わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。
因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番探索を進めているクーラタルとハルバーは、どちらも26階層を攻略中だ。
帝国解放会の入会試験から4日経った。
明日昼からは先日行ったロッジで帝国解放会の入会儀礼式があり、ご主人様だけ参加することになっている。
私たちもロッジに行くことは問題ないけれど、入会儀礼式には立ち会えない。
なので、どれくらい時間がかかるのか分からないけど、式のあいだは控室で待つことになるのだ。
私は全然気にしてないし、むしろご主人様の近くにいたいって思っていたのだけど、ご主人様は私たちを不憫に思ったようで、夕食を食べはじめると、「明日は朝食のあとは休みにする」と宣言した。
もちろんいつも通り、お小遣いも持たせてくれるようだ。
ご主人様から休みに何をしたいか聞かれると、セリーは帝国解放会の資料室、ミリアは釣りに行くことをあっさりと決めてしまった。
私は本当はご主人様についていきたかったのだけど、その気持ちを隠しつつ、「私は、買い物でもしてのんびり過ごしたいと思います。本当はどこかの迷宮にでも行きたいのですが」と言ってみた。
すると、「入会式は昼からだ。午前中少しなら一緒に迷宮に入ってもいい」とご主人様が言ってくれた。
私は迷宮に行くことは反対されると思っていたし、ご主人様が一緒に入ってくれるとも思っていなかったので、思わず「本当ですか?」と聞き返すと、彼は「大丈夫だ。どこかでボス狩りでもするか。今の俺とロクサーヌなら、多少上の階層でも行けるだろう」と優しく言ってくれた。
私は2人で迷宮デートが出来ると思い喜んでいたのだけど、突然ミリアが「ブラックダイヤツナ、です......」とつぶやいて考え込んだ。
彼女がドロップアイテムの赤身やトロを欲しがっていることは明らかだったので、私とご主人様は話し合ってブラックダイヤツナを狩るために鍛錬はクーラタルの17階層ですることにした。
そして、ご主人様がミリアに「赤身かトロが残ったら、お土産に持ってきてやろう」と伝えたのだけど、“残ったら”と言われたことに納得出来なかったのか、ミリアは一瞬泣きそうな顔をした。
すると、彼女は両手の人差し指をこめかみにグリグリ押しつけて、「んんんん。釣り……。んんんん。ブラックダイヤツナ……」と真剣に悩みだしたので、仕方なく「ミリアも一緒にどうですか?」、「どうせ日の出の時間から釣りはできないのだし、少し迷宮に入って午後から釣りに行くくらいでもいいんじゃないか」と私とご主人様が交互に誘うと、「迷宮にいく、です」と元気に返事をしてニッコリ微笑んだ。
迷宮デートにミリアも同行することになったのはちょっと残念だけど、彼女の場合はご主人様よりドロップアイテムへの関心のほうが高いだろうから問題ないだろう。
ベスタ以外のみんなの予定が決まると、ご主人様は改めて彼女に「ベスタはどっか行ってみたいところとか、ないか」と確認した。
彼女はしばらく悩んだけど、特に行きたい所は無いようで、なかなか答えずにいた。
ご主人様は少し困り顔になり、「じゃあ、昔行けなかった所とか...」と言われると、「昔行きたかったところなら...」と言いかけたけど、すぐに意見を引っ込めた。
ご主人様はベスタが遠慮していると感じたようで何とかその場所を聞き出そうとしていたけど、彼女は顔の前で両手を素早く交差させて、「あの。本当に大丈夫です。今は行きたいとも思っていませんので」と言って明かすことを固辞していた。
ご主人様が小さく肩をすくめて困っていると、彼女の様子を見ていたセリーが「ひょっとして、ステーラですか?」と言って小首をかしげた。
次の瞬間ベスタはセリーを凝視した。そして、悲愴な表情になって目の端に涙を浮かべながらも、「い、今はまったく行きたいとは思ってもいません」と言って、もう一度全力で否定した。
しかし、ご主人様はステーラを知らなかったようで、キョトンとした表情になり、セリーに説明を求めた。
その後、ステーラが非道な主人から奴隷を解放してくれる神殿であることを教えてもらい、やっとベスタが否定していた理由を理解したようだ。
ご主人様は無理に聞き出そうとしたことを申し訳無く思ったのか、少し目をそらせながらも「逃げるとは考えていないので、気にするな」とベスタに伝えると、彼女は少し安心したようで、「はい。とてもよい主人に購入していただいたと感謝しています。いつまでもこのまま働かせていただきたいです」と力強く答えた。
ご主人様はベスタの言葉を聞いて、「頼むな」と短く返事をしたけど、すぐになんとなくソワソワしだしてセリーのほうを向いた。
「ところでセリー。その... ステーラって何処にあるんだ?」
「えっ?私は行ったことはないので詳しい場所は分かりませんが、確か帝都の北側の方にあると聞いたことがあります。あまりオープンにはされていないようですが、今度調べてみましょうか」
「い、いや。ちょっと気になっただけだ。わざわざ調べる必要はない」
「わかりました」
セリーは返事をすると、ご主人様をジト目で見つめた。
そして、少しバツが悪そうにしている彼から目を離さずに「はぁ。まったく」とつぶやいて、私に向かって両手のひらを肩口まであげた。
彼女は自己評価が低いご主人様に、少しあきれているようだ。
私もそう思ったけど、先ずはご主人様に安心してもらうほうが良いと思い、彼の耳元でささやいた。
「ご主人様。心配しなくても私たちはステーラなどには行きませんよ。だってみんな、心も身体もご主人様なしでは生きていられなくなっているのですから」
私がそう言うと、ご主人様はちょっと驚いたように私たちを見回した。
そして、顔を赤らめて恥ずかしそうにしている私たちの姿を見て、その後少しだけ視線を外し「その... みんなありがとう」と小声でつぶやいた。
ご主人様も顔が赤いので、かなり恥ずかしいのだろう。
ご主人様は仕切り直すように咳払いをし、改めてベスタにどうしたいか確認すると、彼女は私たちと一緒に迷宮に行きたいと言い出した。
しかし、心から行きたいというわけではなく、セリー以外はみんな迷宮に行くので、自分も付いて行こうと考えたようだ。
何とも主体性に乏しい彼女らしい答えなだけに、私は少しあきれていると、ご主人様から「ベスタは休んでいろ。クーラタルか帝都をのんびりと観光してくるといい」と言われていた。
すると彼女は、今度はご主人様の提案通りにすると言い出した。
仕方がないわね。
私は軽くため息をついて、「それなら、午前中は家でゆっくりするかクーラタルの町中を散策してきてください。昼過ぎから私と一緒に帝都に行きましょう」と彼女に提案すると、「はい。そうしようと思います」と、あっさり私に従うと言い出した。
ベスタは素直で穏やかな性格をしているし、常に私たちに迷惑をかけないよう指示には従順に従う。真面目で仕事をサボることもないし、誰かが意見を出せば必ず同調している。
奴隷としてはとても良いことなんだろうけど、彼女のそれは度を越してるし、ご主人様もあまり良くは思っていないみたい。
彼女が仲間になってからそろそろひと月たち、だいぶ私たちに打ち解けたようで誰かが促せば自分の意見や希望を話すようにはなっている。
だけど誰も促さないと、追従するだけで自分の意見や希望を話すことはない。
猫を被っているようではないから元からこういう性格なんだろうけど......
“はぁ、かえって気をつかってしまうから少しは変わってほしいわね”
その後、みんなでお風呂に入り、ご主人様にからだの隅々まで綺麗に洗って頂いた。
そして、オヤスミのキスをした後はみんなは2回ずつ、私だけは最後にもう1回ご主人様に可愛がって頂き、とても幸せな気分で眠りについたのだった。
◆ ◆ ◆
翌朝。いつもの早朝探索を終えてクーラタルの迷宮1階層から外に出ると、かなりの暑さに驚いた。
今日はまったく風が吹いていないし、雲ひとつもない快晴なので、まだまだ暑くなりそうだ。
昨日の夜もちょっと暑いと思ったけど、ご主人様が部屋中に桶を置いて魔法で作った氷を入れてくれたので、それほど気にはならなかった。
まあ、昨日はご主人様が絶好調で、いつもよりもたっぷり可愛がって頂いた。
そして、そのままネグリジェも着ずに眠ってしまったから、暑さが気にならなかったのかも知れないけど。
それに、起きたあとは着替えてすぐに迷宮にワープしたし、迷宮の中は一年中快適な温度だから、外がこんなに暑いとは思っていなかった。
“ふぅ、こんなに暑いと水浴びしたいわね”
思わずそんなことを考えてしまうくらい暑い。
今日は夏の31日目。夏本番だから暑いのは当たり前だけど、この天気だとたぶん今年一番の暑さになると思う。
思わず水浴びしたいなんて考えてしまうくらい暑いのだから、ミリアにはしっかり注意しておかないと危ないわね。
私は歩きながらそんなことを考えていたので、パン屋でおばさんが袋に高級パンを詰めているときにミリアに話しかけた。
『ミリア。今日は暑くなります。ですけど釣りをしているときに、間違っても海に入ってはいけませんよ』
「えっ? ...... はい。です」
ミリアは私が突然バーナ語で話しかけたので一瞬驚いたようだけど、すぐに返事をした。
だけど少し小首をかしげていたので、どうも腑に落ちてはいないみたいだ。
このままでは危ない気がしたので、ご主人様が代金の支払いをしているところを横目で見ながら、私はもう一度バーナ語でミリアに話しかけた。
『なぜだか分かりますか?』
私の問い掛けに腕を組んで少し考えたあと、彼女は素直に『えっと、分からないです』と返事をしたので、彼女の両肩を掴んで顔を近づけ、『海に入った時点で、潜って漁をしていると言われても、明確に否定出来ないからです。だから、海に落ちることにも気を付けないといけないわよ』と、少し声のトーンを落として理由を説明した。
「は、はい。分かった、です」
少しお説教っぽくなってしまったので若干ミリアに怯えが見えたけど、今度はちゃんと理解出来たようなので、たぶんこれで大丈夫だろう。
その後、八百屋に寄って葉野菜や卵を買い、家に向かって歩き出すと、不意にご主人様が「ふぅ。今日は暑くなりそうだな」と、つぶやいた。
「そうですね。今日は天気がよくて風もありませんので、今年一番の暑さになると思います」
「そうか」
ご主人様は短く返事すると、チラッとミリアのほうを見た。
声に出してはいないけど、少し不安そうに視線を向けているので、ご主人様が何を考えているのかは想像出来る。きっと、さっきの私と同じ心配をしているのだろう。
「心配ですか?」
「少しな」
「ミリアにはしっかり言い聞かせてますので、大丈夫でしょう」
「そうなのか?」
「はい。先ほどパンを購入しているときに、注意しておきましたので」
「そ、そうか...... ロクサーヌ。ありがとう」
ご主人様の顔が一瞬引き攣ったような気がしたけど、返事をしながら私の頰をさらっと撫でてくれたので良しとしよう。
その後、帰宅して朝食を済ませ、ご主人様からお小遣いを頂いた。
今回はみんな銀貨十枚とのこと。
お礼を言って受け取りながらも「こんなに宜しいのですか?」と確認すると、ご主人様は少し顔を赤らめて「前回ロクサーヌはいろいろ必要なものも買ってきてくれたしな。だけど今回は、自分のものを買ってくるといい」と言ってくれた。
私はご主人様の心遣いが嬉しくて、ニッコリ微笑みながら、「はい」と返事をした。
その後、ご主人様はセリー、ミリア、ベスタの順にお小遣いを渡すと、「とりあえず先にセリーをロッジに送ってくる」と言って、セリーと一緒にワープゲートをくぐっていった。
ご主人様が出かけたので、私はベスタに声をかけ、午前中はクーラタルの町中を散策する予定の彼女にいくつか注意事項を伝えてから、家の鍵を渡して送り出した。
ベスタを送り出したので、私はミリアに話しかけて装備品を着けさせた。それから午後の釣りに行くときに忘れ物しないよう釣り道具の整理をさせていると、ご主人様が帰ってきた。
「お帰りなさいませ」
「ただいま。ロクサーヌ」
ご主人様は私に挨拶すると、テーブルの上に釣り道具を広げているミリアに声をかけた。
そして、彼女に釣り道具の状態を確認すると、一度周りを見回してから、私にベスタのことを聞いて来た。
「ベスタはもう出たのか?」
「はい。鍵を持たせて送り出しました。
昼前に家に帰ってくるか、もしくは冒険者ギルドで合流するように伝えました。それでよかったでしょうか」
「ああ。それでいい。では、早速だが迷宮に行こうか」
「かしこまりました」
「ミリア、釣り道具はそのまま置いておけ」
「はい。です。ブラックダイヤツナ。です」
私とミリアが返事をすると、ご主人様はワープゲートを開いた。
◆ ◆ ◆
ゲートをくぐると、そこは迷宮内の小部屋だった。
昨日クーラタルの十七階層でブラックダイヤツナを狩ることを決めていたので、ボス部屋に一番近い小部屋にいるのだと思うけど、地図は持ってこなかったので一応場所を確認した。
「ご主人様。ここはクーラタルの17階層。ボス部屋に一番近い小部屋で間違いありませんか?」
「ああ、間違いない。ボス部屋までのあいだに魔物はいるか?」
「います。ルート上から少し離れた場所にもいるようです。それでは、途中の魔物も倒しながらボス部屋まで行きますね」
「頼む。ただ、魔物の数が多いところはなるべく避けてくれ。
ボス戦に集中した方がいいだろう」
「ふふっ。そうですね。ボスマラソンですからね。
ふふっ。分かりました」
私はご主人様から言われた通りルート上の魔物の群れだけ倒し、ルートから外れた魔物は無視して2人を案内した。そのため魔物との戦闘は2回だけで、15分ほどで待機部屋に到着した。
本当はすぐ近くの群れは倒しに行きたかったけど、これから今のルートを周回するので、まだチャンスはあると思い、ボス部屋への到着を優先させた。
因みにご主人様も訓練をしたいようで、聖槍ではなくデュランダルを持って、私の隣で戦っている。
石化した魔物は魔法で倒しているけれど、剣で魔物を攻撃することにこだわっているようだ。
私に付き合ってくれているのも嬉しいけど、常にご主人様が隣にいると思うと...
「ふふっ♥」
「ん?ロクサーヌ?」
「いえ。何でもありません」
何だか嬉しくて思わず笑ってしまい、ちょっとご主人様に驚かれてしまった。
でも、そのあとは優しい目になったので、問題ないわね。
迷宮では気を抜いてはいけないけれど、探索中の階層よりも低い階層だから少し余裕がある。
なので私は、いけないとは思いながらもウキウキしながら本日最初のボス戦を迎えてしまった。
ボス部屋に入って後ろの扉が閉まると部屋の中央に煙が集まりはじめたので、私たちは煙の前に駆け寄った。
すると直後に私の前にはブラックダイヤツナ、ミリアとご主人様の前にはマーブリームが現れた。
私がレイピアを突き入れると、ブラックダイヤツナは攻撃を受けながらも私に突撃してきた。
私はブラックダイヤツナの突撃なら余裕でかわせると思っていたけれど、魔物は目の前で尾を振って、突撃する軌道をほんの少し左に変えた。
“しまった!”
私はからだをひねるタイミングが一瞬遅れてしまい、攻撃を躱しきれなくなる。
ガガガガガガガガッ!
「クッ!」
ダメージはまったくないけれど、鋼鉄の盾でいなす形になってしまい、すれ違いざまにレイピアで薙ぐことが出来なかった。
私はいつの間にか魔物をなめていたことに気がついて、フッと息を吐いて魔物に集中した。
その後、私は気を引き締めて一度もかすらせずにブラックダイヤツナの攻撃をかわしながら引き付け続けると、すぐにご主人様とミリアが攻撃に加わった。
ボス戦をはじめてから、まだ1分ほどしか経ってはいないけど、すでにマーブリームは2人に倒されたようだ。
さすがはご主人様。やはり17階層の魔物程度は敵ではないわね。
そんなことを考えながら魔物の攻撃をかわしていると、すぐにブラックダイヤツナも煙になった。
次の瞬間、ミリアがドロップアイテムを拾いあげると、残念ながら赤身だった。
私は彼女がガッカリしそうで少し心配だったけど、ニコニコしているので大丈夫だったみたいだ。
ミリアは赤身をご主人様に渡すと、そのままジッと見つめていた。
すると根負けしたようで、今日の夕食は魚三昧にすると言い出した。そして自分も1品作ると言って、ニヤっと微笑んだ。
何だかとても自信がありそうだ。
「ご主人様の作る料理は美味しいので楽しみです」
期待感で思わず言葉が漏れてしまうと、ミリアも「釣る、です」と言って闘志を滾らせていた。
ご主人様は私とミリアの言葉を聞いて一つうなずくと、「では、2周目にかかろう」と言って部屋奥に開いた扉に向かって歩きはじめた。
一度18階層にあがってから、ご主人様のダンジョンウォークで17階層の小部屋に移動した。
私は匂いを嗅いで魔物を探したけど、この小部屋からボス部屋までのあいだには魔物はいないようだ。
でも、先ほどよりもルート上に近づいている魔物がいるようなので、次か、その次の周回には接敵することになるだろう。
「ご主人様。ボス部屋までのあいだに魔物はいません。今なら最短時間で再戦出来ると思います」
「分かった。まあ、さっき通ってから30分も経っていないから、まだ湧かないか」
「そのようですね。ですが、先ほどルートから離れていた魔物の群れがだいぶ近づいています。たぶん次の周回か、その次の周回のときには戦うことになると思います」
私が返事をするとご主人様は一度「うむ」と言って頷き、ボス部屋に向かって歩きはじめた。
その後、ボス部屋を5周して2つ目のトロを拾うと、ご主人様から「ちょっと早いかもしれないが、このくらいまでにしておくか」と鍛錬の終了を打診された。
「分かりました」
「はい、です」
私が同意すると、ミリアも満足そうに同意した。
探索終了ということは、このあとご主人様は帝国解放会で入会式に出席することになる。
その前に私たちを送ってくださるので、先ずは帝都の釣具屋によってからハーフェンの釣り場にミリアを送って行くことになるはず。
釣り道具はアイテムボックスにしまえないから、荷物持ちが必要ね。
それに、最後にもう一度ミリアに釘を刺しておいた方が良いだろうし......
そう思ってミリアの見送りに私とベスタもついていくとご主人様に伝えると、「荷物はなんとかなるから気にするな」と言って、彼は私とベスタを先に帝都の街に送り出してくれると言い出した。
「よろしいのですか?」
「大丈夫だ」
ミリアが少し心配だったので本当は釣り場で釘をさしておきたかったのだけど、せっかくご主人様が気を利かせてくれているので、今回は素直に甘えることにした。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。ベスタも家の方に戻っているみたいなので、すぐ帝都に行けます」
「分かった」
ご主人様は私に返事をすると、部屋の奥にある扉をくぐった。
そして、18階層入口の小部屋に着くと、ご主人様は一度周りを見渡して他のパーティがいないか確認してから、ワープゲートを開いた。
「お帰りなさいませ」
「うむ。ただいま」
「只今戻りました」
「ただいま。です」
ワープゲートを通って帰宅すると、ベスタが私たちを迎え入れてくれた。どうやら少し前に帰って来て、ダイニングで休憩していたようだ。
私たちが返事をすると、彼女はご主人様に向きなおり、「大丈夫でしたか?」と尋ねた。
見ればだいたい大丈夫なことはわかると思うけど、一応確認してみたようだ。
「うむ。大丈夫だ。休みの日に危険なことはしたくないから、3人でも大丈夫な階層を周回していたしな」
「そうでしたか」
「ああ。それより、すぐに帝都に行けるか?」
「はい」
「では、少し待っていてくれ」
ご主人様はベスタがすぐに出掛けられることを確認すると、私とミリアに装備を外すよう促した。
装備品を軽く整備して倉庫にしまい、それからベスタを加えて4人で帝都の図書館に移動した。
そして、夕方冒険者ギルドで待ち合わせることを決め、釣具屋に向かうご主人様、ミリアの2人とわかれてベスタと2人で繁華街方面に歩き出した。
◆ ◆ ◆
「ベスタ。2人だけで出掛けるのははじめてですね」
「そうですね」
私は歩きながらベスタに話しかけた。
因みに2人なので、ベスタは私の右に並んでいる。
「何処か行きたい所はありますか?それか何かしたいことはありませんか?」
「いえ。特にありませんので、ロクサーヌさんに付いていきます」
「そうですか......」
まあ、そう言うとは思ったけど......
相変わらず自分の意志を出さないベスタに少しガッカリしたけれど、無理に引き出そうとしても時間の無駄だから... うーん... 先ずは雑貨を見てまわるかな。
私は意識を切り替えて、自分の行きたい所をまわることにした。
「では、先ずは冒険者ギルドや商業ギルドのあるメイン通りの北側に、雑貨屋がたくさんある通りがありますので、そちらに向かいましょう」
「はい」
私たちはしばらく歩いて冒険者ギルドの横を通り過ぎ、雑貨屋がたくさんある通りに入った。
ここはまだセリーが仲間になる前、ご主人様と2人で迷宮帰りに見つけた通りで、雑貨屋だけでなく服飾店や金物店、武器や防具屋、飲食店や各種の食料品店もある。
クーラタルと同様で市が常設されているような場所であり、実はご主人様がたまに買いに行く魚醤を売る店もこの通りにある。
メイン通りほどではないけれど、かなり人通りが多い。
夕方のクーラタルと殆ど変わりないくらい混み合っているし、このまま通りにいても無駄に男性から声を掛けられるので、私はさっさと店に入ることにした。
先ずは店先にワゴンを出して格安のブローチやネックレスを売っている雑貨屋に入った。
ベスタは大人しく私の後ろからついてきて、遠慮がちだけど楽しそうに小物を見だしたので、特に気は使わなくても大丈夫だろう。
そう思いながら私も小物を物色し始め、いくつか商品を見ていると、小さくて薄く先が尖ったヤスリが目に入った。
この店は商品の横に、商品名や簡単な説明が書かれた小さなパピルスが貼られている。
そこに“爪ヤスリ”と書かれているので、どうやら爪を切ったあとに形を整える為のヤスリらしい。
私はいくつかあるヤスリから一つを手に取り、人差し指の爪先に近づけて使ったところを想像してみた。
そして、“ふふっ。これで形を整えたら、ご主人様は喜んでくれるかな? ”などと考えていると、ひとりの男性店員が近づいてきた。
「何をお探しですか?良ければ私がお手伝いしますよ」
「......」
店で商品を見ているときに店員や店内にいた他の客から声を掛けられることはよくある。
基本的には迷惑なので、私はいつもと同じように対応することにした。
先ずは返事はせずに少しだけ顔を回して声がした方に視線を向け、声をかけてきた相手を確認する。
男性は人間族で20歳くらいだろうか。服装からしてどうやらこの店の店員のようだ。
ご主人様よりも背は高いけど、ひ弱そうな身体つきだ。
言葉遣いは丁寧だし、店員だから客に声を掛けることは問題ないけれど、顔がニヤけているし、視線が私の顔と胸を行き来している。
はぁ。またこのパターンか。
「ハァー......」
私は少しわざとらしくため息をつくと、すぐに視線を戻し、店員を無視して再び爪ヤスリを見始めた。
このての下心がありそうな人の半数は、この方法で黙って離れていくのだけど、この店員は一瞬固まったものの離れずにしつこく声を掛けてきた。
「当店は見た目と実用性を兼ね備えた商品を揃えています。私が案内しますので、何ならお試し頂いても構いませんよ」
こちらの態度を見ても状況が判断出来ないのか。
状況がわかっていても粘れば何とかなると思っているのか。
それとも自分の容姿に無駄に自信があるのか......
とにかくこの人のようにハッキリ断らないと諦めない人も一定数いるので、私は「自由に見たいので、案内は結構です」と言って店員の同行を断った。
「い、いや。で、では、近くにいるので分からないことがあったら聞いてくだ......」
私にキッパリ断わられて店員は一瞬怯んだけど、それでも諦めずに声をかけてきて、さらに隣に並ぼうと歩み寄ってきた。
しかし、次の瞬間に私とのあいだにベスタがスッと割り込むと、彼の言葉が止まった。
そして斜め上からベスタに見下され、無言のままジッと視線を向けられると、「ウッ」と唸って私たちから少し離れた。
はぁ。助かった。
しつこい店員だったけど、ベスタの圧力には敵わなかったようだ。
「ベスタ。ありがとうございます」
「いえ。私は並んだだけですので。ですけど...... まだこちらを見てますね」
私は小物を見るふりをして店員が去ったほうを一瞬見ると、ベスタの言う通り少し離れた所で商品を整理しながらこちらをチラ見していた。
はぁ。ちょっとしつこいわね。
まだ店の奥のほうは見てないけど、居心地が悪いからこの店はもう出たい気がしてきた。
少しだけ残念だけど、私はベスタに「次の店に行きましょう」と声をかけた。
彼女も二つ返事で了承したので、私たちはそそくさと店を出た。
◆ ◆ ◆
はぁ。ご主人様が居てくれれば店員に付きまとわれるようなことはなかったのに......
歩きながらそんなことを考えていると、帝宮の方にご主人様の気配がして思わず足が止まった。
私が立ち止まると、隣りを歩いていたベスタもすぐに立ち止まった。
彼女は一瞬訝しそうに私の方を向いたけど、すぐに帝宮の方に向き直った。
私と同じようにパーティーメンバーであるご主人様の気配に気づいたみたいだ。
少し前までご主人様の気配がしなかったので、彼はたった今ワープで移動してきたのだろう。
私は感覚を研ぎ澄ますつもりで気配を探ると、ご主人様と同じ方向から微かにセリーの気配も感じた。
彼女は先日行った帝国解放会のロッジの図書室に居るはずなので、あそこはここから見て帝宮の方向にあるということだ。
ご主人様と私はそこそこ離れた場所に居るけれど、それでも同じ帝都に居ることがちょっと嬉しくて、先ほど受けた店員に付きまとわれるという不快な気持ちが晴れた気がした。
その後、私たちは何店舗か見てまわったけど、何処の店でも店員や客の男性に声を掛けられてしまい無駄に時間を取られてしまった。
それに通りを歩いているときも声を掛けてくる男性が多く、少し前から私たちを付け回している3人組の男たちもいる。
一度はご主人様が同じ帝都にいることに気がついて少し気分があがったのだけど、その後は不快なことが多くて正直もうウンザリ。
はぁ。改めて気づいたけど、ご主人様が隣に居るだけで、凄く助かっていたのね。
そう思いながらも2時間ほど店舗を見てまわっていると、いつの間にかご主人様の気配が感じられなくなっていた。セリーの気配も感じられない。
あれ?2人とも家に帰った?帝国解放会の入会式って終わったのかな?
はぁ。まだ何も買ってないのに、何だか疲れちゃったわね。
夕方まではまだ時間があるし、無理に何か買わなくちゃいけないわけじゃないけど...... どうしようかな。
「ベスタ。一度どこかで休憩しますか?」
「私は特に疲れてませんので、ロクサーヌさんに任せます」
「そうですか......」
足を止めてどこかで休憩しようかと考えていると、今度は私たちを付け回していた3人組の男たちが声を掛けてきた。
「なぁ君たち」
「......」
「良かったら俺たちと遊びに行かないか?」
「......」
私はベスタに目配せして無視して立ち去ろうとすると、男たちは一瞬呆然と見送っていたけど、すぐに我に返った。そして、私たちのすぐ後ろを歩きながら、さらに声を掛けてきた。
「む、無視すんなよ。俺たちは君たちと友達になりたいだけなんだよ」
「そ、そうだよ。別にやましい気持ちはないよ」
「なあ。ちょっとは話を聞いてくれよ」
「そうそう。この先に美味いケーキがあるカフェがあるけど」
「なあ。おごるから一緒に入らないか?」
はぁ。ずっと無視していようと思っていたけれど、後ろから勝手に話しかけてくるし...... うるさいわね!
私は段々イライラしてきたので、鉄槌を下すことにした。
私は足を止めて振り向き、3人に声を掛けた。
「迷惑ですからついてこないでください」
「えっ?」
「聞こえませんでしたか?迷惑ですからついてこないでくださいと言っているのです」
「え、いや...」
「はぁ。ハッキリ言います。私たちには身も心も捧げた強くて素敵なご主人様がいます。ですから何処の誰からであっても、誘われることは迷惑以外の何物でもありません。分かりましたか?」
「......」
私は男たちに言葉をぶつけて睨みつけると彼らは小声で話し合い、私から視線を逸らしてそそくさと離れていった。
「ふう。行ったわね」
「そうですね」
少しスッキリしたのでまた散策をはじめると、雑貨屋と雑貨屋のあいだに小さな服屋があることに気がついた。
何となく気になったので、次はその小さな服屋に入ることにした。
◆ ◆ ◆
店に入ってみるとクーラタルでいつも利用している店とは違い、店内は明るく新品の服が整然と展示されていた。
帝都はメインの大通りに高級店が立ち並び、1本裏の通りに一般庶民向けの店舗が多くある。
なのでこの服屋も一般庶民向けだと思っていたのだけど、ウサギの毛皮を売却している大通りの店までとはいかないまでも、十分高級な雰囲気がする。
私は店の入口から2、3歩入った所で立ち止まり、反射的に店を出ようという考えが頭をよぎったけど、そのとき目の前の棚に値札が貼ってあることに気がついた。
えっ?500ナール? ......隣りは780ナール。
こっちの服は800ナールね......
ん?こっちは...9980ナールって高っ!
あ、でもあそこの服は1500ナールだから、大通りの店よりは少し安いかな?
これって全部新品よね......
ちょっと驚いた。
新品なのにクーラタルの店と殆ど値段が変わらない服がある。
それなりに高い服もあるけれど、ここなら掘り出し物があったりするかも。
私が店の入口付近で店内の雰囲気と値段のギャップに驚いていると、後ろから声がかかった。
「ロクサーヌさん。どうかしましたか?」
「えっ! あっ、いえ何でもありません」
慌ててベスタに返事をし、それから彼女の方を向いて小声で言葉を付け加えた。
「この店は雰囲気の割に値段が安い物があります。店員も話しかけては来ないようですし、少しゆっくり見ていきましょう」
「わかりました」
ベスタが同意したので私は棚に畳んである服や吊るしてある服を見出すと、彼女も同じように服を見出した。
たぶん彼女は自ら買いたい服を見つけることは無いだろうけど、何だか楽しそうだからそっとしておこう。
“先ずはご主人様に似合う服を探そうかな?”
そう思って男性の服を探していると、ふと、寝間着や肌着が置いてあるコーナーが気になった。
正確には、そこにあった肌着に気づき、思わず凝視してしまったのだ。
そこにあった肌着はいつも私たちが履いているようなものではなく、三角形で秘部だけを隠すような形をしていた。それに、明らかに布地が透けている。
ナニ、コレ......
思わず手に取って広げてみた。そして、自分が履いた姿を想像すると、恥ずかしくて顔が熱くなる。
これ...... 裸よりも恥ずかしいかも。でも、これならご主人様は喜んでくれそう......
ふふっ♥
次の瞬間、ご主人様のニヘラッと少しだらしなく笑った顔が頭に浮かび、思わずクスッと笑ってしまった。
値段は... 400ナール。
肌着にしては高すぎるけど、これなら4人全員の分でも十分買える。
両側を紐で縛るようだから、サイズも問題ないみたい。
色も沢山種類があるし、これにしようかな。
うーん...... やっぱりネグリジェと色を合わせたほうが良いかな?
そうすると私は...... あった。薄い桃色。
セリーは白かな......
ん?これは何かしら?
肌着を選んでいると、隣に黒くて長い靴下が目に入った。
靴下にしては長すぎる。膝上20cmくらいはあるだろうか。生地は絹のようで、靴下にしては驚くほど薄い。
それに、ツルツルスベスベ......
これって履いても滑って脱げてしまうのでは?
私が変わった靴下の前で考え込んでいると、いつの間にか隣に来ていたベスタから声をかけられた。
「ロクサーヌさん。どうかしました?」
「あ、ベスタ。これなんですけど、どうやって履くのか分からなくて」
私は返事をしながら彼女に靴下を差し出した。
彼女は素直に受け取ると、次の瞬間に目を見開いた。
「あっ、えっ? す、スベスベですね」
「そうなんです。とても肌触りは良いのですが、ツルツルなので歩くと脱げてしまいそうで」
「確かにそうですね」
そうして2人で悩んでいると、視界の端に服を整理している女性店員が見えた。
「あの、すみません」
私が声を掛けると、その店員はすぐに気づいて近づいてきた。
「お客様。如何されましたか?」
「こちらの靴下について教えてほしいのですが」
私が気になっている靴下を指差すと、女性店員はニッコリと微笑んで説明をはじめた。
◆ ◆ ◆
「これはお客様、お目が高い。こちらは当店で開発した新商品でストッキングといいます♪」
女性店員はこの商品のことを聞かれたことが嬉しかったのか、満面の笑みで説明を始めた。
「薄手の生地のため耐久性には少し難がありますが、履き心地や肌触りはとても良い物です。
それに、生地は薄いですがかなりの保温性がありますので、この上に何かを重ねて着なくても多少なら肌寒さをしのぐことが出来ます。
そして何よりこのストッキングには脚を締め付けて細く、美しく魅せる効果がありますので、殿方の視線を釘付けに出来るのです」
「そ、そうなんですか」
女性店員の勢いに気圧されながらも何とか返事をすると、彼女は目を輝かせて説明を続けた。
「このストッキングはスベスベの肌触りです。そのためこのまま履いても滑って脱げてしまうので、こちらの布製のベルトを腰に巻いて、ベルトに付いた紐で吊りさげます。因みにこちらはガーターベルトと言います」
「なるほど。そうだったのですね」
女性店員が手にしたガーターベルトを見て、脱げなくする方法に納得していると、女性店員は少し妖しい表情になり、さらに話を続けた。
「お客様。こちらの商品は殿方を誘惑することも視野に入れて開発している商品です。ですので、出来れば肌着も大胆な物と合わせて頂きたいです」
「えっと...... これですか?」
私は先ほど見ていた布面積の小さな肌着を指差すと、店員はニッコリと微笑んだ。
「はい。それか、こちらの全面レースの物も宜しいかと」
女性店員は私たちによく見えるよう、手にした肌着を広げてみせた。
「えっ!これ......」
黒くて全面レース。これでは大事なところが透けて見えてしまう。ハッキリ言ってこれでは本来の肌着の役目は果たしてない。
少し驚いたけど、確かにこれならご主人様は喜ぶと思う。
でも... さすがにこれでは、誘惑するためということがあからさま過ぎる。
「さすがにその肌着は......」
私が苦笑しながらやんわりと断ると、女性店員は別の肌着を差し出した。
「では、こちらなんか如何ですか?」
「なっ!こんなの......」
次に女性店員が差し出した肌着は秘部と陰毛がギリギリ隠れるくらいの逆三角形の布に紐が付いたようなもので、前はかろうじて隠れるものの後ろは布が無く、お尻の割れ目に紐が食い込むような形をしていた。
ご主人様なら間違いなく喜ぶとは思うけど、いくらなんでもこの肌着は着れないわね。
「ふふっ」
あまりにも過激な肌着を見て一瞬凄く驚いたけど、逆に冷静になったのか、思わず笑いが込み上げてしまった。
すると、そんな私の態度を見てアピールが足りないと思ったのか、女性店員は追撃するように言葉を重ねてきた。
「お客様方のように魅力的なお嬢さまでしたら、履かないという手もあります」
「いえ。流石に履かないのは」
少し呆れ気味に顔の前で手を振ると、女性店員は急に真剣な顔になり「大丈夫です」と言いながら、ずいっと私に顔を近づけてきた。
えっ!急になに?私の態度が気に入らなかったの?
私が女性店員の急変に戸惑っていると、彼女は少し低めな声で話を続けた。
「お客様。貴方はこのストッキングをいつ、何処で履こうと考えていますか?」
「えっと、それは......」
「気になる殿方に喜んで頂こうと思っているのでしたら、中途半端ではいけませんよ」
「そ、そうでしょうか」
「はい。間違いありません」
女性店員の圧に少し気圧されていると、「先ずは試着してみますか?」と言って微笑んだ。
その笑顔が少し怖かったけど、興味はあったので私はコクリとうなずいた。
ベスタの方を向くと彼女もうなずいたので、2人で試着することになった。
◆ ◆ ◆
「こちらにどうぞ」
女性店員に案内されて店の2階にあがり、奥の部屋に入ると、その部屋の一番奥の壁にはペルマスク製の大きな鏡が付いていた。
思わず「凄い。こんなに大きな鏡が」と言葉に出して驚いてしまうと、女性店員は「良い映りの鏡ですので、試着した姿を自分で確認してくださいね」と言ってまた微笑んだ。
私たちはパンツだけ脱いで棚に置くと、女性店員から肌着も脱ぐように笑顔で言われてしまった。
私とベスタは肌着を脱ぐことに躊躇したけど女性店員の圧が増した気がしたので、仕方なく脱いで棚に置いた。
恥ずかしくて局部を手で隠していたけど、女性店員はそんな私の前に屈むと、サッと私の手を退かしてガーターベルトを巻いた。そして、ストッキングを手繰り寄せて右足のつま先から履かせると、ガーターベルトに付いている紐につなげた。
次に左足にもストッキングを履かせて紐につなげると、「うん。これで良いわね」と言って立ち上がった。
「では、そちらの鏡で確認してください」
「は、はい」
女性店員は私を鏡の前に行かせると、「次は貴方ね」と言って私から離れ、ベスタにストッキングを履かせはじめた。
女性店員がベスタの相手をはじめたので、私は鏡の前で改めて自分の姿を見た。
凄い...... このストッキング。
脚は締め付けられたようにシュッと細くなっている。
確かにそう見えるのだけど、履いている私の脚は殆ど締め付けられている感じがしない。
まるで脚にピッタリ貼り付いているみたいな感じだ。
それにこの触感...... ツルツルしていて、凄く触り心地が良い。
これなら...... ふふっ♥
私はご主人様が屈んで私の脚を撫で回す姿を想像してしまい、からだが熱くなってしまった。
心なしか秘部も湿っぽくなってしまっている。
肌着を着けていないから局部が丸見えとなってしまっているけど、よく考えるとこの上にネグリジェを着るから、女性店員に言われた通り肌着を履かなくても全く問題ない。むしろ、肌着が無いほうが立ち姿がスッキリしていて良い気がする。
ふふふふふふふふっ♥
ご主人様が喜んでいる姿を思い浮かべて悶々としていると、ストッキングを履いたベスタが女性店員に連れられて鏡の前にやってきた。
「お客様。とてもお似合いです。履き心地はどうですか?」
「は、はい。とても良いですね。肌触りも最高です」
「気に入って頂けたなら何よりです。是非ともご購入を検討して頂きたいところですがいかがでしょう」
そこまで話して、私はストッキングの価格を確認していなかったことに気がついた。
しまった。試着までして今更断るなんて気まず過ぎる。
良い物だし凄く欲しい。それに、これなら間違いなくご主人様にも喜んでもらえる。
でも、私一人だけ着けるわけにはいかないし、4人分となると価格もそれなりになりそう。
「そうですね。価格次第ですが......」
少し冷や汗をかきながら恐る恐る尋ねると、女性店員はニッコリと微笑んだ。
「こちらは当店自慢の新商品ですが、まだ開発途中で耐久性に少し難があります。ですので、今は利益度外視でストッキングとガーターベルト、合わせて500ナールとさせて頂いております」
「そ、そうですか」
一式500ナールなら4人分で2000ナール。ベスタと2人ならお金は足りる。
私は少しほっとして、ベスタに小声で2人の小遣いを合わせて全員分のストッキングを買う相談をすると、彼女は二つ返事で購入を了承してくれた。
「では、購入させていただきます」
女性店員に4人分購入することを伝えると、彼女は4つではなく4人分と言われたことに凄く驚いていた。
けれど、すぐに何かを察してくれたようで、みんなに合うサイズのストッキングとガーターベルトを選ぶときは親切に対応してくれた。
その後、ベスタと合わせて代金を支払い、購入した商品をベスタのリュックにしまって店を出た。
◆ ◆ ◆
お店を出ると、だいぶ日が傾いていた。
ご主人様とは夕方に冒険者ギルドで待ち合わせていたので、そちらに向かって歩きはじめながらも私たちはもうしばらくお店を見てまわることにした。
そうして何軒かお店を見てまわっていると、冒険者ギルドのほうにご主人様の気配が現れた気がした。
どうやらご主人様が迎えに来たみたいだ。
私はベスタに声をかけてお店を飛び出し冒険者ギルドの方向に駆け出すと、先の方からこちらに向かって歩いてきているご主人様に気がついた。
私はそのままご主人様に駆け寄ると、ベスタも後ろから走って追いついてきた。
「ご主人様、今日はありがとうございました」
「ありがとうございます」
「時間的にはもう少しいいが、大丈夫か?」
「大丈夫です。ベスタと二人であちこち回って、たっぷり楽しみました」
「はい。楽しかったです」
私は抱きつきたい衝動を抑えて話していたけど、不意にご主人様からセリーの匂いがした。
「ん?」
少し気になったので、ご主人様にスッと近づいてスンスンと匂いを嗅ぐと、セリーの匂いだけでなく微かに精液の匂いもする。
これは...... 間違いないわね。
少し前までご主人様はセリーを可愛がっていたようだ。
終わったあとにからだを拭いたようだけど、残念ながら匂いまでは落としきれなかったようね。
ご主人様は匂いを嗅がれて動揺したのか、私が「セリーと二人で家にいたようですが」と抑揚のない声で問いかけると、視線を逸らせながら「あー。ちょっと強い酒を飲ませてしまってな。セリーは今寝かせている」と曖昧な返事をした。
ふふっ。誤魔化せると思っているのかしら。
私はご主人様が可愛く思えてしまい、「ふふっ♥ ご主人様もお楽しみできたようでよかったです」と言って追撃してみた。
すると動揺しているご主人様は、「も、もう一軒ぐらい、どこか回ってから帰るか?」と言って私のご機嫌を取ろうとしたので、「いえ、大丈夫です」とニッコリ笑って断った。
「そ、そうか。じゃあま、その... は、早めに帰ってゆっくり風呂でも入れるか」
「はい。迷宮にお供します。ブラックダイヤツナより強い魔物がいいですね」
私がニッコリと微笑んで返事をするとご主人様は観念したようで、「分かった。どの魔物と戦うのかはロクサーヌに任せる」と言って両手をあげた。
その後、冒険者ギルドからワープして帰宅すると、家の中に微かだけどお酒の匂いが漂っていた。
ご主人様は“ちょっと強い酒を飲ませた”と言っていたけど、セリーが寝込んでしまうくらいだから弱い酒ではなかったのだろう。
私が一瞬顔をしかめると、ご主人様は「お、俺は風呂の準備をしてくる」と言って、そそくさと2階に上がっていってしまった。
私とベスタは荷物を片付けるフリをして、ご主人様に気が付かれないようにストッキングを脱衣所に隠した。
その時にチラッと寝室を覗くと、セリーはとても満足そうな顔をしながら、ベッドでスヤスヤと眠っていた。
ちょっと羨ましいけれど、今はそっとしておいてあげよう。
でも、今夜セリーは1回お預けですからね。
ふふふふ。
そんなことを考えながら荷物を置いて掃除を始めると、すぐにご主人様から声が掛かった。
では、クーラタルの迷宮18階層でピックホッグを狩りましょう。
私たちはワープで18階層の小部屋に飛び、先ずは匂いを嗅いで、まわりに魔物がいないか確認した。
「ご主人様。ボス部屋までの間にピッグホッグ2匹とマーブリーム2匹の群れがいます。他のパーティーはルート上には居ないようです」
「分かった」
ご主人様が返事をしたので、「では、参りましょう」と声をかけてボス部屋に向かって歩きだした。
「この3人で迷宮に入るのは初めてですね」
「はい。いつもとメンバー構成が違うので新鮮です」
「うむ。だが、基本的にはロクサーヌとベスタが魔物の前を抑えている間に俺が倒してまわるから、戦い方はいつも通りで頼む」
「かしこまりました」
「分かりました」
それから3分ほど歩いて魔物の直近に来たので「次の角を曲がった先に群れがいます」と小声で警告すると2人は立ち止まり、気を引き締めて武器を構えた。
2人の準備が出来たので、私はハンドサインで突入の合図を送る。
“3、2、1、GO!”
私たちは合図で駆け出し、角を曲がって魔物の群れに飛び掛かった。
私は右のピッグホッグに斬りつけて注意を引き、流れるように中央のピッグホッグにも斬りかかる。
そして私が2匹の魔物を引き付けると、ご主人様が右のピッグホッグに斬りかかり、1分後には煙に変えた。
次の瞬間、ご主人様は倒した魔物の煙を抜けて、奥にいるマーブリームに斬りかかった。
それから1分後、私が中央のピッグホッグを抑えていると、魔物の後ろからご主人様が斬りかかった。
よく見ると後方のマーブリームがいた辺りに煙が見えるので、ご主人様は1分足らずで倒してこちらに参戦したようだ。
さすがはご主人様。
18階層と言えどマーブリーム程度、今のご主人様の敵ではないわね。左のピッグホッグも瞬殺だったし、この階層の魔物ではご主人様の強さは計れないわね。
ほんと、強くて優しくて、格好良い。
ご主人様。愛しています♥
私は魔物の攻撃を躱しながらご主人様に見惚れていると、次の瞬間私が引き付けていた魔物が煙に変わった。
そして、ご主人様は左の魔物に斬りかかったので、私も慌ててベスタが抑えている左のマーブリームに斬りかかった。
しかし、私が斬りつける前に、魔物はご主人様の一撃で煙に変わった。
「さすがはご主人様です。もうマーブリームくらいなら一撃なんですね♪」
「いや、ベスタが削っていてくれたからだ。後ろのマーブリームは3回斬ったからな」
「それでも凄いです」
「あははは。まあ、この階層ならな」
「ご主人様は謙遜してますけど、18階層の魔物を1分足らずで倒すなんて本当に凄いことなんですよ」
「分かった。まあ、その、内密にな」
「かしこまりました。ではボス部屋に向かいましょう」
それから3分ほど歩いて待機部屋に到着し、他のパーティーが居なかったので、そのままボス部屋に突入した。
◆ ◆ ◆
ボス部屋に突入すると、部屋の中央2箇所に煙があがった。
私は大きな煙のボスの方に向かうと、ベスタとご主人様はいつも通り小さな煙のお付きの魔物の方に向かった。
そして煙が収まると、私の前にはボスのピックホッグ、ベスタとご主人様の前にはマーブリームが現れた。
私は少しだけ腰を落とし、目の前の魔物に集中する。
すると、魔物は右足で迷宮の床を引っ搔き、次の瞬間私に突撃してきた。
私は右にステップして躱すと、魔物は目の前で立ち上がって左前足を突き降ろしてきた。
体ごと体重をかけての攻撃なので、咄嗟に左にステップしながら体を捻り半身にして躱すと、轟音と伴に魔物の足が迷宮の床を砕いた。
凄い一撃だ。盾でアレを受けていたら粉砕されていたかもしれない。
私はバックステップでピックホッグから少し距離を取り再び剣を構えると、魔物はこちらを向いて右足で迷宮の床を引っ搔き初めた。
フフッ、仕切り直しね。
そう考えた次の瞬間。再び魔物は私に突撃してきた。
私は左にステップして躱すと、先ほどと同様に魔物は目の前で立ち上がった。
そして、今度は右前足を突き降ろしてきた。
私は右にステップしながら体を捻り半身にして躱すと、先ほどと同じように轟音と伴に魔物の足が迷宮の床を砕いた。
はぁ。さっきと一緒ね。でも、それなりに速いし何よりあの尖った足は凶悪だ。それほど余裕で躱している訳ではないし、これならブラックダイヤツナを狩るよりは良い鍛錬にはなるわね。
そう考えながら、再びバックステップでピックホッグから少し距離を取って剣を構えた。
そうして次のピックホッグの攻撃も躱すと、魔物は私から離れた位置で足を踏ん張った。
やっと別の攻撃をするようだ。
そう考えながら魔物の動きを観察していると、魔物の足元に魔法陣が浮かんだ。
「来ます!」
どこに向けて魔法を放つか分からないので慌てて2人に警告したけど、次の瞬間に魔法陣が掻き消えた。
そして、ご主人様の「ロクサーヌ。お待たせ」という言葉が届いた。
それから2分後、私が引き付けている間にピックホッグはご主人様の一撃で煙に変わった。
「ご主人様。お疲れ様でした」
「ああ。ロクサーヌもお疲れ」
「ベスタもお疲れ様でした」
「はい」
「ロクサーヌ。あと2回くらい倒したい」
「かしこまりました。先ほどの小部屋からボス部屋までは魔物はいませんが、近くに他のパーティーがいますので、早目に周回しましょう」
「分かった。19階層にあがったら、すぐにダンジョンウォークで先ほどの小部屋に行く。その後の先導はロクサーヌに任せる」
「はい。お任せください」
私とご主人様が話している間にベスタがドロップアイテムを回収してきたので、私たちは奥の扉に向かって歩き出した。
その後ボス戦を3周して、再び18階層の小部屋に戻ると、先ほど近くにいたパーティーがボス部屋に向かうルート上に移動していた。
「ご主人様。他のパーティーが、ボス部屋までのルート上に移動したようです」
「うむ。まあMPはだいぶ回復したから、2人が良ければ家に戻りたいが」
「そうですね。他のパーティーと顔を合わせるのも嫌なので、帰りましょう」
「はい。帰りましょう」
私たちが同意すると、ご主人様は「では」と言ってワープゲートを開いた。
帰宅するとご主人様は装備を外して風呂場に向かったので、私とベスタも装備を外して掃除の続きに取り掛かった。
それから10分後、再びご主人様から迷宮へのお誘いがあったので、今度はクーラタルの迷宮19階層の小部屋にワープした。
匂いを嗅いでルートを確認すると、ボス部屋までの間に魔物の群れが2組。そして、どうやら待機部屋に他のパーティーがいるようだった。
「ご主人様。ルート上に魔物の群れが2組とだぶん待機部屋に他のパーティーが居るようです」
「うむ。ロクサーヌ。魔物の群れを倒し終わったら、もう一度索敵してくれ」
「かしこまりました」
それから、ロートルトロール3匹とピッグホッグ1匹の群れ。その後はロートルトロール2匹とピッグホッグ1匹、マーブリーム1匹の群れを倒してから、再度匂いを嗅いで待機部屋を索敵した。
「ご主人様。待機部屋からパーティーが居なくなりました。ボス部屋に入ったと思われます」
「そうか。待機部屋で待つのも時間が勿体ないな。
ロクサーヌ。やはりボス戦じゃないとダメか?」
「そうですね。ロールトロールで鍛錬したい気持ちはありますが、ご主人様のいう通り待ち時間が勿体ないので、他の魔物にしましょう」
「うむ。ロクサーヌに任せる」
ご主人様の許可を頂いたので、その場でボス部屋とは逆方向の匂いを嗅ぐと、すぐ近くに魔物5匹の群れがいた。
更に、少し離れた場所にも魔物3匹の群れがいたので、私は順番に案内してご主人様に倒して頂いた。
すると彼から、「MPが回復したからロクサーヌさえ良ければ家に帰ろう」と言われたので、二つ返事で了承し、ご主人様が出したワープゲートをくぐった。
帰宅して装備品を外し始めると、ご主人様は「あと少しで風呂の準備が出来るから、装備品を片付けたらちょっとだけ待っていてくれ。
そのあと3人でミリアを迎えに行こう」と言って2階にあがって行った。
私は本日の魔物狩りの終了を少し残念に思いつつ、ベスタに声を掛けた。
「ベスタ。本日の迷宮探索は終了です。ですので装備品の手入れはしっかりやりますよ」
「分かりました」
私たちは本格的に装備品を手入れしながら、ご主人様が降りてくるのをダイニングで待つことにした。