わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、
クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所に加え、ペルマスクへの中継地点であるザビルの迷宮も探索している。
クーラタルは16階層、ベイルは11階層、ハルバーは16階層、ターレは13階層、ボーデは12階層、ザビルは1階層を探索中。
その日は、ハルバーの迷宮16階層の探索から帰宅して朝食の準備に取り掛かると、ご主人様は「俺はボーデの城へ行ってくる。朝食の準備は三人で頼む」と言い出した。
昨日ご主人様は、商人ギルドから帰ってきたときに「ハルツ公領騎士団に呼び出された」と言っていたので、多分ハルツ公爵かハルツ公領騎士団長のゴスラーさんに決闘のことを詳しく聞かれるのだろう。
「かしこまりました」
「気をつけて行ってきてください」
「はい、です」
私たち3人は返事をしたが、ご主人様はしばらくダイニングでうだうだしていた。
私たちが朝食の準備を始めてもご主人様はなかなか出かけようとしなかったので、セリーが見かねて声をかけた。
「お出かけになられるのではないのですか」
「ちょっと準備が」
「そうですか」
そのままセリーがジト目で見ていると、ついに観念したのかご主人様は出かけていった。
しばらくするとご主人様は戻ってきた。
話がうまくいったのか、少し安堵の表情が見られた。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「ロクサーヌ。ただいま」
「決闘のことを聞かれたのですか?」
「ああ、そうだ。ゴスラーがどう話したのかわからんが、ハルツ公爵がロクサーヌにも興味を持っていて困ったよ」
「えっ?私にですか?」
「それはそうだろう。ロクサーヌも見事な戦いっぷりだったからな。そうとう評価しているようだぞ」
「ありがとうございます。ですが、私は...」
「大丈夫だ。俺がロクサーヌを手放すことはありえない」
ご主人様はそう言うと、私の耳元に顔を近づけ周りに聞こえないよう小さな声で囁いた。
「未来の妻だからな」
私は一瞬で顔が真っ赤になったけど、同じように小声で囁いた。
「はい。旦那様♥」
ご主人様も一瞬で顔が赤くなった。
私はご主人様の正面に顔を向け、少しだけ上を向いて目を閉じた。
いわゆるキス待ち顔である。
ご主人様が少しだけ躊躇したような気がしたけど、すぐに優しくキスをしてくれた。
しかし、軽く唇が触れるとすぐに離れてしまったので目を開けると、真剣な表情でこちらを見ているご主人様がいた。
再び顔が近づき、そのまま唇をかさねる。
そして、私たちはお互いに舌を絡め、激しく求めあってしまった。
ご主人様とキスをしながら私が幸せな気持ちにひたっていると、隣から咳払いが聞こえた。
「コホン...... あの、朝食の準備ができましたが......」
「せ、セリー。ごめんなさい」
「セリー、すまんな」
私とご主人様は謝ったが、セリーはジト目のまま私たちを見続けていた。
するとご主人様は、すっとセリーの顎に手をかけて上を向かせ、そのまま唇を重ねた。
「ごしゅ...... んっ......」
セリーは一瞬抗議するような表情をしたが、すぐにうっとりした顔に変わった。
ご主人様が唇を離すとセリーは小声で呟いた。
「もう、ご主人様。卑怯です」
セリーは顔を真っ赤にして照れ、視線を下に向けた。
可愛い。
「あははは、済まない。ちょっと盛り上がってしまったのでロクサーヌとキスしてしまったが、決してお前たちをないがしろにしたわけではないからな」
ご主人様はそう言うと、セリーのうしろで状況を見ていたミリアに手を伸ばして引き寄せ、唇を重ねた。
ミリアもうっとりした表情でご主人様にキスをされていたけど、唇が離れるとにっこり笑顔に変わり、元気よく返事をした。
「ありがとう。です」
彼女は単純に大好きなご主人様にキスしてもらったことが嬉しいのだろう。
その後、私たちは朝食を食べ、それからまたハルバーの迷宮16階層の探索に取り掛かった。
この階層はクラムシェルが一番多くその次にビッチバタフライが多い。
その次にサラセニア、たまにピッグホッグが出る。
クラムシェルは土魔法が弱点だけど火魔法には耐性がある。ビッチバタフライは風魔法が弱点だけど火魔法には耐性がある。サラセニアは火魔法は弱点だけど、水魔法には耐性がある。ピッグホッグは水魔法が弱点だけど土魔法には耐性がある。
この階層は難しい。
ご主人様は魔物の種類と数により瞬時に魔法を選択せねばならず、苦戦していた。
しかも、1種類の魔物を倒しても、他の種類の魔物は魔法耐性のおかげでまた何度も魔法を撃ち込む必要がある。
必然的に戦闘時間も15階層に比べて延び、セリーとミリアは魔物から攻撃をもらうことが多くなった。
しかし、16階層探索も3日目になると、みんなだいぶ慣れてきた。
セリーとミリアは魔物から攻撃を受けることが殆どなくなり、ご主人様の表情にも余裕が見える。
私もクラムシェルにはだいぶ慣れ、後列からの単体魔法や水弾なら、前列の魔物を2体相手にしていてもじゅうぶん避けられるようになった。
それに、前列の魔物もスキルや魔法を使うことがあるけど、魔法陣が浮かんだ時点でセリーが槍で突く。
セリーの槍には詠唱中断のスキルがついているので、魔物の魔法やスキルが発動することもなくなった。
ハルバーの16階層はかなり難易度が高いけど、みんな落ち着いて戦えている。
もう、うえの階層にあがってもいいだろう。
と、思っているとご主人様から声がかかった。
「次は剣で戦う」
ご主人様はひもろぎのロッドをしまい、デュランダルを出した。MPの回復に専念するのだろう。
「分かりました。こっちですね」
私は一番近い場所の魔物に案内した。
通路の先に魔物を確認すると、ご主人様は「行くぞ!」と号令をかけて駆け出した。
私たちも同時に駆け出し、魔物の群れが戦闘態勢を整える前に襲い掛かった。
魔物はクラムシェル二匹にビッチバタフライとサラセニアの群れだった。
ご主人様は私の斜め横を走り、一番右のクラムシェルに斬りかかる。
私は真ん中のクラムシェルと左のビッチバタフライを牽制し、セリーが私のフォローに回る。
ミリアはビッチバタフライに斬り付けつつ、左を抜けて奥のサラセニアに斬りかかった。
ご主人様はクラムシェルの噛み付き攻撃を冷静にかわすと、デュランダルで斬りつけて一匹目を倒した。
次にミリアが抑えていたサラセニアに斬りかかり一瞬で倒すと、その勢いのままビッチバタフライも瞬殺した。
最後は私が押さえていたクラムシェルを4人で囲むと、最後のあがきか貝殻が少し開き、スッと動いて私に向かって水弾を発射した。
私は上半身を傾けて水を避け、エストックで口のなかを突き刺した。
それから4人でいっせいに攻撃し、最後はご主人様の一撃でクラムシェルは煙になった。
戦闘が終わるとご主人様がぼやいた。
「クラムシェルにもだいぶ慣れてきたが、動きのパターンが分かんないんだよなあ」
「そうですか?」
私はご主人様が噛み付き攻撃をかわしていたので、少し驚いた。
「クラムシェルの貝殻が動いたとき、水を吐き出すのか噛みついてくるのか分からん」
「えっと。そうですね。水を吐き出すときには貝殻がスッと動いて、噛みついてくるときには貝殻がフッと動きます」
私はみんなにもわかり易いように身振り手振りを加えて説明したけど、ご主人様とセリーは目が一瞬点になり、それから向かいあってお互いに首を傾げていた。
えっと...... 何故?
ミリアだけはウンウンとうなずいていたので、一見理解してくれたように思えるけど...... なんか怪しいわね。
すると、ご主人様はうなずいていたミリアに質問した。
「ミリアはクラムシェルの動きの違いが分かるか?」
ミリアはご主人様の質問を聞くと、すがるような目で私を見つめてきた。
『ミリア。ご主人様は、ミリアはクラムシェルの動きの違いが分かるか?と聞いてます』
すると、ミリアは私から目を逸らし、ボソりと答えた。
『えっと...... 見分けられるように努力しています』
はぁ...... やっぱりミリアはわかっていないのに、わかったようなフリをしていたのね。
私は少しガッカリしながらも、ミリアの言葉を通訳した。
「見分けられるように努力しているそうです」
私の言葉を聞くと、ご主人様はなぜか嬉しそうにほほえんだ。
そしてセリーも少しほっとしたような顔をしている。
えっと...... なぜ?
「がんばる、です」
「なるほど。偉いな」
ご主人様はミリアのあたまを撫でると、迷宮探索を再開した。
その後、探索はかなり進んだけれど、結局ボス部屋は見つからなかった。
翌朝
引き続きハルバーの迷宮16階層の探索をおこなった。
昨晩はエプロンエッチで凄く盛りあがってしまい、ちょっと寝不足気味なんだけど、とっても清々しい気分で探索を進めることが出来た。
セリーとミリアは肌がつやつやしてるし、ご主人様は目が輝いている。
みんな何だか機嫌が良い。
また今度...... ウフフフッ♥
私たちは気分良く早朝探索を終え、クーラタルの町で食材を買って家に帰った。
そして朝食を食べ終わると、ご主人様はコハクのネックレスを取り出した。
「コハク、です」
ミリアはネックレスを見た瞬間に宝石がコハクとわかったようで、ご主人様はそんなミリアを見て驚いている。
「知ってるのか?」
「おねえちゃん。『私がいたとこではめったにとれないけど、北の海に行くと魚のかわりに網にかかることがあって私以外の人は魚が穫れるよりも喜んでた』」
ミリアはブラヒム語で説明ができなかったので、バーナ語で私に説明した。
私はミリアの言葉をブラヒム語に通訳する。
「ミリアがいた所ではめったに採れませんが、北の海に行くと魚の代わりに網にかかることがあるそうです。ミリア以外の人は魚が穫れるよりも喜ぶと言っています」
「綺麗なものだろう」
「きれい、です」
「ミリアに似合うものがあったら、買おう」
「買う、です」
「ペルマスクへ行くのですか」
セリーが尋ねると、ご主人様はニヤッと笑って答えた。
「そうだ。カガミを3枚、頼むな」
「分かりました」
「ではロクサーヌ」
「はい。ありがとうございます」
ご主人様は自ら私にネックレスを付けてくれた。
そして私の胸をじっくりと見て「やはりロクサーヌの胸にコハクのネックレスは映えるな」と、ポツリとつぶやいた。
私はなんだか嬉しくなりご主人様のあたまを抱き寄せたくなったけど、このまま昨日の続きなんてわけにはいかないし、なによりセリーとミリアの二人が見てるのでグッ!と我慢した。
その後、ご主人様はセリーにもネックレスをかけ、「コハクを仕入れてからカガミを買いに行く。じゃあ出かけよう」と言ってワープゲートを開いた。
ゲートから出ると、そこはボーデの冒険者ギルドだった。
そして冒険者ギルドを出て、すぐ横にあるコハク商会に入る。
「いらっしゃいませ」
商会に入ると、猫人族の番頭商人に出迎えられた。
ご主人様は軽く挨拶をかわすと、コハクの原石とミリアのネックレスを注文した。
私たちは店の奥に通され、商談用のソファーに座らされた。
すると番頭商人はすぐに大きな箱を持ってきて、中からコハクの原石を取り出した。
全部で12個ある。
ご主人様が原石を全て買い取ると言うと番頭商人の顔がほころんだ。
次に、番頭商人はコハクのネックレスを取り出した。
今回はたくさんテーブルに並べ、選び放題になっている。
この商人もやっとご主人様の高尚さに気がついたのだろう。
綺麗なネックレスをたくさん並べられ、私はついうっとりと見惚れてしまった。
そして、思わず心の声が漏れてしまった。
「どれも綺麗...... すごいです」
セリーもよこで見惚れていたけど、すぐに冷静に商品を確認しだした。
「これなどはかなりの品だと思います」
「きれい、です」
セリーがネックレスをミリアの胸元に当てると、ミリアはすごく喜んでいる。
私も見とれている場合じゃない。
ちゃんとミリアのネックレスを選ばないと......
私はミリアに似合いそうなネックレスをテーブルの上から選び、彼女の胸にあてがった。
「ミリアにはこういうのが」
「それもいいですね」
「キレイ。です」
すると、セリーはひときわ高そうなネックレスを指さした。コハクの粒が大きく、装飾もかなり豪華。
まるでお姫様が舞踏会で着けるような逸品だ。
「一番いいのはこのネックレスでしょうか」
「これはお目が高い。最高級のコハクを使った、当店自慢の一品です」
セリーは最高級のネックレスを手に取ると、その品質を確認し始めた。しかし、なぜか顔をしかめている。
「確かに澄んで輝きもありますね」
「これだけのコハクはなかなか手に入りません。ここ数年で一番の品です」
「私がしているのも赤く味わいのある色ですが」
私が自分のネックレスを指差すと、番頭商人がニコッと微笑んだ。
「お客様にお譲りしたものも十年に一度の一品です。こちらの方もそれと同様の申し分のない品質となっており、しかもそれが複数個ついております」
番頭商人の返事を聞くと、セリーの目が光った。
どうやら戦闘開始のゴングが鳴ったようだ。
「でも、お高いんでしょう?」
「いえいえ。これだけの品ですが、今回はなんと七万ナールを割り込むお値段、特別に6万9千8百ナールでご奉仕いたしましょう」
じゅうぶん高いっ!
「特別に」って、この番頭商人はいったいなにを言っているんだろう......
私があきれていると、横でご主人様が番頭商人をにらんでいた。
セリーは視線をネックレスから外してチラっと番頭商人を見ると、少し悩んだ。
そして「うーん、しかし......ミリアにはもう少しソフトな方が似合いそうですか......」と言って、持っていたネックレスを置いた。
セリーがネックレスを置くと、番頭商人は店のカウンターの下から別のネックレスを出してきた。
「そうですね。そちらのかたには、このネックレスなどいかがでしょう」
番頭商人が出してきたネックレスは、他の物とは感じの違う少し派手目なものだった。
「赤、ピンク、黄色、乳白色といった、さまざまに色の違うコハクをつないで作ったネックレスでございます。着ける位置によって印象が猫の目のように変わります。猫人族のかたに是非着けていただきたいネックレスです」
番頭商人は説明をすると、ネックレスをミリアに渡した。
すると、ミリアの目が星になった。
「きれい、です」
ミリアがうっとり眺めていると不意にご主人様がネックレスを手にとった。
そして、ミリアの首にかけ、ウンとうなずいた。
「いいじゃないですか」
「似合うと思います」
私が賛成するとセリーも同意した。
「猫人族のかたにつけていただけるのなら、特別に4万5千ナールでお譲りいたします。いかがでございましょうか」
番頭商人はそう言うと、手もみをしながらご主人様に購入を促した。
「どうする?」
「え……」
ご主人様がミリアに声をかけたけど、彼女はためらい、返事が出来なくて困っていた。
4万5千ナールもするのだから、奴隷が自分から欲しいとは言えない。
当然と言えば当然だけど、私とセリーはつけているので、ミリアもきっと欲しいはずだ。
その証拠に今もネックレスを着けたままで外そうとしない。
ご主人様はミリアがためらう理由がわかってはいないようね。
私はご主人様の耳もとに唇を寄せ、小声で囁いた。
「ご主人様、いくらミリアでもネックレスのような
高価なものはおねだり出来ません。
助けてあげて頂けますか?」
ご主人様は私に小さくうなずくと、ミリアのあたまをひとなでした。
そして番頭商人に「では、これをもらえるか」と、ミリアがつけているネックレスを指さした。
「ありがとうございます。コハクの原石とあわせ、私と同じ猫人族のかたにつけていただけるのですから、全部で3万8千2百20ナールとさせていただきましょう」
番頭商人は最後にかなり値引きをした。
いつものことだけど、ご主人様の人徳はスゴいわね。
「よかったですね、ミリア」
「はい、です」
私が声をかけると、ミリアは満面の笑みで喜んだ。
「ネックレスはミリアが着けたままでいろ」
「はい、です。ありがとう、です♪」
ミリアが頭を下げる。
声が弾んでいるし、かなり喜んでいるみたい。
ご主人様もミリアが喜んでいるのを見て、凄く嬉しそうだ。
「ロクサーヌとセリーもそのまま着けておけ」
「かしこまりました」
「ありがとうございます」
「じゃあ、次に行くぞ」
私たちはコハク商会を出てボーデの冒険者ギルドまで歩き、そこからワープした。
移動先はザビルの迷宮1階層だった。
「ご主人様。ここはザビルの1階層ですよね?」
「ああ、そうだ。MPを回復したいので魔物を探してくれるか?」
「お任せください。装備を着けたら案内します」
「魔物を倒しに行くのは俺だけでいいから、3人はここで待っていてくれ」
「いけません。私たちも同行します」
「いや、ここの1階層はミノだし、問題ないだろう」
確かにご主人様なら一撃だし問題ないけど......
私がどうしようか考えていると、セリーから意見が出た。
「ご主人様。申しわけないのですが、装備を着けずにここに置いて行かれるのは怖いので、同行させていただけないでしょうか」
えっ?怖い?ここなら魔物は来ないのに?
私はセリーがなぜ怖がるのかわからなかった。
「迷宮入口に魔物は来ないから大丈夫だと思うが」
ご主人様も私と同じ意見だ。
「いえ、怖いのは魔物ではありません。他の探索者です」
他の探索者?
あっ!そうか。
迷宮内に武器も持っていない女がいたら、襲ってくださいと言っているようなものか。
まして、私たちは高価なアクセサリを着けている。
冷静に考えて、とても危ない状況だわ。
私は鼻には自信があるけれど、入り口での鉢合わせは防げない。
装備を着けているならまだしも、丸腰では自分の身も守れないわね。
流石はセリー、いつも冷静で本当に頼りになるわ。
ご主人様もハッとしている。
この危険性を理解したようね。
「すまなかった。セリーの言う通りだ。
ちょっと強くなったからって慢心して、危機感が足りなくなっていた。
迷宮で怖いのは、魔物だけじゃなかったな」
ご主人様は返事をしながらセリーの手を引き、キュッと抱きしめた。
そして「気づかせてくれてありがとう」と言うと、からだを離して頬を優しく撫でた。
「いえ。そう言って頂けるだけで嬉しいです」
セリーは顔を赤くしながら、嬉しそうに返事をした。
「お前たちに何かあったら俺は一生後悔すると思う。
だから、気になることがあったら遠慮せずに発言してくれ。みんな、頼むな」
「かしこまりました」
「わかりました」
「はい。です」
その後、私たちはしっかりと装備をつけてミノを5匹狩り、再び1階層の入口に戻った。
私、セリー、ミリアの3人は装備を外してカガミの代金と入市税の銀貨、それにコハクの原石をご主人様から受け取った。
そして、ザビルの迷宮からペルマスクの冒険者ギルドにワープで飛んだ。
ペルマスクの冒険者ギルドに着くと、ミリアが窓に駆け寄った。
そしてネコミミをぴんと立て、ペルマスクの町を興味深そうに眺めだした。
よほど楽しいのか、尻尾の先もくるくる動いている。
それを見て、ご主人様はミリアの後ろから声をかけた。
「ミリアはペルマスク初めてだよな」
ミリアは窓の外を眺めながら返事をした。
「白い、です」
「建物が白くて綺麗だな」
「海、です」
ミリアは潮の香りか、もしくはかすかに聞こえる波の音で、海が近いことに気づいたのね。
ご主人様はミリアの横に並ぶと、あたまをひと撫でしてから耳に触れた。
そして、当たり前のようにミミをモフりはじめ、そのまま会話を続けた。
ミリアはモフられるのが気持ち良いのか、ご主人様に頭をもたれかけている。
「そういえば、ペルマスクは島だって言ってたか」
「そうです。風向きにもよりますが、外に出ると潮の香りがします」
私が後ろから声をかけると、ご主人様はモフるのをやめて振り返った。
「海は近いのか?」
「はい。5分も歩けば海岸に出るようです」
「そうか...... 時間に余裕があったら一度行ってみてもいいかもな」
「はい。そのときは私たちも連れて行ってください」
「ああ。わかった」
私たちが会話を終えてもミリアは楽しそうに窓の外を見続けている。
私は少し心配になり、ミリアに釘を刺しておくことにした。
『ミリア、ペルマスクに来た目的はカガミの購入よ。
寄り道はしませんからね。分かってますか?』
「はい。です」
ミリアは窓の外を見ながら返事をした。
む...... これは聞いてない。尻尾の先もくるくる動きっぱなしだ。
ちゃんと理解するように、少し強めに言ったほうがいいわね。
私はミリアの肩を掴んでこちらを向かせ、顔を覗き込みながらもう一度注意した。
『本当にわかってますか?ここは帝国ではありませんよ?』
「は、はい、です」
ミリアは少しビビりながら返事をした。
『私とセリーは何度か来たことはありますが、ここからカガミの工房までの道しか知りません。
ですので、迷子になったら探せません。最悪、見捨てることになりますからね』
『はい。ちゃんとついていきます』
『あと、工房に着いたらあなたは勝手に話をせず、私たちに追唱するだけにしてください。
交渉は全てセリーが行うので邪魔をしないこと』
『わかりました』
私がミリアにひとしきり注意をし終わると、ご主人様に出発を促された。
「いつも通り1時間くらいで戻ってきてくれ。
では頼むな」
「分かりました」
「おまかせください」
「はい、です」
私たちは入市税を支払い、ペルマスクに入った。
何度見ても綺麗な街並みだ。
いつもの工房まで歩く途中、私は今日の取り引きについて考えた。
今日はコハクの原石販売とカガミの購入。
どちらも確か値段が決まっているから、取り引きはすぐ終わるわね。それなら...... いいかな?
私は横で今日の取りひきについてシミュレーションしているセリーに話しかけた。
「セリー、今日の取り引きはそんなに時間はかかりませんよね?」
「たぶんそうですけど、どうかしましたか?」
「早目に終わったら、海を見に行きませんか?
ご主人様が興味ありそうでしたので、先に見て
どんな所だったか様子を伝えられればと......」
「帰りとなるとカガミを持っていますし、ちょっと心配です。落としたら割れてしまいますし......」
「確かにそうですね......」
セリーの言う通り、カガミは落としたら割れてしまう。
だからいつもひとり一枚ずつしか買わないんだ。
わかっているつもりだったけど、今まで大丈夫だったから気が緩んでいたみたいね。
私はセリーの言葉に改めて気を引き締めようと考えていると、なんとセリーのほうから妥協案がきた。
「ですけど、見るくらいなら」
「えっ! いいのですか?」
「はい。ただし二つ条件があります」
「二つですか?」
「はい。一つ目は、当然のことですが取引が早く終わること。だからと言って、こちらから取引をせかすのはダメですよ」
「そうですね。それで二つ目は?」
「はい。これも当然ですが、ミリアには勝手に動かないようしっかりと言い聞かせる必要があります」
「そうですね。難問ですが、それは私が引き受けます。
ただし、カガミを買って、冒険者ギルドの近くまで戻ってきてからにしましょう」
「そうですね。いま言っても忘れそうですね」
そう言うと、私とセリーはクスリと笑いあった。
いつもの工房に着くと、すぐに奥の打ち合わせコーナーに案内された。
そして親方がすぐに顔を出す。
「いらっしゃい、嬢ちゃん達。
次はいつになるかわからないって言ってたから、しばらく来れないかと思ってたが、案外早かったな」
親方は私を見ると、満面の笑みを浮かべて話しかけてきた。
私もニッコリとほほえみを浮かべて返事をする。
「はい。私たちも驚きました。またカガミの注文が入ったので、こさせて頂きました。
ご迷惑でしたか?」
私が小首をかしげると、親方は顔がデレデレになった。
「いや、嬢ちゃん達ならいつでも歓迎するぜ。ところでそっちの猫ちゃんは初めてだな」
「はい。よろしくおねがいします。です」
「はははは、よろしくな。
そのネックレスもコハクか?なかなか面白い品だな」
親方はそう言いながら私たちの対面のソファーに座り、ミリアのネックレスをじっくり見始めた。
「ほう、見る角度で印象が変わるな。こういうの、カガミの枠に利用しても面白いか......」
親方はネックレスを見た感想を言っているけど顔がニヤついている。
これは...... 間違いなく胸を見てるわね。
本当に懲りない人だ。
また奥さんに怒られるんじゃ?
そう思いながら親方を見ていると、親方の後ろから声がかかった。
「あら、私に黙って楽しそうにお話ししてるわね。
またカガミを買いに来たら、私にも声をかけてって言っといたでしょ」
そう言いながら親方の奥さんが登場した。
そして、「もう、忘れっぽいんだから♥」と言って、親方の背中をたたいた。
工房中にバシーンッ!という音が鳴り響く。
そして、「ウッ!」と言う親方のうめき声が聞こえた。
あ、親方が固まった。それに笑顔が引きつっている......
親方の奥さんは......
顔は笑っているけど目は全く笑っていない。
そして、ひたいには青筋が浮かんでいる。
それなのに、声のトーンは異様に高い。
怖い...... やっぱり私はこの奥さんは苦手だ。
ここはセリーに頑張ってもらわないと......
私が早々にギブアップしていると、セリーが親方の奥さんに話しかけた。
「奥様、ご無沙汰しております。
今日はコハク原石の販売とカガミの購入に参りました。
カガミは前回と同様で、枠のないものです。
よろしくお願いいたします」
「わかったわ。こちらもお願いがあるの。
コハクのネックレスを買いたいって人がいるので、後で話をさせてちょうだい」
「かしこまりました」
セリーはにっこり笑って返事をすると、深々とあたまをさげた。
私とミリアもそれに倣い、頭を下げておく。
私たちがあたまをあげると、親方の奥さんはスタスタと歩いてきてソファーに座った。
打ち合わせテーブルをはさんで、こちら側は私、セリー、ミリアの順、向かい側は親方、奥さんの順で座るかたちだ。
奥さんが座ると、取引の話が始まった。
もちろん工房側の代表は親方の奥さんである。
「じゃあ、取引をはじめましょう。今回はコハクの原石は何個あるの?」
「12個用意してございます」
「12個ね。それだけあるなら1個銀貨40枚でいいかしら?」
「はい。それでお願いします」
「あなた。現品を確認して、代金を支払いしてね」
「わ、わかった」
私がご主人様から預かった袋の中からコハクの原石を取り出してテーブルに置くと、親方は一つずつ確認した。
「原石は問題ない。いい品物だ。
では買取金額は銀貨が...... 480枚になるので...... 金貨4枚と銀貨80枚だ」
「ありがとうございます」
私がおじぎをすると、親方は事務の女性に金貨4枚と銀貨80枚を持ってくるよう指示した。
「じゃあ、次はカガミね。今回は何枚必要なの?」
「今回は3枚です。前回までと同じで大きさが多少違っても問題ありません」
「それはこちらも助かるわ。1枚当たり銀貨20枚でいいわね」
「はい。それでお願いします」
「あなた。カガミを3枚持ってきて」
「わかった」
親方は一瞬名残惜しそうな顔をしたが、奥さんに一瞥されるとスッと顔を逸らしてそそくさと工房の奥に向かった。
セリーがアイテムボックスから銀貨60枚を取り出して奥さんに渡すと、手早く数えて「確かに」と言い、コハク原石の代金をトレーに乗せて持ってきた事務の女性に渡した。
セリーはコハク原石の代金を受け取って手早く数え、「間違いなく」と言ってアイテムボックスにしまった。
セリーがアイテムボックスを閉じると、親方の奥さんが話し出した。
「じゃあ、コハクのネックレスだけど、2つ欲しいの」
「2つもですか?」
「そうよ。一つは私の一番仲のいい友達からで、私がつけてるのと同じくらいの質のものをお願いするわ。
もう一つは参事委員会の代表を務めたこともあるかたの奥様からで、お金に糸目はつけないから最高級のものが欲しいと言っていたわ」
「かしこまりました。代金はどれくらいを想定すればよろしいのでしょうか?」
「そうね。私の友達には私のネックレスの購入金額を教えているので、出来れば金貨25枚で売ってほしいわ。
元参事委員会代表の奥様は......」
そう言うと親方の奥さんはあごに手を当てて少し考え、そして、うん、と軽くうなずくと話をつづけた。
「あの人、ずいぶん羽振りが良さそうだから、金貨35枚は出すと思うわ。
もしかしたら、もう少し出せるかも」
「かしこまりました。ご希望に合う品を仕入れてまいります」
「よろしくね。ところでどれくらいかかりそう?
実は元参事委員会代表の奥様に、「いつになったらネックレスを仕入れられるの?」って、毎日聞かれるのよ」
「えっと、私たちが次にいつ来るかわからないことは伝えてあるのですよね?」
「ええ。そう言ったんだけど、納得してくれないのよね」
「そうですか。
帰ってご主人様に相談しないといけませんけど...... 4日、いえ、3日で仕入れてこられると思います」
「急がせるようで悪いわね」
「他ならぬ奥様からのご注文です。なんとかします」
「宜しくね」
「ところで、前回奥様に、知り合いに勧めても良いか聞かれていたので、もしかしたら注文があるかも。とは思っていましたが、2つも注文されるとは思いませんでした」
「ウフフ。驚いた?
でもね、本当は一番仲がいい友達だけに勧めたかったの」
「そうなのですか?
では、どうしてもう一つ注文することになったのでしょうか」
「じつは、友達に勧めた次の日に、商工会婦人部会の会合があったの。それにコハクのネックレスをつけて参加したんだけど、そこで注目を浴びちゃってね」
「そうなんですか」
「とても良い気分だったわ。ほんと、買って良かった」
「奥様によろこんで頂けて、こちらとしてもうれしい限りです」
セリーの言葉に親方の奥様はニコッと笑い話を続けた。
「それでね、これだけの品だから欲しいって人が何人もいたのよ。でも、みんなが着けたら嫌じゃない?あなた達には悪いけど。ふふっ」
「そんなことはありません。
行商はもともと専門外ですし......
たくさん注文されたら困ってしまうところでした」
「そうだったの?
私はてっきりあなた達は商人なのかと思ってたわ?」
「いえ。じつは私どもの主人がカガミの買い付けを依頼されることがあるので、そのときだけコハクの原石を仕入れてペルマスクまで来ているのです」
「じゃあ、コハクのネックレスを売り歩くなんてことはないのね?」
「はい。その点はご安心ください。
ところでお話をいただいている途中でしたけど、ご婦人がたからネックレスを欲しがられた後はどうなったのですか?」
「そうだったわね。そのときは「たまたま遠方からカガミの買い付けに来ていた人に頼んで仕入れてもらったんだけど、その人との取引が終わったから、もう仕入れられるかどうか分からないわ」って言って取り次ぎをことわったの。
そこまでは良かったんだけどね。その後、会合に出席していた元参事委員会代表の奥様に目を付けられちゃったのよ」
「目を付けられたのですか?それは災難でしたね」
「そうなのよ。その奥様とはあまり仲は良くなかったから会合が始まる前は離れていたのだけど、会合の最中に私のネックレスに気付いたみたいでね、終わったとたんに目を血走らせて「そのネックレス!どこで仕入れたのっ!」って指をさして叫びながら駆け寄ってきたのよ。鼻息まで荒くして迫ってきたものだから、ちょっと怖かったし、その場にいた全員がドン引きしちゃってたわ」
「商会自慢の一品ですし、スタイルの良い奥様にとても似合う品物ですので、きっと嫉妬したのでしょうね」
「ふふふ。たぶんそうね。
それでね、他の人と同じように取り次ぎをことわったの。
ですけど、根掘り葉掘り聞いてくるし、なんなら私のネックレスを買い取るなんて言い出したのよ。
そんなの冗談じゃないし、だからといって発言力があるひとだから断りきれなくってね......
結局注文を取り次ぐことになったの」
「本当に災難でしたね。
ですが、そういうことなら考えがあります。奥様には恥をかかせませんので、私どもにお任せください」
セリーはそう言うと、なぜかニヤリと半笑い気味の悪い顔になった。
その顔を見て親方の奥さんもニヤリと笑った。
「よろしくお願いするわね」
私にはわからないけど、二人には何か通じるものがあるらしい。
その後、親方が持ってきたカガミを受け取り、私たちは工房を後にした。
冒険者ギルドに戻る途中、私はセリーに話しかけた。
「思ったよりも時間がかかりましたけど......
やはり無理ですか?」
「そうですね。
そろそろ1時間経ちますし、ご主人様は冒険者ギルドに来ていると思います。
残念ながら海を見に行く時間は無さそうです」
「ご主人様に、どのような感じだったか伝えたかったのですけど......」
「仕方ありませんよ。
でも、またペルマスクに来る理由が出来ましたし、まだチャンスがありますよ」
「そうですか?」
「はい。
それに、ネックレスの注文が入ったので、ご主人様には喜んでもらえると思います。
私としては、早く今日の成果をお伝えしたいですね」
「確かにそうですね。今後のことも考えて頂かないといけませんし、寄り道してる場合ではありませんね」
ペルマスクの冒険者ギルドに着くと、すぐにご主人様がワープしてきたので、私たちは駆け寄った。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「ただいま戻りました」
「ただいま。です」
「悪い。待たせたか?」
「いえ。来たばかりなので大丈夫です」
「そうか、お疲れ様。うまくいったか?」
「はい」
「はい」
「海、見れなかった。です」
冒険者ギルドの中には私達以外にも人がいたので、私は短く返事した。
ほんとは色々話したいことはあるけど、外では誰に聞かれているかわからない。
報告は家に帰ってからだ。
セリーもわきまえているので、余計なことは話さない。
ミリアは......
もっとしっかり教育しなきゃいけないわね。
そして、ご主人様のワープでザビルの迷宮に一度寄り、それからクーラタルの家に帰った。
ザビルの迷宮に寄ったとき、いつも通り魔物を探そうと匂いを嗅いでいると、ご主人様から「薬で回復して家まで帰る。鏡もあるし、魔物は探さなくていい」と言われた。
私は「分かりました」と素直に答えたけど、私は必要ないと言われた気がして、少し残念だった。
◆ ◆ ◆
家に帰り物置部屋にカガミを置いた後、ダイニングで今日の報告会となった。
まずはセリーから。
「コハクの原石は約束どおりの価格で売れました。鏡の値段も約束どおりです」
「よかった。まあセリーがしっかり交渉してきたのだから心配はしていなかったが」
「それと、コハクのネックレスの注文が二個入っています」
「二個もか」
「はい。
親方の奥さんがコハクのネックレスをつけて何かの会合に出たらしいです。
そこで注目を集めたようですね」
すると、ご主人様は「計画通り」と言ってニヤリと笑った。
しかし、セリーの目がスッと細くなると、すぐに真顔に戻った。
「一個は、参事委員会の代表を務めたこともあるかたの奥方様からの注文です。お金に糸目はつけないので、最高級のものがほしいそうです。ずいぶん羽振りのいいかたらしいので、本当に品質のよいものを高く売ればいいでしょう。親方の奥さんの話を聞くに金貨35枚くらいは出しそうです」
金貨35枚?
奥さんの口ぶりだともう少し出せそうな気がしたけど、最悪の場合を予想したってことね。
「分かった」
「ミリアのネックレスを買ったとき、最高級のコハクを使った商会自慢の一品がありましたので、それで良いと思います」
ご主人様は一瞬考えると、顔をしかめた。
「アレか...... 確かに豪華なネックレスだったが...... ほんとにアレで良いのか?」
「はい。親方の奥さんは仕方なく取り次いでいると言ってたので、アレで良いでしょう」
あのネックレスはとても豪華で高価な物だったので、ご主人様がなにを懸念してるのかわからないけど、セリーが悪い顔をしているので何か問題があるのでしょうね。
ちょっと気になるけど話が進まないので、いまは確認しなくてもいいわね。
「わかった。セリーに任せる。で、もう一つは?」
「もう一個は、親方の奥さんとは仲のよいご婦人の注文です。こちらは親方の奥さんと同じ金貨25枚くらいのネックレスをご所望です。親方の奥さんに売ったネックレスより心もち劣るくらいのネックレスを用意すればいいと思います」
「同じ値段なのに悪いのを用意するのか?」
「親方の奥さんには特別にこの値段だと言って売っています。それに、同じ品質では親方の奥さんもいい気がしないでしょう。ほんの少し、心もち劣るくらいがちょうどよいのです。はっきり落ちるようではいけません」
「それを探すのも結構難しそうだが」
「大丈夫です。質のよいコハクのネックレスはどれも一品モノです。色や大きさが少しずつ異なります。まったく同じものはありません。説明などどうにでもできるでしょう」
「そ、そうか」
セリーがニヤリとほほえみながら答えると、ご主人様の顔が引き攣った。
私も聞いていて顔が引き攣った気がした。
セリー...... 頼もしいけどちょっと怖いわ。
「ところでご主人様、ひとつ謝らなければならないことがあります」
「なんだ?」
「じつは3日後にネックレスを持参すると親方の奥さんに約束してしまいました」
「そうか。問題ないと思うが、なんでそうなったんだ?」
「親方の奥さんは元参議委員会の奥様からだいぶせっつかれているようで、私にいつ仕入れられるか聞いてきたのです。
かなり困っているようでしたので、安心していただくようにはっきりと日にちを伝えました。
勝手なことをしてしまい、申し訳ございませんでした」
「いや。謝る必要はない。
明日からハルツ公にカガミを卸に行くから、日程的には3日後はベストだ。
資金的にも問題はないから、3日後はカガミを卸したあとにボーデのコハク商会に行ってネックレスを仕入れる。それからペルマスクに行くことにしよう」
◆ ◆ ◆
それから3日経った。
早朝の迷宮探索のあと、私たちが朝食の準備をしているあいだにご主人様は3枚目のカガミをハルツ公に卸しに行き、私が料理をダイニングテーブルに並べているときに戻ってきた。
「おかえりなさいませ、ご主人様」
「ただいまロクサーヌ」
ご主人様は私を見て、少しだけホッとしたような顔をした。微妙な変化だけど、だからこそ気になったので理由を聞いて見た。
「ご主人様、どうかされましたか?」
ご主人様は一瞬躊躇した後、意を決して話し出した。
「じつはカガミの注文をもらった日から、ハルツ公に会うたびロクサーヌのことを聞かれてるんだ」
「毎回ですか?」
「ああ。連れてこいってしつこくてな。
ちょっとウンザリしてるんだ」
「そうですか。別に私なら大丈夫ですよ?」
「いや、その......」
私はご主人様が何を気にしているのか分からなくて小首をかしげると、料理を運んできたセリーが口を挟んだ。
「ご主人様はハルツ公爵に「ロクサーヌさんを譲れ」と言われることを、懸念しているのではないですか?」
「さすが鋭いな...... セリーの言う通りだ。実際、そんな雰囲気を出された。だから嫌なんだ」
ご主人様の言葉を耳にした瞬間、私は混乱して激しく拒絶してしまった。
「えっ!私は、私は絶対に嫌です!ご主人様から離れたくありません!」
「ロクサーヌ、落ち着け。俺がお前を手放すわけないだろ」
ご主人様は混乱している私をギュッと抱きしめ、優しく背中を撫でてくれた。
そして耳もとで小さくささやいた。
「大丈夫だ。俺を信じろ」
「申しわけありません。取り乱してしまいました」
少しすると私はだいぶ落ち着いたけど、ご主人様は私を抱きしめたまま話を続けた。
「さっき3枚目のカガミを卸したとき、もう3枚注文された。だから明日からもハルツ公とは顔をあわせなきゃならん。
だが、ロクサーヌだけでなく、お前たちの誰も連れては行かないつもりだ。
あの公爵に目を付けられたらろくなことにならないだろうからな」
「そうですね。よろしくおねがいします」
「エルフは何を考えているかわかりませんので、十分注意なさってください」
「お願いします。です」
ミリアの返事が少し変だけど、みんなご主人様から離れたくない気持ちは一緒だ。
「ところで良い匂いだな」
「すぐに朝食の準備が出来ますので、ご主人様は休憩なさっていてください」
「ああ、そうさせてもらう」
ご主人様はそう言うと私を開放し、ダイニングテーブルの椅子に座った。
そして、すぐに食事がはじまった。
朝食が終わるころ、ご主人様から今日の予定を伝えられた。
「片付けが終わったら、ボーデのコハク商会に行ってコハクのネックレスを買う。
ネックレスは3人に選んでもらうから、よろしく頼む」
「かしこまりました」
「お任せください」
「はい。です」
「そのあとペルマスクに行くので、ネックレスの販売とカガミの仕入れを頼む。俺はその間にルークに会ってくる」
「仲買人に何かご用ですか?」
ルークという名前を聞いて、セリーがいち早く反応した。
「ああ。オークションについて話を聞こうと思う。詳しいことを専門家に聞いておいたほうが良いからな」
「ルークなら地元ですし、なにか情報をもっているかも知れません。仲買人は信用出来ませんが、今回は仕方がありませんね」
セリーは不満げだが、一応ご主人様に同意した。
「じゃあ、その予定で」
「かしこまりました」
「ペルマスクのほうはお任せください」
「はい。です」
私たちが返事をすると、ご主人様は小さくうなずいた。
その後、食器の片付けと洗濯、掃除をみんなで手分けして手早く終わらせ、ボーデのコハク商会に向かった。
コハク商会に入ると、さっそく番頭商人が声をかけてきた。
「ようこそいらっしゃいました。あいにくとコハクの原石は用意できませんが」
「それはしょうがない。今日はネックレスを買いに来た」
ご主人様の返事に番頭商人はニッコリとほほえみ、「さようでございますか。それでは、こちらへどうぞ」と言って店の奥に案内した。
するとご主人様は番頭商人にも聞こえるように
「選ぶのは三人にまかせる」と言い出した。
「分かりました」
「おまかせください」
「はい、です」
私たちが返事をすると、番頭商人は一瞬ニヤリとイヤらしい顔をして、すぐにもとの笑顔に戻った。
相手がご主人様ではないと知って、くみしやすいとでも思ったのだろうか?
残念だけど、この番頭商人はこのあと思い知るだろう......
ウチのセリーの恐ろしさを。
そんな私の考えを裏付けるよう、商談スペースに座る前に、セリーが番頭商人に声をかけた。
「この間見せてもらった、ここ数年で一番の品というコハクを使ったネックレス。あれはまだありますか」
番頭商人は商談の機先を取られたことに驚いたようで、一瞬笑顔が引きつった。
しかし、すぐにもとの笑顔に戻す。
さすがは番頭商人というところか、相手もなかなかの手練れのようだ。
「ございます。 えっと...... こちらですね」
番頭商人はあわててカウンターの向こうに回り、ネックレスを出してきた。
ミリアのネックレスを買ったときに見た、コハクが大きく装飾もすごい豪華な一品だ。
番頭商人がテーブルにネックレスを置くと、「やはりものはいいですね。素晴らしいです。この色といいこの透き通り具合といい。最高級の一品です」と言いながらセリーはネックレスを手に取り、褒めちぎった。
「そうでございましょう」
「値段は?」
「はい。前回も申しましたので、特別に6万9千8百ナールでお譲りさせていただきます」
番頭商人の答えを聞くと、セリーはため息をついた。
そして「やはり値段が」とつぶやいて、あっさりとネックレスをテーブルに置いた。
「これと同様のものが他にありますか?」
「ど、同様のものとなりますと...... こちらの方もそれに引けをとらぬ品ではございますが」
番頭商人はカウンターから別のネックレスを取り出した。大きなコハクが一個、中央にぶら下がったネックレスだ。
確かにコハクはとても大きいけれど、このネックレスにはコハクはひと粒だけなので、何だか少し寂しい気がする。
これが同様なの?
私は疑問に思ったけど、セリーは顔色をひとつも変えずに商談を続けた。
彼女にとっては想定内なのだろう。
「なるほど。これもよい品です」
「深紅の大玉を配したネックレスでございます。ここまでのコハクが出るのは50年に一度でございましょう。そのため、他のネックレスのように複数のコハクを並べるということはできませんが。こちらですと、お値段は6万5千ナールとなっております」
値段を聞くと、セリーは腕を組んで首をひねりながら悩み始めた。
「うーん」
セリーが悩み始めると、番頭商人は次々にカウンターからネックレスを出して、私とミリアに見せてきた。
ご主人様から私たちが買っていただいたネックレスと比べるといくぶん質が劣る品ばかりだったけど、たくさん出てくると目移りしてしまう。
セリーが次に何を言うのか気にはなったけど、すぐに私とミリアは目の前のネックレスに釘付けになってしまった。
「綺麗です」
「きれい、です」
私とミリアは互いにネックレスを胸にあてがい
はしゃいでいると、不意にセリーから話しかけられた。
「どうしましょうか」
気がつくと、セリーが私の前に二つのネックレスを差し出し、テーブルに置いた。
セリーだけでなく番頭商人も私のことを見ている。
「えっと。そうですね......」
どうしよう。
セリーを見ていなかったので、どう答えるのが正解なのか見当もつかない。
なぜ番頭商人まで私を見ているのかもわからない。
私が悩んでいると、セリーは私に合わせるように会話を続けた。
「やはり複数の玉が連ねてあるこちらのネックレスの方が。しかし値段が...... うーん」
セリーは最初に見ていた豪華なネックレスを指し示し、私と同じように悩みだす。
「そうですね。そこまで気に入っていただけたのなら、そちらのネックレスは今回のみ特別に6万8千ナールとさせていただきましょう」
私たちが悩んでいると、番頭商人は根負けしたのか値段を下げてきた。
一気に1800ナールもさがった。これはチャンスだ。
私はそう思ったけど、セリーは悩み続けている。
そして、「うーん。もう一声」と言いだした。
番頭商人は笑顔を引きつらせながら、さらに値をさげてきた。
「6万7千5百ナール。これ以上はさすがに下がりません」
セリーは一度、番頭商人の顔をチラ見して.....
少しだけ悩んでから宣言した。
「その値段ならしょうがないですか。一つはこれでいいと思います」
番頭商人はホッとしたようで、ひとつ息を吐いた。
セリーはテーブルからネックレスを手に取ると、ご主人様に渡した。
「ご主人様、ひとつはこれにします」
「分かった。もう一つも選んでくれ」
「かしこまりました」
セリーはご主人様に返事をすると、ふたたび番頭商人に声をかけた。
「もう一つ、5万ナールくらいのネックレスがほしいのですが」
番頭商人はセリーの言葉にひとつうなずくと、カウンターに手をつっこんだ。
「それですと、こちらになります。これなどもいかがでしょう」と言いながら2つネックレスを取り出して、セリーに渡す。
番頭商人は微笑んでいるけど、なぜかセリーは訝しそうな顔をした。
「これですか......」
セリーは右に置かれたネックレスを手に取り、じっくり確認しだした。
私はセリーがなぜ訝しそうな顔をしたのか気になりネックレスをよく見ると、5万ナールという値段の割にはセリーのネックレスよりも質が悪いような気がする。
さすがはセリー、ひと目見てそれに気づいたようね。
私たちの様子を見て番頭商人は少し慌て、ネックレスの説明をしだした。
何か怪しい気がする......
やはり騙そうとしていたのか......
「左の方は柔らかくて豊かな色合いの上質のコハクを使ったネックレス、手にお持ちの方も輝きの強いなかなかの出来栄えとなっております。左の方が5万2千ナール、持っておられる方が5万ナールとなっております」
セリーは番頭商人の説明を聞くと、首をひねった。
「なるほど。しかしこれは少し濁りがあるようです」
そう言いながら2つのネックレスを丁寧に見比べ、最初手に持っていた方のネックレスを番頭商人に返した。
すると、番頭商人は「その他にこういうのもございます。そのネックレスを上回る一品です。5万6千ナールと少々お値段は張ってしまいますが」
と言いながら別のネックレスをカウンターから出してきた。
「確かにいいものです。しかし、お客様の要望もありますので」
セリーは5万6千ナールのネックレスを手にとって一瞥すると、すぐに番頭商人に返した。
すると番頭商人は慌て、また別のネックレスをカウンターから出してきた。
「そ、それでは...... こちらなどいかがでしょう。輝きと色合いの調和の取れた一品。5万4千5百ナールとなっております」
セリーは番頭商人からネックレスを受け取ると、じっくり確認してから口を開いた。
「これはいいですね。ただお客様が。うーん。どうしましょうか」
そう言いながら、セリーはネックレスを私の前に置いて相談してきた。
「こちらの5万2千ナールのものよりはこちらのほうがお客様の要望には適うと思います。ですが、やはり値段が......」
「えっと。そうですね...... うーん、悩ましいですね」
「うーん、です」
私はどう答えるのが正解なのかわからなかったけど、さっきと同じように悩んでいる姿を見せたほうが良いと思い、うなりながらネックレスを見た。
ミリアも私と同様に、うなりながらネックレスを見ている。
私たちが悩んでいると、番頭商人は先ほどと同じように根負けしたのか値段を下げてきた。
「そうですね。それでは特別に、5万3千5百ナールとさせていただきたいと思います。それでいかがでしょう」
「なるほどそれなら……。しかし……。うーん」
セリーはなおも首をひねる。
番頭商人をチラリと見ると、笑顔のままだ。
まだ余裕があるのだろう。
「では5万3千ナールでいかがでしょう」
最初の値段から1500ナールさがった。
番頭商人のほうは笑顔のままだが右の眉がヒクついている。
そろそろ限界だろう。
私はそう思っていたけどセリーは違ったようだ。
彼女はなぜかジト目で番頭商人を見上げ、「もう少し何とかなりませんか」と少し低い声で言った。
何だかすごい迫力だ。
番頭商人はセリーの迫力にけおされたのか、額に汗を浮かべた。右の眉も盛大にヒクついている。
「し、仕方ありません。5万2千5百。これが限界でございます」
セリーは番頭商人が陥落したことに満足したのか、フッと表情がやわらいだ。
「分かりました。いいと思います」
セリーはテーブルからネックレスを手に取ると、先ほどと同じようにご主人様に渡した。
番頭商人はガックリと肩を落としたような気がする。
結局、ひとつ目のネックレスで2千3百ナール。
2つ目のネックレスで2千ナール。
合計で4千3百ナールも値引きさせた。
さすがはセリー。容赦がない。
ご主人様を見ると、少し青ざめながらセリーを見つめていた。
セリーはそんなご主人様の表情を確認すると、ニッコリと微笑んだ。......ちょっと怖い。
番頭商人はセリーの怖さが身にしみたのか、何故かすがるような表情でご主人様のほうを向いた。
ご主人様は自分の前に2つのネックレスを並べ、ひとつうなずくと「では、この二つのネックレスをもらえるか」と番頭商人をまっすぐ見て伝えた。
すると、番頭商人は深々とあたまをさげ、
「ありがとうございます。本日はよい商売をさせていただきました。
大盤振る舞いのついでです。2つで、8万4千ナールとさせていただきましょう」と宣言した。
すごい値引きだ。やはり、ご主人様の人徳はすごい!
私はご主人様を尊敬の念を込めて見ていたけど、なぜかセリーは私の隣でガクリと肩を落とした。
ご主人様は番頭商人に金貨8枚、銀貨40枚を支払うと、番頭商人がタルエムの小箱を持ってくるあいだ、セリーをねぎらうようにあたまを撫でていた。
ちょっと羨ましかったけど、一番頑張ったのはセリーなので、私は我慢して黙って見ていた。
その後、小箱を受け取ってネックレスをしまい、商会をあとにした。
そして、ボーデの冒険者ギルドから、ザビルの迷宮にワープで移動する。
ザビルの迷宮につくと私は魔物を探してご主人様を案内し、MPを回復してもらった。
何度か魔物と戦うと、「もう大丈夫だ」とご主人様が言ったので、迷宮の入口部屋まで戻った。
装備を外してペルマスクに移動する準備をしていると、ご主人様はセリーに尋ねた。
「そういえば、何で5万ナールのネックレスがほしいといったんだ? 注文は親方の奥さんに売ったネックレスと同じ値段と言っていたが、親方の奥さんに売ったのは5万5千だっただろう」
確かにご主人様の言う通りだ。
私はセリーに交渉を任せていたから気にしていなかったけど、確か親方の奥さんのネックレスからほんの少しだけ劣ったものを探していたはず......
「予算が5万ナールと聞いて5万ナールの商品を売るのは素人です。本物の商人なら、5万と聞けば5万5千ナールのものを売りつけようとするでしょう。ですから逆に、5万5千ナールの品がほしいときには予算は5万ナールだと告げるのです」
「なるほど」
さすがはセリー。そういうことだったのね。
ご主人様も感心しているわね。
「あの商人も最初に5万ナールの品はこれですといって少し質の落ちるものを出して比べさせたのだから、なかなかのやり手です。あのネックレスが本当に5万ナールする商品かはあやしいものです。それに、5万ナールと5万6千ナールの品なら、誰だって5万6千ナールの方がほしくなります」
やはり最初に出してきたネックレスは質の落ちるものだったのね。
私もおかしいとは思ったけど、瞬間的に気がつくなんて、ほんと心強いわね。
セリーが言うようにあの番頭商人はやり手なんだとは思うけど、今回は相手が悪かったわね。
私が考え事をしている横で、ご主人様はセリーと会話を続けていた。
「ペルマスクで売るときにも予算より高く売るのか?」
「今回は難しいですね。予算を聞いてしまっているので。相手も、最低限その値段で赤字にはならないものを持ってきているはずだと分かっているでしょう。いくつか用意できればよかったのですが。それに、一つは親方の奥さんに売ったのと同じ値段のものをという注文です。親方の奥さんより高いものを用意したのでは親方の奥さんがいい顔をしません」
「そうか。さすがはセリーだ」
「私のことよりも、私が散々粘ってようやく五百ナール下げさせたのに、何も言わないでももっと大幅に安くなったことがすごいと思うのですが。三割くらい安くなってますよね」
セリーが割引について聞くと、ご主人様は明らかに目をそらせた。
「そ、そうだな......」
ご主人様は咄嗟に誤魔化す言葉が浮かばなかったのか、歯切れ悪く答えた。
そんなご主人様をセリーは訝しそうに見つめている。
このことについては何か秘密があるとは思うけど、私はその秘密を含めてご主人様という人を相手が受け容れて値引きや割増をしていると思っている。
なので、セリーにも受け容れやすそうな言葉で肯定した。
「ご主人様の人徳なら当然のことです」
「当然、です」
私がご主人様を肯定すると、何故かミリアが胸を張って自慢した。
たぶん、この場の雰囲気に合わせただけなのだろう。
相変わらず...... とても良い娘なんだけど......
ちょっと残念ね。
「人徳ではないが、ま、そういうことだな」
ご主人様は私に乗ったようだわ。
少しだけ苦笑しながらも強く否定はしないので、説明するのが面倒ってところかしら。
セリーはいまいち納得していないようだけど、ご主人様は説明する気はないみたい。
この話はここまでね。
その後、私たちはコハクのネックレスを身に着け、カガミ3枚分の仕入れ費用と入市税用の銀貨を頂いた。
そして、ご主人様の出したワープゲートをくぐってペルマスクへ移動した。
ペルマスクの冒険者ギルドにつくと、セリーがご主人様に話しかけた。
「今回は少し時間がかかるかもしれません」
「そうだな。分かった。
焦らなくていいから、しっかり頑張ってきてくれ」
「かしこまりました。
ではご主人様。行ってまいります」
「がんばってきます」
「行く、です」
「ああ。よろしく頼む」
私たちはご主人様に挨拶し、入市税を払っていつもの工房に向かった。
そしていつものように歩きながら、セリーからのブリーフィングを受ける。
「今日は先にコハクのネックレスを販売し、それからカガミを仕入れます。
いつも通り私が交渉しますので、ロクサーヌさんとミリアは私にあわせてください」
「わかりました。ですが、こちらの思い通りの順番で交渉出来るのですか?」
「3日後って約束してましたので、工房のほうではたぶん最初にネックレスの注文主の所に案内する段取りになっていると思います」
「わかりました。セリー、今日もよろしくおねがいしますね」
「はい。任せてください」
「ミリアは私にあわせてね」
「はい。おねえちゃんにあわせる。です」
工房に着いて入口にいた見習いに声をかけると、いつも通りに奥の商談コーナーには通されずに入口で待つように言われた。
すると、すぐに親方の奥さんが工房の奥からかけつけてきた。
「こんにちは、奥様」
「いらっしゃい。コハクのネックレスは?」
「ご要望のものを仕入れてきております」
「良かった。じゃあ早速で悪いけど、一緒に来てくれる」
「えっ、はい。あの、いったいどうされたのですか?」
「元参事委員会代表の奥様が馬車を寄こして来てるのよ。
工房の裏に停めてあるから話はそのなかでするわ」
「かしこまりました」
それから親方の奥さんは、事務の女性にことづてをして送り出した。
そして、私たちには少しだけここで待つように言うと、工房の奥に向かった。
そのままに2、3分待つと、親方の奥さんはコハクのネックレスを身に着けて戻ってきた。
今日の奥さんは少し落ち着いた袖の短いカジュアルなワンピースドレスを着ており、腰まわりをほそめのベルトで絞っている。
スタイルの良さも相まって、コハクのネックレスがとてもよく似合っていた。
女の私が見惚れてしまうくらい美しい、大人の女性という感じだ。
親方の奥さんは私たちを工房の裏手に案内すると、馬車に乗り込むよう促した。
そして、親方の奥さんと私たちが馬車に乗り込むと、すぐに馬車はどこかに向かって走り出した。
馬車が走り出すと、親方の奥さんが経緯を説明しだした。
「あわただしくてごめんなさいね」
「いえ、私どもは大丈夫です。それより馬車まで用意されているとは、心痛お察しいたします」
「ありがとね。ほんと、あの奥様は強引だから疲れるわ」
親方の奥さんはそう言うと小さくため息をつき、話を続けた。
「一昨日ね、あなたたちが今日来るってことを伝えたのよ。そしたら「来次第ウチに連れてきなさい」って言われたの」
「酷いですね。奥様はわざわざ仲介してあげているのに命令口調ですか」
「そうなのよ。ほんと酷いでしょ。
でもね、発言力がある人だし断われないのよね。
だから、来次第連れて行くようにするから、お急ぎなら送迎用に馬車を用意してくださいって言ったのよ。
そしたら本当に馬車を寄越してきたのよ」
「そうでしたか。遠いのですか?」
「いえ、もう着くわ。馬車はただの嫌がらせだから」
そう言うと、親方の奥さんはちょっとあやしい笑みを浮かべた。
セリーもなんだか悪い顔をして「よろしいと思います」と返事をしている。
やはりこの二人には何か通じ合うものがあるようだ。
それからすぐに、馬車が止まった。
あとで親方の奥さんに聞いたのだけど、ゆっくり歩いても15分くらいで着く場所だったらしい。
馬車から降りるとかなり瀟洒な豪邸だった。
ペルマスクのなかでも裕福な人たちが住んでいる地区なのか、周りの家もクーラタルの私たちの家よりずっと大きい。
そのなかでも、この家はひときわ大きかった。
玄関で執事に来訪目的を伝えると、私たちはかなり大きな応接間に通された。
広さはウチのダイニングの倍はあるだろうか。
床や壁は石貼りで、見るからに高そうなガラスのテーブルを囲うように革張りのソファーが置かれている。
壁には絵画が飾ってあり、部屋の奥には暖炉もある。
私たちは執事に促されてソファーに座ると、ハーブティーが運ばれてきた。
そして、部屋の豪華さに圧倒されながら元参事委員会代表の奥様を待っていると、ドタドタと足音を鳴らしながら奥様がやってきた。
元参事委員会代表の奥様は人間族で50歳くらいだろうか。
身長は私より少し低いようだけど、からだの幅は私の倍くらいある。かなり厚化粧のようだけど、肌のたるみは隠せていない。
髪は肩口までの長さで揃えられており、細かく巻かれていた。
彼女は私たちを訝しそうに見ながら挨拶してきた。
「いらっしゃい。あなた達が行商のかた?随分若そうだけど......」
「お初にお目にかかります。
私たちは商人ではありません。
わたくしどもの主人が知人からカガミの仕入れを要望されたので、こちらの奥様の工房から購入させて頂いておりました。
その縁でコハクのネックレスの買い付けも行なわさせて頂いた次第です。
このたびは......」
セリーが軽く会釈したあと返事をしたが、元参事委員会代表の奥様は話が終わる前に手を振ってやめさせた。
「もうわかったわ。それで、コハクのネックレスを見せてちょうだい。持ってきたのでしょう?」
「......かしこまりました」
奥様の失礼な態度に私はムッとしたけど、セリーは少しだけうつむいただけで冷静に返事をし、カバンからつつみを取り出してテーブルの自分の前に置いた。
そして、つつみをほどいて小箱を見せ、小箱のフタを開けてなかからネックレスの入った小袋を取り出した。
「こちらがご所望頂いた、最高級の一品です」
セリーはそう言いながら、小袋からネックレスを取り出してテーブルの中央に置いた。
「いかがでしょう。
大粒でくもりのないコハクが複数連なっており、特に中央の粒はひときわ大きなものです。
これほどのコハクは原産地のボーデでも、10年に一度採れるかどうかという逸品です。
仕入れもとの商会で一番豪華なネックレスであり、これ以上のものはございません」
セリーがネックレスの説明をしていると、元参事委員会代表の奥様はネックレスを手に取りじっくり見だした。
そして、少しすると顔をあげて私たちや親方の奥さんのネックレスと見比べ、ニチャッとした嫌らしい笑みを浮かべた。
その顔は、私たちや親方の奥様に勝ち誇っているようだ。
「ふーん。なかなか良い品ね。
で、いくらなの?」
「金貨40枚です」
セリーが回答すると元参事委員会代表の奥様は、あきらかに不機嫌になった。
「フンッ。たかすぎるわね。
「金に糸目はつけない」とは言ったけど、査定しないとは言ってないわ。
私の見立てじゃせいぜい金貨35枚ね」
元参事委員会代表の奥様が大幅値引きを要求すると、セリーは顔をあげて返事をした。
「奥方様。
申し訳ございませんが、それでは採算が取れません。
事前にご予算を伺っておりませんでしたので、こちらにも落ち度がありますが......
では、思い切って金貨39枚とさせて頂きます。
いかがですか?」
「ダメね。金貨35枚よ」
「金貨35枚ではお譲りすることはできません......
金貨38枚と銀貨50枚でいかがでしょう?」
「しつこいわね。金貨35枚。これは譲れないわ」
元参事委員会代表の奥様は買い値を上げる気はないようで、強気の姿勢を崩さない。
どうしよう。
セリーはかなり困っているようだけど、相手がオバさんだから私はどうアシストすれば良いかわからない。
へたなことを話せば邪魔をしてしまう。
歯がゆいけれど、ここはセリーを見守るしかない。
「いや、それでは...... では...... 金貨38枚。これ以上はさげられません」
「話にならないわね。金貨35枚。何を言っても無駄よ。これ以上は出さないわ」
元参事委員会代表の奥様はそう言うと、ネックレスをテーブルに置いた。
勝ち誇ったようにニヤニヤしながら、イヤらしい目でセリーを見ている。
私はセリーがどうするのかわからずハラハラしていると、彼女はフッとひと息吐いてから私にからだを寄せてきた。
そして、耳もとで小さくささやく。
「ロクサーヌさん。今から私のすることに驚かないで下さい。決して表情に出さないようにお願いします。
あと、私が少し離れたら「問題ありません」とひとこと言ってうなずいて下さい」
セリーはそう言うと私から少しだけからだを離したので、私は指示通りに「問題ありません」と言いながら小さくうなずいた。
すると、セリーはおもむろにネックレスを手に取った。
そして、「誠に残念ですが、金貨38枚以下ではお譲りすることは出来ません。今回はご縁がなかったということで、引きあげさせていただきます」と言いながら、ネックレスを小袋にしまいだした。
私は内心すごく驚いたけど、事前にセリーに言われていたので表情には出さないように我慢した。
私がつとめて無表情のまま元参事委員会代表の奥様を見てみると、驚愕の表情を浮かべていた。
「な、何をしてるの!」
「引きあげさせて頂きますので片づけているのですが」
セリーの返事を聞いて、元参事委員会代表の奥様は明らかに動揺しはじめた。
まさか取引を中止されるとは思わなかったのだろう。
「はぁ?引きあげる?商談を中止する気?」
「はい。合意を得られなかった以上、仕方がありません」
「あなた、ネックレスを売らないで帰れるの?
このまま帰ったら......
そう、このまま帰ったらあなたは主人に叱られるでしょう?」
「いえ、これほどの品はペルマスクにはございません。卸す先はいくらでもあります。
冒険者ギルド付近の商店なら、金貨40枚でもよろこんで買い取るでしょう。
それに、遠方まで出向いてわざわざ仕入れてきた品を採算の合わない金額で卸しては、かえって主人の不興を買ってしまいます」
「そのネックレスは私に売るために仕入れたのでしょう。あなたなんかが勝手に売り先を変えて良いと思っているの?」
「わたくしは主人より全件を委任されております。
卸し先を変更してもなんら問題はありませんし、金額に折り合いがつけられずにこのネックレスを持ち帰っても、咎められることはございません」
「商売は信用が第一なのよ。
《高い値段をふっかけて、交渉が不利になったら商談を中止して逃げ出す連中》なんて話が広がったら、あなたたちはペルマスクで商売出来なくなるわよ。
それでもいいのかしら?」
はぁー。セリーは少し大げさにため息をつくと、覚めた目で元参事委員会代表の奥様を見た。
「奥方様。
最初に申しあげましたが、わたくしどもは商人ではありません。
ですので、ペルマスクで商売出来なくてもなんら問題はありません。
それに今回はお世話になったこちらの奥様からのご依頼でしたので、特別に対応させて頂いたに過ぎません。
何か勘違いされているようですが、奥方様から直接ネックレスの仕入れを依頼されていたら、わたくしどもはお断りしていました」
セリーの言葉にプライドを傷つけられたようで、元参事委員会代表の奥様の顔がみるみる赤くなっていく。
「な、ワタシが頼んでも断るって?!」
「当然でしょう。わたくしどもは、奥方様には何の世話にもなっていないのですから」
元参事委員会代表の奥様は激昂したけど、セリーは涼しい顔で返事をした。
そして、返事をしながらも手は止めずに小箱にネックレスの小袋をしまい、つつみを閉じ始めた。
それを見て、元参事委員会代表の奥様は慌ててセリーを制止した。
「わ、わかったわ。わかったからちょっと待ちなさい!」
そう言いながら、元参事委員会代表の奥様はバンッ!とテーブルをたたいた。
セリーはその声を聞いて手を止める。
「いかがなされましたか?」
「いや、その、あなたたちがペルマスクで商売するものだと思い込んでいたから、ちょっとキツイことを言っちゃったのよ。
でも、そうじゃないのよね。それなら話は別だわ。
あなた達は商人じゃないし、どうしてもさげられないと言うなら......
し、仕方がないから今回は金貨38枚で手を打つわ。
それなら文句はないのよね」
元参事委員会代表の奥様が金額に合意すると、セリーはニッコリほほ笑み、「はい。それなら問題ありません」と返事をした。
そして、再び小箱からネックレスの小袋を取りだしてテーブルの中央に置いた。
するとそれを見て元参事委員会代表の奥様はホッとしたのか、すぐにもとの横柄な態度に戻った。
そしてボソッと愚痴を言う。
「チッ!まったく忌々しい......」
「何かおっしゃいましたか?」
セリーが咎めるように聞き返したが、元参事委員会代表の奥様はその返事を平然と無視して次の要求をしはじめた。
「その小箱はなに?それはもらえるのよね」
「こちらはアクセサリーを輸送、保管するための小箱です。ネックレスの代金には含まれておりませんが、どうしてもということなら銀貨10枚でお譲りすることは可能です」
「はぁ?」
「申し訳ございません。こちらの販売は考慮しておりませんでしたので、無償でお譲りすることは出来ません」
「金貨38枚も払うのに、それくらいサービスしなさいよ」
「申しわけございません」
セリーが完全拒絶で軽く会釈をすると、元参事委員会代表の奥様は再び顔を赤くしてひたいに青筋を浮かべた。
そして、何かぶつぶつと独り言をつぶやいたあと、親方の奥様のほうを向いて口を開いた。
「あなたはこの小箱を持っているの?」
親方の奥さんはクスリと笑うと、「ええ。持ってますわ。ネックレスとは別に、銀貨10枚で譲って頂きましたので。
こんな質の良いネックレスを剥き出しで保管するなんて、淑女として恥ずかしいですからね」と返事をした。
そして、うっとりとした表情で自分のネックレスに軽く触れる。
そのようすを見て、元参事委員会代表の奥様は明らかに嫌そうな顔をしたけど、親方の奥さんには嫌味のようなことは言わなかった。
「そう、確かに貴方の言う通りね。
銀貨10枚くらい問題ないわ、私にも譲ってちょうだい」
「かしこまりました」
元参事委員会代表の奥様は、豪華なハンドバッグからネックレスと小箱の代金、あわせて金貨38枚と銀貨10枚を取りだした。
セリーは代金と引き換えに、ネックレスと小箱を元参事委員会代表の奥さんに引き渡した。
「今回は良い取り引きをさせて頂きました。ありがとうございました」
「そうね。また機会があったらよろしくお願いするわ」
元参事委員会代表の奥様は、社交辞令で「また機会があったら」と言っていたけど、私は二度と会いたくないと思った。
私たちは元参事委員会代表の奥さんに挨拶をしてから、馬車に乗り込んだ。
馬車が走り出すと、親方の奥さんは両手をあげて背伸びをし、表情をやわらげて話しだした。
「お疲れ様、大変だったわね」
「ありがとうございます。なかなか強引なかたでしたので、しょうじき疲れました」
奥さんのねぎらいにセリーが答える。
「私はあの奥様がやり込められるところが見れて、楽しかったわ。
だけど、すごく豪華なネックレスだったわね。
残念だけど、これからも会合の主役はあの奥様になりそうね」
「そうでしょうか。私はそうならないと思いますよ」
「えっ?それはどうしてなの?」
「あのネックレスをよく思い出してください。
あのネックレスはコハクが大粒で装飾もすごい。間違いなく最高級の一品です。
ですが、とても豪華な品ですので、合わせる服装もパーティードレスのような豪華なものでなくては釣り合いが取れません。
カジュアルやフォーマルな服装に合わせたところを想像してみてください。
なんか下品な感じがしませんか?」
「......確かに。パーティードレス以外、あわせるのは無理そうね」
「ですので、今回あの奥方は最高級のコハクのネックレスを手に入れましたが、会合でお披露目することは難しいと思います」
「フフッ。そういうことだったのね」
「はい。権力に任せて無理を押し通したのです。
多少バチが当たっても仕方がないでしょう。
ただし、少しだけ懸念があります」
「なにが懸念なの?」
「かなり強引なかたでしたので、下品とか気にせずに普通の服にあのネックレスを着けたりしないかと、フフッ」
「フフッ。フフッ。アハハハハハハハ。もう、想像しちゃったじゃない」
そう言いながら、親方の奥さんはお腹を抱えて笑い出した。
「さすがにそれはないでしょうか」
「さすがにね。
そんな格好をしたらいい笑いものになるからね。
でも、ちょっと見てみたいわ。フフッ」
そう言いながら親方の奥さんは、また楽しそうに笑った。
工房につくと、商談スペースで親方の奥さんの友達が待っていた。
身長は奥さんより気持ち低く、見た目は奥さんよりも少し若い感じだけど、奥さんに負けないくらいとても綺麗な人だ。
「おまたせー」
「あ、おかえりー。けっこう時間がかかったわね。もしかしてモメたの?」
「フフフッ。そうなのよ。でもね、おかげでちょっと面白い物が見れたわ」
「あら、なになに?」
「フフッ。話したいけどこの娘たちに悪いから、先にネックレスを買ってあげてね」
「そうね。じゃあ話はあとで」
そう言うと奥さんの友達は私たちのほうに向き直った。
「はじめまして。あなた達のことは彼女から聞いているわ。遠い所まで仕入れに行ってくれたのでしょう。わざわざありがとうね」
「いえ、こちらこそご用命頂き、誠にありがとうございます。本日はよろしくお願いいたします」
セリーは挨拶をすると、カバンからつつみを取りだし、テーブルのうえに置いた。
そして
つつみを開いて小箱のフタを開け、なかからネックレスの入った小袋を取りだした。
そして、小袋からネックレスを取りだし、「どうぞ、こちらがご要望のネックレスになります」と言って奥様の友達に手渡した。
「まあ、綺麗」
奥様の友達はネックレスを受け取りながら一声漏らすと、コハクの粒をひとつひとつじっくりと見回してから小さくつぶやいた。
「聞いていた通り、すごく質が良いわね。こんなのペルマスクには売ってないわ」
すかさずセリーがネックレスを説明した。
「いかがですか?このネックレスは輝きと色合いの調和の取れた一品です。見比べて頂ければわかると思いますが、私どもの着けているものよりも質が良く、こちらの奥様が着けられているものと遜色がないものです」
「彼女から金貨25枚って聞いてるけど、ほんとにそれで良いの?」
「はい。その予算を聞いて仕入れもとの商会と交渉して参りましたので大丈夫です」
「じゃあ買うわ。それと、その小箱は銀貨10枚って聞いてるけど、そちらも売ってくれる?」
「はい。では合わせて金貨25枚と銀貨10枚です」
「いま出すわ」
奥様の友達はハンドバッグから金貨と銀貨を取り出し、セリーに手渡した。
親方の奥さんから事前に色々聞いていたのでしょうけど、さっきと比べると驚くべき早さだ。
すると奥さんの友達は、いま買ったネックレスを親方の奥さんに渡し、「着けて着けて」とせがんで着けてもらっていた。
奥さんの友達はカガミの前に移動して自分が着けたネックレスを見て、うっとりとしている。
親方の奥さんは、そんな友達を楽しそうに見守っていた。
しばらく時間がかかりそうだと思っていたら、セリーが親方の奥さんに話しかけた。
「あの、奥様。ちょっとよろしいですか?」
「ええ。どうしたの?」
「じつは、本日もカガミを購入したいのですが、よろしいでしょうか」
「問題ないわ。いつものやつでいいのよね」
「はい。大きさは多少不揃いで3枚お願いします」
「わかったわ。銀貨60枚ね。コハクの原石はあるの?」
「今日は原石はありません」
「わかったわ」
親方の奥様はすくっと立ち上がり、工房の奥のほうを向いた。そして大きな声で「あなたー、ちょっと来てー」と叫んだ。
すると、すぐに工房の奥からドスドスと足音を響かせて親方がやってきた。
「おう、嬢ちゃんたちか。元代表の所に行ってきたんだろう。あそこのババア、大変だったろ」
「アナタは余計なことは言わなくていいの。それよりカガミを3枚持ってきて」
「はははは。わかった。ちょっと待ってろ」
親方はそう言うと、あっさり工房の奥に戻っていった。
なぜかはわからないけど、今日の親方は機嫌が良さそうだ。
私と同じように親方の機嫌が良いことに気づいたようで、セリーが親方の奥さんに質問した。
「機嫌が良さそうでしたけど、何か良いことでもあったのですか?」
「ふふっ。あの人、わかり易いわよね」
「あの、間違えていたら申し訳無いのですけど、もしかして......」
「あら?わかっちゃった?」
「はい。奥様。おめでとうございます」
奥様が少し嬉しそうに返事をすると、セリーが御祝いの言葉を告げた。
えっ?セリーは理由がわかったの?
それに“おめでとう”ってどういうこと?
私は2人が何を喜んでいるか見当がつかなかったけど、次のセリーの言葉で理解した。
「何ヶ月ですか?」
「まだ2ヶ月よ。昨日分かったばかりなのに、よく気づいたわね」
「いえ。奥様だけなら気づきませんでした。ですけど親方がとても機嫌が良さそう。と言いますか、ハッキリ言って浮かれていますので、これは、よっぽどいいことがあったのだと気がつきました」
「ふふっ。じゃあ、あの人の責任ね♪」
「あははは。これでもだいぶ落ち着いたのよねー。昨日なんか近所に言い回っていたし、大変だったもんねー」
「そうなんですか?」
奥さんとセリーが話していると、さっきまでネックレスに見惚れていた奥さんの友達も会話に加わり、親方が戻ってくるまでみんなで楽しくおしゃべりした。
しばらくして親方が戻ってくると、セリーはアイテムバッグから銀貨を60枚取りだした。
そして、親方の奥さんがサッと数えて「間違いなく」と言うと、親方がパピルスに包まれたカガミ3枚を私たちに手渡した。
何だか話が盛り上がってしまったので名残惜しかったけど、冒険者ギルドでご主人様が待っているので、私たちはカガミを受け取り、工房を出た。
工房を出るときに、セリーが親方の奥さんに何やら耳打ちすると、奥さんはニッコリと笑った。
やはりこの二人には何か通じ合うものがあるみたいだ。
冒険者ギルドに着くと、ご主人様は既に待っていた。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「おかえり、うまくいったようだな。では帰るぞ」
ご主人様はそう言うと、冒険者ギルドの壁にワープゲートを開いた。
そして、ザビルの迷宮を経由して家に帰った。
物置部屋に鏡を置いてからダイニングに移動し、手早くハーブティーを用意して席に着くと、セリーが今日の成果をご主人様に説明し始めた。
「ペルマスクではまず親方の奥さんと一緒に元参事委員会代表の奥方様のところへうかがいました。かなり瀟洒な豪邸でした」
「すごかったですね」
「大きい、です」
私があの豪邸を思い出して感想を言うと、ミリアも追従した。
「そんな豪邸に住んでいるならと金貨40枚と言ったのですが、残念ながらそこまでは無理でした。親方の奥さんの紹介ならということで、金貨38枚で手を打ってきています」
「金貨38枚? 35枚の予定だったよな?」
「はい。頑張って交渉しました」
セリーはすごく頑張ったのだけれどご主人様にはいまいち伝わってないようなので、私は少し補足することにした。
「ご主人様、元参事委員会代表の奥方様はすごく強引なかたで最初は自分の査定が金貨35枚だからと言って全く交渉にならなかったんですよ。
それも、私たちを馬鹿にするようにニヤニヤしながら見下してきたんです」
「そうなのか?じゃあ、どうやって交渉したんだ?」
「ロクサーヌさんが言った通り、はじめ奥方様は自分の査定では金貨35枚だと言いました。
私は金貨40枚から少しずつ値段を下げて交渉したのですが、金貨38枚まで下げても全く歩み寄ってくれませんでした。
ですが、奥方様がコハクのネックレスを欲っしていることは明らかでしたし、私たちを馬鹿にするような態度だったので、交渉を中止して引きあげると脅かしました」
「お、脅かしたのか...... そんなことをしたらただではすまなかったのではないか?」
「はい。逆に奥方様から取引を中止したら悪い噂を流すとか、ペルマスクで商売できなくする。って言って脅されました」
「まじか......」
「あと、「このままネックレスを売らないで帰ったら、主人に叱られるだろう」とも言われました」
「それも脅しだな......」
「そうです。かなりムッときたので、「このまま奥方様にネックレスを売らなくても、売り先を何処かの商店に変えても主人に咎められることはありません。
それに、私たちは商人ではないので、ペルマスクで商売出来なくても困りません」って、ネックレスを片付けながら言ってやりました」
「......」
「そうしたら、慌てて片付けるのを制止するよう叫んでから、「仕方がないから金貨38枚払う」って言い出したので、すぐに了承しました。
それから小箱のほうもひとつ銀貨10枚で売りつけました。完全勝利です」
「す、素晴らしい。その奥方には悪いが、セリーに逆らったバツだな」
ご主人様はセリーを褒めているけど、顔が引きつっていた。セリーはそんなご主人様を見てニッコリと微笑み、そして呪いの言葉を吐いた。
「親方の奥さんに迷惑を掛けるような悪は、滅びれば良いのです」
セリーはハーブティーをひとくち飲んでひと息つくと、続きを話し始めた。
「親方の奥さんと仲のよい人には約束どおり金貨25枚で売りました。やはりよいものだと喜んでいただけましたし、帰り際に親方の奥さんの方には「少し大きさが」と伝えたので、こちらの方もばっちりです」
「そうか。すごいな。さすがセリーだ」
「ありがとうございます」
セリーはアイテムボックスから金貨63枚と銀貨20枚を出して、ご主人様に手渡した。
「明日から3日かけてカガミを売りに行くが、これでオークションにむけてのひとまずの資金は出来た。
皆んな、ありがとうな」
ご主人様は私たちにお礼を言いながらあたまをさげた。
その夜、私たち3人はお風呂をあがって寝室に行くと、ご主人様からネグリジェのうえにコハクのネックレスを着けていただいた。
カンテラの淡い灯りのなか、私たち3人の肢体が浮びあがる。そして、胸元のコハクがカンテラの灯りを映して煌めいた。
ご主人様はベッドに腰掛けたまま私たちをボーっと眺め、ポツリと声を漏らした。
「美しい...... まるで夢のようだ......」
私はご主人様の言葉に頬が熱くなるのを感じながら、
「ご主人様。今夜もどうぞ私たちを可愛がってください」と、声をかけた。
ご主人様はミリアから順番に抱き寄せてオヤスミのキスをした。
ミリアの次はセリー、セリーの次は私の番。
ご主人様は私を抱き寄せてキスをすると、肩紐をずらしてネグリジェを脱がせた。
すると、私は生まれたままの姿にコハクのネックレスを着けた姿になった。
「ロクサーヌ。綺麗だ......」
「ご主人様......♥」
その夜、私たちは順番に2回ずつ可愛がって頂いたあと、久しぶりに私とセリーを同時に可愛がって頂いた。
◆ ◆ ◆
それから3日経った。
迷宮探索のほうはとても順調だった。
ハルバーとクーラタルの迷宮探索はともに18階層まで進み、スキル付きの装備品も増えた。
それに、ご主人様の緑魔結晶が黄魔結晶に、以前盗賊退治で拾った黄魔結晶が、なんと白魔結晶に変わったのだ。
オークションにむけての資金も万全なものになったようで、ご主人様はとても嬉しそうにしていた。
しかし、カガミ販売のほうは、そうでもなかった。
ご主人様は毎日カガミを売りにボーデに行き、本日最後の1枚を売りに行ったけど、追加注文の話はなかったそうだ。
「おまえたちは残念かも知れないが、しばらくはペルマスクに行くことはないだろう」
「いえ、残念ではありません。迷宮探索の時間を増やせるので、むしろ良かったのではないでしょうか」
「そうか...... そうだな」
ご主人様は何か思うところがあるような雰囲気だったけど、このときはそれ以上何も言わなかった。
私は......
本当は海が見れなかったのは少し残念だし、あのきれいな町にまた行きたいという想いはある。
だけれど、本来の目的を忘れては決してならない。
私たちは迷宮探索を進めて実力を伸ばし、いずれはご主人様を貴族に押しあげなくてはならないのだ。
そう考えると資金集めで行いはじめた行商は、そろそろ切り上げ時なんだと思う。
もうすぐメンバーが増え、私たちのパーティーはもっと強くなる。
これからは本来の目的に立ち戻って迷宮探索押し進め、いち早く迷宮討伐を成し遂げられる実力を身に着けようと、私はこのとき強く思った。