わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーとミリアの4人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所に加え、ペルマスクへの中継地点であるザビルの迷宮も探索している。
クーラタルは18階層、ベイルは11階層、ハルバーは18階層、ターレは13階層、ボーデは12階層、ザビルは1階層を探索中。
夏から秋に変わる季節と季節の間の休日
その数日前。
その日、午前中の狩を終えて昼休息を取るために一度家に帰ると、装備品を外していたご主人様がリュックサックを見てつぶやいた。
「おっ!?」
「えっと。何でしょう」
私が尋ねると、ご主人様はニヤリと笑って「見るか?」と言いながらリュックサックに手を突っ込む。
そして、白く輝く魔結晶を取り出した。
「こ、これは白魔結晶ですか?
すごいです。さすがご主人様です」
「は、初めて見ました」
「さすが、です」
私が驚くと、横にいたセリーとミリアもご主人様が持っている白魔結晶を覗き込み、心底驚いている。
ご主人様は私たちの様子を見て満足そうだったけど、セリーが「休憩したら売りに行きますか?」と聞くと、「ギルドへは夕方売りに行くのがいいだろう」と言いだした。
「えっと。はい?」
私はなんでわざわざ混み合う夕方に高価な白魔結晶を売りに行こうとしているのかが分からずに首をかしげると、ご主人様はちょっと視線をそらした。
そして、「い、いや。急ぐことも無いだろう」と言って、アイテムボックスに白魔結晶をしまい込んだ。
私は特に気にしなかったけど、セリーはジト目でご主人様を見つめ、「あやしい......」とボソリとつぶやいた。
そして、トトトッとご主人様の向いたほうに回り込み、顔を合わせようとした。
セリーが「んっ?」と言いながらご主人様を見つめると、ご主人様は反対方向に顔をそむけた。
しかし、セリーは追いかけるように回り込み、また「んっ?」と言いながら顔を合わせようとした。
ご主人様はまた顔をそむけたけど、またまたセリーが回り込む。
結果、ご主人様の周りをセリーが回り続けている。
そして、いつの間にか彼女は顔がほころんでいて、「んっ?」、「んっ?」とじつに楽しそうだ。
私とミリアは顔を見合わせ、ひとつうなずいてから、すぐに2人で参戦した。
そして、しばらくご主人様の周りを回り続け、その状況を楽しんだ。
しばらく楽しんでから、ハッ!と気づいた。
休憩するはずだったのに、息があがってしまい、かえって疲れてしまっていた。
午後からも迷宮に潜るのに、ちょっと失敗。
反省しないと......
でも、気持ちはリフレッシュできたから、たまにはこんな休憩も良かったかな?
◆ ◆ ◆
結局その日は午後からも、ハルバーの迷宮18階層で狩りをおこなった。
夕方、ご主人様はクーラタルの探索者ギルドでドロップアイテムを売るときに、お昼に宣言した通り白魔結晶も一緒に売ってしまった。
そのとき、ご主人様は周りに気づかれない為か、買い取りトレーに白魔結晶を置くと大量のドロップアイテムで埋めて隠していたけど、受付の女は一瞬目を見開いた。すぐに何ごともなかったようにすましているけど、どうやら白魔結晶があることに気づいたようだ。
私はその女の雰囲気が気になったので、買い取り代金を持って戻ってきたときの様子を見ていると、受付の女は値踏みするような目つきでご主人様を見ていた。
私は警戒心をあげて女の行動を見ていると、口のはしをにやつかせながら、トレーから金貨を回収しているご主人様に手を伸ばした。
さすがに金貨を掠め取ることはないだろうから、ご主人様に触れて気を引こうとでも考えているのか。
それとも言いたいことでもあり、自分に注意を向けようとしているだけなのか。
だけど、そんなことは関係ない。
この女がご主人様に触れることは許さない!
私は瞬間的にそう思い、ご主人様の斜めうしろから女の手をはじいた。
今となっては記憶が定かではないけれど、たぶん冷静に判断して適切な対応が取れていたのだと思う。
次の瞬間、パシッ!って音が鳴り響く。
すると、ご主人様は驚いたようでビクッ!とからだを震わせた。
女の行動には気づいていないようだったけど、私が自分の死角から手を伸ばして何かをはじいたことは理解したようだ。
「ロクサーヌ、どうした?」
「いえ。虫がいたのではじきました」
「そ、そうか。気づかなかった」
「大丈夫です。次は斬り落とします」
そう言いながら、私はエストックの柄に手をかけてカチャリと鳴らし、それから受付の女に殺気を飛ばした。
すると女は、「ヒッ!」と小さく悲鳴をあげて、顔をうつむかせた。
ご主人様は金貨と白い金貨?のようなものをアイテムボックスにしまうと、残りの銀貨と銅貨は数えもしないでガサッと一気に袋に詰めてリュックにしまった。
そして、私たちを連れて探索者ギルドを出ると、寄り道せずに足早に歩き、冒険者ギルドに飛び込んだ。
ご主人様は周りを確認すると、「誰も来てないな」と小声で私たちに聞いてきた。
「はい。大丈夫ですね」
「ついてきた人はいないと思います」
「いない。です」
私たちも小声で答えると、ご主人様はあからさまにホッとした。
「そ、そうか。では買い物してから帰るか」
「えっと。何かありましたか?」
「いや...... なんでもない」
「......かしこまりました」
私は何を気にしていたのか分からなかったので思わず聞いてしまったけど、ご主人様が言葉を濁したのであえて聞かないことにした。
その後、夕食の買い物をしながら帰宅すると、玄関ドアにパピルスのメモがはさまっていた。
メモは商人ギルドのルーク氏からで、芋虫のモンスターカードを落札したとのことだった。
ご主人様に伝えると、「これで身代わりのミサンガの予備ができる」と言って喜んでいる。
どうやら明日は早朝探索のあと、ご主人様は商人ギルドに行くことになりそうね。
そうすると少し時間ができるはずだから、洗濯するのは明日にして、今日は早めに可愛がっていただいてもいいかも♥
◆ ◆ ◆
それから1時間後。
夕食を食べながらご主人様と話をしていると、話題が探索者ギルドでのことになった。
「そう言えば、ご主人様はなんで白魔結晶を換金したあとビクビクしていたのですか?」
私が尋ねると、ご主人様はアイテムボックスから白い金貨のようなものを取り出した。
「ご主人様。それは?」
「白金貨だ」
「は、白金貨ですか?!」
「そうだ」
探索者ギルドでご主人様がアイテムボックスにしまっていた白い金貨のようなものは、まさしく白金貨だったのだ。
白魔結晶を売ったのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、白金貨なんて一般人が持つことはないし、私は見たことすらなかった。
だから、探索者ギルドにいたときは、ご主人様がしまっていた物が白金貨だなんて、思いもよらなかったのだ。
さすがにご主人様も白金貨は初めてだったので、トレーからつまんでアイテムボックスに入れるときは震えたし、その瞬間に私が虫?をはじいたので、注目を集めてしまい誰かに見られたんじゃないかと気になって、このときは落ちつかなかったとのことだった。
でも、それはあながち間違いではなかったかも知れない。
なぜならあの受付の女は間違いなく白金貨を見て、ご主人様にちょっかいをだそうとしていたのだから。
そのことをご主人様に伝えたら、「そういうことだったのか。ロクサーヌ、ありがとう」と大変感謝してくれた。
私は少し調子にのって、ちょっとドヤ顔して胸を張ったら、「でも、ロクサーヌさんはご主人様に触れようとしたあの女に嫉妬して、手を叩いただけですよね」と、セリーに実状をバラされてしまった。
恥ずかしいけどセリーに言われた通りだ。
あの瞬間、私は“この女!なに勝手にご主人様に触れようとしてるの!”って怒りが込みあげ、気づいたら手が出ていた。
でも、わざわざバラすことはないでしょう。
私はちょっとムッとして、セリーに言い返した。
「そんなこと言って。
セリーだってムッとしてたじゃないですか。
探索者ギルドを出るときに、振り返ってもう一度あの女を睨んでいたの、知ってるのですよ」
「なっ、そそ、そんなこと......」
私が暴露し返すと、セリーは顔が赤くなって動揺した。
すると、「まあまあ、2人とも仲良く」ってご主人様に苦笑しながら言われてしまった。
私とセリーは顔を見合わせたけど、お互い目が笑ってしまい、次の瞬間にはプッと吹き出してしまった。
そしてそのあとは、今後あの女をどう懲らしめてやろうか?という話に華が咲いた。
因みに私とセリーが話しているあいだ、ミリアは空気だった。
最初にちょっと言い合いっぽくなってたので、空気が読めなかったようだ。
その後、ご主人様が「ほどほどにな」と言いながら、更に苦笑したことは言うまでもないだろう。
それ以降、あの女が私たちと目を合わせることは一度もなかった。
そして、しばらくすると探索者ギルドからいなくなり、クーラタルの町なかで見かけることもなくなった。
たぶん故郷にでも帰ったのだろう。
いつもご主人様の肩越しから、私たちが冷たい視線を向けていたせいかもしれないけど、ご主人様に悪い虫がつくことがなくなったので、これで良しとしよう。
◆ ◆ ◆
翌日。
早朝の探索を終えると、ご主人様は鏡を売りに行き、朝食のあとは商人ギルドにでかけた。
私たちは手分けして洗濯や掃除に取りかかり、終わらせた者からダイニングテーブルの席について、ハーブティーを飲みながらひと息ついていたのだけれど、なかなかご主人様は帰ってこなかった。
「そろそろ1時間経ちますが、ご主人様はどうしたのでしょうか」
「そうですね。もしかすると、オークションについて、ルークに何か聞いているのかも」
「オークションですか?」
「ご主人様は次のメンバーはオークションで探すと言っていたので、」
「そうですか......」
私がこのあとどうしようか考えていると、ご主人様が戻ってきた。
「あ、おかえりなさいませご主人様。お待ちしてました」
「ただいま。ロクサーヌ」
私はご主人様が帰ってきたのが無性にうれしくなって思わず近寄ってしまうと、ご主人様はなぜか困惑した顔になった。
「悪いがもう少し時間がかかる」
「えっと......」
「心配するな。オークションの体験をしてくるだけだ。
1時間くらいかかると思う」
私が不安気な顔をしてしまったためか、ご主人様は私の耳を撫でながら安心するように言ってくれた。
「かしこまりました」
「じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃいませ。ご主人様」
ご主人様がでかけたのでセリーとミリアのほうを向くと、なぜか肩をすくめていた。
「えっと...... 1時間あるので、庭の手入れでもしましょうか」
「そうですね。なら、柵の所に例の種を植えませんか?」
「種。です。きれいにする。です」
「そうしましょう。
今は殺風景ですけど、きれいに蔦が絡んだら、かなり良い雰囲気になりますからね。
では、ミリア。私とセリーは先に準備をしてますので、あなたは倉庫からこの前雑貨屋で買った種を持ってきてくれますか?」
「はい。です。持っていく。です」
ミリアは返事をすると、倉庫に種を取りに行った。
私とセリーは庭に行き、道具箱から小さいスコップとじょうろをだして、柵のところに移動した。
そして、柵に沿って内側の土を耕した。
そのあと横のロープに等間隔に紐を結んでたらし、したに小さな木の杭で固定した。
更に横にも紐を伸ばして結ぶと、庭と道の境界線に打ちつけた杭と杭のあいだに、30cm角くらいの網目ができた。
それから30分ほど3人で格闘してなんとか全ての杭と杭のあいだに網目を作り終え、そのあと等間隔にミリアが取ってきた種を植えて水をかけた。
「ふぅ、なんとか出来ましたね」
「思ったより大変でした。考えが足りずにこんな提案をしてしまい、すみませんでした」
「疲れた。です」
たかだか1時間弱の作業だったけど、ほぼ中腰でいたためミリアが弱音を吐くくらいには疲れた。
セリーは安易に提案したことをもうしわけなく思っているようだけど、きっと素晴らしい生け垣になるはずだから、このくらいは問題ないと思う。
「セリー。謝る必要はありませんよ。これならきっと素晴らしい生け垣になるはずです」
「そうですね。そうなってほしいです」
「なる。です」
「ただ、ちょっと疲れたので、ご主人様が帰ってくるまではお茶でも飲みながら休憩しましょう」
「わかりました」
「はい。です」
私たちは道具を片付けて手を洗い、家に入って休憩した。
席に座ると、ミリアはウトウトし始めた。
私はまぶたが閉じかけているミリアは放置して、セリーに話しかけた。
「セリー。蔦はどれくらいで伸びるのですか?」
「すみません。ガーデニングの本にはうまく育ったときの挿絵はあったのですけど、育つまでの期間は書いてなかったです」
「そうですか。頑張ったので、早く成果が見たいところですが、自然が相手ですので仕方がありませんね」
「そうです。気長に育てましょう」
それから30分くらいセリーとおしゃべりしていると、ご主人様が帰ってきた。
「あ、ご主人様。お帰りなさいませ」
「おかえりなさい」
「......」
「ただいま。
悪い。時間をくったな」
「いえ。時間があったので庭の手入れができました。
お気になさらず」
「そうか」
「はい。ところでオークションはいかがでしたか?」
「ああ。参加の仕方はわかった」
「何かお買いになったのですか?」
「いや。気になる物はあったが、オークションでは何も買ってない」
「そうでしたか」
「ああ。だが、これでいつでも参加できるようになったから、体験した意味はあったよ」
「それは良かったです」
「いちいち仲買人を通さなくても良くなったことは僥倖ですね」
「いや。セリーには悪いが、ルークとはこれからも付き合うことになる。
毎回オークションに張り付いていたら迷宮探索が出来なくなるからな」
「迷宮探索出来なくなるなんて絶対にダメです」
「うーん...... 仕方がありません...... 残念ですが仕方がありません」
その後もセリーは「仲買人は敵だから、早く手を切ったほうがいいのに......」とつぶやいていたが、ご主人様は聞こえないふりをして話を終わらせた。
「じゃあ、遅くなったが探索を再開しよう」
「かしこまりました」
私はミリアを起こし、まだモゴモゴ言っているセリーをなだめながら準備をはじめた。
あとで教えてもらったのだけど、ご主人様はオークションで聖槍を見て欲しくなったけど諸事情あって入札出来なかったので、このときルーク氏を通して買い取り交渉を持ちかけていた。
ただ、買えなかったら恥ずかしいので、私たちにはそのことは伏せていたとのことだった。
◆ ◆ ◆
ご主人様のワープでハルバーの17階層に飛び、ケトルマーメイドとクラムシェルをたくさん狩る。
どちらも土魔法が弱点で、この組み合わせなら戦い易いとご主人様がよろこんだので、私は意識してこの組み合わせを探して狩りを行なった。
2時間ほど戦うと、ご主人様は私を見つめて考えごとをはじめた。
そして、「ロクサーヌ、恐ろしい子」とポツリとつぶやいた。
ご主人様は自分がつぶやいたことに気づいていないようだけど、いったい私に何を見たのだろう。
「......えっと。何でしょう?」
「えっ? あ、いや。ちょっと疲れた。
みんなも疲れただろうから、いったん家に帰って休息するか」
私が小首をかしげて聞くと、ご主人様はちょっと動揺して言葉を濁した。
こういうときは迷宮内では言いづらいけど、何か確かめたいことがあるときだ。
“恐ろしい子”と言われたことは気になるけど、今は素直に従おう。
「はい。分かりました」
私が返事をすると、ご主人様はサッと振り返って迷宮の壁にワープゲートを開き、そのままくぐって行った。
ご主人様に続いてゲートをくぐると家のダイニングで、ご主人様はテーブルの上にアイテムボックスの中身をだしていた。
白金貨だけでなく、金貨もいっぱいあって驚いたけど、それよりもドロップアイテムが大量にあったので、すぐにテーブルの上に山積みになった。
私はご主人様が何かの実験をするのだと思い黙って見ていたけど、セリーは好奇心に負けたのか「何かあるのですか?」と問いかけた。
するとご主人様はニヤリと笑い「ちょっとした実験だ。なんならセリーもやってみるか?」とセリーを誘った。
セリーは二つ返事で了承し、自分のアイテムボックスの中身をテーブルの上に全部出した。
「ちょっと待ってろ」
ご主人様はセリーにひと声かけて、ダイニングから出ていき、ミサンガとモンスターカードを持ってきた。
セリーはミサンガとモンスターカードを受け取ると、「融合するんですね」と言って呪文を唱えだした。
セリーが呪文を唱えはじめると、ご主人様は私に「ロクサーヌ、俺に向かって、任命と言ってみろ」と言いだした
私は「任命ですか?」とご主人様に聞いたけど、「そうだ」と返されたときに“あ、これは実験なんだ”って気づいた。
でも、ご主人様に言われるまま「任命」と唱え、あたまのなかに呪文が浮ぶと正直すごく驚いた。
なぜなら戦士のジョブに任命なんてスキルは無いからだ。
ご主人様は私の表情を見て満足したのか、ニヤっと笑って「ロクサーヌは今騎士になった。それは騎士のスキルだ」と宣言した。
「えっと。騎士ですか?」
前に誰かを騎士にするという話があり、私に決まったので、ご主人様にジョブを戦士に変えて頂いたのだけど、あれからまだひと月も経っていない。
それなのに、もう騎士になれたのか?本当に?だから任命?
私が困惑していると、モンスターカード融合をしていたセリーが「村長に任命するスキルですよね」とご主人様に確認した。
彼女は当たり前のように融合を成功させて、ご主人様に身代わりのミサンガを渡している。
本当はすごいことなんだけど、彼女は一度も融合を失敗したことがないので、すでに洗濯や掃除をしてるくらいの感覚なんだろう。
「そうだ。ありがとう。さすがはセリーだな」
「しかし騎士になるためには戦士の修行を何年も積まなければならないと思うのですが。
ロクサーヌさんが戦士になってから少ししか経っていません」
セリーも私と同じように、騎士になるのが早すぎることを疑問に思ったようだ。
しかし、私はセリーがモンスターカード融合を当たり前のように成功させているところを見て冷静になった。
そして思いだした。
ご主人様が実験をするときは、成功することがわかっているときだったことを。
つまり、私が騎士になれたのも、そういうことなんだ。
私は疑いの目でご主人様を見ているセリーの肩に手を置き、「セリー。そこはご主人様ですから」と諭した。
すると、何故かミリアも「ご主人様、です」と言ってセリーに頷いた。
セリーがそれでもうろんな目を向けていると、ご主人様は「いや。むしろロクサーヌだからでは」と言って、ちょっととぼけた。
“もう、ご主人様ったら何を言ってるのですか”って心のなかで突っ込んでいると、なぜかセリーは「なるほど。ロクサーヌさんなら」と言って、左手のひらの上に右拳をポンっと軽く打ちつけた。
へっ?なんで?
よくわからないけど......
ほんとによくわからないけど、何故か彼女は納得したようだ。
「さすがお姉ちゃん、です」
セリーが納得したのを見て、ミリアも追従した。
たぶん訳はわかっていないけど、空気を読んだつもりなんだろう。
「えっと。ご主人様を任命すればいいのですね」
「頼む」
私は気を取り直して呪文を唱えようとしたけれど、ブラヒム語の言いまわしがよく分からず、なかなかうまくスキルを発動出来なかった。
すると、ご主人様は「じゃあまず俺がやってみるから、聞いてみろ」と言って、セリーを村長に任命した。
「さすがはご主人様です。私もやってみますね。
あめつちすべるすめらぎの、断り攻めてしろしめせ、任命」
ご主人様に向かって呪文を唱えると、「おお。よくやった、ロクサーヌ」とご主人様に褒められた。
どうやら成功したようでホッとした。
「ありがとうございます」
「えっと。騎士が勝手に村長を任命することは禁止されているはずですが。私も村長になったのですか?」
私はご主人様にお礼を言うと、セリーが口を挟んだ。
ご主人様は一瞬セリーを見つめると、「いや。もう村長ではない」と真顔で答えた。
でも、“もう”ってことは、いま元に戻したということだ。
「いま。変な間がありましたよね」
セリーも気づいたようで、ジト目でご主人様を見つめている。
仕方がないので私はもう一度セリーの肩に手を置いて、「大丈夫です。内密にすれば誰にも分かりません。ミリアもいいですね」と彼女を諭した。
「内密、です」
ミリアは一瞬キョトンとしていたようだけど、また空気を読んだようだ。
セリーは「はぁ」とひと息吐くと「まあそうですけど」と言って、ご主人様への追及を諦めた。
「それよりセリー、暗殺者というジョブを知ってるか」
ちょっとあきれ気味のセリーにご主人様が尋ねた。
ご主人様の雰囲気から、騎士や村長よりもこっちのほうが本命のようだ。
「かなり珍しいジョブですね。確か毒に関係しているとか。毒付与のスキルがついた武器なんかを使うと活躍するそうです」
セリーもこちらが本題だと察したのか、真剣に答えている。
そういえば私は子供の頃、毒針でノンレムゴーレムを倒したことがある。
もしかして私、暗殺者のジョブを持ってるの?
それで“恐ろしい子”......
「あの、もしかして......」
私がゆっくり手をあげながら恐る恐る聞こうとすると、ご主人様からビシッ!と指を指された。
そして、「正解!」と言われてしまった。
「そ、そうでしたか......」
ご主人様はなんだか楽しそうだけど、私は暗殺者のジョブを持っていてもまったくうれしくない。
ご主人様には申し訳ないけど、まったくテンションがあがらない。
ご主人様はそんな私の気持ちに気づくことはなく、「よし。実験をしよう」と、意気揚々と宣言した。
「えっと。実験ですか?」
「そうだ。毒で魔物を倒す実験だ。セリー、ハルバーの10階層の魔物がニートアントだったか」
「そうです」
「じゃあ、アイテムをしまったら迷宮に行く」
ご主人様はそう言いながら、テーブルの上のアイテムを片付けはじめた。
◆ ◆ ◆
ハルバーの迷宮10階層に移動すると、ご主人様から注意された。
「ロクサーヌは騎士になったばかりだから、気をつけるように。では、ニートアントのたくさんいる所に案内してくれ」
「分かりました」
私はニートアントを探し先導して案内していると、ご主人様から質問された。
「毒で魔物を倒すのに、毒持ちのニートアントでも大丈夫だろうか?」
「大丈夫です」
「問題ありません」
私とセリーが答えるとご主人様は少し考えた。
「わざわざ他の階層にいく必要は無いか......
このままこの階層で実験する。まずはたくさん毒針を集めよう」
「かしこまりました」
「わかりました」
「はい。です」
それからしばらくニートアントを狩って毒針を集めた。
ご主人様は水魔法でニートアントを攻撃していたけど、以前と比べると威力が段違いにあがっていた。
そして、何度か戦うと、なんと魔法一発で倒せるようになった。
「ご主人様。すごいです。魔法が強くなりましたか?」
私が驚いて尋ねると、ご主人様は「フッ、俺もちょっとは強くなってるからな」と言ってドヤ顔になった。
それから1時間ほどニートアントを狩って20個くらい毒針を集めると、ご主人様は「では実験を開始する。ロクサーヌはすでにやったことがあるので、最初は俺が毒針を投げる。他の三人は攻撃しないように」と宣言した。
「魔法陣が浮かんだ場合にはどうしますか」
「そのときには槍でつけ」
セリーが質問するとご主人様はあっさり攻撃するよう指示したので、私は「ニートアントのスキル攻撃なら、かわしてしまえば毒になりません」と進言したのだけど、「みんなロクサーヌみたいに速く動けないから却下だ」と言われてしまった。
その後、ご主人様、セリー、ミリアの順番で毒針を投げてニートアントを倒す実験をおこなった。
途中でご主人様から「魔物が毒を受けたらどうなるのか」と聞かれたので、「少し青白くなります」と伝えたのだけど、「ニートアントは色が黒っぽいし、迷宮も暗いから全然わからない」と言って困っていた。
確かにニートアントの毒判定は難しいので、他の階層に移動することを提案しようと思っていたら、ミリアが「毒、です」と叫んだ。
「ミリア。わかるのですか?」
「はい。です」
ミリアは夜目が利くし自信満々に胸を張っているので空気を読んで発言した訳ではないようだ。
なので、彼女に判定を任せることにした。
あと、セリーが毒針を投げているときにニートアントの下に魔法陣が浮かんだ。
そのときセリーの槍はご主人様が持っていたけど、後方にさがっていたのでキャンセル出来ない状態だった。
そのため、さっき私が提案した通り、「来ます!」っていう警告を合図にみんなで後方に全力で逃げだすことになった。
戦闘のあと、クスッと笑ってご主人様に「ちゃんと間に合いましたね」と言うと、「生きた心地がしなかったから、可能な限りキャンセルの方向で」と改めてこれからも基本は槍でついて詠唱中断させることを念押しされてしまった。
セリーもとなりでウンウンとうなずいていたけど、ミリアは「さすがお姉ちゃん、です。がんばる、です」と言ってやる気を見せていた。
ミリアの実験が終わったあと、ご主人様に「これで全員暗殺者のジョブを取得したのですか?」と尋ねると、「いや。ジョブ獲得には戦士の経験も必要だ。いまのところ暗殺者のジョブを獲得したのは俺とロクサーヌだけだな」
「そうでしたか」
「まあ、これで下地はできたから、誰を暗殺者にするかはおいおい考えることにするよ」
「わかりました」
「じゃあ、17階層に移動するから、また魔物を探してくれ」
「かしこまりました」
その後、ご主人様のダンジョンウォークで17階層に移動して、夕方まで探索をおこなった。
◆ ◆ ◆
家に帰えると、商人ギルドのルーク氏からの伝言メモが残っていた。
「ご主人様、ルーク氏からの伝言ですね。至急来られたしと書いてあります」
ご主人様に伝えると、「わかった。では、ちょっと商人ギルドまで行ってくる。後は頼む」と言って、ワープゲートをだした。
私はご主人様の背中に「はい。いってらっしゃいませ」と声をかけると、片手をあげてそのままワープして行った。
私たちは手分けして洗濯、装備品の手入れ、夕食の準備に取りかかる。
すると、10分もしないうちにご主人様が帰ってきた。
私は洗濯をしていたので匂いでご主人様が帰ってきたことはわかったけど、手早く終わらせてダイニングにおりたときにはご主人様の姿がなかった。
セリーが装備品の手入れをしているが、なんとなく不安そうな顔をしていたので、彼女に話しかけた。
「セリー。ご主人様が帰ってきませんでしたか?」
すると、一瞬躊躇したあと、今しがた何があったのか話してくれた。
ご主人様は帰ってくるなり倉庫に走って行き、スタッフをつかんで戻ってくると、アイテムボックスからモンスターカードを取り出した。
そして、セリーにスタッフとモンスターカードを渡し、「セリー、これを融合してくれ」と言ってきて、融合するとほとんど確認もせずにそれを持ってまた出かけていったとのこと。
「セリー。ご主人様はそんなに慌てていたのですか?」
「はい。ちょっと心配だったので、モンスターカードを融合する前にカードがあってるか確認したのですけど、俺は記憶力が良いから大丈夫と言ってて。
融合したあとも、スタッフに違うスキルがついてないかって一応確認するよう言ったんですけど、大丈夫って言って、慌ててまた商人ギルドに戻っていったんです」
「そうだったのですか」
「はい。でも、ご主人様は詠唱なしで武器鑑定が使えるし、融合したあと成功だって言っていたから、たぶんスタッフ自体は大丈夫だとは思うのですが......」
「なんだか歯切れが悪いですね」
「スタッフ自体はあまり気にしていないのですが、相手は仲買人ですので、ご主人様が騙されていないか心配です」
「そうですね。慌てていたってことは、冷静な判断が出来ていない状態だったのかも知れません。
ご主人様が帰ってきたら話を聞いてみましょう」
「わかりました」
セリーの話を聞いて私も心配になったけど、だからと言って何かできることが有る訳ではない。
だから、今は奴隷としてやるべきことをしようと気持ちを切り替えることにした。
「セリー、作業に戻りましょう。私は洗濯が終わりましたので、料理のほうにまわります」
「装備品の手入れもすぐに終わりますので、私もすぐに料理にまわりますね」
私はひとあし先にキッチンにいくと、料理を担当していたミリアはイモと玉ねぎの皮剥きをすでに終えており、ひと口大に切っているところだった。
意外と言っては彼女に悪いが、ミリアは手先が器用で料理や裁縫が得意だ。
凸凹したイモの皮もナイフ一本でキレイに剥く。
もう見慣れてしまったけど、はじめて彼女の手際を見たときは軽く嫉妬したものだ。
だけど、そのあと彼女が手先が器用になった経緯を聞いたときは思わず抱きしめてしまい、「頑張ったのですね」と言ってあたまを撫でてあげたことを思いだした。
◆ ◆ ◆
ミリアは生まれてからずっと小さな漁村で暮らしていた。貧しいけれど、両親と2つ下の弟の4人で仲良く暮らしていたそうだ。
しかし彼女が10歳のとき、漁に出た両親が帰ってこなかった。
そのとき海は荒れてはおらず転覆するような波もなかったので、不思議に思いながらも村民総出で探してもらうと、すぐに近くの浜に両親が使っていた漁船がうちあがっているのが見つかったそうだ。
その後、数日は船の周りや近くの海中も探したけれど、両親は見つからず、手がかりになるような物も見つからなかった。
それで、結局行方不明ということで、捜索は打ち切りになってしまい、彼女は帰ってくるかどうかも分からない両親を待ちながら、弟と2人で生きていくことになったそうだ。
それからは、彼女は知り合いに頼んで漁や魚の加工の手伝いをしながら暮らしていたのだけど、みんな貧しかったのでお金がもらえる訳ではなく、かわりに余った魚や野菜の切れ端をもらっていたとのこと。
着るものも買える訳ではなかったので、小さくなった服を自分で仕立てなおしたり、もらった服を繕ったりして着ていた。
そんな暮らしを送っていたから、自然と料理と裁縫ができるようになったとのことだった。
両親がいた頃は近くの迷宮に入って、魔物を避けつつ魚貯金(黒魔結晶)を集めていたこともあったから、それでお金を稼ぐことも考えたけど、試しに1日頑張っても3個しか拾えなかったらしい。
それに、近くの町からきた商人に買い取ってもらったけど、3個で銅貨1枚しかもらえなかったので、さすがにそれでは生活出来ないと思い、迷宮で稼ぐことは早々に諦めたとのこと。
でも、彼女には漁船の上から魚を突くことに才能があったようで、漁に出るたびに銛の扱いが上達した。
漁師仲間のあいだでも評判になったそうで、頼めば必ず漁船に乗せてもらえたし泳ぎも得意だったので、このまま漁師になろうと考えていたけど、半年ほど前、ミリアの噂を聞きつけた近くの神殿の神官長がわざわざ会いにやってきた。
神官長はミリアを見ると笑顔になり、『私に付いてきて身の回りの世話をするなら何不自由なく暮らせるぞ』と言ってミリアを側仕えにしようとしたけれど、『弟がいるので家から通えない仕事は出来ません』と断られると、少し考えから別の提案をしてきた。
『分かった。なら、弟が自立すれば私に仕えるのは問題ないということだな』
『はい。それなら』
『ならばそれまでは、海女になって迷宮に入るというのはどうだろう。魔物を狩れば村の為になるし、お金も稼げるようになる。
家からも通えるし、少しは暮らしも楽になると思うぞ』
『それなら海女になりたいです』
『そうか。だが、海女ギルドへの入会には本来入会費を支払う必要がある。
いずれ私の側仕えとなるなら推薦してやっても良いが、どうする?
勿論私が推薦するなら入会費はかからない』
そう言われた彼女は、数年後には神官長の側仕えになることを承知のうえで、二つ返事で海女となることを了承したそうだ。
ただ、彼女は神官長の云う側仕えというものが、どういう仕事を指しているのかよく分かっていなかったようで、話を聞いていたセリーから、「その経緯で側仕えになるということは、首輪のない性奴隷になるということになりますね」と言われると、大変驚いていた。
ミリアの住んでいた村は小さかったけど、周辺には同じような村がいくつもあり、それに小さいながらも神殿や各種ギルドなどがある町もあった。
海女ギルドもそこにあったそうだ。
海女ギルドに入会して神殿で海女のジョブにしてもらうと、それまで以上にからだを速く、強く動かせるようになったらしく、それからはギルドから剣と盾を借りて新人同士でパーティーを組み、迷宮探索を行って少しだけどお金を稼げるようになったとのこと。
そして、ひと月ほど前。弟が見習いとしてだけど漁師ギルドに入れたので、贅沢は出来ないけれど2人で生活することに不自由することはなくなったそうだ。
半年もすれば、弟は正式に漁師になれるはずなので、そうすれば一人で生活することもできるだろう。
ところがそんなとき、村の漁場に大きなサメが出て荒らすようになってしまったらしい。
村人総出で退治に向かっても追い払うことしか出来ずに
困っていたのだけれど、ある日ミリアがそのサメを見つけて追いかけていると小さな入江に逃げ込んだ。
どうやらサメはその入江を根城にしているようで、漁場を荒らし回った後はしばらくそこでじっと体を休めていたようだ。
その入江の海側は切り立った岩場で、入江とは海中の洞穴でつながっていたらしく、陸側も雑木林に囲まれていたため、村から近いのにそこに入江があることを殆どの村人は知らなかった。
ミリアもそのとき初めてそこに入江があることを知ったようで、一度村に戻って報告して応援を連れてこようか迷ったそうだけど、村長から『サメを倒したら肉を少し分けてやる』と言われていたので、また逃げられる前にそっと近づいて、脳天への銛の一撃で仕留めたとのこと。
その後、海中洞穴を通って海に出て、村に向かってサメを運んでいると漁を終えて帰る途中の村人に会ったらしく、ミリアが村に着いたときには『ミリアが海でサメを倒した』という話が広がっていて大騒ぎだったらしい。
『その夜は、村の人たちがすごく喜んで宴会を開いてくれたし、サメのお肉を少し切り分けてもらったので、私もとても嬉しかった』と彼女は嬉しそうに語っていた。
しかし次の瞬間、『でも、そのとき見つけた小さな入江で後日網を打っていたら、いきなり神官に捕まってしまったの』と言って寂しそうな顔になった。
ミリアは知らなかったそうだけど、その入江は神域とされて魚を取ってはいけない場所だったらしい。
神域を荒してしまったので、村では彼女を犯罪者として裁かなくてはいけなくなったのだけど、仲の良い知り合いの人たちが彼女を庇おうとして、何日も話し合いをしてくれたらしい。
だけど、私が汚してしまった入江を浄化するためには費用がかかるらしく、神殿にお布施という名の補償金を払わなくてはならなかった。
そのお金を工面するため、村としては彼女を奴隷に落として売却し、そのお金をあてるしかなかったとのこと。
ミリアは自分が奴隷になるまでの経緯をひとしきり話したあと、最後に『村のみんなにはとても迷惑をかけてしまった。それなのに、『弟の面倒はみんなでしっかりみるから、これからは自分のしあわせだけを考えて生きなさい』と言ってくれたんです。だから、村のみんなには感謝してるし、少し寂しいけど弟のことは心配していません』と言って、寂しそうに笑った。
そこまで話を聞いたとき、私は思わずミリアを抱きしめてしまった。そして、『頑張ったのですね』と言ってあたまを撫でてあげた。
彼女は私の胸に顔を埋めると、今まで我慢していた想いが溢れてしまったのか、泣き出してしまった。
きっと両親が居なくなってから、弟を守るために泣きたい気持ちを我慢して気丈に振る舞っていたのだろう。
そう思いながら、私は彼女が泣き止むまで、そのままあたまを撫で続けた。
しばらくしてミリアが泣き止んだので、ところでなんで網を打ったのか聞いてみた。
すると彼女はまったく悪びれずにとんでもないことをのたまった。
『あの入江では誰も漁をしている雰囲気がなかったので、穴場を見つけたと思ってうれしくなって。それに、弟と2人でお腹いっぱい魚を食べられると思って......』
『思って?』
『入江に続く小路の入口に、なんか入っちゃダメって感じの縄が張ってあったんだけど、普通にくぐれたのでなかに入って網を打っちゃいました』
そう言って、彼女は可愛くテヘッと笑った。
『......全然ダメじゃないですか!』
まったくこの娘は......
明るくものおじしない娘だけど、ちょっと考えが足りないわね。
でも、捕まったこと自体には同情はできないけど、両親が居なくなったあと彼女がつらい思いをしたことは間違いない。
だから、ご主人様と一緒にいる限り、もうつらい思いはしないということを、しっかり教えてあげないといけないわね。
私はある日突然両親が居なくなったミリアの境遇を自分と重ね、自分のときのことを思い出してしまった。
その時は辛かったけど、そばに頼れる人がいれば乗り越えられることを私は知っている。
彼女には私にとっての伯母のような人は居なかったようだけど、ここには私やセリー、そして何よりご主人様が居る。
だから、ミリアは必ず両親との離別を乗り越えることが出来るだろう。
私は料理をしているミリアを見て、唐突にミリアの生い立ちを聞いたときのことを思い出していた。
すると、そんな私をミリアが不思議そうな顔で覗き込んできたので、現実に帰って彼女に声を掛けた。
「お疲れ様、ミリア。夕食の準備は進んでますか?」
◆ ◆ ◆
その夜、いつものように楽しく話しながら夕食を食べていると、ご主人様が「貴族の間では、結納にスキルのついた装備品でも贈る習慣があるのか?」とセリーに聞いた。
彼女は貴族のことは知らないと返事をしたけど、ご主人様から「MP吸収のついた武器を公女を娶るのに用意するとか言っていた」と聞くと、何かに気づいたようで、「ああ。なるほど。そのためですか」と話しはじめた。
「公女ってのはどっかの令嬢のことでいいんだよな」
「貴族の令嬢ですね。魔法使いなのでしょう。MP吸収のスキルがついた武器は、その女性が使うのだと思います」
「嫁のためなのか」
「力をつけてくるでしょう」
「そこまで分かるのか。さすがセリーだ」
力をつけてくる。
つまり迷宮を討伐して貴族になるご主人様のライバルになるということね。
「ご主人様、負けていられませんね」
「まあ負けるつもりはないが」
ご主人様は反射的に私に答えたけど、ちょっと不安そうな顔になり、セリーのほうを向いた。
彼女はちょっと肩をすくめると、説明し始めた。
「えっとですね。魔法使いがいるパーティーは殲滅力が高くなります」
「そうだな」
「逆にいえば、迷宮で活躍しようと思ったならパーティーには魔法使いが必須です」
「そうだろう」
「しかし魔法使いは誰もがなれるものではありません。魔法使いになれるのは貴族や大金持ちの子どもに限られています」
「そう聞いた」
「ただし、一から魔法使いを育てようとしても、なれるのは乳幼児だけ。一流の魔法使いまで育てるのに何十年もかかってしまいます」
「分かる分かる」
「期間を短縮する一番の方法は、魔法使いを嫁にもらうか婿に獲るかすることです。公女を娶って、MP吸収のついた武器を求めているということは、迷宮での活躍に必須な魔法使いが手に入ったということなのです」
ここまで聞いて、ご主人様はやっと合点がいったようだ。
「なるほどね。だから力をつけてくるというわけか」
「そういうことです」
「別に競っているつもりはないが、大丈夫だろう。代わりにもっといい武器を奪ってきたし。これだ」
ご主人様はそう言うと、アイテムボックスからきらびやかな槍を出した。
「槍ですか?」
「槍ですね」
「槍、です」
「以前セリーが言っていた、魔法が強くなる槍だ」
ご主人様はドヤ顔になり、セリーに聖槍を差し出した。
セリーは槍を受け取ったけど、何故か困惑している。
「聖槍ですか?
だとすると、かなり貴重なものだと思いますが」
「セリーが融合してくれた武器との交換で手に入ったからな。セリーのおかげだ」
「初めて見ます。本当にあるんですね」
「ああ。なかなかの物だろう?」
あ、ご主人様のドヤ顔が増したかも。
しかし、このあとのセリーの言葉で表情が一変した。
「あの...... この聖槍は誰が使うのですか?」
「へっ?」
ご主人様がキョトンとしている。
「聖槍は魔法が強くなる槍です。そう考えるとご主人様が使うのが良いと思いますが、杖として使うなら、ひもろぎのロッドには敵わないと思います。
それに、武器として使うなら、デュランダルのほうが遥かに強いはずです」
「そうかも知れないが......スキルが付けば......」
ご主人様のトーンがみるみる降下していく。
「い、いや。 いま慌てて考える必要はないだろう。
えっと、どう使うかは明日じっくり考えることにする」
そう言うと、ご主人様はセリーから聖槍を受け取り、そそくさとアイテムボックスにしまった。
◆ ◆ ◆
翌朝。目が覚めて、ご主人様にキスをしながら昨日の夜のことを思い出した。
結論から言うと、ご主人様は今までで一番すごかった。
聖槍を衝動買いしてしまったことをあたまのなかから消去したかったからなのか?
夜がふけるまで腰を振り続けていた。
記憶がさだかではないけれど、たぶんセリーとミリアは3回ずつ、私は4回可愛がってもらったと思う。
しかも、内容もすごかった。
なかなかイかせてもらえずに焦らされたり、
失神せずにイキ続けさせられたり、
立ったままうしろから入れられたり、
壁に押し付けられてからだを丸められ、私の秘部にご主人様のアレが出入りするところを見せつけられたり、
ご主人様に入れられながら、セリーやミリアと絡まされたり......
とにかくすごかった。
あたまのなかが痺れて、とにかくご主人様を求め続けていた気がする。
そして、昨日の余韻が残っているのか?今もすごく気持ちいい。
ご主人様の舌が私の舌に情熱的に絡んでいて、あたまのなかが痺れてくる。
ご主人様の上からキスをしたはずなのに、気づいたらご主人様が上になっていて、左の胸を揉まれている。
そして、ご主人様のアレが私の秘部に擦りつけられ、私のからだは準備が出来てしまっている。
「ごしゅっ、じっ!んさまぁ...... わたし、もう」
次の瞬間、わたしのなかにご主人様が入ってきた。
ご主人様は私を激しく責めたてて、一緒に登りつめてしまった。
ご主人様は私を解放するとセリーを抱き寄せ、私と同じように可愛がった。
そして、そのあとミリアも可愛がってもらっていた。
ご主人様がミリアを解放したので、私はご主人様に声をかけた。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。ロクサーヌ。済まない。色魔をつけっぱなしにしていた。
自分が抑えられず朝からしてしまった」
「いえ。私のほうこそ気持ち良くて自分が抑えられなかったです。すみませんでした。
あの、朝からしたのははじめてですね♥」
私は恥ずかしくて少しうつむき加減、上目遣いでご主人様に言うと、ご主人様は顔がみるみる真っ赤になって、視線をサッとそらせた。
「ろ、ロクサーヌ。刺激が強すぎる」
刺激が? ...... あっ!裸だった。
しかも夜が明けたせいで丸見えだ。
私は急に恥ずかしくなり、そそくさと着替えて迷宮に行く支度を始めた。
◆ ◆ ◆
いつもよりも1時間以上遅くなってしまったけど、今日も早朝探索を始めた。
ワープでハルバーの17階層に飛ぶと、ご主人様はアイテムボックスから聖槍を取り出した。
「俺はロッドを使うし、詠唱中断のついた槍も必要だし、しまっておくしかないというのがちょっともったいないくらいだな。
やっぱりロクサーヌかミリアが使う訳にはいかないか?」
「そうですね。ミリアに使わせるのは片手剣の形が崩れそうで怖いですし、私が使うのも間合いが変わるのでやりにくそうです」
「そうか。それじゃあ仕方がないか......
じゃ、じゃあ。セリーが二本の槍を持つってわけにはいかないか?」
「クラムシェルだけが相手のときには詠唱中断は必要ありませんが、ケトルマーメイドやビッチバタフライがいれば必要です。持ち替えて聖槍を投げ捨てるようなことはやりたくないです」
「そ、そうか。わかった」
セリーにも持つことを否定されてしまい、ご主人様は肩を落とした。
「取り敢えず、今度俺が使えないか試してみるか......」
ご主人様は寂しそうに言いながら、聖槍をアイテムボックスにしまった。
ちょっとかわいそうだったので、私はご主人様を元気づけるために話しかけた。
「ご主人様。まだメンバーは2人増えますよね」
「そのつもりだが」
「では、そのメンバーが揃った時点で聖槍を誰が使うのが良いか考えてもよろしいのではないでしょうか」
私の言葉を聞くと、ご主人様の顔がパッと明るくなった。
「うん。そうだ。ロクサーヌの言う通りだ」
「つまり聖槍は先行投資ということですね。さすがはご主人様です」
「ま、まあ、良い物だからずっと使えるし、将来役にたつだろう」
ご主人様はいつもの調子が戻り、その後の探索は順調に進んだ。
セリーが「甘やかし過ぎでは......」とつぶやいていたのは聞こえなかったことにしよう。
◆ ◆ ◆
ひと月後の話。
パーティーメンバーがひとり増え、私たちは5人で迷宮探索に邁進している。
ご主人様指導のもと皆が成長し、今ではハルバーの迷宮23階層で戦えるようになっていた。
その日、ご主人様はひもろぎのイアリングという新たなアクセサリーを装備して、迷宮探索を開始した。
前日にセリーがモンスターカード融合により生みだした新装備だ。
なんでも魔法を強くする効果があり、つい先日手放してしまったひもろぎのロッドをカバーする物らしい。
ご主人様は迷宮に入ると、「試してみるか」とつぶやいて、アイテムボックスからあの日封印した聖槍を取り出した。
ご主人様は一度腰溜めにシャキッ!と構えると、私に向かってひとつうなずいた。
魔物を探してくれということだ。
匂いを嗅ぐと左の通路から魔物の匂いが漂ってきた。
シザーリザード3匹とマーブリームが1匹の群れのようだ。
ご主人様に報告して魔物に向かうと1分もせずに会敵した。
ご主人様は魔物が近寄る前にサンドストームを2発放ち、接敵直後に3発目のサンドストームを放った。
シザーリザードも負けじと魔法陣を浮かべて魔法を発動しようとしたけれど、セリーの強権の鋼鉄槍にあっさりとキャンセルされていた。
シザーリザードはハサミを振り回し、マーブリームは水弾を放ったけど、私たちが攻撃を弾き、いなし、躱しているうちに、4発目、5発目のサンドストームを放たれて煙に変わった。
「うん。このイヤリングを装備すればひもろぎのロッドより、聖槍の方が魔法が強くなるな」
ご主人様はそうつぶやくと、顔がニヤけた。
「さすがはご主人様です。聖槍を手に入れたことは、やはり先見の明があったということですね」
「ハハハハ。そうか? まあ、槍はリーチがあるから魔法の合間に攻撃も出来るしな。セリーほど使えるようになるには少しかかるが、使い勝手は悪くはないな」
「ご主人様ならきっとすぐに使えるようになります。私が保証します」
「あははは。ロクサーヌ、ありがとう。
まあ、もうひとつ試してみたい武器があるからこれをメインに決めた訳ではないがな」
ご主人様は嬉しそうに答えながら、聖槍をアイテムボックスにしまった。
そして、先日ひもろぎのロッドを売却しに行ったときに手に入れたというダマスカスステッキを取り出した。
ご主人様はダマスカスステッキをビシッ!と構え次の魔物と戦ったけど、今度は倒すまでに魔法を7発放っていた。
すると戦闘後、ご主人様はムスッとした顔になり、ステッキを見つめて小さくため息を吐いた。
そして、セリーに小声で話しかけると「そんな物、いつの間に手に入れたのですか?」と聞かれたあと、何やら彼女からキツク叱られて、ガックリと肩を落としていた。
その後、ご主人様はダマスカスステッキをアイテムボックスにしまい、また聖槍を取り出した。
そしてそれ以降、ご主人様が迷宮探索でダマスカスステッキを使うことは一度もなかった。
あとでセリーに聞いたところ、ご主人様はひもろぎのロッドを売却するつもりだったのに、言葉巧みにダマスカスステッキと彼女では融合出来ないハイコボルトのモンスターカード1枚、コボルトのモンスターカード2枚、それと差額1万ナールで交換してしまった。
セリー曰く、ひもろぎのロッドのオークション相場は35〜40万ナール。
対してダマスカスステッキはほとんど市場には出ていないけど、ダマスカス製の杖の相場よりは安いはずなので、5万ナールが妥当。
ハイコボルトのモンスターカードは3万ナール、コボルトは2枚でいいところ1万ナール。
それと1万ナールだから、結果的にご主人様は最低でも25万ナールは損しているとのこと。
「騙されたことを訴えることは出来ないのですか?
商人なら信用を失うことは困ると思うのですけど」
私は商人ギルドに“商人は信用が第一”という看板が掲げてあったことを思いだし、疑問に思ったことを素直に聞いてみた。
するとセリーは少し考えてから口を開いた。
「難しいですね。
今回イヤらしいのは、あの仲買人はあくまでもご主人様に取り引き相手を紹介しただけということと、取り引き自体が売却でなかったことです」
「どういうことですか?」
「先ず、あの仲買人はあくまで相手を紹介しただけなので、アイツに取り引き内容についての責任を問うことは出来ません。
では、取り引き相手を訴えるということになりますが、
売却で不当に低い価格だと騙されたのなら訴えることは出来ますが、交換ではそうもいきません」
「そうなのですか?」
「交換ということは、相場に関係なく本人たちが納得したうえで取り引きしたことになるからです。
交換する際にそれぞれの品物の相場を確認し、その価格を騙されていたなら話は別ですが、今回ご主人様は、“いきなり見たこともない品物との交換を持ちかけられ、更に納得出来ないなら1万ナール上乗せするとまで言われてしまい、勢いに押されて相場の確認を失念した”と言っていました。
これでは訴えたところで否は相場を確認せずに交換を承諾したこちらに有るということになります。
相手に“珍しい品物だから、相場に上乗せして価格を判断してると思っていた”と言われてしまえばこちらは何も言えませんし......
残念ですが、今回は諦めるしかないでしょう」
「そうですか。ご主人様を騙すなんて万死に値しますが...... 仕方がないですね」
「ですけど、ひとつハッキリしていることがあります」
「それは何ですか?」
「取り引き相手はともかく、あの仲買人は相場は分かっていた。つまり、ご主人様が損をすると分かったうえで取り引きを止めなかったということです」
「そうですね。ルーク氏なら気づかない理由がありませんね」
「形としては、あの仲買人は相手を紹介しただけで取り引きには直接絡んでいませんが、後できっと紹介料をせしめているでしょう」
「そうですね。セリーの言う通りだと思います」
「今回のことはいい薬になったでしょう。ご主人様のことですから、今後仲買人には慎重に対応して頂けるようになると思います」
「そうですね。私もルーク氏ならご主人様を騙すようなことはしないと思っていたので反省します」
「ロクサーヌさん。それは私もです。口ではいつも“仲買人には注意してください”とは言っていましたが、油断していたようです。あのとき強引について行けば、ご主人様が大損することはなかったのですから......」
このあと私とセリーは二度とご主人様に大損させない為、仲買人への注意を怠らないようにすることを堅く誓いあった。
ご主人様はダマスカスステッキの性能はひもろぎのロッドを上回ると期待していたらしく、迷宮で華々しく披露して、私たちに自慢するつもりだったらしい。
だけど、いざ自慢げに宣言して使ってみたら、ひもろぎのロッドよりも発動した魔法が弱かった。
ステッキだから叩くことも出来ると一瞬考えたらしいけど、短いから魔物に接近しないと使えないし、そもそも叩くなら柄の長いスタッフのほうが何倍もマシ。当然、聖槍には遠く及ばないことにすぐに気がついたそうだ。
つまり、ダマスカスステッキは、全てが中途半端で使い勝手が悪い武器だったということ。
戦闘のあとでご主人様がガックリと肩を落としたのは、ダマスカスステッキがまったく使えない武器だったことで気分が落ちていたところに加え、自分の行動を不審に思ったセリーから事の経緯を洗いざらい説明させられた。
挙句、自分が仲買人に良いように騙されたことに気づかされ、更に「だからあれほど仲買人には注意して下さいって忠告しましたよね」とこっぴどく叱られてしまったからだったらしい。
さすがにご主人様も仲買人を信用し過ぎていたことを反省して、「今後、商人ギルドに行くときは、可能な限りセリーを連れていく」と言っていたとのことだった。
以降、ご主人様はルーク氏を過度に信用することはなくなり、スキル付きの装備品を卸すことはなくなった。
ルーク氏のほうはセリーが鍛冶師でモンスターカードの融合をおこなっていることがわかっているので、何かに付けて探りを入れてきているらしいけど、ご主人様はモンスターカードの融合は失敗することが多いとか、スキル付きの装備品は自分たちで使うから余っている物は無いと言って、追及を躱しているとのこと。
本当はセリーはモンスターカードの融合は失敗したことがなく、使っていないスキル付きの装備品もあるのだけれど、ご主人様は機会を見ながら別の所に卸すつもりでいるとのことだ。
あと、最近ご主人様は、「別に金に困っている訳ではないしなあ」と言って白金貨をアイテムボックスから出して手でもてあそぶようになった。
特に誰も困ることではないので指摘はしないけど、何か言ってさしあげたほうが宜しいのかしら......
まあ、全て内密なことなので、誰にも教えないけどね。