わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。
私たちはたった今、ハルツ公爵から招待された食事会に出席するためボーデの城に移動してきたところだ。
ワープゲートから出た場所は大きな広間で、ボーデの城の玄関ホールらしく、一部の壁以外は遮蔽セメントで覆われているとのこと。
私は覚えていなかったけど、バラダム家との決闘騒ぎのときは、ここから家に帰ったそうだ。
ご主人様は誰の許可も受けず、当たり前のように勝手に城の中に入っていこうとしたけれど、「ミチオ様、お待ちください」という声がかかって止められてしまった。
周りを見ると、こちらに一人の騎士が近づいてきている。
私は覚えていなかったけど、この人は決闘騒ぎのときに立ち会っていた騎士の一人とのこと。
騎士は私たちの前までくると、ご主人様に「すぐに団長を呼んでまいります。ここで少々お待ちください」と言って、城の奥に走り去った。
すると、すぐに騎士が走っていった通路から、ゴスラーさんがやってきた。
彼は私たちの前に来て、何故か一瞬私に視線を向けてからご主人様に話しかけた。
「ミチオ殿、よくみえられました。こちらへおいでください」
「うむ。宜しく頼む」
ゴスラーさんの先導で城の中を5分ほど歩くと、大きな部屋に案内された。
部屋に入ると、中は騎士が大勢いた。
サッと見回したところ全員エルフ族のようで、30人はいそうだ。
全員揃いの防具を装備していて、柄の装飾が綺麗な槍を装備している騎士が6人、中央に紋章がついた大き目の盾と片手剣を装備している騎士が4人、スタッフを装備している魔法使いが2人、残りの騎士は両手剣を装備している。
そして、その騎士たちの前にひとりだけ豪華な服装で、見るからに高価そうな両手剣を腰にさげたエルフがいた。
もしかしてあの人がハルツ公爵?
そう思っていると、その人が片手をあげてご主人様に話しかけた。
「ミチオ殿、よくまいられた」
「本日はお招きにあずかりまして」
「よいよい。堅苦しい挨拶は抜きじゃ」
「ハッ」
思った通りこの人がハルツ公爵のようだけど、なんだか軽い......
貴族は尊大で、一般人を見下すような感じだと勝手なイメージを持っていたので正直拍子抜けした。
しかし次の瞬間、公爵は私たちを見回して、私に視線を止めた。
そして、私のことをじっと見ながら「彼女らがミチオ殿の?」とご主人様に確認した。
私はご主人様から自分が公爵から狙われていると言われたことを思い出して背筋がゾッとして寒くなり、思わず目をそらしてしまった。
「はい。パーティーメンバーのロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタです」
ご主人様は私たちの並び順には関係なく、4人を一気に紹介した。
あれ?いまの紹介で、誰が誰か分かったのかな?
私は少し気になったけど、とりあえず公爵に向かって頭を下げた。
「余がハルツ公爵じゃ」
「はい。よろしくお願いします」
挨拶されてしまったので、私は意を決して顔をあげ、代表して挨拶すると、「ふむ」と言いながら公爵は再び私たちを見回して、5人しかいない理由を確認してきた。
どうも公爵からすると、貴族からパーティーメンバーも一緒にと誘われた場合は親でも兄弟でも知り合いでも加えて6人でくることが常識なのに、ご主人様が5人で来たことが不思議だったようだ。
ご主人様がパーティーメンバー以外は連れてきていないことを伝えると、「ふむ。やはり遠くの出ということか」と小声でつぶやいた。
やはりって......あれ?
もしかして、ご主人様が遠方出身ということを確認したってこと?
私はいまの公爵のつぶやきが引っかかったのでご主人様をチラッと見ると、彼は少しだけ眉根を寄せていた。
ほとんど表情には出していないけど、ご主人様もいまの会話で自分のことを探られていたことに気がついたみたいだ。
どうもハルツ公爵は、見た目は明るくて社交的な紳士だけど、油断ならない人物のようだ。
場が微妙な雰囲気に包まれそうになったけど、空気を読んだのかゴスラーさんが会話に割って入った。
「まずはカガミをお渡しください」
「この四枚だ」
ご主人様に促されて私たちがカガミを騎士に渡すと、ゴスラーさんは「確かに。お代は色をつけて後でお渡しします。それと今後のことですが」と言ってご主人様とカガミの仕入れについて話し始めた。
ご主人様がカガミの仕入れから手を引くことを伝えペルマスクまでの案内を了承すると、ハルツ公爵は「ミチオ殿が余の騎士団に入って運搬の仕事に携わってくれたら一挙両得なのじゃが、どうだ?」などと言って、極めて軽い態度でご主人様を配下に誘った。
私はすごく驚いたけど、ご主人様は慣れているのかまったく動じる気配もなく、「それほどの仕事でもないでしょう」と言ってあっさり断った。
すると公爵閣下は「で、あるか......」と残念そうにつぶやいた。
ただ、残念そうだが無理強いはしないようなので、少しほっとした。
本気で誘ったわけではないのだろうけど、相手は貴族。それも公爵だ。
普通の人なら怖くて断れないだろう。
もしご主人様が公爵閣下の配下になったら......
きっと自由に活動出来なくなるし、私たちがご主人様と一緒にいられる時間は間違いなく減るだろう。
最悪公爵に命令されれば、私たちは引き離されてしまうかも知れない。
そんなことは絶対にイヤッ!
それに、ご主人様には知られてはいけない秘密が沢山ある。
公爵閣下の配下になれば四六時中監視されるかも知れないし、そうでなくても私たちは四六時中警戒していないといけなくなる。
それに、もし秘密がバレたらどんな目にあうことか......
“きっとろくなことにはならないだろうし、想像したくないわね”
とにかく間違ってもご主人様が配下にならないよう、この公爵閣下には注意を払わないといけないようだ。
私はそう考えて警戒心をあげていると、雰囲気が悪くなる前にまたもゴスラーさんが会話に割って入った。
「分かりました。そちらのほうは自前の冒険者でなんとかしましょう。ミチオ殿、後で相談にのってください」
「わかりました」
ゴスラーさんがあっさり引き下がると、ハルツ公爵は視線をご主人様から私たちに向けた。
「して、ゴスラーが立会人を務めたというのは?」
「確か、狼人族の彼女ですね」
ゴスラーさんが私を紹介すると、ハルツ公爵は少し目を細めた。そして、「ほぅ...そうか...」と言って上から下まで滑るように視線を這わせた。
少し不快だったけど表情に出さないように我慢していると、「彼女がロクサーヌです」と言ってご主人様が私を紹介した。
「隙のない身のこなし。さすがに強そうじゃ」
「はい。見事なかまえです」
ハルツ公爵が私を褒めると、ゴスラーさんも追唱した。
私はただ立っているだけなのに、どこを見て強いと思ったのだろう?
少し 疑問に思ったけど、よく考えるとゴスラーさんは決闘で私がバラダム家の女を圧倒したところを見ている。
そのときのことを聞いているから、公爵閣下は私が強いと決めつけているのだろう。
あれはあの女がものさしにもならないくらい弱かっただけなんだけど......
「余の攻撃では当てられないかもしれん」
「彼女の強さは特筆すべきものです」
「そちはどうじゃ」
「は。恐れながら、一度手合わせさせていただければと」
「ミチオ殿、いかがか。この者は余の騎士団でも最も腕が立つ。一度彼女との手合わせを願いたいが」
ハルツ公たちは、私を無視して勝手に私の強さについて話し合うと、ハルツ公騎士団で一番強い騎士と試合させろと言い出した。
ご主人様は「いえいえ。とても相手になるとは」と即座に断ったけど、公爵閣下は「いやいや。ゴスラーから決闘での戦いぶりは聞いておる。是非やらせてやってくれ」と言い返した。
「しかし、怪我でもしたら食事どころではなくなりますが」
「訓練用の木剣を使わせるし、危険なことはないじゃろう」
「しかし木剣とはいえまともに当たれば......」
「大丈夫じゃ。決闘というわけではなく、あくまで軽い手合わせじゃ。問題ないじゃろう」
さっきは渋々引き下がったけど、公爵閣下は今度は引き下がらないようだ。
周りをよく見ると、部屋のすみに木剣と木の盾が用意してあるし、話の流れもなんだか不自然だ。
どうやら公爵閣下は初めから、私とこの騎士を戦わせようと仕組んでいたみたいだ。
これは...... 断ることは無理そうね。
騎士団で一番強いということは、以前ご主人様が倒したサボーよりも強いかも知れない。
普通に考えれば騎士団の最精鋭に私が勝てる訳がないだろう。
でも、巫女になってから、私は日を追うごとに強くなっている。
今ならこの騎士が相手でも、善戦出来る気がする。
「ご主人様、私も手合わせしてみたいです」
どうせ断れないのだし、これ以上ゴネるとご主人様の立場が悪くなると思い、思いきって言ってみた。
するとご主人様は一瞬驚いたようだけど、すぐに「わかった」と言って試合を認めてくれた。
◆ ◆ ◆
「おお。では早速はじめよう」
ハルツ公爵が合図すると、カガミを持った騎士が退室し、他の騎士が部屋のすみにあった木剣と木の盾を私たちの前に並べた。
私は腰にさげたレイピアをホルダーごとはずし、ネックレスもはずしてセリーに預けた。
「セリー。お願いします」
「ロクサーヌさん。気をつけて」
「お姉ちゃん。頑張る。です」
「頑張ってください」
私が3人から激励されると、ご主人様が私の耳を撫でてくれた。そして、「ロクサーヌ。あの男はただの騎士ではない。上位ジョブの聖騎士だ。相当強いから、無理して怪我などしないように」と小声で優しく言ってくれた。
「はい。ありがとうございます」
私はご主人様にお礼を言って踵を返し、木剣の中から片手剣を選んだ。
そして、木の盾を左手に持って部屋の中央に向かった。
部屋の中央には聖騎士が待っていて、ハルツ公爵と何やら打ち合わせをしていた。
ハルツ公爵は私を見て目を細めると、「楽しみにしておる」と言ってご主人様のほうに向かって行った。
よく見ると部屋は騎士たちがぐるりと囲んでいて、逃げだす隙間もなくなっている。
やはりハルツ公爵は油断ならない人物だ。
ご主人様があのまま断り続けていたら、無理矢理にでも私とこの聖騎士を戦わせるつもりだったのだろう。
私は距離をおいて聖騎士と向かい合うと、彼は「では」と言って私に向けて走り出した。
そして、両手で持った木剣を大上段に構えると、私に飛び込みながら振り下ろした。
速い!それに鋭い!
飛び込みながら一閃してるのに、まったく剣閃にブレがない!
私は反射的に右手の剣で聖騎士の一撃をそらして、さらにからだを半身にしてなんとかかわすと、次の瞬間には振り下ろされた剣がひるがえり、斜め下から切りあげてきた。
私は少しだけ上半身をそらせてかわし、聖騎士の脇腹を剣で薙いだけど、彼はバックステップして難なくかわした。
次に聖騎士は斜め左上から斬りつけてきたけど、私がからだをさげてかわすと、途中で剣が止まってそこから突き出された。
私は咄嗟にもう一歩下がりながら、剣を横薙ぎに振って相手の剣先をそらした。そして、からだを回転させて彼の突きをかわした。
そして、そのまま1回転して彼の背中を斬りつけようとしたけれど、彼も攻撃をかわされた瞬間にからだを回転させて、こちらに向けて万全の態勢をとっていた。
一瞬のにらみ合いのあと、私は聖騎士に飛び込んで剣を突き入れた。
彼はバックステップでかわそうとしたので、私はチャンスと思って飛び込みながらさらにからだを半身にひねった。
そして、腕を伸ばして剣先を加速させる、必殺の一撃を彼の首に突き入れた。
しかし、彼は予想以上に伸びてきた切っ先に体勢を崩されながらも、間一髪で剣身を盾にして突きをそらした。
次の瞬間、私の一撃は彼の首の脇数ミリの所を突き抜けた。
レイピアだったら剣を引き戻しながら角度を変えて首か肩口を斬りつけて致命傷を与えるところだけど、木剣には刃がないのでまっすぐ引き寄せて相手から剣を打ち込まれないように剣と剣を合わせた。
そのまま鍔迫り合いとなったけど、力ではかなわず押し込まれたので、私は彼が押し込む反動を利用して後ろに飛び、一度離れて態勢を整えた。
必殺の一撃がかわされてしまったので相手の懐に飛び込むことを一瞬躊躇すると、彼は裂帛の気合いを込めて飛び込んできた。
彼は最初と同じように大上段からの一撃を放ったけど、先ほどよりも速く、鋭く、そして重い一撃が飛んできた。
どうやら先ほどの私の一撃で、本気になったようだ。
私は木の盾で攻撃をそらしたけど、すぐに二撃目、三撃目が飛んできて攻撃を入れる余裕がなくなった。
なので私は無理に自分からは攻撃せずに、チャンスが来るまで相手の攻撃をかわす本来の戦い方に戻した。
その後、聖騎士は怒涛の攻撃を放ってきたけど、すべて最小限の動きでかわし、隙が出来たときだけ剣を突き入れた。
しかし、私の剣も彼のからだをかすめるだけで、殆どダメージを与えられない。
そして、しばらくそんな攻防が続くと、何度目かの攻撃をかわしたときに、ハルツ公が「それまで」と言って試合を止めた。
試合が終わったので私が「ふぅ」とひと息吐いてスッと息を整えると、聖騎士も「はぁ」と深く息を吐いてスッと息を整えた。
私もそうだけど、彼もまだまだ余裕があったみたいだ。
「ありがとうございました」
「ありがとうございました」
お互いに挨拶を交わして後ろに下がり、剣を収めた。
そして、私は振り返り、ご主人様のもとに駆け寄った。
「ロクサーヌ、よくやったな」
「はい。ご主人様に恥をかかせずにすみました」
私はご主人様に返事をしながらグッと拳を握ると、ご主人様は「いや。俺はどうでも良い。ロクサーヌ。怪我はしてないな?」と言って私を気遣ってくれた。
ご主人様はいつも通り優しい。
ほんとこのひとは、どれだけ私を好きにさせるつもりなんだろう。
私は衝動的にキスしたくなってご主人様に手を伸ばしかけたけど、「コホン!」というセリーの咳払いで我に返った。
「えっと。怪我はありません。攻撃はすべてかわすか受け流しましたので」
「そうか。良かった。しかしさすがロクサーヌだな」
「そうですか?私よりもごしゅ... いえ。ありがとうございます」
私はご主人様が私よりも数段速く動けるスキルがあることを明かしそうになり、ハッと気づいてごまかした。
ハルツ公爵たちに気づかれていないか心配になったけど、彼らは私と戦った聖騎士と話をしていて、こちらの会話は気にしていない。
どうやら公爵閣下たちは、私が聖騎士の攻撃をすべて見切ったことを高く評価しているようで、よくわからないけどゴスラーさんも太鼓判を押している。
ハルツ公爵は自分たちの話がまとまると、ご主人様に話しかけてきた。
「ミチオ殿、よいパーティーメンバーをお持ちだ」
「自慢のメンバーです」
「さすがはミチオ殿のパーティーメンバーということか」
ハルツ公爵は話しながらご主人様に近づき、私に目を向けた。
「うむ。本当に良いな。強さといい、美しさといい、もうしぶんない。して、ミチオ殿。そうだ...」
「閣下、そろそろ」
ハルツ公爵は私を褒めて、さらに何か言いかけたけど、ゴスラーさんに言葉を遮られた。
「う、うむ。そろそろ食事の準備も整うころだろう。まいられよ」
ハルツ公爵は一瞬残念そうな表情を浮かべたけど、踵を返して部屋から出て行った。
ゴスラーさんが言葉を遮ったということは、公爵閣下はきっとろくでもないことを言おうとしていたのだろう。
私は感謝の気持ちを込めて、ゴスラーさんに軽く会釈をすると、ゴスラーさんは一瞬だけ微笑み、サッと踵を返してハルツ公爵の後ろについて歩き出した。
私たちも公爵閣下の後に続いて部屋を出て廊下を進むと、ホールのような広い部屋に案内された。
◆ ◆ ◆
部屋の真ん中には家の倍はある細長い大きなテーブルがあり、その上には沢山の料理が乗っていた。
そして、部屋に入ってすぐの所に、高貴な身なりをしたエルフ族の女性が3人たっていた。
3人とも綺麗な人だけど、中でも真ん中の明るい水色のドレスを着ている女性は飛び抜けて綺麗な人だ。
背丈は170cmくらいで、全体的にほっそりしている。胸はミリアとセリーの中間くらいの大きさだけど、からだが細いからとてもバランスがいい。
明るい白金色の髪はクセがまったく無く、背中まで伸びている。
肌は透けるように白く、大きな淡い瞳にほのかに色づいた桜色の唇、エルフ族の特徴であるピンと尖った耳には綺麗なイヤリングを着けている。
私より10才くらいは年上だと思うけど......
すごい。絶世の美女とはこういう人のことを言うのだろう。
私が思わず息を飲んでしまうと、その女性は私たちに向かって 「お待ちしておりました。ようこそおいでくださいました」と言って頭を下げた。
リンと鈴が鳴るような美しい声だった。
私は一瞬呆けてしまい、“世の中にはこんなに綺麗な人もいるのね”と、思わず見惚れてしまった。
でも、すぐにハッとして、ご主人様の様子を見ると、彼はその女性に完全に見惚れていた。
女の私でも一瞬見惚れてしまうような人だから仕方がないのかも知れないけど、私には見せたことがないような表情のご主人様を見て、瞬間的にムッとしてしまい思わず肘でつついてしまった。
ご主人様が私に小突かれてハッとすると、それを見計らったかのようにハルツ公爵が女性たちの横に進み出た。
そして、「ミチオ殿のパーティーメンバー、ロクサーヌ、セリー、ミリア、ベスタじゃ。
このロクサーヌがゴスラーが絶賛していた我が騎士団の精鋭よりも強い戦士じゃ。いまさっき模擬戦を行わせたが、間違いなかった」と言って私たちを紹介した。
私の紹介が過剰な気がするけど... あれ? いま、ハルツ公爵は、ご主人様は紹介しなかった?
ということは......
この女性たちはご主人様とは既に会っているということ?
そう言えば...... 少し前にご主人様には浮気の疑惑があったけど。もしかして...... この女なんじゃ......
それにもう一つ気になることがある。
私以外のメンバーはご主人様から個別に紹介されてはいない。はじめにハルツ公爵に紹介して頂いたときはご主人様が言った名前の順番と私たちの立ち位置は合致していなかった。
それなのに、なんでいま私たちを紹介したとき、公爵はセリーたちの名前と本人が一致していたのだろう。
特にベスタなんてメンバーになってまだひと月も経っていないしゴスラーさんにも会っていないはず。
いったい誰から名前を聞いたの?
もしかして、誰かに私たちを調べさせている?
私は疑問とともに、ハルツ公爵にそら恐ろしさを感じたけど、そんなことにはお構いなく、公爵閣下は女性たちを紹介しはじめた。
はじめは真ん中の絶世の美女からだ。
「余の妻のカシアである」
ハルツ公爵は自慢げにそう言うと、何故かご主人様に向けてニヤリと微笑んだ。
ご主人様を見ると、何故かムッとしている。
それからハルツ公爵は、カシア夫人の右手のシックな紺のドレスを着た女性と左手のシックなエンジのドレスを着た女性を紹介した。
それぞれゴスラーさんとクラウスさんという騎士の奥さんで、クラウスさんはハルツ公爵の親戚らしく、現在は公爵閣下のパーティーメンバーとして研鑽を重ねているとのこと。
一通りお互いの紹介が終わると、使用人から「剣をお預かりいたします」と声をかけられた。
私たちが剣を渡すと、護衛の騎士に剣を渡した公爵閣下が「ミチオ殿も皆も、座られるがよい。まずは食事にいたそう」と言って、一番左端のイスに座った。
ご主人様はそれを見て公爵閣下の向かい側に座ったので、隣に私、それからセリー、ミリア、ベスタの順に並んで座った。
向かい側は公爵閣下の隣に公爵夫人。それからゴスラーさん、ゴスラー夫人、クラウス夫人の順に座った。
私たちの人数に合わせたのか?ハルツ公爵のほうも5人だった。
席に着くと使用人から飲み物を聞かれたので、私はハーブティーをお願いした。
そして、みんながそれぞれ頼み終わると、ハルツ公爵が挨拶した。
「それでは、ミチオ殿とそのパーティーメンバーを招いての饗宴を始めたい。
よくいらしてくれた。今日は存分に食べ、楽しんでもらいたい」
公爵閣下の挨拶が終わったけど、私たちは貴族相手に食事なんてしたことがないのでどうすれば良いのかわからない。
私たちが戸惑っていると、ゴスラーさんが自分の前に置かれた皿に料理を取りはじめた。
すると、ゴスラー夫人が「あなた。好きな料理だからって、それをひとり占めしてはいけませんよ」と言って、自分も料理を取りはじめた。
そして、ゴスラー夫人は「皆さん遠慮していると、夫に全部食べられてしまいますよ。この人は見た目通りで大食漢ですからね」と言って私たちにウインクした。
ゴスラーさんは「いや。俺はそんなに太ってないが...」と言いながらも料理を取る手が止まったので、私たちは思わず笑ってしまい、和やかに食事会が始まった。
たぶん2人は私たちに、好きに料理を取り分けて食べても良いことを教えてくれたのだろう。
ゴスラーさんもそうだけど、夫人もかなり気遣い出来る人みたいだ。
私たちは好きな料理に舌鼓をうちながら、それぞれ向かいに座った人たちと楽しく会話をはじめた。
ミリアが大丈夫か少し気になったけど、セリーとベスタがうまくフォローしているようなので安心した。
私は向かいに座った公爵夫人とハルツ公爵が相手だった。
はじめに公爵夫人が私たちが着けているコハクのネックレスのことを聞いてきた。
「皆さんが着けているネックレスはコハクですよね。もしかしてこちらで?」
「はい。こちらのコハク商会でご主人様に買って頂きました」
「あら。さすがミチオさんですね。皆さんに買ってあげたのですか?」
「ええ。まあ」
「すごいですね。皆さんとても似合ってますよ」
「ありがとうございます。私たちもとても気に入っています」
「どうじゃ。余が紹介したコハク商はなかなかのものじゃろう?」
「はい。さる御婦人からとても品質が良いコハクだと褒められました」
「そうか。そうか。コハクは我が領の特産品じゃからな。よそには負けんよ」
「そうですね。輝き、色の深さ、大きさ、どれをとっても質が高いと言われました」
「コハクの質を褒めて頂けるのは嬉しいですね。ところでどちらの御婦人から褒められたのですか?」
「えっと、ご主人様。よろしいですか?」
「ああ。問題ない」
「ペルマスクのカガミ工房の御婦人です」
「あら、カガミの。たしか主人の依頼でペルマスクには何度も行って頂いているのですよね?」
「はい。おかげさまで何度も行かせて頂いております」
「どんな場所なんですか?」
公爵夫人はペルマスクのことがよほど気になったのか、目を輝かせて聞いてきた。
この手の話はセリーのほうが得意だけれど、彼女はゴスラー夫人を中心にした輪で話をしているので、私は記憶を掘り起こしながら話しをした。
「そのですね。ペルマスクは工芸都市で、カガミなどのガラス製品や宝石や貴金属を使った商品を製造する工房が多数ある町です。
町自体が大きな島で、木が1本も生えていません。それに、建物の壁には全て遮蔽セメントが使われているので、町への出入りは冒険者ギルドのみに制限されています」
「変わった町ですね」
「これは技術の流出を抑えるためらしく、職人を町の外に出すことは固く禁止されているらしいです。
それと、全ての建物に遮蔽セメントが使われているため、建物が全て白いです。
あと、道が帝都のように舗装されていますので、町自体がとても綺麗です」
「そう... 建物が全て白くて木が1本も生えていない...... 自然豊かなボーデでは想像もつかない光景ですね。
でも、そんなに綺麗な町なら一度は行ってみたいわ。
その町には何か見どころとかはありませんか?」
「そうですね。冒険者ギルドから綺麗な窓の神殿が見えます」
「綺麗な窓ですか?」
「はい。色々な色のガラスが組み合わせてあって、窓自体が模様になっているのです」
「そんなものが」
「はい。あの窓はペルマスク以外では見たことはありません」
「そうですか。他には何かありませんか?」
「あとは冒険者ギルドの周りにはカガミやガラス製品、装飾品などの店が沢山あります。帝都ほど大きな店はないようですが、人が多くていつも賑わっています。
それと、どの店も商売っ気が強くて、通りに出て店員が呼び込みしている所も多いですね」
「あら、それは興味を惹かれますね。
お勧めのお店はありますか?」
「すみません。お店には入ったことがありませんので、お勧め出来る所はありません」
「そうなのですか?」
「ペルマスクが風光明媚な町で、いつも賑わっていることは間違いありませんが、私たちはカガミの仕入れでしか行ったことがありませんので、いつもお店の前は素通りしていました。
ですので、詳しくは知らないのです」
「あら。それは残念ですね。ミチオ様。たまには観光くらいさせてあげませんといけませんよ」
「はい。肝に銘じておきます」
「はははは。カシアよ。無理を言うてはならんよ。ミチオ殿の本業は冒険者じゃからな」
「そうでしたわね。すっかり忘れていましたわ。では、今はどの辺りで戦っていらっしゃるのでしょう」
「カシアよ。そういうことは気軽に明かせることではないぞ」
「そうですか?何処を探索しているとか、魔物をどうやって倒しているのかとか。
お互いに教えあうことは大変有意義なことではありませんか。
ミチオ様には3迷宮の探索に協力して頂いているのですし... ミチオ様もそう思いますよね?」
公爵夫人は公爵閣下に反論すると、ご主人様に同意を求めた。
「確かにそうですね」
公爵夫人はご主人様の同意を得てニッコリ微笑むと、肩をすくめているハルツ公爵は放置して話を続けた。
「ね。そうでしょう。
ところでロクサーヌさんはクラムシェルとは戦いましたか?」
「えっと......」
私は伝えていいのかわからずチラッとご主人様を見ると、彼は無言で頷いた。
どうやら魔物と戦ったことなら話しても大丈夫なようだ。
「はい」
「あれは硬かったし水魔法を撃ってくるから厄介だったでしょう。主人はあれで下半身が水浸しになって恥ずかしい姿にされた挙げ句、翌日風邪をひいたのですよ」
「ふふっ。そんなことがあったのですか」
私は下半身を濡らしたハルツ公爵の姿を思い浮かべ、思わず笑ってしまった。
「ふっ」
ご主人様も思わず苦笑している。
「いや。あのときはまいった。中までずぶ濡れだったし、拭くものがなかったから、乾くまで恥ずかしいまま魔物と戦わされたしの。
もっと恥ずかしいことに、あれから迷宮に入るときは必ず替えの肌着持参じゃ」
「あははは。そうなんですね」
私はまたハルツ公爵の恥ずかしい姿を思い浮かべ、今度は大笑いしてしまった。
「ロクサーヌさんたちはどうでしたか?さいわい私たちは私が魔法使いで弱点の土魔法が撃てたので、被害は主人だけで済みましたけど。ふふっ」
当時を思い出しているのか公爵夫人も笑っている。
公爵だけバツが悪そうだ。
「そうですね。後衛からの単体攻撃魔法は撃たれてしまいます。ですが、ほとんどの魔法は前で魔物を引きつけている私に飛んできますので、避けるから大丈夫です。
前衛からの魔法の場合は、セリーの武器が詠唱中断出来ますので、私たちはそれで防いでいますね」
「そうですか。でも攻撃のほうは?硬かったでしょう?何か戦いかたの工夫はしていませんか?」
「そうですね。私たちは口を開いたときに積極的に中を斬りつけています。殻は硬いですが、中は柔らかいですから」
「そうなのですね。あなた、良いことを聞きましたね。これで次からは風邪をひかなくて済みそうですよ」
「うむ。そうじゃな。今度試してみよう」
「では、シザーリザードとは戦いましたか?全体攻撃の火魔法を撃たれるので、私たちはかなり苦戦していますけど」
「シザーリザードですか。そうですね。魔法を唱えるのが前衛の魔物ならセリーが詠唱中断で止めますが、後衛の魔物だとどうしても撃たれてしまいますね」
「やはりそうですか。私たちはパーティーメンバーに巫女がいますので、シザーリザードと対峙したときは、ずっと彼女が全体回復魔法を唱えています。ですけど倒し切るまでに何度も魔法を撃たれるので、ほんとに大変なんです。ロクサーヌさんたちは回復はどうしているのですか?」
「そうですね。私もファイヤーストームを撃たれる都度、全体回復魔法をかけています。2度、3度と撃たれてしまうこともありますので、大変なのはカシア様たちと一緒ですね」
「えっ...... ロクサーヌさんが全体回復魔法をかけているのですか? ということは、ロクサーヌさんは巫女? 強い戦士と聞いたので、前衛かと思っておりました。
あら?でも先ほど前で魔物を引きつけているって言ってましたよね?」
「えっと......」
私は公爵夫人の言葉で自分が巫女であることを明かしてしまったことに気がついた。しかし、いまさら誤魔化せないので、正直に答えた。
「私は巫女で前衛です。なので、全体回復魔法は戦いながら詠唱しています」
「それはすごいですね」
「なんじゃと!」
私が正直に答えると、ハルツ公爵が目を丸くして驚いた。
「巫女なのに我が騎士団の精鋭よりも強かったのか!
確かにあの回避力は素晴らしかった。引きつけ役というのも納得じゃ。
しかし、戦いながら呪文の詠唱までこなすとは......
まさにひとり二役じゃな。
いやいや以前ミチオ殿が“彼女は特別”と言うておったが、正直驚いた」
「いえ。先ほどの模擬戦は騎士の方も途中まで手を抜いておられました。
最後は防戦一方でしたので、本来なら私は負けていたでしょう」
「いや、そうは見えなかったが......」
「いえ。戦った私が言うのですから間違いありません」
「そうですか。ふふっ。あなた、そういうことにしておきましょう」
私は公爵の私への評価が非常に高いことが怖くなり慌てて否定したけれど、2人には信じては頂けなかったようだ。
「ファイヤーストームと言ったらサイクロプスも使うって知っていましたか?」
「はい。ただ、私たちはサイクロプスに全体攻撃魔法を使われたことはなかったと思います。幸運にも後衛にいる群れとはほとんど対峙したことがありませんので」
「それは良かったですね。サイクロプスは一般的には物理攻撃に注意しろって言われていますけど、稀に使う魔法は強力です。
同じ全体攻撃魔法でも階層があがると威力があがりますので、注意されたほうがよろしいですよ」
「ありがとうございます。肝に銘じておきます」
「ところで、ロクサーヌさんはどちらでサイクロプスと戦いました?」
「はい。その......」
やられた。公爵夫人が自分たちのことを隠さずに話すので、ついのせられてしまった。
私たちはハルツ公爵の依頼で公領の迷宮探索を行っている。
そして、公領の迷宮の中で、サイクロプスが確認されているのはハルバーだけだったはず。
ご主人様はパーティーの実力を隠そうとしていたのに...... 失態だ。
私はどう答えれば良いのかわからずご主人様に視線を向けると、彼は小さく肩をすくめてからうなずいた。
“いまさら仕方がないから隠さずに答えなさい”ということだ。
私はこころの中でご主人様に謝罪しながら夫人に答えた。
「あの、ハルバーにある迷宮の24階層です」
「それはなかなかでいらっしゃいますわね。私どもも負けてはいられません」
公爵夫人は私の答えを聞くと、ニッコリと微笑んだ。
ご主人様は私と公爵夫人の会話に注意を払いつつも、公爵と料理について話していた。
ちょうどこのとき「これは?」と、つぐみの丸焼きについて話していたので、私はこれ以上公爵夫人に情報を引き出されてしまわないように夫人との会話を一旦打ち切り、ご主人様につぐみについて知っていることを伝えた。
ご主人様はつぐみはどうやって食べるのが正解か考えていたようだけど、チラッと周りに視線を向けるとゴスラーさんが豪快に手掴みでしゃぶりついていたので、同じように1匹掴み取って食らいついた。
ご主人様は美味しそうに食べているけど、魚醤の匂いが少しキツかったので私は遠慮しておいた。
◆ ◆ ◆
その後、しばらくは私たちの住んでいるクーラタルのことや帝都で買い物したときの話しなど、当たり障りのない会話をしていたけど、ハルツ公爵が「ミチオ殿、少しよろしいか」とご主人様に声をかけて立ち上がり、少し離れた場所に連れていった。
どうやら私たちには聞かせたくない話しをしているみたいなので気になって耳を澄ましたけど、残念ながら聞こえなかった。
私は公爵夫人やゴスラーさんと話しながらもご主人様たちのほうを気にしていると、夫人が私だけに聞こえるように少し身を乗り出して、小さな声で話しかけてきた。
「気になりますか?」
「えっと..... はい」
「ロクサーヌさん。あなたが何を気にしているのかはわかりませんが、主人はミチオ様には色々と期待しているようです。
ですので、きっと悪いことではありませんよ」
「はい。ありがとうございます」
私が公爵夫人にお礼を言うと、彼女は椅子に座り直してワインをひとくち飲み、おもむろに話しはじめた。
「こんな言い方は失礼かも知れませんが、貴方たちはとても良くして頂いてるようですね。なんだか羨ましいですわ」
「えっ?羨ましいのですか?」
「そうです。それはね、私も主人には良くして頂いてますよ。
でも、結婚してからちょっと態度が変わりましたの」
今までとは少し雰囲気が変わったし、公爵夫人が私たちに話すことではないような気がして違和感を覚えたけど、とりあえず夫人の話を聞くため「そうなんですか?」と聞き返した。
すると公爵夫人は、「以前から自分勝手な所はありましたけど、それでも私に合わせて自分の予定を調整してくれたりしたのです。ところが結婚したら......」とハルツ公爵への不満を言い出した。
不満自体は些細なことばかりだけど、私たちに打ち明けることで発散している感じがする。
私は彼女の話を聞きながら、“貴族は華やかな暮らしをしている”ということは知っていたけど、私たちと同じように日々の生活で不平や不満を抱えるものだということを、改めて認識させられたような気がした。
彼女はひとしきり愚痴を言うと、「些細なことでも不満は溜めずに伝えておかないと、後で後悔することになりますよ」と、私たちに忠告し、「ところで貴方たちは、ミチオ様に不満はないのですか?」と私に質問してきた。
「そうですね。私たちは、みんなご主人様に大切にして頂いておりますので、不満なんてありません」
私がみんなを代表して即答すると、何故か彼女は一瞬訝しそうな顔をした。
私は“何でそんな顔をするの?”と疑問に思ったけど、彼女はすぐに表情を戻した。
「あら?少しくらいは 何かあるでしょう?指示が悪くて迷宮で痛い思いをしたとか、理不尽に叱られたとか、
主人のように、彼が贅沢や無駄遣いをして困っているとか......
私と同じような不満はありませんの?」
「えっと...」
「この場にミチオ様はいません。誰かに話すことで不満ごとは発散しておいたほうがいいですよ」
私が口ごもると、公爵夫人は私を諭して小さくウィンクした。
「そうですね..... うーん。何かあったかな.....」
私がもう一度考えはじめたのと同時に、ミリアがガタッと椅子を鳴らして立ちあがり、「サカナ〜♪サカナ〜♪」と、くちづさみながら魚料理を取り出した。
彼女はよっぽどメインの魚料理が気に入ったみたいで、先ほどから何度もお替りをしているのだ。
ミリアはずっと魚ばかり食べているので、“まだそれを食べるの?”って驚いて彼女に視線を向けると、他のみんなも彼女を覗き込んでいた。
公爵夫人も、楽しそうに魚を取り分けているミリアを興味深そうに覗き込んでいる。
次の瞬間、隣のセリーから軽く小突かれたので驚いて彼女を見ると、一瞬だけ鋭く、小さく首を振った。
それを見て、ハッとした。
私は公爵夫人から、些細な不満というかたちでご主人様自身や私たちとの関係性についての情報を引き出されようとしていたことに気がついたのだ。
さすがはセリー。家に帰ったらちゃんとお礼を言わなくちゃ。
それにしても危なかった。
いくらご主人様が素晴らしい人だとは言っても、常識的なことを知らなかったり、衝動的に買い物してしまったりと、多少の問題点はある。
公爵夫人につられて少しでもそのようなことを話したら、それはそのままご主人様の弱点になりかねないし、そこから内密にしていることを推察されてしまうかも知れない。
私は先ほど迷宮探索の進捗状況について、情報を引き出されてしまったことを思い出し、会食直前の顔合わせのときにハルツ公爵に対して感じたそら恐ろしさと同じ感覚を、目の前の夫人に感じた。
公爵夫人は見た目や醸し出す雰囲気とは違い、公爵同様油断ならない人のようだ。
セリーが“エルフは何を考えているかわからないから注意してください”って言っていたけど、ハルツ公爵や公爵夫人は正しくそう評価されるエルフなのだろう。
私は気を引き締め直し、極力情報となるようなことは口にしないよう注意して受け答えしはじめた。
夫人はあの手この手で私たちからご主人様のことを聞き出そうとしていたけど、私とセリーが無難な返事しかしなかったので、少し不満そうだった。
彼女はしびれを切らしたのか、“同族の好みのタイプ”なんてふざけたことを聞こうとしたけれど、場の雰囲気を悪くしただけで、結局彼女の求めていたような情報は得られなかったようだ。
彼女は私たちに一瞬蔑むような表情を見せたけど、ゴスラー夫人が話題を変えると、以降は積極的に発言はせずに和やかに会食していた。
その後、しばらくするとご主人様とハルツ公爵が席に戻ってきて、ほどなくして食事会が終了となった。
◆ ◆ ◆
食事会が終了すると、使用人から剣を受け取った。そして、ハルツ公の案内で城の玄関ホールまで移動した。
そこでご主人様が本日のお礼を言おうとすると、ハルツ公が軽く手をあげてそれを制止し、ご主人様に小声で話しかけた。
ご主人様のすぐ後ろにいた私には聞こえたけど、さらに後ろから見送りのためについてきた公爵夫人たちは聞こえないだろう。
「ミチオ殿。ロクサーヌを譲る気はないか?」
「ありません」
ハルツ公の戯れごとに、ご主人様は間髪容れずに拒否したけど、公爵閣下はまったく意に介さずに言葉を続けた。
「ほう。金に糸目はつけぬと言ってもか?」
私はギョッとしてハルツ公を睨むと、公爵閣下はニヤニヤしながらご主人様の反応を楽しんでいた。
その顔を見て、私は背筋がゾッと総毛立ったけど、ご主人様から引き離されたくないという想いが上回り、彼に飛びつこうと一歩踏み出した。
しかし、次の瞬間にグッと服の裾を引っ張られて止められてしまった。
振り返えるとセリーがいつの間にかすぐ後ろに立っていて、私の服の裾をガッチリと掴んでいた。
彼女は真剣な表情で私を見ると、ゆっくりと目を閉じながら首を振った。“ご主人様を信じて、黙って任せなさい”ということだろう。
私は深呼吸して無理矢理気持ちを落ち着かせ、“もう大丈夫”という思いを込めてうなずいた。
私の様子を見て彼女もうなずいたけど、残念ながら服の裾を離してはくれなかった。
公爵閣下は、「ミチオ殿。どうじゃ?他にも欲しいものがあるならなんでも付けるぞ?」と、さらに畳み掛けている。私は湧き上がる不安を押し殺すように胸の前で拳を固く握った。
ハルツ公はご主人様が逆らえないと踏んだのか、「悪い話ではなかろう?」と、さらに追い込む言葉をかけたけど、次のご主人様の言葉で余裕が吹き飛んだ。
ご主人様はひと呼吸すると、わざとらしく「ええっ!本気ですか?!」と驚いてみせた。
そしてそのまま、見送りに来ている公爵夫人たちまで聞こえるように、大きな声で話しはじめた。
「金に糸目をつけぬ、他にもなんでも付ける。と、いうことは公爵閣下は全てをさしだすということになりますが、本当によろしいのですか?」
「なっ!」
ハルツ公爵はご主人様の激変に対応出来ず、咄嗟に言葉が出てこない。
「閣下はゴスラー殿をはじめとする騎士団、内務を支える家臣団、加えて公爵領の全ての資産、それに加えてカシア様まで譲るから、代わりにロクサーヌを譲ってほしいと言っていることになりますが」
「いや!ミチ......」
ハルツ公爵は慌ててご主人様を制止しようとしたけれど、公爵の言葉を遮ってご主人様は話を続けた。
「確かに彼女は特別な存在です。若く、美しく、スタイルも良い。加えて迷宮では戦闘と回復役を同時にこなせる稀有な存在です。
ですので、全てを捨ててでも手に入れたいと思われる閣下のお気持ちはわかります。
ですが、それでは今まで誠意を持って仕えてきた家臣の皆さまや、何よりカシア様にあまりにも酷ではありませんか?」
「いや、だからワシはそこま......」
「公爵閣下のお気持ちはわかりました。
ですが、それでも私はロクサーヌを手放すつもりはありません。
私は彼女の容姿や能力だけに惹かれて一緒にいるわけではなく、まず第一に彼女の心に惹かれているから一緒にいるのです。
そして、それはセリー、ミリア、ベスタの3人も同様です。私は彼女たちにも惹かれているのです。
それに4人とも、献身的に尽くしてくれています。
それは決して彼女たちが奴隷だからではありません。私のような者のことを、本気で慕ってくれているからなのです。
閣下は彼女たちを、自身の性欲を満たせるうえに、いざとなればいくらでも替えのきく探索パーティーのメンバーだとお考えのようですが、私は生涯のパートナーとして自分の命に替えてでも守るべき家族だと考えています。
ですから、公爵閣下から全てをさしだすという破格の条件を提示されても、誰ひとりとして譲ることはありません」
ご主人様はハルツ公の要求を完全に拒否すると、最後に「誠に申し訳ありませんが、諦めて頂きたい」と言ってダメ押しした。
ハルツ公は何度も言葉を遮られたうえに、最後は全てをさしだしても“誰ひとりとして譲らない”とまで言われてしまい、すっかり意気消沈した。
「も、もう良い。ミチオ殿が彼女たちを譲る気がないことは十分わかった。糸目をつけぬと言ったのは、その、言葉のあやじゃ。
そもそも本気で譲れと言うたわけではない」
「そうですか。あまりにも真剣な表情でしたので、本気で言われたのかと勘違いしました。
では、いまの話は聞かなかったことにしますので、今後は誤解を招くような言動は避けて頂けると助かります」
「う、うむ。今後は気をつけよう......
ちなみ.....」
「閣下、そろそろ」
「......で、あるか」
ハルツ公は何か言いかけたけど、それを言う前にゴスラーさんがスッと前に進み出て、2人の会話に割って入った。
さすがにこれ以上不用意な発言はさせないという構えのようだ。
公爵閣下が残念そうに肩を落としているので、この期に及んでまたもやろくでもないことを言おうとしていたことは間違いないだろう。
ハルツ公が諦めたことを確認すると、ご主人様は私たちに振り返り、ほっとしたような、少し気恥ずかしそうな、そんな顔をした。
その顔を見て、私はいてもたってもいられなくなり、セリーを振り切ってご主人様に飛びついた。
ご主人様も私を優しく受けとめてくれた。
「ご主人様!私、私......」
「ロクサーヌ。大丈夫だ。落ち着け」
「でも、私......」
「何があっても手放さないって言っただろう?」
「グスッ... でも... 怖かったです......」
それから少しのあいだ、私はご主人様にしがみついて嗚咽を漏らしてしまい、彼はそんな私が落ち着くように背中を優しく撫でてくれた。
後でセリーから聞いたのだけど、私がご主人様に抱きついているあいだに、後ろのほうから「あなた、お話があります。こちらに来て頂けますか?」という公爵夫人の冷めた声がやけに明瞭に響いたらしく、それを聞いたハルツ公は盛大に顔を引き攣らせながら夫人のもとに向かったとのこと。
セリーが振り返ると、そこには目がすわった公爵夫人が立っていて、おもむろにハルツ公の耳をギュッと摘むとそのまま引きずって広間から出ていった。
公爵は後で自分の不用意な行動の代償を支払うことになるだろう。
とのことだった。
しばらくして私が落ち着くと、それを見計らったかのようにゴスラーさんがご主人様に声をかけた。
因みに私はちょっと泣いて消耗したので、今はご主人様に貼り付いて心の回復中だ。
「ミチオ殿。ロクサーヌ殿。
不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした。公爵に代わり謝罪させて頂きます」
ゴスラーさんはそう言ってあたまをさげた。
「ゴスラー殿、頭をあげてください。
こちらも少し言い過ぎたかも知れないので、二度とこのようなことがなければ何も言うことはありません」
「わかりました。公爵にはしっかり伝えておきます」
ゴスラーさんはご主人様に謝罪したあと、少し申し訳なさそうに話を続けた。
「先ずはカガミ4枚の代金です」
ゴスラーさんはそう言うと、ご主人様に皮袋を手渡した。
ご主人様は受け取ると、何故か「セリー、ちょっと」と言ってセリーを呼んだ。
「悪いが中身を確認してくれ」
「はい」
セリーはご主人様から皮袋を受け取ると、袋から中身を出して硬貨の枚数を数えた。
「ご主人様。金貨20枚です」
「そうか、ありがとう。ゴスラー殿。随分多いが?」
「カガミの代金とペルマスクまでの販路の紹介料とお考えください」
「うむ。そういうことなら遠慮なく」
ご主人様はゴスラーさんに返事をすると、もう一度セリーに話しかけた。
「セリー。アイテムボックスを開けないので、悪いがしまっておいてくれ」
えっ?なんでアイテムボックスを開けないの?
私が疑問に思っていると、ご主人様は私の背中をポンポンと叩いた。
するとセリーが「そうですね。わかりました」と言って、自分のアイテムボックスを開いて金貨をしまった。
セリーが金貨を仕舞い終わると、ゴスラーさんが再びご主人様に話しかけた。
「ミチオ殿。出来ればミチオ殿がカガミを仕入れている工房を紹介して頂けると助かるのですが、如何でしょうか」
「それは問題ありません。先方の許可は頂いておりますので」
「そうですか。それは助かります。
冒険者を揃えるのに数日かかりますので、こちらの準備が出来たら連絡させて頂きますが、よろしいですか?」
「うむ。それで問題ありません。連絡を頂いたらこちらに伺います」
「宜しくお願いします」
ゴスラーさんはご主人様に一礼すると、見送りに来ていた方々のほうに歩いていった。
ゴスラーさんが離れると、ご主人様は私の背中をポンポンとたたいた。
「ロクサーヌ。帰るぞ」
「......はい」
私は仕方なく離れると、彼は見送りに来ていた方々のほうを向いた。
「本日はお招き頂き、ありがとうございました」
ご主人様は見送りに来ていた方々に向けて一礼し、それから踵を返して壁に近づき、ワープゲートを開いた。
私たちも見送りに来ていた方々に一礼し、それからご主人様のもとに移動した。
色々あったけど、とりあえず無事に帰れる。
私はホッとしながらご主人様の背中に触れると、彼は振り返って私たちが全員いることを確認した。
そして、踵を返してゲートをくぐっていったので、私たちも彼のあとに続いてゲートをくぐった。