わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、
クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも9階層まで到達している。
いま、私とセリーはペルマスクという町に来ていて、これから鏡を買いに行くところだ。
2日前、朝食を食べているときにご主人様からたずねられた。
「やっぱりカガミって必要か?」
「あるに越したことはありませんが、どうしてもというほどでは」
どうやら食事の前に私がセリーの髪を櫛で梳かしていたことを気にしてくれているようだ。
「あんまり映りがよくないんだよなあ」
「カガミの映りはどれも同じだと思いますが。ひょっとしてペルマスクのカガミを持っておられたのでしょうか?」
ご主人様がカガミの映りについてぼやくと、セリーがそれに返事をした。
「ペルマスク?」
「帝国とカッシームとの間にある都市です」
それからセリーはペルマスクがガラス製品やそれをつかったカガミなどの高級品を生産している工業都市であることをご主人様に説明した。
「高そうだな。まあいつか探してみるか」
「ペルマスクは遠いので、高くなってしまうので、しょうがありません」
そこで私は気が付いた。ご主人様はペルマスクより遠いところから来たことに。
「ご主人様なら、直接ペルマスクへいけばいいのではないのですか」
「ペルマスクは直接飛べるような近い場所ではないそうです。だからこそ高いのです」
「なるほど、確かにそうか」
あれ? なんで? もっと遠いところから来てるなら行けるのでは?
「ご主人様なら行けるのではないですか」
私は再度、力強く言ってみた。
「ど、どうだろうな」
「何日かに分ければ行けるでしょうが、直接飛べるとは限らないのでは」
「まあ試してみる価値はあるか」
その後、ご主人様は、セリーにペルマスクまでの行き方を聞いていた。
そして、次の日から、ご主人様は毎日少しずつ町を中継し、ペルマスクまで移動するルートを確立していた。
今朝、セリーと朝食の準備をしている間に、「少し出かけてくる」と言ってご主人様はどこかに出かけていった。
すぐに戻って来たのだけれど、難しい顔をして何かを考えていた。
「どうなさったのですか」
「4時間後にちょっと用事が出来た。
4時間後......というと、日の位置はだいたいあそこくらいか」
ご主人様は日の位置で四時間後を判断しようとしているみたいだが、私は時間の把握には自信があったので別の提案をすることにした。
「4時間後ですね。そのときになったらお知らせします」
「わかるのか?」
「お任せください」
私が自信満々に答えると、ご主人様は一瞬何かを考え、
「ハラドケイか?」とぼそっとつぶやいた後に小さくうなずいた。
「わかった、よろしく頼む」
朝食後、三人でクーラタルの商業ギルドに移動し、ご主人様はルーク氏から芋虫のモンスターカードを入手した。
ルーク氏との面会が終わって商談室から出てきたとき、ご主人様は待合室にいたエルフのゴスラーさんというかたにはなしかけられ、ペルマスクのカガミを販売するような話をしていた。
どうやら先日の災害救助の際に知り合ったひとらしい。
そして、ゴスラーさんはルーク氏とも知り合いだったみたいで、ルーク氏は商談室から出てきたときにご主人様とゴスラーさんが話しているのを見て驚いていた。
ゴスラーさんとルーク氏が商談室にむかったあと、ご主人様はぽつりと毒づいた。
「はあ。エルフはみんなイケメンだねえ」
「まあそうですね」
私はご主人様以外の男性には興味がないのであっさり流した。
そしてセリーは...... すごく不信感をもってるみたい。
表情もこわねも冷めきっているわね。
「エルフと仲買人、いい組み合わせです」
「いい組み合わせなのか?」
「エルフと仲買人、ともに何を考えているのか分からない人たちです」
「そういうものなのか?」
「ドワーフならだれでもエルフには注意しろと言われて育ちます。仲買人も同様です」
ご主人様はセリーがエルフや仲買人を毛嫌いしていることに少し焦ったのか、かなりけおされていた。
「......じゃあ、家に帰るか」
そこで私はご主人様に提案した。
「まだ三時間近くあります。このままベイルに行っても大丈夫だと思います」
「分かった。ベイルの迷宮に行こう」
それからしばらくベイルの迷宮9階層でスローラビットを狩り続け、ウサギの毛皮をたくさん拾った。
そして、朝から四時間たったのでご主人様に伝えると、じゃあちょっと付いてきてと言われ、どこかの冒険者ギルドにワープした。
どうやらザビルという町らしい。
「一度ペルマスクに行ってくるから待っててくれ」
「かしこまりました。ご主人様」
ザビルの冒険者ギルドから、ご主人様は一度ペルマスクに行き、10分くらいで戻ってきた。
そして、冒険者ギルドの隅につれていかれた。
ご主人様はセリーにアイテムボックスを開かせると、銀貨を90枚いれ、私とセリーに銀貨を1枚ずつ持たせてくれた。
ご主人様は銀貨1枚は税金で、残りの90枚でカガミを2枚買うよう指示してきた。
「一緒にお買いにはならないのですか」
「ちょっとな」
私が困っているとセリーがご主人様に返事した。
「分かりました」
「一時間くらいで冒険者ギルドに戻るから」
その後、ご主人様とペルマスクの冒険者ギルドに移動した。
「それでは行ってまいります」
ペルマスクの冒険者ギルトから町の中に出るときインテリジェンスカードをチェックされ、入り市税として銀貨を1枚支払った。
冒険者ギルドを出ると、そこは白い壁の建物が立ち並ぶ綺麗な町でした。
「ロクサーヌさん。お店は私が探しますので、ついてきてもらえますか?」
セリーは初めて来たのにお店の場所がわかるのかしら......
一瞬考えたけど、セリーはあたまがいいので任せることにした。
「はい。お願いしますね」
綺麗なお店がいっぱいで、窓ごしに見えるものが色々気になったけど、セリーがどんどん歩いていくので黙ってついていくことにした。
黙ってついていくことにした......つもりだったけど......
「ご主人様も一緒にくればよかったのに......」
寂しさからか、気付いたら気持ちが漏れていた。
私は自分の言葉にハッとしてセリーをみると、なにやらぶつぶつ言いながら考え事をしていたので、聞かれてなかったと思いほっとした。
気を引き締めてこれからのことを考えると、急に不安になってきた。
「私たちだけで大丈夫でしょうか」
「まあ、なんとかなるでしょう。ロクサーヌさんは横でにっこり笑っていて下さい」
「それだけでいいのですか?」
「はい。交渉は私がやります」
「え、いいのですか?」
「はい。任せてください」
セリーが交渉してくれるなら安心ね。
私は必殺の微笑で援護ってことかな?
つまり......今日はセリーが前衛、私が後衛ってことね。ふふ。
そんなことを考えて歩いていると、お店がある区画をすぎて、工房がいくつもあるような場所に来てしまった。
私はてっきり冒険者ギルドの近くにいっぱいあった何処かの店で買うと思ってたけど、セリーには何か考えがあるみたい。
カガミを買う店の選定はセリーに任せ、私は黙ってそのままついて行くことにした。
すると、セリーはガラスを作っている工房の前でたちどまった。
大きさ的には中規模くらい。だけど、なんだか活気がある。
「こんにちは。カガミを買いに来たのだけど、いくつか見せてもらえますか」
セリーが工房の入り口にいた男の子に声をかけると、少しして工房の親方が出てきた。
「カガミを買いたいんだって? うちは.........
まあ、いいか」
親方は一瞬躊躇したあと、私を見て...... 正確には私の胸を見て、顔がほころんだ。
そして、工房のなかに案内された。
私たちは商談用の打ち合わせスペースのようなところにあったソファーに座ると、テーブルを挟んだ向いに親方が座った。
セリーが欲しいカガミのサイズや形を親方に伝えると、一度立ち上がって工房の奥に行き、希望に合いそうなものをたくさん出してきてくれた。
私は、どういった物がよいか分からなかったので親方に聞いてみると、親切に教えてくれた。
ただ、その間も胸をチラチラ見てたようだけど、私は努めて平静を装った。
30分ほど選び、装飾のないカガミと少し大きめの台座付きのカガミを1枚ずつ購入。
じつは予算オーバーだったけど、セリーが親方と交渉して予算ぴったりにまけてもらった。
工房を出たあと、小声で「滅びてしまえばいいのに......」って言っていたけれど、セリーがいて本当によかった。
冒険者ギルドに戻るとご主人様が待っていた。
「すみません。お待たせしました」
「大丈夫だ。買えたようだな」
「はい」
「じゃあ帰るか」
ペルマスクの冒険者ギルドからワープすると、クーラタルの家だった。
「やはりペルマスクから一度に飛べるのですね。さすがはご主人様です」
「......ぎりぎりだ。荷物を置いたらすぐ迷宮に飛ぶから、魔物を探してくれ」
ご主人様をよく見ると、すごく顔色がわるかった。
それからすぐにクーラタルの迷宮4階層に行き、魔物を探した。
「ご主人様、右の通路にチープシープ1匹とスパイスパイダーが2匹います」
「わかった」
ご主人様は魔物3匹を瞬殺した。
「ご主人様、さすがです。次はこちらのほうにチープシープが2匹います」
「わかった」
またもご主人様は魔物2匹を瞬殺。
「ご主人様、さすがです。次は......先ほど3匹倒したところに魔物が湧いています。
ナイーブオリーブ1匹とチープシープが2匹です」
「ありがとう。次の3匹を倒したら家に戻ろう」
「かしこまりました、ご主人様」
それからご主人様は魔物3匹を倒し、家に帰った。
帰ると、早速セリーが今日買ったカガミをご主人様に見せた。
「ご主人様のおかげで、いいものが買えました」
「私も実際にペルマスクのカガミを見るのは初めてです。話には聞いていましたが、きれいに映る鏡です」
私とセリーが交互に話すとご主人様はうれしそうにほほえんだ。
「気に入ってもらえたようでよかった」
「はい。ご主人様、ありがとうございます」
その後、カガミの相場や売ってる商品など、ペルマスクのことについて私とセリーからご主人様に説明した。
ご主人様はとても興味があるようだったので、いつかは一緒にペルマスクに行きたいって思っていた。
そう、その時は、そのご何度も行くことになるとは夢にも思っていなかったのだ。
翌日。
早朝の迷宮探索を終えた後、私とセリーが朝食の準備をしている間にご主人様がゴスラーさんの所にカガミを持っていった。
ご主人様は一時間ほどで戻ってくると、こころなしか顔がほころんでいた。
朝食を食べ終え、迷宮探索を行う装備に着替えてご主人様のワープで迷宮に移動すると、
はじめての小部屋についた。
いままで行ったことのあるどこの迷宮にも該当しないので、まったく場所がわからない。
私はおどろいてご主人様に尋ねた。
「ご主人様、ここはどこでしょうか?」
「ペルマスクへの中継地点となるザビルの迷宮だ。一階層はミノがいるから、探してくれ。
倒してMPを回復したい」
「えっと、ペルマスクへ行かれるのですか」
「昨日買ってもらったのと同じような、装飾も何もついていないカガミをまた買ってきてくれ。
全部で十枚、買い手がついた」
「十枚ですか」
「すぐにというわけではないから、買って運ぶのは一人一枚ずつでいい。あと、コハクの需要があるかも確認してきてくれ。ボーデの特産らしいので、カガミを買うついでに売り込み出来るか知りたい」
「かしこまりました」
「ペルマスクの冒険者ギルドから出るにはインテリジェンスカードをチェックされるから、今回も二人で仕入れてきてほしい」
ご主人様はそう言うとセリーにアイテムボックスを開かせて、銀貨を90枚持たせた。
「ペルマスクの冒険者ギルドに移動するときに入市税用の銀貨を渡すから、取り急ぎ魔物を探してくれ」
「かしこまりました」
私は魔物のにおいをかぐと、小部屋を出てすぐ右のほうからミノのにおいがした。
「ご主人様、部屋を出てすぐ右にミノがいます」
「わかった。俺が倒すから、ロクサーヌとセリーは牽制だけ頼む」
「「はい」」
それから10分ほどでご主人様はミノを4匹倒した。
「よし、MPは回復した。いまからペルマスクにワープする」
ペルマスクの冒険者ギルドに出ると、ご主人様は私とセリーに銀貨を1枚ずつ渡してきた。
「それではいってまいります」
「カガミは... 前と同じ大きさか、少し大きさの違うものを二枚。それと、コハクを買ってくれるところでしたね」
セリーが確認するとご主人様はうなずいた。
私とセリーは冒険者ギルド出口の騎士にインテリジェンスカードを見せたあと、銀貨を1枚ずつ支払ってペルマスク市内に入った。
ペルマスク市内に入るとセリーが声をかけてきた。
「今回も私が交渉します」
「そうですね。交渉はセリーに任せます。私はどうすればよろしいですか?」
「先日行った工房にしますので、前回同様、横でにっこり笑っていて下さい」
「わかりました」
私は交渉事は苦手なので、セリーが交渉してくれるのは助かる。
前回同様ね。セリー、前衛は任せるわ。あとは...... 必殺の微笑ね。
そんなことを考えながら10分ほど歩くと、先日行った工房が見えてきた。
工房に着くと入り口付近にいた人が私たちに気付き、すぐに親方さんを呼んできてくれた。
「おう、またアンタたちか。この前のカガミはどうだった。ご主人様とやらに喜んでもらえたろう」
「はい。とても喜んでいただきました。ありがとうございました」
私が必殺の微笑でお礼を言うと、親方の顔が少し赤くなり、ニコニコになった。
「おう、そうかそうか。それは良かった」
いや...... デレデレかな? とにかくつかみはOKね。セリー、あとは頼むわよ。
私は心の中でセリーにバトンをパスした。
「ええ。それでまたカガミを購入するように言われて来ました」
「アンタたちになら喜んで売ってやるさ」
その後、セリーが先日買ったものと同じ物を10枚買うことを伝え、親方さんとの交渉がはじまった。
「この前と同じ値段ではいかんのか?」
「今後も取引したいと思いますので、できましたらもう少し値引きをお願いしたいのですけれど」
親方さんはとても親切に接してくれたけど、かがみの値段はなかなか下げてくれそうになかった。
私が横でハラハラしていると、セリーから合図が来た。
私は少し前かがみになりながら、気持ちだけ上目遣いで親方を見つめながら、セリーと親方の会話に割り込んだ。必殺の上目遣いである。
「おねがいします」
「お、おう...... そ、そうだなぁ。1枚につき銀貨30枚ならいいだろう。10枚なら全部で銀貨300枚な」
親方は、一瞬呆けたあと少し持ち直し、私を見ながら回答した。
私はその金額でいいのかよく分からなかったけど、セリーがすぐに交渉を引き継いでくれた。
「ではここに銀貨が90枚ありますので、1枚分は手付として今日お支払いしておきます。
残りのお金をもってまた来ますのでよろしくお願いしますね」
「わかった」
「あ、それと出来たらカガミは同じ大きさではなく、少し大きいものや小さいものを織り交ぜて買いたいのですが」
「ふむ。それはこちらも数を揃えやすいな。いいだろう」
そう言うと親方はセリーから銀貨90枚を受け取り、工房の人を呼んでカガミを2枚持ってくるよう伝えた。
カガミの交渉が付くと、次にセリーはコハクの交渉を始めた。
「もし需要があるならコハクをこちらに卸したいと考えているのですけれど......」
「コハクか...... 原石なら装飾に使えるからいくらでも欲しいな......
うちで使わなくてもよその工房に回すことも出来るか......」
親方はなにやら思案しながらセリーに答えた。
「わかりました。ご主人様にそう伝えておきます。次回はコハクもお持ちできると思います」
「うん。いい話を聞けて良かった。嬢ちゃんたち、またよろしく頼むよ」
その後、パピルスに包まれたカガミを2枚受け取った。
「それでは、これで失礼させていただきます」
「こんごともよろしくお願いいたします」
「おう、気を付けて帰れよ」
工房を出るときに私たちが挨拶すると、親方は満面の笑みで送り出してくれた。
冒険者ギルドまで戻ると、奥のほうでご主人様が待っていた。
私たちはご主人様と合流し、ご主人様のワープで直接クーラタルの自宅に戻った。
自宅に戻ってかがみを置き、クーラタルの迷宮二階層に移動。
そして、4回魔物と戦って6匹倒し、再度自宅に戻ってきた。
私たちはダイニングテーブルに座って一息つき、ご主人様に今日の成果を報告した。
「ちゃんと買えたようだな」
「はい。十枚で銀貨三百枚でいいそうです」
セリーが報告すると、ご主人様は感心して目を細めた。
「ほお。さすがセリーだな」
「ただし、すみません。手付けということで、銀貨を全部置いてきました。カガミ一枚分先払いになります」
「その程度はしょうがないだろう」
「鏡の大きさは、大きいものと小さいものの組み合わせで買えるように交渉しました」
「さすがだな」
「コハクについては、原石であれば是非ほしいとのことでした。装飾加工もやっているので装飾に使うか、他の工房に売ることもできるそうです」
「わかった。コハクの原石は手に入れることが出来そうなので、次はそちらの販売も頼むな」
「はい」
「しかし、本当によくやってくれた。セリーに任せて正解だったな」
「いえ、ロクサーヌさんもいてくれましたし」
「そうか、ロクサーヌもありがとうな」
「どういたしまして。ですが、交渉はほとんどセリーがしてくれました。私は横で笑っていただけですので」
「人には向き不向きがあるからな。でも、一人よりは二人のほうが心強いはずだ。
これからも二人に頼むことになると思う。よろしくな」
「かしこまりました」
「お任せください」
その夜はお風呂とベッドで労をねぎらっていただいた。
翌々日の昼間、私たちはボーデのコハク商会に来た。ハルツ公爵からの紹介らしい。
「これはこれは。お待ちしておりました」
商会に入っていくと、描人族の商人に出迎えられた。どうやらこの商会の番頭商人のかたらしい。
そしてすぐに奥の部屋に通された。
部屋に入りソファーを勧められたので、ご主人様を中心に、私が右、セリーが左に座った。
ソファーに座ると従業員の女性がハーブティーをテーブルに四つ置く。
私とセリーもお客様として扱ってもらえている。
ハーブティーを飲みながらご主人様と話していると、すぐに木箱を持った番頭商人が入ってきた。
そして、木箱をテーブルの上に置いてフタを開いた。
「わあ」
箱のなかには綺麗なネックレスがたくさん入っていて、思わず声が出てしまった。
私もそうだがセリーも目が釘付けになっている。
「こちらなど、いかがでしょうか」
番頭商人が箱の中のネックレスを一つ取って私に勧めてきた。
「いえ……」
「まあ見せてもらうだけは見せてもらえ」
「よろしいのですか?」
「ああ、遠慮しなくてよい」
「分かりました。見るだけなら」
私は畏れ多い気がしたけど、ご主人様に促されるまま番頭商人からネックレスを受け取った。
横でセリーも商人からネックレスを手渡されている。
私は裕福な家庭で育てられたわけではないので、こんなネックレスはつけたことが無い。
商館にいるときに一度だけネックレスをつけさせてもらったことがあるけれど、
このネックレスはそれとは比べものにならないくらい高級なものだ。
すごく綺麗。こんなネックレスをつけられたら......
私はネックレスに見とれながら自分がつけた姿を思い浮かべていると、いつのまにかご主人様はコハク商にコハクの原石について色々聞いていた。
私はもう一度ネックレスを見返し、今度はネックレスをつけた姿でご主人様に可愛がって頂くところを想像していると、いつのまにかセリーも加わってコハクについて色々話しており、原石を1個800ナールで20個買うことになっていた。
私はネックレスの細かい細工やコハクの透明具合などを見ていると、番頭商人はセリーに別のネックレスを勧めていた。
「そちらのおかたには、このようなものが似合うかと存じます」
私は気になってセリーのほうを見てみると、セリーは番頭商人から濃い赤い色の、大きな粒がそろったネックレスを受け取り胸元に当てていた。
セリーの顔がほころんでいるし、よっぽど気に入っているみたい。
「わあ」
「確かに」
ご主人様もうなずいているので、似合うことは認めているみたい。
「で、でも。あの、私は別に……」
「こちらのネックレスは赤みが濃く、好まれる色合いなので四万五千ナール、あちらのおかたが手にしておられる方は三万ナールとなっております」
やっぱりとんでもなく高い。
とてもじゃないけどこんな高いネックレスなんて、私には分不相応だわ。
「そうか」
ご主人様も乗り気じゃないようね。
じゅうぶん楽しませて頂いたし、ネックレスを返さないと......
そう考えて私がネックレスを返すと、番頭商人は別のネックレスを取り出した。
そしてご主人様に向けて商品をアピールしている。
「あちらのおかたには、このようなものもお勧めです」
「ほう」
「色は薄めですが、異物などがまったく入っていないものを集めた当商会自慢の一品です」
「わあ、すごく綺麗」
思わず声が出てしまった。さっきの物よりもコハクの透明度が高い。
それに中央のコハクはひときわ大きいし、その前後も大きな粒がみっちりと連なってる。
私はネックレスを受け取り、胸元に当てながらご主人様に聞いてみた。
「どうですか?」
ご主人様は私の胸に見とれている。
他の人に見られるのは不快だけど、ご主人様に見つめてもらえるのはすごくうれしい。
「に、似合ってるな」
「ありがとうございます」
「いかがでございましょう」
「た、確かにこっちの方が似合っているような」
「こちらのネックレスですと、五万ナールになります」
私はネックレスを胸から外して手に取り、じっくり見ながらつけた姿を想像していると、
ご主人様から声がかかった。
「ロクサーヌ?」
「は、はい。ご主人様」
「そのネックレスはこの袋にしまってくれ」
「え? あ、はい。申し訳ありません」
「もう買ったから、次に行くぞ」
私がネックレスに見とれているうちに、ご主人様は買い終わっていたようだ。
結局、ご主人様はコハクの原石20個とネックレスを二つ購入し、コハク商会をあとにした。
その後、ボーデの冒険者ギルドからベイルの迷宮を経由してザビルの迷宮にワープで移動すると、
ご主人様は迷宮の小部屋で、コハクのネックレスを首に着けてくれた。
「ありがとうございます、ご主人様。でも、よろしかったのですか」
「大丈夫だ。二人にはペルマスクでコハクを売ってもらうわけだから、自分でネックレスの一つも着けておかないといけないだろう。これは必要経費だ」
私はすごくうれしくてご主人様に感謝していると、
となりでセリーが首にネックレスをかけられながら、つぶやいた。
「それでは、お借りしますね」
「借りるのか?」
「所有者が奴隷のために買ったものも、当然所有者のものです。消耗品や肌着や生活必需品なら別になりますが」
「なるほど」
「でも、ありがとうございます」
ご主人様は小声で「ツンデレかよ」ってつぶやくと、セリーのあたまをなでていた。
「いずれにしても、二人が頑張ってコハクの原石を売ってくれればすぐに元は取れる。
少なくても倍以上で売ってきてくれ」
「かしこまりました」
「お任せください」
それからご主人様はセリーに次回分のカガミの手付けも併せ銀貨六十枚とコハクの原石を渡した。
「えっと。今回も行かれないのですか」
「もちろん二人に行ってもらうことになる」
「ネックレスも入れると、一財産になりますが」
「二人のことは信用している。問題ない」
「ありがとうございます」
最後に税金の銀貨を一枚ずつご主人様から受け取り、ペルマスクに移動した。
ペルマスクの冒険者ギルドでご主人様と別れ、私とセリーはいつもの工房に向かった。
その途中、セリーからいまから戦う親方(ボス)対策のブリーフィングを受ける。
「今日はカガミだけでなく、コハクの交渉も行います。
親方との交渉はいつも通り私が行いますので、ロクサーヌさんはサポートをお願いします」
「わかりました。具体的にはなにをすればいいのですか?」
「私が合図したら、ロクサーヌさんは胸の下で腕を組んで、少しかがんでください。
そして、少し悩んだように うーん って言って下さい」
「そんなことでいいのですか?」
「はい。それだけで大丈夫です」
「わかりました。あとはセリーに任せますね」
「はい。お任せください」
そう言うと、セリーの瞳がキラッと光った。
今日のセリーはやる気に満ち溢れている。これなら安心ね。
いつもの工房に着くと打ち合わせ用のソファーに通され、すぐに親方が来た。
「いらっしゃい、またカガミを買いに来たのか?」
「はい。あと、こちらを」
セリーはそう言うとコハクの原石が入った袋をテーブルに乗せた。
「お、コハクを持ってきたのか。それにそのネックレス......なかなかいい仕事してるじゃないか」
親方はそう言いながら、私のネックレスを見つめている。
「ええ、ボーデでご主人様が買ってくれたものです」
「ふむ。こうしてネックレスに仕上げるのもいいな。……それにしても贅沢なコハクの使い方だ。
なるほどこれだけふんだんにあしらえば価値も上がるか……」
「そうでしょう。いいですよね」
「ほう...... なるほどねぇ。 うーん。これはなかなか......」
親方さんは熱心に私がつけているネックレスを見つめていたが、
急に後ろからかかった声をきいて震え上がった。
「あら、なかなか良さそうなネックレスね。私へのプレゼントかしら?」
声に気付いて親方の後ろを見ると、身長170cmくらいのハッとするような美人が立っていた。
ほっそりとしているけど胸はそれなりに大きくてとてもスタイルが良い、髪は明るい茶色で肩口くらいで切り揃えられており、ゆるくカールしている。
パッと見は30歳くらいに見えるけど、声色はもう少し若い気がする。
親方が首がギギギと鳴るかのようにぎこちなく後ろを振り向いて固まると、声をかけた女性はニッコリとほほえんだ。
その女性は親方の肩に右手を添え、少し乗り出す感じで私たちに声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。夫がいつもお世話になっております」
「奥様ですか。こちらこそいつもカガミを売って頂いており、お世話になっております」
「そうですか。うちは通常小売りはしないのですが」
そう言うと、親方の奥さんは親方をキッと睨みつけた。
すると、親方は震えながら言い訳をした。
「い、いや。10枚カガミの注文をもらってるし、コハクの原石も売ってもらうんだよ」
「そう、コハクを...... ふーん、そう...... そういうネックレスも売って頂けるの?」
奥さんからの質問にセリーが回答する。
「こちらは販売品ではありませんが、こちらと同様のネックレスを仕入れてくることは可能です」
すると親方の奥さんは親方におねだりを始めた。
「ねぇ。私も一つ欲しいわ」
「い、いや、俺は装飾用の原石を買おうとおもっているだけで......」
「そうなの?」
「奥様になら私たちよりも、もっとお似合いだと思いますよ」
セリーの言葉を聞いて、さらにおねだりが熱を帯びてきた。
「ねぇ、私に似合うって」
「いや......」
「私はあなたの代わりに参事委員会の会合に行ってるのよ。ちょっとぐらい良さそうなアクセサリーをつけてても罰は当たらないんじゃない?」
「い、いや、ちょっと待ってくれ。先に取引の話を済ませたい」
「そう...... わかったわ」
親方は奥様のおねだりをなんとか振り切ってコハクの交渉に話を戻した。
親方の奥様はスーっとこの場を離れるように歩き出したが、静かに親方の後ろに回り込んでこちらを観察しだした。
「と、とりあえずコハクの原石だがカガミと同じ一つ銀貨35枚でどうだろうか」
「もう少し何とかなりませんか?」
「うーん」
親方が難んでいるのでハラハラしながら交渉の行方を見ていると、セリーから合図が来た。
私は胸の下で腕を組み、少し前かがみになって親方を見つめた。
そして「ぜひお願いしますね」と言ってニッコリほほえむ。
すると、親方は私の胸を見ながら返事した。
「じゃ、じゃあ40枚だ。今回は特別だからな。次持ってこられてもこれ以上の値段は出せないぞ」
「ありがとうございます。銀貨40枚ならなんとかなります。今後もその値段とさせて頂いてもかまいません。但し、コハクは安定して仕入れることが出来ません。次に来たときに数量を揃えられない場合がありますので、そこは了承してください」
「わかった。コハクの原石はそれでいい」
親方は気づいていないようだけど、うしろで奥さんが眉をピクつかせながら見つめている。
私は背中に冷たい汗が流れていて、そのまま動けないでいた。
その後、親方は原石の状態と数を確認すると、代金をセリーに支払った。
金貨が8枚もある。
セリーは金貨の枚数を確認すると、そそくさとアイテムボックスにしまった。
コハクの原石の話がまとまると、しびれを切らしたのか再び奥さんが話に割り込んできた。
「原石の話がまとまったんだから、次はネックレスの話をしましょう。買ってくれるんでしょ?」
親方は後ろを振り返って奥さんと目が合うと、激しく動揺した。
「い、いや、安いもんじゃないし......」
そこでセリーは私がつけているネックレスを指さした。
「親方さんがこちらのネックレスを大変気に入っているようでした」
奥さんはその言葉を聞くと、目がスッと細まり怖い顔になった。
そして声色が低くなった。
「じゃあ私もそれを頂こうかしら」
次の瞬間、背中に悪寒が走った。部屋の温度も下がった気がする。
「わ、わかった......」
親方は一瞬ビクッとして小さく返事すると、カガミを取ってくると言ってそそくさと席を外してしまった。
親方は奥さんに敗北したみたい...... セリーに言わせたら、滅びたってところね......
それにしても怖い。私は...... 大丈夫よね......
私は奥さんの迫力に押されていたが、セリーは涼しい顔をしている。
私は心の中でセリーを応援しつつも奥さんと目が合わないよう、少し下を向くことにした。
「先ほども申しましたが、同様のネックレスを仕入れてきますので少し時間を頂けますか?」
「ええ、いいわ。こちらと同じようなものだと、いくらくらいなの?」
「そうですね。これと同等ですと......金貨24枚から25枚になります」
「わかったわ、金貨25枚までなら払ってもいいから、あなたたちが着けているような、なるべく良いネックレスを持ってきてちょうだい」
「親方の了承を頂かなくても宜しいのですか?」
「デレデレして本当にしょうのない人だし。これぐらいはいいでしょう。罰よ罰!」
「かしこまりました。奥様にお似合いの良いネックレスを仕入れてきます」
「よろしくお願いしますね。じゃあ、亭主を呼んでくるわ」
親方の奥さんが席を外したので、私はホッとしてセリーを見ると、セリーはやり切った感じの顔をしていた。
そして、思わず二人でハイタッチしてしまった。
少しすると、親方がカガミを2枚持って戻ってきた。
「とりあえず。カガミの金額は前のままでいいか?」
「申し訳ありません。やはり銀貨30枚は厳しいです。前回も申しましたが、大きさに違いがあっても大丈夫ですので、値段を下げて頂けないでしょうか」
「ふむ。確かに大きさにバラつきがあってもいいんでこちらは助かっているが......」
親方が悩みだしたので、セリーからの合図はないけど必殺のポーズで親方に迫った。
「お願いします」
「そ、そうだな。じゃあ、銀貨25枚」
「もう少しなんとかなりませんか?」
「うーん......」
私はさらに前かがみになり、少し上目遣いで親方に頼んだ。
「なんとかお願いします」
「わ、わかった。1枚銀貨20枚。これ以上は無理だぞ」
「そうですか......もう下げられませんか......」
「いくらお嬢ちゃんの頼みでも、これ以上は俺の一存じゃあ無理だ。勘弁してくれ」
親方が後ろを振り返ると、工房の入り口近くにいた奥さんが睨んでいた。
どうやらこちらの声が聞こえたらしい。
親方はこちらを向き直り、首を振った。
「わかりました。1枚銀貨20枚でおねがいします」
セリーが了承すると、親方は小声で話し出した。
「ここだけの話、この値段は100枚単位で買ってくれる客にもつけないんだ。
本当に特別だからな」
「ありがとうございます」
私がニッコリほほえみながらお礼を言うと、親方もニンマリ笑顔になった。
その後、セリーが次回の2枚分も合わせて支払いを済ませ、カガミを2枚受け取った。
そして工房を出ようとしたとき、入り口近くに親方の奥さんが居た。
私は軽く会釈して通り過ぎようと思っていたが、セリーが声をかけた。
「親方さんにはうちのロクサーヌを大変ごひいきにしていただいてありがたいことです。
私と話している間もどことは言いませんがずっとご覧になっていましたよ」
咄嗟のことだったので、私は何を言えばよいか分からなくなり、とりあえずお礼を言うことにした。
「安く売ってもらえました。ありがとうございました」
ニッコリほほえんでおじぎをすると、
親方の奥さんはこちらに向かって軽くお辞儀をした。
その顔は笑顔だったが、目がまったく笑っていなかったので、またもや背中に冷たい汗が流れた。
こ、怖い......
親方の奥さんはそのまま工房の奥に歩いていき、いきなり親方を平手打ちした。
工房の中にバシーンという音が鳴り響き、私とセリーは一瞬固まった。
わ、私のせい? お礼を言っちゃいけなかったの?
私は混乱して動けなかったが、先に立ち直ったセリーに手を引かれて工房をあとにした。
今回は交渉することが多かったせいか、時間がかかってしまった。
冒険者ギルドに戻ると、ご主人様が私たちを待っていた。
「申し訳ございません。遅くなりました」
「いや、たいして待ってないから気にするな。とりあえずウチに帰るぞ」
私たちはペルマスクの冒険者ギルドから、クーラタルの自宅にワープした。
こうして、3度目のペルマスク遠征は無事終了した。
自宅に帰るとカガミを置き、いつものように迷宮へ移動した。
そしてご主人様が魔物を倒してMPを回復し、再度自宅に戻った。
自宅に戻りダイニングに座って一息つくと、本日の成果報告会となる。
報告者はセリー、私はサポートだ。
「コハクは一個銀貨四十枚で全部売れました」
「おお、やった。えらいな」
「今回は特別だと親方がロクサーヌさんのネックレスを見て言っていました。
次があってもそこまでの値段は出せないと」
「そうか。しかし何故ロクサーヌのネックレス?」
「……滅びればいいんです」
ご主人様が疑問顔でいると、セリーが呪いの言葉を吐いた。
ご主人様はセリーの言葉を聞いて少し考えると、目が細まってひたいに青筋が浮かび、声のトーンが一段さがった。
「そういうことか。確かに、滅びればいいな」
ご主人様は明らかに怒りを抑えている様子だ。
嫉妬してくれているのだろうか?
私は一瞬うれしくなったけど、ご主人様をそんな気持ちにさせてしまったのは私の対応が悪かったんだと思うと、すぐに申し訳なくなった。
「親方の奥さんにも会って話をしてきました。
コハクのネックレスを金貨二十五枚までなら買ってくれるそうです。親方への罰だそうです」
「セリー、よくやった」
「はい。カガミも一枚につき銀貨二十枚にまけさせました。
今回六十枚出して、カガミ2枚分の手付はすでに払ってある状態です」
「ずいぶんと下がったな」
「あんな親方のやっている工房に利益は必要ありません。滅びればいいのです。奥さんは「直接セールスをしない」とも言っていたので、交渉しましたが、これ以上は下がりませんでした。この価格が本当にぎりぎりのようです」
「そ、そうか」
「下がらなかったので、もちろん奥さんにも会って親方がどこを見ていたかお話ししてきました。悪は滅びました」
「滅びた......のか?」
ご主人様が私のほうを見て、目で何があったのか聞いているようだったので、見たままを報告した。
「えっと、工房を出るときに、安く売って頂いたお礼を言ったのですが......そのあと奥さんは親方を平手打ちしていたので......」
「そうか...... まことこの世に悪の栄えたためしはないな」
ついさっき、ご主人様は嫉妬で怒っていたはずなのに、交渉結果と親方の末路を聞いているうちにいかりはすっかり収まって、セリーを見る目に怯えが浮かんでいた。
セリーは改めてご主人様の表情を確認すると一瞬だけ微笑んで、そして話を続けた。
「はい。ちなみに、コハクの分を金貨八枚で受け取ってきています。ええっと。合っていますよね」
「大丈夫だ」
報告が終わるとセリーはアイテムボックスを開いて金貨八枚をご主人様に渡した。
その日の夜、私とセリーはネグリジェの上にネックレスを付け、ご主人様にご奉仕させて頂いた。
ご主人様の目が野獣となり、何度も可愛がって頂いたのは言うまでもない。
そして......二人ともいかされ過ぎて、気を失ったのも言うまでもない。
2日後、ご主人様は朝食後にボーデのコハク商のところへ出向き、しばらくして帰ってくると、またペルマスクまで行くと言いだした。
その後、ザビルの迷宮まで移動すると、ご主人様は私とセリーにコハクのネックレスを着けてくれながら
「コハクの原石は仕入れられなかったので、今回は無しだ。あと、親方の奥さんには、いいネックレスを探していますと言っておいてくれ」
と言い出した。
「どういうことですか?」
「いや、コハクは希少で、いつでも仕入れられる訳ではないようだ」
「そうなのですか」
「ああ、前回から2日しか経ってないからな。
コハク商の話では、海が荒れないと海岸にコハクが打ち上がらないらしい。
あと、ネックレスは番頭の勧める物で良いのか自信がない。だから買わなかった。
次回は二人にもコハク商まで付いてきてもらうから、ネックレスの選定は頼むな」
「私たちが選ぶのですか?」
「俺は親方の奥さんには会ってないから、雰囲気や好みがわからない。ロクサーヌとセリーのセンスが頼りだ」
「分かりました」
するとセリーが会話に入ってきた。
「ネックレスの選定はお任せください。
えっと、それで、今回もご主人様は行かれないのですか?」
「ああ、今回もかがみの仕入れは二人に任せる。俺はMPを回復して冒険者ギルドに戻るから、いつも通り1時間くらいで戻ってきてくれ」
「かしこまりました」
「わかりました。頑張ります」
私とセリーが返事をすると、ご主人様は苦笑いした。
「ほどほどにな」
その後、ペルマスクの冒険者ギルドに移動し、私とセリーはいつもの工房にむかった。
工房に着くとすぐに打合せ用のソファーに案内され、親方がやってきた。
「嬢ちゃんたち、いらっしゃい。いやー、この前はひでぇ目にあったよ」
今日の親方はなんだか機嫌がいいみたい。
「どうされたのですか?」
「ああ、このあいだ嬢ちゃんたちが帰ったあと、いきなりカミさんにビンタされて、それをみんなに見られちまってさぁ。恥かいたよ」
マズい、私のせいだ......
私が動揺して口ごもると、セリーがなにごともなかったような態度で会話を引き継いだ。
「何か誤解されたのでしょうか?」
「さあね、おおかた嬢ちゃんたちが可愛いから嫉妬でもしたんだろう」
「それは災難でしたね。でも、とても綺麗な人なのに、私達に嫉妬なんてすることがあるのでしょうか」
「ああ、意外と嫉妬深いんだよ」
「ふふ。それは親方さんが愛されてるってことですよね。親方さんも男らしいし、私はとてもお似合いの夫婦だと思いますよ」
「ははは、そう言われると照れるな。まあ、あれで、結構可愛いとこもあるしな」
「もう、相思相愛じゃないですかぁ。ハァー暑い、暑い。ところで奥様は今日はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、今日は次の参事委員会の準備とかで会館に出掛けてるから、しばらく帰ってこないな」
今日の親方はやたらと機嫌がいいと思っていたけど、そういうことだったのね。
「そうですか。それは残念です。
残念ついでで申し訳ないのですが、奥様が所望されたネックレスはまだ仕入れ出来ておりません。
納得して頂けるものを探しておりますので、もう少しお待ちくださるようお伝え下さい」
「わかった、伝えておく」
「あと、今回コハクは仕入れられておりませんので、カガミの購入だけさせていただきます」
「そうか、たしかコハクは安定供給出来ないって言ってたな。そんなに採れないものなのか?」
「はい。コハクは海岸で採取するのですが、天候に左右されますし、量もあまり採れないのです」
「そうか、それじゃあ仕方がないな。カガミは1枚銀貨20枚でいいな」
「はい。それでお願いします。先日2枚分手付を置いていきましたので、今日はそれで2枚持ち帰り。そしてまた、次の2枚分を手付としてお支払いしていきたいのですが、それでよろしいですか?」
「ああ、それでいい」
親方は返事をすると工房の奥に声をかけ、若い見習い職人に鏡を2枚持ってくるよう指示した。
その後、親方は私のネックレスを見ながら少しだけ雑談し、セリーから銀貨40枚を受け取ってかがみを引き渡してくれた。
工房を出ると、いつものようにセリーが毒づいた。
「滅びればいいのです......」
私は気にしないようにしていたが、セリーいわく、今日も親方は終始私の胸を見ていたらしい。
奥さんに派手に平手打ちされていたのに、本当に懲りない人だ。
冒険者ギルドに戻り少し待つとご主人様が迎えにきた。
「悪い。遅かったか」
「いえ、私たちもいまさっき戻ってきたばかりです」
「そうか。では帰ろう」
私たちはご主人様と家に帰り、今日の成果報告をした。
◆ ◆ ◆
それから2日、朝食の片付けをしているうちにご主人様はボーデに行ってカガミを卸してきた。
ご主人様はなにやら浮かない顔をしながら帰ってきたが、
その理由がここ最近海が穏やかでコハクが採れないことだと知ったのは、その日の午後にザビルの迷宮に移動したときでした。
ご主人様はいつも通り私とセリーにコハクのネックレスを着けてくれながら、
今回もコハクの原石は仕入れられなかった旨と、奥さんのネックレスはまだ探している旨を工房がわに伝えるよう、私たちに伝達した。
そして、ペルマスクの冒険者ギルドに移動し、私たちを送り出した。
工房に着くとすぐに打合せ用のソファーに案内されたが、やってきたのは事務方の女性だった。
「いらっしゃいませ。ただいま奥様と親方様は参事委員会のほうに出掛けております。あと1、2時間ほどで戻ると思いますが、いかがいたしますか?」
「親方さんもいないのですか?」
「はい。なんでも重たい物を運ぶのにおとこでが必要らしく、奥様に無理矢理引っ張られていきました」
「......。そうでしたか......」
私は親方がいないことを想定していなかったので動揺したが、セリーは想定済みだったようで落ちついて対応していた。
「そうですか。冒険者ギルドに人を待たせておりますので、あまり長い時間は待てません。
今日はカガミの件だけなのですがどなたか分かるかたはいらっしゃいませんか?」
さすがはセリー、やっぱり交渉事は任せて安心ね。私は心の中でほっと溜息をついて、セリーに賛辞を贈った。
「いつもの引き取りと次回分の支払いの件ですか?」
「そうです。装飾のないカガミ2枚の引き取りと、次回分の2枚、銀貨40枚の支払いです」
「それでしたら私のほうで対応出来ます」
「では、よろしくおねがいします」
その後、セリーは銀貨40枚をアイテムボックスから出して事務方の女性に支払った。
そして、工房の方からカガミを2枚受け取り、次に来る際に奥様がご要望されたネックレスを持参する予定である旨を伝言して冒険者ギルドに戻った。
しばらくするとご主人様が迎えに来たのでクーラタルの家に帰り、
次回が最後の取り引きとなる為、奥様がご要望されたネックレスを持参する旨を伝言したことをご主人様に伝えた。
◆ ◆ ◆
それから3日経った。
この日はお昼で迷宮探索を終了し、私とセリーはご主人様に連れられてボーデのコハク商会に来ている。
理由はもちろん親方の奥さん用のネックレスを選ぶためだ。
ご主人様は番頭商人とふたことみこと話したのちにネックレスを出させると、私とセリーで相談して親方の奥さん用の物を選ぶよう申しつけ、
自分は番頭商人と小箱について話しだした。
私とセリーは番頭商人が用意したネックレスをひとつずつ見ながら、奥さんに似合いそうな物の仕分けをおこなった。
「これか、そっちがよさそうですね」
「やっぱりそうですよね」
「二つのうちのどっちにするかですが」
「私はこれがいい品だと思います」
「そうですね。親方の奥さんは背が高いですし、こちらのほうが気品があって似合いそうですよね」
私とセリーは選んだネックレスをご主人様に渡すと、ひとこと「ほぅ」と感心したような声をだして受け取り、コハクの原石と一緒に購入した。
すると、番頭商人は木製の小箱を取り出した。
「お客様には特別にタルエムの小箱もおつけいたします。小箱は二百ナールで売ることを考えていますが、アイデアをいただいたので、お客様からはお代をいただきません」
「ありがとう」
「いえ、今後も良いアイデアがありましたら聞かせていただけると助かります」
「わかった。では遠慮なくいただこう」
番頭商人はネックレスを布袋に入れ、それを小箱に入れて、さらに少し良さげな布でくるんた。
ご主人様はそれを受け取り、コハク商会をあとにした。
後で聞いたのだけど、小箱はタルエムというハルツ公爵領の特産の木で、高級家具の材料に使われるものらしい。
そして、前回購入した私とセリーのネックレスの分も無料でもらったとのことだった。
私たちは家に一度帰ってから、ペルマスクにむかった。
私とセリーはいつものようにザビルの迷宮でネックレスをつけていただき、税金の銀貨を手渡された。
そして、セリーはご主人様からタルエムの小箱に入ったネックレスを受け取った。
「やっぱり行かれないのですか?」
セリーは心配そうにご主人様に尋ねたが、力強くうなずかれてしまい、瞳が揺れていた。
ネックレスは高級品だし落としたり盗られたりしたら大変だ。
私も不安を感じるけれど、現品を持っているセリーはもっと不安だろう。
私はセリーの不安を少しでもやわらげようと声をかけた。
「大丈夫ですよ。ご主人様は私たちのことを信頼してくださっていますから」
「は、はい」
セリーはだいぶ緊張しているみたいだったが、不意にご主人様に抱き寄せられて背中をポンポンとたたかれ
「大丈夫だ。セリーならやれると信じている。セリーを信じている俺を信じろ」と言われて励まされると、若干頬を赤らめながら少し落ち着いた。
セリー......いいわね......
私はご主人様に抱き寄せられているセリーを羨ましく見ていると、ご主人様は
セリーを抱いたままあいている手を私に伸ばして引き寄せた。そして、あごをクイッとあげて軽くキスした。
「チュッ ん......」
「ロクサーヌも頼むな」
「は、はい」
ご主人様...... うれしいけれど...... ムネがドキドキしちゃうじゃないですか...... もぅ......。
その後、ペルマスクの冒険者ギルドに移動してご主人様に見送られながら入市税を払った。
に見送られながら入市税を払った。
そしてギルドを出ると、なんだかまちのなかが騒がしいことに気付いた。
私は近くで集まっていた人たちに話を聞くと、海岸にドライブドラゴンが出たらしく、騎士団が退治したらしいとのこと。
私は興味があったので現場を見に行きたかったけど、ソワソワしている私に気付いたセリーに何をしにペルマスクに来たのか諭されてしまった。
少し見るだけでもよかったけど、セリーが半眼になってしまったので、諦めていつもの工房にむかった。
工房に着くと打ち合わせ用のソファーに通され、すぐに親方と奥さんがやってきた。
奥さんは元気いっぱいニコニコ顔で、親方のほうは少し元気がないように見える。
そして、親方より先に奥さんが話しかけてきた。
「いらっしゃい。いいネックレスは見つかった?」
「はい。自信をもってお勧め出来る物を仕入れてまいりました。きっとご満足していただけると思います」
「そう。早く見せてちょうだい」
そこで、ウキウキしている奥さんに主導権を握られていた親方がくちをはさんだ。
「なあ、先に取引の話をさせてくれないか」
「はあ? 私、楽しみにしてたのに、何か文句あるの!」
奥さんの顔が一瞬で般若になった。とても綺麗な人なのでギャップがスゴイ!
奥さんは親方をギロッと睨むと、親方は慌てて目をそらした。
奥さんはフンッ!とひと息吐くと、目をそらした親方に代わり、商談をはじめた。
「じゃあ先に取引から。今日はコハクの原石はあるの?」
「は、はい。一つだけございます」
「一つなら銀貨35枚ね。40枚は出せないから、それでいい?」
「は、はい」
「じゃあ買うわ。あなた、現品確認して、銀貨35枚出しなさい」
「わ、わかった」
親方はそそくさとコハク原石の現物確認をおこない、銀貨35枚をセリーに渡した。
「じゃあ、カガミのほうは?」
「今回は代金支払い済み2枚分の引き取りです」
「新規の購入は無いの?」
「はい。もともと10枚の予定でしたので今回の引き取りで終了です」
「わかったわ、では取引の話は終わりね。
あなた、さっさとカガミを2枚もってきなさい」
親方はおくさんに一喝されると、カガミを取りにすごすごと席を外した。
奥さんが登場してからここまで3分......
私はこの工房を仕切っているのは奥さんだと確信し、この人には逆らわないようにしようと思った。
「じゃあ改めて、見せてくれるかしら?」
「はい。こちらです」
セリーは高級感のある布の包みをテーブルに置いて、包みを開くと、これまた高級感のあるタルエムの小箱が中から現れた。
そして、小箱のフタを開いて中の布袋を取り出し、袋の中からネックレスを取り出して奥さんに手渡した。
「まあ、すごく綺麗......」
気が付くと、奥さんの顔が妖艶さをまとった美人に変わっていた。そして少しため息を吐きながら、しばらくのあいだネックレスをうっとりと眺めていた。
私とセリーは奥さんに見とれてしまい、少しのあいだ沈黙していたが、先に復帰したセリーが話し始めた。
「いかがですか? このネックレスのコハクは色に深みがありながらもクスミがいっさいありません。中央の石はひと回り大きくて高級感がありますし、気品の良さを感じさせる一品です。これだけの品はコハクを特産にしているボーデでも滅多に手に入りませんが、スタイルの良い奥様に是非とも着けていただきたいと思い、今回ご用意させて頂きました」
セリーの説明を聞き終わると、親方の奥さんは質問してきた。
「ボーデってどこにあるの?」
「ボーデはガイウス帝国の北方、ハルツ公爵領の城がある町です。近くの海岸でコハクが採れます」
セリーはパピルスに簡単な地図を描き、ペルマスクと帝国や周辺国、そしてボーデを書いて場所を説明した。
「あなたたちは、そんなに遠いところまで行って、このネックレスを仕入れてきてくれたのですか?」
「はい」
「そうですか。わざわざ...... とても綺麗......」
「どうでしょう、気に入っていただけましたか?」
「ええ、気に入りましたわ」
「それは何よりです」
そこまで話したとき、奥さんはハッとして私の着けているネックレス、セリーの着けているネックレス、そして自分が持っているネックレスを見比べ出し、おもむろにくちをひらいた。
「私、予算は金貨25枚って言いましたよね?」
「はい。そう伺いました」
「これ、あなた達が着けている物より高級感があるのですけれど」
「はい、それは間違いありません。仕入れ先の商会でも、自慢の一品と言っていました」
「いや、あなた達のネックレスだって金貨25枚くらいするのよね、本当にこれを金貨25枚で売ってくれるの?」
「はい。ご予算を伺ったうえでこちらを仕入れてきております」
「ペルマスクにもコハクのネックレスを売っている店はあるけれど、あなた達が着けているものよりも質が落ちる物しか置いてないし、それでも金貨30枚はくだらないのよ? 本当にいいの? あとで実は別途費用がかかっていて...なんて言われても払わないわよ」
「大丈夫です。奥様には是非ともこのネックレスを着けていただきたいという私たちの思いもあり、予算で収まるよう商会と交渉して仕入れたのです。ですので、金貨25枚で結構です。お近づきのしるしに特別サービスとさせていただきます」
「わかったわ。なら、遠慮なく金貨25枚で買わせてもらうわ」
「ありがとうございます」
「こちらこそありがとうよ。ペルマスクではこんなに良いネックレスを着けてる人はいないわ。それをこんなに安く買えるなんて」
「いえ、奥様。決して安い物ではありませんので、大事になさってください」
「ええ、大事にするわ。それと、ネックレスとは別に、その小箱も譲ってちょうだい」
「こちらですか?」
「ええ、こんな高級なネックレスをしまうのです。キャビネットにむき出しで置くなんて恥ずかしいわ」
「分かりました。銀貨10枚となりますがよろしいですか?」
「ええ、問題ないわ」
「では、ネックレスと小箱で金貨25枚と銀貨10枚となります」
「わかったわ、いま用意するわね。ところでこのネックレス、知り合いに勧めてもいいかしら?」
「はい。ただしカガミは注文数量を購入しましたので、次はいつこちらにお邪魔出来るかわかりません」
「それは残念ね。必要があれば次からもカガミは銀貨20枚で売ってあげるから、注文が入ったらまた来てね」
「はい。その際は是非お願いします」
その後、ネックレスと小箱の代金、それと親方が持ってきたカガミを受け取り、私とセリーは笑顔の奥さんと握手を交わして工房をあとにした。
冒険者ギルドまで戻ってきたが、町はまだ騒がしかった。私はドラゴンのことが気になったけど、セリーに「ご主人様を待たせることになりますよ」と諭されて冒険者ギルドの扉をくぐった。
冒険者ギルドのなかも騒然としており、そのなかにご主人様が所在なさげに立っていたので、小走りで近づき声をかけた。
「ご主人様、ただいま戻りました」
「おかえり、2人ともお疲れ様。ところで、この騒ぎはなにか知ってるか?」
「ドラゴンが出たそうです」
「ドラゴン……だと……?」
ご主人様はかなりおどろいたようで、一度周囲を見回した。
「はい。今朝ほど沿岸から襲われたようです。残念ながら、私たちが都市に入ったときにはもうすでに迎撃された後でした」
「そ、そうか。なら安心だな。 ......ん、残念?」
ご主人様の私を見る顔が、心配から、なぜか残念な人をみる顔に変わってしまった。
「えっ、あの......」
「いや、なんでもない。とりあえず一度帰ろう」
ご主人様は私とセリーを促し、冒険者ギルドの壁からクーラタルの家にワープした。
こうして、6回に及ぶペルマスク遠征は終了した。
私はペルマスクの白くてきれいな街並みが見れなくなることが少し残念だったけど、またいつか行く日を楽しみに、本業の迷宮探索を頑張ろうと思っていた。
その後、再度カガミの注文がはいり、すぐにまたペルマスクに通うようになるとは、このときは思いもしなかった。