わたしの名はロクサーヌ
狼人族で16才の騎士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、そして
昨日ご主人様がオークションで競り落としたベスタを加えた5人で、
クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
クーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデの5か所の迷宮を探索している。
ちなみにクーラタルは18階層、ベイルは11階層、ハルバーは18階層、ターレは13階層、ボーデは12階層を探索中。
朝、昨晩よりも少しの涼しさを感じて目が覚めた。
ご主人様は暖かい。背中側で寝ているミリアも暖かい。
では、涼しいのはなぜ?
昨日は季節がわりの休日だったから、今日から秋になった。
だからと言って、急に気温が下がるわけではないはず。
なんでかな?
少し疑問に思ったけど、ご主人様に背中をさすられたので私は思考を中断した。
もうすぐご主人様が起きるわね。
ご主人様は起きそうになると、私の背中をさする癖がある。
本人は意識していないようだけど、実は私はそのせいで何度か目が覚めたことがある。
私は目覚めがいい方なので、起きてすぐにご主人様にキスをするのだけれど、
ご主人様はだんだん意識が覚醒するようで、いつも私が先に起きていると思っているようだ。
んっ、ちょうど起きる時間ね。
私はちょっとだけからだを伸ばして、ご主人様の左側から上にかぶさりからだを擦り付けた。
そして、ご主人様の意識が覚醒するように舌を絡めてたっぷりとキスをする。
すると、ご主人様はだんだん舌の動きが積極的になり、さわさわと撫でるように私のお尻を触ってきた。
ちょっとくすぐったかったので少しだけ腰を浮かせると、今度は両手でお尻をガッチリと掴み、私の股間を自分のアレに押し付けた。
「んあっ!」
思わずくちびるが離れ、声が漏れてしまった。
すると、すぐ横でセリーがモゾモゾと動き出した。
ちょっと調子に乗ってしまった。
ご主人様はまだしたそうだけど、セリーが拗ねちゃうからここまでね。
「おはようございます。ご主人様」
「おはよう。ロクサーヌ...... ん?何だか今朝は涼しいな」
「そうですね。秋になったからでしょうか」
「まあ、すがすがしいからいいんじゃないか?」
「そうですね」
私はニッコリと微笑むと、ご主人様の右側で寝ていたセリーがこちらを向いた。
彼女はじーっとこちらを見ている。
無言のおねだりだ。
私が小さくうなずいてご主人様の上からどくと、セリーはニッコリと微笑んでご主人様にキスをした。
ご主人様はセリーを抱え込むとたっぷりねっとりとキスをしはじめた。
私はセリーが朝の挨拶をしているあいだにミリアを起こす。
これも毎日の日課になってしまった。
ただ、ミリアは寝起きがとても良いのでまったく苦労にはならないけど。
私は彼女の肩をさすると、すぐにパチリと目が開いた。
「ミリア、おはよう」
「お姉ちゃん、おはよう。です」
ミリアは私に挨拶すると、その場で軽くからだを伸ばしながら、ご主人様のほうを向いた。
目をランランと輝かせ、やる気に満ちている。
そうしているうちにセリーはご主人様に蹂躙され、骨抜きにされていた。
ミリアはセリーが蹂躙されるところを見ながら静かに闘志を燃やしている。
そしてセリーが開放されると、ミリアはフッと笑ってスルスルッとご主人様の胸のうえに覆いかぶさった。
そして、「おはよう。です」と言ってキスをした。
素早い!今日もミリアの勝ちかな?
ご主人様は「おはよう」と言いながら、ミリアを抱き止めようとバッと両手でかかえた。
彼女は腕のあいだをスルリと抜けようとしてたけど、今日はご主人様のほうが速かった。
「んんんんっ!あっ!」
ご主人様はガッチリミリアをつかまえた。
ミリアは逃げようともがいたけど、逃げられないと悟るとすぐにおとなしくなった。
「ふふっ。つかまえた」
「つかまった。です」
ミリアがニコリと笑みを浮かべると、ご主人様もニヤリとした笑みをうかべた。
ご主人様は片手でミリアのからだを押さえ、片手で胸を揉みしだいた。
「あっ!ご主人様。お許しください。です」
「ふふふ。良いではないか。なあ、これがいいんだろう?」
「ああっ!ダメ。です」
ご主人様がミリアのあたまを後ろから抑えて強引にキスをしようとすると、ミリアは「イヤー!」っと言いながら抵抗した。
すると、ご主人様はミリアを抱えたままからだをクルッと回して、ミリアに覆いかぶさった。
そして、ミリアは抵抗も虚しくムチュッとくちびるを奪われた。
「イヤッ! あっ! ムチュッ! イ......」
ミリアはクビを振ってキスを避けようとしてたけど、ご主人様にあたまを押さえられて動かせなくされた。
そして、思う存分蹂躙される。
「んっ! あっ! んむう! んんっ! イヤッ! んんんんっ!」
ミリアは抵抗出来ずに蹂躙されているけど、とても笑顔である。
そして、蹂躙している側のご主人様も笑顔である。
すると、その場にセリーの冷めた声が響いた。
「ご主人様。ミリア。遊んでないで支度してください」
「アハハハ。すまん。久しぶりにつかまえたから、ちょっと遊んでしまった」
「遊んだ。です。支度する。です」
セリーに注意されると、ご主人様は笑って謝り、ミリアは何事もなかったように、ご主人様の拘束からスルリと抜けて身支度をしはじめた。
さあ、あとはベスタね。
昨夜、ベスタはご主人様に可愛がって頂いたあと、ベットの一番端で寝ていたはず。
そちらを見ると、彼女はまだ寝ていた。
ご主人様とミリアがドタバタ騒いでいたのに目覚めないなんて、よっぽど疲れていたのかな?
それとも寝起きが悪いとか......
とにかく起こさないといけないけど、声をかけたくらいじゃダメなようね。
私はベスタをゆすって起こそうと思っていると、ひと足はやくご主人様が起こそうと彼女の肩に触れた。
すると、次の瞬間、ご主人様は「つめたっ!」と言って手を引っ込めた。
「竜人族だから、朝は冷たいはずです」
ご主人様が驚いていると、すかさずセリーが答えた。
すると、ご主人様に触れられたことに気づいたのか、ベスタがモゾモゾと起きだした。
「……おはようございます、ご主人様」
「おはよう」
「すみません。朝は少し弱くて......」
それからベスタは、竜人族は周りの気温や昼夜で体温が変化するという特性を説明した。
彼女は心配そうにご主人様の顔色をうかがっていたようだったけど、ご主人様はそれを聞いて、夜の寝苦しさから開放されるとよろこんでいたので、ホッとしていた。
ベスタはご主人様への説明を終えると、昨晩説明した通りに挨拶のキスをした。
昨日ご主人様にはじめてを奪われたというような悲壮感はなく、淡々と仕事をこなしているような感じがする。
いざキスをしはじめると、かなり積極的に舌を絡めているけど、顔はいっさい紅潮していない。
私は違和感を覚えたので、装備を着けながら見ていると、彼女は奴隷商館で習った通りに奉仕したことをご主人様に説明し、「これからがんばります」と宣言していた。
積極的にご奉仕しようとする姿勢は良いけれど、まだ今の境遇を受け入れられただけで、残念ながらご主人様でなくてはならないというわけではないようだ。
一番奴隷としては、彼女が心からご主人様を慕うようになるよう、しっかり導かないといけないわね。
私は装備を着けながら、ベスタの教育を頑張ろうと心に誓った。
◆ ◆ ◆
全員が装備をつけ終わると、ご主人様はワープゲートを開いた。
そして、ハルバーの18階層に移動した。
迷宮の小部屋にでると、ベスタはご主人様から鋼鉄の剣や木の盾、革の帽子、黒魔結晶を渡された。
すると、ベスタは鋼鉄の剣を右手に、木の盾を左手に持った。
すごい、ベスタは両手剣である鋼鉄の剣を片手で振り回すようだ。
ベスタに装備品を渡すとご主人様はセリーと大盾について話し始めたので、私は魔物が居ないか匂いを嗅いだ。
「ご主人様。右に行くと数の少ない魔物が、左に出た方が多分大きな群れになると思いますが、どうしますか」
「左でいいだろう。最初なので、ベスタはしばらく安全な位置から見学な」
「かしこまりました」
私は先頭に立って魔物に向かって歩きだすと、ベスタが話しかけてきた。
「あの。ロクサーヌさんは魔物のにおいがお分かりになるのですか」
「はい。ご主人様に役立ててもらっています」
「すごいです」
「そうですか?
でも、私が役に立てるのは、ご主人様が私の判断を信じてくださるからですよ。
ですから、ほんとにすごいのは、私の能力を信じて役割を与えてくださるご主人様なんです」
「そうですね。さすがはご主人様です」
そこまで話したとき、前方に魔物があらわれた。
前方はフライトラップが2匹にケトルマーメイド、後方はフライトラップとクラムシェルという5匹の群れのようだ。
「セリー、ミリア、来ました。ベスタは少し下がってください」
私が指示すると、セリーが左、ミリアが右に並んだ。
ベスタは私の後方右側、ご主人様は後方左側だ。
戦闘態勢が整うと、魔物たちが火の粉に包まれ、一気に燃えあがった。
ご主人様のファイヤーストームだ。
私たちが構えていると、ご主人様は2発目のファイヤーストームをはなち、さらに3発目のファイヤーストームをはなった。
すると、後方にいたフライトラップの足元に魔法陣が浮かんだ。
そして、上部に水の玉が浮かび上がる。
「来ます」
私が注意喚起した次の瞬間、フライトラップは私めがけてウォーターボールを発射した。
反射的に体を捻ると、私の目の前をウォーターボールが通過して行った。
一泊置いて、魔物が前線に到着して襲いかかってきた。
魔物の前衛はフライトラップが2匹にケトルマーメイドだ。
私がフライトラップ2匹の攻撃を引き付け、ミリアがケトルマーメイドを引き付け、セリーが前方3匹の魔法をブロックしはじめると、すぐにご主人様が4発目のファイヤーストームをはなった。
すると、フライトラップ2匹が焼け落ちた。
私は後方にいたクラムシェルを攻撃しはじめると、ご主人様のサンドストームが炸裂した。
そして、2発目のサンドストームが炸裂すると、クラムシェルとケトルマーメイドも煙になった。
ほとんど攻撃を受けずに魔物の群れを倒すと、ベスタがはしゃぎだした。
「すごい。みなさんすごいです」
「まあこんなもんだ」
「魔法を使うとこんなに早く魔物を倒せるのですね。私たちが戦っていた弱い魔物ならともかく、もっと時間がかかるかと思いました」
「そうだな」
ベスタはご主人様に今の戦闘の感想を言うと、ドロップアイテムを拾いながら私に近寄ってきた。
「特にロクサーヌさんは驚異的です。すごかったです。参考にさせてもらいます」
「ありがとうございます」
「どうやったらあんなに動けるのでしょう」
ベスタには前衛で魔物をブロックさせたいから、ここはしっかり教えないといけないわね。
私はそう思い、彼女に魔物をかわす方法を教えることにした。
「魔物の動きをよく見れば大丈夫です。腰を使ってバッと避けます」
「腰を使って、ですね」
「そうです。バッ、です。魔物がシュッと動いたときに、シュッ、バッ、バッ、と」
「が、がんばります」
私は身振り手振りを加えながら魔物をかわす方法をひと通り教えたけど、ベスタの反応はいまいちだった。
一応うなずいてはいるけれど、ミリアみたいに食いつくような感じはせず、どちらかというとセリーと同じような反応だ。
ちょっと残念だけど、まあ、迷宮に慣れてくれば少しずつ変わるだろうから、これから根気よく教えていこう。
私は気を取り直して次の魔物を探した。
それから1時間ほど魔物を狩ると、ご主人様はベスタを戦わせると言い出した。
「ご主人様。少し早いような気がしますが、大丈夫ですか?」
「いや、本格的に戦わせるわけではなく、低層階で色々試してみようと思う」
「あ、そういうことですか」
「まずは1階層に移動するから、魔物を探してくれ」
「かしこまりました」
ご主人様のダンジョンウォークで1階層の小部屋に移動すると、すぐに魔物が見つかった。
「ご主人様。右にチープシープがいます。かなり近いです」
「わかった。
ベスタ、すぐ先に羊がいる。俺が魔法で弱らせるから、まずはその剣で倒してみろ」
「かしこまりました」
ベスタは先頭にたち、右の通路を剣を構えて前進した。
ご主人様もひもろぎのロッドを構え、いつでも魔法を唱える体勢だ。
すると、1分もかからずに通路の先に魔物が見えてきた。
しかし、ご主人様がファイヤーボールを撃ち込むと、魔物は一発で煙になった。
ベスタは魔物が魔法一発で倒れたことに驚き、目を丸くして声を無くしている。
「うーん。どうするか......」
ご主人様は少し思案し、セリーに相談した。
「この間行ったところだし、10階層から始めても大丈夫だろうか」
「10階層はさすがに厳しいかもしれません。一撃でやられることまではないと思いますが」
「そうか......」
ご主人様はまた少し考えると、「これで駄目だったら10階層も考える」と言って武器をひもろぎのロッドから鉄の剣に持ち替えた。
そして、次に出てきたチープシープを魔法2発で倒し、その次を魔法一発で倒した。
そして、次のチープシープを魔法2発で倒すと、「よし、たぶんこれでいい。ロクサーヌ、次を頼む」と言った。
「かしこまりました。次はこっちですね」
「よし。ベスタ、次に魔物が魔法一撃で倒れなかったら、剣で倒せ」
「はい」
ベスタはご主人様に返事をすると鋼鉄の剣を構えながら、通路の先に鋭い視線を送った。
通路の先にチープシープが現れると、ご主人様はファイヤーボールをはなつ。
そして、今回は一発受けても生き残っていた。
それを見て、ベスタが猛然と走りだし、鋼鉄の剣を振りかぶってチープシープをけさ斬りにした。
剣がうなりチープシープはガクンと膝をついたが、瞬間的に立ちあがってベスタに突進する。
ベスタはチープシープを盾で軽々と受け止め、鋼鉄の剣で薙ぎ払った。
チープシープは1mほど後ろに飛ばされたが、体勢を崩さずに踏みとどまると再度突進してきた。
しかし、ベスタは盾で受けとめ、そのまま壁まで押し込んで動きをとめた。
そして、魔物が立ち往生したところに剣を突き立てた。
すると、チープシープがゆっくり倒れ、煙になった。
「や、やりましたっ!」
ベスタが歓喜した。とても嬉しそうだ。
「えらいな。なかなかの戦いぶりだ」
「ベスタ。よく頑張りました。」
「はい。ありがとうございます」
私たちがベスタをねぎらっていると、ご主人様は彼女を見つめながら思案しはじめた。
たぶんベスタのジョブを確認して、次になんのジョブを取得させるか考えているのだろう。
すると、ベスタはご主人様に黙って見つめられていることに気がついて、急にあたふたしだした。
理由がわからず不安になったのだろう。
「あの、何か......」
「ベスタ。ご主人様はあなたの状態を確認しながら実験しているのです。
詳しいことはあとで説明しますので、今は詮索はなしですよ」
「わかりました」
私がベスタを諭すと、彼女は素直に返事をし、すぐに落ちついた。
ベスタはからだは大きいし力は強いけど、行動や言動にまったく反抗する態度がない。
昨日1日見ていてわかってはいたけど、本当に素直で良い娘だ。
こんな良い娘を選ぶなんて、さすがはご主人様。
また好きになってしまう。
私がご主人様を見つめていると、彼は小さくうなずいてアイテムボックスから槍を取り出した。
つい先日ご主人様が手に入れていた聖槍だ。
「次に魔物が残ったら、今度はこの槍で倒せ」
「槍ですか?」
「いろんな武器を使ってみるテストだ」
「はい」
ご主人様はベスタに聖槍を渡すと、私に向かって小さくうなずいた。
次の魔物を探せということだ。
ベスタは明らかに高価そうな槍を渡されて戸惑い、不安そうな顔をしていたので、私は彼女の背中をポンとたたいて声をかけた。
「大丈夫ですよ。次も頑張りましょう」
「はい」
ベスタが落ち着いたので、私はその場でスンスンと匂いを嗅ぐと、いま歩いてきた方向からチープシープの匂いがした。
新しく魔物が湧いたようだ。
「ご主人様、少し戻ったところに魔物が湧きました。こちらです」
少し戻ると、通路の先にチープシープが現れた。
さっきと同じようにご主人様がファイヤーボールをはなつと、ベスタが魔物に向かって走りだした。
ベスタは聖槍をあたまの上でクルクルと回しながら魔物に接近し、直前で振りかぶった。
「なっ!」
「あっ!」
「えっ!」
「......」
しまった。ベスタに槍の使い方を教えていなかった。
槍は突き刺すことで、敵に最大のダメージを与える武器だけど、彼女は鋼鉄の剣と同じように魔物の真上から切りつけようとしている。
マズい!これでは魔物は倒せない!
私はエストックを抜いて、ベスタをサポートするため駆け出そうとしたけど、彼女の槍はブンッ!っと唸りをあげて魔物に叩きつけられた。
すると、ドガッ!っという衝撃音とともにチープシープは文字どおり叩き潰され、そのまま煙になった。
槍本来の力は出せていない。それどころか魔物には槍の刃ではなく腹側が当たっていた。
それなのに一撃で倒してしまうとは、なんという腕力!
竜人族はちから任せに武器を振るうとベスタは言っていたけど、正直これ程だとは思いもしなかった。
「す、すごいな」
「さすがは竜人族。ちから強いですね」
「はい。一発で倒せました。
すごい武器を使わせて頂き、ありがとうございます」
私たちが驚くと、ベスタはニッコリ微笑んだ。
「いや。まあ、気にするな。
では次は...... 素手で戦ってみろ」
「素手ですか?」
ベスタは素手と言われて少し不安そうな顔をしているけど、僧侶のジョブを獲得するための試練だから、しかたないわね。
「ああ。ちょっと大変かもしれないが」
「大丈夫だと思います」
彼女は返事をすると、ご主人様にドロップアイテムと聖槍を渡した。
私は次の魔物を探すと、通路の先から魔物の匂いがした。しかし、更に人の匂いもしてきたので、魔物の近くに他のパーティーがいるようだ。
「ご主人様。通路の先に魔物がいますが、その近くに別のパーティーがいるようです。
いま来た通路を少し戻ってから、もう一度魔物を探しますが、よろしいですか?」
「ああ。ロクサーヌに任せる」
「はい。では移動します」
私が先頭にたって歩きだすと、すぐに魔物の匂いがしてきた。
「ご主人様。その先を右に行くと魔物がいます」
「わかった。ベスタ、魔法を一発撃ち込むから、あとは頼むぞ」
「はい」
右に曲がると、すぐにチープシープが見えてきた。
さっきと同じようにご主人様がファイヤーボールを撃ち込むと、ベスタは魔物に向かって走り出し、勢いよく殴りかかった。
チープシープも体当たりで反撃していたけど、彼女は何度もかわしてパンチを撃ち込み、最後は体当たりを受けながらもカウンターで右ストレートを撃ち込んだ。
すると、チープシープはよろけて横倒しになり、そのまま煙になった。
戦闘終了後、ご主人様がベスタに回復魔法をかけると言うと、彼女は「かすった程度ですので、大丈夫だと思います」と返事をした。
その後、ご主人様が回復魔法を使えることに驚いていたので、彼女の肩に手を置いて「ご主人様ですから」と
伝えると、「そうですか。さすがはご主人様です」と言って納得していた。
ご主人様はまたベスタを見つめながら少し思案して、それから質問しだした。
「竜騎士になるのに必要な条件って分かるか」
「竜騎士は、竜人族の中でもひときわ勇敢な、一人で魔物に向かっていった者だけが得られるジョブとされています」
ベスタが答えるとご主人様は少し考えてからセリーを見た。
「種族固有ジョブのことはあまりよく分かりません。昨日図書館でジョブに関する本も読んできたのですが」
「いや、セリーがわからなかったなら仕方がない。
そういえば、ジョブ関係で何かわかったことはあるのか?」
「はい。えっと......」
その後、ご主人様の関心がセリーが調べてきたジョブ関連の話しになり、博徒というジョブに関心を寄せていた。
ご主人様はしばらくセリーと話していたけど、彼女が調べたことだけでは博徒の取得方法まではわからなかったようだ。
しかし、「とにかくいい情報を聞いた」とよろこんで、セリーのほほを撫でながら「ありがとう」とお礼を言った。
セリーが顔を真っ赤にしてうつむいたことは言うまでもないだろう。
ご主人様はセリーと話し終わると、アイテムボックスからデュランダルを取り出した。
そして、「ベスタ、じゃあ次はこの剣を使って最初から一人で戦ってみるか」と言い出した。
「はい」
ベスタは返事をしたが、私は彼女の前に出てご主人様に確認してしまった。
「えっと。それは、いつもご主人様が使っておられる剣ですよね」
「そうだ」
私はご主人様の剣をベスタが先に使うことが許せなくて嫉妬してしまい、「私でも使ったことがないのに......」と思わず声が漏れてしまった。
ご主人様は肩をすくめて、「いや。両手剣だし」と言ったけど、嫉妬した私には言い訳に聞こえてしまい「両手剣だからといって私でもまったく使えないわけではないです」と反論してしまった。
ご主人様は私にけおされたのか、「で、ではロクサーヌが使ってみるか」と言うと、私にデュランダルを差し出した。
私は一瞬で嬉しい気持ちがあふれてしまい、「よろしいのですか?」と言いながら必殺の上目遣いでご主人様の顔を覗き込むと、ご主人様はほほを赤らめた。
「順番に実験してみるべきだろう」
「はい」
私はご主人様からデュランダルを受け取り、ゆっくりと剣を構えた。
嬉しい。早く戦いたい。
私は魔物を探して先頭で進むと、チープシープが見えてきた。
「よし。それではその剣で倒してみろ」
ご主人様からの激を受け、私はチープシープに駆け寄り、渾身の力を込めてデュランダルを振り下ろした。
すると、魔物は一撃で煙になった。
「すごいです。私でも一撃で倒せました。こんなにすごい武器を持っておられるなんて、さすがはご主人様です」
ご主人様にドロップアイテムとデュランダルを渡しながら話しかけると、ご主人様はニッコリと微笑んだ。
その後、セリーとミリアもデュランダルで戦い、ふたりとも一撃でチープシープを煙に変えた。
そして、ベスタの番になった。
「ベスタも行ってみろ」
「かしこまりました」
ベスタはご主人様からデュランダルを受け取ると、右手でブンブンと振り回して感触を確かめた。
鋼鉄の剣と同じように片手で大丈夫なようだ。
私は魔物を探して案内すると、ベスタも魔物を一撃で倒した。
やはりご主人様の剣はすごい。
ベスタも相当驚いたようだ。
ベスタがドロップアイテムとデュランダルを渡すと、ご主人様はまたしても彼女をじっと見つめて思案した。
そして、先ほどと同じように彼女に質問した。
「ダメージ軽減というのはどういうスキルだ」
「私ですか? 聞いたことはありませんが」
「セリーは?」
「物理ダメージ軽減と魔法ダメージ軽減のスキルならあります。ただのダメージ軽減というスキルは知りません」
ご主人様は小首をかしげると、ベスタに「ダメージ軽減」と言わせて反応を見て、「竜騎士というのは、どういうジョブだ」と彼女に質問した。
「竜人族の中でも正義感に溢れ、主君や仲間を守る盾となるジョブです」
「竜騎士は守備に秀でたジョブです。竜騎士がいるとパーティーの安定度が増すとされています」
ベスタが答えると、すかさずセリーが補足した。
私は先ほどと同じ状況に軽くデジャブを感じていると、ベスタがご主人様に「竜騎士はすべての竜人族にとって憧れのジョブです。私もいずれは竜騎士になってご主人様やパーティーに貢献できればと思います」と宣言した。
本当に良い娘ね。
私はベスタの肩に手を当て、「一緒に頑張りましょう」と声をかけると、横からご主人様の声が聞こえた。
「まあ、ベスタはいま、竜騎士だけどな」
「えっ?」
「えっ?」
「えっ?です」
「えっ?」
ご主人様以外の4人が一斉に驚いた、赤毛の竜騎士が誕生した瞬間である。
私、セリー、ミリアの3人は一瞬驚いたけど、ご主人様がベスタに竜騎士のジョブを取得させるために実験していたことには気づいていたので、無事取得させることが出来たことがわかり、すぐにたちなおった。
しかし、当のベスタはなんのために実験しているのか理解していなかったので、ポカンとしたままご主人様を見つめている。
すると、ご主人様は「ではこのまま竜騎士でいってみるか」とさらっとベスタに提案した。
「ええっと。竜騎士になるには、何年も修行をして、ギルド神殿で認められなければなりません。
私はあまり戦ったこともありませんが」
「そこは大丈夫だ」
ベスタはご主人様が何を言っているのか理解出来なくて、自分の知っている常識を話している。
これは...... このあとギルド神殿でないとジョブ変更が出来ないという常識が覆されて混乱するパターンね。
「左手を出してみろ」
ご主人様はベスタに左手を出させると、彼女の左手からインテリジェンスカードが浮きでた。
「え?」
「見てみろ」
ベスタは自分のインテリジェンスカードを見たので、私も横から除き込んだ。
ベスタ ♀ 15才 竜騎士 初年度奴隷
所有者 ミチオ・カガ(死後相続 セリー)
「本当に……竜騎士になっています」
「ちゃんとなってるだろ」
「ええっと。竜騎士……。ええっと。インテリジェンスカード……。ええっと。インテリジェンスカードを扱えるのはご主人様のジョブで……」
ベスタは混乱しているので、私は彼女の肩をポンポンとたたいてこちらを向かせた。
「大丈夫です、ベスタ。ご主人様ですから」
「は、はい。あ、わかりました」
ベスタはだいぶ混乱していたけど、当然のことだと思っている私の顔を見て、すぐに落ち着いた。
「憧れのジョブにつけてよかったですね」
「はい。とっても嬉しいです。さすがはご主人様です」
「むしろ竜騎士になれたのはベスタの素質のおかげではないかな」
「いえ。そんな」
ご主人様は少し茶化すように答えたけど、ベスタは落ち着いて返事をした。
あとで教えてもらったのだけど、竜騎士には体力中上昇、体力小上昇、体力微上昇という3つの効果と、ダメージ軽減という常時発動スキルがある為、ベスタが竜騎士になった瞬間に、私たちのパーティーは防御力と継続戦闘力があがったとのことだった。
ベスタが落ち着いたことを確認すると、ご主人様は「それはともかく、次は10階層に移動する」と宣言した。
ハルバーの迷宮10階層の魔物はニートアントだ。
つまり......
「毒のテストですか?」
「そうだ」
「かしこまりました」
10階層に移動したので、私はご主人様に「ではニートアントですね。こっちです」と言って案内した。
ご主人様はベスタをさがらせて見学に専念するよう指示したので、他の4人で魔物を倒してまわった。
そして、毒針を10個集めると、再び18階層に移動した。
ベスタは18階層でも見学するようご主人様から指示されると、「竜騎士になったようですので、私も戦えます」と進言した。
しかし、ご主人様に「えらいな。まあすぐにも戦ってもらう。もうしばらく待て」と諭されて、「かしこまりました」と、ちからなく答えた。
彼女はほとんど働けていないこの状況が心苦しいのだろう。
私はそう思い、彼女に話しかけた。
「あなたは竜騎士になったばかりですので、この階層の魔物と戦うのは厳しいです。
今は私たちがどのように戦っているかよく見て、各個人の動きを覚えることに専念してください。
でないと、いざというときうまく連携出来ませんからね」
「わかりました」
「すぐに戦うことになりますから、焦らないでしっかり見ること。よろしいですね」
「はい」
ベスタの表情が引き締まったので、私は魔物を探してパーティーを誘導した。
それから1時間ほど18階層で魔物を狩ると、ご主人様から早朝探索の終了が宣言された。
◆ ◆ ◆
ご主人様のワープでクーラタルの冒険者ギルドに移動し、朝食の材料を買いに町にでた。
私は歩きながらご主人様に話しかけた。
「朝食のメニューはいかがいたしますか?」
「そうだな。俺がハムエッグを作るから、あとはスープとサラダ、それからパンでどうだろう」
「かしこまりました。では、スープとサラダはセリーとベスタでお願いできますか?」
「わかりました」
「はい」
「私は洗濯してから風呂場を掃除しますので、ミリアは装備品の手入れと倉庫整理。あと、時間が有ったら私を手伝ってください」
「はい。です」
私たちは歩きながら家事の割り当てを決め、それからパン屋と八百屋、肉屋に寄って食材を購入してまわった。
すると、昨日の夕食で経験しているからわかっているはずだけど、食材を買うたびにベスタは涙ぐんでいた。
およそ奴隷が食べさせて頂けないような料理をまた食べさせて頂けることが嬉しくて感動しているのだろう。
しかし、これはあまり良いことではないわね。
私は彼女の背中をそっと手でさすり、小声で声をかけた。
「ベスタ。嬉しいのはわかりますが、ご主人様の印象が悪くなりますので、いちいち泣かないようにしてください」
「は、はい。すみません。気をつけます」
ベスタは注意されてキョトンとしている。
ちゃんと注意した理由を説明したほうがいいわね。
「素直に感動することは悪いことではありませんが、泣いている奴隷を連れている主人が周りの人からどのように見られるか、よく考えてくださいね」
「はい。申しわけありませんでした」
「これからは、嬉しいときは笑顔になるよう心がけてください」
「はい」
ベスタは返事をすると、涙を拭いて笑顔になった。
彼女は素直に感動しただけなので申しわけないとは思ったけど、毎回これでは買い物しづらくなるので、心を鬼にして注意した。
ちゃんと理由も説明したので理解はしてくれるだろう。
すると、不意にご主人様が耳もとに顔を寄せて来た。
そして、「ロクサーヌ、憎まれ役をやらせて済まない。
いつもありがとうな」とささやいた。
ご主人様はちゃんと私を見ていてくれたのだ。
私は嬉しくて笑顔になり、「いえ、一番奴隷ですから」と答えると、ご主人様も笑顔になってフフッと笑ってくれた。
あとでセリーに、「ロクサーヌさん。盛大に尻尾かピクついていましたよ」と言われてしまい、恥ずかしい思いをしたことは内密のお話し。
◆ ◆ ◆
買い物を終えて帰宅し、食材をダイニングテーブルに置いて倉庫に移動。
装備品をはずしてテーブルに置き、ミリアはこのまま装備品の手入れ、私は風呂場で洗濯、ご主人様とセリー、ベスタの3人はキッチンで朝食づくりをするため、各自持ち場に向かった。
私はいつも通り脱衣室のカゴのなかから衣服を取り出して風呂場に移動し、洗濯用の桶で洗濯をはじめた。
そして、カゴの衣服を全て洗濯してひもに吊るし、洗濯用の桶と、ついでに風呂桶を掃除していると、ミリアがやってきた。
「装備品手入れと倉庫整理、終わった。です」
「ありがとう。では、そこのブラシで床を磨いてください。水は......この手桶の水を使ってください。
他の桶の水は風呂桶の泡を流すのに使うから、使わないように」
「はい。です」
その後、私とミリアは風呂場の掃除を終えてダイニングに行くと、ご主人様とセリーが装備品を作成していた。
「ご主人様。洗濯とお風呂場の掃除が終わりました」
「ご主人様。装備品の手入れと棚整理、終わった。です」
「ロクサーヌ。ミリア。お疲れ様。
料理はあらかた出来てるから、飯にするか」
「鍛冶のほうはよろしいのですか?」
「ああ。ちょうど材料がなくなったところだったから、問題ない」
「かしこまりました。ところでベスタは?」
「ベスタには火のばんをさせている。
スープを煮込み始めたところで任せてきたけど、そろそろ出来てると思う」
「そうですか。では、セリーとミリアは装備品を片付けてください。私はテーブルの準備をしますので」
「わかりました」
「はい。です」
セリーとミリアは返事をすると、テーブルのうえに有った装備品を抱えて倉庫に持って行った。
「ご主人様。倉庫にセリーの作った装備品がだいぶ溜まってきてます。そろそろお売りになってはいかがですか?」
「そうしたいと思っているのだが、少し前に武器、防具とも大量に売られてただろう」
「はい。バラダム家のやつですね」
「ああ。そのせいで供給過剰になっているから、少し時間をおいたほうがいいんじゃないかと思ってな」
「確かにそうですね。さすがはご主人様です」
「だが、ロクサーヌの言う通り。このままじゃ倉庫に置けなくなるから早目に売るようにするよ」
「いえ。倉庫にはまだスペースがありますので、急がなくても大丈夫です」
「わかった」
「では、ご主人様は休憩なさっていてください」
「いや、俺は料理を持ってくるからロクサーヌはテーブルの準備をしてくれるか」
「よろしいのですか?」
「ああ。そのほうが早く食べられるし、ベスタもいるから問題ないだろう」
「わかりました」
ご主人様がキッチンに向かったので、私はテーブルを拭いてからテーブルクロスを敷いて食器を用意した。
すぐにご主人様とベスタが料理を持って来たので、一緒に配膳しているとセリーとミリアも戻ってきた。
みんなで席につき、食事を始める。
朝食は、ハムエッグ、根野菜と豚肉のスープ、葉野菜とトマトのマヨネーズサラダ、それと高級パンだ。
「「「「いただきます」」」」
「い、いただきます」
うん。美味しい。
「たまごがフワフワで美味しいです」
「本当にフワフワですね」
「どうやって作ったのですか?」
「マヨネーズを作るときにかき混ぜるヤツがあるだろ、あれでたまごをかき混ぜて泡立ててから焼くんだよ。
そうするとたまごがフワフワになる。
あ、かき混ぜる前に少しだけ水を混ぜるのがコツな」
「そうだったのですか。さすがはご主人様です」
「私も初めて見ましたけど、魔法のようでした」
「ハハハハ。まあ、たまたま知っていたからやってみた。うまくいって良かったよ」
「美味しい。です」
私たちはこんな食事に慣れてしまったので、驚いたり、感動したり、ご主人様への感謝の気持ちはあるけれど、ご主人様と会話を楽しむ余裕はある。
しかし、昨日うちに来たばかりのベスタは、そうは行かなかった。
彼女はまず朝食の量に驚き、次にその味に感動し、そして今の状況を噛みしめて、嬉し涙を流した。
彼女は涙をボロボロと流しながら食べ物を口に運び、噛みしめながら嗚咽を漏らし、飲み込んでは鼻をすすった。
そして、「美味しいです」、「本当に美味しいです」、「ありがとうございます」と何度も言いながら、涙を流してまた食べ物を口に運んだ。
ベスタは昨日もこの家で食事をしているけど、昨日よりも感激しているし、ご主人様に感謝をしている。
彼女の姿勢はとても良いけれど、もう少し慣れてもらわないと気まずいわね。
私はどうしたものかと思いながら、「ベスタ、大丈夫ですよ。これからも、美味しいお食事がいただけますからね」と言ってあげたけど、かえって大泣きされてしまった。
ミリアはすぐに慣れて良い感じに馴染んだけど、ベスタはちょっと気を使わないといけないようね。
その後、泣きながら食べるベスタを気遣いながら、朝食を食べ続けた。
◆ ◆ ◆
朝食後、ご主人様のワープでクーラタルの7階層に移動した。
ベスタはご主人様からわざと魔物の攻撃を受けてみるよう言われたけど、大丈夫だと答えていた。
普通はひるむところだけど、彼女は魔物をあまり怖がっていないようだ。
気持ち的にも前衛に向いているので、悪くない。
セリーは竜騎士ならダメージに強いって言ってるし、希望していた通りのタンクタイプなら、言うことはない。
私はベスタの活躍に期待しつつ、スン、スンと匂いを嗅いで魔物を探した。
左のほうに魔物の群れがいそうだけど、ちょっと遠いかな?
右にもいるけど、スローラビットが1匹だけみたいね。
まあ、あえてダメージを受けさせるなら...... 数が少ないほうってことかな?
私が魔物を探しているあいだに、ご主人様はセリーとベスタに竜騎士の装備やスキルについて話しはじめた。
タイミングを逃してしまったので、私は加わらずに待っているのだけど、なかなか話が終わらない。
少しだけ退屈だったので、エストックを目の前に掲げて刃こぼれや歪みがないか見ていると、不意にご主人様の視線を感じた。
しかし、私がご主人様のほうをチラッと見ると、なぜか視線をそらされた。
そして、「では、そろそろはじめるか」と言って、デュランダルをベスタに渡した。
結局ベスタはデュランダルと木の盾という朝食前の装備のまま、戦うことになった。
ご主人様は昨日は竜騎士が二刀流で戦うことを聞いて興味を示していたのでてっきり両手剣を2本持つのかと、ちょっと期待していたのだけど、とりあえずこのまま様子を見るようだ。
私が少しだけ残念に思っていると、ご主人様から声がかかった。
「ロクサーヌ、スローラビットで数が少ないところに案内してくれるか」
「はい。では右にスローラビットが1匹いますので、そちらに向かいましょう」
「ん?早いな」
「ご主人様がお話ししているあいだに探しておきました」
「そ、そうか。じゃあよろしく」
私はニッコリ微笑んで返事をしたのだけど、なぜかご主人様の頬が引き攣っていた。
私はみんなを先導して右の通路を進むと、すぐにスローラビットがあらわれた。
ご主人様はスローラビットにファイヤーボールを一発撃ち込むと、ベスタが一人で前に出た。
スローラビットがベスタに向けて飛び上がると、彼女わわざと盾を横にそらしてわき腹で体当たりを受けた。
しかし、ベスタはよろめきもせず、しっかりその場に立っており、体当りした魔物のほうが弾け飛んでいる。
一体どういうことだろう?
魔物は間違いなくベスタの脇腹に当たっていた。
それなのに彼女は全くダメージを受けた素振りがない。
私が困惑しているうちに、ご主人様は2発目のファイヤーボールを撃ち込んでスローラビットにとどめを刺した。
「どうだ」
「ええっと。はい。大丈夫だと思います」
「痛かったか?」
ご主人様がベスタにダメージ具合いを確認したけど、ベスタは脇腹をさすりながら、仕切りと首をひねっている。
「いえ。それが全然衝撃がなくて。さっき戦ったチープシープと同じくらい軽い攻撃でした。すみません。盾かどこかに引っかかったのかもしれません」
「盾には当たっていないように見えたが......」
ご主人様が考えこんだので、私が補足した。
「はい。盾には触れていませんでした。竜騎士は防御力にすぐれているということでしょうか」
私が証言するとご主人様は少し考え、そして考えがまとまったのか、"ウン"とひとつうなずいた。
「なんにせよ、衝撃が少ないというのはいいことだ」
「はい」
ベスタが答えると、ご主人様は苦笑いした。
7階層では問題ないと判断すべきか。それとももう一度受けてみるか?」
「大丈夫だと思います」
ベスタが返事をすると、ご主人様がワープゲートを開いた。
もうこの階層での確認は必要ないのだろう。
ゲートをでると、そこはハルバー迷宮の1階層だった。
「え? ご主人様。
ベスタにわざと魔物の一撃を食らわせて、ダメージ具合を確認するのではなかったのですか?」
「まあ、そうなんだが...... そればかりでは飽きるからな」
「そうでしたか」
「といっても、次は毒針を投げるだけの簡単なお仕事だ」
ご主人様はそう言いながら、ベスタに毒針を渡した。
ベスタはご主人様から渡された物が毒針ということに驚いたけど、ご主人様に「魔法に耐えた魔物が出てきたら使え」と言われて気をとりなおした。
「ロクサーヌも頼むな」
「はい」
私はご主人様に返事をしてからベスタに向き直った。
「ベスタ。私が正面で魔物の相手をしますので、あなたは横から毒針を投げてください」
「はい。わかりました」
ベスタが段取りを理解したので魔物を探すと、すぐにチープシープが見つかった。
しかし、ご主人様のファイヤーボールであっさり消し炭になった。
「あ、すまん。強すぎた。ロクサーヌ、次を探してくれ」
「えっと、ご主人様。その先を右に曲がればすぐにチープシープがいます」
「じゃあ頼む」
次のチープシープはファイヤーボールを撃ち込まれても生き残ったので、私は魔物の正面に立って攻撃を引きつけ、ベスタは段取り通り横から毒針を投げつけはじめた。
そして、彼女が4本目の毒針を投げつけると、ミリアが「毒、です」と宣言した。
良く見ると、白いはずのチープシープが青白くなっている。
私はそのまま魔物の攻撃をかわし続けると、2分もしないうちに魔物が崩れ落ちた。
「よし。次は11階層へ行って、ミノ相手に攻撃を受けてみるか。無理をする必要はない。駄目そうだったら、そう言え」
ご主人様はベスタに声をかけながら、ワープゲートを開いた。
ワープゲートを出たので私は魔物を探すと、すぐにミノが一匹でうろついているのを発見した。
そして、スローラビットのときと同じ段取りでベスタが魔物の攻撃を受けたけど、またもや体当りしたミノのほうが弾けとんだ。
それを見て、ご主人様はすぐに二発めの魔法でミノを焼き払った。
「どうだ」
「はい。全然大丈夫です。今回はちゃんと攻撃が当たりました。ミノとは迷宮の外で戦ったことがあります。ただ、そのときの衝撃とそんなに違わないような気もしますが」
ベスタの返事を聞いて驚いていたら、セリーがツッコんだ。
「迷宮の外にいるミノと11階層のミノでは結構違うと思いますが、大丈夫ですか」
セリーの言う通り、魔物は階層があがる都度強くなる。同じ魔物でも迷宮の外となかでは強さが段違いだ。
さすがに11階層の魔物の攻撃ならベスタもダメージを受けると思ったけど、ダメージどころかよろけてさえいない。
さっきセリーが「竜騎士は守備に秀でたジョブ」って言ってたけど、ほんとにすごいわね。
11階層で全然大丈夫ってことは、次は何階層にするのかな?
などと考えていると、迷宮外での魔物の攻撃について話していたみんなが、一斉に私に視線を向けてきた。
ベスタが魔物の強さは迷宮のなかと外であまり変わらないと言っていることについて、私の意見が欲しいのだろうけど、私は迷宮外で魔物の攻撃を受けたことがないので答えられない。
「私は迷宮の外にいた魔物には攻撃を受けたことはないので......」
そう言いながら小首をかしげると、ご主人様は軽く肩をすくめ、セリーはガクリと肩を落とした。
「では、次は13階層のピッグホッグだ」
いつも慎重なご主人様でも、全然ダメージを受けないベスタのようすを見て、1階層飛ばすことにしたようだ。
ワープゲートを抜けて13階層にあがり、ピッグホッグ1匹とグラスビー2匹の群れを見つけ、先ほどと同じようにご主人様が魔法で先制攻撃。
その後、私、セリー、ミリアの3人でグラスビーを抑えているうちにベスタがピッグホッグに攻撃を一発受け、それからご主人様の魔法で魔物を殲滅した。
「ベスタ、どうだ」
「ええっと。さっきのミノとほとんど変わらないような。まだまだ余裕です」
ベスタが返事をすると、ご主人様が私のほうを向いた。
「ロクサーヌからはどう見えた?」
「そうですね。ピッグホッグが当たった瞬間少しだけですがベスタがさがりました。ですが、ほんの少しです。ほとんどダメージはないでしょう」
私が答えていると、横でセリーが「ピッグホッグなのに」とぶつぶつつぶやいていたけど、ご主人様はあえて聞こえないふりをして話を進めた。
「次は14階層のサラセニアか。あるいは余裕がありそうなら16階層でクラムシェルを相手にしてみるか」
「16階層で大丈夫だと思います」
「私も16階層で宜しいと思います」
ベスタと私が返事をすると、ご主人様は「わかった。じゃあ次は16階層だ」と答えてワープゲートを開いた。
「ロクサーヌ、16階層のボス部屋の位置は分かるか」
「はい。確かこっちですね」
「ではボス部屋まで頼む。近くにクラムシェルがいたら案内してくれ」
「かしこまりました」
私は返事をしてから魔物の匂いを嗅ぐと、ボス部屋の方向に魔物の群れを見つけた。
「途中クラムシェルとビッチバタフライが群れでいますね。クラムシェルは複数です」
「数が多いのは危険だな」
「クラムシェルしかいないのは反対側になりますし、多分複数ですね。右にいくと、やはりクラムシェルとビッチバタフライが群れでいますが、おそらくクラムシェルは単体です」
「そっちでいいだろう」
「わかりました。では右に向かいます」
少し歩くと、クラムシェルが1匹とビッチバタフライ2匹の群れと会敵した。
私、セリー、ミリアの3人で魔物を抑えているうちに、ご主人様がブリーズストームを連発してビッチバタフライを煙に変え、残ったクラムシェルをとり囲んだ。
私は正面をベスタにゆずると、彼女は鋼鉄の剣で貝殻を叩いて魔物を挑発した。
すると、クラムシェルが口を大きく開いてフッと動いた。
これは噛みつき攻撃だ。
「ベスタ、挟み込んできます。避けてください」
私が指示をすると、ベスタは飛びついてきたクラムシェルを木の盾で弾き飛ばした。
すると、クラムシェルはベスタに再度近づいて体当たり攻撃してきたので、彼女は盾をずらしてわざと受けた。
さすがの彼女でも今度はグラついた。
多少はダメージを受けたようだけど、全然平気な顔をしている。
そして、ご主人様がサンドボールを撃ち込んでクラムシェルを倒したので、「大丈夫ですか?」と聞くと、「二階層上がりましたが、大丈夫ですね。あ。回復はもういいです」と、こともなげに返事をしながら回復魔法をかけたご主人様を止めた。
「ロクサーヌ。ボス部屋に向かってくれ」
「かしこまりました。
ご主人様。途中、クラムシェル3匹とビッチバタフライ1匹の群れがいますので、そのまま倒して進むということで、よろしいですね?」
「ああ。それで頼む」
ボス部屋に向かって少し進むと、魔物の群れが見えてきた。
ご主人様がサンドストームをはなったので、私の左右にセリーとミリアが配置につくと、ベスタが前衛に立つと主張しはじめた。
ご主人様は一瞬考えたけど、次の瞬間にはセリーにベスタと入れ替わるよう指示をした。
二人が入れ替わると、私たちのパーティーは前衛がタンク2人と遊撃1人、中衛が詠唱中断出来る司令塔、後衛が魔法使いというバランスの良い体制になった。
ご主人様が2発目のサンドストームをはなち、効果が消えると魔物が私たちの前に到着した。
私は半歩前に出て真ん中と右のクラムシェルを引きつけ、ベスタが左のビッチバタフライを引きつける。
ミリアは右のクラムシェルの更に右側を走り抜け、奥のクラムシェルに相対すると、ご主人様が3発目のサンドストームをはなち魔物達に追加ダメージを加えた。
すると、奥のクラムシェルの貝殻が少し開いた。
これは、クラムシェルが水弾を放ってくる予備動作だ。
「来ます!」
私が叫ぶと、クラムシェルは私に向かって水弾をはなった。
私は上半身を少しだけ右に傾けて水弾を避けると、後ろにいたセリーも身をかがめて水弾をかわした。
セリーは水弾をかわすと私の左から真ん中のクラムシェルを槍で一突きし、少しだけ右側に押し込んだ。
そして、ベスタの後ろを回ってビッチバタフライの左から槍で突き、中央のほうに押し込んでいく。
すると、ご主人様が4発目のサンドストームをはなち、クラムシェル3匹が煙になった。
残ったビッチバタフライは左からセリーに槍で突かれて真ん中まで押し込まれ、正面がベスタ、後ろにミリア、右に私が張り付いて四方から攻撃された。
ビッチバタフライは苦し紛れに魔法陣を出したけど、発動する前にセリーに槍で突かれてキャンセルされ、ご主人様のウィンドボールを食らって煙に変わった。
「ベスタ。どうでしたか?」
「えっと、2度ほど魔物に体当りされましたが、一度は剣で、一度盾で弾き返したので、ダメージは受けませんでした」
「なら、この配置のままで大丈夫ですね」
「はい。大丈夫だと思います」
待機部屋に着くと、ご主人様はベスタに話しかけた。
「今度はボス戦も経験してもらう。攻撃をわざと受ける必要はない。雑魚は俺が片づけるから、ベスタはロクサーヌたちと一緒にボスを囲め」
「分かりました」
ご主人様はベスタに指示をすると、私のほうを向いてひとつうなずき、ボス部屋への扉の前に進み出た。
扉が開いてボス部屋に入ると、部屋の中央に煙が集まり、オイスターシェルとクラムシェルが現れた。
ご主人様がデュランダルでクラムシェルに斬りかかったので、私たち4人はオイスターシェルを囲んで攻撃をはじめた。
オイスターシェルは私に体当たりや噛みつき攻撃を仕掛けてきたけど、さほどスピードがなかったので全てかわしながら攻撃していると、1分もたたずにご主人様が向かってきた。
さすがはご主人様。クラムシェルごときは瞬殺だ。
ご主人様が私たちに近づくと、右にいたセリーが素早く後ろに下がった。
そして、ご主人様と入れ替わり、セリーは2列目の位置から、オイスターシェルの動きをコントロールしだした。
オイスターシェルが右を向こうとすると、私の右側から槍を突き入れて向きを戻し、左を向こうとすると、左側から槍を突き入れて向きを戻す。
オイスターシェルの背後はベスタが陣取っているので後ろに下がろうとしても押し戻される。
そのため私と距離を取ることが出来ず、体当たりも出来ない。
結果、オイスターシェルは動けずにずっと私の正面で向き合う形となり、まわりから好き放題攻撃されている。
さすがはセリー。
やっぱり彼女が一段さがった位置にいると、パーティーが安定するわね。
それにベスタも素晴らしいわね。
魔物にひるむことはないし、押し負けることもない。
攻撃されてもほとんど痛がらないし、何よりとてもちから強い。
今も木の盾でオイスターシェルがさがらないように押さえ付けながら、鋼鉄の剣を叩きつけている。
私はオイスターシェルの噛みつき攻撃をかわしながらベスタのことを考えていると、彼女が剣を叩きつける音が、ガンガンから、急にボコッ!という大きな音に変わった。
っと思ったら、オイスターシェルが横倒しになった。
最後の一撃はベスタだったようだ。
「ベスタ。やったな」
「ベスタ。やりましたね」
「はい、ありがとうございます。今は会心の攻撃ができました。竜騎士になると、ときおり自分で思った以上の攻撃ができることがあるそうです。今のがそうだったのかもしれません」
「そうなのですか?確かに最後の一撃はとてもちから強かったですけど」
「私は初めてなので確信はもてませんが、最後の一撃は自分が思った以上に力が出た気がします」
ベスタがよろこんで報告していると、ご主人様が首をかしげた。
「そういう思った以上の攻撃って、竜騎士以外でも出せるのか?」
私とベスタが話していると、ご主人様が会話に割り込んだ。
「聞いたことはないですね」
「セリーは?」
「はっきりとした話は。攻撃がたまにうまくいくことなら...... 誰でもあるかもしれませんし」
「噂レベルでもいいが」
ご主人様がくいさがると、セリーは少し考えてからなぜか私を見た。
「そうですね...... ロクサーヌさんは知っていますか?」
「えっ?私ですか?......知りませんが」
私は突然話を振られて驚いたけど、ちょっと考えても思い当たる節がなかったので素直に知らないと答えた。
すると、なぜかセリーが小首をかしげた。
「そうですか?
獣戦士で長年修行を積むと、百獣王というジョブに就けることがあるそうです。その百獣王になると、ときどきすごい攻撃を出せるらしいという話を聞いたことがあります。
狼人族のあいだでは有名な話だと聞いていたのですが......」
「そうなのですか。百獣王というジョブがあることは聞いたことがありますが、強い攻撃が出来るということは知らなかったです」
百獣王。
獣戦士の上位職って言われてるけど、ほとんどなれる人はいないらしいし、私は一度も見たことがない。
狼人族なら百獣王というジョブがあることは誰でも知っているけれど、伝説的なジョブだから、
どんなスキルがあるのかはほとんど知られていないと思う。
実際私も知らないし。
でも、さすがはセリー。本当に色々なことを知っているわね。
私が感心していると、ご主人様も感心したようでセリーを賞賛した。
「さすがはセリーだ」
「本当のことかどうかは分かりませんが、むかし物知りの人から聞いたことがありましたので」
「いや、参考になった。ありがとう」
ご主人様はそう言いながらセリーのあたまを優しく撫でると、彼女は耳まで赤くなった。
しかし、良く考えると竜騎士ってすごいわね。
ちからが強くて防御力に優れているだけでなく、百獣王と同じ能力があるなんて。
私も負けないようにしないといけないわね。
そんなことを考えていると、ミリアがドロップアイテムを拾ってきた。
ミリアはアイテムをご主人様に渡そうとするとご主人様は右手で押しとどめながら「そのボレーはベスタに渡せ」と彼女に伝えた。
ベスタは自分がボレーをもらって良いのか確認したけど、ご主人様から「必要なんだろう」と言われたのでお礼を言ってミリアから受け取った。
なんでも竜人族の成人女性は10日に一度くらいの間隔でボレーを食べないと、からだが弱くなってしまうらしい。
あんな硬そうな貝殻を食べるなんて、竜人族は噛むちからまで強いのかと思ったけど、どうやら粉状になるまで細かく砕いて飲むとのことだった。
因みにミリアはボレーを渡すときに「お姉ちゃん、です」と言って、何故か自慢げに胸を張っていた。
そしてベスタはミリアからボレーを受け取ると、「お姉ちゃん、ありがとう」と返事をしながらお辞儀をした。
ベスタのほうが背が高くて見た目は大人びているので違和感はあるけど、彼女はミリアの妹というポジションを受け入れたみたいだ。
「じゃあ18階層に行くか」
「……はい、です」
ボス部屋を抜けて17階層に出た直後、ご主人様が宣言すると、ミリアがうなだれた。
その後、クーラタルの17階層でブラックダイヤツナと戦いたいミリアと、ハルバーで18階層にあがりたいご主人様との攻防があったけど、いつの間にかベスタの加入記念で牡蠣を食べようという話になり、ハルバー16階層でボス狩りをすることになった。
ちなみに、少し抵抗気味だったミリアは、明日の夕食の材料に赤身を提供すると言われてあっさり陥落していた。
ご主人様のダンジョンウォークで16階層の小部屋に飛び、小部屋から待機部屋まで進み、ボス部屋に入った。
ボス部屋に入ると、さっきと同じようにご主人様がクラムシェル、私たち4人がオイスターシェルを囲み、ものの2分で戦闘終了。
ドロップアイテムはボレーだった。
うーん、残念。
ご主人様はボレーをベスタに持たせ、「さあ次だ」と言ってダンジョンウォークで16階層の小部屋に飛んだ。
ボス部屋まで進んでボス戦3回目。
2分で倒すと今度は乳白色のプルプルした物体が残った。
これが牡蠣?はじめて見た。
下手に触ったら、オリーブオイルみたいに割れそうだ。
私の手のひらよりも大きいし、慎重に持たないと危ないかも。
みんなも拾うのを躊躇している。
「なんか割れそうですね」
「そ、そうですね」
私とセリーが話していると、ご主人様が両手で慎重に拾い上げた。
「あ、申しわけありません」
「いや、いいさ。見た感じ、割れそうだし。持ちあげるの怖いよな」
ご主人様はそう言いながら、アイテムボックスを開いた。
「しかし、これが牡蠣か。どうやって食べるんだ」
「焼くか、煮るかだと思います。私も小さいころに一度食べたかどうかなので詳しくは知りません」
「さすがはセリーですね。私は見るのもはじめてでした」
「いえ、かなり前の話です。味は全く覚えてませんし」
「そうなのですか?」
「じゃあ、夕食が楽しみだな。たくさん食べるためにもじゃんじゃん拾うぞ」
ご主人様はそう言いながら、ダンジョンウォークのゲートを開いた。
それから周回を重ねると、5回か6回に一度は牡蠣がドロップした。
「また残りました。さすがはご主人様です」
「もっと残りにくいアイテムのはずなんですが」
「すごい、です」
「すごいと思います」
セリーは疑問顔だけど、私、ミリア、ベスタの3人は素直にご主人様を賞賛した。
それからもボス狩りを続け、はじめてから2時間もたたずに5個めの牡蠣がドロップされた。
「ご主人様。これで5個めです」
私は牡蠣を慎重に拾ってご主人様に渡すと、横でセリーが「やはりおかしいです。もっと残りにくいアイテムのはずですし......」とつぶやいた。
ご主人様はセリーのつぶやきを聞いてちょっと焦ったようで、「ま、まあ、今日は調子がいいのかもな」と言い訳をした。
「そうなんですか?」
「ああ。だが、それでも5個めが出るまでに20周以上はしたから、セリーの言う通り残りにくいアイテムなんだと思うぞ」
私が小首をかしげて聞くと、ご主人様は返事をしながらセリーのあたまをポンポンとたたいた。
しかし彼女は納得が行かなかったのか、少し目線を下げながら、料理人がどうとかドロップ率がどうとかぶつぶつと何かをつぶやいていた。
ご主人様は私に向かって肩をすくめると、「じゃあ、目的達成したから18階層に移動する」と言ってゲートを開いた。
18階層入口の小部屋にでると、ご主人様はベスタをさがらせ、魔物が1匹になったら前に出て攻撃を受けるよう指示した。
魔物の群れを探すと、フライトラップとクラムシェルの匂いがした。
「こっちにフライトラップとクラムシェルのいる群れがありますね。フライトラップは複数いますが、クラムシェルは単体だと思います」
「わかった。そちらに向かってくれ」
「かしこまりました」
私たちは小部屋を出て2分ほど歩くと、通路の先にフライトラップ2匹とクラムシェル1匹の群れが見えてきた。
いつも通りご主人様の魔法で先制し、魔物たちが近づく前に2度目の魔法が飛ぶ。
そして、私たちとぶつかる前に、フライトラップ2匹がファイヤーストームで崩れ落ちた。
私たちは残りのクラムシェルに駆け寄り、ベスタを正面にして取り囲む。
そして、ベスタが両腕を開いて少しだけ腰を落とし、攻撃を受ける体勢を取ると、すぐにクラムシェルが体当たりしてきた。
ベスタはクラムシェルの体当りを受けて1歩だけさがったけど、倒れそうな感じではないので予定通り場所を交代した。
そして、クラムシェルの攻撃をかわしていると、すぐにご主人様のサンドボールで煙に変わった。
さすがのベスタでも18階層の魔物の一撃は応えたと思って彼女を見たけれど、全然平気そうな顔をしている。
ご主人様に聞かれても、「このくらいなら問題ありません」と返事をしていたし、「盾も必要ありません」とも言っていた。
ご主人様の回復魔法も1回で止めているので、やせ我慢していることもないようだ。
ベスタは本当に打たれ強いわね。
でも、16階層ではダメージを受けていなかったけど、18階層では受けている。
まだまだ余裕はありそうだけどいずれは限界が来るはずだから、前衛タンクとはいえ戦闘技術はしっかりまなばせないといけないわね。
「ロクサーヌ。しばらくこの階層で魔物を探してくれ」
「かしこまりました...... ご主人様。その先を右に行ったところにフライトラップだけ、4、5匹の群れがいます」
「わかった。案内してくれ。
ベスタ。次からは魔物の攻撃は受けなくていいからな」
「はい」
ベスタが返事をしたので魔物に向かってあるきだすと、1分ほどで通路の先にフライトラップの群れが見えてきた。
しかし、今度はご主人様のファイヤーストーム2発で全て燃え尽きてしまい、私たちの出番がなかった。
「さすがはご主人様です」
「まあ、今のは組み合わせがよかったからな」
「では、次からもフライトラップだけの群れを探しましょうか?」
「いや、より好みして倒す数が減っては元も子もない。組み合わせは考えなくて良いから、どんどん案内してくれ」
「かしこまりました」
それからも探索を続けてベスタを戦いに慣れさせた。
彼女は何度か攻撃を受けていたけど、一度も弱音を吐くことはなかった。
それどころか段々耐久力があがっているようで、2時間ほど経つと、魔物の通常攻撃ではダメージを受けるどころか、逆にカラダで跳ね返していた。
とても頼もしい。
もう18階層の魔物では、通常攻撃では彼女にダメージを与えられないみたいだ。
さすがに水弾が当たるとからだを弾かれるので、少しはダメージを受けるみたいだけど、彼女のようすからたいして効いてはいないように見える。
「ベスタ、本当に大丈夫なのですか?」
「はい。少しすれば乾くと思います」
「いえ。そうではなくて、痛くはないのですか?」
私が聞くと、ベスタは被弾したところをさすり、小首をかしげる。
「衝撃は受けましたけど、今さすったらほとんど痛くないので大丈夫だと思います」
「そ、そうですか......」
さすがは竜騎士といったところか、この階層では通常攻撃だけでなく魔法でもダメージを受けなくなったようだ。
その後、ボス部屋の場所に見当がつくと、ご主人様は本日の探索終了を宣言した。
いつもと比べるとちょっと早い時間なのだけど、ご主人様はベスタにメイド服やエプロン、それに寝間着も買う必要があるからとのこと。
確かに帝都で買い物するならちょうど良いタイミングなので、私もすぐに同意した。
ちなみにご主人様が「ベスタのものをいろいろ作る」と言ったときに、横で話を聞いていたベスタが「ありがとうございます」と言って勢いよく頭を下げた。
するとご主人様は、「うぉっ!」っと言って一歩あとずさった。
うーん。既視感?
最近同じ景色を見た気がする......
◆ ◆ ◆
帝都に移動して冒険者ギルドから外に出ると、あまり周囲を見ないベスタを見てご主人様は疑問顔になった。
「ベスタは帝都に来たことがあるのか?」
「いいえ。ありません」
「そうか......」
ご主人様が首をかしげると、それに気づいたベスタが言葉を付け足した。
「ついていくだけですから」
「......」
ご主人様は少し残念そうな顔をしたけど、すぐに気をとりなおしていつもの服屋に向かって歩きだした。
そういえば...... 昨日クーラタルの街中を歩いたときも、ベスタは周りを気にしているそぶりがなかった。
緊張しているせいかもしれないけど、そんな感じには見えない。
迷宮でも魔物の攻撃を受けろと言われれば素直にしたがったし、素手で戦えと言われて驚いていたことはあったけど、嫌がるそぶりや拒否する態度はまったくなかった。
反抗的でないのは良いのだけど、何かおかしい......
無理して自分の気持ちを抑えているのではないのだろうか......
私はベスタがあまりにも従順過ぎることが気になったので、歩きながら話しかけた。
「ベスタ。あなたは周りが気にならないのですか?」
「はい」
ベスタは当たり前のように答えたけど、だからこそおかしい気がする。
ひととして何か大切なものが抜けている?
それとも何か別の理由があるのかな?
どちらにしても、もう少し話をしないとわからないわね。
「もしかして、あなたはこのような大きな街に行ったことがあるのですか?」
「いえ。私は小さな村で育ちました。
こんな大きな街に来たのは初めてです」
「では、どうして周りが気にならないのですか?」
「気にしないといけなかったのですか?」
質問を質問で返されてしまった。
でも、どういうことなのか?
私が小首をかしげると、彼女は少し不安そうに言葉を続けた。
「すみませんでした。誰からも気にしろと言われなかったので、次からは気をつけます」
「いえ。そうではなくて、自分から見たいとは思わないのか気になったので」
「見てもよろしいのですか?」
「いえ...... その......」
もしかして...... 許可がもらえなければ何もしないということ?
それとも、自分からは何かが欲しいとか、何かをしたいとか、普段からそういうことを考えないようにしているのかな?
まだよくはわからないけど、魔物との戦闘に関しては積極的に学ぼうとする姿勢が見れた。
だから、自分からは何も要求したいことがないわけではないだろう。
私はそう考えて、更に質問を重ねた。
「ベスタ。あなたは何かしたいことはありませんか?
それか、何か欲しい物はありませんか?」
「えっと...... 特にありません」
「そうですか......
ベスタ。あなたは今まで誰かに物をねだったり、お願いしたことはありますか?」
「えっと......
からだが弱くなってしまうので、ボレーを食べさせて欲しいとお願いしたことはあります」
「他には?」
「えっと...... たぶんないと思います」
「では、あなたは誰かに言われたことを断ったことはありますか?」
「えっと...... たぶんないと思います」
「そうですか。わかりました」
話が終わるとベスタは少し疑問顔で私を見ていたけど、すぐに前を向いてしまった。
そんな彼女を見ながら私は考えた。
商館では、[奴隷は主人に従わなくてはならず、逆らうことは許されない]と教えられた。
だから普通奴隷は主人の命令に従うけど、拒否したいことや要求したいことがあれば多少なりとも顔や態度に出てしまう。
うちの場合はご主人様が優しいし、何より私たちが不自由にしていることを好まないので、自分の想いを発言することが出来る。
はじめは戸惑っても、すぐに素直に話せるようになる。
しかし、ベスタは自分から何かを要求するようなそぶりがほとんどない。
さっき少し思ったけど、彼女が自分から要求したのは戦闘に関することだけだ。
昨日服を買ったとき、少しだけベスタは希望を言っていたけど、それは私が声をかけたから言えたのだろう。
まだ2日しか見ていないけど、誰かに従うことや誰にも反抗しないこと。
それと、主人に有益と思うこと以外は、自分からは何も要求しないことが彼女には当たり前になっているみたいね。
言われたことには逆らわず、自分からは何も要求しないのは奴隷としては優秀なのかもしれないけど、これではうちの一員として、本当の意味で打ち解けることは出来ない。
素直で性格も おとなしく、とても良い子だから、あとは自分から意思表示しても大丈夫ってことを教えてあげられれば......
結局いつもの服屋に到着するまで、私はベスタへの対応を考えていた。
◆ ◆ ◆
服屋につくとベスタは店内に入るのを一瞬躊躇したが、ご主人様に促されるとビクつきながらも素直に入店した。
そして、ご主人様が店員を呼んでベスタの採寸を依頼すると、彼女は不安そうな顔をしながら店の奥に連れていかれた。
ご主人様は店員にエプロンとメイド服を注文し、エプロンは5日、メイド服は10日で出来上がることを確認すると、「わかった」と短く告げていた。
ご主人様のことだから、出来上がるつど別々に受け取るつもりだろう。
注文品の話が終わったので、私はご主人様が話しているあいだに取ってきたキャミソールを掲げて店員に話しかけた。
「後はこれですね。さっきの彼女に合う大きさのものもありますでしょうか」
キャミソールのある棚の前に移動すると、店員が説明をはじめた。
「こちらは既製品ですので、サイズの方はここまでになってしまいます」
「これですか。一応ちゃんと着れそうですね」
私は棚から一番大きいサイズのキャミソールを手に取り、掲げて見た。
「肩幅などは十分だと思います」
「そうですね」
セリーが一度同意したけど、すぐに少し首をかしげた。
「ただし裾が少々短いかもしれません」
「セリーもそう思いますか。うーん。どうしましょうか」
裾が短いと...... お辞儀をしたらおしりが出ちゃうかな?
もう少し長いものがあるといいのだけど......
私が悩んでいると、店員が申しわけなさそうな顔をした。
「これ以上のサイズとなると、別注で作ることになりますが」
「そうですか......」
別注で作るとなると、高くなる。
ご主人様なら払うと言いそうだけど、いくらなんでも贅沢過ぎる気がする。
だけど、ベスタだけキャミソールが無いというのは差別されているようで可愛そうだ。
同じように考えているのだろう、私の横でセリーも悩んでいる。
ミリアも「うーん。です」と言って悩むポーズをしているが、たぶんこれは私達に合わせようとしているだけだろう。
私達が悩んでいると、店の奥の個室からベスタが出てきた。
採寸されたことが衝撃的だったのか、少し呆けている感じがする。
ベスタは店内を見回して私たちに気付き、こちらに歩いて来た。
「彼女が戻って来たので当ててみます」
私は店員にそう言って、採寸から戻って来たベスタにキャミソールを当ててみた。
すると、おしりが出るようなことはなかったが、裾から膝が出てしまった。
「やはり短いですか」
「さすがに短いでしょう」
「みじかい、です」
私、セリー、ミリアが短いことを残念がると、ベスタも
「そうですね」と短くつぶやいた。
すると、キャミソール選びを黙って見ていたご主人様が発言した。
「とりあえず買ってみて、どうしても困るようなら作ればいいだろう」
「そうですか? もし着れないと無駄な出費になってしまいますが」
「大丈夫だ」
ご主人様が自信満々に答えたのは気になるけど、まあ、いいって言うのだから反対する必要はないわね。
そう思っていると、店員が次の問題を言って来た。
「こちらのサイズは現在白か黒しかございませんが」
「そうですか」
白はセリーの色だから、ベスタは黒でいいかな......
褐色の肌に黒のキャミソール...... ちょっと大人っぽい気がするけど、すごく似合いそう。
「ベスタは黒でいいですか?」
「よろしいのですか?」
また質問を質問で返されてしまった。
なかなか自分の気持ちを出してくれないわね。
「大丈夫です」
私はにっこり微笑んで答えてあげると、ベスタは「ありがとうございます」と答えてあたまをさげた。
私たちは黒いキャミソールのなかから縫製のしっかりしたものを2着選んで、いつの間にかお店のカウンター付近に移動していたご主人様に持って行った。
その後、ご主人様は服の会計と兎の毛皮の買い取りを依頼すると、店員はご主人様のことを騎士団員と思っていたらしく、ちょっと驚いていた。
ふふっ。なかなか見どころのある店員ですね。
私はちょっとうれしくなって、お店を出たところで ご主人様に話しかけた。
「店員はご主人様のことを帝国騎士団員だと思っていたようですね」
「なんでだろうな」
「ご主人様を見れば当然のことです。あの店員には見所があります」
「普通の探索者は荒くれ者がほとんどです。きちんとしたマナーを守ることができるのを見れば、帝国騎士団員だと判断してもおかしくないでしょう」
「ブラヒム語、です」
ご主人様が首をかしげたので私が胸を張って答えると、セリーとミリアも続いて自分たちの意見を言った。
セリーはいつも通りしっかりとした根拠がある意見だったけど、今回はミリアの見かたにもしっくり来た。
ご主人様もミリアの意見に納得したらしく、彼女のネコミミをなでて褒めた。
確かに良い意見を言ったけど、ミリアだけ......ずるい。
私は無言でご主人様の横にピッタリと並ぶと、ご主人様は私の耳もモフってくれた。
ご主人様は私の耳をしばらくモフると、半眼でご主人様を見ていたセリーのあたまを優しくなでた。
すると、セリーはすぐに恥ずかしそうにうつむき、そのままご主人様になでられ続けた。
そんなことをしながら、私たちは防具屋に向かって歩いた。
ベスタは私たちのやり取りをじっと見ていたけど、防具屋に到着するまで結局会話には入って来なかった。
◆ ◆ ◆
ご主人様のワープでクーラタルの商人ギルドにとび、そこから歩いて防具屋に移動した。
防具屋に入るとご主人様はプレートメイルを探し、鋼鉄のプレートメイルを両手で持ち上げた。
かなり重そうだけど、ベスタはこれを着て動き回れるのだろうか?
たくさんのプレートを重ねた草摺という鎧もあったけど、ご主人様が「重いけど、ベスタは着れそうか?」と言いながらプレートメイルを彼女に渡すと、片手で軽く受け取り「そうですね。大丈夫だと思います」と答えた。
あんな重そうな鎧を片手で受け取るなんて......
私が驚くと、横でセリーとミリアが口を開いたまま言葉を失っていた。
ご主人様もちょっと顔が引きつっている。
ベスタは側面の留め具を外して鎧をひらくと、そのまま装着してからからだを左右にひねり、装着感を確かめた。
「鎧はそれでいいか?」
「はい。十分です。ありがとうございます」
ベスタは返事をすると、鎧を脱いでご主人様に返そうとした。すると、「か、買うからそのまま持っててくれ」とご主人様に言われ、「はい」と答えてそのまま片手で持っている。
重たいはずなのに、ベスタは涼しい顔をしている。
私は無理してないか心配になり、「ベスタ。先にカウンターに置いてきても良いですよ」と言ったのだけど、「いえ。たいして重くありませんので」と言われてしまった。
顔色通りで間違いないらしい。
その後、籠手売場で鋼鉄のガントレット、靴売場で鋼鉄のデミグリーヴを選んで、カウンターに持って行った。
◆ ◆ ◆
それからひと月。
ベスタはご主人様に2本目の鋼鉄の剣を買ってもらい、二刀流で戦う屈強な騎士のようになった。
迷宮では前衛で魔物をキッチリ抑えており、まちなかではご主人様の前を歩いてガード役としてのポジションを不動の物にしている。
兜を被ってないので女性とはわかるが、そうでなければ...... いや、そうであっても気軽に話しかけられない容姿となっている。
本当のベスタは見た目と違ってちょっと気弱で大人しく、心やさしい性格なので、話をしたらそのギャップに気がつくだろう。
だけど、その容姿が声をかけることをためらわせるようで、本当の彼女を知る人はほとんどいない。
変なやからに絡まれないからベスタは今の容姿は気にいっているようだけど、私は本当の彼女を知っているのでちょっとだけ気の毒に思っている。
うちに来た当初は常に遠慮がちで、ご主人様だけでなく私たちにも一線引いていたベスタだけど、ひと月たった今では自分の意見を言えるようになってきた。
私たちにもすっかり溶け込み、ご主人様を本心から慕うようにもなった。
私たちからも信頼され、完全にパーティーメンバーの1人となっている。
彼女は背が高くて目立つので、将来は「赤髪の竜騎士」なんて呼ばれるようになるかもしれないわね。