新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

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今話のタイトルはTV版第弐拾弐話より




第11話 せめて人間らしく

 

 

 

 

 

 ブラックホークの中で身動きできないように拘束され、アイマスクにヘッドフォンを付けられては幼い頃から訓練を受けて来たアスカでもどこに移送されているのか分からなかった。

 何時間も飛行してどこかの施設らしき場所に到着しても足枷は外されることなく、背中を銃らしき物で押されながら歩く。ヘッドフォンを通して進行方向を指示される始末で、久しぶりにエヴァンゲリオンパイロット以外の他人と会えたことで生まれた寛容さも吹っ飛ぶというもの。

 

「そろそろ目隠しぐらいは取ってくれても良いんじゃない?」

 

 唯一自由な口を出してみたが返って来る返事はない。さっさと歩けとばかりに銃で背中を押されるだけ。

 分かるのは、どこかに誘導されていることと、感じる気配からエヴァンゲリオンパイロットは同時に行動していることと、近くには多くの人の気配があること。

 重力変化からエレベーターか何かで下方向に移動し、狭い空間を進んだ先で些か乱暴にヘッドフォンが外された。途端に数多の声がアスカの耳に届く。

 

「髪、引っ掛かってるば!?」

 

 乱暴な扱いに文句を言うよりもマリが先に口に出していた。マリはヘッドフォンを外す際に髪が引っ掛かったようで文句をぶちぶちと言っている。それを思えば自分はまだマシだろうと考えることにして、聞こえる会話に耳を済ます。

 

「補給作業、搬入リストの86%までクリア」

「稼働中のN2リアクターは出力で90%を維持、圧力便は手動で解放してくれ」

「半径1200以内に艦影なし。未確認飛行物体も認められず」

「乗員の移乗は、Dブロックの船を最優先」

「食料搬入作業の人手がまるで足りない!至急手当してくれ」

「艤装作業、ロードマップをチェック。武装タンクが予定より3%遅れています」

 

 扱いからしてまとまな扱いではないのだから営倉にでも連れて行かれたのかと思えば、聞こえる会話からネルフ本部の発令所のような場所に連れて来られたような感じだった。

 

「BM-02、03、04、06、拘引しました」

 

 知らない男が誰かに報告している。内容からしてアスカ達エヴァパイロットを示しているのは間違いない。

 

「了解。拘束を解いて」

 

 聞き覚えのある、しかしその人物からは殆ど聞いたことのない冷淡な声に従って拘束具が外されて行く。最後に自分の手でアイマスクを外せば、ようやく外界の状況を確認できた。

 アスカ達の周りには戦略自衛隊の特殊部隊が銃を向けており、ヘッドフォンを外す時に引っ掛かったらしい髪の根元を擦るマリ、どこを見ているか分からないシンジ、シンジを見ているレイ№トロワもいる。

 視線をずらすと、椅子がアームの先端に付いた装置が何本も伸びているのが見えた。奥側には無数の丸い窓がはめ込まれてドーム状に湾曲している。普通の民間施設や居住空間ではないことだけは確実だった。

 

「下がっていいわ」

 

 特殊部隊が命令に従って入り口側に下がる。銃を下げることは無く、アスカ達一人当たり一つは必ず銃口が向けられている。下手な動きをすれば撃たれるとマリとアイコンタクトを交わしたアスカは命令を下した人物を見る。

 バイザーと赤い帽子の組み合わせで人相が分かり難いが、二度声を聞けば誰か分かった。

 

「Hello、ミサト。お互い壮健そうで何よりだわ」

「検査結果は?」

 

 葛城ミサトはアスカに視線を向けることなく、傍らの誰かに向けて確認する。

 アスカ達の位置からはその人物の顔が良く見えない。カーキ色のジャケットに身を包んだベリーショートの女性は電子カルテを眺めながら、反対の手で何かのコントローラーを持って何かの操作を行う。

 

「山小屋に残されていたプラグスーツから採取された検体をMAGIで照合すると、サードインパクトの前と99.9%一致と出たわ。一名を除いてDSSチョーカーの同期も確認」

 

 直後、アスカの首に巻かれていたチョーカーから電子音が発せられた。

 

「作動正常。パスコ―ドは艦長専用に」

「了解」

 

 コントローラーを操作していた人物は手元に表示されるステータスが『ACTIVE』に切り替わったのを確認してミサトに手渡す。

 

「問答無用で拘束して連行。手錠を何重にも付けられて、この扱いはないんじゃない。いい加減に状況を説明してほしいのだけど」

 

 問いに何も答えてもらえなかったアスカが溜息を吐きながら催促する。

 

「副長、説明を」

「丸投げしないでほしいわね、葛城艦長」

「他に適任者はいない」

「認めるしかないのが癪だわね」

 

 嫌そうにしながらベリーショートの人物が動き、ようやくその顔をアスカ達は視認することが出来た。

 

「髪を切ったのね、リツコ。似合ってるじゃない」

 

 こちらに向かって来た赤木リツコはアスカの言葉に僅かに眉を顰め、一定の距離を空けて足を止める。

 

「茶化さないように。ここはネルフとは違うのよ」

「急に連れて来られて、ここがどこかも知らないのよ。艦長だか副長だか、アンタ達の立場が変わったってことも含めて私達は何も知らないんだから」

 

 苦言を呈するリツコにアスカは両手を広げようとして、少し動くだけでも銃口を向けている特殊部隊が緊張を高めるのだから自重することにした。

 一度特殊部隊の方に視線を向けたリツコは特段反応を示すことなく、外に出していた手をジャケットのポケットに入れる。

 

「ここは戦自の第三駐屯地。サードインパクトによって殆どの人類が消え去った中で、恐らく今は残存人類の最後の砦となっているわ」

「はいはい先生! 多分、地球規模でL結界密度が上昇した中でどうしてここは無事でいられるんですか?」

 

 誰が先生だ、と首を突っ込んできたマリには思わずにはいられなかったが、聞かれたならば答えるのが今のリツコに課せられた役目である。

 

「N2パワーテクノロジーの産物にはL結界密度を押し下げる効果があると報告されています。N2パワー系のフィールドがコア化を防ぐ傘の効果を有しており、使徒封印呪詛柱で外縁を補強することでヒトとして生き残る領域を確保しています」

 

 アスカですら知らない単語がある中で、マリは訳知り顔で一人頷く。

 

「ふむふむ、N2リアクターが完成していたとは驚きですなぁ。使徒封印呪詛柱はジオフロントで初号機を凍結封印するのに使っていた物を流用したのでは?」

「話が早いのは助かるわ」

 

 知らない単語があろうとも前後の文脈から話を類推することは出来る。話を聞いているのか聞いていないのか分からないシンジやレイ№トロワは別にして、アスカにも話の概要は理解できていた。

 

「時田シロウ氏が開発したジェットアローン改のN2リアクターと、ジェットアローンの原子炉がなければ既に人は滅んでいたでしょうね。良くても人の生存圏はもっと狭かったはず」

 

 マリが色んな情報に通じていることはサードインパクト前には分かっていたこと。リツコは今更驚きはしないし、アスカも分かっているから今更追求しようとは思わない。気に食わないので後で蹴りぐらいは入れるかもしれないが。

 

「N2系のテクノロジーならN2弾でも効果はあるの?」

 

 やっぱり後といわず、今蹴ったアスカは「ぎゃん!?」と悲鳴を上げるマリを無視して問う。

 

「破壊用のN2爆弾弾頭を活性化させれば一定の効果はあったけれど、大半は効果に気づく前に使われてしまったでしょうね」

 

 使われてしまったという言葉からその状況を予測したアスカの表情は渋い。その横で回復したマリは呆れていた。

 

「ありゃりゃ、世界大戦やっちゃったんだ」

「余計な言葉は慎むことを勧めるわ」

「これは失礼」

 

 サードインパクト後の三か月間、俗世を離れたに近い状態だったので他人事のようなマリだったが、リツコの言うことも最もなので口を噤む。

 

「バカは放っておくとして…………見知った顔もあるということは、この大仰な施設でネルフは何をしようとしているのかしら?」

 

 横顔や後ろ姿しか分からないが、何人かはネルフ本部発令所にいた面子だったのでアスカはここがネルフだと最初は思った。

 

「ネルフとは違うと言ったはずよ」

「じゃあ、何? ここが戦自の基地ってことしか聞いてないわよ」

 

 勘違いだと言うなら正せと迫る。

 リツコは確かに説明していなかったと気づき、誤魔化すように片手を口元に持って行きコホンと咳払いする。

 

「私達は『ヴィレ』、ネルフから離脱した者と戦自に国連軍、更に有志の民間人によって結成されたフォースインパクト阻止を目的とする組織よ」

 

 改めてそこにいる者達の中のネルフで見たことのない者に注視すれば、確かに軍人とは思えようない雰囲気を持つ者もちらほらといることから真実であろうとアスカにも分かった。

 

「ヴィレにフォースインパクトねぇ……」

 

 ある程度の事情と、今後起こり得るであろう展開の予測をマリから聞いていたアスカは驚きはせず、辻褄合わせを行うことにした。

 

「碇ゲンドウが主導する人類補完計画、その最終章を止めるっていう認識で合ってる?」

「ええ、合っているわ。気になるのは貴方達の情報源についてだけど…………時間のある時にゆっくりと腰を据えて聞いてみたいものね」

 

 明らかに自分を見て言われた言葉に、マリは嫌そうな顔をして知らんブリを決め込むがリツコの視線の強さは全く衰えない。

 関わる気の無いアスカはご愁傷さまと内心で呟き、視線を強めるリツコに話の続きを求めることにした。

 

「で、私達の扱いは?」

「以前と同じ、エヴァパイロットとして。ただ、インパクトを起こし得ることを考慮すれば自由度には制限を掛けることを理解してほしい」

「はっ、アンタ達の怠慢の責任をアタシとコネメガネに押し付けるのだけは止めてよね。サードインパクトの責任はアンタ達にもあるんだから」

 

 ネルフの主権争いに明け暮れ、第12の使徒の発見が遅れてドグマへの侵入を易々と許してしまったのは明らかなミサト達の過失であった。話を聞きながら作業をしていた日向マコトや青葉シゲルにとっては耳に痛く、抗弁する資格もないから顔を顰めるしかない。

 

「否定は出来ないわね。だけど、貴方達にはフォースインパクトを起こし得る可能性がある」

 

 ニア・サードインパクトを起こしたシンジ、サードインパクトのトリガーとなった渚カヲル。追い詰められている人類圏を見ればリツコの言い様は正しくとも、制限される側のアスカからしたら堪ったものではない。

 

こんな物(DSSチョーカー)を付けてるんだから妥協しなさいよ」

 

 襟の高い服の首部分を指し示すアスカ。

 

「納得しえない者もいる、ということよ。理性では納得でも感情を排することが出来ない。それが人間というものだから」

あっち(ミサト)その似合わないこと(感情を排する)をしようとしているのは?」

「感情に流された報いを受けたからよ」

「ふぅん」

 

 何年も前のユーロ支部にいた頃からミサトを知るアスカだからこそ違和感を覚えるが、これだけの一大事となれば変化があって当然と受け入れることにした。自分もまた左目に巣食うモノを抱えているように余人に話せないことは確かにあるのだから。

 追及する気配のないアスカから視線を外したリツコが見たのは、どこを見ているか分からないシンジ。その首には他の三人と違って何もない。

 

「BM-03…………碇シンジ君。あなたにもDSSチョーカーを付けてもらいます。伊吹中尉」

「はい、副長」

 

 アスカ達がいる反対側から回り込んで現れた伊吹マヤの手にはDSSチョーカーが握られていた。

 

「…………ごめんね」

 

 ぼんやりとどこを見ているのか分からなかったシンジの目が目の前にやってきたマヤの手にあるDSSチョーカーに注がれた途端、顔色が激変というレベルでみるみる悪くなっていく。先程までの芒洋とした顔は消え、途端に息を荒げ始めて左手で自分の喉元を掻き毟る。これはパニック症状の一つだった。

 

「あぁあ、また面倒なことになった。コネメガネ」

「はいよ~」

 

 こういうことが起こるから襟の高い服を着てDSSチョーカーを見えない様に隠していたアスカは、何時もの役割としてマリに任せた。

 任されたマリは首元を掻き毟るシンジの左手を引っ張ってその顔を自身の胸に埋めさせた。

 

「大丈夫大丈夫、誰も死んでないよ」

 

 心臓の音を聞かせながら後頭部を撫でる。

 他人の体温と心音を感じたことが要因か、シンジの荒かった息はやがて落ち着いていく。

 

「うちのバカが悪いわね」

 

 動揺が奔る場に頓着せず、軽く話すアスカに当事者であったマヤは自分が拒絶されたかのようにショックを受けた顔をしていた。

 動揺を隠せないマヤの肩に手を下がらせるリツコ。

 

「落ち着きなさい、マヤ…………何かあったの?」

「目の前でそれを付けてた奴がコレされたらトラウマの一つも出来るでしょ」

 

 尋常な反応ではないシンジの様子に心当たりはあるかと聞いたリツコは、アスカが親指を立てて首を掻き切る動作をしたことで大いに納得した。胸の前で腕を組んでいたミサトの指がピクンと反応したことには誰も気が付かなかった。

 

「こうなったガキシンジが回復するまで時間がかかるのよね。ここに救護室みたいなところはある?」

「医務室があるわ。伊吹中尉、案内を」

「分かり、ました」

 

 罪の象徴のようなDSSチョーカーをポケットに直した伊吹は、また俯くようになったシンジを守るように肩を抱いたマリと背後霊のようにシンジの後を追うレイ№トロワの三人を先導してこの場を離れる。

 大半の特殊部隊も共に離れた中でアスカは残っていた。

 

「…………あなたは行かないの?」

「子守は向いてる人間がやればいいのよ。アタシだと蹴飛ばすことしか出来ないから」

 

 マリのように母親の真似事は今のアスカには天地が引っ繰り返っても出来ないし、やろうとも思えない。式波・アスカ・ラングレーは親の愛を知らないのだから。

 立場上、アスカの来歴を知るリツコは勝手に納得する。

 

「今の内に聞きたいことがあるなら答えるけど?」

 

 図らずともアスカ一人となった現状。現在のエヴァパイロットの中で身元がはっきりしていて、理性的に話が出来るアスカが残ってくれたのはリツコに取ってこれ以上ないチャンスでもあった。

 

「そうね。ついでだから聞いておきましょうか。日向中尉、スフィアの映像を」

「主モニターに出します」

 

 ついでというところにアスカも思うところはあったが、一度もこちらに視線を向けようとしない日向マコトが手元のコンソールを操作して表示した画像を目にして眉間に皺を寄せる。

 

「黒い壁?」

 

 そこには世界に穴でも開けたような黒。

 

「水没する前の嘗てネルフ本部があったジオフロントの更に奥、セントラルドグマを塞いでいるスフィアよ」

「あれが球体(スフィア)だっての?」

「ドグマの壁を一部壊して推測される形状は正確にはオーバル『卵形』であると考えられるわ。機械はおろか、探査ビームも音波も通らず、目の前にあるのに温度すら解らない。リリスがどうなっているかを確認する為に行われたことだけど、分かっているのはその程度ね。あなたは何か知ってるかしら?」

 

 先程とは別角度から撮影されたと思われる映像が映されたモニターの中で、真っ黒な球面が不気味に建物も空間も呑んで座っていた。

 周囲の光を全く反射しない異様な黒体空間。ドーム状なのだが反射が無いので立体に見えない。まるで空間の穴のようだ。だがその黒い地面はジオフロント地表から顔を出した一部に過ぎない。

 この黒体は、後の測定でスフィアではなくオーバル『卵形』であると判明したのが精々だ。時間が止まっている事実もそれが直接観測出来たわけではなく、物質や電磁波からニュートリノまであらゆる波が一切伝播しない。

 伝播する暇がないからと言う二次的な結果の推測に過ぎず、時間のたわむ特性は豊かなれどゼロ時間との物理共存はありえないという議論からそれは限りなくゼロに近い――――停滞している、そう結論されただけで知り得たことはあまりに少ない。

 

「知るわけないじゃない。こんな物があるのなんて初めて知ったし、科学的見地でリツコに分からない事ことがアタシに分かるわけないわ」

 

 ただ、とアスカは前置きを置いた。

 

「考えられるとしたらMark06に首を落とされたリリスがスフィアを発生させてるんじゃないの?」

「首を落とされた?」

「ロンギヌスの槍でこう」

 

 またまた親指で首を掻き切る動作。

 先の文脈と併せれば十分に意味は通じた。

 

「下半身が無くても生きてるリリスが首が無い程度で死ぬとは思えないけど、今更使徒の出鱈目具合には頭が痛くなるわ」

 

 スフィアの全体は地下にも及ぶ閉じた球で、アスカの言葉を信じるならば中の最深部には首を落とされたリリスがいる。

 本部ビルよりも更に地下深く、Mark06によって首を切り落とされたリリスは自分を中心に異常な空間を押し広げ、その内部の時間を凍り付かせた。

 時間を止めての絶対の眠り、何者かが妨げられようはずがない。だが何時までの、何の為の眠りなのかは誰にも解らない。何が起こるのか、起こらないのか、それすらも解らない。科学的に説明できないことがあまりにも多すぎて、リツコは半ば諦めの境地にあった。

 

「今までの使徒はコアがあったけど、リリスにコアがあるという話は聞いたことがないわね」

「第2使徒に分類されていても、リリスをそれ以降の使徒と同類とみなすのは止めた方がいいわ。全ての使徒に言えることだけど良く分かっていないのが現状なのだから」

「それはエヴァもでしょ」

「否定は出来ないわね」

 

 分からないことは結局、分からないまま。何も解決していないし、解決するかどうかも分からない。今までもそうだったのだから、これからもそうなのだろうと思っていたら、一人で戻って来たマリが「へぇ、時間停滞スフィアか」とあっさりと答えを出してしまった。

 

「次の補完計画の準備を進めているこの世界にも現れるのも必然か」

「コネメガネ、戻って来たの?」

 

 そのままシンジに付き添うだろうと思われたマリが戻って来たことに驚くアスカ。

 

「トロワに任せて来た。そろそろ親離れかなって思って」

「大丈夫なの?」

「なるようになるさ」

 

 トロワに任せることか、親離れをすることなのか。そのどちらとも取れるアスカの問いに返すマリの言葉もまた曖昧さを多分に含んでいる。

 その真意を見極めようと次なる言葉を発しようとしたアスカだったが、それよりも早く唇の端をヒクつかせたリツコが前に出たことで出来なかった。

 

「真希波・マリ・イラストリアスさん、あなたは何を知っているのかしら?」

「私は私が知ることしか知らないのよん…………いや、本当にね。他の人よりかは知っているかもしれないけど、時間停滞スフィアのこともそれがそうであること以上の説明は出来ません!」

 

 だから解剖しないで、と怖い目でゆらりゆらりと近づいて来るリツコが怖くて両手を上げて降参を示すマリのコミカルな仕草に、場の空気が緩んだことをアスカは見逃さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シンジが目を覚まして最初に見たのは見慣れないグレーの天井だった。

 眠る前の記憶が曖昧で軽い頭痛も感じて直ぐに起きれないでいると、天井を見上げるシンジの視界の中に誰かが入ってくる。

 

「大丈夫か、碇」

 

 最初、視界を埋めた人物の問いかけにシンジは相手が誰かを認識できなかった。

 

「シンジが気ぃ付いたんか?」

「ああ」

 

 動揺と混乱の最中にあるシンジの視界にまた別の人物が入って来た。

 

「分からんか? ワシやワシ、トウジ、鈴原トウジや」

 

 鈴原トウジはシンジの目の前で手を何度もブンブンと振る。

 あまりにも反応がなさ過ぎて、シンジは目を開けているだけで意識は回復していないのかと首を捻るトウジの肩を叩いて下がらせたケンスケが前に出る。

 ケンスケに、トウジに、シンジは何かを言おうと口を開く。

 

「……、…………」

「声が出ないのか? 今となっちゃ珍しい話でもないか」

 

 パクパクと動くだけのシンジの口の動作を見たケンスケは一人で納得したように頷き、トウジを見る。

 

「多少事情は聞いとるがけったいな話でよう分からん。とにかく元気そうで何よりや」

 

 生きてて五体満足なら儲けもんや、と軽く言ったトウジが遠くを見るような目をした。

 普段の言動から粗野で大雑把に見られがちだが、根は真面目で思いやりに長けた性格だとシンジは知っている。彼らもニア・サードインパクトやサードインパクトで何がしかの体験をしたのだろうとシンジは思った。

 

「先生は目が覚めたら自由にしてええと言うてくれとる。どや、もう動けるか?」

 

 頷いたシンジは寝ていたベッドから起き上がる。

 

「いけそうやな。ほな、行こうか。綾波のそっくりさんも待っとるで」

 

 トウジが目隠し代わりのカーテンを開けると、プラグスーツのままの綾波レイ№トロワが人形のように立っていた。

 

「トウジ、そっくりさんはないんじゃないか」

「しゃあないやろ。本人が綾波レイじゃないって言うんやし、他に呼びようがないやん」

「だからって、そっくりさんってのは」

 

 シンジはレイ№トロワの個体呼称名を知っていたが言葉を発することが出来なかったので二人に伝える方法に苦慮する。

 話題の当人であるレイ№トロワは正しく人形のようで、話す二人に関心を向けずその目はトウジの手の平に筆談で個体呼称名を伝えるシンジにだけ向けられていた。

 

「ここはあちこちの生き残りが集まって戦自に守られてる第三駐屯地。その第三地区に位置する場所だ」

 

 救護室代わりであるというプレハブ小屋から出たシンジは整然と並ぶプレハブとそこで生活する老若男女に驚きを隠せない。

 上空から見ればプレハブ小屋が幾つも並んでいることが分かっただろうが、地から離れられないシンジに分かるはずもない。

 二人に先導され、背後を歩くレイ№トロワを連れながら歩くシンジは辺りを物珍し気に見る。子供達が遊んでいて、老人が見守り、恰幅の良い男が大荷物を運び、忙しなく手を動かす女がいる。

 シンジが近くを通る度に彼らは奇異の目を向けた。

 

「気を悪くしないでくれよ。外の世界が人の生きられない地獄だってのはみんな知ってるから、新参者が来るなんて思ってもみなかったんだよ」

「直ぐみんなも慣れるで。今は生きるのに必死やから」

 

 委縮するシンジの肩を軽く叩いたトウジが左手の方向を指差す。

 

「あっちが大浴場で、入れるのは3日に1日やさかい忘れんように」

「最初の方は一番風呂の奪い合いだったよな。最後の方はやっぱ汚れて来るし。水が貴重だってことはわかってるんだけどな」

「飲料水の方を優先しとるからな、しゃあないやろ。ワシは委員長やサクラがぶーぶー文句言う方が分からん」

「女の気持ちは男には分からないってことさ」

「女って、サクラなんてガキやないか」

「女の子でもレディであることに変わりはないよ」

 

 男同士の気安い関係、気取らない言葉遣い。

 失声症のシンジは言葉は話せないけれど、小さくとも何時振りかの笑顔を浮かべながら二人の話を聞いていた。

 アスカ達異性の前では無意識であっても張ってしまうほんの僅かな肩の力を入れなくてもいい。数ヶ月前まで確かにあったモノに浸ることは、今のシンジにとってとても心地の良いものだった。

 暫く歩いたところで先導していた二人が足を止める。

 その先には他のプレハブ小屋の三倍はありそうなプレハブ作りの建物が建っていて、『第三食堂』と明朝体で書かれた青く塗られた木の看板がかけられていた。

 

「ここが第三食堂。第三地区にあるからって安直だろ」

 

 同意をするには現状を思えば苦笑するしかないシンジ。

 

「他にも地区ごとに食堂があって、食事を取る時間は各区画ごとに決められとるんや。一秒遅れるだけでメシ抜きになるから注意せなあかん」

「最初は食料を各自に配給するって話もあったらしいんだけど、電気はともかくとして各家庭にガスを回す余裕がないから、こうして食堂で食事を取るという形に落ち着いたんだ。少なくともみんな同じ物を同じ量だけ食べるから不公平感はないんだけどな」

 

 不満はあろうともこれが一番上手く物事を進めるのに都合が良かったのだと、ケンスケは苦い物を呑み込んだような顔で入り口側の壁が全て取っ払われて開放感のある第三食堂に足を踏み入れる。

 第三食堂の中は限りある空間を最大限活用して人を収容することを目的としている為、満席に近い状態だとかなり狭く感じる。

 

「相田、鈴……トウジ、こっち!」

「おお、委員長」

 

 込み合う食堂の中で一人の少女――――洞木ヒカリが立ち上がって二人を呼ぶ。

 ヒカリの他に中年の男と幼い少女が並んで座り、前の四隻が開けられていた。トウジとケンスケは戸惑うことなく、狭いので人の後ろを蟹歩きをしながら横移動で動く。シンジとレイ№トロワも続く。

 

「みんなおまちどうさん」

 

 男の前にケンスケが座り、ヒカリと向かい合う席にトウジが、シンジはその隣に腰を下ろした。空いているシンジの隣にレイ№トロワが座る。

 シンジ達が席に座る前に離れたヒカリと少女がお盆に乗せられた料理をシンジ達の前に並べていく。

 

「久しぶりね、碇君綾波さん。元気そうで安心した」

 

 笑顔を向けられてシンジも嬉しくなった。その横でレイ№トロワが口を開く。

 

「違う。私は綾波レイじゃない」

「そっくりさんらしいで」

「トロワって名前らしい」

「そうなんだ」

 

 同意を求められてもレイ№トロワについて殆ど知らないシンジは説明しようがなくて、きっと話が出来たとしても曖昧な態度にしか終始できなかっただろう。

 ある意味でらしいシンジの反応に笑みを浮かべたトウジがパンと目の前で手を合わせる。

 

「ほな、熱々の内に食べようか。頂きます」

 

 食事を始めた周りと違って手をつけないシンジにケンスケが気づいた。

 

「食べないのか、シンジ?」

「腹減ってるやろ。食わんと倒れんで」

 

 それでも手をつけようとしないシンジにトウジは何かを察した様子で、シンジの向こう側にいるレイ№トロワを見る。

 

「食べとうなったら食べたらええ。どうや、綾波のそっくりさん?」

「口の中がホクホクする」

「そやろそやろ」

 

 ニコニコと笑顔を浮かべるトウジとは対照的にケンスケの前に座る男――――ヒカリの父である洞木ブンザエモンが食事の手を止め、厳しい面持ちでシンジを見る。

 

「シンジ君、話さないのはいい。だが、出されたメシは食え。それがこの食事を食べられるようにしてくれた全ての人達への礼儀だ」

 

 セカンドインパクト後の混乱期を生き抜いているからこそ、明日の食事の心配をしなくていい現状の良さを知っているブンザエモンは食事を取ろうとしないシンジを認めることは出来ない。

 

「まあまあ、親父さん。シンジには色々と事情があるんや」

「しかし、トウジ君。これだけ貴重な食料をもらっておいて口にせんとは失礼にもほどがある。後、誰が親父だ。儂はまだお前をヒカリの旦那と認めんぞ!」

「お父さん!?」

 

 間に入ったトウジだったが藪蛇だったのか、ヒカリの方に誤爆してしまった形に。

 よくある誤爆に慣れない様子で立ち上がったヒカリに、いい加減に諦めればいいのにと洞木一家を見ながら呆れているケンスケが仲裁に入る。

 

「まあまあ、おじさん。遅かれ早かれじゃないっすか」

「だがな!」

「ここは食事の席です! 静かに食べましょう! トウジも言葉に気をつけて!!」

「す、すまん」

「お、おう……」

「お兄ちゃん、情けな」

「五月蠅いわい」

 

 ヒカリはこの話題を出させるのが嫌な様子で、その雰囲気にトウジは何時も圧倒されるから妹である鈴原サクラのチクリとしたツッコミに返す言葉に力は無い。

 友達(トウジ)の別側面を知ることになったシンジだが悪い気はしなかった。だからだろうか、食事を取って良いと思えたのは。

 

「…………、……」

 

 温かい物を食べるのは久しぶりだった。

 用意してもらっても食べるのは、空腹が我慢できなくなって何時も一人になってからだから、温かい物でも冷えてしまった物しか食べなかった。温かい物を食べたことで心も温かくなった気がして、どうしてか泣きそうな気分になった。

 

「美味いだろ。このご時世、まともなメシを食えるだけ有難いと思わないとな。人間らしい生活が出来るってのは良いことだよ」

 

 箸と器を持ちながら微笑むケンスケは少し会わなかった間に大人になったかのように、雰囲気が大らかというか器が大きくなったように感じて一人足踏みをしている我が身を顧みてシンジは少し落ち込む。

 

「サバイバルおたくのケンスケがおらんかったらワシらはニアサーでおっちんどったからのう」

「煽てるなよ、トウジ」

 

 トウジも言動と行動に子供っぽさが抜けて、人当たりが大分柔らかくなっていた。

 

「シンジ、こうして再会したのも何かの縁や。好きなだけ頼ってくれてええんやで」

「俺達、親友だろ。俺は碇が生きていてくれて嬉しいよ」

 

 言葉でこの胸の中で爆発しそうな感謝の気持ちを二人に伝えたいと、シンジは心の底から思った。

 

 

 

 

 

 

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