今話のタイトルは『シン・エヴァンゲリオン劇場版 』の劇中で使用された曲より
人の口に戸は立てられぬ。
サードインパクトの原因は何かと問われて来た命題。
どこぞの国や存在しない組織が暗躍していると、三文芝居のような妄想に取りつかれている者もいないわけではない。大勢としてネルフがサードインパクトを引き起こし、旧ネルフ幹部が追認していることもあってそれらの妄想は駆逐されたはずだった。
人類最後の牙城、第三駐屯地に静かに広がっていくもう一つの噂話。
『碇シンジがニアサーとサードインパクトを起こした』
厳密には違うが真実も含んでいる。どうやったかではなく、誰があの災厄を起こしたのかが重視される。
所詮はただの噂話。
始まりがどこであるかは関係はない。旧ネルフからか、戦略自衛隊のどこからか、それともヴィレに所属している民間人からか。
大半の者は日々の生活を優先して噂話を本気にしないし、そもそも碇シンジと言われても誰のことか分からないから気にも止めない。
「…………それ、本当?」
第三区画にいる碇シンジを知っていれば噂の真偽を確認する者もまた出て来る。
「私が知ってる碇シンジは無口なガキなんだけど? あんなのがどうやってニアサーを起こすってのさ」
「大分前にヴィレが回収してたエヴァンゲリオンがあるだろ。あれに乗ってだと」
まだ赤い雨が降っていた頃、ジェットアローンが回収したという
「現にニアサーもサードインパクトも起きてるんだ。人がヒトでなくなるぐらいだ。科学的な証明なんて誰も出来やしない」
噂話を持って来た男は投げやりに語る。
「どうして私にそんな話を?」
「別に、ただ噂話をしに来ただけだ」
こんな時でも未成年には保護者がいる。目の前の男が保護者になっているのは知己だからではなく、ただの制度に従う義務でしかない。
「邪魔をしたな」
だから、去った後に椅子に座る際に外したホルスターがそのまま残されていたことも驚くべきことではなかった。
忘れたのではなく意図的に残された意味を分からないほど彼女は子供ではなかった。女というには垢抜けておらず、少女というには幼くはないのだから。
「ニアサーを起こした奴…………私の家族を奪った碇シンジがここにいる」
北上ミドリは残されたホルスターの中の銃を手に取る。数ヶ月経とうとも癒える兆しすら見えない家族を失った心の傷から溢れる憎悪に固く目を瞑った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
第三駐屯地の朝は早い。
ジェットアローンの原子炉のお蔭で電力に余裕はあるが娯楽に乏しく、出来ることが少ないので早く寝る者が多いという事情がある。必然、寝る時間が早くなれば起きる時間が早くなるのも当たり前の話で、各人の仕事の開始時間もサードインパクト前と比べればかなり早い。
仕事の前に用事を済ませようと思えば夜明け前後に行動せざるをえない。
共に住む相田ケンスケに誘われた碇シンジは第三駐屯地の離れ、使徒封印呪詛柱に程近い場所を訪れていた。
「ありがとう、碇。こんな朝早くから付き合ってくれて」
盛り上がった土と目印の石が幾つか置かれただけの寂しい場所――――手作りの墓地で墓の一つに静かに手を合わせていたケンスケが所在無さげに背後に立つシンジに礼を言った。
この墓地は第三駐屯地で死んだ者が埋葬されており、殺風景なほど簡素なのは生きている者を優先する為であると何かの時にトウジが言っていたことを思い出す。
「トウジや洞木の所はニアサーでいなくなってるから、何時も一人で墓参りをしてたんだ」
故人を偲ぶなんてキャラじゃないんだけど、と嘯きながら月命日ぐらいは来てやらないと寂しがるとケンスケは薄く笑う。
「サードインパクトを生き延びた親父が、まさか事故であっさり死ぬとはまるで思わなかったんだ」
ニアサー、サードインパクトを乗り越えて第三駐屯地に辿り着いて、なんでもない事故で死んだのだと、ケンスケと同じプレハブに済むことになった時に既に聞いている。
「最後の言葉が『お前と酒を飲みたかった』だぜ。最後の言葉がそれなんて笑えるだろ」
笑うケンスケの声は空虚だった。
天災でも人災でもない。誰を恨むことも出来なくて、何かの所為にすることも出来なくて、最初の頃は見ていられないくらいだったと墓参りの前日にトウジが少しだけ話してくれた。
「親父のパソコンを勝手に触ってネルフのデータをちょろまかしたりして、親不孝なことぱっかしてきた。こんなことならちゃんと話をして、酒でも飲んで愚痴の一つでも聞いとけばよかったって後悔ばっかりが頭に浮かぶ」
花も何も添えることが出来ない墓を見据えるケンスケの胸中にある思いは何か。他人でしかないシンジは推し量れないけれども、後悔ばかりが頭に浮かぶ心情は良く理解できる。
ニアサーとサードインパクトの時に抱いた、あの時、あの瞬間に別の選択をすればという後悔は常にシンジを苛み続けているのだから。
「最初は泣いたけどさ。涙で救えるのは自分だけだ。周りは気を使っちゃくれるが、見方を変えれば迷惑をかけているとも言える」
特にトウジには散々迷惑をかけた、とシンジと違って既に現実の中で立ち直っているケンスケは今では頭が上がらないと軽い調子で語る。
「お前の親父は生きてるんだろ。無駄と思っても一度は会ってきちんと話せよ。後悔するぞ。これ、経験談」
自分を捨て、自分を騙し、自分を必要としてくれた父親、そして世界を地獄のように変えた張本人と目されている男。
会って何を話せというのか。けど、後悔するというのもまた分かってしまう。
「何があったかは知らない。でも、辛いのはお前だけじゃない。みんな苦しんでる。死んだら何も出来ない。何も話せない。全部手遅れになっちまう」
死んだはずのカヲルと話せているのは奇跡のようなモノだと理解している。
「どんなことがあっても親子であることは変わらない。縁は残る。血は消せない」
ケンスケがシンジの肩に手を置く。
「後悔しないようにな」
加持と交わした最後の言葉と重なり、シンジの頭を過った。
ケンスケと墓参りを済ませたシンジは第三駐屯地の中央区に移動していた。共に移動したケンスケはおらず、先に待っていたトウジ達の姿を確認すると別の場所に一人で向かって行った。
これが初めてのことではないからケンスケを見送ったシンジはトウジ達と、相変わらずプラグスーツを着ていると綾波レイ№トロワと合流する。
トウジの妹である鈴原サクラも共におり、総勢4人で田んぼの端へとやってきた。
「働かざる者食うべからず、や。きりきり働くで!」
「お兄ちゃん――――黙って働け」
「はい」
兄妹の力関係が如実に現れた問答を人形のように表情一つ動かさず聞いていたトロワは、ようやく人間として生きていることを思い出したように口を開く。
「働く? 命令、ならそうする」
第三駐屯地を訪れて一か月近く経つもののトロワが言葉を発することは滅多にない。滅多にないからこそ言葉を発した時、誰もがトロワを注目する。
「命令ちゃうで。これは仕事や」
「仕事って、何?」
根本的なトロワの問いにトウジは、まるでサクラがまだ小さい頃に何にでも興味を持って聞いてきた過去を思い出す。
あの時は何度も同じことを聞いて来る妹に怒ることしか出来なかった幼い自分とは違うのだと、トウジは自身の成長に鼻を伸ばす。
「汗水掻いて働いて生きる為に必要な糧を得る行為のことや」
「汗水?」
「やってみれば分かる。ほら行くで、シンジも!」
麦わら帽子を被り、タオルを首に巻いたトウジが真っ先に田んぼに降りていく。その後をサクラが、次にシンジが続いて、トロワは何かを考えるかのように中空を見た後、自らかが知らないことを知る為にトウジ達の後を追うのだった。
中学生と小学生に与えられる仕事は左程、難しいものではない。簡単に言えば単純労働である。
赤い空であっても太陽の輝きが田んぼを照らす。単純労働で体を動かしてれば、汗が出るのは当然の流れだった。
「これが汗水? これが仕事……」
トロワが汗水と仕事の概念を理解した頃、人一番誰よりも働いていたトウジは一人静かに作業を行っているシンジの下へとやってきた。
「どや、シンジ。もう
コクリ、とシンジは頷く。
「もう一ヶ月も経っとるからの。どんな馬鹿でも慣れよるか」
セカンドインパクトで地軸がズレたことで季節が夏に固定されている日本は年中暑い。サードインパクトによって赤く染まった空でも太陽は容赦なく地上に降り注ぎ、立ってるだけでも汗が滲むのに農作業をしているのでタオルで拭っても拭っても流れ続ける。
疲れて来れば集中力も低下する。集中力が下がればどうしてもミスが生まれてしまう。シンジは気を付けて作業を行いながら横で同じように動くトウジの話に耳を傾ける。
「セカンドインパクト後の食料不足を契機に開発された超促成栽培が出来るっていう野菜や。速度優先で味は二の次になってしまうらしいけど、そこは料理人の腕次第でなんとかなるらしいからの。お蔭で食いっぱぐれんですんどる」
言われて食事に良く同じ食材が使われていることを思い出す。
ニアサー前のミサトやアスカの食事を作っていたあの日常の中でなら気づいたはずのことに今更気づく自分に少し呆れた。
「ああ、ケンスケはここには来いひん。あいつはパソコンとかサバイバルが出来よるから色んな所から重宝されとるらしい」
自身に呆れているシンジの内心を勘違いしたトウジ。
「ケンスケみたいにみんなに必要とされるのもええけど、ワイは自分の食い扶持を自分で作る方が性に合っとるわ」
ケンスケが具体的に何をしてるかまでは説明を聞いたトウジにはハイテク過ぎる知識に脳が拒否反応を示したことで何も残っていないらしい。
「お兄ちゃんの場合、頭を使うより体を使う方が楽なだけやろ」
「否定出来ひんわ!」
ガハハ、と妹の言葉を寧ろ肯定しながら大口を開けて笑う。
「土の匂いに包まれとる方が生きてるって実感できるわ」
「自分らが出した物も混じってると思うと複雑にならへん?」
「気にしたら負けや」
「まあ、そうなんやけど」
人間生きていれば出す物を出す。今の人類に無駄を許容する余裕などあるわけなく、排泄物であろうと有効的に利用しなければならなかった。勿論、そのまま排泄物を使用するのではなく、然るべく過程を経ている。
それでも気にする人間は一定数いるわけだが、生きる為にその矛盾を呑み込まなければならないのが今の状況でもある。
「サクラ、そこ間違っとるぞ」
「あ、ほんまや」
まだ若い身空ながらトウジは働きを認められてこの田んぼの管理を任されていた。なので、誰よりも働きながらも他の面子の作業もしっかりと見ており、間違いを修正させていた。
「小学生に何やらせてんやって思ってへんか?」
思った。中学生のシンジですら少ししんどいと思える作業量なのだから、小学生のサクラが多少の間違いを犯したとしても仕方ないと。
「自分がやらかしたことには落とし前つうかけじめをつけなあかん。責任持って自分でやらなな」
けじめ、という言葉がシンジの心の奥底に下りて来る。
何かが分かりそうな気がしたシンジの内心に気づくことのないトウジはサクラの直しに頷きをして、再び作業に戻ろうとした妹の背中を見ながら内心を吐露する。
「サクラには学校に行ってほしんやけどな」
「学校なんてやってる余裕はないやん。それに――」
兄に向かって振り返ったサクラは一度暗い瞳でシンジを見て視線を逸らす。
「――――友達もサードインパクトでみんな死んだんやから」
空気が凍った。
トウジ達が絶対にシンジに言わないように口止めして、万が一を考えてトウジかケンスケが常に傍にいて一人になることがないようにしてまで遠ざけていた事実。
「サクラ!」
「ほ、本当のことやん」
シンジ以上に顔色を変えた兄の滅多にない怒声に、ビクリと体を震わせたサクラは涙目になりながらも言葉を紡ぐ。
「碇さんは私らを救ってくれた恩人やけど、うちらのお父ちゃんもインパクトで消えてもうた…………碇さんは恩人で、仇なんや!」
今まで裡に秘めながらも口に出せなかったこと。言いたいことを言い切ったサクラは仕事の途中であること理解していても、この場にいることが出来なくて走り去った。
今のシンジに何が出来るはずもなく、トウジにしてもサクラの気持ちが良く理解できるだけに何も言えずに見送ることしか出来ない。トロワだけが与えられた仕事をこなし続ける。
サクラの姿が完全に見えなくなって暫くした後、大きな溜息を吐いたトウジが後頭部をガシガシと掻きながら意を決して俯いてしまったシンジを見る。
「…………すまんな、妹が」
俯いていたシンジは謝罪するトウジの顔を見上げ、口を僅かに動かして何かを言おうとした様子だったが言葉は発せられていない。
「シンジ、お前はもう十分みんなの為に戦った。これからはここでワシらと一緒に生きたらええ。ワシはそう思うで」
その時、ウーウーと日常にはありえない警報染みたサイレンが第三駐屯地全体に響き渡り、誰もが手を止めて空を仰いだ。
(敵だ)
理由も根拠もなく、異様な胸騒ぎを感じ取ったシンジは何故か直感的に感じ取っていた。
非常警報を鳴らしたのはシンジ達が最初に第三駐屯地に連れて来られ、目隠しを外された施設からだった。
「なんだろ、これ?」
正面モニターに『EMERGENCY』の文字が表示され、警報音がけたたましく音を鳴り響かせる中で、状況を読み上げるべきオペレーターの声が困惑の色を濃くしていた。
「パターン青だよ! でも、なんで? 使徒はもういないのに……」
すっとぼけたことを言う民間人上がりのオペレーターである多摩ヒデキに怒声をぶつけた日向マコトだったが、検出された使徒固有のパターン表示に疑問を隠せない。
「第14の使徒だとでもいうんですか?」
「ありえないわ。でも、データはそれを示している」
青葉シゲルの問いに首を横に振った赤木リツコだったが数値こそを絶対とするならば、存在しえないはずの第14の使徒が現れたことを認めざるをえない。
「全艦、第二種戦闘配置!」
困惑を深める場に、葛城ミサトの大喝が響き渡る。
「副長、復唱はどうした!」
「…………了解、全艦第二種戦闘配置」
疑問は多々あれど、なんであれ敵が迫っていることに変わりはない。腕を組んだままのミサトの大喝に自身の疑問を横に置いたリツコの指示が下される。
「各自作業を中断。第三駐屯地に警報を鳴らせ!」
「各艦対空システムを連動、対空・対水上および水中戦用意!」
青葉が受話器を手に取って関係各所に連絡し、続いて日向が作戦の進行を引き受ける。
「ええと、艤装作業をここで中断。隔壁の閉鎖を開始って…………これか?」
軍務経験は皆無ながらも能力の高さを買われてオペレーターに抜擢された多摩ヒデキは、説明書片手に慣れない手付きでモニターで操作する動作は戦闘前にも関わらず緊張感が薄い。
「多摩! 甲板作業の状況はどうなっている?」
「それ、自分の担当ですか?」
MAGIでデータから過去に該当するケースがないかと検証している日向に代わって青葉が多摩に確認するも返って来たのは唖然とするものだった。
「兼任だ! 人が少ないんだから当然だろう!」
「そんなこと言われても……」
「自分に与えられた仕事ぐらいこなせ!」
青葉が民間人上がりを登用した弊害に苦慮している間に日向がMAGIで類似するデータを見つけ、背後のミサトとリツコへと振り返った。
「目標を識別! エヴァンゲリオンMark04とデータが一部一致!」
「Mark04ですって? あの機体は北米の第2支部と共に消滅したはずよ」
「MAGIは67.8%の確率でMark04と出しました」
「およそ3分の2か。使徒のパターンが出ているのと関係があるのかしら」
科学の徒として分からないことに関しては徹底的に追求したくなる欲求がある。リツコが思考の海に潜りかけたところで、前だけを見ているミサトが口を開く。
「傾注、Mark04系統の敵の呼称をネーメズィスシリーズと定める。発見時に遡って全記録を修正」
「ネーメズィス――――ギリシア神話に登場する女神か」
人間が神に働く
「主機は?」
「まだなんとも。本来想定されている物とは別の物で動かそうとしているのだから容易にはいかないわ」
「ヴンダーは動かせないか…………2号機と8号機の様子はどうか?」
ミサトはモニターを見つめたまま、事の展開に思考を張り巡らせる。
「2号機はレクテナ装備試験中にて何時でも出撃可能です。8号機はN2リアクターとのエネルギーパイプの調整が遅れています。発進には今暫くの時間がかかります」
エヴァンゲリオンの最大の懸案事項であるであるエネルギー問題を解決する為、2号機と8号機で異なるアプローチを試している最中だった。
「ネーメズィスシリーズの迎撃に2号機を当たらせろ。8号機は何時出せる?」
「問題が発生しているのはエネルギーパイプです。N2リアクターをポジトロンライフルに直結すれば8号機の出撃も少しの時間があれば可能です。ですが、その場合は電源を本艦に依存する為、近接戦は不可能となります」
「未知の敵だ。手は多い方が良い。8号機は援護に専念させる」
「了解。作業急げ!」
粗方の方針は纏まった。後は実際に動く者次第。
「2号機パイロット、行けるわね?」
「誰に言ってるのよ!」
第三駐屯地の外で新機構の試験をしていた、頭部をロンギヌスの槍で貫かれたことで視神経が激しく損傷したため四眼から双眼に改められた2号機のエントリープラグの中で式波・アスカ・ラングレーはリツコの問いに吠えた。
「敵は0時方向より向かって来ているわ。接敵まで約5分。データリンクは密に」
「了解、データリンク良好。システムを戦闘仕様に更新」
アスカは地に横たえられていたソニックグレイヴを持ち上げる。即座にブルーの演習コマンドメニューがオレンジの実働状態に波のように切り替わっていく。
「レクテナ再展開」
2号機が左肩パイロンに折り畳まれたフレームを開くと、それは大きな十字になった。
ミサト達がいる施設に増設されたメーザー送電タワーが2号機の大きな十字をした
「送電5秒前、2,1、マーーーーー」
日向の声は最後がノイズでエラー表示で切れたが、それは高周波ビームに変換された電力がちゃんと受け取れている証拠なのでアスカは慌てない。
「メーザー受信、利得/基準値内」
「ヴンダーより2号機、敵呼称『ネーメズィスシリーズ』が第三駐屯地に近づかないよう戦域設定せよ」
「2号機了解、私もその辺りに近づきそうになったら先に送電止めてくれていい。送電ウェーブでヒトを焼きたくないもの」
送電効率は中々でケーブルから解放される代わりに、電磁波障害でセンシング能力は半分以下に低下する。
送電タワーの発信機は2号機のレクテナを追いかける。メーザー/位相の揃った極超短波送電を受けて2号機は歩き出す。受信用の大きな十字架を肩で背負いあげるようにして、拾いきれないマイクロ波がATフィールド上で熱に変わりチリチリと光っていた。
「コネメガネ、そっちは?」
「こっちは調整にもう少しかかるよん。騎士の登場は待ってほしいにゃん」
「あっそ、急ぎなさいよ」
マリの戯言に付き合うことなく通信を終わらせたアスカはセンサーが敵接近を知らせるアラームを鳴らし、システムが自動的に仮想ディスプレイに遠方の敵の姿を拡大表示する。
「敵を確認――――なによ、あれ。髑髏頭のエヴァ? 悪趣味……」
人間と同じ四肢と銀色の機体色に肩のウェポンラック、要素で言えば髑髏の頭部というただ一点を除けば2号機と類似点が多い。アスカもまた敵がエヴァンゲリオンと類推して言ったところで、顔の造形自体が神の遣いとされる使徒と戦う為にフォルムが凶悪よりになっている事実に思い至って閉口する。
「武器は無さそうだけどパターン青を発していることを考えると、使徒と同じような力を持っていることも想定しておいた方が良いわね」
何時でも2号機を動かせるように意識しながら、無防備な態度でこちらへ歩いて来るパターン青を放ち続けているMark04を見据える。
「ならば、先手必勝!」
2号機の周りの空気がドンッと歪んで、眼前の敵へと踊り込んでいく。一気に距離を詰めてソニックグレイブを突き出した。
ガゴーン、と大きな音が鳴り響き、衝突はソニックグレイブの穂先の一点で双方のATフィールドが激しくぶつかり合う。
「貫けぇぇぇええええっ!!」
緩慢な動作で動こうとするMark04よりも早く、アスカは力の限りにソニックグレイブを押し込んだ。
ATフィールドを突破したソニックグレイブがMark04の鳩尾辺りに深く突き刺さり、地面へと押し倒したがまだ死んではいなかった。起き上がろうとしたところを2号機が振り上げた左足で髑髏の頭部を踏み潰し、鳩尾に突き刺したソニックグレイブを股間方向へと振り上げた。
完全に動かなくなったMark04から2号機は念の為、大きく距離を取った直後に十字光の爆発が起こる。
「使徒なのか、エヴァなのか。どっちかはっきりしなさいよ」
巨大な閃光の十字は嘗て使徒を倒す度に何度も見た。その荘厳で不気味な光の柱を発しているのが髑髏頭を除けばエヴァンゲリオンそのものだった機体だというのだからアスカとしては心情穏やかではいられない。
「センサーに反応なし、敵の消滅を確認。2号機帰投せよ」
「2号機了解」
視界は十字光の爆発によって巻き上げられた砂煙によって遮られたまま。
使徒戦と比べれれば簡単に倒せてしまった顛末に、呆気なさを覚えるも全てのデータがMark04の消滅を示していたのでアスカは日向の指示に従おうとしたその瞬間だった。
晴れてきた砂煙を切り裂くように消滅したはずのMark04が飛び出して来た。不意を突かれ、アスカは避け切れずタックルを受けてしまい、2号機の巨体が突き飛ばされる。
「がはっ!?」
無様に地に倒れることは無く、数千トンオーバーの巨体が数十mほど大地を削って押し戻された2号機の足が作った二本の轍が地面に残る。
「パターン青が再び出現。2号機、注意せよ」
「はっ、遅いってぇの!」
再度の突進を仕掛けて来たMark04を横っ飛びで躱す。
「確かにさっき倒したはず、よね?」
「データ上ではそうだが現実としてネーメズィスシリーズはまだ存在している。即時対処せよ」
「簡単に言ってくれる!」
方向転換しようとしていたMark04に見えない壁、ATフィールドを直接対象に放つことでバランスを崩させ、体勢を立て直そうとしている間にソニックグレイブで体を真っ二つにする。
左右に別れていく体を回し蹴りで遠くへ蹴り飛ばした直後、屍体から十字の光の大爆発が立ち上がる。
「なによ、コイツ。弱いくせに何度も現れる……」
今度は油断なく戦闘態勢でいると、立ち込める砂煙にぼっと穴が穿たれて突進してきたMark04が壁にぶち当たったかのように背後に倒れ込む。
再びの十字光の大爆発。
巻き込まれないように大きく距離を取ると、2号機に8号機との通信回線が開かれた。
「後ろがお留守ですぜ、姫」
2号機の仮想ディスプレイに、N2リアクターに直結されたポジトロンライフル20Xを手にした8号機のアイコンが数㎞離れた艦上にいることが表示される。
「わざと隙を作ってたのよ。アタシの戦果を横取りしないで」
「へいへい、こりゃ失礼って――」
システムが新たな敵性存在の接近を感知してマリに教えてくれる。
しかし、今度の敵の座標は地上ではなく空の上を指している。
「おっと、今度は飛行タイプかい? 我が銃の錆にしてくれる! なんちゃって」
使徒の仮面をつけた大の字に固定されたエヴァンゲリオン2体を背中合わせに貼り付けた形状をした新手に、ポジトロンライフルが鮮やかな発砲フレアを発する。衝撃波の大音響は僅かに遅れて轟いた。
光速に近い反粒子はATフィールド面で莫大なエネルギーを放出、崩壊爆発した。
十字爆発を起こして倒したことは確かなはずだが、8号機に遅れて2号機によって倒された地上型は直ぐに新手が現れるのに、飛行型はかなり遅れてセンサーが新たな個体が向かって来ていることを知らせて来る。
「ヴンダーよりエヴァ各機へ。人型タイプを04ダッシュ、飛行タイプを44Aと呼称する。04ダッシュが2時方向、44Aは10時方向より接近中。これらを殲滅せよ」
「またぁ? これじゃあキリがないじゃない」
「ネーメズィスシリーズは探査網の中に突然現れている。死んだら直ぐに現れる謎は現在調査中だ」
第三駐屯地の周りにも敵性存在探知の為の施設が存在する。施設は十分に機能しているはずなのに、ネーメズィスシリーズはまるで突然その場に現れたかのように消滅した直後に再び出現している。
「1匹見つけたら100匹いるのってなんだっけ?」
「なにそれ?」
「こっちの話」
戦闘中なので呑気に別の考え事をしている余裕はマリにも流石にない。
ポジトロンが新たな光を生み、地上で2号機が舞う度に十字光の爆発が起こる。それは一度や二度に収まらない。
「ここら辺り一帯をN2弾で吹っ飛ばしてみれば? N2弾がまだあるか知らないけど」
個体辺りの強さは大したことはないが即座に新たな個体が現れるのでは徒労感が大きい。個体ごとの撃退に意味がないとなれば、状況打開の策としてこの周辺一帯の破壊も選択肢の一つであった。
「ヴンダーより2号機へ。N2弾の使用は認められない。ネーメズィスシリーズを殲滅せよ」
アスカも本気で言ったわけではない、現段階では。
地上型の04ダッシュに比べれば飛行型の44Aの方が現れる頻度は遅い。そこにどのような理由があるのかは分からないが、このままでは持久戦になるかもしれないとアスカは考えた。
「了ぉ解。コネメガネ、援護よろ――」
「ヴンダーより2号機パイロット、援護射撃を行う。注意せよ」
もう直ぐで10に届く数の04ダッシュを撃退したところでのヴンダーからの通信内容に、アスカはその意味を正確に理解したからこそ動きを止めた。
「援護射撃?」
ビーッとエントリープラグ内に鳴り響く対空警報。
「いぃっ!?」
母艦を護衛する海自戦艦から放たれた艦砲による援護射撃。
十字光の爆発が地上と空の2箇所で何度も起こったことで火山でも生まれたような大爆煙を突き抜けて、三十発近い弾頭が飛び出した。
それぞれの艦の砲塔から殆ど間隔を開けずに放たれた艦砲は第一射で射線の邪魔をする地形を吹き飛ばし、第二射が衝撃波で大気とチリを押し退け、第三者が密度の下がった空間を抜けて最大運動エネルギーで04ダッシュと44Aに殺到した。
アスカが肉眼で見えたのは第二射が空気を焼いた習慣の航跡のみだったが、第三射の命中焦点が激しく輝く大爆発となってそれを掻き消す。
「――――!!」
巨大な火力によるゼロ点加重攻撃。
粗点直ぐ近くにいた2号機は発生した衝撃でその巨体を地面に叩きつけられていた。2号機のフィールド上に、猛烈な力で押し付けられた破片と空気分子が煙となって燃え上がる。
十字光の閃光が起きては消え、起きては消えを繰り返す。着弾の衝撃と十字光の爆発で地面が何度も揺さぶられる。
艦砲が収まったことで十字光の閃光も起きなくなり、白色、灰色、黒色、衝撃で舞い上がったあらゆるものでその場所は覆われている。
しかし、立ち込める大爆煙は、侵攻して来た新たな個体によって押し退けるように払われた。
「今度は何っ!?」
女の悲鳴のような音を発しながら現れた個体はA.T.フィールドを後方に多層構造の如く展開することで飛行する。遠距離兵装を持たない44Aとは違うタイプのようで、撃たれた散弾を2号機はATフィールドで防ぐ。その背後には新たな44Aの姿もある。当然、見晴らしは良くなったがデコボコの地上には04ダッシュの姿もあった。
「ヴンダーよりエヴァ各機へ、新たな個体を04Aと呼称する。殲滅せよ」
「殲滅せよって、簡単に言ってくれるけどこりゃあ際限なくないにゃん」
飛翔する44Aと04Aの2体が進路上で重なった瞬間、8号機のポジトロンライフルが閃光を放つ。
ポジトロンの閃光は先頭の44Aを貫いたものの、04AのATフィールドまでは突破することは出来なかった。
04Aは減衰したポジトロンの閃光をATフィールドで受けきったものの衝撃は大きく、44Aが上げた十字光の爆発の向こう側へと跳ね飛ばされた形になっていた。十字光の爆発の後、再び現れた44Aと共に体勢を整えた04Aが逆襲するように我武者羅な突進を繰り返す。
「コネメガネ、援護足りない!」
「メンゴ! でも、敵さんの数が多すぎるにゃん」
「ちっ!」
ポジトロン弾連発の蒸発で目に見えない電波環境はすっかり騒乱状態となり、一気に使用帯域の絞り込まれたアスカの声は乾いた音になってマリの耳に届く。
「幾らなんでも無制限すぎる。ネルフの仕業とは思えない。突然現れるのは転移空間構造を利用しているとしても、新たな個体が同一には存在しないのは何故?」
前線で対処する2号機を横目に、ほぼ独力で2機の相手をせざるをえない8号機が持つポジトロンライフルは連射も可能だが無制限に打ち続けられるわけではない。
「全てがコピーではなく、みんな固有存在だとしたら? だから、蘇ることは出来ても同時に存在することが出来ない。エンジェルキャリヤーと同じ仕組みだとしたら納得がいく」
N2リアクターから供給されるエネルギーよりも使用の方が大きくなるのが先か、撃ち過ぎてポジトロンライフルが耐久限界を迎えるかのが先か。エネルギー使用量と銃身の具合を確認しながら、射撃頻度を減らす為に2機纏めて葬ろうとしたポジトロン弾が2体目のATフィールドに弾かれてもマリの目と頭は休む暇はない。
「まさか黒の巨像…………は、ないか。となると補完計画が作った新たな代行者とでもいうのか」
ネーメズィスシリーズには知恵はあるが主体はあるようには見えない。マリの考え通りだとしたら、ネーメズィスシリーズは補完計画進行の安全装置に過ぎないのだろう。
「ディラックの海に落ちる運命にある4号機が至る可能性の分岐。それがネーメズィスシリーズの正体」
代行者だとしたら、真の敵やその目的を探しても無駄でしかない。そんな者はいないし、これまでの誰も存在を確認できていない。或いはいたのかもしれないが、消えたのか滅び去ったのか、それすらも分からない。
「けど、正体が分かったところで突破口がない。エンジェルキャリヤーのように使徒の幼生体まで導入しだしたら手に負えなくなる」
マリの予想したようにネーメズィスシリーズが箱舟により生み出されるのならば数に限りがないだろう。消耗戦を強いられた人類は殲滅される。マリは自身の予想が裏切られることを強く願った。