾッ!と総毛立ったことを覚えている。

 

他のメンバーも私に“自分の女になれ”って言っていたし、まちで声を掛けられることも何度もあった。

思い出してみると、知らない女から急に「フンッ!このビッチが!」とか、「いい気になってんじゃないわよ!」とか言われたこともあった。

そのときは変な女がいるって思っていたけど、あれは私の容姿に嫉妬していたということなんだ。

つまり私はご主人様の言う通り、自分が思っているよりも、はるかに美人でスタイルが良いと見られているのだろう......

 

ご主人様は私の表情を確認したのか、少しのあいだじっと私の目を見て、そして話を続けた。

 

「そんなロクサーヌを、あんな顔も心も歪んだ到底もてそうにない女が見たらどう思うか。

嫉妬心に火が付くことは容易に想像が付くだろ?

だから厄介なんだ。

さっきも言ったけど、嫉妬されることは防げないからな。

だからこれからは、ちょっと良い顔をしただけで自分に気があると勘違いする男や、ロクサーヌの容姿を見ただけで殺したいほど嫉妬する女もいるということを自覚して行動すること。わかったな?」

「はい」

 

「あと、難しいかも知れないが...... 常に周りには気を付けてくれ」

「えっと、それは?」

「ロクサーヌは美人で魅力的だ。男なら、なんとしてでも手に入れたいと思える女だ。

だから、無理矢理襲ってでも欲望を満たそうとするやつもいるかも知れん」

「大丈夫です。そんな男は返り討ちにします」

 

私はそこらの男に負ける気はしないし攻撃されてもかわす自信があるので、自信満々でご主人様に返事をすると、ご主人様は軽くため息をついて首をふった。

 

「いや、駄目だ。相手が必ず正攻法で来るとは限らない。薬や魔法で動きを封じられてしまうかも知れない。

複数人で一斉にかかって来るかも知れない」

「それは......」

ご主人様の言う通りだ。

相手が卑怯な手を取らないなんて、なんて甘い考えだったのだろう。

 

「だから、身の危険を感じたら、とにかく逃げろ。あと、普段からなるべく人通りの少ない場所は避け、なるべく1人で行動しないように」

「わかりました。ご主人様の言う通りにします」

「分かれば良い」

 

「ご主人様...... ご主人様はなぜ、そこまで心配してくださるのですか?」

私は答えがわかっていたけれど、あえてご主人様に聞いてみた。

すると、少し顔が赤くなり、ぼそっとつぶやいた。

「そんなの好きだからに決まっているだろう」

「ありがとうございます。私もご主人様が大好きです」

予想通りの言葉が聞けて嬉しくなり、私が明るく返事をすると、ご主人様はなぜか微妙な顔をした。

 

「えっと、何かいけませんでしたか?」

「いや、そうではないが...... 

うん。これはちゃんと言わないと駄目だな」

そう言うと、ご主人様は真剣な顔付きになり、私としっかり目を合わせた。

私はご主人様の瞳に吸い込まれるような気がして息を飲む。

すると、ご主人様の口がゆっくりと開いた。

 

「ロクサーヌ。お前を愛している」

その瞬間、私のカラダは雷に撃たれたようにビクンと跳ね、歓喜に満たされた。そして、一瞬で涙が溢れ出した。

「は、はい...... はい...... ありがとう...... ございます」

うれしい。ご主人様に愛して頂けるなんて、夢のよう。

でも、ご主人様のような素敵なかたに愛される資格が、私にあるのだろうか?

私はその不安を、口にしてしまう。

 

「ご主人様...... 私は奴隷です。ご主人様に愛される資格は私には......」

「奴隷だったら何か問題なのか?

そんなことは俺には関係ない。

それともこの国では男が女を愛することに身分が関係あるのか?」

「い、いえ。恋愛に身分は関係ありません」

「では、俺からの好意は迷惑か?」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の気持ちが溢れてしまった。もう、止められない。

「迷惑だなんて、そんなことはありません。

とても...... とてもうれしいです。

私も...... 私も愛しています...... ご主人様を、心から愛しています」

ご主人様は私の返事を聞くと少しホッとしたようで、小さく微笑んでから優しい声音で話を続けた。

 

「ロクサーヌ。俺は命をかけてお前を買ったし、今回も命をかけてお前を守った。

俺は自分の命よりもお前が大切なのだ。

お前がいなくなったら、たぶん俺は耐えられないだろう。だから、主人として二つ命令する」

「はい」

 

「一生俺のそばから離れることは、許さない」

「かしこまりました」

 

「俺より先に死ぬことも、許さない」

なんて優しい命令なの......

私は幸せ過ぎて、止めどなく溢れてくる涙を拭うこともせずに、ありったけの想いを込めて返事をした。

「かしこまりました。私は絶対にご主人様より先には死にません。ご主人様の寿命が尽きるときまで一緒にいて、必ず看取らせて頂きます」

 

その後、しばらく嬉し涙を流していたけど、私が少し落ち着くと、ご主人様は意を決したように表情を引き締めて再びくちを開いた。

 

「ロクサーヌ。最初に話したが、俺はこの国の常識を知らない。だから、俺の故郷の常識を当てはめたい。

3年後、ロクサーヌが20歳になったときまで気持ちが変わらなかったら...... 結婚してほしい」

 

私はご主人様の言葉を聞いた瞬間、あたまのなかが真っ白になった。

そして、いまご主人様が言った言葉を反芻する。

ご主人様はいま...... 結婚って...... 私が20歳になったら、結婚......? 私と...... ご主人様が?!

 

「わっ!私で良いのですか?」

「ロクサーヌが良いのだ。俺には勿体ないくらいだ」

 

私が...... ご主人様と結婚!

私がご主人様のお嫁さんになれるなんて...... し、信じられない。

ゆ、夢? これは私の願望が見せている夢なのでは?

幸せ過ぎて、死んでしまいそう。

「そそそそ、そんな、私なんて...... 恐れおおいです」

その時、一抹の不安がよぎった。

唐突に、前から気になっていたことを思いだしたのだ。

 

私は狼人族。私とご主人様の間には子供が出来ない。

ご主人様はそれでも私をお嫁さんにしてくれるのだろうか?

私はそれが気がかりで、以前はいつかご主人様のそばから離れなくてはいけなくなると考えていた。

私はそのことが気になり、ご主人様に確認してしまった。

 

「あの、ご主人様。私は狼人族です。私とご主人様の間には、その...... 子供は出来ません。

それでもよろしいのですか?」

「それはあまり気にしてない。っていうか、子供が出来ないのは本当なのか?」

「はい。異種族間に子供が出来ないことは常識です」

 

「そうか。ところでロクサーヌは固有ジョブには上位職があることは知ってるよな」

「はい。それがどうかしたのですか?」

「獣戦士は百獣王、鍛冶師は隻眼、海女は...... 海女は判らんが、当然色魔にも上位職があるとは思わないか?」

「......はい。あると思います」

 

「昔故郷で読んだ本に、人間族とエルフ族の間に生まれたハーフエルフのことが書いてあった。

その本には、人間族と獣人族の間にも子供が出来ると書いてあった。

この国の常識では人間族と他種族の間には子供が出来ないってことになってるみたいだけと、俺の故郷ではそうではないと伝わっている。

そこで色魔の上位職なんだが...... どんなスキルを持っているか、気にならないか?」

「気になります。ええ、とても気になります」

「まだ分からないことではあるが希望はある。

いまは子供のことは抜きにして考えてほしい」

「かしこまりました」

私は返事をしたが、ご主人様は黙ったまま私をじっと見ていた。

私はご主人様が何を考えているのかわからなかったので小首をかしげると、ご主人様は少し恥ずかしそうな、そして少し不安そうな声音でつぶやいた。

 

「それで...... その...... 返事はもらえるのか?

それとも、何日か待ったほうが良いのか?」

えっ!返事?

もしかして私...... 

ご主人様のプロポーズに対して返事をしていなかったの?

展開が早すぎて、とっくに返事をしたつもりになっていた。

私は嬉しさと恥ずかしさで、もう自分がどんな顔をしているのかわからなかった。

「ご主人様。よろこんでお受けさせて頂きます」

「そ、そうか、ありがとう」

 

ご主人様は私の返事を聞くと礼を言い、それから大きく息を吐いて、ホッとした顔になった。

「良かった。ほんとに良かった。

ロクサーヌとはかなり親密になれているとは思っていたけど、断られたらどうしようって考えたら怖くて、返事してもらえるまでドキドキだったよ。

俺はロクサーヌと釣りあえるほどカッコよくないから、正直自信がなかったし」

「いえ、ご主人様はとてもかっこいいです。私のほうこそ見放されないように、努力します。

あと、私、ご主人様からプロポーズして頂けるなんて思ってもみなかったので、夢のようです」

「俺はロクサーヌが受けてくれてほんとにうれしい。

結婚は3年後だから、それまでは愛想尽かされないよう努力しないとな」

「そうでした。3年後の話ですね。

私もご主人様にもっと愛して頂けるよう努力します。

ところでなぜ3年後なのですか?」

「俺の故郷では、20歳になると成人として認められるのだ。成人とは、自分の起こした事の責任を自分で取らなければいけない年齢、つまり大人ということだ。

20歳に成る前に故郷を出てしまった俺が言っても説得力は薄いかもしれないが、結婚するならお互い成人どうしのほうが良いと思った。そういうことだから」

 

「かしこまりました。帝国では結婚するのに歳は関係ありません。ただ、一般的に女は15歳以上なら問題ないと言われています」

「なんで15歳なんだ?」

「えっと、だいたい15歳から子供を産むことが出来るようになりますので」

「そ、そうか。ロクサーヌも...... やっぱり子供は欲しいのか?」

「ご主人様との子供なら、いつかは欲しいです。

ですけど、その...... いまはまだ」

「いまは?」

「えっと、その...... ご主人様との時間が減ってしまうので」

「そ、そうか。まあ、俺もいまはロクサーヌとの時間は減らしたくないなぁ。

それに、色魔を上位職にしないといけないから、すぐには難しい。

すまないが子供のことは結婚してからまた考えるってことにしないか?」

「はい。ご主人様♥ 

色魔を上位職にするため一緒に頑張りましょう♥」

「そ、そうだな。一緒に頑張ろう。

ところでロクサーヌ。このことは、他の皆にはしばらく黙っておいてくれないか?

セリーやミリア、それから今後増えるメンバーたちと不公平感を出したくないんだ」

「かしこまりました。

ですが...... それだけですか?」

ふふふふ。ご主人様、私はわかってますよ。

 

私が質問すると、ご主人様は少し逡巡したあと、観念したのかボソっと答えた。

「まあ、なんだな。セリーやミリアも好きだから...... 

ゆくゆくは...... 駄目か?」

ご主人様は、恐る恐る聞いてくる。

 

「いえ、良いと思います」

「えっ!いいのか?」

「はい♥」

「そうか、ありがとう」

私が同意すると、ご主人様は一瞬驚いたあと、ホッとしたみたいだ。

 

「ご主人様、私たちは家族です。

形はお任せしますので、誰ひとり欠けることなくずっと一緒に暮らせるようにして頂けると嬉しいです」

私が同意した理由を話し、今後についてのお願いをすると、ご主人様は少し考えてから答えた。

 

「わかった。妻の言うことには素直に従うよ」

「つっ!」

私は顔から火が出るくらい、一気に恥ずかしくなり、思わずうつむいてしまった。

それと同時にからかわれたことが悔しくて、ちょっとだけ反撃することにした。

私はゆっくりと顔をあげて、気持ち上目使いの位置で止める。そして小さな声で答えた。

「ありがとうございます...... 私の旦那様♥」

「だっ!」

ご主人様の顔も一気に赤くなった。

 

「い、意外と恥ずかしいな。セリーたちの前でぽろっと言ってしまうと面倒だから、しばらくは今まで通りの呼び方としよう」

「そ、そうですね。しばらくは今まで通りご主人様と呼ばせて頂きます」

それからご主人様は私の手を引きながら立ち上がると、私を抱き寄せて軽くキスした。

 

その後、私とご主人様が寝室に戻ると、セリーとミリアは片側のベッドで熟睡していた。

いつもはセリーとミリアが両端なので、わざわざ片側のベッドをあけたようだ。

 

セリーありがとう。でも、だいぶ遅くなってしまったから、このまま寝ないとね。

ご主人様もセリーの気遣いに気づいたみたいで、寝ているセリーに「いつもありがとうな」と言いながら軽くキスした。

 

私とご主人様はベッドに入り、もう一度軽くキスだけして、そのまま眠りについた。

 

 

翌朝、目が覚めると、自分でも驚くほど気分が晴れやかだった。

決闘騒ぎで色々あり、驚愕の事実発覚やご主人様にご迷惑をかけてしまい大変な思いをしたけれど、それ以上に得た物が大きかった。

 

まず、ご主人様の超絶カッコよくて素敵な姿を見られた。しかも、私のために命をかけてくれたのだ。

そして、ご主人様とお互いに愛し合っていることが確かめ合えたし、プロポーズまでして頂いた。

3年後には、私はご主人様のお嫁さんに...... 

ああ。思い出すだけで幸せな気持ちになれる。

 

でも、この結果は、私とご主人様だけで得られた訳ではない。影でセリーが頑張ってくれたから、最高の結果が得られたのだ。

 

彼女は決闘のときは色々と助言をしてくれたし、私がほうけてしまったり、思考の海に沈んでいたときは、私をフォローしてくれた。

そして夜は私を励ましてくれ、ご主人様とのなかを取り持ってくれた。

セリーには、いくら感謝しても感謝しきれない。

この恩は、いつかしっかり返さないといけないわね。

 

私が昨日を振り返っていると、ご主人様の目が覚めた。

私はご主人様にキスをして挨拶する。

「ご主人様。おはようございます」

「ロクサーヌ。おはよう。大丈夫か?」

私はご主人様の耳もとに顔をつけて小声で話した。

「大丈夫ではありません。朝から幸せ過ぎて、死んでしまいそうです」

するとご主人様も小声で答えてくれた。

「俺も同じ気持ちだが、昨日のことは、まだ二人だけの秘密な」

「はい。ご主人様」

 

その後セリーとミリアが順番に、ご主人様に挨拶する。因みに私はセリーとご主人様が挨拶しているあいだにミリアを起こしながら挨拶し、ミリアとご主人様が挨拶しているあいだにセリーと挨拶するのが日課となっている。

 

私たちは一通り挨拶しあうと、早朝の迷宮探索にむけて着替えるため衣装部屋に移動した。

 

ご主人様と私の二人だけだったときはベッド横の小さなテーブルに翌日の服を用意していたが、人数が増えた今ではご主人様を除く3人は衣装部屋に着替えに行くようになっている。

 

衣装部屋では、まず私はご主人様の服を選んでミリアに手渡す。

それから自分の着替えをはじめるのが、日課となっている。

 

因みにミリアは私がご主人様の服を選んでいるあいだにネグリジェを脱いでしまうので、私の服選びが早いときは上半身裸のまま寝室にいるご主人様に服を持っていき、戻ってきてから着替えを続けることがある。

どうも彼女は、ご主人様に裸を見られることはまったく恥ずかしくないようだ。

 

そして、これは後で知ったのだけど、ご主人様は最初にミリアが裸で服を持ってきたときは驚いたそうだ。

でも、今は慣れてしまいミリアが服を差し出したときに両手で受け取るフリをして、人差し指で乳首をツンツンするらしい。

そのとき彼女はからだを振って胸を揺らすので、両方当たるのは3回に1回くらいらしいけど、当たったときは胸で顔をマッサージするご褒美があるので、ご主人様はけっこう真剣にチャレンジしているらしい。

 

 

そんなことをしていても、ご主人様は着替えるのが早いので、先にダイニングにおりて座って待っていることが多く、今日も私が着替えているうちに1階に降りていった。

 

私は自分の着替えをしながらセリーに話しかけた。

「セリー、昨日はありがとうございました。

あなたのおかげで元気になれました」

「なんだか凄く嬉しそうですね。一肌脱いだかいがありました。

それで、あのあとはどうだったのですか?」

「詳しいことは今はまだ内緒ですけど、あなたが言った通りでした。

私の気持ちを伝えたら、ちゃんとご主人様に受け止めて頂けました。

あなたには本当に感謝しています」

「ふふ。内緒ですか?ロクサーヌさんのしぐさと今の話から大体わかっちゃいますよ。

私は仲間として当然のことをしただけです。

でも、一つ貸しですからね」

セリーはそう言うと、私にウィンクした。

 

「はい。必ず返します。次はセリーのばんですから、サポートは任せてください」

私はそう言うと、セリーにウィンクを返した。

 

「えっと、私は......」

「大丈夫です。セリーもご主人様から愛されています。間違いありません」

「本当にそうでしょうか...... 私...... 自信がなくて......」

 

「セリー。あなたが思っている以上に、ご主人様はあなたを必要としてますよ。

それも、ただあなたの能力だけを必要としているのではありません。

間違いなく、人としてのあなた個人に愛情をいだいています。

ただ、ご主人様はセリーにフラれることを恐れているので、セリーが間違いなく自分を愛してくれているという確証がもてないと、告白してもらえません」

「な、何を言っているのですか。私がご主人様をフルなんてありえないじゃないですか。

それより、告白って......

私がご主人様に告白して頂けるってことですか?」

「はい」

「そんなことは...... えっと、もしかしてロクサーヌさんは告白されたってことですか?」

あっ! しまった。

このままではご主人様との秘密がバレてしまう。

 

私はセリーにも早く幸せになって欲しくて、思わず話し過ぎてしまったことに気がついた。

「えっと...... まだ秘密です」

「......」

セリーの目がジト目に変わった。 

 

「と、とにかくセリー、頑張ってください。

なんなら私がご主人様に話を通しておきます」

「い、いえ。大丈夫です。

自分の気持ちは自分でちゃんと伝えます。

私のタイミングで伝えたいので、ロクサーヌさんには温かく見守ってほしいです」

「見守るだけで良いのですか?」

「はい」

「そうですか...... わかりました。

セリー、頑張ってください」

「はい。頑張ります」

 

私たちが着替えてダイニングにおりると、先におりていたご主人様は同じく先におりていたミリアと向かいあって猫耳をモフっていた。

ミリアはとても気持ち良さそうに、うっとりとご主人様を見つめている。

 

ご主人様はセリーに気がつくとモフるのをやめ、すぐに話しかけた。

ご主人様の手が耳から離れると、ミリアは一瞬悲しそうな表情を浮かべ、そして落ち込んだ。

もう少しモフってほしかったようだ。

 

ご主人様は昨日のことについてセリーに感謝を伝えると、セリーは「いえ、仲間なら当然のことですので。でも、うまくいって良かったです」と返事をした。

ただ、セリーは顔が真っ赤になっていて、まともにご主人様と目をあわせてはいなかった。

私が「セリーもご主人様から愛されています」と言ったせいだと思うので、心のなかで「セリー、頑張れ!」と応援した。

 

 

その後、私たちは迷宮にワープして、日課の早朝探索を開始した。

私の動きがキレッキレだったことは言うまでもない。

 

 

あとから聞いて知ったのだけど、

昨日、セリーがダイニングにおりてきたのは、ご主人様に私の様子を見てきてほしいと頼まれてのことだった。

そして、セリーは私のあたまを撫でているときに、ご主人様がこっそり追いかけてきて廊下で様子を窺っていたことに気づいたらしい。

そのため、最後に少し大きな声で話し、ご主人様を焚きつけたとのこと。

 

ご主人様はセリーの言葉を聞いて、私が本心からご主人様を慕っていることに確信が持てたので、告白して、可能ならプロポーズまでしてしまおうと思ったそうだ。

 

後日、ご主人様は「あのときは完全にセリーの掌の上で踊らされたよ」って笑って言っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

それから2日経った。

その日は武器屋と防具屋にたち寄るため、少し早く探索を切りあげていた。

ご主人様は定期的にセリーが作った武器や防具を卸しているが、いつもそのついでに掘り出し物がないか確認しているのだ。

 

因みにセリーが作る武器や防具は他の鍛冶師が作った物と比べて見た目が格好良い。

決して身内びいきという訳ではなく実際に並べて見ると微妙に形が異なり、セリーが作った物は細部まで丁寧に作られていて、なんというか美しいのだ。

さらに耐久性も優れているらしく、特によく売れるらしい。

防具屋の店主曰く、並べて置くと10人中9人はセリーの作った物を選ぶとのこと。

武器屋の店主もセリーの作った武器は他の鍛冶師の物よりよく売れると言っていた。

 

実際に使った人からの評価も良いらしく、防具屋の店主からは店の専属鍛冶師になってほしいとか、セリーブランドとして専用コーナーを設けるので、卸す量を増やしてほしいとか言われている。

 

ご主人様はセリーが褒められると嬉しそうにしているが、防具屋の店主には「セリーは公私共に俺の専属だから、この店の専属には出来ない」と言って誘いをことわっている。

そのとき、セリーはご主人様の袖をちょこんとつまみ、恥ずかしそうにうつむいている。

これがいつも見られる風景である。

 

しかし、今日はいつもと様子が違った。

まず武器屋に入ると、店のカウンターの上や奥の高級品が飾ってある壁の前に中級から上級の武器が大量に置かれていたのだ。

 

ご主人様は早速店主と話し、エストックやスタッフ、レイピアなど、いくつか良い物を選別して購入した。

ダマスカス鋼製の武器もいくつかあったけどご主人様は一瞥しただけで、値段の確認もしなかった。

 

私は以前、武器や防具はちゃんと整備すればみんな同じ能力を発揮すると思っていた。

しかし、ご主人様から同じ武器でも個体差があることを教えてもらった。

ご主人様はいつも、この個体差を見極めているとのこと。

ご主人様は「見極めをしくじるとカード融合の成否に関わるから、セリーの名誉のためにも絶対に手を抜けない。これは内密にな」と言っていた。

つまり、あのダマスカス鋼製の武器は、あまり良い物ではないと言うことだ。

セリーもそれをご主人様から教えてもらっているので、ダマスカス鋼の槍を見てご主人様が首を振ると、素直にうなずいていた。

 

次に防具屋に行ったのだが、防具屋の店の中はいつもと変わりがなかった。

しかし、ご主人様は店主と話をすると、私たちについてくるよう促し、店の裏手に回った。

すると、そこには大量の防具が置かれていた。

店主曰く量が多すぎるので、仕分けと買い取りしたばかりで、まだ店頭に並べるまえだったとのこと。

 

私たちはお得意様なので、特別に先に見させて頂けることになり、ご主人様はダマスカス鋼の額金や竜革のジャケット。それにアルバという希少な胴装備など、良い物をいくつか選別して購入した。

 

夕食のときにご主人様から教えてもらったのだけど、あの武器や防具はバラダム家が資金に困って売りに出した物らしい。

今までサボーの武勇を背景に、支払いの延期や踏み倒しなど、強引な商売を行っていたらしいが、サボーが死んだために一斉に清算を求められてバラダム家は窮地に陥っているとのこと。

あの女やサボーもひどい性格だったが、バラダム家自体まともな商売をしていなかったようだ。

 

それからしばらく経ってから、夕食のときの話題に再びバラダム家の話が出た。

(このときはベスタとルティナが加わり、私たちは6人家族になっていた)

 

バラダム家の資金繰りは、武器や防具を売り捌いても悪化が止まらず、ついには家宝にしていた聖槍(これはのちにご主人様が装備品交換で手に入れた)をオークションに出品したり、魔法使い(これは後日ご主人様がベスタをオークションで落札したときに、目玉商品として出品されていた)や戦士、若い娘など、家人を何人も奴隷としてベイルの商館に売ったりした。

しかし、結局没落してしまい、商売から足を洗ったとのこと。

 

強引な商売をしていたためか各所から恨まれていたようで、何度も決闘を申しこまれては逃げ回り、最後は一家離散して、家長は夜逃げしたらしい。

風の噂では、海を渡って他の国まで逃げだしたとか......

 

ご主人様は私たちにバラダム家の末路を伝えたあと、

「どんなに繁栄していても、それに驕って理不尽なことをしていれば、いつかは破綻して悲惨な末路を辿るという良い見本だ。

今後は何ごとも丁寧に、慎重に、誠実に、対応していこう」と、宣言していた。

 

私は一刻も早くご主人様に迷宮討伐を成し遂げてもらうため、多少無理をしてでも可能な限り早く迷宮の上層階にあがって行こうと思っていたけれど、少し考えを改めることにする。

 

今後はバラダム家の二の舞にはならないよう、無謀なことはせず慎重に上の階にすすむ時期を見極めよう。

そして、将来にそなえて堅実に力をつけていこう。

 

未来の妻として♥ ウフッ♥

 

◆ ◆ ◆

 

追伸......

 

先日より、SRさん(仮名)から

いくつか苦情を頂いていますので、

反省を込めてご紹介致します。

 

①最近楽しそうにしているのは良いと思いますが

迷宮内でスキップするのはやめて下さい。

緊張感が薄れます。

あと、ミリアがマネして勝手に前に出てしまい

フォーメーションが崩れるので焦ります。

近くに魔物がいないことは匂いでわかっているのでしょうけど!

 

②休憩のたびにご主人様に抱きついて

長々とキスするのはやめて下さい。

私もキス出来るので、それは嬉しいのですが、

やはり緊張感が薄れます。

あと、待ってるあいだにミリアが爆睡してしまいます。毎回起こすのが面倒です!

 

③夕食の料理中に決闘のときのノロケばなしをするのは

やめて下さい。

毎日聞いているので飽きました。

それに、あのときのご主人様が素敵だったことは知ってます。

私も横にいたので!

あと、ロクサーヌさんがトリップしているあいだにミリアが

「アジミ」と言いながらつまみ食いをはじめてしまいます。

そもそも「アジミ」を教えたご主人様がいけないのですが、

私が気を付けていないと夕食が減ってしまいます!

 

 

最近毎日が楽しくて、幸せで。

ついつい気が緩んでしまっていたようです。

 

以後、気をつけます。

 

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