わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。
因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番探索を進めているクーラタルとハルバーは、どちらも25階層を攻略中だ。
話しは数日前、ハルツ公爵との食事会から数日が過ぎ、クーラタル、ハルバーとも、24階層を探索していた頃まで遡る。
食事会以降、ご主人様はカガミの販路をハルツ公爵配下の冒険者に引き継ぐため、2〜3日に一度ボーデの城に呼び出されていた。
その日は朝食の後、ご主人様は商人ギルドに行ったのだけど、すぐに戻ってきた。
そして、「ちょっとボーデに行ってくる」と少し嫌そうに言ったので、「ゴスラーさんの所ですか?」と聞くと、「ああ。ルーク自身の話はモンスターカードとスキル付きの武器の交換という話だったので断ったが、そのあとゴスラーからの呼び出しを伝えられた。
前回打ち合わせしたときに、“カガミの販路に配置する冒険者が決まったら連絡する”と言っていたので、たぶんその件だと思う。
金を受け取ってしまったから文句は言えないが、こう頻繁に呼ばれると迷宮探索が滞るから困るな」と言って軽くため息をついた。
「申しわけありません。私に何か出来ることがあれば良いのですが」
「いや、ロクサーヌにはみんなのまとめ役として色々してもらっているから十分助かっている。だから気に病むことはない。
実際のところ、販路の話自体は問題ないのだ。
問題なのは、公爵がいると何かと口を挟むから話が進まないってことなんだよな」
「そうだったのですね」
「ああ。無茶振りも多いし急に販路のこととは関係無い話をしはじめたりする。
なに考えてるのかわからんから気が抜けない。
ホント、早く終わってほしいよ」
ご主人様はそう言うと、軽く肩をすくめた。
「迷宮探索が滞るのは困りますね。ですけど、公爵閣下の相手という点なら、ご主人様は問題無いでしょう。
食事会のときは堂々と対応されていましたし、無理を言われても一歩も引きませんでしたので」
「そうか?ロクサーヌにそう見えていたなら俺の演技力も捨てたものではないのかも知れんな。
でも、あの公爵は本当に何を考えているか分からない。
食事会で直接会ってわかったと思うが、突拍子もない行動や発言をするから気が抜けない。
これでも内心ではビクビクしているのだ」
「全くそうは見えませんでした」
「まあ、あのときはロクサーヌがかかっていて絶対に引けなかったから、そう見えたのかもな。だが、セリーに感化されたわけではないが、俺があの公爵に慣れることは無いと思うぞ」
「そうでしたか。でも、あのときは素敵でした」
「そうか。ロクサーヌにそう思ってもらえるなら、頑張ったかいがあったな。
ところで、仲買人のルークに俺たちのことを調べさせているのでは?という予想だが、どうやら間違いないようだ」
「何か分かったのですか?」
「ああ。だがまだ確信は持てていないので、ちょっと意見を聞きたい」
そこでご主人様は、鍛冶をし始めていたセリーに声をかけた。
「セリー。悪いがちょっと話を聞いてくれ」
「はい。ご主人様」
セリーが手を止めてこちらに来ると、ご主人様は気付いたことを話し始めた。
「先日商人ギルドに行った時、例の話をルークにしたのだが、一昨日ボーデに行ったときに、ハルツ公から声をかけられた。
昨日は気にならなかったが、良く考えるとタイミングが良すぎるのでな」
「公爵閣下は何と言っていたのですか?」
「公爵は、“ミチオ殿にはカガミの件といい、3迷宮の探索といい。大変世話になっている。何か宛があるやもしれんが、困っていることがあればこちらはいつでも相談にのるゆえ、遠慮なく言ってくれ”と言っていた」
「タイミングが良すぎますね。あの仲買人は、ご主人様から“ツテのある地元の騎士団に相談したいが、簡単に戻れないので保留にしている”との話を聞いた直後にハルツ公に報告したのでしょう。
それを聞いて、公爵閣下は相談にのると言ったのだと思います」
「やはりそうか」
「確か、ご主人様はハルツ公に地元の騎士団との関わりをほのめかしていたのですよね。それなら、ご主人様が“ありがとうございます”と言って公爵の厚意を受け入れるのか、“いえ、それには及びません”と言って遠慮するのか。それともその場で相談事を話すのか。
その反応を見ていた可能性が高いと思います」
「やっぱそうだよな。
まだルーク自身が積極的に協力しているのかは分からないが、少なくても公爵があいつから情報を得ているのは間違いないだろう」
「いえ。あの仲買人は積極的に協力していると思います。でなければ、ご主人様が漏らした世間ばなし程度の情報を、翌朝ハルツ公が認識していることは不自然です」
「そ、そうか」
「ふふっ。あの男も浅はかですね。あのせっかちな公爵のことを考えたら、多少報告を遅らせれば良かったのに。
まあ、こちらから警戒されていることに気づいて開きなおったのかも知れないですが」
セリーは作戦が成功したことが嬉しいようで、少し悪い顔でニヤリと笑った。
「しかし、俺みたいな一介の冒険者なんて他にいくらでもいるだろうに、なんでそんなに引き込みたいのか。やっぱりあの公爵は何を考えてるのかさっぱり分からんな」
「ご主人様は一介の冒険者ではありません。素晴らしい方です」
瞬時に私が答えると、セリーが少し呆れ、そして諭すようにご主人様に話しはじめた。
「ご主人様。普通の冒険者は短時間でペルマスクまで行ってきたり、稀代の盗賊団を討伐したり、狼人族一の戦士を瞬殺したり出来ません。
ロクサーヌさんや私のことも聞いているでしょうし、奴隷を4人も連れている若くて優秀な冒険者なら、ハルツ公爵が高く評価するのは必然です」
「そ、そうか。成り行き上仕方がなかったこともあるが、冷静に考えるとやり過ぎた感はあるな」
「公爵はご主人様を優秀な人材と判断し、何とかして自分の陣営に引き込もうとしているのです。
今後は自重しないと、ハルツ公爵以外の貴族からも目をつけられかねませんので、注意してください」
「分かった。とにかく俺は何かを成すつもりは無いから、貴族に協力するようなことは極力避けるようにしよう」
ご主人様はセリーの説明を聞いて、やっと高く評価されていることを自覚したようだ。
「話を戻しますが、ハルツ公爵にはなんて答えたのですか?」
「ああ。“ありがとうございます。その際は宜しくお願いします”って答えたが...... マズかったか?」
「そうですね...... マズいということはありませんが、
“その際は”という言葉を公爵がどう捉えるか。
否定的に捉えていたらやんわり断られたと考えるでしょうが、肯定的に捉えていたら頼るつもりがある。つまり、ご主人様と地元の騎士団の関わりは、あまり強くないと考えるでしょう。
あの公爵のことだから......」
「たぶん後者のほうだな」
「私もそう思います。
今後、ハルツ公はご主人様を自分の陣営に引き込もうと、色々アプローチをかけてくると思いますので、気をつけてください」
「ハァ... いい案だと思ったが、ヤブヘビだったか」
「ヤブヘビ?」
「ああ。藪をつついてヘビを出す。俺の故郷に伝わる“余計なことをして状況を悪くしてしまう”という意味のことわざだ」
「確かにそうですけど、こちらも公爵の情報源をひとつ確定させたのです。悪い結果ではないと思います」
「分かった。とにかくルークには余計なことは漏らさないようこれからも気をつける」
その後、ご主人様はボーデの城に向かったので、私はミリアとベスタを連れて庭に行き、そこで2人に雑草抜きと水やり、それが終わったら2階から順に掃き掃除をするように指示した。
私は洗濯に取り掛かる前に、鍛冶に取り掛かっていたセリーを覗くと、彼女は銅の塊やブランチなどの材料をアイテムボックスから出して、数量を確認していた。
どうやら今日は銅製の装備品を作っているようで、テーブルには既に4本剣が出来あがっていた。
少し前、はじめて銅の塊を拾った日に銅の剣を1本作っていたけれど、それから何かと忙しく、彼女はまともに鍛冶をする時間が取れていなかった。
昨日ご主人様から「なるべく武器作製のほうを優先させてくれ」と言われていたので、たぶん今日はこのまま銅製の武器を沢山作るのだろう。
既に完成した剣もあり順調に製作を進めているように見えたので風呂場に向かおうとすると、何故かセリーは「うーん」と唸って頭を抱えだした。
あれ? 何を悩んでるの?
考えても分からないので、素直に彼女に聞いてみた。
「セリー。手が止まっているようですけど、何か問題がありましたか?」
「あ、ロクサーヌさん。銅の塊以外の材料が足りないので、どうしようか考えていました」
「足りない材料はあとで迷宮に取りに行くとして、取り急ぎ作れる分だけ作るということではダメなのですか?」
「その... 銅の塊から作れるのは銅の剣、銅の槍、銅の戦斧、フレイル、銅のステッキです。
この中では、売るなら槍が一番高いのです。
他にもいくつか作れる武器や銅製の防具もありますけど、それらはドロップアイテムから鍛冶師が製作するよりも、ドロップアイテム自体をバラして売ったほうが高く売れるので、考えなくても良いでしょう。
話しを戻しますけど、剣は塊2つとブランチ1つと皮が2つで作れるのに対して、槍は塊1つとブランチ1つと皮が1つ、あと板が2つ必要です。
戦斧は塊3つとブランチ2つと板が1つ、フレイルは塊2つとブランチ1つと皮が1つ、ステッキは塊1つとブランチ1つで作れます」
「そんなに色々な武器の製作方法を知っているのですか。魔物のこともそうですけど、セリーは本当に物知りですね」
「そんなことはないです。小さいころは家で何度も鍛冶の本を読み返していたので、装備品の製作やモンスターカードのこと、それから素材を落とす魔物のことはあたまに入ってしまっているだけです。
鍛冶師になれなかったら、ほとんど役に立たない知識ばかりなので、ご主人様には感謝しきれません」
「ふふっ。そうですね」
「ところでさっきの続きですが、ステッキは材料は少なくて済みますがあまり人気のない武器なので新品でも200ナールくらいしか値がつきません。
銅の剣が300ナール。フレイルが350ナール。銅の戦斧が500ナールというところです。
それに対して銅の槍は600ナールが相場です。
使う材料は少し多いですけど、なるべくなら槍を作ったほうが良いのです。
ですけどさっき言った通り材料が足りないので...
と言いますか、板がないので槍が作れません。
それで、このまま剣ばかり作っていて良いのか、それとも後々槍を作るために、いくつか塊を残しておくべきか。
何が最適解なのか考えていたのです」
「そうだったのですか。ご主人様からは何か言われていませんか?」
「銅の装備品製作に関しては、私に任せると言われました」
「そうですか...... これは難しいですね...... でも、任せられたのなら、セリーが好きなものを好きなだけ作れば良いのではないですか?」
「そうかも知れませんけど......」
「何か問題があるのですか?」
「剣は需要があるので何本でも買取りしてもらえますけど、他のものは持ち込む数が増えれば買い叩かれてしまいます」
「槍もですか?」
「槍なら需要があるので多少多く持ち込んでも大丈夫だとは思いますが......」
「それなら槍の分は塊を取っておいた方がいいですね」
「そうですか......
そうですね、決めました。銅の塊は今後も拾えるとは思いますが、今回は塊10個だけ残して、あとはすべて銅の剣にします」
「わかりました。ご主人様が帰ってきたら、私から材料集めのことを相談してみますね」
「ロクサーヌさん。よろしくお願いします」
私はセリーと話し終わったので、洗濯しに風呂場に向かった。
◆ ◆ ◆
その後、私が洗濯を終えてダイニングに降りると、他のみんなは作業が終わってお茶を飲みながら一息ついていた。
テーブルの上には 材料がなく、セリーの横には銅の剣がたくさん積み重ねてあったので、彼女の鍛冶も終わったようだ。
ほどなくしてご主人様が帰宅した。
今日は公爵閣下は不在だったらしく、公爵配下の冒険者たちと建設的な話が出来たそうだ。
ご主人様はひと息つくと、セリーが作った銅の剣を確認しはじめた。
すると、「お!... これもか... これもだな」と言いながら、今回製作した21本の中から5本を抜き出した。
「ご主人様。今回は5本も良いものがあったのですか?」
「ああ。さすがセリー。間違いなくこの5本は良いものだ。ミリア、ベスタ。悪いがこの5本を倉庫にしまってきてくれ。保管用の棚のほうだ。
あと、そのまま倉庫の整理も頼む」
「はい。です」
「わかりました」
ミリアとベスタが銅の剣を持って倉庫に向かうと、ご主人様は残りの剣を自分のアイテムボックスにしまい始めた。
なので、私はご主人様を手伝いながら、セリーが材料が足りなくて困っていたことを話し、材料集めのことを相談してみた。
「そうか、それは済まなかった。
言われてみればここ最近は努めて材料を集めようとはしていなかったな。
セリーは今まで手持ちの材料を駆使して装備品を作ってくれていたということか。
不自由をかけたな」
「いえ、そんなことはありません。少し前に板を集めて頂いたことはありましたし、迷宮探索でたくさん材料を拾っているので、今までは困ったことはほとんどないです」
ご主人様に謝られると、セリーは両手をブンブンと降りながら否定した。
「そうか。なら良かった」
「ただ、今回銅の塊を拾ったので、ダガー以外の金属製の武器が作れるようになりました。
作れる物の幅がいっぺんに広がりましたので、いくつか材料が必要になってしまったのです」
「まあ、いい機会だ。一度本格的に材料集めをしてみてもいいだろう」
「申し訳ありません」
「構わない。同じ装備品ばかりでは買取り金額を下げられる可能性があるしな」
「ご主人様。銅の剣なら需要があるので何本卸しても金額を下げられることは無いと思います」
「では、剣だけ作ったほうが良いのか?」
「いえ。戦斧、フレイル、槍のほうが買取り金額が高いはずです。特に銅の槍はかなり需要があるので、10本、20本ならまとめて売っても金額を下げられることは無いと思います」
「そうか......」
セリーの説明を聞くと、ご主人様は私に顔を向けた。
「それで、この話を持ちかけたのだな」
「はい。それと、色々なものを作った方が鍛冶師としての腕も上がるのではないかと思いましたので」
「えっ? ロクサーヌさん。鍛冶師はより性能の高い装備品を作れるほうが腕がいいと言われています。
別に色々な装備品を作る必要は無いと思います」
私が考えていることを話すと、セリーにスパッと否定されてしまった。
「そうですか......」
私ががっかりしていると、ご主人様が少し考えながら発言した。
「あ、いや。ロクサーヌの言ったこと、大事なことかも知れないぞ」
「どういうことでしょうか」
ご主人様がセリーの考えを否定するような発言をすると、すかさずセリーが突っ込んだ。
「確かにセリーが言う通り、より性能の高い装備品を作れる方が鍛冶師としての腕は良いということなんだろう。
逆に考えれば、性能の高い装備品はそれなりにあるから、腕の良い鍛冶師もそれなりにいたということになる」
「そうですね。私の祖父もそうでしたけど、かなり性能の高い装備品が作れる鍛冶師は過去に何人もいました。私が知らないだけで、腕の良い鍛冶師は今も何人かいると思います」
「そうだよな。だが、腕の良い鍛冶師は何人もいたのに、伝説というくらいなんだから隻眼になった人はほとんど居ないということで間違いないよな」
「間違いありません」
「それなら隻眼になるためには、常識的に鍛冶師に求められる能力ではなく、もっと別の条件が必要ということになる。
もしかすると、鍛冶師として多くの種類の装備品を作ることも隻眼のジョブ取得条件の一つなのかもしれない。
あとは、装備品に多くのモンスターカードを融合させるとか。複数のモンスターカードを一つの装備品に融合させるとか」
「そうですね。ですが、隻眼なんて伝説のジョブに私が就けるわけは......」
「いや、プレッシャーをかけるわけではないが、このまま順調に迷宮探索を続けていれば、セリーならいずれ隻眼になれるだけの経験が貯まるはずだ。
だから取得条件になりそうなことは常識に拘らずに色々やっておいた方が良いと思うのだ」
「そうかも知れませんけど...... 隻眼は本当に伝説的なジョブです。
過去に数人いたと言われていますけど、私の知る限り近年は誰もなれなかったジョブなんです。
それなのに、私のために貴重な時間を割いてしまうことになります。本当によろしいのでしょうか......」
セリーが申し訳無さそうに言うと、ご主人様は真剣な表情になった。
◆ ◆ ◆
ご主人様はセリーの両肩をがっしり掴み、彼女と目を合わせた。
「何年掛かっても、たとえ何十年掛かっても構わない」
そう言い終わると、ご主人様はそっと彼女を抱き寄せた。
「セリー。俺はいずれお前を隻眼にする。
だが、たとえ時間が掛かったとしても気に病むことはない。何故ならこれはお前の為ではなく、俺がそうしたいからだ」
「ご主人様。そんな言いかたは卑怯です...... 私...... 私......」
ご主人様がセリーの耳元で囁やくと、彼女は耳が赤くなり目もとが潤み始めた。
「セリー。悪いが俺のワガママに付き合ってくれ」
セリーはご主人様の言葉を聞いた瞬間目をぱっと見開き、彼が耳元から口を離すと、愛おしそうな表情で見つめた。
そして、ご主人様が優しそうな表情でセリーを見つめ返すと、彼女はついに気持ちが溢れてしまった。
「ご主人様。大好きです」
セリーは、グッと背伸びをしてご主人様の首に腕を回し、唇を重ねた。
ご主人様も優しく受け入れて2人は濃厚なキスをし、しばらくすると唇が離れた。
そして、そのままお互いにじっと見つめあっている。
どうも一気に気持ちが盛りあがっているようで、2人ともあたまの中から私の存在が抜けてしまっているみたい。
「セリー。お前は俺にとってかけがえのない存在だ。お前を愛している。絶対に手放したくない」
「ご主人様 。私も... 私もご主人様を愛しています。何があっても離れたくありません。絶対に手放さないでください」
ご主人様はもう一度、今度はギュッと音が聞こえるくらい強くセリーを抱きしめた。
そして、少しのあいだ抱きしめていたけど、両肩を掴んでスッとからだを離し、真剣な表情で彼女と目を合わせた。
「セリー」
「はい...」
「俺と... 結婚してくれ」
「えっ... 結婚って......」
ご主人様がプロポーズすると、セリーは目を丸くして驚いたようで、口を半開きにして固まった。
しかし、あたまの中で言われたことを理解しはじめたのか、少しずつ嬉しそうな表情に変わりはじめる。
「はい...... はい...... 私...... 私...... ご主人様のお嫁さんになります。
私を幸せにしてください」
セリーは目に大粒の涙を浮かべながら大輪の花が咲くような笑顔になった。
これ以上はないくらい嬉しそうだ。
その顔を見て......
私は胸の奥がチクリとした。
そして、気づいたら一筋の涙が頬を伝っていた。
◆ ◆ ◆
私はセリーも一緒に幸せになってほしいと思っていた。
本当に、本気で思っていた。
今もご主人様とセリーがうまくいくのか、ハラハラしながら見守っていたつもりだ。
なのに...... 目の前で最愛のご主人様が彼女にプロポーズしたところを見たら......
みんなのご主人様だから......
この人を一緒に支えようって.....
一緒に愛そうって......
彼女とそう誓ったのに......
心が勝手に嫉妬してしまっている。
からだが勝手に涙を流してしまっている。
でも......
セリーはご主人様のためには無くてはならない女性だし、何より私も彼女が大好きだし頼りにもしている。
だから、彼女がご主人様の妻になり、名実ともに家族になることに文句はない。
そして、いずれミリアとベスタにも、そうなってほしいと思っている。
いや、彼女たちならいずれご主人様の妻になり、真の意味でご主人様を支える女性になれるはずだ。
そして、きっとそうなる女性がもう一人増える......
私は再び胸の奥がチクリとした。
ご主人様は迷宮を討伐して貴族になるつもりはない。
だから、際限なく周りに女性が増えていくということはないと思う。
でも、ご主人様はあまりにも強くて、優しくて、頭が良くて、そして素敵な人だ。
彼にそのつもりがなくても、きっと周りが放っておかないだろうし、それこそ貴族や有力者が女性を押し付けようとするかも知れない。
ハルツ公のようにご主人様のことをコソコソと嗅ぎ回り、私やセリーを引き剥がそうと画策したり、ご主人様の足を引っ張ろうとする人が、今後も現れるかも知れない。
そういう連中に好き勝手されない為にも妻たちがしっかりとまとまり、付け入る隙を与えないようにする必要があるはず。
だから......
だから......
だから私は将来的に第1夫人として、妻たちをまとめていかないといけないのだ。
そう考えると...
目の前でご主人様が自分以外の女性と愛を誓い合ったとしても、私はいちいち心を痛めている場合ではないのだろう。
どうせご主人様は、あと3人と愛を誓い合うわけだし、何より私が1番であることに変わりはない。
ふふっ。
考えがまとまると、何故か気持ちがスッキリと晴れて、なんだかやる気が込み上げてきた。
そして、“どうせあと3回こんな場面があるはず”と思うと、何故かクスッと笑いが込み上げてしまった。
私は涙を拭いて、2人を祝福するため声をかけようとした。だけど、一瞬早く愛を誓い合ったばかりの2人がもう一度濃厚なキスをはじめた。
“はぁ。一瞬遅かったか。まあ、仕方がないわね”
私は肩をすくめて、2人の行為が終わるのを黙って待った。
それから1分...... 2分...... 長いわね......
私は最初、“セリー。おめでとう”って言おうと思い、自分のときのことを思いだしながら幸せな気持ちで待っていたけど、時間が経つにつれだんだん“なかなか終わらないなぁ...... まあ、今は仕方がないわね”って思いはじめてきた。
そしてそのまま黙って見ていたけれど、いっこうにキスが終わる気配がない!
一瞬唇が離れて終わったのかと思ったら、そのまま見つめあって、またキスをはじめてしまう始末。
私はだんだんイライラして来て、わざとらしく「コホン!」と咳をして、「そろそろよろしいですか?」と言いながら2人の間に手を突っ込んだ。
そして、強引に2人を押し分けて物理的に引き離し、強制的にキスを終了させた。
すると、2人は一瞬名残惜しそうな顔をしたけど、我にかえったらしく、ハッと驚いて私に振り向いた。
私はそんな2人を見て溜息をつき、次の瞬間にハッと気がついた。
そうか。いつもセリーはこんな気持ちで、ご主人様と私がキスするところを見ていたのね......
私もちょっと気をつけないといけないわね。
「ろ、ロクサーヌ。すまない、その......」
「ロクサーヌさん。すみません。私......」
私に気づいた2人は一瞬で顔が真っ赤になり、慌てて私に謝った。だけど私は2人の焦りっぷりが面白くて、思わずクスッと笑ってしまった。
「ふふっ。セリー。おめでとう。でも、第1夫人の座は譲りませんからね」
私は返事をしながらウィンクすると、彼女は一瞬戸惑ったようだけど、すぐにハッと気がついた顔をした。
「そうだったのですね。それであの日は......
わかりました。私は第2夫人として旦那様をお支えします」
セリーは決闘騒ぎの翌日のことを思いだしたようで、あのとき私が浮かれていた理由と、いま私が第1夫人と言った理由がつながったみたいだ。
何だかスッキリした、とっても良い顔をしている。
ご主人様は私が怒っていると思ったのか、少し焦っていたみたいだけど、私とセリーの様子を見てほっと胸をなでおろしたみたい。
でも、その顔を見たら少しムッとしたので、「ご主人様はこれで許してあげます」と言って、彼の唇に吸い付いた。
ご主人様は一瞬驚いたようだけど、すぐに私を受け容れてくれたので、そのままたっぷり唇を重ねた。
セリーに負けないくらい熱くキスをしてから唇を離すと、ご主人様は少し顔を赤らめていた。
「ふ、2人とも、ありがとう。その...これからもよろしくな」
「はい。お任せください」
「はい。末永く、よろしくお願いします」
「あ、私も末永くですよ」
それから、しばらく“正式に結婚するのは私たちが20才になったとき”ということや、“いずれはメンバー全員を妻にしたい”と思っていることなど、ご主人様は自分の考えをセリーに説明した。
彼女は途中ちょっとジト目になって、「今更 驚きませんけど 、5人目は本当に慎重に選んでくださいね」などと言っていたけど、顔がだらしなくニヤけてしまうことを必死に抑えながら話をしていて、その日は終始幸せそうだった。
その後、ミリアとベスタがダイニングに戻ってきたので、装備をつけてハルバーの迷宮24階層に移動した。
◆ ◆ ◆
「では、今から装備品製作用の材料集めを開始する。先ずは銅の塊だ。セリー、目標は50個で良いか?」
「えっ!まだ10個ありますので、20個もあれば」
「そうか?」
セリーは明らかに遠慮しているけど、ご主人様が言いだした数だから、途中で多かったと思っても彼女が嫌われることはないだろう。
それよりも、後で材料が不足したときに彼女が遠慮していたことに気づくほうがご主人様は嫌がるはず。
だから、今は彼女の背中を押しておいたほうがいい。
私はそう考えてセリーに声をかけた。
「セリー。50個と言っても私たちならお昼までに集まりますよ。この際だから、いっぱい集めましょう」
「えっ、でも、他の材料も必要ですし......」
セリーが再度遠慮すると、さすがにご主人様も彼女が遠慮していることに気づいたようだ。
「遠慮しなくても良い。欲しい材料が今日中に集まらなかったら、明日もやれば良いことだ」
ご主人様はそう言って、彼女に欲しい数量を言うよう促した。
「ありがとうございます。では、銅の塊は50個でお願いします」
セリーはそう言ってニッコリと微笑んだので、私は匂いを嗅いで魔物を探し始めた。
すると、ご主人様が「まあ、セリーが作った装備品を売って儲けさせてもらってるからな」と軽口を叩いた。
ご主人様はセリーに気を使ったつもりのようだったけど、彼女が真顔になって「言われてみればそうですね」とつぶやくと、ちょっと残念そうな顔になった。
ふふっ。ひとこと余計だったようね。
私がクスッと笑うと、ご主人様は小さく肩をすくめた。
「ご主人様。右にサイクロプス4匹とシザーリザード1匹の群れがいます。先ずはそちらに向かいますね」
「分かった」
その後、午前中いっぱい魔物を狩ってまわり、一度家に帰って休憩した。
「セリー。なんとか50個集まりましたね」
「はい。革も40枚以上拾えたので、ハルバーの24階層はいいですね」
「次は何が必要ですか?」
「そうですね。革はもっと欲しいです。出来ればあと100枚くらい。その次は板が50枚くらい欲しいです」
「分かった。もう少し休んだらハルバーの23階層。そのあとは......」
「板はラブシュラブがドロップしますので、ターレの13階層、ハルバーの19階層、クーラタルの20階層のいずれかですね」
ご主人様が少し考えると、セリーはすかさず板を落とす魔物と、魔物が出る階層を助言した。
「じゃあ、板はハルバーの19階層で集めることにする。
セリー。他に必要な材料は?」
「そうですね。あとは全て低階層で拾える物で、皮が100枚。ブランチが200個。糸が50個。それとダガーを作るためのジャックナイフが100個ですね。それだけあれば、しばらくは大丈夫です」
「はははは。遠慮ないな。
分かった。低階層で集める物は、ベイルの3階層、4階層で集めることにしようと思うが問題あるか?」
「いえ。問題ないと思います」
「じゃあ、その方向でみんな頼む」
方針が決まったので、その後は各地の迷宮を巡って魔物を狩り、装備品の材料を拾って回った。
以降も定期的に迷宮で材料集めをすることにしたので、今後はセリーが材料不足で悩むことはなくなるだろう。
◆ ◆ ◆
翌日の夕方。
材料集めが一段落したので帰宅すると、玄関に商人ギルドのルーク氏からのメモが挟まっていた。
「ご主人様、ルーク氏からの伝言です。潅木のモンスターカードを落札したとあります。値段は六千九百ナールですね」
ご主人様に報告すると、「意外と早かったな。ただちょっと高いか」と、何やら思案しながらボソリとつぶやいた。
今までのモンスターカードと比べると明らかに値段が高いので、ご主人様は不満があるようだったけど、隣で装備品を外していたセリーから、「麻痺のスキルは石化と違い自然に解けてしまいますが、発動しやすいそうです。武器につけるスキルとしては使い勝手がよく人気があります。ですのでその分高いのかもしれません」と値段が高い理由を説明されると、「ふむ...まあ、それなら仕方がないか......」とつぶやいた。
ご主人様は今ひとつ納得仕切れていなかったようで、夕食のときにセリーにカードの相場についていくつか質問していたけど、結局は仲買人たちの思惑、そしてその仲買人の裏についている貴族や大商人の思惑で乱高下していることを理解すると、不満げながらも最後は納得していた。
更に翌日。
朝食を食べ終わると、ご主人様は「ロクサーヌ。今から商人ギルドに行くから付き合ってくれ」と私に声をかけてきた。
「はい...... あの、セリーのほうがよろしいのでは?」
私が小首を傾げると、ご主人様はセリーを見ながら「本来ならセリーを連れて行きたいところだ。
だが、最近なんとなく商人ギルドに行くと、ルーク以外の商人からも視線を感じるんだよな。だから、頻繁にセリーを連れて歩くのが少し怖いのだ」と不安を打ち明けた。
「そうなのですか?」
「わ、私なら大丈夫です」
「いや。商人ギルドの中で何かあるとは思えないが、用心するのに越したことはない。
それに、どこの誰かもわからないやつにセリーをジロジロ見られていると思うとムカつくしな」
ご主人様がムッとしながらそう言うと、セリーは恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「何度かスキル付きの武器を売ったり、交換したりしたことが原因なのかも知れないが、最近ルークに何か取り引きの話を持ちかけているヤツがいるようだ。
ロクサーヌには言っていなかったが、最近またルークから特定のスキル付きの武器が無いかとか、モンスターカードを用意するから融合を請け負う気が無いかとか言われている。
断り続けているから、もしかしたら、取り引きを持ちかけているヤツから見られているのかも知れない」
「それは少し怖いですね」
「ああ。それと、ルークはセリーのカード融合成功率を知りたがっているみたいだから、他にも何か企んでいると思うんだよな」
「セリーが可愛くて優秀な鍛冶師ということが知られているのでしょう」
「ロクサーヌさん。私はそんなに優秀な鍛冶師では......それに可愛いって、胸も小さいですし......」
「いや。セリーは可愛くて優秀な鍛冶師で間違いないぞ。いつも言ってるけど、スタイルは良いし胸もちょうど良いサイズだ。
ロクサーヌもそうだけど、セリーも周りの男から見られているのだから、自分が可愛いってことをちゃんと自覚してくれ」
「は、はい......」
セリーはすごく恥ずかしそうに返事をした。
◆ ◆ ◆
その後、朝食の片付けと掃除を3人に任せて、私はご主人様と商人ギルドに向かった。
と言っても、家から商人ギルドまでご主人様のワープで移動出来るので一瞬だったけど。
いつもは冒険者ギルドに移動して、少し街中を歩いてから商人ギルドに入るのだけど、ご主人様は色々と警戒しているようで今日は直接商人ギルドの待合室にワープゲートを開いたようだ。
ゲートを抜けて商人ギルドの受付に行くと、ご主人様が言っていた通りで周りから視線を感じた。
でも、何故か複数感じたので、私は感覚を研ぎ澄ませて何処から見られているか探してみた。
そうして私が周りに意識を集中しているうちに、ご主人様は受付の女性にルーク氏の呼び出しを依頼し終わっていた。
「ロクサーヌ。どうかしたのか?」
「ご主人様。複数の場所から視線を感じます」
「やはりそうか。しかし複数か......」
ご主人様はそう言うと、さり気なく周りを気にしだした。
「ご主人様。あちらの仲買人たちが休憩している場所から強く視線を感じますが、掲示板の右手にいる人と、階段の踊り場で話している2人からも視線を感じます」
「そうか」
「踊り場の2人のうち1人は、商人っぽくないですね」
「うむ。見るからに執事って感じだな。正直関わりたくないな」
私たちが小声で話していると、すぐにルーク氏がやってきた。
彼は私たちを見たあと、何かを探しているのか一瞬だけ周囲に視線を向けたけど、すぐに何事もなかったように声をかけてきた。
そして、「お待たせしました。どうぞこちらへ」と言って、私たちを2階の商談室に案内した。
ご主人様がソファーに座り私が後ろに控えると、ギルド専属の給仕がハーブティーを運んできた。
そして、給仕が下がるとルーク氏は自身のアイテムボックスを開いて2枚のモンスターカードを取り出した。
あれ?潅木のモンスターカードが2枚?
疑問に思って見ていると、ルーク氏は2枚のカードについて説明しだした。
1枚は伝言通りの潅木で、もう1枚は昨日の夕方に運良く落札できたコボルトで、五千ナールとのこと。
ご主人様は2枚の料金を支払ってモンスターカードを受け取り、コボルトのモンスターカードを再度注文した。そして、取り引きが終わったので退室しようとしたけれど、ルーク氏に引き止められた。
「先日もお話ししましたが、モンスターカードの融合の件、お引き受け頂けませんか?」
「その件は断ったはずだが」
「先日はキッパリ断られましたが、あのときは鍛冶師の方がいらしたので。
本日はいらっしゃらないので、もしかしたら条件次第では良いお返事が頂けるのではと思いまして」
「モンスターカードの融合は失敗することが多い。相手がどんな条件をつけようと、失敗すれば必ずしこりが残るものだ。悪いが他を当たってくれ」
「そうですか」
ご主人様にキッパリ断られたけど、ルーク氏は全く表情が変わらなかった。
きっと断られることは想定していたのだろう。
「ミチオ様のおっしゃる通り、モンスターカードの融合は、失敗することが多いということは私も存じております。
そして、過去に鍛冶師がカード融合に失敗したときに、依頼者が約束を破って鍛冶師を殺めてしまったことが何度かあったことも。
だから、今や一般の鍛冶師はどんなに良い条件をつけてもカード融合を受けてはくれないのです」
「だろうな」
「ですので、鍛冶師の奴隷を連れており、何度もモンスターカードを購入し、スキル付きの武器の販売や交換をおこなっているミチオ様なら条件次第ではモンスターカードの融合を請け負って頂けるのでは?と、考えている人も多いのです」
ルーク氏の説明を聞くと、ご主人様は少し声が低くなった。
「ほう。つまり俺の取り引き内容は、他の仲買人に筒抜けということか?」
「私が広めているわけではありません。
このギルドにいる仲買人は私がオークションでモンスターカードを落札していることと、私と取り引きしているミチオ様が度々身綺麗にしているドワーフを連れているところを見ています。
ミチオ様が連れている奴隷は皆美しいので一部邪推している者もおりますが、殆どの仲買人は貴方が腕の良い鍛冶師を連れていると考えています。
ですので、色々な方面から私に話が来ているのです」
「そうか。疑って済まなかった」
「いえ。それよりも依頼相手の条件だけでも聞いてみませんか?」
「いや、悪いが相手に合わせる気はない。
どうしてもと言うなら、そのモンスターカードのスキルを付けた装備品の相場を聞いて、その金額の10倍を前払いしてもらう」
「じゅ、10倍ですか」
「そうだ。そして、たとえ失敗しても金は返さない。
それが最低限の条件だ。
もちろん相場価格はルークに保証してもらう。他の仲買人の保証は受け付けない」
「それは、実質的に断っているのと変わらないですね」
「そういうことだ。人から恨まれるのは嫌なんでな」
「わかりました。私も巻き込まれるのは困りますし、この手の話は仲介しないようにします」
「ああ。そうしてくれ」
「因みに何かスキルの付いた装備品を売るつもりはありませんか?」
「すまんが余っている装備品はないな」
「わかりました」
話が終わり、ルーク氏に会釈してご主人様と商談室を出た。そして商人ギルド内を待合室に向かって歩いていると、先ほどと同じように色々な所から視線を感じた。
なんとなく声をかけたそうにしている人もいたけれど、以前セリーから教えてもらった仲買人たちの間の暗黙の取り決めのためか、ルーク氏と取り引きしているご主人様に、勝手に声をかける人はいないようだ。
そう思って油断していたのがいけなかったのか、待合室に入った途端に声をかけられた。
でも、声をかけてきたのは仲買人ではなく、来たときに見かけた執事風の初老の男性だった。
「失礼する。貴方が優秀な鍛冶師の奴隷を連れていると聞いたのだが」
男は声をかけながら近づこうとしたので、私はご主人様を守るように半歩だけ前に出ながらレイピアの柄に手をかけた。
相手はそれを見て立ちどまったけど、後ろにいた護衛の戦士が半歩前に出て私と同じように剣の柄に手をかけた。
そして、こちらを睨みつけて殺気を飛ばし、明らかに威嚇している。
しかし、ご主人様は全く動じず相手に答えた。
「ん?悪いが仲買人を通さない話はしない。トラブルのもとだからな」
「はははは。いや済まない。私はクーメルだん......」
執事風の男は話を続けようとしたけれど、ご主人様は顔の前にサッ!と手をあげて「すまんが!」と言って話を止めた。
「そちらと世間話をするつもりはないし、知己になるつもりもない。付き纏うなら迷惑だから人を呼ぶ。そちらの評判を落とすことになるが、それでも良いのか?」
ご主人様に完全拒否されて相手はぐうの音も出ないようだ。
向こうの護衛が「貴様、無礼な!」と言って柄を握る手に力を入れたようだけど、執事風の男に「弁えろ」と叱咤されて柄から手を離した。
しかし、このまま居てもろくな事にはならないので、向こうは無視してご主人様に声をかけた。
「ご主人様。急ぎませんと」
「ああ。分かった」
ご主人様は私に返事をすると、向こうは無視して奥の壁に向かって歩きはじめた。
執事風の男はまだ何か言いたそうにしていたけど、ご主人様は奥まで進むと躊躇なくワープゲートを開いた。
◆ ◆ ◆
商人ギルドの待合室から家に帰ると、ご主人様はミリアとセリーを呼んで、先ほど仕入れた2枚のモンスターカードを取り出した。
そして、ミリアに硬直のエストックをセリーに渡すよう指示して、セリーにはエストックに2枚のモンスターカードを融合するように指示した。
セリーは少し緊張気味に返事をしていたけど、ご主人様に「セリーなら大丈夫だ」と言われると、大きく息を吐いて集中し、呪文を唱えはじめた。
「今ぞ来ませるミココロの、ことほぐ蔭のアメツチの、モンスターカード融合」
次の瞬間。セリーの手元が眩い光に包まれ、しばらくして光が収まると2枚のモンスターカードは消えてエストックだけが残った。
すると、ご主人様は剣を確認して微笑んだ。
「おお。さすがセリーだ」
「ありがとうございます」
ご主人様がセリーを誉めると、彼女は安堵の表情を浮かべた。
ご主人様から“大丈夫だ”と言われても、装備品に複数のスキルを付けるのは緊張するようだ。
そんなセリーとは対象的に、ミリアは「やった、です」と言って両手をあげて喜んでいた。
いつものことだけど、ミリアは自分の武器に新しいスキルが付いたことが、単純に嬉しいだけなんだろう。
私は気になったことがあったので、セリーに聞いてみた。
「セリー。今回、硬直のエストックに麻痺添加のスキルが付いたのですよね?そうすると、何のエストックになるのですか?」
「えっと、確かスキル付きの装備品に追加で他のスキルを付けた場合、効果は後から付けたスキルの物も発揮すると言われてますが、名称は最初に付けたスキルの物が継承されると言われています。なので、麻痺添加のスキルは付きましたけど、名称は硬直のエストックのままだと思います」
セリーはそう答えながら、少しだけ不安そうにご主人様に視線を向けた。
「うむ。セリーの言う通りだな。石化添加と麻痺添加の2つのスキルが付いているが、名前は硬直のエストックのままだ」
「えっ?」
ご主人様がエストックを鑑定すると、何故かセリーがすごく驚いている。
私はセリーが驚いた理由が分からなかったのでクビを傾げたけど、彼女の説明を聞いて納得した。
「あの、ご主人様はこのエストックに何のスキルが付いているか分かるのですか?」
「いや、俺が武器鑑定を使えることは知っているよな?」
「えっと、武器鑑定は武器の名前を知るスキルです。スキルが付くと名称が変わるので、その名称で何のスキルが付いているのか判断出来ます」
「うむ」
「いま話した通りで、追加でスキルを付けても武器の名称は最初に付けたスキルの物が継承されています。ですので、後から付けたスキルは効果検証しないと本当に付いているのか分からないはずなのです」
「そ、そうなのか」
ご主人様はセリーの言葉に明らかに動揺している。
「つまりご主人様は名称だけでなく、付いているスキルも分かるということですよね。それは、普通の武器鑑定ではないのですが」
セリーは説明しながらジト目でご主人様を見つめたけど、ご主人様は顔をそらして「こ、このことは内密にな」と言葉を返した。
セリーはジト目のまま見つめ続けていたけど、ご主人様はそれ以上は教えてくれそうになかったので、私はセリーの肩をポンと叩いて、「ご主人様ですから」と言ってうなずいた。
セリーは少し残念そうだったけど、次の瞬間に「わかりました。ですがご主人様。いつかちゃんと教えてください」と言ってすがるような表情でご主人様を見上げた。
あ、セリー。そんな顔をして......
彼女のあざと過ぎる態度に私は少し呆れてしまったけど、ご主人様への効果は抜群だった。
セリーに見つめられたご主人様は吸い寄せられるように彼女に近づくと、優しく抱き寄せてあたまを撫でた。そして、「ああ。自分の中で整理がついたら、そのときにな」と言って秘密を打ち明けることを約束していた。
セリー。グッジョブ!
◆ ◆ ◆
その後、ご主人様は麻痺添加のスキルが付いた硬直のエストックをミリアに渡し、ハルバーの24階層に移動した。
「ご主人様。右に進むと少し先にマーブリームが2匹とサイクロプスとシザーリザードが1匹ずつの群れがいます。
左に進むとすぐにサイクロプスだけ3匹の群れがいますが、その先に1パーティいるようです。
鉢合わせになる可能性は低いとは思いますが、念には念を入れて右に進むことにします。
宜しいですか?」
「ああ。先導はロクサーヌに任せる。
エストックの性能試験をしたいから、魔物の組み合わせには拘らずにどんどん案内してくれ」
「かしこまりました。では、こちらへ」
基本的に他のパーティーとの接触は避けているので、私は右側の通路にみんなを案内した。
そして、3分後には魔物の群れと接敵した。
通路の先に魔物の群れが見えたので、私はみんなに合図をした。
次の瞬間、私たち4人は魔物に駆け出し、近寄る間にご主人様が放ったブリーズストームとサンドストームが炸裂した。
魔物の群れが魔法で動けないうちにミリアが右のマーブリーム、ベスタが左のマーブリーム、私が真ん中のシザーリザードに攻撃をはじめ、セリーが後ろで魔法の発動に警戒しながら槍でシザーリザードを攻撃しはじめた。
ミリアは一撃でマーブリームを麻痺させると、後ろのサイクロプスに攻撃をはじめた。
そして、私とベスタが魔物の相手をしているうちに、サイクロプスも麻痺させて、私が相手をしていたシザーリザードに斬りかかった。
ミリアは絶好調だったけど、シザーリザードに攻撃をしはじめた瞬間に最初に麻痺させたマーブリームがピクッと動いた。
「動きます!」
慌てて警告したけど一瞬遅かった。
マーブリームに横から突撃されて、ミリアは吹き飛ばされてしまったのだ。
しかし、ミリアはくるりと後転すると、何ごともなく立ちあがり、マーブリームの追撃をかわした。
どうやら突撃された瞬間に、反対方向に飛んで衝撃を殺していたようだ。
「白い、です」
少ししてミリアはマーブリームを石化すると、再度私が相手をしていたシザーリザードに攻撃をはじめた。
しかし、今度はサイクロプスが動き出し、彼女は背後から攻撃されそうになった。
だけど、サイクロプスの振り下ろしは、セリーの突きで軌道をそらされて空を切った。
「ミリア、交代しましょう」
私はミリアを呼んでシザーリザードの正面に位置どらせ、入れ替わるようにサイクロプスの正面に飛び込んだ。
セリーにもサポートしてもらいながらサイクロプスを抑えていると、すぐにミリアがこちらの攻撃に加わった。
ミリアが相手をしていたシザーリザードが動かなくなっていたので石化したのかと思ったけど、すぐに動きはじめてミリアに襲いかかった。
ミリアは右のハサミの振り下ろしをからだを捻ってかわし、左の薙ぎ払いをしゃがんでかわした。そしてそのまま再度シザーリザードの相手をしはじめた。
すると、次の瞬間にご主人様の魔法で石化したマーブリームが煙になり、もう1匹のマーブリームもベスタに倒された。
ベスタがシザーリザードの正面にまわり標的を引き受けると、ミリアの攻撃が加速した。
すると、すぐに彼女から「やった、です」という言葉があがった。
「石化か?」
「はい、です」
ご主人様はミリアにシザーリザードの状態を確認すると、魔法を単体魔法に切り替えてサイクロプスにブリーズボールを撃ち込みはじめた。
そして、ミリアとベスタも加わってタコ殴りにすると、すぐにサイクロプスは煙に変わった。
その後、ご主人様はデュランダルで石化したシザーリザードを片づけると、いまの戦闘についての反省会をはじめた。
麻痺と石化の判定が分かりにくかったことと、ミリアがめまぐるしく標的を替えながら戦い、攻撃を受けてしまったことを何とかしたいとのこと。
それからみんなで話し合った結果、ミリアは以下の約束を守りながら闘うことが決定した。
①魔物が麻痺した場合は報告はしない。石化した場合のみ報告すること。
②魔物は麻痺してもすぐに復帰するので、いちいち標的は変えずにそのまま戦い続けること。
③魔物が石化した場合は、その魔物は放置して他の動いている魔物を攻撃すること。
私は、決まったことを何度もミリアに復唱させてしっかり覚えさせながら、次の魔物を探した。
「ご主人様。このまま道なりにまっすぐ進むと魔物の群れがいます。サイクロプスとシザーリザードが2匹ずつです」
私はご主人様に報告して、みんなを誘導した。そして2分ほど進むと魔物の群れが見えてきた。
私たちが駆け出すと同時に魔物のうちサイクロプス2匹の動きが止まった。
サイクロプスは目を閉じているので、ご主人様の風魔法が炸裂しているのだろう。
そう考えていると、こちらに向かいはじめたシザーリザードのうち、1匹の動きが止まった。
そして、あと数歩で先頭のシザーリザードに攻撃出来るところまで近づいたときに、後ろにいるシザーリザードの足元に魔法陣が浮かんだ。
「来ます!」
後衛の魔法は防げないので私は即座に警告したけど、足を止めて身構えるとからだの周りに火の粉が舞いはじめた。
これはファイヤーストーム。全体攻撃魔法だから避けられない!
「クッ!」
からだが熱気に包まれて刺すような痛みが走る。
息も吸えずにからだを縮めて耐えるしかない。
そのまま20秒ほど耐えていると、フッと熱気がなくなった。魔法の効果が切れたのだ。
油断したつもりはないけれど、息を吸った次の瞬間に目の前にいたシザーリザードの右腕が振り下ろされた。
私は咄嗟に盾を構えながら後方に飛ぶと、盾に衝撃が加わりそのまま後ろに吹き飛ばされた。
ダメージは少ないのですぐに立ちあがると、私を追撃するために前に出ようとしていたシザーリザードは、1歩踏み出したところでセリーに槍で牽制されて動けなくなっていた。
そして、そのシザーリザードにミリアが右から、ベスタが左から攻撃をはじめた。
全体攻撃魔法を放ったシザーリザードはまだ後ろにいるので、私は今のうちに全体回復魔法を唱えることにした。
「あやまちあらば安らけく、巫女のハフリのまじないの、全体手当て」
私の魔法でからだが軽くなると、次の瞬間に更にからだが軽くなった。
私のあとからご主人様も全体回復魔法を使ってくれたようだ。
シザーリザードはベスタのほうを向いたので、ミリアは後ろから好き放題攻撃をはじめ、魔物の動きが止まった。しかし、攻撃し続けているので、麻痺のようだ。
私も加わろうとしたけれど、いつの間にか全体攻撃魔法を放ったほうのシザーリザードが追いついてきていて、ミリアに突撃していた。
「ミリア!」
私が警告すると、彼女は咄嗟に壁側に転がって突撃を回避したけど、シザーリザードは回避したほうに向き直って再び突撃した。
ミリアは体勢が崩れていて危なかったけど、セリーが槍で突いて突撃を逸らせているうちに壁ぎわで立ちあがって体勢を立て直した。
私はミリアに突撃したシザーリザードに斬り掛かって引き付けると、フリーになったミリアが後ろに回って攻撃をはじめた。
すると、こちらのシザーリザードもすぐに動かなくなった。だけど、さっきと同じようにミリアは攻撃し続けているので、残念ながら麻痺しているだけのようだ。
最初に麻痺したシザーリザードを確認すると、ベスタが二刀を使って乱打していた。そして、その脇からセリーが槍で突きまくっている。
ベスタは万全の体勢なので、向こうは彼女に任せておけば問題ないだろう。
こちらのシザーリザードもミリアに任せておけば問題なさそうだし、魔法を連発しているご主人様も追いついてきた。
ここは任せてまだ後方にいるサイクロプスを止めたほうが良いわね。
そう考えて、私はみんなに指示を飛ばした。
「私は前に進みます。できればセリーも」
「はい」
私はシザーリザード2匹の間を抜けてサイクロプスに向かうと、後ろからセリーがついてきた。
私はサイクロプス2匹の前に陣取って牽制をはじめると、セリーが少し左後方に位置取り魔法に備えながら、隙をついて左のサイクロプスに攻撃をはじめた。
私はセリーが戦い易いようにほんの少しだけ右に寄って戦っていると、右のサイクロプスの動きが止まった。
すると、足元に魔法陣が浮かんだので、少し左に寄るとセリーが私の後ろを回り込んで槍で突き、右のサイクロプスの魔法を中断した。
そのまましばらく2人でサイクロプスを抑えていると、後方から「やった、です」という声が響いてきた。
どうやらミリアがシザーリザードを石化したようだ。
これで後ろは1匹なので、だいぶ楽になったはずだ。
そう思っていると、こちらにベスタが走ってきた。
同時にサイクロプスが風の渦に包まれて動きが止まった。
「ロクサーヌさん。ご主人様の指示で前に来ました」
「ではベスタは右を」
私はベスタに短く指示して左にスライドすると、彼女は私の右側に並んで左右の剣を乱打しはじめた。
そして、魔法の効果が切れた瞬間にサイクロプスが2匹同時に煙になった。
私たちは振り返ってご主人様のほうに駆け出すと、次の瞬間にミリアの「やった、です」という声が再び響いた。
ご主人様の所に戻ると、2匹目のシザーリザードも石化されていた。
私は足を止めてひと息吐き、ベスタにサイクロプスのドロップアイテム回収を指示してから、ゆっくりとご主人様に近づいた。
ご主人様のもとに戻ると、彼はデュランダルで石化したシザーリザードを叩いていた。
そして、1匹目を煙に変えると、ドロップアイテムをミリアに拾わせて、自分は2匹目のシザーリザードを叩きはじめた。
「すぐに終わるからちょっと待ってくれ」
「かしこまりました」
ご主人様は高速でデュランダルの刃先を打ち付けると、2匹目もすぐに煙に変わり、煙が消えるとモンスターカードが落ちていた。
「お。カードだ」
ご主人様がカードを拾い上げると、すかさずセリーが説明をはじめた。
「シザーリザードの仲間が残すのは、トカゲのモンスターカードですね。融合すると装備品に火属性のスキルや耐性をつけられます」
「人魚のモンスターカードみたいにか」
「そうです。あれと同じです」
「そうか......」
ご主人様は少し考えると、私に声をかけてきた。
「ロクサーヌ。手元に人魚のモンスターカードとトカゲのモンスターカード、それとコボルトのモンスターカードが1枚ずつある。
防具に付けられるスキルは水属性か、火属性のどちらかの耐性ということになるが、どっちがいいと思う」
「そうですね。今使われている火属性に対する耐性をつけるのがいいと思います」
「分かった。では家に帰ったらセリーに融合してもらおう」
「ありがとうございます」
ご主人様が私の使っている装備品に融合を考えていることに気付いたのでお礼を言うと、セリーが補足した。
「ご主人様は、いま仲買人にモンスターカードの注文を出していますので、24階層を突破する前に、もう一枚コボルトのモンスターカードを入手できるかもしれません」
「確かにそうだな」
ご主人様はセリーの言葉に同意すると、ドロップアイテムを受け取りアイテムボックスに収納した。
その後は昼休憩を挟んで夕方まで、ハルバーの迷宮24階層で狩りを続けた。
◆ ◆ ◆
その後、夕食のときに商人ギルドで声をかけてきた男の話になった。
「ところでセリー。商人ギルドで貴族の執事みたいな男が話しかけてきたのだが、仲買人を通さずに直接交渉を持ちかけることは普通にあることなのか?」
「初対面の人に直接交渉を持ちかけることはあり得ませんね。しかも商人ギルドの中でそんなことをしたら、常識を疑われるレベルです。
しかし貴族ですか...... うーん...... 相手は何と言っていたのですか?」
「うむ。確か“貴方が優秀な鍛冶師の奴隷を連れていると聞いたのだが”って声をかけられた」
「そうですか。それだけでは交渉しようとしたとは言い切れませんが、その気がなければ鍛冶師のことをネタに話しかけてはこないでしょうね。
何処から私たちの情報を得たのかはわかりませんが、あの仲買人に取り引きを持ちかけている相手の可能性が高いと思います。
ご主人様が取り引きを断り続けているので、しびれを切らして直接声をかけてきたというところでしょう。
それで、ご主人様はどう返事をしたのですか?」
「うむ。見た目からして関わり合いたくない雰囲気だったし、ロクサーヌが前に出たら向こうの護衛が殺気を飛ばしてきたから、確か“仲買人を通さない話はしない。トラブルのもとだからな”って返したと思う」
「向こうはそれでも無理矢理話をしようとしてましたけど、ご主人様は相手の話を止めて、完全拒否してましたね」
「ああ。何とかって家名を名乗ろうとしてたから、聞かないほうが良いと思って話を止めて、確か“そちらと世間話をするつもりも、知己になるつもりもない。付き纏うなら迷惑だから人を呼ぶ”って言ったな。
あと、“そちらの評判を落とすことになるが、それでも良いのか?”って少し脅したか。はははは」
「そうでしたね。でも、向こうはぐうの音も出なかったので、私は良かったと思います」
「ありがとう。ロクサーヌが俺を急かしたのも良かったと思うぞ。相手の返事を待たずに立ち去るきっかけになったしな」
「うまくいって良かったです。ただ、立ち去るときに向こうはこちらを睨んでいましたので、しばらくは注意したほうが良いかも知れません」
私とご主人様が執事への対応を一通り話すと、セリーは少し考えてから話しはじめた。
「そうですね......
先ず、向こうと知己にならなかったことは、良かったと思います。
こちらは貴族の力を借りて何かをするつもりはないので、知己になってもメリットがありません。
一方的に面倒事を持ち込まれるだけでしょう。
それと、“仲買人を通さない交渉はしない”と伝えた点も良かったです。
商人ギルドでは仲買人同士の暗黙の取り決めで、顧客に特定の仲買人がついている場合は、他の仲買人はその顧客には直接交渉はしません。
なので、必然的にあの仲買人だけ注意しておけば良いことになります。
今後は今まで以上に取引の要望や相手との引き合わせを画策されると思いますので、その点については注意が必要でしょう」
「うむ。だいたい分かったが、引き合わせを画策するというのは?」
「何度も取り引きを断られ、直接交渉も出来ないとなれば、相手はあの仲買人への圧力を高める可能性が高くなると思います。
そうなると、あの仲買人は交渉権を手放す。つまり、ご主人様を紹介して紹介料だけせしめ、後は当事者間で勝手に話をさせて我関せずといった態度を取ると思います」
「そういうことか。確かに、俺でもそうするだろうな。
因みに相手側が諦めるということは考えられないのか?」
「ないことはないですが、こういう時は悪い方向で対策を考えておいた方が良いと思います」
「分かった。では、ルークが相手を紹介する場合の具体策を考えておくことにしよう」
「そうですね。相手側を紹介する際、ご主人様の同意を得て引き合わせる場合と、同意を得ずに引き合わせる場合があります。
ですが、同意を求められた場合は断れば良いので考えなくても良いでしょう」
「うむ」
「同意を得ずに引き合わせる場合はいくつかの方法があると思います。
①待合室で仲買人を呼び出した際に、直前の交渉客を見送りに来たというていで相手を連れてこられ、なし崩し的に紹介される場合。
②商談室に向かう途中で、偶然を装って廊下に待機していた相手に出会い、なし崩し的に紹介される場合。
③商談室に案内された際、先に室内に相手がいる場合。
④自分たちは先に商談室で待たされ、後から仲買人が勝手に相手を連れてくる場合。
⑤商談中に相手が商談室に訪ねてくる場合。
⑥商談室を出たところに相手が居て、なし崩し的に紹介される場合。
と、こんなところでしょうか」
「うむ。意外と多いな」
「ですが、③、④、⑤は自分たちの信用や評判を落とすことになりますので、これも考えなくて良いと思います」
「すると、残りは①、②、⑥か。
うーん。どれも、偶然出会った際になし崩し的に紹介される場合だな」
「そうです。ですので、仲買人にはギルド内で偶然他の顧客に会っても、私たちを紹介することが無いように釘を刺しておくと良いと思います」
「分かった。そうすることにする」
◆ ◆ ◆
商人ギルドで話しかけてきた貴族執事への対応方法が決まり夕食を終えると、ご主人様はセリーにモンスターカードの融合を指示した。
「セリー。また融合を頼む」
「はい。トカゲのモンスターカードですね」
セリーが返事をすると、ご主人様はトカゲとコボルトのモンスターカード、それと耐風のダマスカス鋼額金を彼女に渡した。
セリーは少し緊張していたようだけど、「ふぅ」とひと息吐くとすぐに呪文を唱えはじめた。
「今ぞ来ませるミココロの、コトホグ蔭のアメツチの、モンスターカード融合」
セリーが呪文を唱え終わると手元が輝きだして、彼女の手元と装備品が見えなくなった。そして、しばらくすると光が消えてダマスカス鋼の額金が残っていた。
さすがはセリー。今日も難なくモンスターカードの融合を成功させたわね。
「ふぅ。出来ました」
セリーはもう一度息を吐くと、緊張が解れて顔が綻んだ。しかし、ご主人様がセリーから額金を受け取るときに「さすがはセリー。もうスキルを複数付けることも問題ないな」と言うと顔が引き攣った。
翌日早朝。
ハルバーの迷宮24階層を探索していると、魔物の群れと戦った際に後衛のサイクロプスからファイヤーストームを撃たれてしまった。
ところが、火の粉が舞ったあとに少しばかり肌がヒリついたけど、動けなくなるほど苦しくはなかった。
実際、魔法の効果中にシザーリザードにハサミを振り下ろされたけど、無理せずかわすことが出来ている。
額金に付けて頂いた火耐性の効果はしっかり発揮されているようだ。
戦闘が終わったあと、ご主人様から確認された。
「ロクサーヌ、額金の具合はどうだ」
「はい。ダメージは確実に減りました。はっきりどのくらいかとは表現しかねますが」
「そうか。回復役のロクサーヌに倒れられたら困るから、ちゃんと効果が出て良かった。
ただ、火耐性と風耐性の効果のある防具を装備しているのは今のところロクサーヌだけだから、これからも全体攻撃魔法を撃たれたら、都度全体回復魔法をかけてくれ」
「かしこまりました」
こうして耐風のダマスカス鋼額金に新しく付けた火耐性の効果について確認が取れると、ご主人様は今後もモンスターカード融合により皆の装備品を充実させて、迷宮探索は出来るだけ安全に進めていくという方針を、改めて私たちに伝えた。
ただし、貴族や有力者になるべく絡まれないよう、ルーク氏には派手に競り落とすことは控えるよう指示するので、装備品の充実はゆっくり進めることになる。とのことだった。
それから3日後の朝食のあと、ご主人様はルーク氏からコボルトのモンスターカードを仕入れてきた。
そして、人魚のモンスターカード、耐風のダマスカス鋼額金と一緒にセリーに手渡した。
「セリー。これを融合してくれ」
「……これにはすでに複数のスキルがついているのでは?」
「大丈夫だ」
ご主人様が大丈夫と言っているから成功するはずだけど、セリーは顔が引き攣っているし目も泳いでいる。
相当プレッシャーがかかっているようだ。
後で聞いたのだけど、既に2つスキルが付いている武器に更にモンスターカードを融合することは、彼女曰く前代未聞とのことだった。
セリーは深呼吸したあと、少し震える声で呪文を唱えた。
すると手元が輝き出し、いつも通りあっさりとカード融合を成功させていた。
「で、できました」
「さすがセリーだ」
セリーはそうとう気疲れしたようで、ご主人様に額金を渡すと、テーブルに突っ伏した。
「セリー。ご苦労さま」
「ロクサーヌさん。すみません。少しだけ休ませてください」
セリーは突っ伏したまま返事をすると、そのまましばらく深呼吸を繰り返していた。
こうしてこのダマスカスの額金には、水耐性のスキルが追加された。
その後、この耐風のダマスカス鋼額金には、更に土耐性のスキルを付けて頂き、4属性の魔法に対して高い防御力を発揮する装備品となる。
因みに最後の土属性のスキルを付けるとき、セリーは額金とモンスターカードを受け取ったあとに涙目になりながら、ご主人様に“本当に大丈夫なんですよね”って何度も確認していてなかなか踏ん切りがつかないようだったけど、最後には「セリーなら大丈夫だ。失敗しても責任は融合を指示した俺にある」とまで言われてしまい、ガックリと肩を落とした。
その後、結局いつも通りあっさりとカード融合に成功してしまったのだけど、気疲れし過ぎたようで彼女はテーブルに突っ伏したまま1時間くらい意識を飛ばしていた。
数年後、セリーは数多くの装備品へのモンスターカード融合を成功させた伝説の鍛冶師となる。
そして、彼女の祖父でも届かなかった、隻眼のジョブに転職するのだけど、それはもう少し先の話である。