ロクサーヌの想い   作:龍いち

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迷宮探索の闇 ~ロクサーヌの過去~(後編)

わたしの名はロクサーヌ。

狼人族で16才の巫女、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。

 

愛するご主人様、かわいい後輩奴隷のセリー、ミリア、ベスタの5人で、クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。  

 

お仕事は迷宮探索。

5人で毎日迷宮に潜り、魔物を倒してドロップアイテムを拾い、それを売って生活している。

 

因みに私たちはクーラタル、ベイル、ハルバー、ターレ、ボーデ、ザビルの6箇所の迷宮に入ったことがあり、一番進めているクーラタルとハルバーは、どちらも26階層を探索中だ。

 

 

帝都でドレスを買ってから2日後。

今は夕食を食べながら、昔入っていた探索パーティーのことを話している。

 

パーティーに入って1年半。

私はアイエナの冒険者ギルドからクーラタルの迷宮に向かったところまで話すと、ハーブティーをひとくち飲んでひと息つき、続きを話しはじめた。

 

 

冒険者のおじさんたちが出したフィールドウォークのゲートをくぐると、そこは何処かの冒険者ギルドだった。

受付カウンターが3つだから、規模的にはアイエナの冒険者ギルドと変わらないはずだけど、バーが併設されてないから小さく感じる。

 

掲示板はあるけれど、アイエナの冒険者ギルドと比べると明らかに依頼件数が少ないし、それを確認している人も少ない。

その為なのか?まだ朝早い時間なのに、何となくこのギルドは活気がない気がする。

 

そんなことを考えていると、ゲートを抜けた直後に強壮丸を飲み込んでいた冒険者のおじさんたちから皆に声がかかった。

『ここはクーラタルの冒険者ギルドです。ここから歩いて迷宮に向かいます』

『クーラタルの迷宮は入場料がかかりますので、先ずは迷宮入口横の騎士団詰め所に行きます。

私が先導しますので、遅れずについてきてください』

 

えっ!ここがクーラタルの冒険者ギルド?!

クーラタルの迷宮は最大最古の巨大迷宮って聞いてたのに、そこの冒険者ギルドがコレ?

私は禿げた方の冒険者のおじさんに驚愕の視線を向けると、彼はニヤッと笑って『ここは探索者の街だから、冒険者ギルドよりも探索者ギルドの方が大きいんだよ』と教えてくれた。

 

探索者ギルドの方が大きい?

そんなことあるの?

 

アイエナの探索者ギルドは......

確か建物はいくつかのギルドと兼用で、カウンターが1つしかなかったはず。

職員も受付の人と迷宮案内人しかいないって聞いたような......

とにかく冒険者ギルドとは比べるのもおこがましい、とても小さな施設だ。

 

その探索者ギルドがクーラタルでは冒険者ギルドよりも大きいなんて信じられない。

そう思いながら冒険者ギルドを出ると、そこには今まで見たことがないくらい多くの人が行き交っていた。

 

一瞬“今日はお祭りかな?”と思ったけど、人の多さに圧倒されている私を見かねてか、禿げおじさんが『驚いたかい? クーラタルは多くの人が住んでるし、ほとんどの店舗は常設店なんだよ。だから、これが日常的な風景なんだよ』と小さな声で教えてくれた。

 

通りの左右には沢山のお店が並んでおり、進むにつれて段々建物が大きくなっている。

色々な店に目を取られつつも禿げおじさんの後をついていくと、3分ほどで街の中心に辿り着いた。

 

そこは広場になっており、中心に迷宮の入口がポツンと建っている。そして、そこには迷宮に入るための人の列が出来ていた。

 

この広場は周りが非常に大きな建物で囲われており、ここを起点として6本の大きな通りがのびている。

そして、迷宮入口正面のひときわ大きな建物が、騎士団詰め所とのこと。

 

迷宮に入る際は、この詰め所内のカウンターで入場料を支払ってチケットを受け取り、その後に迷宮に入る列に並ぶ。

その後、入口の前で騎士に券を渡して順番に迷宮に入るらしい。

 

白髪のおじさんは騎士団詰め所の前で私たちに少し待つように言うと、ボンボンからお金を受け取り建物の中に入っていった。

そして5分ほど待つと、人数分のチケットを購入して戻り、私たちに1枚ずつチケットを渡してくれた。

ワクワクしながら列に並んでいると、入口の手前に長机を並べて何か書かれたパピルスを売っている騎士がいた。

 

私は何が書かれているのか気になって見ていると、禿げおじさんが『あれは迷宮の地図だ。クーラタルの騎士団はアレを売って儲かってるから、給料がいいらしいぞ。そんで給料がいいから辞めたくない。辞めたくないから真面目に勤める。騎士団員が真面目だから、街の治安がいい。治安がいいから街が栄える。と、いうわけだ』と、聞いてもいないのに何故かクーラタルの街が栄えている理由を自慢気に説明してくれた。

 

そうこうしている間に私たちの順番になったので、騎士団員にチケットを渡して迷宮に入った。

 

◆ ◆ ◆

 

迷宮に入るとすぐ目の前に他のパーティーが、そのすぐ隣にもまた別のパーティーがいて、それぞれ地図を見ながら打ち合わせをしていた。

今回私たちは冒険者のおじさんたちを加えて2パーティーとなっているので、大した広さもない迷宮入口の小部屋に4パーティーも集まっていることになっている。

 

これでは身動きが取れないので、すぐに移動すると思ったけれど、なんとリーダーはいつの間にか購入していた地図を取り出して、その場で他のメンバーたちと打ち合わせをはじめた。

 

これでは他のパーティーの邪魔になるので、文句を言われる前に移動した方が良いと思っていると、案の定私たちの後から入ってきた人たちに「&#*#*ッ!」と聞いたことがない言葉で怒鳴られてしまった。

 

リーダーは文句を言った人に鋭い眼光を向けたけど、相手がもの凄く大きな盾を持った身長がゆうに250cmを超える大男であることに気が付くと、サッと目をそらせて『チッ!』と舌打ちした。

そして、『みんな、移動するぞ』と言って、そそくさと迷宮の通路を歩き出した。

 

自分よりも弱そうな人には高圧的。

強そうな人には徹底的に逆らわない。

そんなリーダーの性格がよく分かる対応だ。

 

彼は迷宮の奥に向かって3分ほど歩き、周りに他のパーティーが居なくなると、私たちに通路の左側に寄るよう指示した。

そして、再び地図を開くと、冒険者のおじさんたちに現在地を教えてもらっていた。

どうやらリーダーは先ほど怒鳴られた探索者から離れることに必死になり、迷子になってしまっていたようだ。

 

それからしばらくして探索を開始すると、2分ほどで最初の魔物に遭った。

その魔物は子供サイズの人型で、緑の皮膚に尖った耳と尖った鼻。

耳まで裂けた口に黄色の目。

手には小さめの棍棒を持っている。

 

間違いない。

以前、獣戦士ギルドで戦ったことのある魔物。

コボルトだ。

 

ギャギャギャギャギャギャッ!

コボルトは私たちに気が付くと棍棒を振り上げて突っ込んできたけど、リーダーと探索者、それと赤鼻兄弟に囲まれてタコ殴りにされ、1分も経たずに煙に変わった。

 

『ガハハハハハハハ。さすが最弱』

『余裕ね。これならガッポリ稼げるわ』

『まあ、コボルトごとき、俺たちの敵じゃねぇってことだ』

『今晩は酒が美味えぞ』

まだ魔物を1匹倒しただけなのに、4人はすごく上機嫌だ。

私はリーダーたちに呆れながらもいつも通りドロップアイテムを拾い、探索者に渡した。

 

クーラタルの迷宮には多くの探索者がいたけれど、ひとつの階層の広さがアイエナとは段違いだったので、意外と魔物と接敵することが多かった。

ボス部屋に向かう通路には多くのパーティーがいるためほとんど魔物に遭わないけど、そこから離れればこのパーティーでも10分〜15分に一度は魔物を見つけることが出来ていた。

 

途中で禿げおじさんが教えてくれたけど、クーラタルの迷宮は魔物と沢山戦えるので、高い入場料を支払っても儲かるらしく、探索者には大人気らしい。

それこそ“探索者なら一度は行ってみるべきだ”と言われるくらいに。

 

ただ、欲に目が眩んで自分の実力以上に高い階層に挑戦する探索者が後を絶たないようで、迷宮から帰らない人も多いらしい。

冒険者のおじさんも、この迷宮に挑戦したことがあるらしく、その時に無理して高い階層に挑んで仲間を失い、自分も大怪我を負ったとのこと。

そして、その治療費が払いきれず、奴隷になってしまったそうだ。

 

おじさん曰く、『無理せず地道にコツコツ稼ぐことが、探索者を長く続けるコツ』とのこと。

 

そういう意味で言えば、このパーティーは探索者を長く続けるには最適なのかも知れない。

なぜなら私は1年半もこのパーティーに所属しているけど、未だに最高到達階層は3階層だからだ。

 

但し、このパーティーにいて成長出来るのか?と言えば、甚だ疑問だ。

なぜなら未だに私は最前衛での戦闘参加は許可してもらえないし、ドロップアイテム拾いしかやることが無い。

何度かリーダーたちをすり抜けた魔物と戦ったことはあるけれど、すぐに彼らが割り込んでくるから鍛錬にもならない。

ソロ探索しているときの方がよっぽど経験になっていると思う。

 

それに、まともな暮らしが出来るのか?という意味ではこのパーティーでは難しい。

って言うか絶対に無理だ!

 

なぜなら高い階層で戦わないためパーティー自体の収入が少ないし、1年半も所属しているのに、いまだに私の取り分はドロップアイテム売却金額の1割もない。

 

だから少し前にドロップアイテムの売却金額の分配が不公平だと訴えたときは、リーダーは『後方から参加してるだけのくせに文句を言うな!』と怒鳴るし、赤鼻兄弟の兄は『分けまえを増やしてほしかったら、ちゃんと働くんだな。まあ、戦闘では役に立たないから、休憩のときや夜にからだで奉仕するのがいいと思うぞ』などと言い出した。

 

そして何を勘違いしたのかボンボンなんか、『金が欲しいなら俺が個人的に恵んでやってもいいぜ』って言って私に触れようとしてくる始末。

 

なので、私はいつものように『不公平を改善してくれないならこのパーティーを抜ける』って言ったけど、『だから抜けたかったら代わりの獣戦士を見つけてこいって言ってんだろっ!』ってリーダーに逆ギレされてしまい、話にならなかった。

 

私は今年15歳になるから、冬には税金を支払う必要がある。でも、例え毎日迷宮に入ったとしても、このパーティーの取り分だけでは全く足りないのだ。

パーティーが休みの日にソロ探索者として稼いだ分と、去年稼いだ分があるから今年の税金(3万ナール)は何とか支払うことが出来るけど、来年以降は厳しいだろう。

 

なので早くこのパーティーからは抜ける必要がある。

 

以前はスムーズに他のパーティーに加入出来るよう、このパーティーからは円満脱退しようと考えていたけれど、このままではほんとに困ることになる。

だから、例えしばらくは他のパーティーに加入出来ず、ソロ探索者として迷宮に挑戦することになったとしても、クーラタルの迷宮挑戦を最後に、今度こそパーティーを抜けてやる!

私はその決意を胸に、探索を続けたのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

何度か休憩を取りながら探索を続けて夜になると、リーダーが『この近くで泊まれる場所ねえか?』と言って地図を見だした。

 

『えっ!迷宮内に泊まるの?』

『はぁ?当たり前だろ?外に出たら、また入るのに金取られるじゃねえか。

ったく、ちっとはあたま使えよなw』

驚いて思わず疑問を口にすると、リーダーが私を小馬鹿にするように答えた。

 

お金の問題じゃないんだけど......

私は身の危険を感じて言葉が出たのに、リーダーはまったくさっしてはいないようだ。

そう思って暗い顔をしていると、不意にゾッとする言葉が聞こえた。

 

『お、俺がロクサーヌの隣で寝てやるから、安心しな』

『ヒッ!』

思わず声が聞こえた逆方向に飛び退くと、顔をニヤつかせたボンボンが立っていた。

 

私は本格的に身の危険を感じて思わず身震いしてしまうと、白髪のおじさんが小さな声で『安全に泊まれる場所があるから大丈夫だよ』と教えてくれた。

私は半信半疑だったけど、冒険者のおじさんたちも混ざって話し合った結果、待機部屋で宿泊するか、若しくは待機部屋から10分ほど離れた場所の小部屋で宿泊することが決定した。

 

それから何度かコボルトを倒して1時間ほど歩き、何とか待機部屋に到着することが出来た。

先ずここを確認し、泊まれなさそうなら少し離れた場所の小部屋に向かうとのことだ。

 

待機部屋に入ると、20人以上の探索者が中にいることに驚いた。

私たちを入れると30人くらいになる。

 

アイエナの迷宮1階層の待機部屋では考えられないけど、クーラタルの迷宮ではこんなに多くの人がいても私たちが余裕で寝転がれるくらいの広さがあった。

さすが帝国一の巨大迷宮。

1階層の広さもすごいけど、待機部屋はアイエナやサボージャの南迷宮と比べて段違いに広い。

 

よく見ると、ボスに挑戦する人たちは待機列を作って行儀良く並んでおり、休憩若しくは宿泊している人たちは壁側に寄っているみたいだ。

先ほど迷宮内に泊まると聞いたときは逃げ出したくなったけど、これだけ人がいるなら身の危険は少ないような気がする。

 

でも、いくら人が沢山いてもボンボンの近くじゃ寝ることなんてできないし、まして彼が隣だったら休憩することもできないだろう。

そう思っていたら、急にボンボンが顔を赤くして『こ、ここじゃダメだ。人が多過ぎる。小部屋に移動しろ!』と文句を言いはじめた。

 

『はっ?急に何言ってんだ?

もう動くの面倒だから、今日はここに泊まるぞ』

『い、いいから移動しろ。俺が金出してるんだぞ!』

ボンボンが上から目線で文句を言うと、リーダーがプルプルと震えだした。

そして、見る見る顔が赤くなり、額に青筋が浮かんだ。

 

『やかましいっ!!!

俺は疲れてんだ。テメーは文句言ってねえで早くオッサンたちにメシの用意させろ!』

『わ、わかった。すぐに準備させる』

ボンボンはリーダーに胸ぐらを掴まれて怒鳴られると、迫力に負けてすぐに白旗をあげた。

 

『ク、クソッ!覚えてろ......』

彼は小声でブツブツと悪態をつきながらも冒険者のおじさんたちに食事を用意するよう指示しだした。

 

それにしても、ボンボンは何で急に騒ぎ出したのだろう。

気になって周りを見廻していると、奥の方についたてに囲われていて周りからは中が見えなくなっている場所があることに気がついた。

そこそこ広さがありそうだけど、いったいなんだろう?

そう思ってよく見ると、ついたての端の方に看板がついていて、その隣に女性の探索者が1人立っていた。

 

目を凝らして看板をよく見ると、いくつかの言語で何か書かれている。

その中にはバーナ語もあり、[女性用休憩スペース。ここから先、男性立ち入り禁止]と書いてあった。

 

冒険者のおじさんたちはクーラタルの迷宮に来たことがあると言っていたので、『安全に泊まれる場所』とはこの場所のことだったのだろう。

私は禿げおじさんに、小声で『アレのことだったんですね』と聞くと、彼はひとつ頷き、『無料だから気軽に利用出来るはずだよ。それと、入口にいる女性は探索者ギルドから派遣されている高レベルの探索者だから、襲われる心配もしなくていいからね』と教えてくれた。

 

どうやらボンボンはコレに気づいたので騒ぎ出したようだけど、リーダーに怒鳴られてしまい意気消沈といったところだ。

 

その後、壁際の空いている場所で夕食を済ませると、リーダーは『今日はここで寝る。明日はボスを倒して2階層で戦う』と言ってその場に寝転んだ。

すると探索者は白髪のおじさんから毛布を受け取り、リーダーに『今日はお預けよ』と言いながら彼に張り付くと、そのまま寝始めた。

 

赤鼻兄弟はそれを見て呆れつつも、『はぁ。見せつけやがって』、『酒がねえから寝ちまおう』と言って、それぞれ毛布を受け取ると、リーダーたちから少し離れた場所に寝転んだ。

 

すると、ボンボンが『ロクサーヌは俺の隣だ』と言いながら座り、自分の右側の床をパンパンと叩いた。

 

私が女性用休憩スペースに気づいてないとでも思っているのか?

いつもの気持ち悪いニヤケ顔ではなく、少し顔が強張っている。

きっと、気づかれないうちに隣に寝かせてしまおうという魂胆なんだろう。

仮に気づいてなくてもコイツの隣なんて真っ平ごめんなんだけど。

 

私は白髪のおじさんから毛布を受け取ると、ボンボンは無視して女性用休憩スペースに向かって歩き出した。

すると、後ろでボンボンが『あっ!待て!』と言って慌てて立ち上がったけど、次の瞬間に『あっちに近づいたら捕まりますよ』、『あそこの探索者は高レベルだから敵いません』と冒険者のおじさんたちから諫められると、『クソッ!クソッ!なんの為に来たと思ってんだ!』と言って地団駄を踏み始めた。

 

私はその言葉を聞きながら、“あなたこそなんの為に迷宮に来てるのよ!”と心の中で盛大にツッコミを入れてしまったけど、“あと2日も警戒し続けないといけないのか”

と考えると、思わずため息が出てしまった。

 

その後、女性用休憩スペースの入口で探索者から注意事項を聞いて中に入ると、6人の女性がくつろいでいた。

そのうち5人は横になって眠っており、残りの1人も床に座って荷物の整理をしているようだった。

 

白髪のおじさんが言った通り、ここなら安心して眠れそうだ。

私は起きている女性に軽く会釈して、空いている場所に寝転ぶと、5分も経たずに眠りについた。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝。

私は目を覚ますと、すぐに身支度を整えてパーティーメンバーが寝ていた所に移動した。

すると、冒険者のおじさんたちは起きていたけれど、他のメンバーはまだ眠ったままだった。

 

一瞬早起きし過ぎたかと思ったけど、周りの探索者は殆ど起きているし、ボス部屋に入る列も出来はじめている。

だから、単純にパーティーメンバーがみんな寝坊しているということだ。

 

“周りが騒がしいのによく寝てられるわね。今更だけど、どういう神経をしてるのかしら”

そんなことを考えながら寝転んでいるメンバーを見おろしていると、赤鼻兄弟と探索者が殆ど同時に起きあがった。

そして、探索者がリーダーを揺すって起こすのと同時に、禿げおじさんがボンボンを揺すって起こしていた。

 

みんなが起きるとすぐに朝食が配られた。

どうやら私が起きる前に、冒険者のおじさんたちが用意していたみたいだ。

なので、最後にボンボンが起きてから20分後には、私たちはボス部屋に入る列に並んでいた。

 

私たちは2つのパーティーに分かれているので、先に私、赤鼻兄弟、禿げおじさんがボスに挑戦し、次にリーダー、探索者、ボンボン、白髪のおじさんがボス部屋に挑戦することになった。

 

私たちの前には3つパーティーが並んでいたけど、たったの15分で順番が回ってきた。

1階層のボスはコボルトケンプファー。

低層階のボスのなかで一番弱い魔物だと聞いていたけど、どうやらほんとに弱いみたいだ。

 

ボス部屋の扉が開いたので、私と赤鼻兄弟は禿げおじさんを残して部屋の中心に駆け寄った。

そして、立ち上がった煙を3人で取り囲むと、煙の中からコボルトケンプファーが現れた。

 

ボスはコボルトと背丈が殆ど変わらないけど、ガッシリした身体つきだ。

そして、剣鉈という刃渡りが40cmくらいの幅広で片刃の剣を持っていた。

 

次の瞬間、私たちが一斉に剣を振りおろすと、コボルトケンプファーはその攻撃をまともに受けて、『グエ〜ッ!』と叫んだ。

すると、苦し紛れに剣鉈を振りあげ、闇雲に振りおろしてきた。

 

“遅い......”

私は魔物の正面に陣取っていたので、攻撃をどう躱そうかワクワクしていたけど、攻撃スピードが普通のコボルトと同じくらいだったので、正直ガッカリした。

 

『はぁー』

私は溜め息を吐きつつ1歩さがって攻撃を躱すと、すぐに前に出て連撃を加えた。

その後もコボルトケンプファーの攻撃を躱しながら、攻撃を加えていると、3分足らずで煙に変わった。

 

『ガハハハ。大したことなかったな』

『まぁ。コボルトなんてこんなもんだろ』

赤鼻兄弟は余裕の勝利に気をよくしているようなので、私はドロップアイテムを拾って2階層につながる扉に向かった。

 

2階層の入口小部屋に出ると、赤鼻兄弟はドカッと床に座った。

そして、私と禿げおじさんに座るよう促した。

 

私たちが床に座ると、少し神妙な顔つきで赤鼻兄弟の兄が話しかけてきた。

 

『なぁ。ロクサーヌ。お前、たまにパーティー抜けたいって言ってるけど、アレってマジか?』

『そうだけど、急にどうしたの?』

『いや、そうか。

この前飲んだときにアイツが『そろそろ次の獣戦士探さねえと』って、ボロッと言ったんだよ。そのあとヤバッて顔してたから、他のメンバーには隠しておきたかったみたいだけどな』

赤鼻兄はそう言いながら、リーダーに向けてクイッと顎をしゃくった。

 

『知らなかったんだ...... あの人には半年前から本気で抜けたいって言ってたんだけど、色々理由をつけて抜けさせてくれなかったの。

最近はその話をすると、代わりの獣戦士を探してこいって怒鳴られるから話にならなくて困ってる』

『そうだったのか......』

私が答えると、赤鼻兄は少しショックを受けたようだ。

 

『なんでだ?』

『えっと、理由は2つあるんだけど、1つ目はこのパーティーじゃ成長出来ないってこと』

『どういうことだ?』

『私は殆ど戦闘させてもらえないから』

『それは、まだガキだから仕方ねえだろ』

 

『私は戦えるよ。パーティーが休みの日はソロ探索してるし......』

『そうか...... ソロでやってたのか』

『うん。だから......』

私が言葉を続けようとすると、赤鼻兄は片手をあげて止めさせた。

 

『まあ、戦えるのはわかってた。さっきも普通に戦ってたしな』

『えっ!』

『リーダーの方針でお前は戦わせないことにしてんだ。あと、ボンボンの希望でもあるしな』

『えっ?どういうこと?』

私が混乱していると、赤鼻兄は呆れた顔をした。

 

『ロクサーヌ。お前、リーダーに狙われてるって気づいてねえのか?』

『えっ?狙われてる?えっ?どういうこと?』

『アイツ、お前とヤろうって思ってんだよ』

『......』

私は自分が性的に狙われているなんて考えてなかったので、赤鼻兄の言葉を聞いて思わず絶句してしまった。

そして、最近のリーダーの行動を考えた。

 

リーダーは私のからだを舐め回すように見ることがあるし、ボンボンほどあからさまじゃないけど、スキンシップを取ろうとすることもある。

以前は彼の機嫌を損ねる態度を取ると反射的に怒鳴られたけど、最近はパーティーを抜ける話し以外ではあまり怒鳴らなくなった気もする。

 

リーダーがあまり怒鳴らなくなった理由は、私が昔みたいにむやみに口ごたえしなくなったから。

それと、1年以上一緒に探索を続けてきたので多少は打ち解けたからだと思っていた。

 

あと、もう一つ。

一番大きな理由は、私がパーティーから抜けると獣戦士の恩恵が受けられなくなるから...... 

だから怒鳴らなくなったのだと......

思ってたんだけど......

 

まさか性的に狙われてたなんて......

 

改めて性的に狙われてるからだと思うと、ゾワッと背筋に悪寒が走った。

でも、リーダーと探索者は恋人関係だったはず......

 

『そんな...... でも、あの人には探索者の......』

『はぁ〜。アイツは女癖わりいんだよ。

取っ替え引っ替えヤッてるし。お前くらいの歳の女にも手を出してる』

『そう...... でも彼女は気づいてないんじゃ......』

『心配しなくてもあのビッチも似たようなもんだ』

 

『えっ?』

『アイツ、一応リーダーの女だけど、酔っぱらうと誰にでも股を開くんだよ』

『そうそう。俺は何度かヤッたことあるぜ。確かアニキもあるよな。ヘヘッ』

『チッ!余計なこと言うんじゃねえ!』

赤鼻弟が会話に割り込むと、赤鼻兄はちょっと機嫌が悪くなった。

 

『まあまあ。 それよかアイツ、あれだけ嫌ってるボンボンにも週イチでヤラせてるんだぜ』

『そんな.....』

『まあ、ボンボンからはカネ取ってるみてーだけどなwww』

『......』

 

『と、とにかくリーダーはお前がもう少し育つまで、強くさせたくねえんだとよ』

『そうだった...... 気づかなかった』

 

『ボンボンについては今さら言うことはねえだろうが、これからはリーダーにも気をつけな』

『......はい』

私が軽い絶望感に打ちひしがれていると、赤鼻兄がニヤッと笑って話を再開した。

 

『まあ、それが厳しいなら俺の女にしてやってもいいぞ』

『えっ?えっ?どういうことですか?』

『どうもこうも、俺なら強くさせねえなんて、みみっちいことは言わねえぞ? それに、俺の女になったらリーダーから狙われることも無くなるぜ』

 

『えっと、狙われることが無くなるのは嬉しいですけど、お断りします』

『チッ!即答かよ。

仕方ねえ。で、もう1個の理由は?』

『えっ、あっ、はい。

その、もう1つの理由だけど、実はこっちの方が深刻で.....』

 

そうして2つ目の理由を話そうとしたとき、リーダーたちが入ってきた。

すると赤鼻兄は『チッ!続きはまた後だ』と小声でつぶやいて立ちあがると、リーダーに『ヘヘッ。おせえじゃねえか』と話しかけた。

 

私は1番深刻な理由を話せなかったので少し気分がモヤッとしたけど、リーダーやボンボンに聞かれるとロクなことにならない気がするので、口を噤むことにした。

 

『こっちはボンボンがいるから1人少ねえんだ。仕方ねえだろ。』

『ガハハハ。そういうことにしておいてやる。

で、こっからはいつも通りか?』

『ああ。だが、今回はまっすぐボス部屋を目指す。

で、2階層のボスを倒したら、もう一度ここに戻ってまたボス部屋を目指す』

 

『ん?2階層を周回するってことか?』

『正解だ。なんせこの階層はナイーブオリーブだからな』

『ヘヘッ。そういうことか』

『ああ。せっかくクーラタルまで来たんだ。儲けないとな』

リーダーがドヤ顔をすると、何故かすぐ後ろにいたボンボンもドヤ顔をしていた。

 

◆ ◆ ◆

 

2階層の入口小部屋を出発して5分後、私たちは魔物の群れに接敵した。

群れと言ってもナイーブオリーブが2匹なので、半年くらい前にサボージャの南迷宮で戦いかたは経験済みだ。

とは言っても私は戦わせてはもらえないけど......

 

そう考えていると、いつものように前衛4人が駆け出した。

そして、リーダーと探索者、赤鼻兄弟に分かれてそれぞれ魔物を壁際に押し込んだ。

私は片手剣を構えて赤鼻兄弟の後方で隙を窺っていると、兄弟が同時に少しだけ左側に回り込んだ。

 

あっ!右が空く!

私は反射的に右側に回り込むと、壁と赤鼻兄の間に狭いけど私なら入り込める隙間があった。

チャンスだ!

私は躊躇わずに隙間に飛び込み、片手剣を突き立てた。

 

ナイーブオリーブは鞭のように2本の腕を振り回すけど、私たちは3人で囲んでいるので必ず1人はフリーになる。

それから3分ほど戦うと、ナイーブオリーブは煙に変わった。

 

私はオリーブオイルを拾ってからリーダーたちの方を振り向くと、彼はまだ探索者と2人で戦っていた。

すると赤鼻兄は苦笑して、『まだかかるな。ちっと休むか』と言って、その場から10mほど離れた。

そして、ドカッと座ると私たちに手招きし、隣に座るよう促した。

 

私と赤鼻弟、そして禿げおじさんが赤鼻兄の方に近寄ると、ボンボンが振り向いてこちらに近づこうと一歩踏み出した。

だけど次の瞬間、『テメーの方は戦闘中だろっ!』と赤鼻兄に一喝されると、『チッ!』と舌打ちして彼を睨み、渋々と戦闘中のリーダーの方に向き直った。

 

ボンボンはチラチラとこちらを気にして振り向くけど、目の前でリーダーたちが戦っているので、音が五月蝿くてこちらの声は聞こえないだろう。

私が赤鼻兄の右側、赤鼻弟が左側、禿げおじさんが正面に座ると、彼は口を開いた。

 

『ロクサーヌ。さっきの続きだ。もう一つの理由ってのは?』

『もう一つはお金』

『取り分が不公平ってやつか』

『それもあるけど、それよりもこのパーティーの収入だけじゃ税金が払えないから』

 

『えっ?お前、まだ成人じゃ......』

『私は次の冬に15歳になるから、税金取られる年になるの』

『そうか...... それじゃ、パーティー以外のアテはねえのか?』

 

『ソロ探索で稼げる。1階層だけしか回れてないけど、パーティーよりもずっといい』

『ソロって... そんなに稼げるのか?』

『うん。日に200ナール以上は。

余裕は無いけどソロだけでやれば毎年税金くらいは何とかなる』

『何とか......か。なら、やっぱり俺の女になれ』

『えっ?なんで?意味がわからない』

 

『俺は家業の方の稼ぎがあるからカネは大丈夫だ』

『ソロでやってけるから、パーティーを抜けるだけで十分だよ』

『そうじゃねえ。俺の女になるなら抜ける必要ねえっつてんだ』

『嫌だよ。何でアナタの女にならないといけないの』

『俺なら浮気しねえし、夜も満足させてやるぞ』

 

『えっ、夜... もっと嫌っ!』

『く、なんでだ!』

『だって好きじゃないし』

『んなっ!そんなん一度ヤれば...』

赤鼻兄が鼻息を荒らげると、赤鼻弟がガシッと肩を掴んだ。

 

『ガハハハ。振られてやんのwww』

『う、うるせぇ!女なんて1発ヤれば大抵落ちんだよ!』

『まあまあ。それよりアイツらも終わったみてえだぞ』

 

赤鼻弟がリーダーたちを指差すと、赤鼻兄は『チッ!話はまた今度だ!』と言って立ち上がった。

そして、戦闘が終わって肩で息をしているリーダーたちの方に近づいていった。

 

リーダーは一瞬こちらを見て訝しそうな顔をしたけど、赤鼻兄がニヤニヤしながら近づき『随分遅かったじゃねえか』と言うと、不機嫌そうに『チッ!次だ。とっとと行くぞっ!』と言って地図も見ずに歩き出した。

 

私はいつも通りドロップアイテムを拾って、私たちの分と合わせて探索者に渡そうとしたけど、彼女もリーダーと同じように不機嫌そうに私を睨んで、『なに笑ってんのよ!』と怒鳴って私の手からアイテムをひったくった。

 

特に何も意識していた訳ではないのだけど、普段から私に対して悪感情を抱いている彼女には、どうやら私がニヤついているように見えたようだ。

 

 

その日は予定通り2階層を周回し、魔物を何度も倒した。

ボスのパームバウムも4回討伐したので、リーダーたちは上機嫌だった。

 

夕方になると、リーダーが冒険者のおじさん2人にどこで仮眠を取るか相談し、昨日と同様1階層の待機部屋で休むことになった。

最初リーダーは2階層の小部屋で休もうと思っていたようだけど、おじさんたちから盗賊と出くわす可能性や装備品を窃盗される可能性を示唆されて改心したようだ。

 

私は今日も安全な場所で休めると思いホッとしたけれど、昨日に続きボンボンが騒ぎ出した。

彼は2階層の小部屋でザコ寝するよう主張し、『き、昨日はあんたの言い分を飲んだんだから、今日はお、俺の言うことをきき、聞け!』と言って、リーダーに詰め寄った。

 

しかし、逆に胸ぐらを掴まれて『なんだぁ!じゃあてめえは俺が寝てる間、寝ずに見張っていれんだな!』と怒鳴られると、ウグッ!と唸って口ごもった。

リーダーは自分が1階層で休むことに納得した直後に、それをぶり返したボンボンに怒り心頭なようだ。

 

リーダは怒鳴ってから30秒ほど睨みつけていたけれど、ボンボンが目を逸らせて黙っていると、『チッ!余計なこと言ってんじゃねえ!』と言い放って彼を突き放した。

 

その後、ボンボンは冒険者たちに『俺の代わりに寝ずの番をしろ』と命令していたけど、『お館様から迷宮内に宿泊する場合は安全な場所にするよう言われております。

命令に背くことになりますので、坊っちゃんの頼みでもお断りさせて頂きます』と言われ、癇癪を起こして地団駄を踏んでいた。

 

それから2時間後、私たちは1階層の待機部屋に到着した。

そして、昨日と同じように夕食を済ませると、恨めしそうにブツブツと何かつぶやいているボンボンや、私と話したそうにしている赤鼻兄弟を無視して女性用休憩スペースに向かった。

 

◆ ◆ ◆

 

翌朝。

私は目を覚ますと、すぐに身支度を整えてパーティーメンバーが寝ていた所に移動した。

すると、前日と同じように冒険者のおじさんたちは朝食の準備をしていた。

そして、今日は他のメンバーも起きはじめていた。

 

1時間後、私と赤鼻兄弟、それと冒険者の禿げおじさんは、コボルトケンプファーを倒して2階層の入口小部屋に着いた。

3階層のスパイスパイダーはドロップアイテムに旨味がなく、毒を受けるかも知れないので、今日も昼過ぎまでは2階層を周回することになっている。

その後は迷宮を出て冒険者ギルドまで歩き、フィールドウォークでアイエナに帰る予定だ。

 

リーダー、探索者、ボンボン、白髪おじさんの4人も、10分もすればボスを倒して私たちに合流するだろう。

そう思いながら休憩しはじめると、赤鼻兄は昨日に続いて私がパーティーから抜けないように説得をはじめた。

 

赤鼻兄は色々と条件を変えて説得してきたけど、必ず“赤鼻兄の女になる”という条件が入っているので頑なに断わり続けた。

すると、ついに『2人でパーティーを抜けて組めばいい』とか、『パーティーを抜けて俺の妻になれ』など、パーティー脱退はリーダーの許可がないと決まらないにもかかわらず、勝手に自分の女にするための条件に付け加えだした。

 

そのときリーダーたちが合流してきたので赤鼻兄は話を止めたけど、ボス討伐後の待機の度に“自分の女になるよう”私を説得し続けた。

幸い説得していることをリーダーに知られたくなかったようで、長時間拘束されるようなことはなかったけど、それでも何度も断り続けなくてはならず、探索が終了する頃には精神的にかなり疲れてしまった。

 

探索が終了して2日ぶりに迷宮の外に出ると、クーラタルの街は夕方特有の喧騒に包まれていた。

商店に買い物にきた人、店先で酒を飲んでる人、広場で井戸端会議をしているおばさん、さらに迷宮から出てきた探索者が入り混じり、人でごった返している。

2日前も混んでいると思ったけど、今はそれを上回る混み具合だ。

 

私たちは迷宮を出ると、先ずは目の前にある探索者ギルドに入った。

取り急ぎ今回の探索で獲得したドロップアイテムを売るそうだ。

 

探索者ギルドに入ると、そこは大きなホールになっており、正面には受付カウンターが30ヶ所もあった。

ホールの左側にはとても大きな掲示板があり、その大きさはアイエナの冒険者ギルドの5倍はある。

少し離れた場所にも掲示板があり、そちらの大きさもアイエナの3倍はありそうだ。

 

ホールの右側には2階に上がる階段が見えるけど、その幅が尋常じゃない。

5m以上あるだろうか、パーティーどうしが余裕ですれ違えている。

バーは併設されていないけど、それでも今まで見たこともない大きなギルドだった。

 

私は巨大なギルドに圧倒されて入口付近で立ち止まってしまった。

次の瞬間ハッとして周りを見ると、他のパーティーメンバーも同じように立ち止まっていた。

みんなもこのギルドの迫力に圧倒されているようだ。

 

そんななか、冒険者のおじさんたちは探索者の女性を連れて、一番列が短そうな受付カウンターに並んでいた。

それから10分ほど待つと、ドロップアイテムを売った3人が戻ってきた。

 

詳しく教えてくれなかったけど、今回の売却額はいつもの5倍以上だそうだ。

リーダーたちは上機嫌で分け前の分配をはじめ、私はこのパーティーに入ってはじめて銀貨を受け取った。

 

その後、冒険者ギルドに向かいつつ、武器屋、防具屋、雑貨屋に立ち寄った。

リーダーたちは自分の新装備を見繕っていたけれど、手に取った武器の値札を見て青ざめていた。

当然私も手持がないので買える訳ではないけれど、装備したときの自分を想像しながら武器や防具を眺めるだけでも楽しかった。

 

ただ、ボンボンが、『欲しいなら買ってやろうか』と言いながら近づいてきたり、突然後ろから『それがいいんだ』などとつぶやいたり、私の前に回り込んで視界に入ろうとするので、集中出来なかったのは残念だった。

 

そうこうしつつも1時間かけて冒険者ギルドに到着すると、おじさんたちのフィールドウォークでアイエナの冒険者ギルドまで移動した。

 

アイエナに着くとパーティーは解散となり、リーダーたちは遠征の打ち上げと言ってバーで宴会をはじめたので、私は冒険者のおじさんたちにお礼を言って、そそくさと帰宅した。

 

◆ ◆ ◆

 

翌々日。

冒険者ギルドに行くと、次に来たのはリーダーだった。

しかも今日は1人だ。

 

いつもと違うので首を傾げていると、壁際で佇む私に気づいて近づいてきた。

目が合ってしまったので、私からリーダーに声をかけた。

 

『おはようございます』

『おう』

リーダーは返事をしたあと、気不味そうに話しはじめた。

 

『今日は迷宮は無しだ』

『えっ?』

『代わりに知り合いの女と模擬戦してもらう』

『模擬戦?メリットが無いから嫌だけど』

『一応報酬は出す。銀貨1枚だ』

 

えっ!銀貨1枚?

たかだか模擬戦するだけでそんなにもらえるの?

疑問に思いながらリーダーの顔を見ると、彼はサッと目を逸らせた。

あまりにも怪しい態度なので『ほんとにもらえるの?』と彼に聞くと、『ほ、ほんとだ。とにかく報酬は出るんだから文句無いだろ』と早口で返事をした。

 

『なら、先払いで』

『なっ!それは無理だ』

『えっ?じゃあやらない』

私はリーダーが信用出来なかったので模擬戦を断わると、彼は顔を真っ赤にして怒りだした。

 

『なっ!何でだっ!銀貨1枚だぞ!』

『そんなの信用出来ないからに決まってるでしょ。終わったあとに難癖つけて、払わないとか減額しないって保証ある?』

『んなっ!』

図星を突かれたのか、リーダーがまともに答えられなかったので、追撃することにした。

 

『だいたい模擬戦したいならリーダーがやればいいでしょ』

『向こうがお前を指名してんだよ』

『えっ?何で?』

『知るかっ!とにかく金はもらえるんだから、お前は戦えばいいんだよ!』

 

何で自分が指名されてるのか分からないけど、必死に説得しているリーダーは全く信用出来ない。

銀貨1枚という報酬も、彼が勝手に言ってる気がする。

だから、私は自分の要求が通らないなら、彼には従わないことにした。

 

『だったらなおさら先払いじゃなきゃ、模擬戦なんてやんない』

思いっきり断わるとリーダーは顔をヒクつかせたけど、すぐに何か思いついたようにニヤついた。

 

『ロクサーヌ。お前今年15歳になったよな。カネ稼がねえと困るんじゃねえか?』

『......別に?』

私が素っ気ない態度を取ると、リーダーは目を丸くして驚いた。

 

『はぁ?お前、税金払えんのか?』

『ソロで迷宮に行けば十分稼げるよ』

『えっ?そんなわけねえだろ』

 

リーダーは本気で“私にはソロ探索は出来ない”と思っているのか?

それともパーティーで探索したときの分けまえだけで、税金を払えると思っているのだろうか?

彼が何を考えているのか分からないので、聞いてみることにした。

 

『何言ってんの?実際にソロで戦って稼げてるから、前から私はパーティー抜けたいって言ってたんだよ?

少なくてもソロの方がパーティーの分けまえよりずっとマシだし。

それともリーダーは、あれっぽっちの分けまえで税金払えると思ってたの?』

『なっ!お前、気づいて...... い、いや...... それは......』

 

私が疑問を突きつけると、彼は一瞬目を見開いて驚いた。

そして、隠していたことを口走りかけたようで、咄嗟に誤魔化そうとしたけれど、うまく説明出来ずに気まずそうに目を逸らせた。

 

その態度を見て、リーダーは私が税金を払えなくなることを目論んでいたことに気が付いた。

そしてどうやら、私が税金のことを考えているとは思ってもいなかったようだ。

 

何でリーダーはそんなことを......

私に借金を負わせようとした?

それとも困ったときに、何かするつもりだった?

それとも私をいじめようとしてるの?

そういえば赤鼻兄が、“リーダーが私を狙ってる”って言っていたような......

 

私が考えこんでいると、リーダーが『チッ!』と舌打ちして、『分かったよ。先に払えばいいんだろ!』と怒鳴りながら、懐から銀貨を1枚取り出した。

そして、『受け取れ!』と言いながら私に放り投げたので反射的に掴むと、『払ったから文句言うなよ。ついてこい!』と言って踵を返した。

 

手を開くと、そこには間違いなく銀貨があったので、私は小さく溜め息をついて彼のあとについて行った。

 

◆ ◆ ◆

 

リーダーに付いていくと、そこは周りが2mくらいの高さの土手で囲まれた広場だった。

広場自体は20m四方はあるだろうか?かなりの広さだ。

土手の上にはいくつかベンチがあり、何人かが座って広場を見おろしている。

そしてその中には見覚えがある人がいた。

 

アレは...... ボンボンと探索者だ。

よく見ると、彼はいつもと同じように嫌らしそうな視線を、彼女は何故か?ニヤニヤしながら私に視線を向けていた。

赤鼻兄弟は見当たらないけど、代わりに広場の片隅に、10人くらいだろうか?私を睨んでいる女性の集団がいた。

 

私とリーダーが広場に入ると、女性の集団から1人の見るからに良い装備を着けた女性が進み出た。

そして、私を睨みつけて『チッ!こんなブスに!』と小声で口走ると、すぐに上から見下すような顔つきになった。

 

『おーほっほっ。聞いてた通り貧相な顔ですわね。それに下品な身体つき。貴女がロクサーヌで間違いないわね』

『......そうだけど』

初対面なのにいきなり何?失礼過ぎない?

 

私の顔が貧相?

アナタの顔なんて歪んでいるじゃない!

下品な身体つきってどういうこと?

自分の胸が小さいからって私に嫉妬してるの?

 

あまりにも失礼な態度に瞬間的に頭に血が上ってしまい、思わず彼女を睨んでしまった。

 

『フンッ。何その態度。目上の人への礼儀も知らないの?顔だけでなく、あたまの中も貧相なようね』

彼女はさらに私を貶める言葉を吐くと、後ろの女性たちに振り返り、『貴女たちもそう思いますわよね』と言って同意を求めた。

 

すると女性たちも『お嬢様の言う通り、知性の欠片も感じられませんわ』とか、『所詮は下級市民ってことですね』とか、『きっとまともな教育を受けたことが無いのでしょう』とか、『男に尻尾を振って生きてるに違いありませんわ』など、口々に私を罵りだした。

 

私は何故初対面の人たちに謂れのない誹謗中傷を受けなくてはならないのか分からなかったので、ムッとして反論した。

 

『アナタは誰?それに後ろの失礼な取り巻きたちも。

初対面だし、そんなこと言われる覚え無いんだけど』

『はぁ?彼女たちはともかくこのワタクシを知らないのですか?よく今までこの町で生きていられましたわね』

彼女は呆れた感じでそう言うと、リーダーに視線を向けた。

 

『俺は言われた通り“模擬戦”ってことでコイツをつれてきただけだ。アンタのことを伝えろとは言われてないから、何も伝えてないぞ。

それより約束の金は払ってくれるんだろうな』

『フンッ!気が利かないくせに金の無心ですか。まったく、意地汚い男ね』

 

リーダーが報酬を要求すると、彼女はあからさまに馬鹿にして、あっちに行けとばかりにシッシッと手を振った。

すると、リーダーは見る見る顔を赤くして、ワナワナとからだを震わせた。

 

『なっ!てめえ!払わねえ気か!』

『何?貴方。バラダム家に逆らうつもり?』

リーダーは拳を握って一歩進み出たけど、彼女に脅されると『い、いや。そんなつもりは......』と言って拳を開き、目が合わないよう視線を下げた。

 

『フンッ。情けない。

まあいいわ。あそこにうちの家令がいるから、報酬は彼から受け取りなさい』

彼女が土手の上を指差すと、リーダーは『あ、ああ。分かった。じゃあ、俺はこれで』と言って歩き出した。

しかし、すぐに立ち止まると、『あの、まだ味見してねえんで、その、やり過ぎねえようにしてくれると助かるんだけど......ヘヘッ』と、愛想笑いを浮かべて彼女に小声で話しかけた。

 

彼女はリーダーの言葉を聞くとキッと彼を睨みつけ、『はあっ!何でこのワタクシが、貴方なんかの要求を聞かなければいけないの!

このゲスが!私の気が変わらないうちにとっとと立ち去りなさい!』と言って怒鳴り声をあげた。

 

リーダーは『ヒッ!』と情けない声をあげて肩をすくめると、そそくさと家令の方に向かって走り去った。

 

そういえば、いまこの人はバラダム家って言ってた。

バラダム家っていえば、アイエナでは一番大きな商会で、確か...... 高慢チキな娘がいるって噂を聞いたことがある。

さっきまでの言動を考えると、きっと彼女が噂の娘で間違いないんだろう。

 

そう思いながら彼女を見ていると、『貴女のようなビッチがいると、私の町の品位が下がりますの。お分かり?

その貧相な顔を斬り裂いて、二度と表に出られないようにして差し上げますわ』と言いながら剣を抜いた。

 

えっ!真剣でやるの?模擬戦じゃないの?

それにあの女、いま私の顔を斬り裂くって言った?!

こ、これじゃあ決闘じゃない!

私は慌てて剣を抜いて構え、彼女の言葉に反論した。

 

『さっきも言ったけど、貴女にそんなこと言われる覚えはない』

『はぁ?分からないのですか?私の町の品位が下がるの。つまり、貴女の存在自体が迷惑なんですよ』

『なっ!何でそんなこと言われなくちゃいけないの!

だいたい私の町って、貴女町長でもないくせに、頭おかしいんじゃないの?』

 

『はあっ!雌犬のクセに生意気なっ!貴女みたいな女のクズは、このワタクシが叩きのめして差し上げますわ。

顔を斬り裂くくらいで済ませてあげようかと思いましたけど、手脚の1本くらいは覚悟しなさい!』

彼女はそう叫ぶと、剣を構えて突っ込んできた。

 

私は攻撃を左の木の盾で逸らすと、すれ違いざまに剣を横に走らせ、彼女の胴を斬り裂いた。

しかし、彼女のからだにはまったく傷が無く、ダメージを受けた感じもなかった。

 

いったいどういうこと?

私の攻撃は確実にヒットしたはず。

彼女も斬られた実感があったようで、攻撃された箇所を触って確認している。

 

再度彼女が攻撃してきたので、今度は躱して肩口に剣を突き入れたけど、攻撃はヒットしたものの、やはり彼女にダメージはないみたいだ。

 

『ふふっ。ふふふっ。ふふふふふふふふっ。

貴女の腕と、そのなまくらでは、私の防御は破れないようですね。

あははははははは。

貴女の貧相な攻撃力では役不足ですが、殺さないように手加減してあげますから、せいぜい地べたを這い回って愉しませて下さいね』

彼女はそう言うと、ニヤニヤしながら剣を振り回しはじめた。

 

私は彼女の攻撃を躱しながら、防具の無い場所を狙って攻撃することにした。

しかし、何度上腕や太腿などを斬っても全くダメージを与えられない。

よほどいい装備なんだろう。

どうやら今の私の力では、彼女にダメージを与えることは出来ないみたいだ。

 

『ふははははははは。男を誑かすしか取り柄のないような貴女程度の腕では、まったく相手になりませんわね』

彼女は私の攻撃が効かないことに気を良くしたのか、先ほどよりも大振りになり、当たれば間違いなく致命傷を与えるような攻撃を繰り出しはじめた。

 

『ハッ! ハッ! そこですわ! クッ! 何故当たらない!』

私は反撃を最低限にし、攻撃を躱すことに重点をおいて相手をしていると、段々彼女の顔が険しくなってきた。

 

『まともな攻撃も出来ないくせに! いい加減諦めて、ワタクシの前に這いつくばりなさい!

そして、“売女の負け犬”と改名するならその貧相な顔を斬り裂くくらいで許して差し上げますわよ!』

自分の攻撃が当たらないことに業を煮やしたのか、とんでもないことを叫びだした。

 

お金を受け取ってしまってるから付き合ってるけど、何でそんなことを言われなくちゃいけないの!

いい加減にしてっ!

次の瞬間。私は頭が真っ白になった。

 

そして、『ふっ、ふざけんなっ!』と叫びながら、彼女の剣を躱しざまに自分の剣を突き出した。

すると私の剣は、彼女の眉間に吸い込まれた。

 

『ヒィッ!』

彼女は眉間を突かれて顔が後ろに反り返えり、流石に恐怖を感じたようで短く悲鳴をあげた。

私は手首にゴンという衝撃が伝わってきて、ハッとした。

 

あっ!しまった!

あまりにも頭にきて、思わずカウンターを放ってしまった。

手首に伝わった衝撃の強さを考えると、致命傷を与えたかも知れない。

私は焦って彼女の様子を見たけど、彼女は顔を仰け反らせて1、2歩下がっただけで、やはりダメージは無いようだ。

 

えっ!これでも無傷なの?!

かなりの手応えだった。間違いなく剣はヒットしたはずだし、普通なら致命傷を与えるところだったはず。

あれでダメージが無いなら私に彼女は倒せないだろう。

 

どうしよう。どうすれば......

私はどうすればよいのか分からないので、少し考えこんでいると、復活した彼女が叫んだ。

 

『よ、よくも驚かしてくれましたわね!貴女のような卑しい小娘は、地べたに這いつくばればいいのよ!』

彼女は激高すると、先ほどよりも勢いよく剣を振り回しはじめた。

しかし、私がその攻撃を受ける必要は無いので、先ほどと同じように彼女の攻撃を躱した。

 

『くっ。卑怯者!ちょこまかと逃げ回って!』

『逃げてない。躱してるだけ』

『あと少しのところですのにっ!

あーっ! もうっ! どうして当たらないの!』

 

彼女は癇癪を起こしながら剣を振り回していたけど、10分ほど躱し続けていると、剣を振り下ろした勢いにからだを支えきれず、前のめりに倒れてしまった。

 

『ハァ、ハァ、ひ、卑怯者! に、逃げずに、た、戦いなさい!』

『はあ?意味分かんない。貴方が弱いだけでしょ。

手加減するのも疲れるし、これ以上やっても時間の無駄』

 

『なっ! ななっ! このワタクシになんてことっ!』

『はぁー』

私は大きくため息をついてから、顔を真っ赤にして抗議している彼女を無視して最後の言葉を投げかけた。

 

『ほんと残念。大口叩くからどれだけ強いのか期待してたのに、全く時間の無駄。付き合って損した。

立てないみたいだし、私は帰るから』

『ま、まだ。これくらいで……』

 

彼女は未練がましく模擬戦を続けようとしたけれど、蹲ったまま息も絶え絶えな状態なので、これ以上は無理だろう。

それに、先ほどからの彼女の態度には、私もいい加減頭にきた!

これ以上付き合いたくはないので、私は踵を返した。

 

『ふんっ!さよなら!』

『あっ!ま、待ちなさいっ!

しょ、勝負を投げ出すなら引き分けだわ!』

立ち去る私に何か叫んでいたけど、彼女の態度に腹を立てていたので、そのまま無視してその場から立ち去った。

 

 

翌朝。

冒険者ギルドに行くと、入口の前に昨日模擬戦をしたリーダーの知り合いの女がいた。

確か、バラダム家って言ってたかな?

周りをキョロキョロと見廻してるので、どうも誰かを探しているみたいだ。

 

どうでもいいけど、まさか私が目当てじゃないよね?

なんだか嫌な予感がする......

立ち止まってそんなことを考えていると、彼女が私に気づいたようで、こちらに歩いてきた。

 

『おーほっほっ。ロクサーヌ。昨日はうまく逃げられましたけど、今日こそ制裁してあげますわ!』

『悪いけど、昨日は依頼だから模擬戦したの。

貴女じゃ相手にならないし、昨日も言ったけど時間の無駄。

お金もらっても、もうやらないから』

『なっ!』

私は昨日の仕返しのつもりで嫌味を込めてあしらうと、彼女は怒りに肩を震わせた。

 

『じゃ、さよなら』

私は少しだけスッキリして彼女の横を通り過ぎようとすると、ギロッと睨んで『雌犬のくせに生意気な。いまに見てなさい。バラダム家を敵に回したこと、必ず後悔させてあげますわ』とつぶやいた。

 

彼女が何で私を目の敵にしてるのか分からないけど、もう会うこともないだろうと思い、私は彼女のことは忘れることにした。

 

その後、何度か町中で、彼女や彼女の取り巻きらしい女から嫌がらせを受けることがあったけど、その場で倍返しにしてたら直接何かされることはなくなった。

 

その後は直接手は出さず、突然大声で嫌味を言ってきたり、変な噂を流そうとしていたようだったけど、キチガイじみた言動や行動が目立って逆に自分たちの評判を落としたようで、数日したら彼女が私をかまうことはなくなった。

 

そして、自然と私の中で、彼女の存在は消えてしまった。

 

◆ ◆ ◆

 

それから数日経った。

 

クーラタルから帰って以降薄々感じていたけど、リーダーや赤鼻の兄弟たちが、やたら馴れ馴れしく話しかけてくるようになった。

 

以前はボンボン僧侶だけ気を付けていれば良かったけど、今ではパーティーの男性メンバー全員から絡まれるようになり、とても居心地が悪い。

 

反対に、探索者の女性からは、今まで以上にキツく当たられるようになっている。

 

パーティーに加入してから1年半、彼女からはずっとキツく当たられてるから今さら気にならないんだけど、それよりも迷宮探索をしていると、やたら魔物や他のパーティーが居ない場所を探していたり、ボスと戦うつもりもないのに待機部屋にとどまろうとしたりするようになったことの方が気になる。

 

それに休憩していると、冗談混じりに『戦闘では役に立たないから、夜にからだで奉仕するのがいいと思うぞ』とか、『俺の女になって 下の世話をしてくれ』とか言ってきたり、ときには“アレ”の大きさのことや自分が抱いた女性の具合のことなど、わざと性的なことを言って私の反応を見たりする。

 

それに、他の女性と私の身体つきを比較して、『アイツよりロクサーヌの方がデカイな』と言いながら胸を触ろうとしたり、舐め回すように嫌らしい視線を向けてきたりすることも、当たり前のようになってきた。

 

探索者の女性に助けを求めるよう視線を送ったこともあったけど、困っている私を見てニヤニヤしていたので、いざという時に彼女に頼ることは出来ないと思った。

 

さらに、魔物と戦っているときに僧侶が私の後ろに回り込んで、“はぁ、はぁ”と息を荒らげながらゴソゴソと何かをしていたこともあった。

 

さすがにそのときは魔物に集中出来ず、気持ちが悪くて振り向くことが出来なかったし、それ以降探索中は、僧侶の動きにも警戒する羽目になってしまった。

 

そんなことがあったので、さすがの私も身の危険を感じていた。

だから、とにかく早くパーティーを抜けるため、朝、冒険者ギルドで集まったとき、わざと周りの探索者にも聞こえるように、『今日こそ脱退させて!私はもうパーティーでは探索に行かない!』と宣言した。

 

周りの探索者たちがザワつく中、リーダーは一瞬躊躇したけど結局いつも通りの主張をした。

 

『今はダメだ。代わりの獣戦士が見つかるまで、脱退は認めねえ』

『見つかるまでって、もう半年も言ってるけど』

『見つからねえんだから仕方ねえだろっ!』

『だったら獣戦士抜きで頑張ればいいでしょ!』

『う、うるせぇ! とにかく抜けるのは認めねえ!』

 

リーダーはそう言い捨てると一方的に議論を打ち切った。そして、『時間が勿体ねえ。お前ら行くぞ!』と怒鳴り、まだザワついている探索者たちの間を縫って冒険者ギルドから出て行った。

 

リーダーのあとを他のメンバーは追っていったけど、ボンボンだけは私の前で一瞬立ち止まり、『パ、パーティー抜けたら俺が引き取って、いい思いさせてあげるよ。ヒヒッ』と気持ち悪い声でつぶやいた。

私はゾワッと背筋に悪寒が走ったけど、何もしないわけにはいかないので、仕方なく彼らから少し距離をあけて迷宮に向かった。

 

その日、迷宮内では殆ど会話が無かったけど、探索自体は何事も無く終わった。

このまま私に関心を持たないならマシかな?なんて考えていたけど、3日も経つと男性たちの態度はすっかり元に戻ってしまい、また身の危険を感じるようになってしまった。

そして数日後のお昼頃、事件は起こった。

 

そのとき、探索しているうちに通路が行き止まりになった。

なので引き返そうと振り向こうとすると、リーダーと赤鼻兄弟に囲まれて、そのまま壁際まで追い込まれた。

3人とも無言だったけど、彼らは鼻息を荒くさせているし、目は血走っている。

 

“しまった!油断した!”

 

大人3人に囲まれたし、すぐ後ろからボンボンも手を伸ばそうとしている。

それに探索者の女性を見ると、彼女はニヤニヤと笑っていた。

本気で貞操の危機を感じたけど、直後、すぐ近くに魔物が2匹湧いたので、流されるままに戦闘になった。

 

助かった。運が良かった。

 

もし魔物が1匹しか湧かなかったら......

もし湧くのがあと1分遅かったら......

そう考えるとゾッとする。

今日は奇跡的に大丈夫だったけど、もう、いつ襲われてもおかしくない。

 

もう嫌だ!

こんな人たちに純潔を散らされたら、悔やんでも悔やみきれない!

明日からは朝は冒険者ギルドに行かず、直接迷宮に行って1人で探索をすることにしよう。

 

そう考えながら、その日は彼らに後ろに回り込まれないよう注意しながら、なんとか探索を終えて冒険者ギルドに戻ってきた。

 

すると、今日は何故かリーダーとボンボンの2人がいつもの席から離れ、バーカウンターの前にいた身なりの良いおじさんと話をはじめた。

ボンボンは何やら抗議しているようだけど、何を話しているのか聞こえない。

 

赤鼻兄弟と探索者の女性はリーダーが話しているおじさんを指差して、『アレは誰だ?』とか、『ヤバイ話じゃないよね?』などとヒソヒソ話しているので、どうやらあのおじさんは、リーダーかボンボンの個人的な知り合いのようだ。

 

そのまま5分ほど待っていると、リーダーたちが戻ってきた。

なぜかボンボンは不機嫌そうだ。

 

そして2人が席に着くと、リーダーはおもむろに『ロクサーヌ。お前は今日でクビだ』と宣言した。

 

えっ!クビ?!

 

今まで何度頼んでも私のパーティー脱退を認めなかったリーダーからの突然の宣言だったので一瞬呆けてしまった。

そして、そんな必要はなかったのに、何で彼が急に考えを変えたのか、無駄に考えこんでしまった。

 

赤鼻兄弟と探索者の女性も予想外だったようで、私と同じように呆けていたけど、私が黙っているうちに何やらヒソヒソと話あってから、『今日でクビだけど急だとお前も困るだろう。だから明日1日だけ迷宮探索に連れていってやる』ってニヤニヤしながら言い出した。

 

その顔を見れば、彼らが“私を慰みものにしよう”としていることが明白だったので、私はリーダーたちの要望を断わってから一瞬で立ち上がり、冒険者ギルド中に自分がクビになったことを言いふらしながら、逃げるように家に帰った。

 

私の行動に驚いたせいか、リーダーたちは呆気に取られて動けなかったみたいで、誰も追いかけてはこなかった。

そして、そのままパーティーからの脱退が成立した。

 

◆ ◆ ◆

 

「こうして私は前のパーティーを脱退しました。

それ以降はしばらくソロで探索は続けていましたけど、他のパーティーには加入してません」

「......うむ。大変だったんだな」

「はい。だから、今はとっても幸せです♥」

 

以前いたパーティーのことを話し終わると、みんな夕食を食べ終わっていた。

だいぶ長く話してしまったようで、なんだかミリアは眠そうだ。

 

私の話に思うところがあったのか。いつの間にか、セリーとベスタの頬には涙がつたった跡がある。

順番的には次はセリー、その次はミリアが話すところだけど、私の話が長かったため、彼女たちが以前いたパーティーの話は、また後日ということになってしまった。

 

彼女たちが以前いたパーティーについて興味がない訳ではないけれど、聞いている限りでは、私のように失敗談ということではないのだろう。

 

それよりも、今の私の興味は7日後に開催されるハルツ公爵との2度目の食事会の方にある。

前回ほどではないけれど、きっと何か思いもしないようなことが待ち受けているんだろう。

 

その後、私たちは食器を片付けながら、貴族の考え方や対応方法について、おさらいするのだった。

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