ロクサーヌの想い   作:龍いち

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最後の行商(第9回 ペルマスク遠征) ~ベスタが仲間になってからの話~

わたしの名はロクサーヌ。

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番探索を進めているクーラタルとハルバーは、どちらも25階層を攻略中だ。

 

普通のパーティーはひとつの迷宮を集中的に探索するのだけど、私たちのご主人様はワープという特別な移動魔法が使え、彼が一度行ったところなら何時でも何処にでも移動出来るので、複数の迷宮を行き来しながら同時に探索を進めている。

 

だけど、このことは私たち以外には知られてはいけないことなので、内密にしている。

 

 

話は私が巫女のジョブについた日の翌日まで遡る。

 

その日、私たちはハルバー迷宮23階層を探索して昼休憩で一度家に戻ると、ご主人様が「午後は迷宮には行かずにボーデのコハク商会に行く」と言い出した。

 

「ご主人様。コハクの原石を仕入れに行くのですか?」

「ああそうだ」

ご主人様は返事をすると、直後にスッと私に近寄って耳もとに口を寄せた。

そして、小声で「それと、ベスタにもネックレスを買うつもりだ。彼女だけ無いのは可哀想だからな」と言った。

 

私もご主人様の耳に唇を寄せて、「ありがとうございます。ベスタには内緒なんですね?」と聞くと、彼は黙って小さくうなずいた。

そのあとセリーにネックレスのことを耳打ちすると、彼女も小さくうなずいた。

 

ご主人様は「では、ボーデに行くぞ」と言ってワープゲートを開いたので、みんなでボーデの冒険者ギルドに移動した。

そして、そのままギルドを出て、すぐ隣のコハク商会に入った。

 

店に入ると、ご主人様は早速猫人族の番頭商人に声をかけたので、私はベスタに声をかけてご主人様から注意をそらせた。

 

「ベスタ。今からここでコハクの原石を仕入れます。そして、このあとペルマスクに行って販売します。ペルマスクでは鏡を仕入れ、後日その鏡をここの領主のハルツ公爵に卸します」

「えっと。行商ですか? そ、それも領主様と取引しているのですか...... す、すごいです」

「もう分かっているとは思いますが、このことは.......」

私はここまで言って言葉を止めた。そして、じっとベスタの反応を見る。

すると、彼女は動揺しながらも「な、内密にですね」と答えた。

私はにっこり笑って「忘れないようにしてくださいね」と言うと、彼女はほっとひと息ついて「はい」と答えた。

 

私がベスタの気をそらしているうちに、ご主人様が番頭商人に訪問の目的がベスタに似合うネックレスの購入とコハク原石の購入であることを伝えるはずだったけど、残念ながら彼女には聞こえてしまっていた。

 

「ネックレス、ですか?」

ベスタが小首をかしげながら尋ねると、ご主人様は観念して話しだした。

ギリギリまで黙っていて驚かせようとしていたので、ちょっと残念そうだ。

 

「ベスタもパーティーの中でよくやってくれるからな。褒美だ。ロクサーヌたちもみんな持っている」

「はい。ありがとうございます」

ベスタはご主人様にお礼を言ったけど、実感が無いのかあまり喜んでいるようには見えなかった。

 

番頭商人は「お客様。いつもありがとうございます。すぐにご用意しますので、こちらにお越しください」と挨拶しながら奥の商談室に私たちを案内した。

 

商談室の椅子に座ると、すぐに番頭商人が大箱を抱えて部屋に入ってきた。

そして、ご主人様の前にコハクの原石8個と、私たちの目の前に、3本のネックレスを並べた。

 

ご主人様はコハクの原石を一瞥すると、「全部もらおう」と即答した。

すると番頭商人はニッコリ微笑んで、「まいどありがとうございます」と言いながら、小袋にコハクの原石を詰め込んだ。

 

私たちは改めてネックレスを見ると、並べられた物は全て私が買って頂いた物と遜色のない品物に見えた。

 

前回この番頭は、こちらが提示した予算よりも高い物やわざわざ質の劣る物を混ぜ込んで私たちに見せ、散々駆け引きしたにもかかわらず、セリーの交渉とご主人様の人徳に負けて結局良い物をかなり安く売ることになった。

 

その教訓が生きているようで、今回ははじめからちゃんと私たちに販売した良い物だけを出してきたようだ。

駆け引きしても無駄だということが骨身に沁みているのだろう。

 

実際、番頭商人の目はセリーに釘付けになっている。

今日ご主人様は店主に何も告げていないが 、前回同様セリーがネックレスを選んで交渉すると思っているようだ。

 

3本とも綺麗だけど、特にその中の1本は、コハクが小麦色のベスタの肌とちょうど同じくらいの濃さの大粒で、それが複数珠繋ぎになっている。

 

“他の2本も綺麗だけど、これが一番ベスタに似合いそうね”と私が考えていると、セリーもそう思ったらしく、一通り3本のネックレスを見た彼女は、他の2本を横に避けた。

そして、その1本をもう一度じっくり観察し、番頭商人の顔を見て「これが一番良いですね」と言った。

番頭はセリーから品質を認められてほっとしたようだ。

 

セリーがネックレスをテーブルの上に置くと、ご主人様がそのネックレスをヒョイッとつかみ、ベスタにあててみた。

ベスタはネックレスを胸にあてられたことに驚き、「えっ、あのっ」と、あたふたしてたけど、ご主人様はそんな彼女の反応は無視して「セリーのお墨付きだし、確かに悪くなさそうだな」と感想を述べた。

 

ベスタは自分にネックレスを買って頂けることは聞いたけど、まさか目の前の質の良い物だとは思っていなかったようで、目を白黒させている。

 

私はそんな彼女の反応に満足しつつ「ふふっ。綺麗ですね」とご主人様に返事をすると、見計らったかのように番頭商人がネックレスの説明を始めた。

 

「こちらは大粒のコハクがそろった出来のよいネックレスでございます。色合いは、コハクとしてはやや薄い面もございますが、こちらのお客様にはかえってお似合いになられるかと」

 

ご主人様は説明を聞くと「うむ」と悩みだし、私たちに助けを求めるような目を向けたので、私は“ご主人様。大丈夫です”という思いを込めて小さく頷くと、「確かにそうだな」と番頭商人に返事をした。

 

すると、調子に乗った番頭は「こちらといたしましても手放すのが惜しいくらいの品物ですが、特別のお客様でございますので。五万ナールでいかがでしょう」と言いだした。

 

この番頭は何を言っているのかしら。商人が売りたくない理由が無いでしょう。

私は少し冷めた気分になったけど、このネックレスがベスタに似合っていることに間違いはないので、ご主人様に「綺麗でいいネックレスです」と言って購入を促した。

 

セリーも今回はすんなり「似合っていると思います」と言って、ご主人様に購入を勧めている。

彼女が交渉を任されていたらここから粘りだすと思うけど、今日はご主人様が交渉しているので余計な口は挟まないようにしているようだ。

少なくても彼女はこのネックレスを推しているので、価格、品質とも、問題ないと考えているのだろう。

 

その横でミリアも「きれい、です」と言っているけど、彼女はただ感想を言っているだけで、特に何も考えてはいないだろう。

 

私たち3人の反応を確認すると、ご主人様はベスタに向き直った。

そして、遠慮気味の彼女の言葉を押しきって、購入を決め、ネックレスを番頭商人に手渡した。

ベスタは目の端に涙を浮かべながら、「ありがとうございます」と言うと、ご主人様は「いつも頑張ってくれているからな」と言って彼女の頬を撫でた。

 

その後、カウンターに移動すると、コハクの原石が入った小袋と、ネックレスが入った白い小箱が用意されていた。

 

「全部でいくらだ?」

「コハクの原石8個とネックレス1つ。タルエムの小箱はいつも通りサービスです。

いつもご贔屓にして頂いておりますので、今回は全部で39480ナールと致します」

「わかった」

 

ご主人様はアイテムボックスから金貨を4枚出して番頭商人に渡し、お釣りの銀貨5枚と銅貨20枚は受け取ると小銭袋に詰め込んだ。

そして、ベスタに向けて「一度家に帰るが、それまでベスタが持て」と言って小箱を渡した。

 

その後、ご主人様が小袋を自分のリュックにしまおうとしたので、セリーが「ペルマスクに行かれるのでしたら私が持ちますが」と声をかけたけど、「いや。行くのは明日だ」と言って、そのまましまい込んだ。

 

コハク商会を出て、すぐ隣の冒険者ギルドまで歩くほんの短いあいだ、私はご主人様の左腕に絡みつきながら明日のことを考えた。

“明日は久しぶりにペルマスクに行けるのね。ご主人様は今回も市内には入らないのかな......

私たちが鏡の取り引きをしているあいだにMPを回復しないといけないから、ペルマスクで時間を潰すのは難しいことは分かるけど、いつかご主人様とあの綺麗な街並を歩けたら楽しいだろうな......

そうしたら、あの街の人たちはどう思うのだろう。親方と奥様の反応も楽しみね”

 

「ふふっ♥」

私はご主人様の横顔を見つめながら妄想し、思わず笑い声が漏れてしまった。

すると、ご主人様から「ん?なんだか楽しそうだな?」と言われてしまったので、ちょっと上目遣いで微笑みながら「なんでもありません♥」と答えると、彼はピタッと足が止まって顔が真っ赤になった。

そして、サッと目をそらせて「不意打ちかよ」ってつぶやいた。

 

ご主人様が私に照れてくれるのが嬉しくて、顔を近づけてさらに覗き込み、「ご主人様♥ どうかされましたか♥」と声をかけると、ご主人様の右側から小さく咳払いする音が聞こえた。

 

「コホン! ロクサーヌさん。冒険者ギルドの目の前で何をしているのですか?

周りの人から見られているのですが」

「い、いや...」

 

セリーに言われて周りを見ると、通行人や向かいの雑貨屋の店員らしき人、そして冒険者ギルドの中からも私たちを見ている人がいた。

何やらヒソヒソと話をしている人もいる。

 

あ、しまった。

私はご主人様の手を離し、隣に並んで何事もなかったように顔を澄ました。

ご主人様は一度深呼吸して、「と、とにかく家に帰るぞ」と言って冒険者ギルドの入口をくぐった。

 

因みにご主人様が突然立ち止まったとき、私とセリーは瞬間的に立ち止まったけど、ベスタは冒険者ギルドのなかに一度入ってから慌てて戻ってきた。

そしてミリアはご主人様の背中にぶつかって何が起こったのかわからずに驚いていた。

2人はご主人様が突然止まったことに反応できなかったのだ。

少し気が抜けているようなので、後で2人には街中を歩くときの心得をお話ししておこう。

 

その後、冒険者ギルドの壁からワープで一度帰宅して、それから再びハルバーの迷宮23階層に行き、夕方まで探索した。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝、早朝探索でハルバー迷宮の23階層のボス部屋に到達した。

待機部屋でセリーから“23階層からはボスのお付きの魔物が2匹になる。ボスのマザーリザードには魔物を産み出す特徴があり、それは魔法でもスキル攻撃でもないので詠唱中断では防げない”という説明を受けると、ご主人様は“魔物には近寄らずに入口近くで待ち受けて、接触するまでになるべく多く魔法を撃ち込む”という作戦をたてた。

 

「ブラックダイヤツナで試したときのように、魔物を引きつける。詠唱中断が使えないのならそれでいいだろう。初めてなので、ボスの正面はロクサーヌが頼む」

「分かりました」

ご主人様に返事をして、私はミリアには右のお付きの魔物を、ベスタには左のお付きの魔物を抑えるように指示した。

 

私が2人に配置を指示し終わると、ご主人様はベスタにデュランダルを渡して、「では、行くぞ」と言ってボス部屋の扉の前に立った。

 

ボス部屋に入り、私たちは入口近くで左右に広がって魔物を待ち構えると、部屋の中央に煙が集まりマザーリザードが出現した。お付きの魔物は左右ともマーブリームだ。

 

魔物は左右に広がりながらこちらに近づこうとすると、砂嵐に包まれてからだを斬り刻まれた。ご主人様のサンドストームだ。

しかし、20秒ほどで魔法の効果が切れると、何事もなかったようにこちらにむかい出した。

すると、マザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。

いつもなら、セリーが魔法をキャンセルするから問題ないけれど、魔物が近づくまで魔法で削って待つ作戦をとっていたので、彼女は魔物から離れている。

今から突っ込んでもキャンセルは間に合わない。

 

私は瞬間的に「来ます」と叫んでみんなに警告し、魔法を撃たれても避けられるように身構えたけど、からだの周りに火の粉が舞ってカッと熱くなった。

そして、全身に強い痛みが走り、胸が苦しくて呼吸が出来なくなる。

くっ!これはファイヤーストーム。全体攻撃魔法だから避けられない。

しかも、シザーリザードのファイヤーストームよりも遥かに威力が強い。

 

私はからだを縮こまらせて痛みに耐えていると、左右のマーブリームがベスタとミリアに迫っていた。

ファイヤーストームを放ったマザーリザードも動きはじめている。

そして、ファイヤーストームの効果が切れたときにはマーブリームはミリアとベスタの目の前で突撃体勢になっていた。

 

マザーリザードは魔法を放っていたにもかかわらず、既に私に向かってアタマから突撃している。

思ったよりも速い。

 

しかし、魔物の攻撃が私たちに届く前に、ご主人様のサンドストームが発動して魔物たちは再び砂塵に包まれた。

 

すると、マーブリームは2匹とも動きが止まったので、ミリアとベスタは体勢を立て直して攻撃を始めた。

 

マザーリザードは砂塵に斬り刻まれながらもそのまま私に突っ込んできたけど、からだを無理矢理捻ってかわし、すれ違いざまにレイピアで斬りつけた。

 

私は全体回復魔法を唱えようと思い、あたまの中に呪文を浮かべると、唱え始める前にミリアが「やった、です」と声をあげた。

横目で確認すると、私の右にいたマーブリームがドスンと音をたてて横倒しになった。

するとミリアは横倒しになった魔物は放置して、私と対峙しているマザーリザードの後ろに回り込んで斬り掛かった。

 

マザーリザードは私とミリアに前後を挟まれると、からだを回転させて尻尾を振り回した。

私は上体をそらせてその攻撃をかわしながら、全体回復魔法の呪文を詠唱した。

「あやまちあらば安らけく、巫女の祝のまじないの、全体手当て」

詠唱が完了すると、ファイヤーストームで受けた痛みがみるみる和らぎ、からだが軽くなった。

マザーリザードの魔法はシザーリザードよりも明らかに威力が高かったけど、ほぼ回復できたようだ。

巫女としての経験が上がっていくにつれ、私の回復魔法の威力も高まってきているのだろう。

 

マザーリザードは尻尾攻撃がかわされると、あたまを振りあげて打ち付けてきたので、私は半身になってかわした。

すると、そのまま頭を振って噛みつこうとしたので、鋼鉄の盾でいなしながら魔物の胴をレイピアで突き刺した。

次に、マザーリザードは腕を振って鋭い爪で私を切り裂こうとしたので、しゃがんでかわし立ち上がりながらななめ下からレイピアで胴を切り裂いた。

 

そのまましばらくマザーリザードの攻撃をかわしながら攻撃していると魔物の足元に魔法陣が浮かんだ。

だけど、今度はセリーが強権の鋼鉄槍を突き刺して魔法の発動をキャンセルした。

 

マザーリザードは魔法を抑えられると、右腕を振り上げて私を爪で攻撃しようとした。

しかし、その体勢のまま動きが止まった。

そして、マザーリザードの背後で盛んに尻尾を切りつけていたミリアから「やった、です」という声が聞こえた。

 

ミリア。良くやったわ。

私は石化したマザーリザードは放置して、ベスタが抑えていたマーブリームに右側面から突っ込んだ。

ミリアもマーブリームの後ろに回り込み、魔物の背中から斬り掛かっている。

するとセリーもベスタの後ろを回り込んで魔物の左側面に回り込み、魔物の囲みに加わった。

 

4人で囲んでタコ殴りにし、ご主人様がサンドストームを連発すると、すぐにマーブリームは煙になった。

 

最後はベスタのデュランダルでの一撃だったので、私はベスタに「ベスタ。良くやりました」と褒めると、彼女は「は、はい。お役に立てて嬉しいです」と言いながら目尻に涙を浮かべた。

 

その後、ご主人様はベスタからデュランダルを受け取って石化した魔物を倒して回ると、マーブリームが煙に変わった瞬間にミリアがドロップアイテムに飛びついて奪い取った。

 

“えっ!なに?” 

素早い動きに一瞬驚いたけど、彼女を見て納得した。

ミリアは満面の笑顔で、「尾頭付き、です!」と言いながら魚を掲げていたのだ。

 

すると、ミリアはご主人様の前にススッと進み出て、ちょっと上目遣いになりながら「尾頭付き、です」ともう一度言って、両手で魚を差し出した。

そして、少し不安気な瞳で見つめ、そのままご主人様の言葉を待っている。

まったくこの娘は......

 

ご主人様はちょっと肩をすくめると、「明日の夕食だな」と言いながら尾頭付きを受け取った。

ミリアはご主人様の言葉を聞くと、「はい、です」と元気良く返事をして再び満面の笑顔になった。

 

その後、セリーから、24階層の魔物はサイクロプスで、火魔法を使ってくるが接近戦での物理攻撃が一番の脅威であることを説明された。

そして、24階層にあがると、ご主人様は私にサイクロプスのいる所で、魔物の少ない所に案内するよう指示を出した。

 

「はい。分かりました」

「くれぐれも最初は慎重にな」

ご主人様はよっぽど物理攻撃を脅威に感じているのか?重ねて慎重に探すよう言われたので、私は集中して匂いを嗅ぎ分けた。

 

なるべくなら、サイクロプスだけの所がいいわね。

左のほうから匂いがするけれど、サイクロプスはたぶん1匹、シザーリザードが3匹いるわね。

右は...... サイクロプスだけで3匹かな?

まあ、右のほうが近いわね。

 

「ご主人様。こっちの方が近いから右ですね」

「えっ?近いから?」

「はい」

「そ、そうか。では頼む」

パーティーを誘導すると、すぐにサイクロプスが3匹現れた。

 

私たち4人が走り出すと、サイクロプスが目を閉じて動きを止めた。

よく見ると、魔物のからだの周りに風が渦巻いていて、魔物が斬り刻まれている。

あれはご主人様のブリーズストームだ。

 

サイクロプスは魔法の効果が切れると目を開けて、一度周りを見回してから再び私たちに向かいだす。

しかし、再度ブリーズストームを受けると、また目を閉じて動きを止めた。

 

私たちが魔物の前に辿り着いて攻撃をはじめると、すぐに魔法の効果が切れてサイクロプスも攻撃をはじめた。

 

私はさっきセリーが“サイクロプスの近接攻撃は脅威的だ”と言っていたので、はじめは警戒して少し引いて位置取っていた。

そのためレイピアが胴体に届かず、目の前にいるのに防戦しか出来なかった。

 

セリーが言った通り、サイクロプスの攻撃は強力だ。

振り下ろされた拳が床に当たると、衝撃がからだに伝わってくるほどだ。

あの攻撃をまともに受けたらタダでは済まないだろう。

 

だけど、当たらなければどうということはない。サイクロプスが腕を振り下ろしても、遅すぎるのでまったく当たる気がしない。

なので、私は1歩踏み込んで、サイクロプスの懐に飛び込んだ。

逆に飛び込んでしまったら、サイクロプスは腕が振りづらくなり、攻撃が緩慢になった。

 

私が超至近距離でサイクロプスの攻撃をかわしながらレイピアで攻撃していると、右のサイクロプスを相手にしていたミリアから「やった、です」という声が聞こえた。

 

次に、ご主人様の魔法でベスタが相手をしていたサイクロプスが煙に変わると、残りの1匹を4人で囲んでタコ殴りにした。

 

するとすぐに残りの1匹が煙になったので、ご主人様はベスタからデュランダルを受け取って石化した1匹を煙に変えた。

 

煙が消えると銅の塊が落ちていた。

拾ってご主人様に手渡すと、観察しながら「銅か。こんなのを剣で斬りつけて大丈夫だったか」と聞かれたので、一応レイピアの刀身に傷が無いことを確認してから「はい。問題ありません。サイクロプスが相手でも大丈夫ですね」と回答した。

 

すると、普段は慎重なセリーが積極的な提案をした。

「サイクロプスと戦えるかどうかは、5匹を相手にしてから判断した方がいいと思います。すぐにも戦ってみましょう」

「そ、そうか。確かにそうかも知れないが」

「それと、銅は装備品の素材ですね。革よりも数を必要とすることが多く、扱いにくい素材です。がんばります」

「分かった。ロクサーヌ、5匹の群れを探してくれ」

ああ、そういうことでしたか。

セリーが積極的なのは、銅がいっぱい欲しいからだったのね。

それにしても...... 魔物5匹の群れなら近くにもいるけれど、サイクロプスだけで5匹の群れはなかなかいないわね。

どうしようかしら......

 

見つからないので少し困り、ご主人様に確認した。

「サイクロプスだけで5匹ですか?」

「サイクロプスとシザーリザードで5匹の所でもいい」

「はい。それならこっちです」

私は少しほっとして、魔物の群れに案内した。

 

2分ほど歩き、サイクロプス3匹とシザーリザード2匹の群れと戦うと、倒し切るまでにサイクロプスとシザーリザードに1回ずつファイヤーストームを撃たれてしまった。

しかし、ミリアも魔物を2匹石化し、全体攻撃魔法を撃たれた都度私が全体回復魔法をかけたので、戦線が崩れるようなことはなかった。

結局5分もかからず戦闘が終了したので、24階層なら魔物5匹でも問題無く戦えることが分かった。

 

「あやまちあらば安らけく、巫女ののりとのまじないの、全体手当て」

戦闘が終了したのでもう一度全体回復魔法を唱えると、一度の戦闘で3回魔法を使ったからか、ご主人様からMPに問題ないか確認された。

 

「一昨日はあまりたくさん使える気がしませんでしたが、今はまだまだ何回でも使えそうです。不思議です。慣れたのでしょうか?」

「急速に経験を積んでMP量も増えているから一昨日と比べれば余裕はあるだろう。しかし、連戦となるとキツくなる。

巫女になってまだ2日だから、キツイと思ったらすぐに薬を飲むこと」

「かしこまりました」

 

「じゃあ 5匹でも大丈夫そうなんで、次からは数に関係なくどんどん魔物に案内してくれ。あと、出来ればサイクロプスの多い所を頼む」

「かしこまりました。

では、左に進むとサイクロプス4匹の群れがいますので、先ずはそこに向かいます」

 

その後、2度魔物の群れを倒してから朝食を食べに一度家に帰り、食後も昼までハルバーの迷宮24階層で狩りを続けた。

 

私は1度の戦闘で2、3回。昼までに15回は全体回復魔法を使ったけど、一度も気分が落ち込むことはなかった。

 

因みにセリーは銅の塊が30個以上拾えたことが嬉しかったみたいで、昼休憩で家に帰ると、我慢出来ずに銅の剣を1本作っていた。

 

◆ ◆ ◆

 

昼休憩のあと、私たちはザビルの迷宮1階層の小部屋に移動した。

この迷宮は帝国には管理されておらず、めったに探索者が来ることは無い。

実際ここで他の探索者には会ったことが無い。

それに、入口と違って迷宮内の小部屋なら匂いで近くに他の探索者がいるのか分かるので、前回からはペルマスクに行くときの最終中継地点をここにしているのだ。

 

ご主人様はミノを狩ってMP回復したあと、私たちに1人ずつコハクのネックレスを着けてくれ、入市税の銀貨1枚を渡してくれた。

 

それからセリーにカガミを4枚購入することや今後のことで工房に伝えてほしいことなど詳しいことを説明し、カガミの代金とコハクの原石を渡していたので、その間に私はベスタにペルマスクでの行動について注意事項を話しておいた。

 

その後、ペルマスクの冒険者ギルドに送って頂くと、ミリアがベスタの手を引いて窓際に連れて行き、外の景色を見させた。

「ベスタ。街が白い。です」

「わ。すごい。白くて綺麗な街だと思います」

「大きい神殿。です」

「わ。ほんとに大きい。あの窓も色が沢山ですごく綺麗です」

 

ミリアはまだ2回しか来たことが無いのに、何故か自慢げにペルマスクの街並を紹介している。それをベスタが素直に受け入れて、ミリアに追唱するように喜んでいることがちょっと可笑しくて、クスッと笑ってしまった。

隣でご主人様とセリーも笑っていたけれど、時間が勿体無いので2人に声をかけた。

 

「2人とも、遊びに来たのではないので、さっさと出発しますよ」

「はい。です」

「わかりました」

2人に声をかけて振り返ると、セリーも隣に来て振り返った。

そして、「ではご主人様。行ってまいります」、「「「行ってまいります」」」と言って、4人で一斉にお辞儀をした。

 

ご主人様はちょっと気おされて「あ、ああ」と返事をしたけれど、すぐにフッと笑って「みんな気をつけて」と言って私たちを送りだした。

 

冒険者ギルドの入口で入市税を支払って街中に出る。そして、セリーが先頭、ミリアとベスタがその後ろに横並びでつづき、一番後ろに私がついて歩きはじめた。

これは興味の向くまま寄り道しようとするミリアを抑える為のペルマスクフォーメーションだ。

 

最初にミリアがペルマスクに来たとき、冒険者ギルドを出るときに注意したにもかかわらず、帰りに商店や噴水のある広場、神殿など、気になった所で勝手に立ち止まり、私とセリーから遅れてしまって迷子になりかけた。

そんなことがあったので、前回来たときは私とセリーはミリアから目を離さないよう、彼女を挟んで歩いたのだ。

 

その配置で歩きはじめると、ミリアが遅れる本当の理由が分かった。

 

最初、私とセリーはミリアは魚屋でも探していて遅れたのだと思っていた。

確かにキョロキョロと何かを探しながら歩いているので、魚屋を探していることはほぼ間違いないとは思うけど、一瞬立ち止まってもすぐに歩き出すので、どうやらそれで遅れたわけではないようだ。

 

では、何ではぐれそうになるほど遅れたのか?

そう考えていると、店の前で呼び込みしている店員に声をかけられ、彼女は立ち止まってしまった。

 

以前から、店員や街中の人から声をかけられることはあったけど、私とセリーは今まで気づかないフリをするか、「済みません。急いでいますので」と言って歩みを止めずに通り過ぎていた。

しかし、ミリアはブラヒム語が十分話せないので、うまくあしらえていなかったのだ。

 

ミリアは立ち止まって店員にカタコトのブラヒム語で応対しはじめたので、私は「失礼します」と言って間に割り込んで、彼女の背を押しながら「いちいち立ち止まらない」と注意し、店員には「済みません。急いでいますので」と言って歩きはじめた。

 

店員は立ち去る私たちに未練がましく何か話しかけていたけど、そんなことは無視してその場を立ち去った。

 

ミリアは少し申し訳なさそうにしていたので、「ミリア。何故かわかりませんが、ペルマスクではクーラタル以上に人から声をかけられます。

ですが、私たちはここに遊びに来ているわけではありません。

1時間で冒険者ギルドまで戻らないといけませんので、いちいち相手をしないようにしてください」と伝えると、彼女は「はい......です」と少ししょげながら返事をした。

 

彼女は素直過ぎるから、話しかけてきた人を適当にあしらうことが心苦しいようだけど、そんなことを言っていたらご主人様を待たせることになってしまう。

 

それに、ご主人様がいないせいか、少し強引に私たちを誘おうとする男もいる。

だから、下手に気があるように見られないよう、ピシャッと断ることは大切なのだ。

 

今回はベスタが加わったので、3人でミリアを囲う形となり、万全の態勢となった。

特にベスタは強力で、いつもしつこく声をかけていた店員も、近寄ってきたときに彼女に睨まれると、くるっと踵を返して立ち去ってしまったほどだ。

 

結果、今回私たちはほとんど声をかけられることは無く、10分ほどでいつもの工房に到着した。

 

◆ ◆ ◆

 

入口にいた見習いにカガミを買いに来たことを話すと、見習いは私の横にいたベスタを見上げてポカンと口をあけて驚いた。

すぐに正気に戻ったけど、私たちを奥の打ち合わせコーナーに案内すると、親方を呼びに工房の奥に駆けていった。

そのあとなんとなく工房の奥がザワついていたけど、特に気にせず待っていると、ドタドタと足音をたてて親方が走ってきた。

 

親方は私に気づくと、「おう、なんだ嬢ちゃんたちだったのか」と言いながらスピードを落として近づいてきたけど、ベスタに気づくと一瞬ギョッとして立ち止まり、直後に彼女の大きな胸を見て驚愕の表情になった。

「ス、スゲー。スイカってのはマジだったか!」

親方はそう言うと、さらに「こ、こんだけデカイとコハクが豆粒に見えちまう。いや、ほんとすごいな」と言いながら、マジマジとベスタの胸を見続けた。

しかし、「コホン!」というセリーの咳払いにハッとすると、私たちからの冷たい視線に気づいてすぐに私たちに謝った。

 

「す、すまない。いや、こんな立派な胸ははじめて見たんで..... ほんとに済まなかった」

親方は深々とあたまをさげたので、私は謝罪を受け取ろうと思ったけど、セリーはひとこと、「滅びればいいのです」と言ってジト目で親方を睨んだ。

 

「えっ?!あ、いや......」

「いえ。ジロジロ見られると不快に思うものもいますので、今後は気をつけてください」

「あ、ああ。申し訳なかった」

親方はセリーの反応に気おされたけど、直後に許してもらえたので、ほっとしたようだ。

交渉役はセリーだけど、少し場をなごませたほうが良さそうなので、私から親方に話しかけた。

 

「親方さん。走ってこられましたけど、どうしたのですか?」

「ああ。実はさっき見習いの坊主が奥に飛び込んで来て、“スイカみたいな胸の美人が来てる”なんて騒いだもんだから、若いヤツらが浮きあし立っちまってな。

仕方がないから「バカヤロー!客に失礼だろ!」って一喝したんだけど、「親方と違って俺ら独身なんすよ!出会いが欲しいんすよ」とか、「親方は美人の奥さんがいるからいいじゃないすか !」とか、「親方だけスイカを拝むなんて許せないっす。奥方様に言いつけてやるっす!」とか言うモンだから、「とにかく客の相手は俺がするからお前らは仕事してろ!」つって、その場から逃げてきたんだ」

親方は走ってきた理由を話すと、「いや。それで俺が見惚れちまったんだから、情けないわな。タハハハ」と言って笑いながらあたまを叩いた。

 

すると、「あら、そんなにその娘の胸が良かったのかしら?」という抑揚のない声が響いた。

そして親方が固まった。笑顔が盛大に引き攣っている。

この工房の支配者。親方の奥さんの登場だ。

 

奥さんは親方の後ろに回り込むと、「あなたがバタバタしてどうするの? もう!」って少し可愛く言いながら、バシーンと背中を叩いた。

親方は「ウッ!」と唸って反り返ったけど、奥さんは何事もなかったように親方の隣に座った。

 

「いらっしゃい。いつものヤツ?」

「奥様。ご無沙汰しております。

いつも通り、コハク原石の販売とカガミの購入です。あと、取引のあとにお話があります」

「分かったわ。じゃあまずコハクの原石からでいい?」

「はい。よろしくお願いします。今回原石は8個あります」

「8個ね。それならいつも通り1個銀貨40枚でいい?」

「はい。それでお願いします」

「あなた。原石を確認して、問題なければ銀貨が320枚だから... 金貨3枚と銀貨20枚出してね」

奥さんに言われて親方は原石をひとつ、ひとつ確認した。

 

「うん。8個とも問題ないな。いつも通り質がいい物だ」

親方はそう言うと、事務の女性を呼んで代金を持ってくるよう指示した。

 

「次はカガミね」

「はい。今回は4枚、いつも通り大きさは多少不揃いでお願いします」

「いつも通り1枚銀貨20枚でいいわね」

「はい。それでお願いします」

「では、4枚で銀貨80枚ね」

 

セリーは「はい」と答えると、アイテムボックスから銀貨80枚を取り出した。

 

「あなた。カガミを4枚持ってきて」

「わかった。すぐに持ってくる」

親方はスクっと立ち上がると、ゴネることもなくさっさと工房の奥に向かっていった。

奥さんに全く反論することもなく忠実に従っているところを見ると、ベスタの胸に釘付けになった罪はかなり重いのかも知れない。

ふふっ。この感じだと、私たちが帰ったあとに親方は地獄を味わうことになるのだろう。

 

奥さんは先に銀貨の数を数えて問題ないことを確認すると、「間違いなく」と言って銀貨をテーブルの隅に寄せた。

コハクの原石もテーブルのすみに置いてあるので、受け取るのは原石の代金やカガミを持ってきてからと言うことだろう。

 

そんなことを考えていると、奥さんがセリーに話しかけた。

 

「ところで話って何?」

「実は、カガミの購入なんですが、私たちの依頼元に直接仕入れたいとの意思があるようで、私たちが買付にくることが無くなるかも知れません」

「えっ!そうなの」

「まだ決まってないのでなんとも言えませんが、どうも仕入れ量を増やしたいようです。ただ、私たちには注文の予定は無いようですので、次はいつになるのかわかりません」

「そうなの... 残念ね」

「それで相談なのですが、依頼元にこの工房を紹介してもよろしいでしょうか」

「うちとしては願ってもないことだけど、いいの?」

「実は依頼元は貴族なのです。ですので、私たちは実績があって信用出来るこちらを紹介したいのです」

「ふふっ。それは手を抜けないわね」

「はい。ご迷惑をおかけするかも知れませんので、ひとつ耳よりな情報を......」

そう言うと、セリーは親方の奥さんに何やら耳打ちした。

 

奥さんはセリーと小声で話しあうと、目を瞑って少し考え、パッと目を見開いた。

「そういうことね。引き継ぎのときはあなたは来るのよね?」

「はい。必ずまいります」

「わかったわ。残念だけど、そうなったときはよろしくね」

そう言うと、親方の奥さんはニッコリ微笑んだ。

 

その後、奥さんの赤ちゃんの話や私たちが実は探索者で、普段は魔物と戦っていることなどを話していると、事務の女性がコハクの代金を、工房の奥から親方と若い職人3人がカガミを一つずつ持ってきた。

 

セリーがコハク原石の代金を受け取りアイテムボックスにしまい終わると、顔を赤くした若い職人たちが私たちにカガミを渡してくれた。

因みに私は親方から受け取った。

その際、次はいつになるかわからない旨を伝えると、親方はかなりガッカリしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが工房の皆さんに挨拶して冒険者ギルドに戻りはじめると、若い男たちが追いかけてきた。

よく見るとさっき工房でセリーたちにカガミを渡していた若手の職人たちだ。

 

「ちょっと待って。あの、キミたちはいつも遠くからカガミを買いに来てるんだよね」

「良かったら今度街を案内しようか」

「いえ、結構です」

私はピシャッと断って歩きはじめると、男たちは横について歩きながら私たちを説得しはじめた。

 

「いや、そう言わずに。俺らは地元だから景色がいい場所とか安くて旨い店とか、色々知ってるぜ」

「そうそう。せっかくペルマスクに来たんだから、楽しまないと損だぜ」

 

はぁ。この手の男はしっかりとどめを刺さないと、簡単には引き下がらないわね。

私はそう考えて、もう一度しっかり断ることにした。

 

「あの、私たちにはご主人様がいるので、何方から誘われてもお付き合い出来ません。

申し訳ありませんが、お引き取りください」

「えっ?ご主人様?

確か親方がそんなことを言ってたけど、そんなの黙ってればいいじゃ......」

「はあ? 死にたいのですか?」

私が男の言葉を遮って殺気を飛ばすと、男は立ち止まって驚愕の表情を浮かべた。

 

「私がご主人様を裏切ってあなた程度の男に付き合う女だと、バカにしているのですか?

それとも自分のことを、私と付き合えるぐらい 魅力的な男だと勘違いしているのですか?」

「えっ、いや。そんなつも......」

「まさかとは思いますが、あなた程度の男がご主人様にケンカを売って、勝てるとでも思っているのですか?

ご主人様は盗賊10人を瞬殺するほど強いのですけど、あなたは自分もそれくらい強いとでも思い込んでいるのですか?」

「いや、おれた......」

「何を勘違いしているのかわかりませんが、私たちにつきまとってタダで済むと思っているのですか?

ご主人様は嫉妬深いので、私たちに絡んだことが知れたらあなたは地の果てまで追いかけられますけど、逃げ切れる自信でもあるのですか?

大した実力もないくせに、私たちに付きまとうなんて、本当にいい度胸ですね」

 

私はご主人様の目を盗んで浮気させるような言葉を平然と吐いた男にムカついて、自分でもわかるぐらい頭に血が上ってしまい、感情の赴くまま一気にまくし立ててしまった。

そして、息を吸うために一度言葉を切ると、あろうことか男が言い訳をはじめた。

 

「い、いや。俺たちはちょっと誘おうとし...」

「はあ?言い訳ですか?何を言われても許すつもりはありませんけど。

まだつきまとうならご主人様に報告しますけど、よろしいですね!」

「えっ!いや...... その......」

私は男の言い訳を遮って最終勧告すると、男たちは全員顔面が蒼白になり、その場に貼り付けられたように立ち尽くした。

次の言葉も出てこないようだ。

 

このままここに放置して立ち去ってもいいけれど、私に浮気をほのめかした男は許せない。

キッチリ脅かして二度と私たちの前に顔を出せないようにしてしまわないと......

 

そう思ったけど、 次の言葉が浮かばなくて私も沈黙してしまった。

いつもならこんな時にはセリーがフォローしてくれるのだけど、なぜか今日は彼女も沈黙している。

私は「はぁー」とひと息吐いて気持ちを落ち着かせ、もう一言付け加えた。

 

「ご主人様はそろそろ冒険者ギルドに着くころなので、私たちがいないと迎えに来ると思いますが......」

そこまで言って男たちの顔を覗き込むと、全員顔が引きつっていた。

 

「私たちに群がるあなたたちを見たらどう思うか...... ふふっ♥」

私はご主人様が無双する姿を妄想して思わず微笑んでしまうと、男たちから「ヒッ!」と情けない悲鳴があがった。

そして、次の瞬間には踵を返し、脱兎のごとく逃げだした。

 

私は「ふんっ!」ともう一度 軽く息を吐いてみんなのほうに振り向くと、ミリアとベスタは盛大に顔を引きつらせていた。

しかし、何故かセリーは後ろを向いて、プルプルと肩を震わせている。

ちょっと怒ってしまったので、ミリアとベスタの反応は分かるけど、セリーは何で笑っているのかな?

 

「セリー?」

「あ、いえ。すみません。ロクサーヌさんの反応があまりにも速かったので、なんか途中から可笑しくなってしまって。

アイツらに笑ってるところを見られる訳にはいかないので、後ろを向いてました」

「えっ、そんなに速かったですか?」

「はい。魔物の攻撃をかわすときくらい速かったです。それに、何度もアイツらの言葉を遮って脅してました。

しかも、“あなた程度の男”とか、“何を勘違いしている”とか、もう無茶苦茶貶すもんだから、最後のほうなんか、アイツら悲愴な顔つきでアウアウ呻くだけになっていましたよ」

「確かにそんな感じでしたね。いい気味です」

「私もムッとしたのでひとこと言ってやりたかったのですけど、ロクサーヌさんが畳み掛けていましたので、口を挟めませんでした」

「そうでしたか。セリーには申し訳ありませんが、あたまに来たので自分を抑えられませんでした」

「いえ。ロクサーヌさんがビシッと〆てくれたので助かりました。それに、途中から笑いをこらえるのに必死でしたので」

セリーは返事をすると、もう一度クスッと笑った。

 

「セリー。その、今のことは......」

私はご主人様に今のことが知れて引かれてしまうことが怖くて、セリーに黙っているよう頼もうとしたけど、何て言ったらいいのかわからなくて言葉が途切れてしまった。

でも、彼女は何事もなかったかのように「ロクサーヌさん。何かありましたか?」と、とぼけた返事を返してくれた。

 

「ふふっ。ありがとう」

「いえ。ナンパなんてイチイチご主人様に報告していたらキリがないです。そんなことより本当にそろそろご主人様が着くころですから、冒険者ギルドに急ぎましょう」

そう言うと、セリーは冒険者ギルドに向けて歩き出したので、私は固まっていたミリアとベスタの後ろに回り、お尻を叩いて再起動した。

2人はビクッ!とからだを震わせて、すぐにセリーの後ろについて歩き出したので、私はクスッと笑ってから2人の後ろについて歩き出した。

 

◆ ◆ ◆

 

冒険者ギルドに戻ると、奥の壁際でご主人様が待っていた。

 

「ご主人様。只今戻りました」

「おかえり。何か問題はなかったか?」

「特にありません」

「では、移動するぞ」

ご主人様がワープゲートを開いたので、私たちは彼のあとについてゲートをくぐった。

 

ザビルの迷宮1階層の小部屋に出ると、ご主人様は強壮丸を何粒か飲み込んだ。

私は匂いを嗅いで周囲を確認し、私たち以外の探索者が居ないことを報告すると、ご主人様は軽くセリーにペルマスクでのことを確認した。

 

「親方の奥さんには、次はいつになるか分からないと言っておきました。

以前言っていましたが、親方の奥さんとしても、あまりコハクのネックレスを広めたくはないようです。みんなが持っていても困るからでしょう。向こうとしてもちょうどよかったと考えているのではないでしょうか」

「そうか。ありがとな」

 

「あと、カガミの卸先に工房を紹介する許可も頂きましたので、ハルツ公に引き継ぐことになっても大丈夫です」

「それは助かるが、許可が無いと紹介したら不味いのか?」

 

「貴族相手に取引するとなると、色々気を使わないといけなくなります。

急な要請や無理な注文に応えたり、敵対するような勢力に情報を漏らさないよう注意したり。

まず間違いなく取引していることは伏せるよう要請されるでしょう」

「確かにそうなるな」

「そうなると自由に商売出来なくなるし、場合によっては今まで付き合いがある客との取引を中止しなくてはならなくなることもあるのです」

 

「そ、そうなのか......」

「ですから貴族との取引は避ける商人も多いのです。勝手に紹介したらトラブルになる可能性がありましたので、卸先が貴族であることも伝えたうえで、許可を頂いております」

 

「そうか。取引の引き継ぎについて簡単に考えていた。

ハルツ公の希望は、カガミの販売を行う為に仕入れ量を増やすことと、配下の冒険者を使って直接ペルマスクでカガミを仕入れることだった。

ハッキリ工房を紹介しろとは言われてないが......」

「話の流れから考えて、紹介しない訳にはいかないでしょう」

「やっぱそうだよな。セリー、色々気を使ってくれてありがとうな」

「いえ。ご主人様を支えるのは当然のことですから」

セリーはちょっとドヤ顔になって胸を張ったけど、ご主人様に頭をなでられると真っ赤になってうつむいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「じゃあ移動するが、次はアイエナの冒険者ギルドに飛ぶ。そこで強壮丸を飲んですぐに家にもう一度飛ぶから、みんな離れないように」

「あ、アイエナですか?」

私はご主人様から“アイエナ”という町の名前を聞いて驚き、思わず聞き返してしまった。

アイエナは私が育った町だったからだ。

懐かしい気持ちはあるし、叔母がどうしているのか気になるけど、正直会いたくない人もいる。

バラダム家のあの女は死んだけど、あの女の関係者や昔のパーティーメンバーなんかに会えば、ろくなことにはならないだろう。

ご主人様と一緒だから安心だけど、あまり長居はしたくない。

 

「ん? どうかしたか?」

「いえ。なんでもありません。

ご主人様。アイエナの冒険者ギルドには用事は無いのですか?例えばアイテムを売るとか」

「ああ、中継で寄るだけだから特に用は無い。知らない町のギルドだから、長居をしても良いことは無いだろう」

「かしこまりました」

私がほっとしながら返事をするとご主人様は一瞬小首をかしげたけど、すぐにワープゲートを開いてくぐって行ったので、私たちもあとに続いた。

 

アイエナの冒険者ギルドに出ると、ご主人様はすぐに強壮丸を飲み込んだので、私たちはご主人様の隣にかたまったまま、強壮丸の効果がでるまで待機した。

 

ギルドの中を見ると、奥のほうにバーカウンターがあり、その隣のテーブルで柄の悪そうな男たちが騒いでいた。

全員狼人族のようで、まだ昼間だというのに、どうも酒を飲んで盛り上がっているようだ。

 

その男たちは移動してきた私たちに気づいて一瞬静かになったかと思うと、ヒソヒソと話し合いを始めた。

そしてニヤニヤしながらこちらに向かって歩き出した。

 

ご主人様に因縁でもつけようと考えたのか、それともペルマスクの男たちと同じようにそんな貧相な見た目で私たちを誘おうとでも思っているのだろうか.....

 

しかし、その疑問が晴れることはなかった。

なぜならその冒険者たちがこちらに近寄ってくる前に、ご主人様が壁に向かってワープゲートを開いたからだ。

 

ご主人様は最初からアイエナはただの中継地点だと考えていたので、ゲートを出ると冒険者ギルドの中は気にせずに薬を飲んで壁の方を向いていた。

そして、2回ほど深呼吸をすると、躊躇なくワープゲートを開いたのだ。

 

ご主人様が「では行くぞ」と言ってゲートをくぐったので、私たちも続いてアイエナの冒険者ギルドをあとにした。

 

後ろで『あっ!待て!』って男の声が聞こえたような気がしたけど、もう会うこともないだろうから、あたまの中から彼らの存在を消し去った。

 

そして、ゲートをくぐると家のダイニングに出た。

 

「お疲れ様でした」

「ああ。ひと息ついたらハルバーの迷宮に行く」

「かしこまりました」

ご主人様が席に着いたので、私たちも部屋のすみにカガミを置いてから席に着いた。

そして、セリーがペルマスクでの取引結果を報告してコハク原石の代金をご主人様に渡すと、ご主人様は改めて私たちの労をねぎらってくれた。

 

ペルマスクの話が終わると、話題がつい今しがたのことになった。

「ロクサーヌ。そういえば、さっきアイエナでゲートをくぐる時に何か話しかけられていなかったか?」

「えっと...... 確か ......」

私はついさっき頭の中から消し去ったことを、頑張って思い出した。

 

「奥にいた冒険者たちが私たちに近づきながら「待て」ってバーナ語で言ったような気がしました」

「えっ?そうだったのか?」

「はい。ですけど私はご主人様の後について ゲートをくぐってしまったのでよく聞いていませんでした。セリーは聞いていましたか?」

セリーに話をふると、彼女は少し考えてから話し出した。

彼女も私と同じように、あの男たちのことは頭の中から消し去っていたのだろう。

 

「なんかいやらしい目をしながら近づいてきた男たちのことですよね。

私の知らない言葉でしたが、何か叫んだことは間違いないです。

ですけど立ち止まってもろくなことにはならないと思いましたので、私は無視してゲートをくぐりました。

あんなヤツらは滅びてしまえば良いのです」

「そ、そうか......」

セリーが答えると、ご主人様は顔が引きつった。

 

「ミリアとベスタは最後にゲートをくぐってきたけど、大丈夫だったか?」

ご主人様が2人に確認すると、ミリアは「走ってきた。です。ベスタを引っ張ってくぐった。です」と答えた。

そして、ベスタは「男たちが叫びながら走ってきましたけど、お姉ちゃんに手を引っ張られてゲートをくぐりました」と答えた。

 

「そうか。間一髪だったのだな。ミリア、良くやった」

ご主人様がミリアを褒めると、彼女は「お姉ちゃん。です」と言って胸を張った。

すると、ベスタが小さく手をあげて、言いづらそうに発言した。

「あの、勘違いかも知れないのですけど、ロクサーヌさんの名前を言っていた気がしたのですが......」

私はベスタの言葉を聞いて背筋がゾッとした。

あの中に私を知ってる人がいた?

私は混乱したけれど、ご主人様は気にしていないようだ。

 

「ん?勘違いじゃないのか?」

「すみません。知らない言葉でしたので、似たような音の別の言葉だったかも知れません」

「ああ。あれだ... 空耳ってやつだな。

しかし、こんなことがあるなら俺が最後に移動したほうが良いのだろうか」

「移動した先にゴロツキがいたら同じことです。それに、どちらかと言うことなら、先頭のほうが危険です」

ご主人様の疑問に、セリーがいち早く答えた。

 

「そうかも知れないが......」

「先ず、移動した瞬間に攻撃されることは考えづらいです。

ですけど、移動するときの並び順にこだわるなら、先頭はロクサーヌさんで最後尾が私。ご主人様はどちらでも対応出来るように真ん中で移動するのが最適だと思います」

 

「ロクサーヌが先頭の理由は?」

「どちらかと言うなら出会い頭のほうが厳しいですから、咄嗟に動けるロクサーヌさんが最適と考えました」

「なるほど。セリーの言う通りだな」

「では、これからは私が先頭になればよろしいですね」

「いや。出会い頭のほうが厳しいなら、今まで通り先頭は俺。ロクサーヌは俺のあとからついてきてくれ」

「ですが、それではご主人様が...」

「ロクサーヌ。お前を危険な目にあわせたくない。ダメか?」

ご主人様はそう言うと、真剣な目で私を見つめた。

そんな目で見られたら......

 

そのままご主人様と見つめあっていると、「コホン!」というセリーの咳払いが聞こえた。

私はハッとして「ご主人様。ありがとうございます」とお礼を言うと、ご主人様も我に返って「ま、まあ。セリーが言う通り、移動した瞬間に攻撃されることは考えづらいから、今まで通りで大丈夫だろう」と慌ててこたえた。

そして、「そろそろ休憩はいいだろうから、迷宮探索を再開する」と言って立ち上がった。

 

その後、ハルバーの迷宮25階層に飛んで、しばらく探索を続けているとご主人様がセリーに話しかけた。

「ところでセリー。ひとつ聞きたいことがあるのだが。貴族は一般人を相手に食事会を開いたりするものなのか?」

「功績をあげた人や羽振りの良い商人が領主に呼ばれた、ということなら聞いたことがあります。ですが、めったにないことです」

「そうか...... 一応聞いておくが、招待されたのに行かないのは不味いよな」

「えっ......」

ご主人様は軽く考えているようだけど、その言葉を聞いたセリーは驚愕の表情を浮かべた。

そして、思いっきり顔をしかめて、少し低い声音でご主人様に答えた。

 

「ご主人様。招待されたときにきちんと断っていれば問題ない場合もあるでしょう。ですけど、一度受けていたら行かないのは不味いどころでは済まないと思います。

貴族のメンツをつぶすことになりますので」

「そ、そうか。実は、今日はハルツ公より夕食の招待を受けている。なので、後でカガミを持って全員で行こう」

ご主人様はセリーの言葉を聞いて明らかに動揺しているので、私は少しでも楽になってほしいと思い、「カガミですか。分かりました」と、さも当たり前というようにお答えした。

 

ご主人様は少しほっとした顔をして、「カガミの取引が今回で最後になるみたいだからな。そのお礼というか、詫びだ」と言ったので、私はご主人様を送り出すつもりで「では私たちは適当にすませます」と言うと、彼は「いや。その...... 招待されているのは全員だ」と申し訳なさそうに私たちに告げた。

 

えっ、私たちも......

 

私は以前ご主人様から「ハルツ公がロクサーヌに興味を持っている」という話を聞いたことを思い出して少し嫌な気持ちになったけど、ご主人様を見るとすごく申し訳なさそうにしていたので、努めて明るく返事をした。

 

「私たちもですか。本当によろしいのですか?」

「向こうが来いと言うのだし......」

「えっと、私たちは普段着しか持っていないのですけど」

「それは大丈夫だ。向こうは気にせず普段着で来いと言ってた」

 

「えっと、ハルツ公というのは、貴族様ですよね?私たちは...その...」

「そうだな......」

「貴族でも奴隷を持つことがあるそうです。奴隷と一緒に食事をするのは禁忌ではないのかもしれません」

 

明るく返事はしたけれど、やはり行きたくない気持ちはある。

なので、自然と行かないで済む理由を求めて御託を並べていたけれど、ご主人様が答えに困ると代わりにセリーが説明した。

彼女はハッキリとは言わないけど、“いまさら断われないので諦めてください”ということだろう。

 

「はぁ...... そうですか......」

私が少し肩を落として息を吐くと、彼女まで申し訳なさそうな表情になった。

 

その後、ご主人様はセリーにいつ頃ハルツ公の所に行くのが良いか?話を聞いていたけど、しばらく思案したあと「少し早目だけど迷宮探索を切りあげて向こうに行く」と言い出した。

 

私は少し不安に思い「大丈夫でしょうか」とご主人様に尋ねると、彼も一瞬不安気な顔をした。だけど、すぐに私の耳を撫でて、努めて明るく「決意と気合があれば大丈夫だろう。気合だ」と言って私を元気づけてくれた。

 

「気合ですか...」

「安心しろ。ロクサーヌは絶対に手放さない」

「えっと...... はい...... ありがとうございます」

私は耳を撫でているご主人様の手のうえに自分の手を重ねて、少しのあいだ温もりを感じた。

 

◆ ◆ ◆

 

迷宮からクーラタルの冒険者ギルドに移動すると、ご主人様はカウンターに寄ってドロップアイテムを売却した。

そして、いつもならこのあと夕食の材料を買って、ご主人様と楽しく話しながらゆっくり歩いて帰るのだけど、今日はそんな気分ではなかった。

重苦しい雰囲気で心なしか足早となり、5人がひとかたまりとなって黙々と歩いてしまっている。

 

私はご主人様とクーラタルに住んでまだ半年だけど、少しばかり目立つようで6区の中ではそこそこ知られている。

6区は閑静な住宅街で穏やかな人が多く、総じてみんな愛想がよい。

なので、いつもは歩く先々で気軽に挨拶されたり、ときにはお裾分けを頂いたりする。

 

ところが今日は、何人か近所の人は見かけたけれど、誰も近づいてこなかったし、話しかけてもこなかった。

私たちの異様な雰囲気を察したのか、それとも私の表情が暗く沈んでいたから話しかけづらかったのか。

理由はよくわからないけれど、これではまた変な噂をたてられるかも知れないわね。

 

そんな事を考えながら歩いていると、10分そこそこで家に着いてしまった。

 

「ご主人様。結局今日は、誰からも声をかけられませんでしたね」

「そうだったな。これなら冒険者ギルドからワープすれば良かったか?

まぁ、こんな日もあるさ」

「そうですね。でも、今日は声をかけられても話に集中できなかったでしょうから、ちょうど良かったです」

「ロクサーヌ。悪いな」

「いえ。大丈夫です。

ここで色々考えても、行ってみないと何があるのかわかりません。

それならさっさと支度して、公爵の所に乗り込みましょう」

私が不安を押し殺して 答えると、ご主人様は私の耳をひと撫でして、「そうだな」と返事をしながら装備品を外しはじめた。

 

私たちも装備品を外してテーブルに仮置きし、身だしなみを整えていると、ご主人様がセリーに「普段着にネックレスを着けて会食に行ったら失礼じゃないか?」と確認した。

そして、彼女から「問題ない」というお墨付きをもらうと、私たち全員にコハクのネックレスを着けてくれた。

 

私たちの支度がおわると、ご主人様はアイテムボックスの中身をダイニングテーブルのうえに出しはじめた。

そして、銅の塊や革などの装備品製作に必要なアイテムはセリーに手渡し、彼女のアイテムボックスにしまわせた。

 

さらに、ご主人様はひもろぎのイアリングを外して、代わりに身代わりのミサンガを足首に装着し、装備を外した冒険者という装いになった。

 

ご主人様は佩剣していないので、私はレイピアを腰にさげようとすると、彼は「ロクサーヌ。食事会に行くだけなのに剣は...」と言って止めかけた。

だけど言いながら考え直したようで、「いや、護衛がいないのは不自然か。ロクサーヌ。すまないがいざというときは頼むな」と言って私が佩剣することを認めてくれた。

 

すると、私とご主人様のやり取りを見ていたセリーがご主人様に質問した。

 

「あの。ご主人様は何処からボーデの城に移動していることになっているのですか?」

「ん? 特にそんなことを話したことは無いが」

「では、ハルツ公爵には、何処から移動してきていると、思われているのでしょうか。自宅から移動してきていると思われていないなら、ロクサーヌさんしか武器を持っていないのは不自然に思われませんか?」

「確かにそうだな」

「あと、私たちのジョブは知られているのでしょうか?」

「いや。明かしたことはないが...... つまり、武器一つで気付かれかねないということだな」

「はい」

「では、みんな聞いてくれ。

先ず、俺は、冒険者ギルド・探索者ギルド・商人ギルドのいずれかからフィールドウォークでボーデの城に移動していることにする。

下手に家から移動しているなんて知られると、好き放題呼び出されることになりそうだからな。

そして今日は冒険者ギルドから移動した。ということにすること。

 

だから、向こうで預けることになるかも知れないが、みんなには俺が指定する武器を携帯してもらう。

次に、俺たちのジョブは、一応内密とする。

既に知られている者もいるかも知れないが、こちらから明かすような発言は避けてくれ。

もししつこく聞かれたら、“自分からは話せないから、ご主人様に聞いてください”と言って俺に話をふってくれ」

「かしこまりました」

私が返事をすると、ご主人様はベスタに鋼鉄の剣、ミリアにシミター、セリーにダガーを装備するよう指示した。

 

そうして全ての準備が整うと、ご主人様は私たちの顔を一度見回した。

そして、真剣な表情になって私たちに告げた。

 

「今から公爵と対決だ。形としては食事会だがセリーが言った通りエルフは何を考えているかわからない。

なので、内密にしていることを話したり、何かの約束の言質を取られないよう気をつけてくれ」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「気をつけます」

 

「ありがとう。あとひとつ......

俺は何があってもお前たちを手放さない。悪いがそのつもりでいてくれ」

 

「そんなことは当然です。私たちはどこまでもご主人様について行きます」

「そうです。私たちはとっくにそのつもりです。私たちを引き剥がそうとするヤカラは滅びればいいのです」

「はい。です。ずっと一緒。です」

「私もご主人様以外の人に仕えることなんて考えられません」

 

「みんな...... ありがとう......」

ご主人様は私たちの言葉が本当に嬉しかったようで、目の端に涙を滲ませながら嬉しそうに微笑んだ。

 

その後、私たちは1枚ずつカガミを持ち、ご主人様のあとについてワープゲートをくぐった。

 

 

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