ロクサーヌの想い   作:龍いち

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食事会の考察と待機部屋での遭遇戦

わたしの名はロクサーヌ。

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

 

私たちはハルツ公爵との食事会が終わり、たった今ボーデの城からクーラタルの家に帰宅したところだ。

 

「ふぅ〜!疲れた〜!みんなお疲れ様」

「はぁ〜。お疲れ様でした。無事に終わって良かったです」

「はぁ〜。お疲れ様でした。良いお酒を頂きましたが精神的に疲れました」

「ふぅ。お疲れさま。です。お魚、美味しかった。です」

「はぁ。お疲れ様でした。少し緊張しましたけど、良かったです」

ワープゲートをくぐり抜けて帰宅すると、全員一斉に息を吐いた。

何だかんだ言って、みんな緊張していたみたいだ。

 

「みんなありがとう。おかげで無事食事会を終えることが出来た。ロクサーヌは模擬戦も、ありがとうな」

「いえ、ご主人様。色々と失言してしまい。申しわけありませんでした。あと、公爵閣下から救って頂き、ありがとうございました」

「何があっても手放さないって言っただろう。それと、多少の情報は与えてしまったが、想定の範囲内だ。

それに、情報を引き出されたのはロクサーヌのせいではない。俺が公爵をナメていたのが悪かったのだ。

今日は最後以外は終始やられっ放しだったしな」

「いえ、そのようなことはありません。ご主人様の対応は素晴らしかったと思います」

「ありがとう」

ご主人様はお礼を言うと、いつも通り私の耳を撫でてくれた。

 

「セリーはどう思う?」

「そうですね。ご主人様はハルツ公に対してまったく怯むことなく対応されておりましたので、その点は良かったと思います。

ですが、私たちの情報については入手経路など気になる点が色々とありましたので、一旦冷静になってから、一度みんなですり合わせをしたほうが良いと思います」

「確かに俺も気になる点があった。明日の朝食のときにでも、今日話した内容と、聞いた内容から公爵の意図や何処から情報を得ているのか考えてみよう」

「かしこまりました」

「わかりました」

「はい。です」

「私もわかりました」

 

私たちが返事をし、装備品の片付けをはじめると、セリーがアイテムボックスを開きながら、ご主人様に話しかけた。

「ご主人様。金貨をお返しします」

「ああ。ありがとう」

「そう言えば、なんでセリーに金貨を受け取らせたのですか?」

私は疑問に思っていたことをご主人様に聞くと、ちょっと驚いた顔をされてしまった。

そして隣のセリーはなぜか盛大に呆れている。

 

「いや、ロクサーヌが貼り付いてたから......」

「えっ?私?...... あっ!」

この瞬間、私は自分が貼り付いていたからご主人様は金貨を数えることも仕舞うことも出来なかったことに気がついた。

「ご主人様。すみませんでした」

「あはははははははは。気にしなくて良い」

ご主人様は大笑いすると、セリーから金貨を受け取って自分のアイテムボックスにしまった。

 

その後ご主人様は、セリーに帝国解放会という迷宮討伐を目指す団体?について何か知っているか尋ねた。

どうも食事会で中座したときにハルツ公爵から話をされたようなのだけど、セリーが秘密組織であることを説明すると、ご主人様は慌てて「そ、そうなのか。まあ今日はもう遅い。体だけ拭いて、早目に寝よう」と明らかに動揺して話を終わらせようとした。

 

「えっ?ご主人様?」

「いや、そんな団体があるとハルツ公が言っていたので。その... 少し気になったのでな」

「そうですか。わかりました」

 

ご主人様は明らかに誤魔化しているけど、問題があるようなら必ず話してくれるはずだから、無理に聞く必要はないだろう。

もしかすると、その秘密組織に関わりを持たされそうになっているのかも知れないけど、ご主人様に任せておけばきっと大丈夫なはず。

私はそう考えて帝国解放会という言葉を頭の中から消去した。

 

◆ ◆ ◆

 

それから私たちはお風呂場に向かった。

今日はお湯を貯める時間はないので、ご主人様は水魔法と火魔法を重ねておおがめ3つに一気にお湯を作ると、先ず私たちにかけ湯をして、それから一人ずつ石鹸で洗い出した。

 

「ロクサーヌ。今日はお疲れだったな。試合は大丈夫だったか」

「はい。あの程度では手合わせのうちにも入りません。こちらのちっ、力を見るだけが目的だったのでてかっ、手加減してっ、くれたのでっ、しょう」

私が返事をしていると、ご主人様はわざと乳首を指で弾いて言葉を途切れさせた。

 

「食事の方はどうだった」

「公爵ふっ、ふじっ...... もう、ご主人様!」

「はははは、すまない。続けてくれ」

ご主人様は軽く謝ると洗う場所を胸から腕や脚に変更した。

「公爵夫人は同性の私から見ても美しいかたでしたが、その... ナイフの使い方や食べ方がいちいち洗練されていて、ため息が出るほどでした」

「そうか」

「それに、臆することなく迷宮に入って戦っておられるようです。その姿には憧れてしまいます。

ですけど...... 言葉たくみに私たちから情報を引き出そうとしている節がありました。

それから...... 少し言い難いのですが...... ハルツ公爵と似たような、得体の知れない怖さを感じました」

「そ、そうなのか? まあ、その辺の分析は明日だな。

で、料理はどうだった?」

「どの料理も美味しかったです。

ですが、ご主人様が作るような、油で揚げたり湯気で蒸したりするような料理はありませんでしたね。

あと、ホワイトルーやマヨネーズを使った料理もありませんでした。

あと、甘い料理も。

私はご主人様の作る料理のほうが断然好きです」

「そうか。ありがとう。だが、俺の作る料理は広げたくはないから、一応内密にな」

「はい。ご主人様♥」

 

私のからだを洗い終えると、ご主人様はセリー、ミリア、ベスタの順にからだを洗い、最後は私たち4人から揉みくちゃにされて全身を洗われた。

 

その夜、私たちはご主人様に1回ずつ可愛がって頂いたあと、私とセリーは更にもう1回ずつ可愛がって頂いた。

予想よりも食事会が長かったため夜がふけてしまい、セリーの2回目が終わったときにはミリアとベスタは既に眠っていた。

 

「ご主人様。2人は眠ってしまいましたね。では...」

「ロクサーヌ。すまん。だいぶ遅くなったから、俺たちも今日は寝よう」

ご主人様に声をかけながらキスしようとすると、彼に制されてしまった。

そして、彼は大きなあくびをしてベッドに寝転んだので、私は右、セリーが左に抱きついて目を瞑った。

 

しばらくするとご主人様の声が聞こえた。

「みんなありがとう...... いつまでも...... スゥ...... スゥ......」

 

ん...? 寝言かな?

食事会では色々あったけど、一番大変だったのはハルツ公爵の相手をしていたご主人様なのは間違いないだろう。

帰宅前に私を譲れと言われたとき、彼はどれほどの圧力と戦っていたのか......

 

それなのに、帰宅したら、先ず私たちを労ってくれた。

ほんとに... このご主人様は......

 

私は溢れる愛しさを込めてそっとキスをし、彼の隣で眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索の準備をしていると、ご主人様からクーラタルの迷宮23階層と24階層の地図を渡された。

 

「今朝はクーラタルですか?」

「ああ。ハルバーは24階層にあがったから、今日はクーラタルの探索も24階層にあげる。

ロクサーヌ。無理に魔物とエンカウントしなくても良いから、先ずはボス部屋を目指してくれ。

今日は早朝探索でボスを倒し、以降は夕方まで24階層で探索を行う。

但し、いつも通り他のパーティーを避けることは最優先で」

「かしこまりました。では、23階層の魔物は進路上と進路に近い群れだけ案内しますね」

「ああ。よろしく頼む」

私は23階層の地図にサッと目を通してボス部屋までのルートを確認し、地図をセリーに渡した。

迷宮内では索敵と魔物までの先導は私の役目だけど、ルート案内やマッピングはセリーの役目だからだ。

「セリー。一応覚えましたけど、多少寄り道はしますので、お願いしますね」

「はい。いつも通りお任せください」

セリーが返事をすると、ご主人様は「では、行くぞ」と号令をかけてワープゲートを開いた。

 

クーラタルの迷宮23階層に移動して、匂いを嗅いで索敵すると、ちょうどボス部屋に向かう方向から魔物の匂いがしてきた。

「ご主人様。先ずはここをまっすぐです。すぐにグミスライム3匹とクラムシェル1匹の群れがいます」

「わかった」

 

私の先導で迷宮通路を進むと、2分ほどで魔物の群れと遭遇した。

いつも通り、私たち4人は魔物に向かって駆け出すと、ご主人様が魔法を連発し始めた。

私とベスタは接敵すると魔物を引きつけてブロックし、その間にミリアが硬直のエストックで魔物を石化して回る。

魔物の魔法はセリーが強権の鋼鉄槍、ベスタがご主人様から借りているデュランダルでキャンセルするので発動しない。

そうしているあいだにも、ご主人様が魔法を連発して魔物を倒していく。

 

結果、3分足らずでグミスライム3匹とクラムシェル1匹の群れは全滅した。

最後はベスタからデュランダルを受け取ったご主人様が石化した魔物を倒してMPを回復し、みんなでドロップアイテムを拾って戦闘が終了した。

今回は全体攻撃魔法を撃たれなかったし誰も攻撃を受けなかったので、完封勝利だ。

 

「ご主人様。ボス部屋はこの先の分岐を右ですが、左に行くとすぐにグミスライムだけ5匹の群れがいます。

珍しいので、そちらに寄りますね」

「はははは、珍しいって。まぁ、多少の寄り道は問題ない。その辺の采配はロクサーヌに任せるよ」

「ありがとうございます。では参りましょう」

余裕があったので、ドロップアイテムを拾っているうちに匂いを嗅いで索敵することが出来た。

おかげで次の魔物への案内もスムーズに行えるし、この調子なら多少寄り道しても早朝探索のうちにボス部屋まで辿りつけるだろう。

 

そうして寄り道しながらボス部屋に向かったけれど、それでも探索開始から2時間足らずでボス部屋に到着してしまった。

 

クーラタルの迷宮は広いので、普通のパーティーは地図に従って移動しても、入口小部屋からボス部屋までは10時間はかかると言われている。

一般的なパーティーはなるべく上の階層で戦って経験を稼ごうと考えるため、自分たちの強さが魔物の群れを少しでも上回れば、その階層の探索に着手する。

だから、戦闘には時間がかかるし、戦闘終了後に回復や休憩をしないと怪我や疲労で探索を再開出来ない。

それを繰り返しながらボス部屋を目指すので、どうしても時間がかかるのだ。

 

しかし、私たちはご主人様の方針で余裕を持って戦える強さになってから本格的にその階層の探索をはじめている。なので、戦闘時間は短いし、怪我することは殆ど無い。

当然疲労も少ないので、戦闘が終了するとすぐに探索を再開している。

結果的に、迷宮内を進む速さが尋常ではないのだ。

 

なので、迷宮内をゆっくり移動しているパーティーに詰まってしまい、引き返したり迂回したりすることもよくあるし、そのパーティーが私たちの進むルートから外れたときに追い抜くこともよくある。

 

私は匂いで他のパーティーを探せるから、基本的に鉢合わせすることはないけれど、2つだけ例外がある。

1つは各階層の入口で、自分たちが移動したときや相手が移動してきたとき。

これは避けようがないから仕方がない。

もう1つはこの待機部屋である。

 

待機部屋で他のパーティーと鉢合わせするのは2つの場合がある。

1つは待機部屋に他のパーティーがいて、私たちが後から部屋に入る場合。

でも、私は匂いで他のパーティーがいることが事前に分かり、今はご主人様の方針で回避しているので、このかたちで鉢合わせすることはない。

 

だけど、もう1つ。

私たちが待機部屋に先にいて、後ろから他のパーティーが入ってくる場合がある。

これは事前に他のパーティーが近づいてくることが分かっても、ボス部屋が開かなければ鉢合わせを回避することが極めて難しいのである。

 

長々と他のパーティーと鉢合わせする場合を説明したけど、今日はこれに当てはまってしまったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

私たちが待機部屋に到着したとき、まだ前のパーティーが戦っているようでボス部屋の扉が開く気配はなかった。なので、セリーからボスのゼリースライムについてブリーフィングを受けたあとはそのまま待機していたのだけど、10分ほどすると人の匂いがしてきた。

ここに着く少し前、進路から逸れた場所の小部屋に立ち寄っていたパーティーがいたので追い抜いてきたけれど、どうやらそのパーティーがこちらに向かってきているのだ。

 

途中の魔物は私たちが倒してきてしまったから、妨害もなく一直線に近づいてくる。

このままなら...... あと5分というところか。

私は「はぁっ」とひと息吐いて、ご主人様に報告した。

 

「ご主人様。途中で追い抜いたパーティーがこちらに向かってきているようです。たぶんあと5分ほどでこちらに着くと思います」

「そうか...... 今ならダンジョンウォークで移動することも出来るが、このままボスを倒して24階層にあがっておきたいなぁ......」

ご主人様は少し悩んだけど、結局そのまま待機を続けることになった。

 

それから5分ほどすると、6人パーティーが待機部屋に入ってきた。

入ってきたのは男性4名、女性2名のパーティーで、私たちと鉢合わせしたことに大変驚いていた。

探索者で混み合っているクーラタルの迷宮とはいえ、この時間にこの階層の待機部屋で他のパーティーと鉢合わせすることは滅多にないからだ。

 

男性4人と女性1人は人間族のようだけど、もう1人の女性は猫人族で少し錆びた首輪をしている。

どうやら彼女は私たちと同じ奴隷のようだ。

しかし、あまり良く扱われていないようで、ひとりだけ粗末な貫頭衣の上にボロボロの装備をつけていた。

持ってる武器もダガーのようで、この階層で戦えるようには見えない。

 

なんだか疲れているようで表情も沈んでいるし、頬には殴打された跡がある。

そして、その女性からはご主人様とは少し違う精液の匂いがしている。

よくよく見ると太ももの内側には精液が伝ったような跡があるので、かわいそうだけどこの女性は少し前まで男たちの慰み物にされていたのだろう。

 

セリー、ミリア、ベスタの3人もそのことに気がついたのか、みんな一様に顔をしかめている。

 

人間族は全員30代、猫人族の女性は20才くらいだろうか、どうやら全員私たちよりは年上のようだ。

向こうのパーティーを警戒していると、彼らのなかからリーダーらしき女が前に進み出てきて「待機中?それとも休憩中かしら?」と話しかけてきた。

 

「待機中だ」

「そう。悪いけど後ろで待たせてもらうわね」

「ああ。構わない」

ご主人様が短く返事をすると、彼女は私たちを睨んで「フンッ」と小さく鼻を鳴らした。

そして、自分のパーティーメンバーと何やら話し始めた。

 

私たちはいつボス部屋の扉が開いても良いように扉の前に立って待機していたのだけれど、ボス戦までしばらく待ちとなる向こうのパーティーメンバーは、通路に近い場所に座って休憩しだした。

そして、干し肉のような物をかじりながら、こちらを憚ることなく“モミごたえがどうとか締まりがどうとか”などと、大きな声で下品な話を始めた。

 

それにしても騒がしい人たちだ。隣であんな話しをされて、リーダーの女性は恥ずかしくないのだろうか?

そんなことを考えていると、そのリーダーの声も聞こえた。どうやら一緒に盛りあがっているようだ。

 

私たちは無視していたけど、3分ほど経つと向こうのパーティーがちょっかいをかけてきた。

 

向こうの男たちは話しながら、ときより舐めるような不快な視線で私たちを見回していたのだけど、我慢が出来なくなったのか1人の男が下卑た笑いを浮かべながら立ちあがった。

そして、その男は「なあ、あんた。随分綺麗どころを連れてるな。こんな所で会ったのも何かの縁だ。仲良くしないか」と、ご主人様に声をかけてきた。

 

ご主人様は即座に、「いや、お構いなく」と言ってやんわり断わりながら、私たちの前に進み出た。

しかし男は、「まあまあ。そんなつれないことは言いっこなしにしようや」と言って、ニヤニヤしながらそのまま近寄ろうと一歩踏み出した。

 

「構うなと言ったが、理解出来なかったか?」

「いやー。美人をひとり占めなんて、ずるいだろ」

ご主人様はもう一度、今度はハッキリ拒否したけど、男は馴れ馴れしい態度でさらに一歩踏み出した。

しかし、ご主人様の後ろにいる私がレイピアをホルダーから抜いて構えると足が止まった。そして、ミリアとベスタも剣を抜き、セリーが槍を垂直にたてて石突きを床にドンッと打ち付けると、「何だ!躾の悪い奴隷だな!そんな態度が取れなくなるよう順番に俺が躾てやる!」と言い放った。

 

するとご主人様は、「黙れ醜男!」と一喝して聖槍の槍先を男に向けると、向こうのパーティーリーダーの女に、「おい。あんたは醜男の躾も出来ないのか? 俺が代わりに躾てやっても良いが、どうする?」と言って挑発した。

ご主人様は私たちを見下したうえに脅してきた醜男に怒り心頭のようだけど、その男を止めもせずに放置している女にもムカついているようだ。

 

向こうのリーダーはニヤニヤしながらこちらを見ていたけど、ご主人様から挑発されると表情が一変した。

「ふんっ!躾たいなら勝手にすれば。ただ、あんたが死んだらその女たちが何をされても知らないわよ。もうコイツじゃ満足出来なくなってるみたいだからね。ふふっ」

女はそう言いながら猫人族の女性を鞘で小突き、もう一度ニヤリと笑った。

 

◆ ◆ ◆

 

「俺が死ぬって?

そっちがその気なら、俺がこの醜男を殺しても文句は言えないことになるが?」

「あんたねえ、僧侶か神官かは知らないけど、そいつに勝てると思ってるの? 悪いけど、そいつは戦士だし普段は34階層で戦ってるのよ。

何だか良さそうな槍だけど、折られて泣きを見る前に黙って後ろの奴隷を貸してやれば丸く収まることが理解出来ないのかしら?」

向こうのリーダーはアルバを装備しているご主人様を見て戦闘力が低いと思ったのか、小馬鹿にするような発言をした。そして、“私を慰み物にする対価”のつもりなのか、「あっ!分かったわ。お金を払ってほしいのね」と言ってニヤニヤしながらこちらに向かって硬貨を放り投げた。

 

硬貨が床に散らばると、向こうのリーダーはさらにとんでもないことを言い出した。

「ふふっ。そっちの奴隷は4人ね。こっちも男が4人だからちょうどいいわね。ほら、あなたたちもご相伴に与りなさい」

「えっ、俺たちもいいんですかい?」

「構わないわ。金は払ったんだから文句は言わないわよ。まあ、文句を言うようならあなたたちが納得させれば済むことでしょう?」

「違いねえ。おう、面倒だが先に話を付けっぞ」

向こうのリーダーが残りの男たちに声をかけると、彼らは気色満面な顔で立ちあがった。

 

「全員殺されても文句はないということだな」

ご主人様はもう一度彼らを脅して聖槍を構えると、向こうのリーダーはあざ笑うように声をかけた。

 

「あら、抵抗する気?

ふふっ。相手の力量も把握出来ない坊やは早死するわよ」

「そうか、奇遇だな。俺も、相手の力量を把握出来ないババアは早死すると思うぞ」

「なっ!」

ご主人様がそっくりそのまま言葉を返すと、向こうのリーダーは顔つきが変わった。

自分がババア扱いされたうえに相手の力量も把握出来ないヤツだと馬鹿にされて、一瞬であたまに血がのぼったみたいだ。

 

向こうのリーダーはご主人様を睨みながら、醜男に「その男は殺しても構わないわよ。いえ、やっぱり手足を斬り落として半殺しにしてから、そこの女たちを犯すところを見せつけてやりなさい」と言って戦う許可を出した。

醜男はそれを聞いて、「ゲヘヘヘ。あんたもついてないな。悪いがさっさと済ませて楽しませてもらうぜ」と笑いながら剣を構えた。

普段34階層で戦っていることが本当なのかは怪しいけど、この醜男は自分が負けることなど微塵も考えていないようだ。

 

しかし、なんということだろうか。

次の瞬間にガラガラと音をたててボス部屋の扉が開いたのだ。

前のパーティーの戦闘が終了したということなんだけど、ほんとにすごいタイミングだ。

 

この場にいる人は全員硬直したけど、いち早くご主人様が再起動した。

 

ご主人様は「チッ!命拾いしたな」と言って醜男に背を向けると、「皆、行くぞ」と私たちに声をかけてボス部屋に入るよう促した。

 

醜男は突然自分が放置されたことに頭がついていかず、「へっ?」と間抜けな声を漏らして私たちがボス部屋に入って行くのを呆けて見ていたけど、向こうのリーダーの「何してるのっ!」っていう叱咤の言葉にハッとして駆け出した。

そして、「死ねー!」と叫びながら、一番後ろに居たご主人様の背中に剣を振り下ろした。

 

「ご主人様っ!」

私が焦って声をかけるのと同時に、ご主人様のからだが消えた。

いや、残像が残るぐらいの速さで、振り向きながら右にズレ、醜男の隣をすり抜けたのだ。

醜男は驚愕したように目を見開き、からだが痙攣して剣を取り落とした。

そして、次の瞬間に胸から鮮血が溢れ出し、グボッ!と口からも血を吐いて、そのまま前のめりに倒れた。

そして、醜男のからだの周りに血が拡がっていく。

 

どうやらご主人様は振り向いた瞬間に醜男の心臓を突き刺して、それから右をすり抜けていたのだ。

その証拠に醜男の革の鎧は貫通されて、背中からも血が流れ出している。

 

ご主人様は向こうのパーティーに向けて聖槍をひと振りすると、槍先から血しぶきが飛び散って向こうのパーティーメンバーの顔やからだにかかった。

 

「へっ?何っ!」

「なっ!なっ!」

「えっ!何っ!」

「キャァァァァァァァッ!」

反応は様々だったけど、向こうのメンバーは一瞬で醜男が殺されたことに驚愕している。

座って余裕の態度をとっていた向こうのリーダーは、慌てて立ち上がろうとしてひっくり返り、這うように男たちの後ろに回り込んだ。

 

男たちは即座に戦闘態勢をとったけど、リーダーの女は剣をこちらに突き出しながら「そんな、一瞬で...... 34階層で戦える戦士なのに...... こいつはいったい何なの......」などと、何やらブツブツとひとりごとをつぶやいている。

ついさっきまでの余裕は何処に吹き飛んだのか、目の焦点があっていないし、からだはガタガタと震えていた。

 

対照的に、奴隷の女性は壁際に座ったままだ。

目の前で醜男が殺されたのに、悲鳴もあげずに呆然と成り行きを見ている。

かわいそうに心が完全に壊れてしまっているようで、目の前で人が死んでも何も感じていないみたいだ。

たぶんこの女性が戦闘に加わることはないだろう。

 

女2人は戦えないから向こうの戦力は前に並んだ男だけ。私たちとの戦力比は実質5対3だ。

 

私はご主人様の右、ベスタが左に並び、セリーとミリアがすぐ後ろに並んでこちらも戦闘態勢をとると、ご主人様は向こうのパーティーに言葉をぶつけた。

 

「穏便に済ませてやろうかと思ったが、背中から斬りかからせるなんて卑怯なマネされてはタダで帰す訳には行かないな。

お前たちは盗賊以下だ。この場で全員殺す」

ご主人様はそう言って1歩踏み出した。

すると、向こうのリーダーは「ヒィィィィィィィィッ!」と叫び、踵を返して一目散に逃げだした。

 

「あっ!まて!」

「えっ!えっ!」

「くそっ!マジかあの女!」

前衛にいた男たちはリーダーが逃げだしたことに驚いて一瞬目を見合わせると、こちらを警戒しながらじりじりと後ろにさがりはじめた。

そして、ひとりが踵を返して逃げだすと、次の瞬間に残りの2人も踵を返した。

しかし、走り出した瞬間にひとりはご主人様に後ろから心臓を突き刺されて倒れ伏し、ひとりは私に背中を突かれて盾を放り出しながら前方に転がった。

 

私の一撃では相手を突き飛ばすことしか出来なかったけど、ご主人様は容易く鎧を貫通して相手を絶命させている。一瞬見えた槍先が霞んでいたので、彼は瞬間的に何度も突きを入れたのだろう。

さすが私のご主人様。とても強くて頼りになる。

 

私が攻撃した男は転がった勢いで距離を取ると、顔をしかめながらも立ちあがって剣を構えた。しかし、次の瞬間にもう一度踵を返して逃げだした。

“確実にダメージは与えた。次は耐えられないだろう”

私は次の一撃で倒そうと思い、追いかけようとしたけれど、ご主人様に止められてしまった。

 

「ロクサーヌ!放っておけ!」

「ですが!」

「大丈夫だ。それよりも怪我はないか?」

「はい。攻撃されてはいませんので、怪我はしていませんが」

「それなら良い。もし怪我していたら地獄の果まで追いかけてでも必ず俺の手で殲滅してやるところだが、わざわざ追いかけるのも面倒だから、みんなが無事ならこれで終わりにしよう。

たぶん問題はないはずだしな」

「わかりました」

 

私が剣を収めると、それを待っていたのか奴隷の女性がそろそろと立ちあがった。

そして、私たちを羨ましそうに見たあと、トボトボと歩いて逃げたヤツらのあとを追っていった。

 

◆ ◆ ◆

 

「ご主人様。逃してもよろしかったのですか?」

セリーが少し心配そうにご主人様に話しかけると、彼は「んー。どうだろうな」と少し曖昧に返事をした。

私には“大丈夫だ”と言っていたけど、あれは私を止めるために咄嗟に言っただけなのか?彼はなんとなく不安そうな顔をしている。

セリーが小首をかしげると、ご主人様は曖昧に返事をした理由を説明した。

 

「ヤツらのパーティーだが、そこの醜男が戦士で、そっちに倒れているのが探索者だ。

他のメンバーは、先に逃げた男が僧侶。ロクサーヌと戦った男が剣士。猫人族の女は村人で、リーダーの女は商人だった。

探索者がいなくなったってことは、パーティーは解散ってことになっているんだよな?」

「あー、そういうことですか。それでご主人様はそっちの男を倒したのですね」

ご主人様から理由を聞いて、セリーは一瞬で納得した。

 

「大丈夫です。探索者が抜けるとパーティーは組めませんので、一緒にいてもパーティー効果の恩恵は受けられなくなります。

それに、ダンジョンウォークが使えません。

逃げたヤツらは入口の小部屋まで魔物を倒していかなければなりません」

「やっぱそうだよな」

「ご主人様。先ほどのパーティーは入口ヘ戻るルートからは外れて逃げているようです。

それと、逃げた方向に魔物の群れがいます。グミスライム3匹とクラムシェル2匹の群れだと思います。

本来のルートの方にも魔物が湧いていますので、入口まで戻るには少なくても2回は魔物の群れを倒す必要があるようです」

ご主人様の質問にセリーが答えたので、私は今の状況を補足した。

 

「うむ。あのパーティーは実質4人だった。本当に普段34階層で戦っているならこの階層の魔物くらい余裕なのかも知れないが、今は2人失ってるし剣士は盾を失っているうえに深いダメージを受けている。僧侶はフレイルを持っていたから近接戦闘は出来るヤツなんだろうけど、ロクサーヌのように戦いながら回復魔法の呪文を唱えられるとは思えない。

単体ならともかく魔物の群れを倒し切るのは、正直無理だろうな」

 

ご主人様はそう言ったあと、猫人族の女性を連れていたことを疑問に思っていたらしく、「それにしても、なんで戦力にならないような村人を連れていたのだろう?」とポツリとつぶやいた。

ちょっと迷ったけど、私は気づいたことをご主人様に答えた。

 

「彼女は...... 男たちの慰み物にされていたようです」

「えっ?」

「その...... 先ほどあのパーティーは途中でボス部屋までのルートから外れた小部屋に寄っていたと言いましたけど、追い越すときは魔物の匂いはしなかったので休憩でもしてると思っていたのです。

だから無視して追い抜いてきたのですが、あのパーティーが待機部屋に入ってきた時に奴隷の女性から精液の匂いがしました。多分、先ほどの小部屋で......」

 

「そう言えば聞いたことがあります。

貴族や有力者の子弟が力の強い探索者を雇って迷宮を攻略することがあり、その子弟が女性の場合は自分が襲われないよう身がわりとなる女性を連れて行くことがあると」

私とセリーから話を聞くと、ご主人様は顔をしかめた。

 

「そういうことか。あまり気分の良い話ではないな」

「そうですね。それと、その女性ですが...... 

途中で止まっていて、向こうのパーティーには合流出来ていないようです。このままでは......」

私は猫人族の女性が最後に私たちに向けた表情を思い浮かべ、少し心が沈んだ。

 

私は幸運にもご主人様に購入して頂けた。

性奴隷にされた私がこんなに大事にされて、幸せに暮らせているのはキセキなんだろう。

もしさっきの女に買われていたら、私はあの猫人族の女性のようになっていたのだ。

 

私はそら恐ろしさを覚えて寒気が走り、自分のからだを抱きしめると、ご主人様がそっと肩を抱いてくれた。

 

「かわいそうだが、助けることは出来ない」

「そう...ですか...」

「ロクサーヌさん。あの女性の主人はリーダーの女でしょう。あんな扱いをしているくらいですから、主人の死後は殉死することになっていると思います。

ですので......」

ご主人様の言葉をセリーが補足した。

かわいそうだけど、諦めるしかないようだ。

 

「しかし、まあ。商人のくせになんで迷宮探索してたんだ?死んだら元も子もないのに、馬鹿なババアだな」

ご主人様はフッとひと息吐いてから、少し茶化すように話題を変えた。

たぶん場の雰囲気をかえて、私の気分を晴らそうと考えてくれたのだろう。

 

「そうですね......」

セリーは少し考えてから、ご主人様の疑問に答えた。

 

「経験豊富な商人は、奴隷商人や豪商という上位のジョブに転職出来る場合があります。特に奴隷商人は比較的なり易いと言われてますので、そちらを目指していたのかも知れません」

「うむ、そういうことか。

奴隷を連れていたから、たぶんセリーの言う通りだろう。だが、それならパーティーだけ組んで、自分は迷宮の外にいても良かったんじゃないか?」

「金で雇ったとはいえ真面目に魔物を狩って経験を稼ぐとは限りません。だから同行して、真面目に探索するか見張っていたのでしょう」

 

「なるほどな。あと、なんで23階層にいたんだ?

もっと下の階層のほうが安全だったろうに」

「12階層から上は1段階、23階層から上はもう1段階魔物の強さがあがりますが、得られる経験もあがると言われています。

クーラタルの23階層はグミスライムなので魔法攻撃の心配はありません。たぶん、安全に経験が稼げると考えたのだと思います」

 

「うむ。だいたい分かったよ。セリー、ありがとう。

ところでこの醜男どもはこのまま放置しても問題ないのか?」

「死体はもうすぐ迷宮に吸収されますので問題ないです。ただ、装備品はしばらく残りますので、からだが飲まれたら回収しておきましょう。

待機部屋に装備品が落ちていたら不自然ですし」

「わかった」

 

それから5分も経たずに醜男が、その2分後にはもうひとりの男の死体が迷宮に吸収された。

私たちは装備品を回収し、ミリアに女がバラ撒いた硬貨を集めてもらうと、銀貨2枚と銅貨が11枚だった。

 

えっ!たったこれだけ?

「よくわかりませんが、たったこれだけなんですね」

「ん?ロクサーヌ。まさか、自分の価値がこの金額だって思われたとでも考えているのか?」

なんとなく情けなく思ってポツリとつぶやくと、少し驚いた感じでご主人様から突っ込まれた。

 

「いえ、そういうわけではないですけど......」

「プッ!あはははははははっ!」

私はちょっと落ち込んだのに、ご主人様はそんな私を見て大笑いした。

「ご主人様!そんなに笑わなくたっていいじゃないですか!」

「いや、すまん。だが、たぶん勘違いしてるぞ」

「えっ?勘違い?」

 

「ああ。あの女は俺を挑発するために、わざとひとつかみした硬貨を放っただけで、ロクサーヌの価値を考えて硬貨を見繕ったわけではない」

「そ、そうだったのですか」

「ああ。だから、金額が少なかったのは、あの女があまり金を持っていなかったということだ。

もし正当に評価出来たとしたら、白金貨が舞っていたさ」

そう言うと、ご主人様は私の耳元にスッと顔を近づけて小声で囁やいた。

 

「まあ白金貨を何枚積まれても、俺はロクサーヌに触れさせないけどな」

「もう。ご主人様ったら......」

私は一瞬で顔が真っ赤になり、からだが熱くなった。

「私もご主人様以外の人には触れられたくはありません。一生大事にしてくださいね♥」

「もちろんだ」

「ご主人様♥」

「ロクサーヌ」

私とご主人様が至近距離で見つめあっていると、隣から「はぁ。またですか」というセリーの醒めた声が聞こえた。

 

「2人とも、とっくにボス部屋の扉は開いてますよ」

「す、すまない。ボスが待ちくたびれているだろうから、そろそろ行こう」

「セリー。すみませんでした」

私とご主人様が謝ると、セリーは一度軽く肩をすくめ、すぐに表情を引き締めた。

ご主人様も聖槍を構えて表情を引き締めたので、私もひと息吐いて気持ちを切り替え、ボス戦に備えた。

 

「では。みんな行くぞ」

「かしこまりました」

私が返事をしながら軽くうなずくと、セリー、ミリア、ベスタの3人もうなずいた。

そして、私たちは揃ってボス部屋への扉をくぐった。

 

◆ ◆ ◆

 

ボス部屋に入ると後ろの扉が閉まり、部屋の真ん中に煙が集まりはじめた。

 

私たちは煙に駆け寄って、私が中央、ミリアが右、ベスタが左、セリーが私とミリアをカバー出来る場所に位置取り迎撃態勢を整えると、中心に赤紫色の巨大なスライムと右にクラムシェル、左に水色のグミスライムが現れた。

 

これがゼリースライム。

思ったより大きい。

そう思ったとたん、魔物が炎に包まれた。

 

私たちは動きが止まった魔物に斬りつけていると、魔法の効果が切れてスライムたちが攻撃をはじめた。

 

ゼリースライムのからだの一部が盛りあがると、それが勢いよく飛び出した。

ゼリースライムの触手攻撃だ。

 

反射的にからだを反らせてかわしたけど、かなりギリギリだった。

2発目、3発目もなんとかかわしたけど、正直攻撃する余裕がない。

からだの何処から触手が飛び出すのか分からないので、このまま連発されたらいつかは被弾してしまいそうだ。

 

仕方がないのでバックステップで余裕をもって避けられる位置まで下がり、ゼリースライムが触手を伸ばしたときに、盾でいなすか、かわしながら切り落とす防御主体の戦いかたに専念した。

 

そのまま戦い続け、ご主人様から2度目の魔法が放たれると、魔物の動きがまた止まった。

チャンスだ!私はゼリースライムの懐に飛び込んで攻撃をはじめ、魔法の効果が切れた瞬間にバックステップで元の位置に戻った。

そうしてご主人様の魔法に合わせて攻撃と防御を繰り返していると、4度目の魔法の効果が切れたときにミリアの「やった、です」という声と、ドスンという魔物が倒れる音が響いた。

どうやらクラムシェルを石化させたようだ。

 

ミリアはゼリースライムの後ろに回り込んで攻撃をはじめると、セリーも右側に回り込んで槍で突きはじめた。

ベスタはご主人様の剣で戦っているので、魔法を警戒する魔物がボスだけになったから、彼女も前に出てきたのだ。

しかし、ゼリースライムはからだのいたる所から触手が飛び出し死角がなかったので、2人も私と同じように魔物と距離を置き、ご主人様の魔法に合わせて攻撃と防御を繰り返した。

 

そのまま3人でゼリースライムと戦っていると、6度目の魔法の効果が切れた瞬間に触手が伸びたまま魔物の動きが止まった。

同時に「やった、です」というミリアの声が響いた。

“さすがミリア。ボスでもお構いなしに石化させるわね”

私は彼女に感心しつつもベスタが相手にしていたグミスライムを側面から攻撃した。

 

ミリアとベスタも加わって4人で攻撃をはじめると、次のご主人様の魔法でグミスライムは煙になった。

ご主人様はベスタからデュランダルを受け取ると、ミリアが石化した2体の魔物をつついて倒し、ドロップアイテムを拾って戦闘が終了した。

 

結局かかった時間はたったの5分。いつものことだけどみんな殆ど疲れていない。

なので、私たちは休憩することもなく、24階層への扉をくぐった。

 

24階層にあがると、いつものようにセリーがブリーフィングをはじめた。

「クーラタル24階層の魔物はタルタートルです。

弱点は土魔法で、水魔法に耐性があります。

噛みつき攻撃は強力で、一度噛みつくと首を斬り落としても離さないと言われています。

ただ、噛みつく時は一瞬クビが縮み、その後に飛び出すように伸びるので、クビが縮んだときに正面に立たなければ噛まれることはありません。

あと、ごく希にですが、水魔法を放つこともあるようです」

「うむ。だいたい分かった。セリー、いつもありがとう」

ご主人様はセリーにお礼を言うと、当たり前のように彼女の頬を撫でた。

セリーはちょっと恥ずかしそうだけど、とても嬉しそうだ。

 

ちょっと羨ましいけれど、私は自分の仕事に集中しないとね。ご主人様のことだから、初めての魔物と戦うときはなるべく数が少ない群れって言うはずだから...

私はそう考えて、ご主人様とセリーの会話を聞きながら、スンスンと匂いを嗅いで魔物を探しておいた。

 

「ロクサーヌ。なるべくタルタートルだけで、数が少ない群れを探してくれ」

「ご主人様。右に初めての魔物だけの群れがいます。たぶんタルタートルで、数は2匹か、3匹だと思います」

「ありがとう」

ご主人様は返事をしながら、私の頬もしっかりと撫でてくれた。

 

「では、案内します」

私が先導して迷宮を進むと、2分ほどで通路の先に魔物2匹の群れが見えてきた。

体高1m、体長1.5m、4つ足に頭と尻尾。タルタートルは名前通りでからだがタルのように大きな亀だった。

 

私たちは魔物に駆け寄り、私が右、ベスタが左を引きつけた。

そして、ミリアが右から後ろに回り込み、セリーも右側から魔物を槍で突きはじめた。

そうしている間にご主人様のサンドストームが撃ち込まれ、結局タルタートルは何も出来ないまま2分足らずで全滅した。

 

ご主人様は「うん。大丈夫そうだな」とひとつ納得すると、「ロクサーヌ。次からは組み合わせや数に関係なく群れを探してくれ」と言ってきたので、「かしこまりました」と返事を返して次の魔物に案内した。

 

それからは、手当たり次第群れを探して、朝食と昼休憩を挟んで夕方までクーラタルの迷宮24階層で魔物を狩って回った。

 

◆ ◆ ◆

 

翌日、早朝探索を終えて家に帰ると、玄関にルーク氏からの伝言メモが挟まっていた。人魚のモンスターカードを落札したと書かれている。

ご主人様に伝えると、彼はセリーと少し話し、買い取りに行くのは明日にすることと、行ったときに潅木のモンスターカードを注文することを決めていた。

 

その後、朝食を食べながら雑談していると、一昨日の食事会のときの話になった。

本当は昨日の朝食のときに話すつもりでいたのだけど、待機部屋で絡まれたことや24階層の魔物の話が主になってしまい。食事会のときの話に至らなかったのだ。

 

「そう言えば、どうもあの公爵は以前から俺たちの素性を嗅ぎ回っていたみたいだな」

「やはりそうなのですか?」

「ああ。間違いないだろう。

ルークなのか、迷宮入口に貼り付いている探索者から情報を得たのか、それともクーラタルの街なかに配下を忍ばせていて俺たちを監視させているのかは分からんが、公爵の反応を見ていた限り、食事会の前から俺が5人でパーティーを組んでいることや鍛冶師がパーティーにいることは知っていたようだ」

 

「わ、私のことも知っていたのですか?」

ご主人様が鍛冶師という言葉を口にすると、セリーは驚いてご主人様に聞き返した。

 

「ああ。公爵に離れた所に呼び出されたときに、“鍛冶師の奴隷は手に入れることが難しいと聞いたが、ミチオ殿はどうやって手に入れたのだ?”って聞かれたよ。セリーが鍛冶師だとは一言も言ってないのにな。

あと、“てっきり誰か知り合いを連れてくるかと思ったが”とも言ってたな」

 

「あの仲買人が怪しいですね。あの男はご主人様に大損させるだけでなく、裏で情報まで流しているということでしょう。

いつか目に物を言わせてやりましょう」

「そ、そうだな......」

セリーがジト目になりながら復讐を誓うと、ご主人様は少し顔を引き攣らせながら返事をした。

 

「だが、少し引っ掛かることがある。

ルークは防具商人だ。商人が顧客の情報を流すことなんてあるのだろうか......

そんなことが知られたら、信用を失って顧客が離れてしまう気がするのだが......」

「そうですね。普通は顧客情報を流すことはしないでしょう。ですが、ハルツ公爵家の御用商人になれるとしたらどうでしょうか?」

 

「多少の悪い噂など気にならないか......」

「ひもろぎのロッドの取引以降はスキル付き装備品の取引には一切応じていないので、もしかすると、こちらが警戒していることに気づいてなりふり構わなくなったのかも知れません」

ご主人様はセリーの言葉に半信半疑のようで、今一つ納得できないような顔をしている。

 

「ご主人様。いっそのことルーク氏に確認してみたら如何ですか?」

「えっ? いや、いくらなんでも吐かないだろう」

私はここでみんなで悩むよりも、直接本人に確認して反応を見てみたほうが早いと思って提案したのだけど、残念ながらご主人様は私の考えにちょっと呆れてしまったようだ。

でも、その時 セリーの目がキラッと光った。

 

「ご主人様。直接確認出来ないなら、間接的に確認するのはどうでしょう」

「間接的に?」

「はい。あの仲買人だけに情報を流して、数日のあいだハルツ公爵が情報に対して何らかの発言や行動が無いか密かに観察する。

発言や行動がなければ白、あれば黒というわけです」

 

「ほう。それは良いアイデアだな。別に今すぐどうというわけではないが、試しておいても損はないだろう」

「さすがセリーですね。そうしましょう」

セリーの考えにご主人様が賛同したので、みんなで具体的な計画や今後の対応を考えた。

そして、ルーク氏への対応が決まると、セリーが「では、決まったことは次の6つです」と言って、指を折りながら直接対応するご主人様に確認した。

 

①機会を見て、決してわざとらしくならないように“パーティーメンバーのジョブチェンジについて、ツテのある地元の騎士団に相談したいが、簡単に戻れないので保留にしている”という情報を漏らすこと。

 

②目的以外のモンスターカードや、スキル付き装備品の取引を依頼された場合は、たとえ注文しているモンスターカードと抱き合わせるとされても断ること。

 

③モンスターカードの融合を依頼されても断ること。無理強いされそうな場合は、要求されたスキル付きの装備品の相場をルーク氏に確認し、その10倍の金額を依頼料として前払いさせることと、たとえ失敗しても依頼料は返却しないことを承諾させること。

 

④通常装備品の作成や売却を依頼されても、取引先が決まっているという理由で断ること。

 

⑤装備品の買い取りや交換を持ちかけられた場合は即答は避け、一度保留にして話を持ち帰り対応を検討すること。特に即答を求められたら詐欺の可能性が高いので、絶対に断ること。

 

⑥何らかの理由で断わることが難しい場合や、こちらにとって魅力的に見える取引でも、即答は避けて話を持ち帰り、一度じっくり検討すること。

 

⑦商人ギルドに出向く際は、極力私を同行させること。

 

確認しているあいだ、ご主人様はウンウンとうなずいて聞いていたけれど、全て聞き終わると「ん?⑦?」と首を傾げながらポツリとつぶやいた。

セリーはさり気なく自分の要望を加えたけれど、残念ながらご主人様に気づかれてしまったようだ。

 

ご主人様はセリーからジト目で睨まれて一瞬怯んだけど、「わ、分かった。⑦はともかく①から⑥はちゃんと守るから」と焦りながらも決まったことは守ると答えた。

 

セリーは少しムッとしたようだけど、すぐに「約束ですよ。くれぐれもお願いしますね」と言ってニッコリと微笑んだ。

 

◆ ◆ ◆

 

ルーク氏への対応が決まったので、私は気になっていたことをご主人様に聞いてみた。

 

「あの、ご主人様は、いつから身辺調査されていることに気づいていたのですか?」

「ん? 気づくか気づかないかということなら、かなり前から気づいていたぞ?」

「えっ!そうなんですか?」

「うむ。だが、それは一般的にという意味でだ」

「一般的?」

 

「ああ。俺が冒険者で、クーラタルに住んでいることとか、普段は迷宮探索をしているとか。そういううわべの情報。つまり、知られても困らない程度の情報だな。

だが、ロクサーヌが聞きたいのは、もっと深い意味でってことだよな」

「はい」

 

「そういう意味だと...... やっぱり食事会のときだな」

「そうでしたか。食事会に行く前に情報を漏らさないように注意されましたので、もっと前から気づいていたのかと思ってました」

 

「そういうことか。

食事会に行く前になるべく情報を漏らさないよう注意したのは、あの公爵は得体が知れないと思っていたからだ。

残念ながら、あの時点では俺たちの素性を調べられているとは考えていなかった」

「そうでしたか。ですが、公爵のことを怪しんではいたのですね」

 

「そうだな...... 3迷宮の探索を要請された頃は調べられているって感じではなく、俺のことを色々知っているなって感じだった。

災害復旧の運送支援やカガミの仕入れの件があったから、まあ、多少のことは俺のことを聞いてるよな。って感じかな。

だから馴れ馴れしくされて、態度や言葉遣いに気をつけることが面倒だとは思っていたけど、あの公爵自体はそれほど怪しい人だとは思っていなかった。

ただ...... 決闘騒ぎのあとからは、あの公爵は「優秀な戦士と聞いているので、一度会ってみたい」と言って、ロクサーヌを連れてくるよう言い出したので、面倒臭さに拍車がかかったって感じになったな。

それに、連れていくのを断り続けていたら、あるとき「ミチオ殿が良ければ是非騎士団に加えたい」なんてフザけた発言をしたのだ。

言い方は丁寧だが、要はロクサーヌを譲れってことだからな。

だからそのときは即行で断ったけど、それ以降も公爵はロクサーヌを連れてこいってしつこかったから、何かと理由をつけてかわしていたのだ」

ご主人様はそこまで一気に話すと、ハーブティーをひとくち啜ってひと息吐き、そしてまた話しを続けた。

 

「だが、食事会の2日前。ルーク経由でゴスラーから呼び出されたとき、ゴスラーと会う前にハルツ公に会ってしまった。

すると公爵は俺たち全員を招いて食事をしたいと言い出したのだ。

もちろん断ったけど、どんな理由をつけても引き下がらなかったので、最後は仕方なく承諾した。

そのあとゴスラーが来て、カガミの仕入れを自分たちで行う旨の相談をされたのだけど、最後に“世話になったのに申し訳ないから、明後日は持ってきたカガミはすべて引き取る”って済まなそうに言ってたよ。

ただ、ゴスラーはともかく、公爵の誘いかたはかなり強引だったし、食事会を承諾したとたん、「今宵の夕餉などはいかがか」なんて言い出して、とにかく1日でも早く食事会を開こうとしていたのだ。

さすがに違和感を覚えたし、急ぐ理由が分からないので、怪しむというか警戒していたのだ」

「そうだったのですね」

 

「ああ。ボーデの城に行ってから、最初に違和感を覚えたのはハルツ公に遠方出身であることを確かめられたときだ。

公爵には、俺は地元の騎士団とつながりがあるようなことは匂わせていたけど、遠方出身であることを言ったことはない。

遠方出身と伝えたことがあるのは、俺の記憶ではルークだけだから、彼から聞いたのだと思う。

だが、それ自体は問題ではない。

問題なのは、それが間違いないか?公爵がわざわざ確認したことだ」

ご主人様はもう一度ハーブティーを啜り、さらに話を続けた。

 

「つまり公爵は、何らかの思惑があって俺のことを探っているということだ。

ただそのときも、ロクサーヌを得るために今度は搦め手でも使うつもりなのか?と思ったくらいで、大したことではないと高を括っていた。

しかし、模擬戦のあとで公爵がカシア様にみんなを紹介したとき、はじめて本格的にヤバいと思ったよ」

「もしかして、セリーたちの名前と本人が一致していたからですか?」

「それだ。ロクサーヌも気づいていたのか」

「はい。調べられてるかもって思い、ゾッとしました」

 

「うむ。広間でみんなを紹介したときは、順番に並んでいたわけではなかったのに、公爵は聞き返すこともなく誰が誰なのか理解していたからな。

ルークから話を聞いただけなら、ベスタのことは知らないはず。

だからあのときに、公爵はルークとは別の密偵を何処かに忍ばせていて、何かの意図を持って俺たちを調べてるってことに気づいたのだ」

「そうだったのですね。それなら私たちもいっそう気をつけないといけませんね」

「ああ。ロクサーヌに一番興味を持っていたようだけど、帰り際にアレだけ言っといたからな。だから当分はみんなも含めて引き抜くような真似はしないだろう。

だが、他のことで何か考えているかもしれん。

鍛冶師に興味があるようだったし、セリーが鍛冶師だということを知られている。

だから、そちらの方で何か仕掛けてくるかも知れない」

「そうですね。考えられるのは装備品の作成か、モンスターカードの融合でしょう。

ご主人様。公爵からその手の取引を持ちかけられたときは気をつけてください」

「分かった。基本的にはルークと同様の対応とする」

「それで良いと思います」

 

「あと、食事会ではミリアとベスタも見られている」

「えっ?!」

「わ、私もですか?」

ご主人様がミリア、ベスタの名前を出すと、それまで黙って話を聞いていた2人は驚いて食事の手が止まった。

 

「さすがに2人のジョブまではバレてはいないだろうが、まだあの公爵が何処から情報を得ているのか分からない。だから、一応2人も警戒しておいてくれ」

「はい。です」

「かしこまりました」

 

2人は返事をしたけれど、なんとなく不安そうにしていたので、ご主人様は肩をすくめて言葉を重ねた。

「まあ、そうは言ったがカガミの取引がなくなれば、公爵と関わることは減るだろう。

変な会の話をされたから暫くは気は抜けんがな」

「変な会ですか?」

「ご主人様。それって帝国解放会のことですか?」

「あ、いや。まだ詳しくは聞いてないから会のほうはよく分からない。何か企んでいたようだから、一応警戒はしておく」

ご主人様は2日前と同じように少し焦って誤魔化した。今はまだ話したくないことのようなので、それ以上は聞かずに話を流すことにした。

 

「そうですか。公爵閣下はセリーとご主人様が言っていた通りの何を考えているかわからないエルフって感じがしました。だからくれぐれも気をつけてください。

それとあの夫人も......」

私は公爵夫人のことを思いだし、一瞬殺気が漏れてしまった。

するとご主人様にも伝わってしまったらしく、彼は驚いてちょっとからだを引いていた。

 

「そ、そう言えば俺が公爵と席を外している間、ロクサーヌたちは何を話していたんだ?

それまでは当たり障りのない会話だったと思うが」

「当たり障りがなかったですか?

うまく話を誘導されて私たちがいま迷宮の何階層で戦ってるのか突き止められてしまいましたけど」

「た、確かにそうだが。アレは、みんなにどこまで話して良いのか決めていなかった俺の責任でもあるから気にするな」

「いえ、一字一句 禁止事項を教えないと理解できないのでは、ただの幼子です。

事前に内密となることを漏らさないよう注意されていたにもかかわらず、私の考えが及ばなかったのがいけないのです」

「わかった。だが、アレは不用意にこちらから情報を伝えたわけではなく、相手が1枚上手だったということだ。今後、気をつければそれで良い」

 

「わかりました。

ところでご主人様がいなくなった後のことですが、公爵夫人は私たちに、公爵閣下に対する不満を言い出しました。

ただ、ものすごく不満があるというわけではなく、約束の時間に遅れたとか、予定を合わせてくれなかったとか、頼んだものを買ってこなかったとか、自分のことは棚にあげて理不尽に文句をつけられたとか、すべてほんの些細なことについてで、ちょっとした愚痴という程度でしたけど」

「そうだったのか。そんなことを言う人には見えなかったが」

「話し方はおっとりしたままだったので普通に話をしているだけでは気がつかないでしょう。たぶんご主人様の前では本性を隠していたのだと思います」

「そ、そうだったのか」

「それで 話の続きですけど、彼女はいくつか些細な愚痴を言った後、私たちにご主人様に対して不満がないのか聞き始めたのです」

 

「そうなのか?」

「はい。とても 和やかな雰囲気のまま、本当に自然に聞いてきました。

ですが 、私が「みんな大切にして頂いており、私たちには不満なんてありません」と答えると、彼女は一瞬訝しそうな顔をして、「あら?少しくらいは 何かあるでしょう?指示が悪くて迷宮で痛い思いをしたとか、理不尽に叱られたとか、彼が贅沢や無駄遣いをしているとか。私と同じような不満はありませんの?」と言ったのです。

それに「些細な不満でも誰かに話して発散しておいたほうが良いですよ」とも言っていたので、彼女はなんとか私たちから不満を引き出そうとしていたようでした」

「そんなことが.....」

 

「私は最初彼女の意図には気づけなかったので、話に乗りそうになったのですけど、ちょうどその時ミリアが魚料理を取ろうと立ち上がったので、みんなの視線がそちらにそれたのです。

その瞬間にセリーから小突かれたので彼女を見ると、小さく首を振ったので、それを見て情報を聞き出そうとされていることに気がつきました。セリーには助けられました」

「そうか。セリー。良くやった」

「いえ、大したことではありません。私は公爵夫人が愚痴を言い出したことに違和感を覚えていたので、話の内容は聞かずに何故わざわざこんな話をしはじめたのか理由を考えていたのです。

なので、彼女の真意に気づけました」

 

「そうだったのだな。それで、その後は?」

「そうですね。それからは大した話はしなかったような気がします。すみません。内密にすべきことを漏らさないように注意しておりましたので、何を話したかよく覚えておりません」 

 

「ロクサーヌさん。公爵夫人は好みのタイプを聞いていましたよね」

「あぁ、そうでしたね...」

セリーが話していた内容を思い出してくれたけど、正直 私はあまり思い出したくないことだった。

 

「公爵夫人は自分の理想は公爵だって言い切りましたね。愚痴を言っていたくせに。

そのあと私たちに、「ミチオ様は別にして、同族のかたならどんなタイプの人が理想なの?」なんてふざけたことを......」

私はあのときのことを思い出して、またもや殺気が溢れてしまった。

 

「ロクサーヌさん。ここで怒っても仕方がありません。それよりも、ちゃんとあの夫人の本性を伝えるべきでしょう」

「そ、そうですね。セリー、ありがとう」

私はひと呼吸してあたまを冷やし、話を続けた。

 

「夫人に同族のタイプを聞かれたときにあたまにきて立ちあがりかけたのですけど、セリーに袖を引かれて思いとどまったのです」

「あのときはロクサーヌさんから殺気が漏れて、一瞬場が凍りつきましたね」

セリーはそう言ってクスッと笑った。

「そうでしたね。でも、仕方がないでしょう。だって「狼人族の方から見ると人間の男性は頼りなく見えるのではありませんか?狼人族の男性は皆 逞しいですからね」 なんて言ったのですから喧嘩を売られているのかと思って」

私はまた怒りが湧いてきてしまったので、深呼吸して心を落ち着かせた。

 

「そうですね。いまの私たちに、ご主人様以上の男性なんて考えられません。

それに、そのあとロクサーヌさんが「同族ですか?私は理想の男性に出会ってしまったので、考える気にもなりません」って言ったときに夫人が一瞬見せたあの蔑むような表情。私も心底あたまにきました」

「そう、それ。私たちが、心からご主人様を慕っていることを軽蔑しているような感じがして、すごく不快でした」

 

「すぐにゴスラー夫人が話題を変えたので、あの場は収まりましたけど、公爵夫人は何を考えていたのか」

「もしかしてわざと私を怒らせようとしていたとか?」

「どうでしょうか。ゴスラー夫人が話題を変えたらあっさりそちらの話に切り替えていましたし、本当に何を考えていたのかわかりません。ただ、単純に興味があっただけという理由ではないと思います」

私とセリーが公爵夫人の思惑を考えはじめると、ご主人様が会話に割って入った。

 

「その、ロクサーヌたちも大変だったのだな。すまなかった」

「いえ、私たちは大丈夫です。

それよりご主人様。公爵夫人は見た目や醸し出す雰囲気とは違って、とてもしたたかで思慮深い人のようです。

公爵閣下もそうですけど、夫人にも本当に気をつけてくださいね」

「あ、ああ。わ、分かった。

まあ、ゴスラーがいるから何かあっても公爵やカシア様の考えをある程度方向修正してくれるだろう。

だから、たぶん大丈夫だ」

「そうですか? まあ、ゴスラーさんは常識人ですから、あの人がいれば確かに大丈夫そうですけど」

「アイツは唯一まともなエルフだ。まあ、常識人というよりは、いつもあの公爵に振り回されているから、俺からしたらザ・苦労人って感じだけどな」

「ふふっ。苦労人ですか」

 

「ご主人様。確かにゴスラーさんは常識人で苦労人かも知れませんが、所詮はエルフです。

腹の奥では何を考えているかわかりませんので、くれぐれも信用しすぎないようにしてください」

「はは。セリーは厳しいな。だが、言うことはもっともだ。

ゴスラーはあくまであの公爵の命令で動いている。だから、セリーに言われた通り信用しすぎないよう心がけるよ」

 

ご主人様が忠告に従うことを伝えると彼女はニッコリ微笑んで、「公爵の御用聞きをしているあの仲買人にも注意してくださいね」と付け加えた。

ご主人様は眉の端をヒクつかせながら、「わ、分かってる。もうルークは信用しすぎないようにしたから大丈夫だ」と返事をした。

 

その後、朝食を食べ終わると、ご主人様は商人ギルドに1人で出かけようとしたので、セリーに今日の目的を確認されて、6つの約束を必ず守るよう言われていた。

 

私は真摯な態度でセリーに諭されているご主人様を見て、思わず“ご主人様なのに”って心の中でつぶやきながらクスッと笑ってしまったけど、ご主人様の名誉のためにこのことは内緒にしておこう。

 

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