わたしの名はロクサーヌ。
狼人族で16才の獣戦士、そしてご主人様(加賀道夫)の一番奴隷。
大好きなご主人様、かわいい後輩奴隷のセリーと三人で、
クーラタルの一軒屋でしあわせにくらしている。
お仕事は迷宮探索。
クーラタルとベイルの2つの迷宮を同時に探索しており、どちらも11階層まで到達している。
ハルツ公爵にカガミの販売をするようになって数日が経った。
早朝探索を終えて私とセリーが朝食の準備をはじめると、ご主人様は「カガミを売りに行ってくる。朝食の準備はよろしく」と言ってハルツ公爵のところに出かけていった。
「ロクサーヌさん。この時間にご主人様がカガミを売りに行くのが日課になりましたね」
私がスープを温めていると、ハムとたまごの炒め物を皿に盛り付けながらセリーが話しかけてきた。
「そうですね。今日で6日目?、7日目でしたか。
必ずこの時間ですね。
私たちも一緒に行けば一度で売り終わるのですけど......」
私はご主人様が居なくなるのがちょっとだけ寂しくて、セリーに疑問をぶつけてしまった。
「なんで1枚ずつ売りに行っているのでしょうか」
「そうですね...... たぶん、ロクサーヌさんをエルフに見せたくないのでは?」
「えっ? 私ですか?」
「昨日商業ギルドに行ったとき、ご主人様が『エルフはみんなイケメンだから嫌になる』って、ぼそっと言っていたので」
「えっと...... どういうことですか?」
エルフがイケメンなことと私を見せたくないことがつながらず、首をかしげながらセリーに聞くと、なぜか彼女は軽くため息をついた。
「えっと、ロクサーヌさんが他の男の人と話すことを、ご主人様が好ましく思っていないことには気づいてますか?」
「いえ...... 知りませんでした」
「ご主人様はすごい人ですが、エルフほど容姿は整ってませんよね」
「そんなことはありません! ご主人様の方が素敵です!」
私が反射的にムッとして即答すると、セリーは一瞬怯んであとずさった。
「す、すみません。その、言い方が悪かったです。
ご主人様自身がそう思っているということです」
「そうなのですか?」
「そうです。だから、嫌になるなんて言ったのです。
なので、ご主人様はロクサーヌさんがエルフに心が奪われるんじゃないか心配なのです」
「私がご主人様以外の人に心が奪われるなんてありえません」
「そうですよね。でも、ロクサーヌさんがどう思っているかではなく、ご主人様がどう思っているかが問題なんです。
ご主人様は、エルフに限らず他の男にロクサーヌさんの心が奪われることが無いか、常に心配しているのです」
「そんなこと、絶対ありえないのに......」
私が言葉に詰まるとセリーが別の懸念を言いはじめた。
「それに、ご主人様が心配していることは、それだけではないと思います」
「他にも何かあるのですか?」
「相手は貴族。それも公爵です。
もしもロクサーヌさんを手に入れたいと思われたら、ご主人様は拒めないかもしれないのです」
「そんな...... いえ、ご主人様は私たちを手放すつもりは無いって言ってました。ですから、断っていただけるはずです」
「そうですね。売れと言われたら断るでしょう。
ご主人様のことですから、いくら金貨を積まれても、きっと断ると思います。
ですが、断れない状況に追い込まれるかもしれません。
貴族がその気になれば、何をされるかわかりませんし」
「えっと......何をって......」
私が具体的にされそうなことがわからず考えていると、セリーがちょっと怖い顔をして話を続けた。
「そうですね。例えばご主人様が罪を着せられて、『死刑かロクサーヌさんを差し出すか、どちらかを選べ』なんてことにされるとか」
「そ、そんな...... そんなこと、できるはずは......」
「貴族なら、そういうことも出来るということです。
だから、用心するに越したことはないのです。
ただでさえエルフは何を考えているかわからないので」
「......」
少し私情が入っている気がするけど、セリーが言うことはもっともなような気がする。
私は......
どうすれば......
私が動揺してうなだれていると、セリーがまたため息を吐いた。
「はぁ。ロクサーヌさん。ご主人様はちゃんと私たちのことを考えて、一人でカガミを売りに行っているのです。だから、ワガママは言っちゃダメですよ」
セリーはそう言いながら、ウィンクした。
「そうですね。自重します」
私は恥ずかしくなっていっそううなだれた。
その後、ダイニングテーブルに朝食を並べ、しばらく待つとご主人様が帰ってきた。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「ただいま。ロクサーヌ」
「いつもより遅かったですが、何かございましたか?」
「ああ。ちょっと新しい迷宮に行ってきた」
「新しい迷宮ですか?」
新しい迷宮というひびきにちょっとワクワクしていると、何故かご主人様は少し肩をすくめた。
「そうだ。食べながら話すから、準備が出来てるなら朝食にしようか」
ご主人様はそう言うと、ダイニングテーブルのいつもの席に回り込んで椅子を引いた。
「かしこまりました」
「わかりました」
私とセリーが返事をしながら席につくと、ご主人様はスープを盛りつけて私たちに配り、自分も席について食事をはじめた。
しばらく料理の味や天気のことなど他愛のない会話をしながら朝食を続けると、ご主人様は新しい迷宮について話しだした。
なんでもハルツ公領内には三つ迷宮が出現しているらしく、騎士団だけでは手が足りなくて困っている。
ご主人様に何処かの騎士団などと関わりがないのであれば是非とも迷宮討伐に協力してほしいと言われ、「迷宮に入るだけでも効果があるから」とも言われてしまい、断わりきれなかったとのこと。
ご主人様は私とセリーに、これからしばらくはベイルとクーラタルの迷宮ではなくハルツ公領内にある三つの迷宮に入ることを宣言したので、私は「分かりました」と答えた。
すると、セリーがご主人様に質問した。
「どこにある迷宮か分かりますか。探索者ギルドで調べてきます」
「ボーデ、ハルバー、ターレだ」
「ボーデ、ハルバー、ターレですね。分かりました」
セリーが答えながらパピルスにメモ書きすると、今度はご主人様がセリーに質問した。
「いくつか質問があるんだが。階層突破の報奨金って何だ」
「管理されている迷宮なら入り口に探索者がいます。最初にボス部屋を突破した場合には、この探索者を新しい階層に連れて行くとお金が払われます」
「そうか」
ご主人様は短く返事をすると、少し考えてから次の質問をした。
「そういえば、ザビルの迷宮は管理されていない迷宮だった。管理されていない迷宮というのもあるのか」
「帝国の領内にある迷宮は基本的に全部管理されています。設定された領土の外にある迷宮は管理されていません。ザビルは辺境にあるので、管理されていない迷宮も近くにあるのでしょう」
全部管理されている? 放棄された町もあるのに?
私は疑問に思い、セリーに聞いてみた。
「セリー。討伐されずに放棄された町の迷宮は管理されてないのでは?」
「ロクサーヌさん。討伐されずに放置されている迷宮はありますが、一応発見された時点で帝国としては名称や番号で管理しているのですよ。
ただ、そういう状況になっている場合は、入口に案内人が居ることはないでしょうけど」
「そうでしたか。知りませんでした。
流石はセリー、よく知っていますね」
私がセリーをほめると、ご主人様は「なるほど......」とつぶやいて、再度質問をした。
「ありがとう。最後に、迷宮に入れば最先端を探索していなくても効果があると言われたが、そういうものなのか?」
「えっ。あ、はい」
あれ? ご主人様は探索者が迷宮に入る意味を知らないのかな?
迷宮探索を行う人なら常識だと思うけど、ご主人様の常識に弱いところが出てしまったのかな?
私がそう思っていると、セリーも同じようにおもったようで、ちょっと変な顔をしていた。
「そ、そうか」
ご主人様は返事をしたが、微妙に私たちから目をそらした。
セリーはそんなご主人様の様子を見て、説明を続けた。
「迷宮にとって人は獲物です。だから、人が入らない迷宮は活動が激しくなり、人がよく入る迷宮は活動が和らぎます。多くの人が入る迷宮はそれだけ危険が少なくなります」
「そういうものなのか」
「はい。例えば、都市や村の近くにある迷宮はあまり外に魔物を出しません。出しても積極的には人を襲わない弱い魔物です。人里離れた場所にある迷宮は、より強い魔物を迷宮の外に出すようになり、積極的に人を襲わせます」
「ふむ。そういうことか...... チッ!」
「エルフは何を考えているかわかりません。気をつけてください」
ご主人様は少し不機嫌そうに舌打ちしたけど、セリーの表情を見るとフッと苦笑していつもの表情に戻った。
「だいたいわかった。ありがとう。セリー」
ご主人様はセリーにお礼を言うと、真剣な表情になって考えごとをはじめた。
これからどうするか考えていると思い、しばらく黙って見ていると、不意にご主人様が小さな声でつぶやいた。
「時間ももったいないし、ふたてにわかれて行動するか......」
ご主人様はそうつぶやくと、顔をあげて宣言した。
「まずは防具屋へ行って、装備品を強化しよう。
それからセリーは探索者ギルドへ行って、迷宮の情報を集めてくれ」
「わかりました。お任せください」
ご主人様に頼まれると、セリーは返事をしながら少し胸を張った。
「さっきはハルバーの迷宮しか行ってないから、俺とロクサーヌは残りの2つ、ボーデとターレの迷宮を回ってみる。まずは場所を確認しておこう」
「かしこまりました」
「ところでご主人様。装備品の強化ですか?」
「ああ。ロクサーヌとセリーの皮のジャケットをなんとかしようと思う。これをもう少しいい装備品に替えたい」
「私たちは今のままでもじゅうぶんです。
まずはご主人様の装備品から整えるべきではないでしょうか」
「完全に余裕があっての強化ならばそうするが、今はクーラタルの11階層で詰んでいる状態だからな。必要なところからにすべきだろう」
「そうですか......」
私はご主人様に考えなおしてほしかったけど、ご主人様の言葉に強い信念を感じてくちごもった。
すると、セリーがもうしわけなさそうに謝罪した。
「えっと。私のためにすみません」
「気にするな。パーティーメンバーにはそれぞれの役割がある。今は前衛の防備を固めるときというだけだ」
「はい。ありがとうございます」
ご主人様はセリーに気にしないよう伝えたけど、彼女は自分が足手まといになっている気持ちが強いみたい。
口ではお礼を言っているけど、表情は暗いわね。
でも...... セリーも一応同意しているし、私たちを大事にしてくれるのは何よりご主人様の意志だから、私も素直にならないといけないわね。
そう考えていると、ご主人様の視線が私に向いた。
「じゃあ、そういうことで。ロクサーヌもいいな」
いまさっき私が納得しがたい態度を取ってしまったせいか、ご主人様に同意を求められてしまった。
私は素直に感謝の気持ちを込めてご主人様にお礼を言った。
「はい。ありがとうございます」
私はにっこり微笑んでお礼を言った。
必殺の微笑みである。
すると、ご主人様は少し顔を赤らめて私を見つめた。
なんだか私に見とれているような感じがして、うれしくなって私もご主人様を見つめ返した。
それから数秒。いや、数十秒か。
そのまま大好きなご主人様と見つめあっている。
言葉は無くてもそれだけでとてもしあわせな気持ちになる。
2人の間にゆっくりした時間が流れ、「このまま時間が止まればいいのに」なんて思ったら、唐突にご主人様がハッとわれに返ってしまった。
「ちょっと残念」なんて思うとご主人様の視線が私のすぐ隣にそれた。
私もハッとして隣を見ると、死人のようにうろんな目をしたセリーがいた。
しまった。瞬間的にセリーを忘れてしまった。
「せっ、セリー。えっと......」
私が動揺していると、ご主人様が小さく咳払いした。
「あ、あと。食べ終わったら片付けはロクサーヌに頼む。セリーは装備品を作ってくれ。頼むぞ」
「かしこまりました」
「分かりました」
ご主人様に頼むと言われ、セリーの雰囲気が少し和らいだ気がした。
その後、食器を洗い終わると、物置部屋からご主人様とセリーが戻ってきた。
私にはよくわからないのだけど、ご主人様は良い装備品は売らずに物置部屋に保管しているので、いくつか良い物が出来たのだろう。
セリーの表情もすっかり明るくなっているから、間違いないようね。
ふふっ。流石はセリー。
ご主人様が見立てた通り、鍛冶師として成功するわね。
「ロクサーヌ。良ければそろそろ出かけよう」
「はい。片付けは終わりましたので大丈夫です」
「じゃあ行こう」
ご主人様がワープゲートを開いたので、通り抜けるとクーラタルの防具屋だった。
◆ ◆ ◆
防具屋に入るとすぐに店主がこちらに寄ってきた。
「いらっしゃいませ。今日はどんな用件ですか?」
「どうも。今日は売り買い両方だが、まずはこの二人の防具を探したい」
「そうですか。では、何かあったら声をかけてください」
店主はそう言うと私たちから一歩下がったところに控え、装備品を物色しだしたご主人様から声がかかるのを待ちだした。
ご主人様はそんな店主を放置して、胴装備が置いてあるコーナーに移動。
しばらく物色していたけど、不意に店主に話しかけた。
「店主。革のジャケットのもう一つ上は、この硬革のジャケットか」
ご主人様から声がかかると、店主はニヤリと笑って一歩近づいて返事をした。
「そうです。それと、前衛のかたであればチェインメイル、男性用には鉄の鎧や鋼鉄の鎧もございます。チェインメイルで強度は硬革のジャケットとほぼ同等とされております。鎧は重くて動きにくいのが難点ですが、その分お求めやすくなっております」
「そ、そうか」
店主がここぞとばかりに商品の説明をし始めたので、ご主人様は一瞬けおされていたけど、すぐに苦笑いを浮かべて私に話しかけてきた。
「ハハハハ。そうか。
ロクサーヌは硬革のジャケットの方がいいよな」
「えっと。そうですね。鎧だと必要以上に胸が強調されてしまいそうですので、ジャケットにしていただけると助かります。
ですが、いい装備品ですが、よろしいのですか」
「大丈夫だ」
ご主人様は私に返事をすると、セリーに向きなおった。
「セリーも硬革のジャケットでいいか?」
ご主人様が質問すると、セリーは胸をおさえて「どうせ私は......」と小声でつぶやいていたけど、おもむろにチェインメイルを持ち上げた。
「いえ、この程度の重さであれば特に支障にはならないと思います」
「お、重くないか?」
「重いことは重いですが、問題ありません」
「そうか......」
ご主人様は何か言いかけたけど、セリーの表情を見て言葉を飲み込んだ。
そして、硬革のジャケットとチェインメイルをいくつか手に取り、私たちに渡してきた。
ご主人様は「それじゃあ、このあたりでいいものを選べ」と言い残すと、店主を引き連れて他の装備品を見に行ってしまった。
「セリー。本当にチェインメイルで良いのですか?
硬革のジャケットのほうが軽くて動き易いですよ?」
「ロクサーヌさん。私には魔物の攻撃をかわすほど速く動くことは難しいです。
ドワーフは魔物の攻撃を弾くか受け止めるタイプですし、この程度の重さで動きが変わることはありません。
ですからなるべく防御力が高い装備が良いのです」
「そうですか。値段を見て遠慮している訳ではないのですね」
「はい。もう少し力がついたら装備はプレートメイル、武器はフレイルや鉄の槍が良いのです」
「わかりました。では、選びましょうか」
私はセリーにそう言ってから、ご主人様が選んだジャケットの縫製や細部の造り込み具合、傷の有無などを見比べた。
そして、購入する物を決めて顔をあげると、セリーは自分の物を決め終わり、他の物は棚に戻し終わっていた。
ちょっと時間をかけ過ぎたかな?
セリーにはちょっともうしわけなかったけど、
まあ、装備品なんてそうそう買い替える物じゃないから仕方がないわね。
残った装備品を棚に戻してから選んだ硬革のジャケットとチェインメイルをカウンターに持っていくと、ご主人様はすでに待っていた。
「おまたせいたしました。ご主人様」
「いや。ちょうどセリーが作った装備品の売却が終わったところだったから問題ない。
で、それで良いのだな」
「はい。よろしくお願いします」
「お願いします」
私とセリーが装備品を渡すと、ご主人様は店主を呼んで会計した。
横で見ていると金貨を2枚も支払っていたのでびっくりした。
私が驚いていることに気づいたからか、ご主人様は私の耳をひとなですると、「じゃあ、帰るぞ」と言って店を出た。
そして、防具屋の壁にワープゲートを開いて帰宅した。
「ご主人様。高価な装備品を買って頂き、ありがとうございました」
「いや、命を守る物だから気にするな。
セリーが作った防具が良い値で売れたから、そこまでの出費ではないし、迷宮で戦えばすぐに元は取れるからな」
「はい。頑張ります」
「わ、私も頑張ります」
私が返事をすると、セリーも慌てて返事をした。
「ところでセリーが作った防具はそんなに高く売れたのですか?」
「ああ。良い出来だったからな。セリー様々だ」
「ち、違いますよ。数があったからですよ。ご主人様。そんな言い方をしたらロクサーヌさんが勘違いしますから」
ご主人様がニヤけながらセリーをおだてると、彼女はちょっと慌てて否定した。
「いや。防具屋の店主はセリーが作った防具を見てなかなか良い出来だって褒めてたぞ。
店主は“この装備を作った鍛冶師なら、専属契約してもいい”って言ってたしな。まあ、数があったことは間違いないが」
「さすがはセリーですね」
「ご主人様。それは営業トークです。真に受けたら商人にいいようにされてしまいますから、話半分で聞くようにしてください」
「ハハハハッ。わかった。わかった。
だが、セリーが作った防具を喜んで買ってくれたことに間違いないのだから、これからもよろしく頼むな」
「はい。頑張ります」
セリーはご主人様に返事をしながら“フンスッ!”と鼻息を荒らげて拳を握った。
「それより新しい装備を着けてみてくれ」
「はい」
「はい」
私たちが、買ってきた装備品を着けていると、ご主人様はセリーに装備品を重ねて着けられるか、武器を複数持っても問題ないか等の質問をしだした。
しかし、彼女からあまり求めていた答えが得られなかったようで、少しがっかりしていた。
そして、セリーから胡乱な目を向けられて、ちょっと慌てていた。
誰でも知ってることだし普通は考えないことだけど、
ご主人様はときどきこういう常識的なことを聞いてくる。
ご主人様はすごい人なんだけど...... ふふっ。ほんと、ちょっと可愛い♥
◆ ◆ ◆
装備品の試着のあと、クーラタルの冒険者ギルドに移動してセリーと別れ、私とご主人様はボーデの冒険者ギルドに移動した。
カウンターで迷宮場所を聞いて冒険者ギルドの外に出るとまちなかが混んでいた。どうも市が立っているようだ。
私たちは人ごみの中を抜けて城壁の外に出、森の中を小一時間ほど歩いて迷宮に着いた。
迷宮につくとご主人様は入口の探索者に迷宮の探索状況を確認した。
「探索はどこまで進んでいる」
「まだ1階層を突破したパーティーはありません。出現したばかりですので。1階層の魔物はグリーンキャタピラーです」
「わかった」
ご主人様は返事をすると迷宮の1階層に入り、入り口小部屋の壁にワープゲートを開いた。
ゲートを通り抜けると知らない小屋の壁に出た。
「ご主人様。ここはどこですか?」
「ここはターレの村だ。ここには冒険者ギルドがないから村人を探して迷宮の場所を聞く」
ご主人様はそう言って歩きはじめると、すぐにエルフの村人を見つけた。
ご主人様は村人に近づき、「迷宮のある場所を尋ねたいのだが」と話しかけた。
すると、村人はいぶかしそうな顔をして私の知らない言葉で返事をした。
たぶんエルフの言葉だろう。
ご主人様は困って私に救いの視線を向けてきたけど、私も知らない言葉だったので、「すみません。私もここの言葉は分からないです」と答えると、「まいったな」とあたまをかいた。
すると村人は私たちに言葉が通じないことがわかったのか、「チッ」と舌打ちして地面を指差し、この場から立ち去った。
どうやら誰か呼びに行ったようだ。
「待ってろってことかな」
「そう思います」
そのまま少し待っていると、少し身なりの良いエルフの男性が近づいてきた。
後でご主人様に聞いたのだけど、村長だったらしい。
その男性はご主人様をいぶかしそうに睨むと、「迷宮に来た冒険者か?」とブラヒム語で話しかけてきた。
ご主人様が「そうだ」と短く答えると、その男性は「迷宮は村を出て南西の方にある。人間族でも行けば分かるだろう」と吐き捨てるように言って、もう話すことはないというようにきびすを返した。
ご主人様はその背中に「……分かった」と返事をすると、こちらに振り向きもせずに「せいぜいがんばるがいい」と言い残してそのまま立ち去った。
私は男性の態度に呆気に取られていたけど、少しするとご主人様が侮られたことに気がついて怒りが込み上げてきた。
そして、我慢出来なくなり言葉を吐き出した。
「何か態度がよくない感じでした」
「まあそういってやるな」
「でも、ご主人様が侮られているように感じたのですが!」
私はあたまに血が上ってしまい、両手で拳を握って思いっきり振り下ろし、全身で“私、怒ってます!盛大に怒ってます!”という雰囲気を出したのだけど、何故かご主人様はクスッと笑ってちょっと嬉しそうに私を見つめた。
「まあ、しょうがないだろう。俺たちの実力も知らないだろうし」
「ですけど! ご主人様は迷宮探索に協力しに来ているのに、あの態度はないと思います!」
「まあまあ。ロクサーヌ。それ以上怒るな」
ご主人様はそう言って、私をなだめるように耳を撫でた。そして、「さ、行くぞ」と言って、私の手を引いて迷宮に向かって歩きだした。
私は怒りがおさまらなかったけど、ご主人様がそんなに怒っていないので、ひと息吐いてから話を続けた。
「さすがご主人様は寛容です。さっきの連中に思い知らせてやりたいです」
「ハハハハ。ロクサーヌ。迷宮の場所さえ分かれば二度とあの村に行くことはない。だからもう忘れろ」
ちょっと拗ね気味に言ったけど、ご主人様に笑って諭されてしまった。
私はそれが悔しくて、更に言い募ってしまった。
「ですけど、あの態度は許せません」
「まあまあ。確かに酷い態度だったけど、もう関わらないなら引きずっても意味がないだろう?」
「確かにそうですけど...... ご主人様は悔しくないのですか?」
私が納得行かない態度を崩さないでいると、ご主人様は優しい声音で返事をした。
「ちょっとムカついたけど、それだけだ。
そんなのほっとけって感じだよ。
それに、俺としては怒ったロクサーヌが見れたから、ちょっと得した気分だしな」
「えっ! それはどういうことですか?」
私が驚くとご主人様は立ち止まり、私の耳元に口を寄せて小さくささやいた。
「怒ってるロクサーヌも可愛いよ」
私は一瞬で怒りが吹き飛び、顔から火が出るくらい恥ずかしくなった。
「ご主人様。その言葉は卑怯です......」
「ハハハハ。ロクサーヌ。俺のために怒ってくれてありがとうな」
ご主人様はそう言うと、再び迷宮に向かって歩きだした。
しばらく歩いて迷宮に着くと、入り口にエルフの男性が立っていた。
たぶん迷宮案内の探索者だろう。
私は一瞬警戒したけど、ご主人様の問いかけに普通に答えたのでホッとした。
ターレの村人と違い、この探索者はそれなりにわきまえているようだ。
探索者の話では、ターレの迷宮は13階層まで探索が進んでおり、13階層の魔物はラブシュラブらしい。
ご主人様が13階層への案内を依頼してワッペンを見せると、探索者は目を見開いて驚いた。
エルフでないご主人様がハルツ公領騎士団のワッペンを持っていることが信じられなかったのだろう。
「き、騎士団員のかたですか」
「いや。関係者だ」
「そうでしたか」
探索者の態度が急に丁寧になった気がする。
ご主人様は探索者をパーティーに加えて13階層に連れて行ってもらうと、一度迷宮の外に出た。
それから、探索者と別れたあとにもう一度迷宮に入り、1階層に寄ってからクーラタルの迷宮4階層に移動した。
「ロクサーヌ。MPを回復したいから魔物を探してくれ」
「かしこまりました」
私は匂いを嗅ぐと、右の通路の先にチープシープが2匹。
正面通路の奥からチープシープ1匹とコボルト2匹の群れの匂いがした。
「ご主人様。右の通路にチープシープが2匹。正面の通路にチープシープ1匹とコボルト2匹の群れがいます」
「では、右に行こう」
「かしこまりました」
右に行くと、1分ほどで通路の先にチープシープが見えてきた。
ご主人様は剣を抜くと、突っ込んできた1匹をかわしざまに斬り飛ばし、一瞬だけ私が抑えたもう1匹を横から斬り伏せた。
どちらも当たり前のように一撃で煙に変えている。
その後2度、魔物の群れを殲滅してから迷宮を出て、探索者ギルドに移動した。
探索者ギルドでセリーと合流し、少し早かったけど夕食の食材を買って家に帰った。
◆ ◆ ◆
家に着いて装備品を外していると、セリーがはなしかけてきた。
「ロクサーヌさん。けっこう時間がかかりましたけど、ボーデとターレの迷宮は町から遠かったのですか?」
「そうですね。ボーデは冒険者ギルドから1時間弱。ターレは村の中心から1時間ちょっとくらいでした」
私はセリーに答えながら、ターレでの出来事を思いだした。思い出すと、沸々と怒りが込み上げて来た。
「そう。それよりもセリー。聞いてください!
ターレはエルフの村だったのですけど、村人がすごく失礼な人たちでした」
「そうなんですか?」
「はい。
ご主人様が迷宮の場所を問い合わせたら、方角だけ教えてこちらの返事も聞かずにきびすを返したのです。
勝手に探せって感じで。
しかも最後に「せいぜい頑張れ」って捨て台詞まで吐いたのですよ。それもけっこう偉そうな人が。
ちょっと酷いって思いません!?」
私が捲し立てるとセリーは一瞬キョトンとしたけど、すぐに優しい顔になった。
「ロクサーヌさん。相手はエルフですよね。
なら仕方がありません。
基本的にエルフは排他的で、他種族を見下すやからが多いのです。
それに、見た目と異なり、裏ではあくどいことをしている者も多いようです。
表情を見ただけでは何を考えているかわからないので、ドワーフは子供の時に、エルフには注意するよう教わるのです」
「そうでしたか。排他的で、他種族を見下す......
確かにセリーのいう通りでした。
あの村には2度と行きたくないですね!」
「エルフの村なんて行かないに越したことはありません。まあ、冒険者ギルドもないような村になど、2度と行くことはないでしょう」
「そうですね」
私はセリーと話していると、ご主人様が肩をすくめて軽くため息を吐いた。
そして、私の肩をポンポンと優しくたたいて「まあまあ」となだめてくれたので、深呼吸してさっきの景色をあたまのなかから追い出した。
私とセリーの会話が一段落すると、ご主人様はセリーにクーラタルの探索者ギルドで得た迷宮に関する情報を確認した。
どうも情報は数日遅れて伝わっているようで、階層毎の魔物情報は有用だけど、探索進捗状況はあまり役にはたたなそう。
実際、ボーデの迷宮に関してはいっさい情報がなかったとのこと。
ご主人様は少し悩んでいたけど、階層突破の報奨金がたいした金額ではないことがわかると、「ハルバーの迷宮11階層から探索を進めることにする」と宣言した。
「じゃあ、ハルバーの迷宮11階層に行けるようにしてくるから、ロクサーヌとセリーは家で待っててくれ」
「かしこまりました」
「わかりました」
私とセリーが返事をすると、ご主人様はワープゲートをひらいて出かけていった。
「セリー。今のうちに家事をしておきましょう」
「はい。では、私は2階の部屋から掃除します。ロクサーヌさんは?」
「私は洗濯してから掃除を手伝います。ご主人様はすぐに帰ってくるかも知れませんので、手早く済ませましょう」
「わかりました」
私はまず寝室に行き、シーツを交換し、それから脱衣室に移動してカゴから服を取り出し、風呂場に持っていって手早く洗濯した。
洗ったシーツと服を紐に吊るしてから風呂桶の水を捨て、それからほうきを持ってセリーを探した。
するとセリーは2階の廊下を掃いていた。
「セリー。2階の部屋は済みましたか?」
「はい。廊下のあとは階段。それから1階におります」
私がセリーの横を通り抜けながら声をかけると、セリーも掃きながら返事をした。
私は1階におりてダイニングから部屋の掃き掃除をはじめ、各部屋のあと廊下を掃きはじめると階段を掃き終わったセリーが合流した。
そして、2人であらかた掃き掃除が終わるころ、ご主人様が帰ってきた。
「おかえりなさいませ。ご主人様」
「ただいま。ロクサーヌ。掃除してたのか?」
「はい。もう終わりますので、いつでも出られます」
「そ、そうか」
「ハルバーの迷宮11階層には入れるようになりましたか?」
「ああ。10階層と11階層に入れるようになった」
「10階層もですか?」
「ああ。さっき1階層から家に帰ってきたので、1階層に飛んで一度迷宮の外に出たんだけど、ちょうどそこにゴスラーがいてな。
話をしたら、入り口の探索者にただで10階層と11階層に送るよう頼んでくれたんだ」
「さすがご主人様です」
「いや。運が良かっただけだ」
「運ですか? 私はご主人様に人徳があったからだと思いますよ」
「ハハハハ。人徳は大袈裟だな」
話が一段落すると、セリーも掃除を終えてダイニングに戻ってきた。
ご主人様は迷宮入り口での階層選択についてセリーに確認すると、「じゃあ、ハルバーの迷宮に移動する」と言ってワープゲートを開いた。
ゲートをくぐると目の前に迷宮の入り口があった。
どうやら入り口前の大木に飛んだようだ。
ご主人様はまっすぐ歩いて迷宮に入ったので、私とセリーも続いて入った。
「では、とりあえず10階層からこの迷宮で戦ってみよう」
「えっと。ここはハルバーの迷宮10階層なんですね」
「そうだ」
セリーが質問すると、ご主人様は“なんでいちいち確認するんだ?”という雰囲気で答えた。
ちょっといぶかしそうなので、たぶん根本的なことに思いがいっていないようだ。
私はそれに気づいたので、思い切って言うことにした。
「ご主人様。ちょっとよろしいですか?」
「ん? なんだ?」
「ご主人様は探索者なので迷宮のどこに移動したかわかりますが、パーティーメンバーとして一緒に移動してきただけの私とセリーにはわからないのです」
「言われて見れば、確かにそうだな」
「もうしわけありませんがこれから移動先がどこか、伝えていただけないでしょうか。そのほうがセリーは情報が伝え易くなりますし、私も魔物を判断しやすくなります。似たような匂いの魔物もおりますので」
「わかった。ロクサーヌ。ちゃんと言ってくれてありがとう。これからも気づいたことがあったら遠慮なく言ってくれ」
ご主人様はそう言うと、私の耳をひと撫でした。
「かしこまりました」
「セリーも頼むな」
「わ、わかりました。
えっと。ハルバーの迷宮10階層の魔物はニートアントです」
「なんだ毒もちか......
まあ初めての迷宮だし、一応一つ下から試してみるべきだろう......」
ご主人様はこの階層の魔物の名前を聞いたとたん、明らかにテンションがさがった。
なんだかすごく嫌そう。
この前ニートアントの毒攻撃を受けていたので、軽くトラウマになっているのかな?
私はポケットから毒消し丸を出しながらセリーを見ると、彼女もアイテムボックスから毒消し丸を取り出した。
「ご主人様。私たちが毒消し丸を持っていますので、毒を受けても大丈夫ですよ」
そう言いながら、にっこり微笑んで2人で毒消し丸をつまんでみせると、ご主人様は苦笑いした。
「いや、まあ。それを使われないように頑張るよ。
じゃあ、ロクサーヌ、魔物を探してくれ」
「かしこまりました」
私はその場で匂いを嗅ぐと、左のほうからニートアントの匂いがした。
匂いの強さからすると3匹というところか。
他の魔物の匂いはしないわね。
「ご主人様。左のほうにニートアントが3匹います」
「わかった。先導を頼む」
私は2人を連れて左の通路を進むと、すぐにニートアント3匹の群れが見えてきた。
すると、ニートアントは水の膜に包まれて苦しみだした。ご主人様がウォーターストームを放ったのだ。
私たちが動かず待機していると、ニートアントがこちらに向かってきた。
しかし、私たちに辿り着く前に2度目のウォーターストームに包まれる。
ウォーターストームの効果が切れると再びニートアントがこちらに向かってきたが、私が2匹、セリーが1匹を抑えると、すぐに3発目のウォーターストームが炸裂。
ニートアントは3匹とも煙になり、毒針をドロップした。
「さすがはご主人様です。ニートアントごときは敵ではありませんね」
「いや、2人がしっかり抑えてくれたから今の戦闘は完勝したが、4匹だったらこうは行かない。
他の魔物が入れば魔法3発では倒せないし、1匹でも魔法を撃たれたら、こちらが窮地に陥る可能性もある。
だから、気を抜くなよ」
「は、はい。気をつけます」
しまった。
ご主人様にたしなめられてしまった。
あまりにも楽勝だったので、ご主人様のテンションをあげるためにも意識して浮かれたことを言ったつもりだったけど、ご主人様はもう気持ちを切り替えて前を向いていたのね。
逆に私はこの階層なら余裕って思ってしまった。
迷宮はいつ牙を剥くかわからないのに、私のほうこそ気が緩んでいたみたい。
反省しないと......
「ではロクサーヌ。組み合わせは気にしなくて良いからどんどん魔物を探してくれ」
「はい」
私は短く答えて匂いを嗅いだ。
「ご主人様。次はこちらです。ニートアント3匹とエスケープゴート1匹の群れがいます」
「わかった。案内を頼む」
左の通路を進むと、前がニートアント2匹とエスケープゴート1匹。後ろがニートアント1匹の群れが見えた。
私とセリーが構えると、魔物にウォーターストームが炸裂。更にもう1発ウォーターストームが炸裂すると、後方のニートアントの下に魔法陣が出現した。
「セリー、さがって!」
私は叫ぶと同時に2mほど後方にさがった。
セリーもすぐに私の横まで下がると、後方のニートアントの魔法陣がカッ!と光った。
しかし、何も起こらなかった。
次の瞬間、3発目のウォーターストームが炸裂し、ニートアントが全滅した。
すると、エスケープゴートは逃げようとしたが、私とセリーが左右から回りこんで退路を断つと、ウロウロしている間にファイヤーボールを3発撃ち込まれて煙に変わった。
戦闘が終了すると、セリーが話しかけてきた。
「ロクサーヌさん。さっきニートアントのスキルが不発だったのは、私たちが離れたからですか?
私の知る限り、確実に毒を与えるスキルだったはずですが」
「ニートアントのスキルは射程があるので、それ以上離れると届かないのです」
私がセリーに答えると、ご主人様も話しかけてきた。
「ロクサーヌ。よくそんなこと知っていたな」
「はい。むかし家の近くにいたニートアントで試しましたので」
「えっ! 試した?」
「ど、どうやって試したのですか?」
2人がすごく驚いて聞いてきたので、私は子供の頃に試した方法を話した。
「えっと、最初にニートアントと戦ったとき、ニートアントの下に魔法陣が浮かんだので全力で逃げたことがあったのです。
するとスキル攻撃を受けなかったので、離れれば大丈夫って気がつきました」
「いや、普通子供のときにニートアントと戦うことは無いと思うが......」
「ロクサーヌさん。気づいたあとはどうしたのですか?」
「そのあとは、小さなカエルを20匹くらい捕まえて袋に入れてニートアントに近づき、魔法陣が浮かんだらカエルを落としながら離れることを繰り返しました。
それで、だいたい8mくらいまでのカエルが死ぬことがわかったので、以降は魔法陣が浮かんだら8m離れることにしていました」
「そ、そうですか。さすがロクサーヌさんです」
セリーは返事をするとなぜか肩を落とし、ご主人様はセリーの肩を優しくたたきながら、小さくうなずいていた。
えっと......なぜ?
そんな会話もありつつその後、1時間ほど10階層で戦うと、ご主人様は「10階層は問題ないみたいなので、11階層に移るか」と言いだした。
「わかりました」
「わかりました」
私とセリーが返事をすると、ご主人様はボス部屋に向かうことなくダンジョンウォークのゲートを開いた。
ゲートをくぐり11階層に移動して匂いを嗅ぐと、正面通路からミノの匂いがした。
わずかながらニートアントの匂いもする。
「ハルバー11階層の魔物はミノです。特に弱点となる魔法はありません」
ゲートをくぐるとすかさずセリーが魔物の情報を伝えてくれた。
私も続いて報告する。
「ご主人様。正面通路にミノ2匹とニートアント1匹の群れがいます」
「わかった。案内してくれ」
先導すると、すぐに魔物の群れがいた。
10階層での戦いと同じで魔物が気づく前にご主人様のウォーターストームが炸裂し、接敵する前に2発目のウォーターストームが炸裂。そして私とセリーが魔物をブロックすると、直後に3発目のウォーターストームが炸裂した。
しかし、今度は魔物が1匹も倒れなかった。
まあ、11階層にあがったのだから、魔物も強くなっているのね。
私はそのまま魔物をブロックしながらセリーを見ると、彼女も魔物が残ることを予想していたようで、動揺することもなく魔物の攻撃を抑えていた。
何度か攻撃をかわしていると、4発目のウォーターストームが炸裂し、ニートアントが煙になった。
私とセリーはそれぞれミノ1匹ずつを抑え続けたけど、5発目、6発目の魔法でもミノは倒れず、7発目の魔法でやっと崩れ落ちた。
ドロップアイテムを拾っていると、「フゥッ。7発か」と
ご主人様がつぶやく声が聞こえた。
ご主人様は魔法の回数が増えたことに不満があるのだろうか? 難しい顔をしながら考えごとをしている。
ミノに弱点が無いことも影響しているとは思うけど、やはり11階層にあがり魔物が強くなったことが、魔法の回数が増えた原因だと思う。
とは言っても3分くらいで撃破出来た。
装備を強化しているので多少攻撃を受けてもたいしたダメージは受けないだろうし、もう1匹増えても全体攻撃魔法を撃たれなければ大丈夫だと思う。
そう思ったので、ご主人様に素直に伝えた。
「ご主人様の魔法で戦闘が早く終わるので、もう1匹増えても全体攻撃魔法を撃たれなければ大丈夫だと思います」
「この階層の魔物はミノ、ニートアント、エスケープゴートがほとんどです。全体攻撃魔法を使う魔物はいないので、私も大丈夫だと思います」
私が考えを伝えると、セリーも大丈夫だとねんをおした。
「そうか。まあ、1回戦っただけで大丈夫だと思うのは早計だ。それに魔法はMPが減ったら使えないから、何度か戦ってから上の階層にあがるか判断する」
「わかりました」
「じゃあロクサーヌ。10階層のときと同じで組み合わせは考えなくて良いから、どんどん魔物に案内してくれ」
「かしこまりました」
それから何度か魔物と戦うと私は一度も攻撃を受けなかったけど、ご主人様とセリーはご主人様が剣で戦ったときに何度か攻撃を受けていた。
しかし、回復魔法は1、2回で済んでいたので、私は私たちのパーティーなら上の階層でも十分戦えると思ったけど、ご主人様は違う判断をしたようだ。
ご主人様はセリーが攻撃された後、受けたダメージがクーラタルの11階層でも問題ないレベルか確認したけど、彼女が「やってみなければ分かりませんが、がんばれると思います」と答えると眉をしかめた。
そして、「大丈夫ではないということか」とボソッとつぶやいた。
それからも何度かハルバーの11階層で魔物と戦い、お昼に迷宮の外に出て、ご主人様のワープで一度家に帰った。
ダイニングテーブルでお茶を飲みながらひと息つくと、ご主人様は「午後からはターレの13階層へ行って、ラブシュラブを狩る」と言いだした。
いつも安全重視なご主人様がいきなり13階層に行くと言ったことに違和感を覚えたけど、なんだか自信有りげな表情をしていたので、私は短く「はい」と返事をした。
「セリー、ラブシュラブというのが次の装備品作成に必要な素材を残す魔物だったよな」
「はい。そうです」
「よし。じゃあ、そろそろ行こう」
ご主人様のワープでターレ迷宮のすぐ脇の大木に出ると、入り口に立っている案内人に軽く声をかけてそのまま1階層に入った。
ご主人様がアイテムボックスからデュランダルを取り出して態勢を整え、それから13階層に移動した。
13階層入り口の小部屋に着くと、ご主人様はセリーに話しかけた。
「ラブシュラブというのはどういう魔物か知っているか」
「戦ったことはありませんが、枝を遠くに飛ばす遠距離攻撃をしてくる魔物だそうです。火魔法が弱点です」
「火魔法だな。まあ今回は新しい魔法を使う。ロクサーヌ、魔物が少ない群れを探してくれ」
新しい魔法?
疑問に思ったけれど、匂いを嗅ぐとすぐ近くに嗅いだことがない魔物の匂いがしたので、どんな魔法か確認するのはあと回しにしてご主人様に魔物がいることを報告した。
「ご主人様。右に匂いを嗅いだことがない魔物がいます。たぶんラブシュラブだと思います。
数は1匹か2匹です」
「わかった。案内してくれ」
私が2人を先導して右の通路を進むと、すぐにラブシュラブが2匹出現した。
私はご主人様が魔法をはなつと思ってその場で立ち止まり、ラブシュラブを観察した。
根がうねって少しずつ近づいてくるけど、ずいぶん足が遅い魔物ね。これならいざというときは簡単に逃げられるのではないかしら。
などと思っていると、魔物の足元にオレンジ色の魔法陣が出現し、表面に突起が浮かんだ。
私はハッとして、「来ます!」と警告しながら右に飛ぶとからだの脇を茶色の棒が飛び抜けた。
すると、後ろで「うぉ!」というご主人様の焦った声が聞こえた。
ご主人様は私の後ろに位置どっていたので、回避がギリギリだったのだろう。
いまのがラブシュラブの遠距離攻撃か。
いまの攻撃ならもっと近づいても避けることは出来るだろう。しかし、背を向けて逃げるのは難しいかも。
さすがは中層の魔物というところか、足が遅い分はいまの遠距離攻撃でカバーしているのね。
それなら接敵するまで動かないのは間違いね。
私はそう考えてセリーに声をかけた。
「セリー。突っ込みましょう」
「はい」
私とセリーが走りだしたまさにそのとき、ご主人様が突然叫び始めた。
「光栄に思うがいい。この魔法まで見せるのは、貴様らが初めてだ。無限の宇宙の彼方から、滅ぼし尽くす空の意志、滅殺、メテオクラッシュ」
突然どうしたのだろう?
いつもは魔法を無詠唱で放つのに、いきなり叫び始めたことに驚いてちらっと振り返ると、ご主人様の頭上に灼熱した岩石が出現し轟音をとどろかせながら私たちに向かって撃ち出された。
「えっ」
「何?」
私は咄嗟にからだをひねってそれを回避したけど、セリーは回避できずにあたまに直撃した。
私はその光景にゾッとしたけど、セリーのあたまは弾け飛ぶようなことはなく、岩石はあたまをすり抜けて火の粉を撒き散らしながら魔物に向かって飛んでいった。
そして、岩石は魔物に直撃すると、爆散して魔物とともに煙になり、次の瞬間に静寂に戻った迷宮にカランという板が落ちる音が響いた。
私は少しの時間呆けていたけど、ご主人様の「ふぅ」と大きく息を吐いた音を聞いてハッとわれにかえり、ご主人様に確認した。
「な、何ですか、今のは」
「新しい魔法だ」
「こ、こんな魔法も持っておられたのですね。さすがはご主人様です」
「以前は使えなかった魔法だ。レベルがあがってMP量が増えたから使えるようになった」
「そうでしたか。でも、すごい魔法でした」
「まあ、まだ連発はできないがな」
私とご主人様が話していると、新魔法の威力に呆然としていたセリーがハッとわれにかえった。
と、思ったら、あたまを抱えてアワアワしている。
「いいいい、今のは何ですか!」
「いや、だから新しい魔法だ」
どうも呆然としているあいだ、セリーには私とご主人様の会話が聞こえていなかったようだ。
「でででで、でも、一撃ですよ! こ、こここ、ここは13階層ですよ!」
「セリー、ちょっと落ちつけ」
「セリー、落ち着いてください」
「ででで、でも、こんな魔法は聞いたことがありません!」
灼熱した岩石があたまを通過する瞬間に走馬灯でも見たのか?
セリーはパニック状態になっている。
自分のあたまを焼けただれた岩石がすり抜けたのだから仕方がないかもしれないけど、ちょっと落ち着かせないと会話にならないわね。
こういうときは確か...... 一発殴って落ち着かせる?
そんな考えがあたまをよぎったけど、彼女を殴ると根に持たれそうな気がする。
だから今回は、ご主人様の素晴らしさを精一杯アピールして彼女を納得させることにした。
私は彼女を引き寄せて両肩をガッとつかみ、額が付くくらい顔を寄せた。
彼女は私が急に顔を寄せたことに驚いたからか、「ヒッ!」と短い悲鳴を漏らしたけど、かまわずご主人様の素晴らしさを伝える。
「セリー。ご主人様ですから、強い魔法が使えても不思議なことではありません。むしろ、私たちの常識で測ることが間違っているのです。
初めてなので驚くことは仕方がありませんが、理解できないからと言って恐怖することはないのです。
なぜならご主人様は、私たちをとても大切にしてくれるのですから。
これからは、ご主人様に驚いたときは「さすがです」と讃え、そんなすごいご主人様に仕えられていることを幸運に思ってください」
私は一気に言い切って、最後に「いいですね」と念を押すと、セリーは無言でコクコクとうなずいた。
私は「ふぅ」と息を吐いてセリーを離すと、彼女も落ち着いたようで静かになった。
ご主人様に向きなおると、なぜか眉根がヒクついていた。
「ろ、ロクサーヌ。ありがとう」
「いえ。たいしたことではありません。それより話を戻しますが、すごい威力でした」
「まあ、レベルがあがって力があり余っているからな」
「13階層に行くと言われたときに自信が有りそうでしたので、何かあるとは思っていましたけど、想像以上でした。さすがはご主人様です」
「なにしろ力があり余っているんだ。今日はちょっとやりすぎてしまうかもしれん」
「えっ! では、他にも何かあるのですか?す、すごすぎです」
ご主人様が上機嫌で話すと、その言葉を聞いてセリーはまた驚愕の表情を浮かべた。
「ハハハハ。まあ、まだあると言いたいところだが、いまのでMPがだいぶ減った。
まずはMPを回復しないとダメだな」
ご主人様はそう言うと、ダンジョンウォークで1階層に移動してデュランダルで魔物を2匹狩り、その後ハルバーの11階層に移動して、さらに魔物を4グループ。合計14匹も狩った。
14匹目の魔物を狩ると、ご主人様は「MPが全回復したからターレに戻る」と宣言した。
そして、ターレの迷宮13階層に移動すると、私にもう一度、魔物が少ないところに案内するよう指示した。
魔物を探すと4匹の群れが近くにいたけど、私は魔物に気付かれないよう別の通路に進み、ラブシュラブが1匹のところに案内した。
「ご主人様。この先にラブシュラブが1匹います」
「わかった。魔物の強さを図りたいので、俺が剣で倒す。ロクサーヌとセリーは防御か回避に専念してくれ」
「はい」
「わかりました」
返事をしながら少し進むと、前方にラブシュラブが見えてきた。
ご主人様は「行くぞ!」と言うと、デュランダルを掲げて駆けだした。
私とセリーも左右に並んで魔物に向かうと、ラブシュラブの下にオレンジ色の魔法陣が出現した。
「来ます!」
私は枝を避けるために立ち止まったけど、ご主人様は避けずに突っ込んだ。
次の瞬間、バチン!と革の鎧に枝が当たる音が響いたけど、ご主人様は顔をしかめながらもラブシュラブに飛びかかり、大上段からデュランダルを振り下ろした。
すごい威力の一撃で、ラブシュラブのからだが一瞬お辞儀するように折れ曲がったけど、その一撃では倒れなかった。
しかし、衝撃がすごかったためかラブシュラブは反撃できずに棒立ちとなり、ご主人様に次の一撃を許してしまう。
今度は右から左に薙ぎ払われ、からだをくの字に曲げて吹き飛んだ。
今の薙ぎ払いもすごい。いつもの倍は威力がある気がする。
ご主人様はからだが霞むくらいの素早い攻撃もできるけど、渾身の一撃を連発することもできたのだ。
さすがはご主人様。本当にすごい人だ。
しかししかし、さすがは中層。
なんとこれでおしまいではなかったのだ。
ラブシュラブは派手に壁に激突して倒れたので、「さすがにこれは決まったか」と思ったけど、煙にはならずにむっくりと立ち上がった。
しぶとい。
やはり中層の魔物となると、低層の魔物とは比べものにならないくらい強いのか。
私はラブシュラブの強さに少し焦ったけど、ご主人様の次の一撃で煙になった。
最後の一撃もすごい威力だったけど、ラブシュラブも腕を振るって攻撃を当てていたらしく、相打ちだったようだ。
戦いが終わるとご主人様は「くっ!」と小さく声を洩らして片膝をついた。
思わず私はご主人様に駆け寄って声をかけた。
「ご主人様。大丈夫ですか」
「ああ。たいしたことはない。しかし、11階層と比べると、かなり強いな」
「そうですね。確か11階層のときはご主人様の一撃で魔物をたおしていたので、3倍くらい強いということでしょうか」
「そうかもしれないな。
まあ、なんとか戦えている。
中層の魔物の強さに慣れるためにももう少し13階層で戦ってもいいだろう」
そう言うとご主人様は板を拾っているセリーに話しかけた。
「セリー、板は何枚くらいあればいい」
「とりあえず、五、六枚もあれば十分です」
「そうか。あと3枚だな。ロクサーヌ。次を頼む」
「かしこまりました」
私は匂いを嗅ぐと、右のほうにラブシュラブ2匹と知らない魔物が1匹。左のほうにラブシュラブが2匹いた。
「ではご主人様。こちらにラブシュラブが2匹います」
私はさきほど言われた通り魔物の少ないほうに案内すると、すぐ通路の先にラブシュラブが見えてきた。
するとご主人様が「この星を消す」と言って右手を突き出したけど、ちょっと待っても何も起こらなかった。
「えっと......?」
魔法が放たれると思って駆けださなかった私とセリーがご主人様を見つめると、軽く咳払いしてから今度は無言でもう一度右手を突き出した。
なぜか少し恥ずかしそうだったけど、あえて黙って見ていると、ご主人様の頭上に灼熱に焼けただれた岩石が浮かびあがった。
ご主人様の新魔法、メテオクラッシュだ。
轟音をとどろかせて岩石は火の粉をまき散らしながらラブシュラブめがけて飛んでいき、直撃すると爆散して煙になった。
さきほど一度見ているけど、ほんとすさまじい光景だ。
だけど、さっき一瞬まがあったのはなんだったのだろう?
少し疑問に思って「あの、今のは......」と声をかけようとすると、ご主人様はちょっと目を見開いて無言でじっと私を見つめた。
その目が「今は聞かないでくれ」と、訴えている気がする。
私はご主人様の無言の圧力にけおされ、「あ、いえ、
なんでもありません」と言ってなかったことにした。
そしてちょっと気まずかったので、セリーに声をかけて板を回収しに行った。
後で教えてもらったのだけど、このときご主人様はガンマ線バーストという別の新魔法で私たちを驚かせようと思っていたのだけど、魔法を念じても発動しなかったとのこと。
発動できるレベルに達してなかったことが原因なのだけど、メテオクラッシュが使えたのでまさかガンマ線バーストが使えないとは思ってもみなかったらしく、めちゃくちゃ恥ずかしかったらしい。
そして、魔物を倒した直後に私に突っ込まれそうになったので、全力の目ぢからで切り抜けたつもりだったとのこと。
こういうところは、ご主人様のちょっと可愛くて魅力的なところだと思う。
その後、板を回収して持っていくと、ご主人様から質問された。
「13階層にはラブシュラブしかいないのか?」
「えっと。数の少ないところに案内しているので」
「まあそうだよな」
「戦ったことのない魔物の匂いもします。たぶん12階層の魔物だと思います」
私の言葉を聞くと、ご主人様は「そうか」と言いながらセリーのほうを向いた。
すると、彼女は「ターレの12階層の情報はまだギルドには出ていませんでした」と当たり前のように答えた。
「えっと、ご主人様。コラーゲンコーラルの匂いもします」
私が話すとご主人様は一瞬こちらを向いて「そうか」と言うと、すぐにまたセリーのほうを向いた。
すると、セリーは当たり前のように「10階層か11階層の魔物ですね」と答えた。
仕方がないことだけど、ご主人様のなかで情報確認はセリーにするということが、すでに定着してしまったのだろう。
それにしても、なんで10階層か11階層ということがわかったのだろう?
ご主人様はすぐに納得したようだけど、私は分からなかったので、セリーに聞いてみた。
「セリー。コラーゲンコーラルがなぜ10階層か11階層の魔物とわかったのですか?」
「クーラタルの探索者ギルドには、ターレではコラーゲンコーラルの出現情報がなかったからです」
「そういうこと......ですか?」
私がいまいち理解できないでいると、セリーは説明を付け足した。
「迷宮では3階層下の魔物まで出現しますので、10階層の魔物までは出現する可能性があります。
クーラタルの探索者ギルドにはターレの迷宮についての情報は9階層までしかなかったことを伝えましたので、たぶんご主人様はターレの魔物情報にコラーゲンコーラルがいなかったことまで気づいて納得したのだと思います」
そこまで話すとセリーはご主人様に顔を向けた。
「そうですよね?」
「その通りだ」
「そうでしたか。やっと腑に落ちました」
私が納得すると、ご主人様は「では、探索を続けるぞ」と宣言した。
「ロクサーヌ。コラーゲンコーラルだが、数は少ないか?」
「はい。1匹か2匹だと思います。コラーゲンコーラルだけの群れです」
「じゃあそこへ連れてってくれ」
「かしこまりました」
私が先導して2分ほど歩くと、コラーゲンコーラルが1匹いた。
「今回は俺が倒すから、2人は牽制だけにしてくれ」
「はい」
「はい」
魔物に近づいて私とセリーが左右に着くと、ご主人様は魔物の正面に仁王立ちしてデュランダルを大上段に構えた。
コラーゲンコーラルは体当たりしてきたが、ご主人様がデュランダルを振りおろすほうが速かった。
コラーゲンコーラルはデュランダルであたまを斬られると、先ほどのラブシュラブのように強制的にお辞儀させられた。
そして、体勢をたてなおす前に横薙ぎの一撃で吹き飛ばされ、床を転がるとそのまま煙になった。
またしてもすごい威力の連撃だ。
「ご主人様。すごいです」
「いや、11階層の魔物よりは強いが、この階層のラブシュラブよりはだいぶ弱いみたいだ」
「いえ、そうではなく。先ほどから、一撃、一撃がすごく強い気がします」
「ふふっ。そうか?」
「もしかしてラッシュですか?」
ご主人様はごまかすつもりのようだったけど、ずっと考えこんでいたセリーが核心を突いたようだ。
ご主人様はちょっと肩をすくめて、フッと軽く息を吐いた。
「さすがはセリーだな。正解だ」
「いえ。それでもすごいです。普通スキルを使うには詠唱が必要ですので連発なんてできません。
戦士のスキルまで使えるとは。それも無詠唱で......
いや、無詠唱で使えるから連発できるということですか......」
セリーは正解に辿りついたようだけど、普通はあり得ない事態に途中からひとりごとのようにぼそぼそつぶやきだしてしまった。
話しながら疑問がわいて、思考の海に沈んでしまったみたいだ。
セリーには悪いけど、私はご主人様の一撃が強かった理由がわかってスッキリした。
なので、素直にご主人様を称賛した。
「さすがはご主人様です」
「ハハハハ。そうか。まあ、内密にな」
「かしこまりました」
「セリーも頼むな」
「は、はい。わかりました」
ご主人様はセリーに声をかけながらあたまをポンポンとたたいて現実に引き戻すと、表情を引き締めた。
「ロクサーヌ。次は12階層の魔物のところへも一度頼めるか。魔法を使うから、数は多くてもいい」
「はい」
私は返事をし、先ほどのかいだことがない匂いの魔物を探し、ご主人様を案内した。
しばらく歩くと、通路の先に魔物が3匹現れた。
ラブシュラブが2匹と、子豚が1匹だ。
しかし、あの子豚はよく見ると牙がはえている。
次の瞬間、ご主人様のメテオクラッシュが魔物たちを襲った。
轟音をとどろかせ、火の粉を撒き散らしながら灼熱化した岩石が飛んでいき魔物の群れに着弾すると、ラブシュラブ2匹が爆散した。
しかし、子豚は倒れずに踏みとどまると、こちらに向かって駆けだした。
ご主人様はワンドを放り出してアイテムボックスからデュランダルを取り出すと、負けじと子豚に向かって駆けだす。
そして、接触する瞬間に袈裟斬りにした。
ご主人様の攻撃のほうが一瞬早く、子豚は突進が止められたけど、体勢を崩さずにご主人様に頭突きを繰りだす。
しかし、ご主人様はそれを冷静にかわして横薙ぎに切り抜けると、子豚は横倒しになりそのまま煙になった。
魔物を倒すとご主人様がぼそりとつぶやいた。
「12階層の魔物はピッグホッグのようだな......」
「ご存知なのですか?」
「あ、ああ。たまたまな。詳しくは知らない」
私が聞くとご主人様は慌てて詳しく知らないと言ったので、たぶん名前を知っていただけなんだろう。
そんなご主人様をみて、すかさずセリーが説明した。
「ピッグホッグは土属性の魔物です。土属性に耐性があり、土属性魔法を使ってきます。水属性が弱点になります」
「そうか。ラブシュラブは水属性に耐性があるんだったな。コラーゲンコーラルも水属性に耐性があるからターレの迷宮は難易度が高いな」
「そうかも知れません」
私はドロップアイテムを拾ってご主人様に渡すと、「豚バラ肉か。夕食の食材にちょうど良い」とよろこんでいたけど、少し考えて「ここを狩り場にするのは厳しいか......」とつぶやいた。
その後、もう一度ハルバーの11階層に移動して、夕方まで魔物を狩り続けた。
当面の狩り場はハルバーの11階層になったということだ。
◆ ◆ ◆
夕方。
探索を終えてクーラタルの冒険者ギルドに移動し、カウンターでドロップアイテムを売ってからクーラタルの町なかに出ると、周りが薄暗くて道が濡れていた。
見上げると空はどんより曇っていたので、少し前まで雨が降っていたのだろう。
天気が悪かったことが影響しているのか、町なかには人が少ない。
こう薄暗いと何だか気がめいってしまい、この町に拒まれているような気分になる。
そう言えば、世話役のおばさんが雨はそれなりに降ると言っていたけど、クーラタルほどの大きな町でも、人がまばらになるとこんな寂しい感じになるんだ。
そんなことを考えつつご主人様のとなりを歩いていると、前方に探索者風の身なりをした男たちがたむろしていた。
その男たちはイヤらしい目で私を見ながらヒソヒソと話すと、ひとりがこちらに近づいてきた。
ご主人様はぶつからないよう道の右側に寄ってすれ違おうとしたけど、男はわざわざ同じほうにからだを寄せてきて、不自然にご主人様にぶつかろうとした。
私はご主人様の右側にいたので、咄嗟にご主人様の腕を引いてからだをずらすと、探索者風の男はぶつかろうとした目標がなくなりたたらを踏んだ。
すると、チッ!と舌打ちしてこちらを睨んだ。
わざとぶつかって因縁をつけるつもりだったようだけど、避けられたので思わず舌打ちしてしまったみたいだ。
探索者風の男はご主人様から文句の一つも言わせたいのか? そのままこちらを睨み続けていたけれど、ご主人様はそんな男を完全に無視した。
そして、私を抱き寄せると「助かった。ありがとう」と言って、くちびるを重ねた。
ご主人様は男に見せつけるように私にたっぷりキスをすると、次にセリーを引き寄せて「いつもありがとうな」と言って彼女にもたっぷりキスをした。
ご主人様はセリーにキスし終わると、私とセリーの背に腕をまわし、「行くぞ」と言って歩きだした。
どう考えても挑発だけど、ご主人様に完全に無視された男は癇癪を起こし、「てめぇ!待ちやがれ!」って言いながら後ろからせまってきた。
ご主人様は私とセリーをグッと前に押し出すと、自分は振り向いて男と対峙した。
私はトトッと3歩ほど進んでから振り返ると、男がご主人様の胸ぐらをつかもうと手を伸ばしたところだった。
あっ! ご主人様! 危ない!
私は慌てて声をかけようとすると、ご主人様はつかまれる瞬間にほんの少しだけ上体をそらした。そして、男の手が空をきった瞬時にもとの位置にからだを戻した。
ご主人様の動きがすごく速かったので、傍から見たら男がご主人様の胸を殴ったようにしか見えない。
男にはご主人様の動きが見えていなかったようで、何故自分が胸を殴っているのか分からずにポカンとしている。
私にはご主人様の動きは見えていたけど、なんでそんな動きをしたのか分からずポカンとすると、ご主人様はわざとらしく胸を押さえて一歩下がり、「いってぇ! いきなり殴りやがって、どういうつもりだ!」と、まるで周りに聞かせるように大声で叫んだ。
あれ? なんで痛がっているの?
あれ? わざとさがった?
私と同じ様に疑問に思ったのか、ご主人様につかみかかった男は「えっ?」とつぶやき拳を突き出したまま呆け続けている。
直後、男はハッとわれにかえったようだけど、そのときには目の前にご主人様の拳がせまっていた。
男は次の言葉を発する前にご主人様に顔面を殴られ、首を捻りながら3mくらい飛ばされて大の字に道に倒れた。
そして、そのままピクリとも動かなくなった。
ラブシュラブを倒したときと同じくらいすごい一撃だ。
そして私は気がついた。
ご主人様がわざと一歩さがったのは、踏み込んで拳に力を乗せるためだったのだ。
男の顔を覗くと鼻が折れ曲がっていて、あごは砕け、歯も何本か折れていた。
見るも無惨な状態だ。
しかし、よく見るとかすかに胸が上下に動いている。からだもピクピクと小刻みに痙攣しているので、気絶はしたけど何とかまだ息がある状態のようだ。
ご主人様を見ると、倒した男からは既に視線を外していた。
生きていることに気づかないわけはないだろうから、たぶんこれで終わりにするつもりなんだろう。
でも、ご主人様に手をあげたのだから、こんな男は殺してもかまわないはずだ。
それなのに半殺しで済ませるなんて、ご主人様はお優しいわね。
でも、私は許さない!
ご主人様に殴りかかってくるようなヤツは排除しなくてはならない。ここで許したら、いつか復讐される可能性もある。
次の瞬間、私は一気に倒れている男に駆け寄り、その首にシミターを振りおろした。
しかし、ガキンッ!という音が響いて、私のシミターはとめられた。
一瞬で間合いをつめたご主人様が佩剣していた護身用の鉄の剣を突き出して、首に吸い込まれる寸前のシミターの刃を受け止めたのだ。
「まだ生きてますが」
「いや。殺したら面倒な事になる気がする。だから今回はこれで済ませる」
私は怒りを押し殺してご主人様に忠告したけど、ご主人様は軽く首を振って殺すのを否定した。
「ですが......」
「ロクサーヌ。もう決めたのだ」
「......かしこまりました」
納得いかなかったけど、ご主人様に“決めた”と言われてしまったので、私はしかたなく引き下がることにした。
まあ、シミターを鞘におさめながら男の仲間たちを睨みつけ、きっちり殺気を飛ばしておいたけど。
でも、この男の顔は本当に酷い状態だ。
これを回復するためには、たくさん回復薬が必要になるはずだから、文字通りいい薬なのかもしれないわね。
そう思って溜飲を下げていると、横でご主人様がフッと息を吐いた。
そして、男の仲間たちを睨みつけると、「先に殴られたからしかたなく殴り返した。これは正当防衛だ。まさか文句は言わないよなぁ」と言い放った。
男の仲間たちに鉄の剣を向け、切っ先を上下にゆらゆらと揺らしている。
男を相手にしているときのご主人様は冷静そうに見えたけど、じつはかなり怒っていたようだ。
ご主人様に威圧された男の仲間たちは無言でコクコクとうなずくと、倒れている男に駆け寄った。
そして、男を抱え起こすと、この場からそそくさと立ち去っていった。
ご主人様の強さに圧倒されていたためか、終始私たちとは目を合わせなかったけど。
不愉快な男たちが居なくなりせいせいしていると、周りからヒソヒソとささやく声が聞こえた。
声がしたほうを見ると、遠巻きにことの顛末を見ている人たちがいる。
今日は天気が悪く人はまばらだったはずだけど、いつの間にか多くの人がこの騒動を見ていたようだ。
私たちは恥ずかしくなったので、すぐにその場を離れて夕食の食材を買い、さっさと家に帰った。
◆ ◆ ◆
帰宅してキッチンに買ってきた食材を置き、それから装備を外してダイニングテーブルに置いた。
セリーはご主人様と鍛冶をする予定なので私は玄関を確認しに行くと、玄関ドアのスキマにパピルスのメモがはさまっていた。
外出中に訪問した人がメモを残していくことがあるので帰宅したときに玄関を確認しに行くのだけど、メモがあるので今日は誰かきたようね。
メモを取って確認すると、“ウサギのモンスターカードを落札 ルーク”と書かれている。
どうやら私たちが出かけているうちにきたのは、商業ギルドのルーク氏の使いのようだ。
私はメモを持ってダイニングに戻ると、セリーの前に板が積み重なっていた。
彼女は板に手をかざして呪文を詠唱すると手元が光り、その光が収まると手に棍棒を持っていた。
そして、セリーは出来上がった棍棒に歪みや破損がないことを確認しだした。
セリーの鍛冶が一段落したので、私はとなりで監修しているご主人様に声をかけた。
しかし深く何か考えこんでいるようで、返事をしないどころか私がきたことにも気づいていないみたいだ。
私はもう一度声をかけながら、横から顔を突き出してじっと見つめると、ご主人様はハッと気づいて慌てて返事をした。
「ろ、ロクサーヌか。悪い。考えごとをしてて気づかなかった。それでどうした」
「玄関にメモが入っていました。ルーク氏からです。ウサギのモンスターカードを落札したそうです」
「おお。ウサギか。ウサギのモンスターカードは詠唱遅延だったよな」
「はい。そうです」
ご主人様はセリーに確認すると、「今日は遅いから商業ギルドに行くのは明日にする」と言って、セリーから棍棒を受け取った。
そして、その棍棒をアイテムボックスにしまいながら、私に指示をした。
「ロクサーヌ。もう少しセリーに鍛冶をさせるから、先に夕食の準備をはじめてくれないか」
「はい」
「メニューは任せる。鍛冶が終わったらセリーを行かせるから、よろしく頼む」
「かしこまりました」
返事をすると、ご主人様はアイテムボックスから豚バラ肉を取り出して私に渡した。
ご主人様はメニューは任せるとは言ったけど、今日のメインは豚バラ肉にせよということだ。
商館で習ったので、煮る・焼く・炒めると、ひと通りの料理はできるつもりだったけど、ご主人様の料理を見てしまうとできると思っていた自分が恥ずかしくなる。
任せると言われても私には難しい料理は作れない。
でも、せめてご主人様に失望されないよう、頑張って美味しい料理を作らないと......
私はメニューを考えながらキッチンに移動して、買ってきた材料を袋から出してテーブルの上に置いた。
そして、豚バラ肉を1cm厚に切って塩・コショウをふり、少し寝かせておく。
これは後でオリーブオイルに刻んだニンニクと魚醤を少し加えて、ソテーっぽく炒める予定だ。
ただ、なまの魚醤の匂いはちょっとキツ目で苦手なので、炒めるのはセリーにお願いするつもりだけど。
因みに料理し終わったあとは魚醤の匂いはやわらいでいて、他の食材の匂いと混ざって香ばしさを醸し出すので、じつは結構好きである。
次に根野菜と葉野菜を洗ってひとくち大に切り、鍋に放り込んだ。
こっちは煮込んでから塩・コショウで味を整え、スープにする予定だ。
下準備ができたので火種をもらいに行こうとすると、ちょうどご主人様とセリーがキッチンにきた。
「ご主人様。火種をもらってもよろしいですか?」
「ああ」
ご主人様はひとこと返事をするとファイヤーボールをだしたので、私は薪に火をつけてかまどにくべた。
ご主人様はファイヤーボールを消すと、からだを洗うためのお湯を準備すると言って、2階の風呂場にあがっていった。
私はセリーにソテーを任せ、スープの鍋をかまどに乗せてから、ダイニングに移動した。
私はテーブルを拭いてから食器を準備していると、セリーが焼きあがったソテーを持ってきた。
その後、煮込み終わったスープとパンも持ってきて、スープ以外を取り分ける。
スープの取り分けはご主人様の役目なので、ご主人様の席の前にはスープ皿を3つ置いた。
すると、ご主人様が戻ってきたので、すぐに夕食がはじまった。
その後、夕食を食べながら話していると、夕方絡まれた件の話題になった。
「ご主人様。なぜ殺さないで済ませたのですか?」
「いや。絡まれたと言っても、殺すのはまずいだろう?」
ご主人様が視線をセリーに向けると、彼女はうなずいて答えた。
「相手が盗賊なら問題ありませんが、ただの探索者なら殺してしまったらまずいことになったかも知れません」
「まずいこととはどういうことですか?」
「もしあの男を殺してしまった場合、治安維持のため騎士団が犯人や殺人理由について捜査することになったでしょう。
そうすると、騎士団は当事者を拘束して事情確認するだけでなく、周りで見ていた人に状況を確認します。
離れて見ていた人はなんとなく状況はわかっても、私たちの会話までは聞こえてはいなかったでしょうから、必然的に男の仲間たちと私の証言が重要視されるでしょう。
向こうは5人いましたが、こちらはご主人様を含めても3人です。
しかもご主人様とロクサーヌさんは争った当人なので、騎士団は考慮してくれない場合もあります。
そうなると、5対1です。かなり厳しいですね」
「でも、悪いのはあの男ですよ?」
「向こうの5人が本当のことを言うと思いますか?」
「そうですね...... きっと自分たちが有利になるような証言をすると......」
「そういうことです」
セリーの説明を聞いて、私はあたまから血の気が引いた。
一歩間違えていたら私とご主人様は犯罪者になっていたかも知れない。
私の短慮のせいで、ご主人様にたいへん迷惑をかけるところだったのだ。
シミターの一撃を止めてくれたご主人様には、感謝しきれない。
「ご主人様。私の短慮で大変なことになるところでした。もうしわけありませんでした。
それと、私を止めて頂き、たいへんありがとうございました」
私はあたまをテーブルに擦りつけて謝罪し、そして感謝を伝えながらご主人様を見つめると、真っ青な顔をしていた。
「あ、いや。それはいい。それよりもアイツ死んでなかったよな?」
「大丈夫です。息はありました」
ご主人様は動揺していて、私の言葉はほぼスルーした。
そして、セリーに相手の生死を尋ね、彼女の言葉を聞くと、あからさまにホッとした。
「そ、そうか。しかしヤバかった。
じつはあの男を殴るとき、あたまにきていたので思わずラッシュと念じてしまったんだ。
半殺しとか考えずに思いっきりぶっ飛ばしたから、死んでもおかしくなかった」
「そうだったのですか。それですごい一撃だったのですね。さすがはご主人様です」
「いや、ロクサーヌさん。そこは褒めるところではないと思います。それと、ラッシュは剣の攻撃にかかるスキルなので、拳で殴っても発動しません」
「そうなのか?」
「はい。相手がぶっ飛んだのは、単純にご主人様の力が強かったからです」
「ハハハハ、そうか。毎日迷宮で鍛えているから、セリーのいう通りかも知れないな。
まあ、これからは町なかで絡まれた場合は、思いっきり殴らないよう注意するよ」
◆ ◆ ◆
夕食の片付けのあとは風呂場にいき、3人でからだを洗いあった。
今日は湯船にお湯をはっていなかったけど、大きめのタライにご主人様がお湯を用意しておいてくださったので、そのお湯で泡を流す。
そして、髪の毛もお湯で濯いでからキレイな布で髪とからだをふくと、からだがサッパリした。
今日は天気が悪くちょっと蒸し蒸ししていたので、とっても清々しい気分になった。
その後、衣裳部屋に行ってネグリジェを着た。
スベスベの肌にツルツルの絹のネグリジェが気持ち良く、乳首がスレて硬くなってしまう。
ご主人様は肌着だけ履き、私の胸というか浮き出た乳首を見て満足そうに微笑むと、「先に寝室にいってる」と言って衣裳部屋を出ていった。
それから寝室に移動して、オヤスミのキスをした。
そして、私たちの肌のスベスベ感と絹のネグリジェのツルツル感をたっぷりご主人様に堪能してもらった。
◆ ◆ ◆
翌日、朝の挨拶をしてから迷宮に行く支度をすると、ご主人様は行き先を告げずにワープゲートを開いた。
ゲートをくぐり抜けると、ご主人様は私たちに武器を渡しながら話しだした。
「最初はクーラタルの11階層を試してみよう。チェインメイルでどれくらい戦えるようになったのかを見たい」
「えっと。それでは攻撃を受けてみます」
「そ、そうか」
セリーがこともなげに攻撃を受けると返事をしたせいか、ご主人様は若干引き気味だ。
でも、わざと攻撃を受けるのは普通は怖いはず。
私はセリーが無理しているんじゃないか?と疑問に思い、小声で確認した。
「セリー。大丈夫ですか?」
セリーは私を見て一瞬キョトンとすると、力強く答えた。
「はい。先日11階層の魔物に攻撃を受けましたけど、動けなくなるほどのダメージではありませんでした。昨日装備を強化しましたので、1発受けるくらいなら大丈夫です」
「そうですか。えっと、怖くはないのですか?」
「大丈夫なことがわかっているので怖くはありません。それに、攻撃を受けたあとはご主人様が回復してくれますので問題ありません」
「確かにそうですね。わかりました」
セリーの考えを聞くと、ご主人様は苦笑いしながら「悪いな」と軽く謝罪した。
私はグリーンキャタピラーの数が少ないところを探すことを伝えて匂いを嗅ごうとすると、ご主人様からエスケープゴートのいないところに案内するよう要請された。
私は集中して匂いを嗅ぎ分け、エスケープゴートのいない方向を探した。
「ご主人様。左の通路にグリーンキャタピラー2匹とニートアント1匹の群れがいます」
「わかった。ロクサーヌに任せる」
「はい。ではこちらに」
私が先導して通路を進むと、1分ほどで魔物の群れが見えてきた。
次の瞬間、魔物の群れにウォーターストームが炸裂した。
私とセリーが待機していると、ウォーターストームの効果が切れて魔物がこちらに向かい始めた。しかし、途中で2発目のウォーターストームが炸裂し、魔物が到着したのちの初撃をかわすと、3発目のウォーターストームが炸裂した。
10階層のニートアントはこれで煙になったけど、この階層のヤツは3発目を耐えきった。
グリーンキャタピラー2匹も生き残っている。
私は気持ちを引き締めて、グリーンキャタピラー2匹を抑えていると、となりでセリーが棍棒を振り回し、ニートアントを吹き飛ばした。
ニートアントはすぐに立ちあがり、セリーに向かって突撃してきたけど、接触する前に4発目のウォーターストームが炸裂し、水流のなかで煙になった。
その後、ご主人様は私が抑えているグリーンキャタピラーにウォーターストームを2発放ったけど、2匹とも耐えきった。
するとご主人様からセリーに声がかかった。
「セリー。いつでもいいぞ」
「は、はい」
セリーは返事をしながら私の前に進み出て、グリーンキャタピラーの体当たりをからだで受けた。
ドンッ!という鈍い音が響いたと同時にセリーから「クッ!」と痛みを我慢する声が漏れた。
彼女は衝撃でからだが一瞬グラついたけど、倒れることはなかった。
ちょっと痛そうにお腹をさすっているけれど、なんとか大丈夫そうだ。
次の瞬間、7発目のウォーターストームが炸裂し、グリーンキャタピラーは2匹とも煙になった。
「どうだった?」
ご主人様はセリーのお腹に手をかざし、手当をかけながら攻撃を受けた感想を聞くと、彼女は「そうですね。やはり攻撃に対する強度は確実に上がっています」と、当然のように装備を替えた結果について報告した。
ご主人様は苦笑しつつ、「痛くはなかったか?」と問い直すと、彼女は「ありがとうございます、もう大丈夫です」と答えてご主人様に手当を止めさせた。
そして、「多分、魔法4発放つ時間くらいなら耐えられると思います」と自分の考察を伝えていた。
ご主人様は「耐えられるか。済まなかったな」と言ってセリーのあたまを撫でながら、彼女を見つめて何かを考えこんでいた。
ご主人様のことだから、セリーの言葉の裏に何かを感じたのだろう。
ご主人様は「では、防具のテストは終了だ。ハルバーの11階層に移動して探索を行う」と言いながらワープゲートを開いた。
そして、それから3時間みっちり探索を行い、朝食を取るため帰宅した。
家に帰ると、ご主人様は「鏡を売りに行ってくる」と言ってハルツ公爵のところに出かけていき、私とセリーが朝食の準備を終えるころ、「ただいま」と言って帰ってきた。
鏡の買い置きがなくなったので今日はペルマスクに行くのかと思っていたのだけど、ダイニングテーブルに料理を並べながら話していると、ご主人様は「ペルマスクは明日にする。毎日あの公爵と顔を合わせるのも疲れるしな」と言いだした。
「よろしいのですか?」
「ああ。毎日売らないといけない訳ではないし、俺は公爵の配下ではない。
セリーに言われたからって訳ではないが、あの公爵は変に馴れ馴れしいし、何を考えているのかよくわからない。
迷宮探索や鏡の仕入れなら協力出来るけど、無理難題を吹っ掛けられたらたまったものでは無いからな」
「そうですね。ご主人様の言う通りだと思います」
「私もそう思います。相手はエルフです。用心することに越したことはありません」
私とセリーが同意すると、ご主人様は満足そうに頷いた。
その後、朝食を取りながら話していると、ご主人様は「防具を強化したので、次は武器を替えたい」と言いだした。
「武器ですか?」
「ウサギのモンスターカードが手に入るからな。それに、現状問題はないが、13 階層のラブシュラブはかなり強い」
「そうですか?
ご主人様の魔法...... えっと、メテオクラッシュを使えば、一撃では?」
「実をいうとあれは結構大変なんだ。いまの俺では連発は難しい」
私が兎の肉をほおばりながら質問するとご主人様も兎の肉をほおばりながら答えた。
「なるほど。切り札ということですね」
「そういうことだ」
ご主人様が答えると、隣りでモキュモキュと少し大き目の兎の肉と格闘していたセリーが「ゴクン」と勝利の音を響かせた。
そして、意気揚々と会話に参戦してきた。
「確かにラブシュラブは強かったです。
12階層から上の魔物は強くなるそうです。
23階層から上の魔物はさらに強くなるそうです」
そうだ。階層があがるたび、魔物はどんどん強くなる。
私たちはご主人様が圧倒的に強いから、低層階ではほとんど苦労をしなかった。
13階層でも戦えたから、もっとうえの階層でも大丈夫なんて思ってしまっていたけど、よくよく考えるとメテオクラッシュを使わなかったときの戦闘時間は下の階層と比べて確実に長くなっていた。
それに、13階層の魔物には、私とセリーの攻撃はまったく通用しなかった。
私は魔物の攻撃を避け、セリーは棍棒でいなすことしか出来ず、ご主人様が倒してくれるまでひたすら耐えるしかないのだ。
これではそう遠くないうちに、限界がくるのだろう。
流石はご主人様だ。
いち早くそれに気づき、装備品の強化に乗り出したってことですね。
私はご主人様とセリーの会話についていけなかったので少し落ち着いて自分の考えをまとめていたら、そのあいだにご主人様のワンドを強化すること、セリーは武器を槍に換えて詠唱中断のスキルをつけること、そしてパーティーメンバーをなるべく早く増やすことが決まっていた。
聖槍なんて、オークションでしか手に入らないような貴重な武器の話も出ていたようだけど、さすがにソレをセリーに持たせるってことはないわね。
◆ ◆ ◆
朝食の後、セリーはご主人様と鍛冶をすることになっているので、私は食事の片付けを行い、その後に2階の風呂場に行って洗濯に取り掛かった。
そして、手早く終わらせてダイニングに戻ると、ご主人様が木の杖をアイテムボックスにしまっていた。
つまり武器屋に売るってことだから、あれは全部普通の武器だったってことね。
セリーはダイニングテーブルのいつもの席に座ったまま、なんだか呆けているような、魂が抜けてしまったような感じで自分の両手を見ている。
いったいどうしたのだろう?
倉庫には行っていないようなので、残念ながら今日はご主人様の認める良い装備品は出来なかったということ。
つまりセリーは、良い装備品が作れなかったことを嘆いている? ......ってことはないわね。
まあ、彼女は自分に自信がないタイプだから、“出来ちゃってビックリ”っていうところかな?
私はそんなことを考えながら、セリーに話しかけた。
「杖も作れるのですね。さすがはセリーです」
「あ、ロクサーヌさん。その、初めて作ったんです。
鍛冶師になってからも何年も修行しないと杖は作れないはずなんです。
ウッドステッキとはいえ、鍛冶師になってからひと月もたっていない自分に作れてしまうなんて......」
「それだけセリーが優秀だということです」
「先ほどご主人様からも同じように言われましたけど、なんだか信じられなくて」
「いえ。間違いありません。それに、毎日迷宮探索で鍛えているので、成り立ての頃からはだいぶ成長しているはずですしね」
「そうかも知れません。とはいえ、成長が早すぎる気がするのですが」
「そうですね。私も成長は早いと思います。
ですが、それに見合うだけの魔物と戦っていると思います。
私の感覚では、普通の探索者の10倍は戦っているのではないでしょうか」
「確かに......尋常じゃないくらい戦っています。
自分で思っていた以上に、私は成長していたということですね」
セリーはそう言うと、席を立ち上がった。
私とセリーの会話が一段落すると、ご主人様が声を掛けてきた。
「そろそろ良いか?」
「はい。大丈夫です」
「は、はい。お待たせしました」
私とセリーが返事をすると、ご主人様はワープゲートを開いた。
クーラタルの商人ギルドに移動すると、ご主人様は受付でルーク氏を呼び出した。
そして、私とご主人様は応接室に移動してルーク氏との商談に臨み、セリーはご主人様に小声で何かを耳打ちされて、「お任せください」と言って掲示板を確認しに行った。
商人ギルドの応接室は、奴隷商館の応接室のような豪華さはなく、小さなテーブルを挟んで両側に3人掛けのソファーがあるだけの簡素な個室であり、床もただの板貼りだ。
ただ、その性格上、遮音はしっかりしており、扉を閉めるとギルド内の喧騒はまったく聞こえなくなった。
応接室に入ってソファーに座ると、すぐにルーク氏がやってきた。
ご主人様は挨拶をかわすと、先ずはウサギのモンスターカードを購入した。
そのあとモンスターカードの相場や取引状況について確認していたのだけど、話をしているあいだルーク氏はずっとこちらの素性を探っているような感じがした。
どうも、セリーの鍛冶師としての力量確認と、ご主人様がスキル融合した装備品を売る気が無いか見定めることがおもな目的のようだ。
ご主人様もすぐにルーク氏の意図に気づいたようで、こちらの情報は極力漏らさないよう慎重に受け答えしつつ、コボルトのモンスターカードとヤギのモンスターカードを注文した。
ルーク氏はなんとか話を続けてこちらの情報を引き出そうとしていたけど、注文し終わるのを見計らっていたかのように応接室の扉がノックされた。
そしてセリーが入ってきた。
「ご主人様。掲示板の確認は終わりました」
「わかった。では、モンスターカードの件、よろしく頼む」
セリーがひとこと話すとご主人様はルーク氏に軽く会釈して、立ち上がった。
ルーク氏は一瞬何か言いたそうな顔をしたけど、すぐに表情を戻して「お任せください」と言ってあたまを下げた。
その後、商人ギルドを出て、歩いて武器屋に向かった。
あとでセリーに教えてもらったのだけど、彼女が掲示板の確認をしたことを伝えたのはわざとだったらしく、ルーク氏に対する牽制の意味があったらしい。
セリー曰く、掲示板にはモンスターカードの取引情報以外にも、各種のオークション開催情報、特定の装備品やドロップアイテムの購入要望、特定都市への共同輸送の勧誘、特定地域の治安情報、などなど。
様々な内容が掲示されているので、「掲示板を確認した」と聞いただけでは何を確認したのかわからない。
かと言って、下手に質問すれば探っていますと公言することになるからそれも出来ず、黙るしかなくなる。
仲買人からすると、自分の話のウラを取られているのかも知れないので、ご主人様を出し抜くことは難しくなるとのことだった。
それと、「奴隷が報告した直後に話を打ち切られたら、よほどのことがない限り話を続けることは難しいだろう。だから、掲示板を確認してから遅れて部屋に入り、会話に割り込んでくれ」と商人ギルドに入ったときにご主人様に頼まれていたそうだ。
セリーからすると、ご主人様も最近は仲買人を警戒するようになってきているので良い傾向なのらしい。
私はルーク氏が悪い人には見えないけど、間違ってもご主人様が騙されるようなことにはなってほしくはない。
なので、この件はセリーに任せることにした。
◆ ◆ ◆
いつもの武器屋に入ると、すぐに店主がカウンターの奥から出てきて声を掛けてきた。
「いらっしゃい。今日も武器を売りにきたのか?」
「それもあるが、先に良い物が無いか見させてくれ」
「ああ。好きに見ていってくれ。因みに売る方はたくさんあるのか?」
「棍棒とウッドステッキが1本ずつ。あと、ダガーが30本ほどあるんだが」
「ダガーは前に10本持ってきたのと同じやつか?鍛冶師に作らせたって言ってた新品のやつ」
「ああそうだ」
「それが30本か。そいつは助かる」
「ん? 助かるのか? さすがに30本は多いかと思ったんだが」
「大丈夫だ。全部買わせてもらうぜ。
うちはそれなりに繁盛してるし、旦那の持ってくるダガーはよく売れるからな」
「そうなのか?」
「ああ。あのダガーは2日足らずで売り切れた。
あれなら、100本でも買い取るぜ」
「そうなのか。大量に買ってくれるのはこちらも助かるが、ダガーだぞ?」
「いやいや。旦那。
ダガーってのはウデのない鍛冶師が作る物。とか、駆け出し探索者の武器。なんて馬鹿にするヤツもいるんだが、最近はメイン武器とは別に護身用に持つヤツも増えてるんだよ」
「そうなのか」
「ああ。特に護身用で買うヤツは、同じダガーでも旦那が持ってくるようなキレイな型の物を欲しがるんだよ。
それにクーラタルはまちなかにもコボルトが出るから、探索者じゃなくてもダガーを持つヤツは珍しくない」
「なるほど、需要があるのか」
「そういうことだ。旦那の持ってくるダガーは、キレイなだけじゃなくて斬れ味もいいって評判だから、30本なんてすぐに売れるはずだ」
「性能もいいのか。それは知らなかった」
「なんだ、知らなかったんか。この前のダガーを買った客から話を聞いて、わざわざ他の町から買いに来た客もいたんだぜ。まあ、売り切れててガッカリしてたけどな」
「あははは。そんなことがあったのか」
「作ったんはそっちの小さい嬢ちゃんか?」
「まあな」
「そうか、そうか。
装備品ってのは作る鍛冶師のセンスが出るからな。
俺から言わせてもらうと、優秀な鍛冶師ってのは何が作れるかじゃねえ。どんだけ質のいいもんが作れるかだ。
その点、そっちの嬢ちゃんは間違いなく優秀な鍛冶師だぜ」
「ハハハハ。ありがとう。そう言ってくれると彼女の励みにもなる」
「旦那。彼女の作った武器なら必ず買わせてもらう。何ならちょっとは色を付けさせてもらうから、なるべくうちに卸してくれよな」
「わかった。そこまで言ってくれるなら、これからもここに卸させてもらうよ」
「ああ。よろしく頼むぜ」
武器屋の店主はご主人様との会話を終えると、最後にセリーに向かって「嬢ちゃん。これからもいいもん作ってくれよな」と言いながら軽く会釈して、カウンターのなかに戻っていった。
ご主人様が店主と話しているあいだ、セリーは自分がすごく評価されていることに驚いていたけど、店主が去ったあとに、「不味いな。セリーが可愛くて優秀な鍛冶師だってことが広まってしまうな」ってウィンクされながらご主人様に頬を撫でられ、「もう優秀な鍛冶師として評価されているなんて、さすがはセリーですね」と私からも称賛されると、“ボンッ!”って音が聞こえるくらい一瞬で真っ赤になって恥ずかしそうにうつむいた。
そして、あたまからは湯気を出して固まってしまった。
その後、うつむいたまま固まってしまったセリーの手を引いて槍のコーナーに移動すると、ご主人様は槍を物色しだした。
ご主人様は銅の槍と鉄の槍には目もくれず、鋼鉄の槍の前に立つと1本1本慎重に見極め、最終的に2本選んでセリーに手渡した。
ご主人様の行動を考えると、良い装備品と見立てた物はダガーであっても売らずに倉庫にしまっている。
武器や防具を買うときも、今回のように同じ物の中からいくつか見立てて選ばせるか、これが良い物だと言ってひとつに決めてしまうこともある。
全て確認してから「今日はやめておく」と言って買わないときもあった。
そして、ご主人様の見立てた装備品にセリーはモンスターカードの融合を行い、一度も失敗したことがない。
つまり、ご主人様はモンスターカードの融合が出来る装備品がわかるということだ。
私はそう結論づけているので、セリーが持っているあの2本が良い物。つまり、モンスターカードの融合に成功する物だってことなのだろう。
私はそう思ったのだけど、セリーはちょっと違うようだ。彼女は槍を2本手渡されてあきらかに戸惑っている。
「では、どっちかいいほうを選べ」
「えっと。が、がんばります」
えっ? 頑張ります?? セリーは何を言ってるの???
セリーの反応に内心で戸惑っていると、私と同じようにご主人様も「ん? 頼む...な?」と返事をしながら首をかしげた。
すると、私たちの顔を見て、セリーがぼそっとつぶやいた。
「えっと。融合に失敗すると、私では作りなおせませんが」
ああ。そういうことか。
新しい武器には詠唱中断のスキルを付けるということになっていたから、それを心配していたのね。
まったくもう。ご主人様が見立てた武器なんだから、融合が失敗するわけないのに。
私がそう思っていると、ご主人様は笑いだした。
「あははは。まあ大丈夫だ。なんせセリーは可愛くて優秀だからな」
ご主人様はそう言って彼女の肩を軽く叩くと、私の耳もとで「俺は杖を見に行くから、セリーを頼む」とささやいて、私たちのそばから離れていった。
私は肩をすくめ、狼狽気味のセリーに話しかけた。
「セリー。その2本はたくさんある槍のなかからご主人様が見立てた物です。この意味がわかりますか?」
「えっと。どういうことでしょうか」
「ご主人様がモンスターカードの融合をさせるときにいつもなんて言っているか、思いだしてください」
セリーは少し考えると、それでも不安そうにつぶやいた。
「確かにご主人様は融合が失敗しても責任は自分にあるって言ってますけど」
「ご主人様が武器を見立てたのです。つまり、あなたが気負う必要は無いということですよ」
「確かにそうですけど......」
セリーが今一つ納得していないので、私は彼女に顔を近づけて、ことさらに小声で話しをした。
「あなたは前に、モンスターカードの融合は優秀な鍛冶師でも失敗するほうが多いって言っていましたよね。だから鍛冶師になれたのは嬉しいけど不安もあるって」
「はい」
「確か、あなたのおじいさんは優秀な鍛冶師だったとも言っていましたね。それでも失敗することがあったと」
「はい。私の祖父は鍛冶師の上位職、隻眼に成れると言われていました。結局は成れなかったのですけど。
その祖父でも“失敗することはよくあることだ”と言っていましたし、実際に失敗して装備品がバラバラになったところを見たことがあります」
セリーはそう言いながら、驚愕の表情を浮かべはじめた。
私は彼女がモンスターカードの融合を失敗したところは見たことがない。
私は彼女がカード融合するところを全て見た訳ではないけれど、カード融合のあとに彼女が落ち込んでいるところは見たことがないし、必ず見ていたご主人様から失敗したなんて話は聞いたことがない。
そう。彼女は鍛冶師になってから、モンスターカードの融合に一度も失敗したことがないのだ。
それは彼女も気づいているはず。
本人なんだから気づかないことなんて無いはずなのだけど、彼女の常識には当てはまらないので、あたまではわかっていても心が受け付けないのだろう。
私はあえて、その事実を突きつけることにした。
「セリー。あなたはモンスターカードの融合に失敗したことはありますか?」
「ありません......」
「そうですよね。
なら、そろそろ気づいているのでは?」
「えっ!でも、そんなこと」
「ご主人様には常識は通用しませんよ」
「......信じられないことですが、やはりそういうことなのでしょうか」
「間違いないと思います。
もしかしたら、あなたが史上最高の天才鍛冶師という可能性もありますけどね」
「そ、そんなことはあり得ません!」
話が重たくなってしまったのでちょっとだけセリーをからかうと、彼女は全力で否定しようとして、声が大きくなってしまった。
「セリー。声が大きいですよ」
「す、すみません......」
「史上最高はともかくセリーが優秀なことは間違いありません。ご主人様もそう言ってますしね。
ですが、それは別として......」
「わかってます。私が優秀な訳ではありませんが、このことは内密にですね」
セリーが落ち着いたようなので、私は彼女にどちらにするか選ばせて、決めたほうを持ってカウンターに向かった。
店のカウンターに行くとご主人様はすでに待っていた。
そしてカウンターには杖が1本置かれていた。
アレがご主人様の選んだ武器なんだ。
私は視界の隅に杖を入れながら、ご主人様に話しかけた。
「お待たせしました」
「いや。ちょうど武器を売り終わったところだから、良いタイミングだ」
「そうでしたか」
私は返事をしながらご主人様に槍を渡した。
すると、すぐに店主が戻ってきた。ご主人様が売った武器を店の奥に持っていっていたようだ。
「旦那。またせたな」
「このロッドと鋼鉄の槍をいただこう」
「わかった。2つで3万ナールだ。旦那には今後も贔屓にしてほしいから、今回は負けとくぜ」
「助かる。ありがとう」
ご主人様は客なのだけど、何故かお金を払いながらお礼を言っている。
本当はおかしいはずだけど、不思議と嫌な感じがしないことに、このとき私は驚いていた。
武器屋を出て商人ギルドに向かっていると、ご主人様が私に話しかけてきた。
「今回は俺とセリーの武器だけで悪いな」
「いえ。かまいません」
「現状、シミターで特に困ってるわけでもないしな」
「そのとおりです」
ご主人様は何故かフンスっと鼻息を荒らげた。
「戦力の強化のためにはパーティーメンバーを増やす必要もある。装備にばかりお金をつぎ込むわけにはいかない」
「はい。確かに」
「稼ぎの悪い主人だとは思わないように」
「とんでもないことです。食事なども贅沢をさせてもらっていますし」
ご主人様は話しながら、何故か段々オロオロし始めた。
「あのくらいの攻撃はかわせとか、しつこい上にいやらしい男は嫌われるとか、さっさと見限って他の主人を探そうとか、考えないように」
「えっと。はい......?」
そんなことはあり得ない。いったいご主人様はどうしちゃったのだろう。
「いずれロクサーヌの武器を強化することもあるだろう」
「ありがとうございます。私の武器の強化はまだ先でも大丈夫です」
「店の奥に飾られている片手剣はエストックだったか。いいものが並んだらと考えている」
「……いい武器過ぎるように思うのですが」
「大丈夫。そのうちに、という話だ」
「は、はい」
「それに、ロクサーヌの武器を強化すればパーティー全体の強化になる」
「ありがとうございます」
ご主人様は私の武器を強化しなかったことを気にしているのだろうか。
確かに今回武器は買っていないけど、現状困ってないし昨日防具は買ってもらったし。
すごく大事にしてもらってるし、不満なんて微塵もないのに......
どう伝えたら、ご主人様にわかってもらえるだろうか。
そう考えていたら商人ギルドに着いてしまった。
その後、商人ギルドの待合室の壁からハルバーの11階層にワープした。
そして、2人の新しい武器を試しながら、夕方まで探索を続けた。
◆ ◆ ◆
それから数日すると、クーラタルの町に私たちの噂が流れはじめた。
なんでも、
「美人な奴隷を連れた恐ろしく強い冒険者がいる」とか、
「美人奴隷をイヤらしい目で見ると、主人の怒りを買って目を潰される」とか、
「公衆の面前で淫らな行為を見せびらかす」とか、
「美人奴隷もとても強く、しかも容赦なく殺そうとする」とか、
「絡んだヤツは男に顔面をボコボコにされ、そのあと女に首をはねられた」とか、
「周りにいただけで殺気を当てられたり、おどされたりする」とか、
はては「その連中の前に立つな。視界に入るな。同じ空気を吸うな。まだ死にたくないなら」なんてことまでささやかれているとのこと。
半分本当のことなので否定しづらいけど、この噂のせいで私たちに絡んでくるガラの悪いやからが減ったことは確かだ。
世話役のおばさんにまで噂が広まっていて、顔を合わせるたびに新しい噂と、それが私たちのことなのか?って、いちいち確かめてくるようになってしまったのがちょっとうっとおしいけれど、しばらくこの噂は放置することにしよう。
因みに、セリーに関する噂も流れている。
「美術品のような美しい形のダガーを作る凄腕美少女鍛冶師がいる」とか、
「防具屋には美少女鍛冶師のブランド製品が売ってる」とか、
「武器屋も負けずに美少女鍛冶師のブランド製品を売り出した」とか、
「武器屋と防具屋は買い取り額を割り増しして、美少女鍛冶師を囲い込もうと競っている」とか、
「美少女鍛冶師を奴隷にして自慢げに引き連れている冒険者がいる」とか、
「美少女鍛冶師の主人は女好きで、他にも何人もの美少女奴隷を引き連れている」とか、
挙句の果てには「好色主人は美少女奴隷たちと毎晩ヤリまくっている。アイツは色魔に違いない」なんて、何で知ってるの?!って噂までたっている。
世話役のおばさんからその噂を聞いたとき、セリーは顔を真っ赤にしていたけど、こちらも半分本当のことなので否定しづらく、「そんなこともあるんですね~」といちおう知らないふりをしておいた。
因みにおばさんは一度ご主人様に、「毎晩なんてそんなにすごいなら私も可愛がってもらおうかしら」などとフザケたことを言いながらスキンシップを図ろうとしたので、私がサッと割り込んで、「ご主人様は私で十分満足してます。申し訳ありませんが入り込む余地はありませんよ」と笑顔で答えておいた。
私たちは目立つらしく、他にも色々な噂が流れているらしいけど、下手に否定すると更に目立って面倒なことになりかねない。
ご主人様曰く、私やセリーが付き纏われたり、詐欺師や盗賊、私たちを利用して利益を得ようとするような奴らに目を付けられたり、等々......
そんなことにならない為にも、ご主人様の方針で外で噂を聞いても他人のふりをすることにしている。
でも、そんな噂を聞いた日は、家では盛大に愚痴大会が開催されることになったのは、言うまでもないだろう。