わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。
私たちのご主人様は若く、私より1つ歳上の17才。
とても強くて頼りになるし、私たちの常識では考えられないような能力をいくつも持っている。
先ず、ご主人様は複数のジョブに同時に就くことが出来、自分が取得しているジョブの中から自由につけかえることが出来る。それだけでなく、パーティーメンバーが取得しているジョブを見分けることができ、その中から自由にジョブを変更することも出来る。
パーティーメンバーでなくても、その人がいまついているジョブが分かるとのこと。
つまり、ご主人様は個人で複数のギルド神殿の能力を掛け持っていることになるのだ。
次に、魔法使いや魔道士の魔法が使えるし、一般的には知られていない、迷宮の中に直接転移する魔法や、ひとりで魔物を殲滅出来るような強力な攻撃魔法も使える。
それに剣で戦っても、魔物を吹き飛ばすほどの渾身の一撃を連発することが出来るし、目にも止まらないほど素早く動くことも出来る。
実際、迷宮内で魔物を吹き飛ばしていたし、狼人族最強の戦士と決闘したときも、素手で瞬殺していた。
それだけ強いのに、私たちの能力を引き出してくれるし、私たちを成長させてくれる。
私たちの考えを尊重してくれるし、私たちの能力を信頼してくれる。
私たちは奴隷としてご主人様に購入されたけど、世間一般的に聞く奴隷のような扱いはまったくされたことがない。
それどころか家族と考えて大事にしてくれるし、毎日美味しい食事ときれいな衣服を与えてくれ、お風呂できれいに洗ってくれる。
そして、毎晩たっぷり可愛がってくれるのだ。
ご主人様は常日頃から、「何があってもお前たちを手放すようなことはない」と言ってくれるし、いざというときは自分の命をかけてでも私たちを守ってくれる。
ご主人様は強さと優しさを兼ね備えているのだ。
それにとてもあたまが良い。
日本という遠い国の出身で、この国の常識がよくわからないらしいけど、昔の学者が研究していたような難しいことを色々と知っている。
それに、咄嗟の判断も的確で、迷宮内で10人の盗賊集団に囲まれたときは私たちに傷ひとつ付けさせずに立ち回る方法を瞬時に考え、そしてそれをミス無く実践した。
知識と知恵、それに困難な状況でも取り乱さない胆力も兼ね備えた本当にすごい人だ。
迷宮探索はこれ以上ないくらいの速さで進めており、本人は「なるべく目立ちたくないし、立身出世は望んでいない」とは言っているけど、きっと将来は迷宮討伐を成し遂げて、叙爵されて貴族になる人なんだと私は信じている。
因みにセリーたちにはまだ内緒にしているけど、3年後に私はご主人様の妻になる予定だったりする♥
今はまだ誰からも信じてもらえないだろうけど、ご主人様からプロポーズしてもらったのだから、これは間違いない事実なのだ。
ご主人様はパーティーメンバーを全員妻にするつもりなので、将来的に私は正妻として妻たちを仕切っていくつもりでいる。
ちょっと話が脱線してしまったけど、そんなご主人様にはひとつの趣味がある。
それは様々なジョブに就き、その取得条件を解明することだ。
ご主人様はパーティーを強くするため、メンバーのジョブ構成をどうするか試行錯誤していた。
元々はその為に多くのジョブを経験していたし、私たちにも多くのジョブを取得させていたのだけど、いつしか皆に新しいジョブを取得させること自体が楽しくなったようで、新しくジョブの取得条件が判明すると、私たち全員に挑戦させて、取得させたりその条件を達成させることを目標にするようになった。
そして少し前、私たちは暗殺者のジョブ取得に挑戦したのだ。
どうやら暗殺者のジョブを取得するには、毒針で魔物を毒状態にして倒すことと、戦士の経験を積むことの2つの条件が必要らしい。
ご主人様はこの条件に気がつくと、早速いつものようにメンバー全員に毒針で魔物を攻撃させ、条件のひとつを達成させた。
そして、このパーティーには暗殺者が必要と考え、ミリアを暗殺者にするべく育成を始めたのだ。
前置きが長くなってしまったけど、これからミリアが暗殺者になり、迷宮探索で活躍するようになるまでの経緯を話そうと思う。
◆ ◆ ◆
ベスタが仲間になる少し前の話。
私は騎士のジョブを取得するため戦士としての経験を積んでいた。
そして、経験が十分積み上がり私が騎士のジョブを取得したとき、同時に暗殺者のジョブも取得していることにご主人様は気がついた。
その時、ご主人様はすごく驚いて、思わず「ロクサーヌ、恐ろしい子」って呟いた。
私はご主人様にいきなり「恐ろしい子」って言われたことに驚いたけど、その時はご主人様に誤魔化されてしまったので、理由を確認することはなかった。
しかし、家に帰って私を騎士にしたり、村長にしたりする実験をしているときに、ご主人様がセリーに暗殺者のジョブについて尋ねた。
すると、セリーが暗殺者は毒に関係するジョブだと説明したので、私は自分が騎士のジョブ取得と並行して暗殺者のジョブも取得していた、だからご主人様は驚いて「恐ろしい子」って言葉が出てしまったということに気がついた。
暗殺者なんて恐ろしいジョブには就きたくない。
下手に自分が暗殺者だと知られたら、それこそ捕まりかねないからだ。
だから私はまったく興味がなかったし、なりたくないと考えていたけど、ご主人様は暗殺者のスキルにすごく興味を引かれたようで、翌日にはジョブ取得条件として当りをつけた“毒針を投げて魔物を毒化する”実験を、私を除く皆に行なわせた。
また、その後に仲間になったベスタにも、毒針を使って魔物を毒化する実験をさせていた。
どうやらご主人様は、パーティーメンバーの誰かを暗殺者にしたいようだ。
◆ ◆ ◆
ベスタが加入して2週間ほど経ち彼女が竜騎士となった2日後、ご主人様がサンゴのモンスターカードを手に入れた。
すると、それまではご主人様がひとりで装備品の強化を考えていたのだけど、この時はどの武器に石化のスキルをつけるのが良いか皆の意見を聞きたいと言いだした。
その時に、「石化のスキルはベスタの剣につけるべき」という意見も出ていたけど、最終的に石化をつけた武器はミリアに使わせたいというご主人様の方針により、サンゴのモンスターカードは片手剣に融合することになった。
どうやらご主人様は、将来的にはミリアを暗殺者にするつもりらしい。
このとき、片手剣はミリアが使っていたレイピアと私が使っていたエストック。その他予備として倉庫に保管しているシミターやダガーがあった。
当然スキルはなるべく良い武器につけるべきなので、エストックにつけてミリアに持たせ、代わりに私の武器がレイピアになるものだと思っていた。
しかし、何故かご主人様はどの剣に石化のスキルをつけるか悩みだした。
ご主人様が何を悩んでいるのかよくわからなかったけど、なんとなく使う剣のランクが下がる私に気を使って悩んでいるような気がしたので、私はご主人様にエストックを差し出した。
「よく分かりませんが、そういうことでしたら石化のスキルはエストックにつけるべきでしょう。スキルはなるべくよい武器につけた方が効果的です」
「悪いな」
「いえ。問題ありません」
私からエストックを受け取ると、ご主人様は申し訳なさそうな顔をしていたので、私は にっこり微笑んで返事をした。
その後、セリーがモンスターカードの融合を行い硬直のエストックが出来上がると、何故かご主人様は私にエストックを差し出した。
「では、この剣は最初はロクサーヌが持て。ミリアはしばらく見学な」
「よろしいのですか?」
「はい、です」
「ありがとうございます」
私はお礼を言ってエストックを受け取った。
ミリアを見学させる意味がわからなかったけど、私は“言い間違いかな?”と思ってたいして気にせず、迷宮探索の準備をした。
◆ ◆ ◆
迷宮探索をはじめると、ご主人様はセリーとミリアに位置を替わるよう指示した。
あれ?言い間違いじゃなかった?
私が理由を聞こうとすると、セリーが先にミリアを後ろに下げて見学させる意味を確認した。
するとご主人様は「たまには後ろから広い視点で戦闘を見ることも大切だろう」と言って、更に「ミリア、槍を使えるか?」と話をうやむやにさせながらアイテムボックスから聖槍を取り出して渡した。
ご主人様はあきらかに何かを誤魔化していたけど、教えてくれないようだったので、セリーは訝しそうな顔をしながらも曖昧にうなずいてそれ以上の追及を諦めた。
すると、ミリアが「えっ?」と困惑しだしてみるみる顔色が悪くなり、私に話しかけてきた。
『お姉ちゃん。急にからだの力が抜けちゃったみたい。どうしよう』
わざわざ後列に下げ、本人は力が抜けたと言っている。
これって......ジョブを替えたってこと?
私はそう思いながらも確信出来なかったので、こっそりセリーに確認した。
「セリー。ご主人様はミリアのジョブを替えたと思うのですが、あなたはどう思いますか?」
「そうですね。硬直のエストックをミリアに使わせると言っていたので、ご主人様は将来的に彼女を暗殺者にするつもりなのでしょう。
ですので、たぶん彼女を戦士にしたのではないでしょうか」
「あなたもそう思いますか。ミリアが不安がっているので、私から伝えておきますね。それにしてもご主人様は誰にもバレていないおつもりなのでしょうか......」
私はセリーと同じようにご主人様を見つめたけど、目を合わせないようにしているようなので、無理に何をしたのか確認することはやめて、ミリアに状況を話しておくことにした。
『ミリア。ご主人様はあなたのジョブを戦士に変えたみたいです。力が抜けたのはその為です。
しばらくすれば慣れるでしょうから、今は黙って指示に従いなさい』
「えっと......」
私が状況を伝えると、ミリアは動揺しながらも状況を理解しようとし始めた。
ミリアはパーティーに加入してからまだ2ヶ月も経っていない。でも、毎日迷宮探索を行い、自分が日に日に強くなっていることは感じていたはず。
だからこそジョブ変更に伴う力の喪失にいち早く気づいたのだろう。
彼女にはご主人様が私たちのジョブを変更出来ることを教えていたし、実際に私がジョブを戦士に変更して頂いたところを見ていた。
だけれど、彼女自身は強くなった状態からジョブを変更したことがなかったので、体の力が抜けた理由がすぐに浮かばずに焦ったのだろう。
ミリアは私の話を聞いて少し考えてから、「はい。です」と返事した。
一応納得したようだ。
その後はご主人様の指示で、魔物を探して狩りをした。
すると、4回目の群れと戦っているときに私が斬りつけたハットバットが床に落ちた。
そのとき魔物は3匹で、左右にラブシュラブ、真ん中にハットバットという配置、こちらは左にベスタ、右にセリー、真ん中に私、後列にご主人様とミリアという配置だった。
エストックでハットバットを斬りつけると、空中で一瞬固まり床にボトッと落ちた。
私は驚いて「あっ!」と声をあげると、ご主人様の隣で観戦していたミリアが床に転がった魔物に気づき、「落ちた、です」とご主人様に報告した。
私は石化した魔物を見たことがなかったので、ハットバットが石化しているのか確信できなかったけど、動かない魔物より動いている魔物を優先したほうが良いので、床に転がった魔物は無視してセリーが相手にしていたラブシュラブに斬りつけた。
私はセリーと入れ替わって魔物を引き付けると、彼女は少しさがって私とベスタのあいだ、魔物の牽制と詠唱を中断出来る場所に位置取った。
私たちのパーティーにとってはもう万全の態勢である。
その後はご主人様がセリーに石化した魔物の状態について確認しながらファイヤーストームを連発し、ラブシュラブ二匹を焼き尽くした。
戦闘が終わると床に石化したハットバットが転がっていた。
ご主人様は試しにブリーズボールを一発撃ち込んだけど、まったく動かないので私たちのほうを向いて肩をすくめた。
ご主人様は困惑しているようだけど、私も初めての経験でわけがわからないので、セリーに聞いてみた。
困ったときは彼女に聞くのが一番だ。
「石化するとこんな風になるんですね」
「麻痺と違って石化してしまえば自然に回復することはないそうです」
「白い、です」
「そうなんですか」
ミリアとベスタも石化した魔物ははじめて見たようで、話しながらも槍や剣先でつついて感触を確かめている。
ご主人様もデュランダルをだして突きながら話に加わった。
「石化したら、無視して良いということか。
ところでミリア。白いって何だ?」
「白くなった。です」
「色が変わったってことか。わかるのか?俺にはわからんが」
「はい。です」
さすがミリアね。
彼女は魔物の毒状態も色の違いで見分けられる。
しかも一瞬で。
石化も同じで色の変化で見分けがつくってことね。
「わかった。じゃあミリアは魔物が石化したら報告してくれ」
「はい。です」
ご主人様はミリアに石化の判定を任せると、再度ハットバットにブリーズボールを撃ち込んで煙に変えた。
「ロクサーヌ、もう一匹ぐらいいってみるか」
「いえ。私なら十分です。ありがとうございました」
ご主人様はハットバットを始末すると、私に聞いてきた。しかし、私はご主人様の騎士だし、次にジョブを変更するなら巫女になりたいと思っている。
ご主人様には申し訳ないけど、間違っても暗殺者にはなりたくないので、私は返事をしながら硬直のエストックを差し出した。
ご主人様は少し考えると、私からエストックは受けとらずに、セリーに硬直のエストックを使うことを促した。
しかし、「片手剣を使ったことがありません」と拒否されると、「じゃ、やっぱりロクサーヌだ。石化する率はあまりよくないようだが、確認のためだ」と言い出した。
ご主人様はまだミリアを前衛に出したくないようなので、私は気を利かせて「えっと。実験ですか?」と聞いてみると、ちょっとホッとしたように「そうだ」と返事をした。
私は心のなかで“ふふっ”と微笑みながら、「分かりました」と短く返事をして、すぐに魔物を探した。
ご主人様をちょっと可愛いって思ってしまったことは内緒にしておこう。
それから2時間ほど魔物を探して狩りを続けている。
なかなか魔物は石化しなかったけど、ハットバットとラブシュラブが1匹ずつの群れと戦っていると、ついに2度目の石化が発動した。
石化したのは今度もハットバットだった。
ハットバットが石化して床に転がったので、私はベスタが抑えていたラブシュラブの後ろに回り込んで斬りつけた。
セリーとミリアも左右に分かれては遠目から槍で突いている。
ご主人様はファイヤーストームを放ってラブシュラブを攻撃すると、先にハットバットが煙になった。
その後、ご主人様はラブシュラブもファイヤーボールで仕留めた。
戦闘が終わると、ご主人様とセリーが状態異常付与のついた武器は誰が装備すべきか?どの魔物を石化のターゲットにしたら良いか?という議論をはじめた。
特に戦う相手の選択について、群れの組み合わせごとにターゲットをどの魔物にして、魔法は何を使えば良いのかという話になると、セリーでさえ「難しいですね」と悩みだした。
当然私やベスタには話が難し過ぎて理解しきれず、ミリアにいたってはブラヒム語自体が理解しきれないため2人をポカンと見ている状態だ。
すると、さすがにマズイと思ったのか、ご主人様は「例えば、ラブシュラブが二匹とハットバットが一匹出てきた場合......」という感じに具体例をあげて私たちに説明してくれた。
そして、同時通訳している私がミリアに理解させることに苦心していることに気づくと、彼女が理解したことを確認しながら丁寧に説明してくれた。
私たちが魔物を石化させることについて概ね理解すると、ご主人様は改めて今後の方針を説明した。
「エストックはミリアに使わせる方針なのは変わらない。だが、ミリアがどの魔物を相手にするのか。そこら辺はうまく前衛陣で対応してくれ。相手のあることだからいつも選べるとは限らないしな」
「そうですね、分かりました」
「やる、です」
「大丈夫だと思います」
私たち前衛3人が返事をすると、ご主人様は「じゃあ方針も決まった。次はミリアにも戦ってもらう。では、その剣はミリアに」と言ったので、私は硬直のエストックを渡して代わりに聖槍を受け取った。
『ミリア。石化武器ですので、なるべく多く刃を当てるようにしてください。強く斬りつけることはありません。それから魔物が石化したら、その魔物は放置して別の魔物を攻撃すること。わかりましたか?』
「はい。です」
私がミリアに石化武器の使い方を説明すると、彼女は元気よく返事をしながらうなずいた。
「ご主人様。ミリアには私が感じた石化武器を使うときの注意点を伝えました。彼女のフォローは私がしますので、前衛はお任せください」
「ありがとう。よろしく頼むな」
私は聖槍をご主人様に渡して代わりにレイピアを受け取ると、彼は聖槍をアイテムボックスにしまった。
パーティーにベスタが加わったけど前衛だったので、残念ながら聖槍の出番はないようだ。
ご主人様が少し寂しそうに聖槍を見ていたけど、こればかりは仕方がないので、そっとしておいた。
それからしばらく魔物を探して狩り続けると、戦闘中に突然ミリアが「やった、です」と叫んだ。
ハットバットの体当たりをかわしながら横目でミリアの方を見るとフライトラップが動かなくなっていた。
ミリアはフライトラップの奥を回り込み、私が相手をしていたハットバット二匹のうちの一匹を引き取った。
石化武器の注意点をちゃんと理解していたことに少しホッとしたことは内緒にしておこう。
◆ ◆ ◆
その後、昼休憩までにミリアは一度魔物の攻撃を受けたけど、ご主人様の手当て1回だけで回復した。
代わりに石化は3、4回の戦闘に1回は発動している。
ミリアはまだ戦士のはずなのにこれだけ発動するということは、ご主人様の見立て通り彼女には暗殺者の適性があるということなのでしょうね。
それに、その場の感覚で自由に動く彼女には、暗殺者というジョブは天職かも知れないわね。
そんなことを考えながら休憩を終え、午後の探索に取り掛かる。そして何度か戦うと、急にセリーが魔法の使用回数がおかしいと言い出した。
私は魔物を引き付けて攻撃をかわすことが役割なのであまり気にしてなかったのだけど、セリーは戦況を監視してパーティーの動きをコントロールすることが役割なので、魔法の使用回数を気にしていたようだ。
ご主人様はセリーと少し話したあと、私、ミリア、ベスタの3人にいま起こったことを説明してくれた。
「武器で攻撃するときに強い攻撃が出来るときがあるだろう。それと同じで魔法も強く発動することがあるということだ。
これからもこういうことは起こる。だから魔物が倒れるまでは気を抜くなよ」
「そんなことまでおできになるのですね。さすがご主人様です」
「魔法が強く発動するということは聞いたことがありませんが......でも、確かにあり得ないとも言えませんけど......」
私は素直にご主人様を称賛したけど、セリーは自分の中の常識では判断出来ず、どうやら思考の海に沈んだようだ。
後で教えていただいたところ、このときご主人様は博徒という新しいジョブを獲得したので、こっそり状態異常耐性ダウンというスキルを実験していたらしく、そのせいで魔物が石化しやすかったり、攻撃や魔法の威力が増したりしていたとのこと。
ただ、この時はハッキリしていなかったので、上記のような説明になったそうだ。
「残念ながら、まだうまくコントロールはできないがな」
「いえ。さすがです」
「すごい、です」
「そうなんですか?すごいと思います」
ミリアとベスタは私と同じで素直にご主人様を称賛しているわね。
セリーはなかなか魔法が強く発動することを認めなかったけど、更に何組目かの魔物の団体を倒したあと、ようやく「今のはいつもより魔法を撃つ回数が少なかったです」と言って、ご主人様の発言を認めた。
すると、ご主人様は実験すると言い出した。なんでも今の効果を大きくする実験らしい。
私は意味がわからず困惑していると、次の戦闘でフライトラップが石化した。
他の魔物を全部倒した後でご主人様に「えっと。よかったのでしょうか?」と聞いてみると、「もちろん。危険がそれだけ減ったのだから、歓迎だ」と言われた。
ご主人様はフライトラップを石化させたミリアを褒めると、デュランダルで魔物を斬りつけた。そして3回目の攻撃で煙に変えた。
「すごいです。さすがご主人様です」
「石化すると物理攻撃が効きにくくなるはずですが。確かにすごいです」
「さすが、です」
「あっさり倒すなんてすごいです」
私たち4人は素直に称賛したけれど、ご主人様は何か納得行かないようで少し考え込み、そして「次は魔法を見るか...... ロクサーヌ。悪いが魔物を探してくれ」と言ってきた。
私は匂いを嗅いで、次の魔物の群れに案内すると、今度は火魔法7発だけでラブシュラブ3匹とフライトラップ2匹を倒した。
その次はハットバット1匹だけだったので、ブリーズボール三発だけで倒した。
「もう何と言っていいか。本当に素晴らしいです。さすがご主人様です」
「これは、本当にすごいです」
「さすが、です」
「今のはすごかったです」
私たち4人は再度素直に称賛したけれど、ご主人様はまた何かを考え込み、そして「魔法の威力を強くすることは確認できたので、実験はここまでにする。また元に戻す。いつもこんな風になるわけではない」と実験の終了を宣言した。
◆ ◆ ◆
それから数日経った。
私たちはハルバーの迷宮20階層とクーラタルの迷宮20階層のボスを撃破して、どちらも21階層を攻略していた。
朝食後、ハルバーの迷宮21階層の探索を開始すると、魔物の殲滅時間がすごく早くなっていた。
体感時間で急に半分になったのだ。
私は驚いてご主人様を見ると、ドヤ顔になっていた。
「今回はちょっとした実験を行ってみたが、分かるか」
「はい。戦闘時間が圧倒的に短くなりました」
「火の粉の舞い方が今までよりも派手でした。魔法......いや、魔法の使い方でも変えられたのでしょうか」
私に続いてセリーも感想を言うと、ご主人様はニヤリと笑った。
「まあそんなところか。簡単に言ってしまえば、火魔法を連続で放つことができるようになった。そのための実験だ。テストはまだ少し続けるが、これからはこちらの使い方がメインになる」
「そんなことまでできるようになられるのですね。さすがご主人様です」
「いえ、あの、普通は無理だと思いますが。そうでもないのでしょうか......」
私は素直に称賛したけど、セリーはすごく困惑しているみたい。
あたまではご主人様には常識が通じないことがわかっていても、どうしても今までの知識や経験が目の前の現実の受け入れを拒否してしまうみたい。
「すごい、です」
「そんなことまでおできになられるのですね」
ミリアとベスタはいつも通り素直ね。
「無詠唱なので、ひょっとしたらそのおかげで魔法を連続で使うことができるのかもしれません」
あっ、そういうことか。
そうだった。スキルや魔法は声が重ならないように唱えないとちゃんと発動しなかったわね。
さすがはセリー。目の付け所が違うわね。
私がセリーに感心していると、何故かご主人様が疑問顔になった。
「まあ詠唱がない分、早くは撃てるか」
「いえ。そういうことではなくて……」
えっ?ご主人様は何を言っているの?
私と同様にセリーもご主人様の返答に困惑しているようだ。
私がチラッとセリーを見ると、彼女も私に視線を向けていた。
探索者からすれば常識的なことだし、どう話せば良いのか彼女も戸惑っているようね。
私たちが戸惑っていると、雰囲気を察したご主人様が「違うのか?」と疑問を投げかけてきたので、先ずは私から説明しようと思って口を開いた。
「えっと。普通、パーティーではスキルや魔法を使うときは声をかけあってから使います」
「私たちのパーティーで魔法やスキルを使うのはご主人様だけなのでいいのですが、複数の人が同時に詠唱を行うと詠唱がうまくいきません。詠唱共鳴と言われています」
私が説明すると、すかさずセリーが補足してくれた。
「そうなのか。知ってた?」
ご主人様はちょっと驚いていたけど、すぐに納得したようだ。そして、常識的に知られていることなのか会話に参加していなかったミリアとベスタに確認した。
「知ってる、です」
「私も聞いたことがあるような気がします」
ご主人様はミリアとベスタも知っていることを確認すると、セリーの方を向いた。どうやら詳しく説明してほしいようだ。
セリーもそれを理解しているので、すぐに話し始めた。
因みにミリアはドヤ顔で胸を張っているので、後で注意しておこう。
「詠唱共鳴があるので、複数のパーティーが協同して迷宮を探索することは基本的にありません。一つのパーティーに魔法使いが複数入ることもあまりありません。交代で魔法を放ったりすることはあるようですが」
「なるほど。さすがセリーだ」
「迷宮に入る者なら常識中の常識です」
「そ、そうか。普通は詠唱が邪魔をして魔法を連続では撃てないが、俺なら関係ないと」
ご主人様が正確に理解したことを伝えると、セリーはコクリとうなずいた。
ちょっと目が冷たくなっているようだけど、まあ、それは仕方がないわね。
「さすがご主人様です」
私がこの場の空気を温めるためもう一度ご主人様を褒め称えると、ご主人様は目配せで”ありがとう“と返事をしてくれた。
「まだ実験段階だがな。もう少しテストを続ける」
「かしこまりました。その先を右に行くとロートルトロールが2匹います。そちらに進みますね」
「ああ。頼む」
ご主人様の承諾を得たので私は次の魔物に向けてパーティーを先導した。
◆ ◆ ◆
その後、何度か魔物と戦い、ご主人様は魔法の組み合わせを試行錯誤していた。
初めは同じ系統の全体攻撃魔法を連続で使っていたみたいだけど、途中から水魔法と火魔法や、風魔法と火魔法など、系統の違う魔法を連続使用していたので、魔法に詳しくない私でもご主人様が魔法を連続使用していることがわかった。
まあ、ご主人様は連続と言ったけど、ほとんど重ねて使っているみたいだけど。
そしてしばらく実験すると、ご主人様は魔物が1匹のときにブリーズボールファイヤーボールを重ねて使った。
「単体攻撃魔法も連続でお使いできるのですね」
「ああ。だが、詠唱共鳴は防げても組み合わせによっては十分な威力が出ないみたいだ」
「いえ。魔法を重ねるなんて普通は出来ないことです。さすがはご主人様です」
「はははは。まあ、いろいろ面倒で大変だがな」
ご主人様はそう言いながらも手応えを感じているようだったけど、次の戦闘のときに問題がおきた。
魔物との戦闘中に、ミリアが「やった、です」と宣言した。彼女がロートルトロールを石化したのだ。
石化させることは悪いことではないけれど、今は魔法の実験をしているので、困るのだろう。
ご主人様は少し足を止めて考えていたようだけど、すぐに考えを中断して私たちに「実験は気にせずいつも通り戦ってくれ」と言ってきた。
「よろしいのですか?」
「ああ。魔法が強くなるのはランダムだし、石化もランダムに発動する。パターンで考えるのは難しいからなるべく多く戦って経験を積みたい」
「かしこまりました」
ご主人様にいつも通りに戦って良いと言われたので、私は魔物の組み合わせなどには関係なく、どんどん近くにいる群れに案内した。
そして、3回目の群れを倒したあと、偶然にも21階層の待機部屋のような場所を見つけてしまった。
◆ ◆ ◆
「ご主人様。ここって......」
「待機部屋か?」
「そうですね。間違いないと思います」
「さて、どうするか......」
ご主人様は少し考え、ボスを倒して22階層にあがると宣言した。
ボス部屋に入ると中央に煙が集まり、ロートルトロールとロールトロールが出現した。
そして、魔物に向かって駆け出すと、セリーから指示が飛んだ。
「ベスタ、ロートルトロールを抑えてください。他のみんなはボスを。あとはご主人様に任せましょう」
戦闘が始まると、ご主人様はベスタが抑えたロートルトロールに斬りかかり、1分経たずに切り捨てた。
そしてロールトロールの囲みに加わると、こちらも2分ほどで切り捨てた。
21階層のボス戦なのにたった3分で戦闘が終了した。
さすがはご主人様。圧倒的な強さだ。
ボス戦は普通のパーティーにとっては死力を尽くす戦いとなるはずだけど、ご主人様が突出して強い私たちパーティーでは魔物の数が少ないので安全に戦える。
しかも、ご主人様が一番戦っているのに、戦闘が終了すると必ず私たちを心配してくれるのだ。
ほんと、私はこのご主人様に出会えて幸せである。
ご主人様を見ながらそんなことを考えていると、彼はセリーに22階層の魔物を確認していた。
そして、ミリアとベスタがドロップアイテムを回収してきたので、「では、22階層に行く。ミリア、マーブリームを狩って今日は魚料理にしよう」と宣言して、奥の扉に向かって歩き始めた。
「魚です。殺る。です!」
ミリアの気合が入ったことは言うまでもないだろう。
その後その日はハルバーの迷宮22階層をしばらく探索して白身を手に入れ、帝都の服屋に寄って帰宅した。
22階層にあがってもミリアは何度か魔物を石化させており、石化させたらさっさと次の魔物に向かう戦闘スタイルは、やはり自由に動きたい彼女の性格に合っている。
やはりご主人様の考え通り、彼女を暗殺者にするのがパーティーにも、彼女自身にとっても良いのだろう。
◆ ◆ ◆
翌日、朝食後に商人ギルドに行き、ヤギのモンスターカードを手に入れた。
その際にルーク氏から魔法使いに有効なスキルがついた武器の取引を持ちかけられ、いつの間にかご主人様が魔法を使うときにメインで使用しているヒモロギのロッドを売ることになってしまった。
私はちょっと心配だったけど、セリーが何も言わないので、たぶん大丈夫なんだろう。
そのあと商人ギルドを出たときにこっそりセリーに聞いたところ、“ひもろぎのロッドは相場に少し色をつけたくらいの値段で売却。それに加えてコボルトのモンスターカードを付けろ”という話だったので、売却なら詐欺行為をはたらくのは難しいこと、ヤギとコボルトのモンスターカードがあれば装備品に知力2倍のスキルは付けられることを考えて、さっきは反対しなかったとのことだった。
そのあと防具屋に移動し、店に入ると店主が揉み手をしながら近寄ってきた。
帝都の服屋の店員ほどではないけど、この店主もご主人様に何かと高い防具を買わせようとするので注意が必要だ。
ご主人様は店主に軽く挨拶すると、何故かアクセサリーが並んでいる棚の前に移動した。
そして、セリーに「イアリングを俺が着けても問題ないか?」と尋ねた。
「もちろん。問題はありませんが?」
セリーが小首をかしげると、ご主人様は「や、やはりいいアクセサリーの方が防御力が大きいか」と何故か焦りだした。
「アクセサリーは主に魔法に対する防御を上げてくれます。よい装備品の方がもちろん防御力も大きいでしょう」
セリーが答えると、ご主人様は「今日は俺用のアクセサリーを買いたい。悪いが選ぶのを手伝ってくれ」と言って私たちの方をチラチラ確認しながらアクセサリーを物色しだした。
私はご主人様が何を気にしているのか少し不思議だったけど、すぐに目の前のネックレスや指輪に意識を奪われてしまい、ご主人様が着けたところを想像しながら似合いそうな物を選びはじめた。
私はチェーン付きのブレスレットを手に取って、「これなんかキラキラしてていいですね」と3人に見せると、
「そうですね。でも、このチェーンはダメですね。戦闘時に邪魔にならない物じゃないと......」とセリーに却下されてしまった。
次に大きな宝石付きの指輪を選ぶと、「きれい、です」「それは可愛いと思います」とミリアとベスタは同意したけれど、「それではグローブが着けられません」とセリーにまた却下されてしまった。
私はご主人様に似合いそうな物を選ぼうとしていたけど、装備品としてのアクセサリーなんだから、セリーがいう通り探索中に邪魔にならないことも考えないとイケナイわね。
私たち4人はワイワイしながらアクセサリーを選んでいたけれど、なかなか決まらなかった。
すると、私たちのやり取りを見かねたご主人様から「これなんてどうだ」とブレスレットを見せられた。
「うーん。そうですねえ」
豪華だけど女性が着けるような感じでちょっとご主人様には似合わない気がしたので、顎に手をあてて考える。すると、「じゃあこっちは?」と別のブレスレットを見せてきた。
そちらの方は宝石は付いてないけど銀細工のキレイな物だったので、「それは悪くないかもしれません」と言うと、ご主人様はうなずいた。
「じゃあひとつはこのブレスレットを。あと、普段使いとしてこのイヤリングも買おうと思う」
「よろしいと思います」
私が返事をすると、ご主人様はブレスレットとイヤリングをカウンターに持って行き、店主を呼んで購入した。
◆ ◆ ◆
それからご主人様はセリーが作った装備品を売却するためカウンターに並べだすと、すかさず店主が状態を確認して買取金額を提示した。
ご主人様が買取金額に同意して代金を受け取ると、店主は顔のニヤつきを抑え、少し真剣そうな顔になった。
「以前そこの女性を専属鍛冶師にしたいとお話ししましたが、本格的に考えてくれませんか」
「は?考えるとはどういうことだ?
セリーは公私ともに俺の専属だから手放さないということは伝えたはずだが」
「確かに聞いております。しかし、これほどの腕なら是非とも彼女を譲って頂きたい。そうですな、白金貨2枚。200万ナール出します」
「断る」
「なっ!即答ですか。では、思いきって250万ナールでは」
「断る。金の問題ではない」
「で、では300万ナール出します。鍛冶師とはいえ、破格の条件です。さすがにこれなら文句はないでしょう!」
この店主、なに逆ギレしているの?
彼女の作る防具の質を見て300万ナール出しても儲かるって思っていることが丸わかりなんですけど。
なにがなんでもセリーが欲しいようだけど、金さえ積めばご主人様が私たちを手放すとでも思っているのかしら。
それともご主人様は一見気弱そうに見えるから、ちょっと威圧的に迫れば押しきれるとでも思っているの?
まったく、ご主人様のことをバカにし過ぎね。
それに、ご主人様から私たちを引き離そうだなんて、とんでもない奴だわ!
そう思いながら見ていると、ご主人様はあきれ顔になり、「話を聞いているのか? いくら金を積まれても駄目だ」と、改めて拒否した。
「そうですか。どうしても譲っては頂けませんか......
では、専属契約で通って頂くというのは如何ですか。
もちろん契約金額は弾みます。とりあえず最初は1年契約で、契約金額は......100万ナールではどうでしょうか?」
「断る」
「これでもダメですか。で、では契約金はそのままで、出勤は1日おきでは。これならどうです。こんな破格の条件、普通あり得ないですよ!」
この店主。しつこいわね。
ご主人様は何度も断っているのに、まったく諦めない。
そのせいでセリーがどんどん不安になってるみたい。ご主人様の袖を摘む指に力が入っているわね。
そろそろ物理的に懲らしめないとダメじゃないかしら。
私はそう考えてレイピアの柄に手をかけたけど、抜き放つ前にご主人様が返事をした。
フッ。店主、命拾いしたわね。
「悪いがそれでも駄目だな。前にも言ったが彼女は公私ともに俺の専属だから片時も離したくない」
ご主人様はそう答えると、セリーの腕を引いて抱き寄せ、優しく頭を撫でた。
セリーは一瞬驚いたようだけど、すぐに耳が真っ赤になって目がトロンとなり、自らご主人様の胸に頭を押し付けた。
「さっきも言ったが金の問題じゃないんだ。わかるだろう?
それに色々と付き合いもあるのでな。あんまり無茶を言われると、この店には足が向かなくなるかも知れないが...」
ご主人様がわざと店主にセリーとの仲を見せつけ、そして軽く脅し返した。
「そ、それは!...... はぁ......」
店主は一瞬焦り、そのあと深く溜息をついた。
「分かりました。そういうことなら仕方がありません。
今日のところは諦めますが、もし気が変わったら、その時は是非お願いします」
「そんなことは無いから諦めてくれ。それから、この話は二度とするな。店主、これは警告だ。わかったな」
ご主人様は今度はしっかりと店主を脅すと、あたふたしている店主は放置して私たちを連れてさっさと店を出た。
その後、迷宮に入るためひとまず冒険者ギルドに向かって歩き出すと、セリーがご主人様に話しかけた。
「ご主人様。ありがとうございました」
「ん?何のことだ?」
「専属鍛冶師のことです」
「ああ。断ったのは俺のワガママだから気にするな。だいたいセリーが白金貨3枚なんて、バカにし過ぎだ。交渉したいなら白金貨1万枚くらい用意してから話に来いっていうんだ」
「わ、私にそんな価値は」
「俺にとってはそれくらい価値がある。って、そういうことじゃないな。
つまりだ.......」
そこまで話すとご主人様は立ち止まり、真剣な表情になった。
「俺はセリーを手放すつもりはないということだ。
もちろん、ロクサーヌ、ミリア、ベスタもだ。
みんなには悪いが、俺が死なない限りずっとそばにいてもらうつもりだからな」
「はい。ありがとうございます。私もそうして頂きたいです。ずっとそばにおいてください」
セリーは目に大粒の涙を浮かべながら答えると、ご主人様の右腕に絡みついた。
因みに左腕は私の指定位置だったりする。
「ああ。これからもよろしく頼む」
ご主人様はセリーに返事をすると私の方を向いたので、
「もちろん私もそのつもりです。ご主人様は死なせませんから、一生そばにおいてもらいますからね」と答えてウインクした。
「ああ。ロクサーヌ。よろしく頼むな」
すると、背中の方から「一緒。です」というミリアの声が聞こえた。
ご主人様は首を少しだけ捻り、背中越しに「ミリアも頼むな」と返事をした。
最後に前を歩くベスタが振り返って、「わ、私も良いのですか?その、よろしくお願いします」とご主人様に言って頭をさげた。
ご主人様が「当然ベスタもだ。よろしく頼むな」と返事をすると、彼女も嬉しそうに涙を流した。
「ベスタ。涙を拭いてしっかり先導してください」
「はいっ!」
私が声をかけると、彼女は返事をしながらサッと振り返り、再び先導を始めた。
「ふふっ。セリー。良かったですね」
私は歩きながら小声でセリーにささやくと、彼女は消え入りそうな声で「はい」と小さく返事をした。
彼女は耳を真っ赤にさせているので、そうとう恥ずかしいようね。
まあ、往来のど真ん中だし、周りから見られているから当然なのかも知れないけど、すごく頑張っているみたい。
ご主人様はちょっと歩きづらそうだけど、今は頑張ってもらおう。
だって、ご主人様が素敵過ぎるのがイケナイのだから♥
その後、ご主人様は私とセリーに挟まれたまま黙って冒険者ギルドまで歩き続けた。
すると後日、クーラタルの街に新しい噂が流れだした。
なんでも“真っ昼間から美少女に囲まれて、お前たちを一生離さない!と叫んでいる好色冒険者がいた”とか、“公衆の面前でお前は一生解放しないと言って少女奴隷を泣かせていた鬼畜冒険者がいた”とか、“美少女たちは美人局だ。きっとあの冒険者は彼女たちに集られて根こそぎ金目のものをむしり取られる”とか、“いや、あの冒険者は色魔に違いない。美少女たちは性奴隷にされて可哀想に毎晩イヤらしいことをされているんだ”とか。
はぁ。相変わらずこの街の住人は、微妙に真実が混じっていて否定しづらい噂を流す。
これ以上尾ひれがついた噂が広がらないように、しばらくは金物屋のおばさんに見つからないようにしないといけないわね。
◆ ◆ ◆
冒険者ギルドに着くと、ご主人様は一度カウンターでドロップアイテムを売却し、それから壁にワープゲートを開いた。
そして私たちはゲートをくぐり、ハルバーの迷宮22階層に入った。
「夕方少し実験をするつもりだが、今日はなるべく多く魔物と戦って経験を積みたい。数や組合せにはこだわらないから、どんどん魔物に案内してくれ」
「かしこまりました」
私はご主人様の要望通りに魔物の群れを探して案内し、夕方まで探索を続けた。
夕方になり実験を始めると、ご主人様の魔法が弱くなったり強い攻撃が出せたり、いきなりミリアの石化が発動したり、尾頭付きがドロップしたりした。
ご主人様はクリティカルの発生やスキルの重ねがけについて色々試したとのこと。
但し、尾頭付きだけは偶然らしい。
ご主人様は2度魔物の群れを殲滅すると、少し考えてから「クーラタルの迷宮に移動する」と言いだした。
セリーが「何か分かったのでしょうか?」と聞いたけど、「いや。まだわからないから弱い魔物で試してみる」と言ってワープゲートを開いた。
そして、ワープゲートをくぐってから場所を聞くと、クーラタルの迷宮11階層だった。
ご主人様にとっては11階層の魔物はもう弱い魔物扱いなのでしょうか?
そんなことを考えながらも私は匂いを嗅いで、魔物の群れまでパーティーを案内した。
11階層ではご主人様は魔法は使わず、積極的に前に出てデュランダルで斬りかかった。
そして、魔物の半数を一撃で、残りの半数も二撃目で倒してしまった。
私たちはご主人様が圧倒的に強いことは知っているけど、11階層の魔物が目の前でサクサク倒されていくことには心底驚いた。
さすがは私の愛するご主人様。もう、見ているだけで変な気分になってしまいそうだ。
11階層の魔物の群れは最大4匹だけど、ご主人様は1、2分で殲滅してしまうので、私はご主人様に待たせないように必死に群れを探した。
だけど、案内する時間よりも明らかに殲滅する時間が短いので、申し訳なくなってしまった。
でも、そんな時間はすぐに終わった。
ご主人様は4度魔物の群れを倒すと、「だいたいわかったから実験は終了する」と言ってワープゲートを開いた。
セリーはご主人様に実験結果を聞きたそうにしていたけど、その目の前をミリアが駆け抜け、「今日はサカナ!サカナ!サカナ!です」と言いながらワープゲートに飛び込んだ。
「あっ!ミリア!」
私は彼女を捕まえようとしたけれど、一瞬遅かった。
「ご主人様。申し訳ありません」
「はははは。ロクサーヌ。ダイニングの壁にゲートを開いたから大丈夫だ。
沢山白身を拾ったし、今日は魚料理にするって約束して頑張らせたんだから許してやってくれ」
ご主人様はそう言いながら私の耳を撫でてくれた。
「もう。ご主人様がそう言うなら仕方がないですね」
私が折れると、ご主人様はジト目でこちらを見ていたセリーのからだを引き寄せて、優しく頭を撫でた。
彼女は一瞬驚いたけど、すぐにうつむいて耳が真っ赤になった。
「セリーも頼むな」
「......はい」
セリーが小声で返事をしたので、私たちもゲートをぐぐって家に帰った。
◆ ◆ ◆
翌日、早朝探索を始めると、すぐにハルバーの迷宮22階層のボス部屋を発見した。
ご主人様には何か考えがあったようだけど、ミリアのやる気に引っ張られて、そのままボスを攻略することになった。
ボス部屋に入ると中央に煙が集まり、ブラックダイヤツナとマーブリームが出現した。
私たちは魔物に駆け寄り、マーブリームはベスタが引き付け、私、セリー、ミリアの3人はブラックダイヤツナを囲んだ。
すると、直後にミリアが「やった、です」と叫び、ブラックダイヤツナが床に落ちた。
どうやら石化したようだ。
以前セリーがボスは状態異常にはなり難いって言っていたけど、ミリアにはお構いなしのようだ。
私はご主人様に「そちらへ行きます」と声をかけ、全員でマーブリームを囲んだけれど、直後にご主人様の一撃で煙に変わった。
ご主人様はボスは自分が倒すと言って、ブラックダイヤツナの前に立ち、真上からデュランダルを押し当ててコンコンコンコンと小刻みに突きだした。
あの動きって、ちょっとエッチね。
なかなか入らないし、ご主人様にあんなふうに秘部の入口を責められたら...... って、私は何を考えてるの!
デュランダルの切っ先を見ていたら、いつの間にか自分がご主人様に責められている気分になってしまった。
少しだけど、秘部が湿っている気がする。
私はハッとして周りを確認すると、他のみんなも頬を赤らめていた。
セリーなんか無意識に片手が股間に伸びている。
みんな同じようなことを考えているみたい。
でもこれは、毎晩私たちをたっぷり可愛がって、こんなからだに変えてしまったご主人様のせいだから、後でちゃんと責任をとってもらおう。
そんなことを考えながらしばらくご主人様が魔物を突くところを見ていると、突然魔物が煙に変わり、そこにピンク色の大きな魚の切り身が落ちていた。
「トロ、です」
ミリアが叫んで素早く飛びついた。
私は初めて見たからわからなかったけど、トロはブラックダイヤツナのレアドロップアイテムだった。
ボス戦終了後、ご主人様はセリーに23階層の魔物を確認した。
魔物はシザーリザードで、まれに革を残すと聞いてやる気が出たみたいだったけど、23階層から上の魔物は回避が出来ない全体攻撃魔法を使うと聞いて不安顔になった。
「大丈夫か?」
「ご主人様なら問題あるはずがありません」
「そう言われてもな。ロクサーヌはどうして問題ないと思うのだ?」
「全体攻撃魔法がどの程度か知りませんが、22階層で十分戦える私たちなら一撃で死ぬことはないと思います。それに23階層から急に危険度があがるのなら、23階層にはあがってはいけないってことが常識になっていると思います。でも、そのような話は聞いたことがありません」
「なるほど。セリーはどう思う?」
「私はまだ迷宮に入るようになって少ししか経っていません」
「ん?セリーは2年以上経験があるだろう?」
「2年なんて一般的には短いほうです。普通の庶民でこんなに早く23階層に入ったという話は聞いたことがありませんので、私は少し心配です。
竜騎士がいるパーティーは安定度が増すといわれていますが、ベスタもこの間から迷宮に入るようになったばかりですし......」
「そうか。確かにその意見ももっともだな」
セリーの意見も聞くと、ご主人様はほんの少し考えたけど、すぐに結論をだした。
「セリーの心配もわかるが、まあ戦ってみなければ始まらないだろう。最悪の場合でも、身代わりのミサンガがある。運がよければ身代わりになってくれるはずだ」
「そ、そうですね。身代わりのミサンガがありました」
セリーは返事をしたけど、不安な表情は取れてない。
納得してはいないようだけど、無理にでも止めるような行動は見られないから、実は彼女のなかではなんとかなるって結論が出ているのだろう。
「みんなもいいか?」
「もちろんご主人様についていきます」
私は当然のように返事をすると、ミリアとベスタも「はい、です」「大丈夫だと思います」と返事をした。
ミリアとベスタの返事を聞くと、ご主人様は一瞬呆れたような顔になったけど、すぐに「......じゃあ行くぞ」と言って23階層にあがる扉をくぐった。
23階層にあがるとご主人様に「ロクサーヌ、シザーリザードのにおいが分かるか」と聞かれた。
匂いを嗅ぐと、今まで嗅いだことがない匂いがする。
「遭遇したことはありませんが、嗅いだことのない匂いがあります。多分それですね」
「近くに戦えそうなのがいるか? 数の少ない所で」
私は集中してもう一度匂いを嗅ぎ、魔物までの距離や数を探った。でも、残念ながらご主人様の期待に応えられそうな群れはないようだ。
「近くにはなさそうですね。嗅いだことのない匂いだけの群れもありますが、数は少し多そうです」
「そうか......
じゃあ22階層に戻ってボス戦を繰り返すか......」
「はい、です」
ご主人様の言葉を聞くと、いち早くミリアが返事をした。
まったくこの娘は......
私はミリアに呆れつつも「かしこまりました」と返事をすると、ご主人様はうなずいてダンジョンウォークのゲートを開いた。
そして、22階層に戻りボス部屋に直行したのだけど、進路上に魔物がいなかったので、10分足らずで到着した。
次のボス戦では、ご主人様はデュランダルをベスタに渡し、魔法主体の攻撃に切り替えた。
後方から魔法を撃ち込むので、ご主人様の安全が確保出来ていることはとても良いことなんだけど、残念ながら戦闘時間は先ほどの3倍以上かかってしまい、少しだけ疲れた気がした。
前回は石化が発動。今回は発動しなかったので、戦闘時間が長いのは仕方がないことなのだけど、だからと言って3倍はかかり過ぎだ。
今はまだ、魔法主体でボス戦を戦うのは厳しいみたいね。
ご主人様もそれなりに疲れたみたい。
少なくても戦闘が終了したときに「魔法でも戦えないことはないか......」と、少し残念そうな言葉がこぼれてしまうくらいには。
それに、魔物は2匹ともベスタがとどめを刺した。
これも余り良いことではないわね。
なぜならご主人様が魔物を倒さないと、魔結晶に沢山魔力がたまらないのだから。
更に、ドロップアイテムは赤身だった。
トロがドロップすることのほうが珍しいので、当たり前のことなんだけど、最初がトロだったからミリアとご主人様は少し期待していたみたいだ。
なんとなく裏切られた感を醸し出している。
私はどう声をかけようか考えていたけど、先にご主人様が気を取り直して宣言した。
「次からはまたこれまでどおりに戦う。トロが残るまでボス戦は続けるぞ!」
ご主人様はそう言い切ると、ミリアと2人で拳を突きあげた。
「「オーッ!」」
「......」まあ、立ち直ったのだから良しとしよう。
と、肩をすくめながら考えていると、ご主人様が23階層にあがる扉に向かって歩きだしたので、慌てて追従した。
23階層に上がり私が魔物を探していると、セリーが「魔法でも戦えることが検証できてよかったと思います。23階層からはボスの他に魔物が2匹出てくるそうですし」と、ご主人様に話しかけていた。
「そうなのか?」
「はい」
ご主人様はセリーの言葉に再び考え込んだ。
「なら、23階層のボス戦は魔法で戦う方針とするとして、フォーメーションは考えないといけないが」
「槍ならある程度の間合いが取れるので、私が二匹を見ることもできると思います」
「そうか。じゃあ、そのときには頼むな」
魔法は防がないとイケナイけど、現状詠唱中断出来る武器はご主人様のデュランダルとセリーの強権の鋼鉄槍しか無い。
なのでご主人様はフォーメーションをどうするか悩んでいたようだったけど、セリーの進言で踏ん切りがついたみたい。
心持ち表情が明るくなったようね。
セリーとの会話が終わると、ご主人様は私に索敵結果を聞いてきた。
「ロクサーヌ、シザーリザードの数が少なくて戦えそうなところが近くにあるか?」
「いえ。先ほどと同じですね。誰も通った人はいないようです。近くに数の少なそうな所はありません」
「そうか。まあ、時間も経ってないし仕方がないな。
魔物の配置が変わるまでは、22階層のボス戦を繰り返す」
「かしこまりました」
ご主人様の方針に従って私は23階層にあがるたびに魔物の配置を確認した。
すると、3周目に状況が変わった。
わりと近くにシザーリザードの数が少ない新たな群れが湧いたのだ。
ご主人様に報告すると、22階層のボス狩りはきりあげて、まずはシザーリザードの数が少ない群れと戦い、十分戦えるならそのまま23階層で戦うと言われた。
それからすぐにシザーリザード1匹とマーブリーム2匹の群れと接敵したけど、全体攻撃魔法を撃たれることもなく問題無く倒せたので、ご主人様はこの階層でも十分戦えると判断した。
その後、30分ほど23階層で魔物の群れと戦い、シザーリザードとの戦いかたに少し慣れた時点で早朝探索は終了した。
因みにミリアは22階層のボス狩りが終了してしまい最初は少し残念そうだったけど、23階層で戦い始めると魔物を石化する頻度が増えてきて、俄然やる気を出し始めた。
どうやらシザーリザードは石化しやすい魔物のようだ。
それともミリアが急激に成長しているってことなのかな?
◆ ◆ ◆
家に帰り朝食を食べ終わると、ご主人様は私たちに家事を、セリーには鍛冶仕事を言いつけてひとりで商人ギルドに向かった。
その時、セリーが「ついていきます」って言っていたけど、ご主人様は「ひもろぎのロッドを売るだけだから大丈夫だ。仲買人として信用を失うわけにはいかないから、相場以下の金額を提示することもないだろう。
だからセリーはそのまま鍛冶を続けてくれ」と言いながらワープゲートを開いた。
セリーは「あ、ご主人様。仲買人は信用しては......」とご主人様の背中に声をかけていたけど、ご主人様は最後まで忠告を聞かずに「ダイジョブ、ダイジョブ」と言いながらゲートをくぐっていった。
セリーは「もう!」とひと言愚痴を吐いたけど、はぁっとひと息吐くと、すぐに作業に戻った。
そのあと、私たちが家事や鍛冶をしているあいだにご主人様はルーク氏が紹介した商人に騙されて、ひもろぎのロッドを使えない武器やセリーでは融合出来ないモンスターカードなどと交換してしまい、大損させられていた。
後日それが発覚し、ご主人様はセリーにこっぴどく叱られてしまったことは以前話した通りだけど、このときはまだ自分が騙されたとは思っていなかったので、ご主人様は気分良く帰宅した。
帰宅すると、ご主人様はすぐにセリーを呼んで手に入れてきたモンスターカードとイヤリングを融合させた。
ご主人様はセリーの頭を撫でて「セリー。いつもありがとうな」と褒め、彼女からイヤリングを受け取ると、右耳に装備した。
「ロクサーヌ。変じゃないか?」
「とても似合っています」
「そうか?ありがとう。じゃあ迷宮探索を再開しよう」
ご主人様はそう言うと、迷宮に行く支度を始めたので、「かしこまりました」と返事をしてから私たちも準備を始めた。
ハルバーの迷宮23階層に入るとご主人様は聖槍を装備したけど、魔物との戦闘は魔法主体だった。
先ほど作らせたイヤリングには知力2倍のスキルがついているらしく、聖槍にも同じ効果があるのでひもろぎのロッドを使っていたときよりも魔法が強くなっているらしい。
その後、ご主人様が魔法の強さを確認しながら戦闘したり、シザーリザードにわざと全体攻撃魔法を使わせる実験をしている横で、ミリアが魔物を石化する割合が少しずつ増えてきた。
夕方迷宮探索を終了する頃には、2、3回の戦闘で1回は魔物を石化するようになっていた。
そして、翌日早朝探索のためにクーラタルの迷宮22階層に入ると、ご主人様はミリアのジョブを暗殺者に変えると宣言した。
ミリアは戦士としての期間は短かったけど、次のジョブになるための経験が積めたということだ。
少し早かった気はするけど、昨日探索を終了する頃には、かなり魔物を石化する割合が増えていた。
そして、戦士になったばかりの頃と比べ、戦闘時の動きは見違えるくらい良くなっていた。
セリーは少し訝しんでいるけれど、私たちの会敵率は一般的なパーティーの10倍はあるし、実際ミリアは23階層で苦も無く戦えている。
だから、彼女が暗殺者になれるまでの経験が積めたことは間違いないと思う。
私と同じなら、騎士のジョブも取得していることだろうけど、暗殺者になれるとわかった瞬間にミリアが目をキラキラさせて喜んだので、黙っておくことにした。
ご主人様はミリアのジョブを暗殺者に変えると、慣れるまでの間、彼女を後衛に回すことを提案してきた。
つまり、見学させるということだ。
ご主人様が私たちを大事にしてくれるのは嬉しいけど、過保護過ぎて成長が遅れてしまうことは良いことではないと思う。
それに彼女が戦士になったときや私が騎士になったときのことを考えると、ジョブチェンジした瞬間はからだが重くなっても、1時間も戦うと普通に動けるようになるはず。
だから私は、「必要ないと思います」とご主人様に回答した。
私が回答するとセリーも必要ないと言って追従し、ミリア自身も前衛で大丈夫と言ってやる気をみせた。
私、セリー、ミリアの3人に反対されると、ご主人様はベスタに話しかけて、硬直のエストックを使ってみたいか確認した。
突然「試してみたくないか?」と聞かれてベスタはあたまが回らず、「ええっと。そうですね、興味はあります」と答えると、ご主人様はニヤリと微笑んだ。
「なら、魔物の数が少ないときには、ミリアは武器をベスタと交換して後列に回ってくれ。2匹以下ならそれで問題ないだろう」
「はい、です」
「ありがとうございます」
そしてご主人様は魔物が少ないときはミリアとベスタは武器を交換し、ミリアには後衛に下がるよう指示した。
そして私には、ボス部屋に向かいながらも数が少ない魔物の群れを探して、積極的に回るよう指示した。
ご主人様はバレていないと思っているのか?
なんとか理由をつけて、ミリアには戦闘に参加させずに経験を積ませようとしている。
あからさまな気がするけど、これ以上何か言っても考えを変えるつもりは無いだろう。
横でセリーが半眼になりながら「姑息な手を......」とブツブツつぶやいているけど、ここで議論しても時間を無駄にするだけなので、私は黙ってご主人様からクーラタル22階層の地図を受け取った。
その後、魔物の少ない群れを倒しつつボス部屋に向けて案内を始めたけど、ベスタが魔物を石化させたのは攻略地図を半分以上進んでからだった。
結果的にミリアは暗殺者になってからほとんど戦わずにだいぶ経験が積めたようだ。
ご主人様は真剣な顔でミリアをジッと見つめると、ニヤッと笑って「今後硬直のエストックはミリアに専用で使わせる」と宣言したので間違いないだろう。
ご主人様は私に、「そろそろミリアは今まで通り前衛で戦わせても良いだろう。ロクサーヌ。ボス部屋まで頼む。魔物の少ない所にはもう回らなくていい」と指示を変更した。
今から全開戦闘である。
早速私は進路付近の魔物5匹の群れに案内すると、ご主人様から「いきなり5匹か」と愚痴っぽい声が聞こえた気がしたけど、私が2匹、ベスタが1匹ブロックしているあいだにミリアが後衛に回り込み、魔物を撹乱しているうちにご主人様の魔法であっさりと殲滅した。
その後も何度か戦ったけど、私たちは誰も攻撃を受けることなくボス部屋まで辿り着いた。
因みにミリアは2、3回の戦闘で1回は石化を発動させていた。からだの動きはまだまだだけど、石化に関してはジョブチェンジする直前の状態に戻ったようだ。
そしてボス戦が始まると、ベスタとご主人様の2人がお付きのクラムシェルと対峙し、私とセリー、ミリアの3人がボスのオイスターシェルと対峙した。
いつもならご主人様たちが先にお付きの魔物を倒し、ボスの囲みに加わるのだけれど、今回はご主人様たちが魔物を倒したのとほぼ同時にミリアが魔物を石化させた。
ご主人様はクラムシェルにとどめを刺した瞬間に、私たちの方からミリアの「やった、です」という声が聞こえてきて、とても驚いたそうだ。
ミリアにとって暗殺者は天職なのかもしれない。
◆ ◆ ◆
石化させたオイスターシェルにとどめを刺すと、ご主人様はこのまま23階層にあがって様子を見ると言い、セリーに23階層の魔物を確認した。
「クーラタル二十三階層の魔物は、グミスライムです。火魔法と風魔法と水魔法が弱点で、耐性のある属性はありません。土属性の全体攻撃魔法を使ってきますが、土属性に耐性があるわけでもないようです」
「グミスライムか。懐かしいな」
グミスライムって確か......私と会う前にご主人様が倒した魔物だったはず。
確かアラン様はベイルの商館にご主人様が来たとき、同行していた商人から盗賊団を殲滅したこととグミスライムを倒したことを聞いて、ご主人様に私を引き合わせたのだったわね。
私はそれを思い出し、ご主人様に尋ねた。
「確かご主人様は、私と会う前に戦ったことがあったと言っていましたね?」
「ああ。ただ、すぐ倒してしまったから、どんな魔物か詳しくはわからないな」
「そうでしたか。余計な口を挟んですみませんでした」
「はははは。気にすることはない。ある意味思い出の魔物だからな」
私が謝罪するとご主人様は笑って流し、もう一度セリーに向き直った。
「戦ったことがおありならご存知だと思いますが、剣や槍で攻撃してもなかなかダメージは通りません。人に取りついた場合、魔法以外で下手に攻撃すると取りつかれた人がダメージを受けてしまいます」
「確か溶かしてしまうのだったか」
「完全に取りつくとそうなります。消化される前に倒さなければいけません」
「わかった。それにしても一階層の魔物じゃなくても地上に出ることがあるんだな」
「一階層の魔物が地上に現れるのは人里近くの迷宮ですね。周りに人も多くいますから、出現位置からさほど動かず、積極的に人を襲ってくることもあまりありません。人が少ない所の迷宮では十二階層の魔物が外に出てきます。さらに奥地にある迷宮では、二十三階層の魔物が地上に現れます。餌を求めて長い距離を移動し、積極的に人を襲います」
「そうなのか。なら、ベイルとソマーラの間にある森の奥には迷宮があるということになるが」
「そうですね。その可能性が高いでしょう。それに、ベイルの町に近いのに騒がれていないということは、まだ知られていない迷宮なのかも知れません」
「では、将来ご主人様が討伐して、貴族になるための足がかりにしましょう」
私は胸を張って宣言したけど、ご主人様には微妙な顔をされてしまった。
「ロクサーヌ。前にも話したが、俺は貴族になるつもりはない。下手に目立てば余計な詮索をされるようになる。俺には色々と内密にしなければならないことがあるからな」
「確かに詮索されるのは困りますが......」
私が残念に思うと、それを察したのか?ご主人様は話を続けた。
「それに、ベイルに近いならそこの領主に黙って討伐するわけにはいかないだろう?」
ご主人様がセリーに問いかけると、「そうですね......」と少しだけ考えて、彼女は話し始めた。
「迷宮を討伐するなら、事前に話を通しておかないと、後でどんな言いがかりをつけられるかわかりません。
迷宮討伐ができなくてベイルに人が住めなくなっているならともかく、今は話をしても迷宮討伐を手伝わされるだけになる可能性が高いですし、案内させられた挙げ句に“討伐方法は騎士団で検討する”と言われて追い払われる可能性もあります。
かと言って、領主に黙って討伐しても、証拠がないので認めてはもらえないでしょう。
領主の許可を得て討伐した場合でも、金一封をもらって終わりか、ただ感謝されるだけで終わる可能性が高いです。
間違ってもご主人様を貴族に推薦するようなことは無いでしょう。
なぜなら領主がご主人様を貴族に推薦するということは、自領を切り渡すということになるからです。
いずれにしても、その迷宮では仮に討伐したとしても、ご主人様が貴族になれることはないと思います」
セリーが言い切ると、ご主人様は「そういうことだ」と言って、私が納得したのか確認するようにこちらを見た。
「そうですか。色々と難しいのですね」
「はい。ですので、ご主人様が貴族になるには、魔物が討伐出来ずに放棄されてしまった地域の迷宮を討伐する必要があります。放棄されている場所なら誰も文句は言えませんから」
私ががっかりすると、セリーが解決案を示してくれた。
それを聞いて私は気を取り直したけど、反対にご主人様は難しい顔になった。
そして、真剣な表情になりみんなを見回した。
「ロクサーヌには一度言ったことがあったと思うが、良い機会だからみんなにハッキリ言っておく。
俺は、何かをなさないためにここにいる。
よく分からないかも知れないが、俺が世の中に影響を与えるようなことはあってはならない。
だから、迷宮を討伐したり、貴族になるつもりはない。
俺に期待しているロクサーヌとセリーには悪いが、そう思っておいてくれ」
ご主人様の言葉にみんなが固まってしまうと、彼は少し寂しそうな目をした。
その目は見たことがある。
私を身請けして頂いたその日に“故郷には帰れない”と言ったときの目だ。
そして、セリーが加わる少し前、ご主人様に“自分は何かをなさないためにここにいる”と言われたときも同じ目をしていた。
それを思い出すと、私は触れてはいけないことに触れてしまったことに気づいて、胸がキュッと締め付けられる気がした。
私はセリーたち3人に、ご主人様の出自については聞かないように“お話し”している。だから、ご主人様から話さない限り、その話題にはならない。
ご主人様は自分の故郷の食べ物や言葉については少し教えてくれたけど、故郷がどんな場所だったとか、自身がどういう立ち場だったとか、そういうことは一切教えてくれない。
能力についても、私たちの常識に当て嵌まらないすごい力をいくつも持っているけど、私たちには少しずつしか教えてくれないし、そもそもどうやって得たのか......色々と実験していることと関係があるのか......
よく分からないけど、勝手に詮索してはいけないのだと思う。
ご主人様は優れた人だから私は貴族になって民を導く立ち場になるべきだと勝手に思っていた。
でも、今ハッキリ分かったけど...... 残念だけどご主人様を貴族に押しあげようとすることは、彼からすると迷惑なことなんだろう。
私が自分の考えをまとめているあいだ、セリーも黙ってご主人様を見つめていた。
彼女も自分の考えをまとめているようだ。
ミリアとベスタも黙っているけれど、たぶん2人は様子を見ているだけだと思う。
私が困っていることを察したようで、ご主人様は言葉を続けた。
「あと、迷宮討伐や貴族を目指さないのはデメリットが大きいからだ」
「そうなのですか?」
「ああ。特に、貴族を目指せば当然目立つことになる。ライバルもいるようだから、警戒されることだろう。
そうすると色々と詮索されるようになるから、今まで以上に行動や発言に気を使わなくてはならなくなる。何せ情報漏洩は命取りだからな。
妨害を受けることも考えなくてはならないから、その対策も講じる必要もある。
有力者との付き合いなども増やさないといけなくなるし、そうなると出費が嵩むことになる。
ハルツ公爵領の迷宮探索のように余計な要求への対応も増えることになるだろう。
公爵の場合は琥珀や鏡の売買というメリットがあったけど、たまたまうまくいっただけで本来の手間暇を考えたら決してプラスではないと思う。
それに他の有力者は必ずしもデメリットに見合うリターンを提示出来るか分からない。将来の協力のために当分は一方的な奉仕を強いられることも覚悟しなくてはならない。
そうするとどうなるか。
ロクサーヌ。わかるか?」
「えっと...... 忙しくなる?」
「惜しい。その答えでは足りないな。セリーはわかるか?」
「手が追いつかない分、人を雇わなくてはならなくなるとか?そうすると、迷宮探索で得た資金がそちらに流れてしまい、生活が苦しくなるとか?」
「うむ。それもあるかも知れないが、その前に最大のデメリットがある。ミリアとベスタはわかるか?」
「えっと。分からない。です」
「私も分かりません」
「そうか」
私たち全員が分からないと、ご主人様はちょっと呆れたような顔になって肩をすくめた。
「最大のデメリットは、お前たちと過ごす時間が減ることだ。忙しくて可愛がれなくなるなんて、俺は嫌だからな」
「わ、私も嫌です!そんなの絶対にダメですからね!」
「それは困ります。私も絶対に嫌です!」
「ダメ。です!」
「私もそれはダメだと思います」
私たちが慌てて返事をすると、ご主人様は苦笑して話を続けた。
「まあ落ち着け、俺はお前たちとの時間を大切にしたい。だから、高望みをして今の関係を崩したくないのだ。だから出来るだけ目立ちたくないと考えている。それは分かってほしい」
「分かりました」
「だが、生活するために金は必要だし、いざという時に備えて自分たちが強くなっておくことも大事なことだから、これからも迷宮探索は続けていく。よろしく頼むな」
「はい」
私はわだかまりが溶けた気がして、とびきりの笑顔で返事をした。
◆ ◆ ◆
クーラタルの迷宮23階層にあがって魔物を探すと、匂いを嗅いだことのない魔物が近くにいた。
たぶんグミスライムだ。
匂いの強さから3匹の群れだと思う。
ご主人様に報告してから魔物の群れに案内すると、前方に水色でブヨブヨしたゼリー状の塊が現れた。
私たち4人は魔物に向かって走り出すと、ご主人様の魔法が発動した。
私たちの目の前で、グミスライムは砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれた。
そして、2度目の魔法を受けて魔物の群れが動けずにいるうちに、ベスタは右、ミリアが左、私が真ん中の魔物の前に陣取った。
セリーは私の後ろ、少しベスタ寄りに位置取りし、魔物の動きを監視し始める。
魔法の効果が切れるとさっきよりも少し小さくなったグミスライムが現れた。
小さくなったということは多少はダメージが入っているということか?
見た目がほとんど変わらないからよく分からないわね。
そう思いながら、私は右端のグミスライムの体当たりをかわした。
そして、すれ違いざまにレイピアで斬りつけたけど、感触が軽くてダメージが入った気がしない。
隣でベスタが二本の剣をグミスライムに叩き込んだけど、私と同様彼女も手応えのなさに驚いているように見えたので、戦いながら話しかけた。
「ベスタ。攻撃が効いていない気がするのですが、あなたはどう思いますか?」
「確かにあまり効いてない感じです。どうしましょう」
「私たちはあまり攻撃せず、防御と回避に専念した方がいいでしょう」
「そうですね。そう思います」
ベスタは私に返事をすると、落ち着いて魔物の体当たりを剣の腹側で弾き返した。
次の瞬間、再びグミスライムは砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれた。
すると、左の魔物を相手にしていたミリアが「やった、です」と叫び、次の瞬間には私が抑えていた魔物に側面から斬り掛かった。
彼女が戦っていた魔物をチラリと見ると、飛びかかろうとしていたのか、斜め上に伸びあがったような形で固まっていた。
まだ戦闘開始から2分も経っていないけど、ミリアが石化させたようだ。
さすがミリア。この分だと、その内一度の戦闘で2匹石化させるなんてこともありそうね。
油断したつもりはなかったけど、ちょっと余裕が出来て余計なことを考えていると、魔物の足元に魔法陣が浮かんだ。
私は少し焦って「あっ!来ます!」と警告を発したけど、次の瞬間に魔物をセリーが槍で突き刺し、魔法陣を消滅させた。
そして、再び魔物は砂塵と炎の混じり合う渦巻きの中で体を切り刻まれ始めた。
その後、私たちが回避と防御に専念しているうちに、ご主人様は繰り返し魔法を発動させ、5度目の魔法が炸裂すると石化した魔物も含め、全ての魔物が煙になった。
戦闘が終了するとセリーが話しかけてきた。
「ロクサーヌさん、グミスライムが取りつこうとしていませんでしたか?」
「そのようです。途中でからだを広げて飛びかかってきたので、たぶん取りつこうとしていたのだと思います。
取りつかれないように気をつけなければいけませんけど...... まあ、躱してしまえば問題ないですね。」
「そ、そうですか......」
私が答えると、何故かセリーは肩を落とした。そして、途中から私たちの会話を聞いていたご主人様も、ちょっと呆れたような顔をしている。 ......なぜ?
私たちがドロップアイテムを拾ってご主人様に渡すと、グミスライムとの戦闘が経験出来たのでクーラタルの23階層から移動すると言いだした。
私は魔物を探したけど、近くにはいなかったので素直に同意すると、ご主人様はワープゲートを開いた。
それからは朝食を挟んで夕方まで、ハルバー迷宮の23階層でひたすら魔物を倒して回った。
ご主人様は、「ミリアを暗殺者にしたばかりなので、今後の探索を楽に進めるためにも今日はしっかりと経験を積ませる」と言っていたけど、途中で私のジョブをこっそり獣戦士に変えていた。
実は私は騎士になってから、戦闘中にパーティーの防御力をあげるスキルを何度か使っていた。
特に魔物が5匹で3種類以上の時は戦闘時間が長くなる場合が多いので使っていたのだけど、あるとき急に使えなくなったのだ。
正確に言うと、スキルは使おうとするとあたまの中に呪文が浮かぶのだけど、それが浮かばなくなった。
その時は少し焦ったけど、戦いながら“もしかして私のジョブが変わっている?”と思って他のジョブのスキルを片っ端からあたまに浮かべてみたら、ビーストアタックがヒットしたのだ。
戦闘終了後、セリーたちがドロップアイテムを回収している間にそのことをご主人様に尋ねると、気づいたことにすごく驚かれた。
そして、「後で2人になったときに説明するから今は黙っていてくれ」と頼まれた。
私はコクリとうなずくと、匂いを嗅いで次の魔物を探した。
ご主人様の目論見通り、今日の探索でミリアが魔物を石化する割合がだいぶあがった。
夕方には1度の戦闘でほぼ1匹は魔物を石化するようになった。
ご主人様はだいぶ満足したようだ。
そして、シザーリザードを大量に狩ったことにより、革も大量に獲得した。
ご主人様は「これで材料を購入することなくセリーに革の装備品を作らせられる」と言って喜び、セリーも「失敗したときのことを考えると少し心苦しかったので、これからはもっと気楽に装備品の作成にかかれます」と言って喜んだ。
これからもここには定期的に通うことになりそうだ。
◆ ◆ ◆
夕方帰宅して夕食の準備をしているとき、お風呂を入れていたご主人様に呼ばれ、MP回復のために2人で迷宮に移動した。
ご主人様は何度か魔物を倒してMPが回復すると、私がジョブを獣戦士に変えられたことに何故気づいたのか聞いてきた。
「私、騎士になってから、魔物の数が多くて3種類以上いるときに、何度か全体防御のスキルを使っていたんです」
「そうだったのか。気が付かなかった」
「すみません。魔物の耐性がことなると組み合わせ次第で戦闘に時間がかかりますので、魔物に向けて走りながらかけていました」
「そ、それはすごいな」
「スキルは小声で唱えていましたし、ご主人様は立ち止まって魔法を使うので、考えてみれば私の声は聞こえていませんね」
私が答えるとご主人様は少し考え、何かに納得したような顔になった。
「どうりで攻撃を受けたあとの回復魔法の回数が、少なく済むことがあった訳だ」
「勝手なことをして申し訳ありませんでした」
「いや、謝ることじゃない。むしろ素晴らしいことだ」
私はご主人様に咎められず、逆に褒めて頂いたことが嬉しくなり、「ありがとうございます」とお礼を言って話を続けた。
「それで、先ほどいつものように使おうと思ったら、あたまの中に呪文が浮かばなかったのです」
「それで気づいたのか?それだけでは獣戦士とは判断出来ないと思うのだが」
「ご主人様の言う通りです。私は何故呪文が浮かばないのかがわからず一瞬パニックになりかけましたけど、ジョブが変わっている可能性に思い至り、試しにあたまの中でいくつかのスキルを使おうとしたら、ビーストアタックの呪文が浮かんだのです」
「そうだったのか。驚かせて済まなかった」
「そうですね。すごく驚いたのですよ」
私はそう言いながら目を瞑り「んっ」と言って唇を突き出した。
次の瞬間、ご主人様は私のおねだりに答えて優しくキスをし、「これで許してくれるか?」と言ったので、私は「はい」と返事をして話を続けた。
「ご主人様。私たちはご主人様を信じています。
ご主人様が私たちのジョブを変えることには必ず理由があることも分かっています。
もちろん私たちにも希望がありますので、意見を言わせて頂くことがあるとは思いますが、ちゃんと理由を教えてくれるなら最終的には反対しません。
ですので、今後ジョブを変えるときはちゃんと教えてください」
「わかった。これからはちゃんと教えるよう心がけるよ」
「よろしくお願いします。
因みに今回はなんで私のジョブを獣戦士に変えたのですか?」
私は軽い気持ちでご主人様に尋ねたのだが、ご主人様の雰囲気が少し変わった。
「先日巫女の話をしたときにジョブ取得には一定の条件が必要という話をしたが、そのときにあえて話していないことがある」
「えっ? そうなのですか?」
「ああ。ロクサーヌは俺が以前セリーに、“巫女の希望者には村人レベル5以上とかの条件をつければ良い”と話したことを覚えているか?」
「えっと...... 確か、セリーが巫女になれなかった話をしたときに言っていたような......」
「それだ」
「あ、思いだしました。私とセリーがご主人様にレベルがあるのは探索者だけという常識をお伝えしたときのことですよね」
「そうだ。今回ロクサーヌを獣戦士に変えたのは、百獣王の獲得条件を調べて可能なら取得させたいと考えたからだ。そのために獣戦士としての経験がもっと必要なんじゃないかと考えている。それは、以前話した“村人レベル5以上”という話につながることなんだ」
確かあのときは、ご主人様の常識を知らない所が出てしまったと思っていたのだけど、違うってことなの?
私は驚いてご主人様に聞いてみた。
「どういうことですか?」
「みんなの知っている常識を覆すことになるし、俺の秘密を明かすことにもなる。
ロクサーヌとセリーには詳しく話しておきたいが、まだ考えが整理しきれていないので、少し時間をもらえないか?」
ご主人様はどこまでも真剣な眼差しで、じっと私を見つめてきた。
「ご主人様。卑怯です。
そんな目で見つめられたら、私、反対なんて出来ません」
私が返事をするとご主人様の表情が緩んだ。
「済まないな」
「いえ。私はご主人様を信じていますから、いつか話すと約束してくれるだけで嬉しいです」
「ああ。約束する」
ご主人様はそう言うと、私を抱き寄せてもう一度キスをしてくれた。
家に帰ると夕食はほぼ出来上がっており、ムスッとしたセリーに出迎えられた。
そして、「なかなか帰ってこないので心配しましたが、なんだか楽しそうで何よりですね」と少し嫌味を言われてしまった。
私はセリーをなだめるために彼女と廊下に移動し、迷宮でご主人様と話したことを伝えた。
そして、考えを整理して、いずれ私とセリーの2人に秘密を打ち明ける約束をしてくれたことを伝えると、彼女は驚いて「嫌味を言ってすみませんでした」と素直に謝った。
その後、たて続けに色々な出来事があり、結局この件についてご主人様からちゃんと説明されたのは、だいぶ経ってからだった。
それについてはそのうち別で話そうと思う。
因みに迷宮内でご主人様とキスしたことは、セリーには内緒にしている。
◆ ◆ ◆
それから10日経ち、迷宮探索はクーラタル、ハルバーとも25階層まで進んだ。
私は巫女になってまだ5日だけど、25階層の魔物の攻撃は全て回避出来るようになったし、戦いながら全体回復魔法を唱えることも余裕で出来るようになった。
前衛で戦いながら、パーティーメンバーに癒やしを与える。私は理想のジョブになれて、充実した毎日を送れている。
ご主人様は冒険者と魔道士のジョブを取得し、なんと一度に魔法を3連発放てるようになったらしい。
おかげで魔物との戦闘時間が短縮され、相手の組み合わせが多少不味くても5分とかからず終了している。
さすが、私のご主人様である。
セリーは鍛冶師のままだけど、硬革や鉄製の装備品が作れるようになっている。たぶん彼女なら、もうすぐ鋼鉄製の装備品や竜革の装備品を作れるようになるだろう。
モンスターカードの融合も一度も失敗したことがないし、ひとつの装備品に複数のスキルを融合することにも成功している。
迷宮でも探索中は参謀として、戦闘中は司令塔として活躍している。
きっと将来彼女は伝説的な鍛冶師になるに違いない。
ベスタも竜騎士のままだけど、戦闘経験を積み重ねるたびに防御力が高まっているようで、今では25階層の魔物に体当たりされても大きなダメージは受けないくらい強くなっている。
下の階層でもそうだったけど、彼女はその階層で戦闘経験を積めば魔物からの物理的な攻撃ではダメージを受けなくなる。
だから、もう少し経験を積めば25階層の魔物も彼女にダメージを与えることは出来なくなると思う。
彼女は魔物との壁役として、このパーティーには欠かせないメンバーになっている。
そしてミリア。
結論から言って、彼女を暗殺者にしたご主人様の判断は、大正解だ。
ミリアの性格やからだの動きを見て、かなり早い段階から彼女が暗殺者に向いていると見抜いて育てあげたのである。
さすが私のご主人様。人の能力を見定める能力まで持っているなんて、本当にすごい人である。
そのミリアは硬直のエストックに潅木のモンスターカードとコボルトのモンスターカードを融合してもらい、魔物を麻痺させることも出来るようになった。
暗殺者としての能力もあがってきているようで、25階層の魔物でもどんどん石化する。
24階層ではボスのシルバーサイクロプスも石化させていたし、一度の戦闘で2匹の魔物を石化することも今では珍しくない。
エストックに麻痺効果を付けてもらった当初、ミリアは麻痺させた魔物を置き去りにして別の魔物に襲い掛かり、その後に動けるようになった魔物からバックアタックを受けて吹き飛ばされ、窮地に陥ったことがあった。
そのときはセリーの機転や暗殺者になってからあがってきている彼女自身の回避力のおかげで、その後の攻撃をかわして態勢を立て直すことが出来たので事なきを得たのだけど、そのときの教訓が生きているようで今は魔物を麻痺させても石化するまでは攻撃し続けるようになっている。
因みに麻痺は石化の倍くらい発動するので、ミリアの相手になった魔物はほとんど何も出来ないまま釘付けとなり、石化されるかご主人様の魔法で煙になる。
魔物に同情するわけではないけど、ちょっと気の毒なくらいだ。
こうしてミリアは暗殺者の能力をしっかり引き出しながらも戦場を自由に動き回り、安定して戦えるようになっている。
彼女は暗殺者として、このパーティーの前衛遊撃ポジションを不動のものにしたのである。
最初、ご主人様から私が暗殺者のジョブを取得していることを教えてもらったときは、“そんな恐ろしいジョブなんて絶対になりたくない”って思ったけど、ミリアの活き活きしているところを見ると、“案外暗殺者も悪くはないわね”なんて思ってしまったことは内緒にしておこう。