新劇場版 急・結   作:スターゲイザー

14 / 25


今話のタイトルは『魂のルフラン』のカップリング曲です。




第14話 心よ、原始に戻れ

 

 

 

 

 

 エヴァンゲリオン2機に迎撃を行わせ、海自戦艦で援護射撃を行わせていたヴィレの旗艦たるAAAヴンダーは未だ動かないのではなく、主機が起動せず動けずにいた。

 主機を起動させる為、ヴンダーの整備長たる伊吹マヤが他の整備員達と共に大型ディスプレイの前で何度目かも分からない起動プロセスを実行する。

 

「――――主機への接続がまた切断されました。ダメです、点火出来ません」

 

 大型ディスプレイには『ERROR』とデカデカと黄色い文字表示が踊る。

 何度も試し、その度に失敗を繰り返して来た作業は整備作業を行う者達に深い徒労感を覚えさせていた。

 

「泣き言を言わないで! もう一度プロセス245からやり直して!」

 

 民間人上がりの技術者の悲鳴交じりの声に、エヴァンゲリオンとヴンダーの整備長を兼任している伊吹マヤの怒声が返る。

 

「やっぱり無理ですって、整備長。遠隔操作では点火は不可能とMAGIも言ってるんですよ!」

 

 ネルフ本部が赤い海に沈む前に箱自体を物理的に持ち出し、ヴンダーに移植して使用しているMAGIが下した結論は人間が判断するよりも余程論理的で、理系な者にとってはより抗いがたい。

 

「エヴァがあれば点火出来ますが敵の迎撃に当たっていて無理ですし、かといって仮にジェットアローンのどちらかで行うにしても動力炉の再装着には時間がかかり過ぎる」

 

 ジェットアローンの原子炉は取り外されて第三駐屯地の電気事情を一手に支えているし、ジェットアローン改もN2リアクターの研究・改良・開発・量産の為に取り外されていた。

 

「7号機なら――」

「バカか!」

 

 唯一起動していない7号機を使えばと言いかけた整備員の言葉は遮られた。

 

「ゼーレのパイロットなんて乗せたら、こっちがやられるだろ!!」

 

 国連を通り越してネルフに命令を下していたというゼーレから直接派遣されたという7号機パイロットの綾波レイ№トロワは拘束されていないものの、エヴァンゲリオンに乗せるにはあまりにもリスクが大きいとヴィレ上層部は判断した。

 碇シンジ共々、下野に下ろされて監視の身なのでエヴァンゲリオンに乗せるなど以ての外。

 

「こうなったら人間の手で点火させるしか」

「そんな!? 主機周辺はL結界密度が高すぎて、下手をすれば防護服を着ていたって近づくだけでヒトじゃなくなっちまいますって」

 

 一人の整備員が漏らした言葉に別の整備員が顔を青くして止めに入る。

 

「第一、本来とは違う物で動かそうとしてるんです。仮に点火して主機がその役割を果たしたとしてもヴンダーが動いてくれる保証すらないじゃないですか!」

 

 ヴンダーの主機として想定されていたのはエヴァンゲリオン初号機ではない。本来の物を使うのは不可能だから、代用出来そうな初号機を使おうとしているだけだから想定通りの機能を発揮するかも未知数過ぎる。

 順当に考えれば動かないのが当然のことで、動いたとしても初号機が次なるインパクトを起こさない保証もまた無い。MAGIはパイロットが乗り込んでない限りは次なるインパクトの可能性は低いとしているが、地獄のような世界の小さな箱庭に生きる者にとっては上手く行く可能性の方が低いと思えた。

 

「じゃあ、どうしろっていうのよ!」

 

 否定ばかりを繰り返す整備員達の言葉を黙って聞いていた伊吹が激発する。

 

「敵は無限に現れる。第三駐屯地(ここ)の外は人の生きられない地獄で、逃げる場所はないのにヴンダーは動けない」

 

 与えられた仕事を果たしたところで何も変わらない、変えることは出来ないと誰もが知っている。それでも抗い続けるのは、ただ怯えて蹲っているよりかは建設的だからだ。世界に擦り潰されていくなんて恐怖を直視していたら、簡単に心なんて折れてしまうから。

 

「奇跡なんて起きないのよ……」

 

 主機が起動してヴンダーを望み通りに動かせる確率をMAGIは0.00001%以下と示した。第8の使徒の時以上に万に一つもない状況に、抗えるだけの気概も意思も伊吹にはない。

 奇跡を起こすのは、何時だって意志を持って行動する者にだけ舞い降りてくるものなのだから。

 

「――マヤさん!」

 

 この場には絶対に有り得べからざる者が伊吹の名を呼んだ。

 聞き覚えのある、しかし記憶の中と比較すれば若干低くなった声の主にその場にいた伊吹を含めた全員の目が向けられた。

 伊吹の名を呼んだ主はタラップの向こうで息を乱しながら立っている。ヴンダーで再会した時はDSSチョーカーを見たことでトラウマから過呼吸を起こしてしまっただけに、今ようやく伊吹は碇シンジをしっかりと視認した。

 

「シンジ君……」

 

 ここ数ヶ月、碌に髪を切っていないから記憶にある姿よりも少し髪が長く、背も伸びたか。何よりも違うのは、心を閉じてしまったかのように意志を感じさせない伏せていた目が今はしっかりと伊吹を見据えていること。

 

「どうやって、ここへ?」

「友達の手を借りました」

 

 はっきりと、今まで人の目から視線を逸らしていたシンジが強くはっきりと言い切った。

 

「僕はエヴァンゲリオンのパイロット、碇シンジです。マヤさん、僕をエヴァに乗せて下さい」

 

 伊吹の方が目を逸らしてしまいそうな中、ゆっくりと足を進めるシンジはここに来た目的を語る。

 

「アナタ達は作業に戻って…………シンジ君、初号機は現在本艦の主機として使用中です。仮に乗せられる状態であったとしても、一度覚醒状態になった初号機にアナタが乗ることは出来ません」

「初号機じゃありません。7号機――――トロワが乗っていた機体がここにはあるはずです」

 

 整備員を主機起動の再作業に戻らせた伊吹は眉を顰めた。

 唯一パイロットがおらず、起動していない7号機は今いる場所とは違う、赤い海が流入されたブロックで沈黙していることは事実。

 

(あ……)

 

 伊吹の脳裏に天啓のように、サードインパクト前にネルフで行われた零号機と初号機の機体相互互換試験の結果が過る。試験の時、シンジは零号機に乗り、初号機ほどの数値は出ず結果的に暴走はしたものの起動には成功している。

 システムの遠隔操作で主機が点火出来る可能性、初号機が主機としての性能を発揮する可能性、主機が動いてヴンダーが想定通りの働きをする可能性…………その全てを足したものよりもシンジが7号機を動かせられる方が遥かに高い可能性がある。

 

「…………綾波レイと綾波レイ№トロワのパーソナルは完全に同一。そしてあなたと綾波レイのパーソナルは似ているから7号機には乗れるかもしれない」

「整備長、それは――」

「但し!」

 

 ニア・サードインパクトを起こしたシンジを乗機である初号機ではないとはいえ、エヴァンゲリオンに乗ることのリスクを今更整備員の一人に言われるまでもなく伊吹は知っている。

 

「シンジ君、私達はあなたを信用していません」

 

 情に絆されてはいけないと伊吹は努めて冷静に、論理的な口調で伝える。

 

「構いません。そんな資格があるとも思っていません」

 

 一度目を伏せたシンジが顔を上げた時、拒絶にも揺らがないように見えた。

 

「今も戦闘は続いているように見えます。僕の力は必要ありませんか?」

 

 そんなはずがない。シンジの手を借りれば多くの問題が解決するかもしれない。

 7号機が起動して動けば、最低でも戦闘の援護は出来るだろう。動かないとしても、それは最初から想定に入っていないものだから期待が裏切られるだけに過ぎない。実質的な損はないと言える。

 

「エヴァに乗るというのなら、DSSチョーカーを付けなければいけないのよ」

「その意味を分かった上で、ここに来ました」

「MAGIには、サードインパクトを止める為にDSSチョーカーの作動履歴が残っていました。それはMark06に乗っていたもう一人のパイロットが目の前で爆死した状況を示しています。そんな体験をして尚、エヴァに乗ろうとするの?」

「僕がエヴァに乗ることで起こるリスクも理解しています。それを止める為にはどうするのが最善かも」

 

 一瞬、シンジの瞳の中の光が揺らいだように感じたが、伊吹の錯覚でしかないように痕跡はない。

 胸の前に上がった手が深く握られる。余人には如何なる葛藤があるのか、他人でしかない伊吹には図りしえるはずもない。

 

「それ以上に僕は僕の落とし前をつけたい。マヤさん、もう一度言います。僕をエヴァに乗せて下さい」

「シンジ君、あなたは……」

 

 このまま手を拱いていても人は絶滅する以外に道が残されていない。

 決して消えることのない意志を目の当たりにして、伊吹はシンジに何かを言いかけて口を噤む。同じリスクを背負うにしてもリターンのある方を選択することに決めた。

 

「分かりました」

「整備長、本気ですか!?」

 

 一連の流れを作業をしながら聞いていた整備員の一人は、もう暫くは持つ人類の命運をたった今、切り捨てるに等しいと本気で思える選択をした伊吹が追い詰められて気が狂ったのかと本気で思った。

 

「全ての責任は私が取ります――――直ぐに7号機の起動準備を。後、誰かDSSチョーカーを」

 

 結局のところ、整備員達にも現状を打開する為の方策を何も持っていない。インパクトが起こり得る可能性はDSSチョーカーで抑えられるならば、間近に迫った脅威を払える可能性に賭けるしかないと思うしかなかった。

 文字通り後はないのだから、掴むべき藁に拘っている時ではなかったから。

 駄目元でも主機の起動プロセスのやり直しと、7号機の起動準備、保管されているDSSチョーカーを取りに行かせた中で敢えて伊吹は艦橋にシンジのことを伝えるようには言わなかった。

 シンジがプラグスーツに着替えている間に全ての準備が整えられ、後はDSSチョーカーを着けるだけ。

 DSSチョーカーをシンジ本人に着けさせるなどありえない。責任を取ると口にしたのだからその役目は伊吹でなければならなかった。だが、それはシンジの死刑執行書に仮のサインを記すに等しい行為。

 伊吹は人の命という重すぎる責任の象徴と化したDSSチョーカーを震える腕で受け取り、背中を見せるシンジに近づいていく。

 

「マヤさん」

「お願い、何も言わないで」

 

 シンジに何を言われたとて、伊吹がこれからすることの行為の免責になりはしない。

 醜い罵倒をしてくれるなら伊吹は良心の呵責に苛まれることもないだろう。自らの意志でDSSチョーカーの装着を受け入れたシンジがここで何を言うのか分からないほど薄い関わりではなかった。寧ろ辛くなるだけだと知っている。

 震える手でDSSチョーカーがシンジの首に着けられた。カチンと鳴り、ピーと電子音が鳴る。システムが正常に作動し、シンジの死刑執行書に仮のサインが記された証明。

 とんでもないことをしてしまったと後悔しても後の祭り。

 伊吹の心情など背を向けているシンジには伝わらない。ただ、前だけを向いて手首のスイッチを押してプラグスーツをフィッティングさせたシンジは起動準備を進める7号機の下へ向かい、一度もマヤを振り返らない。

 

「ありがとうございます」

 

 一言だけ感謝を残して、7号機がある別ブロックに向かうシンジの背中を見送れなくなった伊吹が崩れ落ちる。

 シンジが7号機のいるブロックに入る。

 まず目に入るのは横になった状態で赤い水に体の殆どが浸かった状態のうつ伏せの7号機の姿。今は拘束を解かれて、打ち込まれていた停止信号プラグが抜かれるところだった。

 

「7号機は青いんだ……」

 

 遠巻きにされるだけで誰も案内はしてくれなさそうだったので、辺りを見渡してエントリープラグを見つけたので勝手に乗り込む。足場もあったので難しいことではなかった。

 7号機のエントリープラグは初号機と若干インテリアが違っていた。どちらかといえば零号機に似ている。

 シンジが着座したところでプラグの入り口が閉じられ、動く気配を感じる。浮遊感がなくなり、ガコンと揺れた後にLCLが予告なく注入された。エントリープラグが7号機に挿入される気配。

 

「綾波と同じ匂いがするって思うのは酷いことなんだろうね」

 

 似たようなことを思ったのは機体相互互換試験か、第8の使徒の時だったか。

 幻臭にシンジが過去に思いを馳せている間に仮想ディスプレイが立ち上がって、金属質な内壁から7号機の目が見ている光景へと映り変わる。とはいっても、未だ赤い水に浸かったままなので晴れた視界とは言えない。

 

「お願いだ、7号機」

 

 操縦桿を握ってシンクロが始まる感覚に我知らずシンジは言っていた。

 

「僕に力を貸してくれ!」

 

 巨人の一つ目がシンジに応えるように光を灯す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヴンダーの艦橋は恐慌状態に陥っていると言い換えても良かった。

 主機が動かないことには補機のN2リアクターのエネルギーだけでは艦そのものを動かすことすら出来ず、悪化し続ける状況をただ見守ることしか出来なかったのだから。

 陽電子砲装備の仮称・4444Cから放たれるであろう砲撃は確実にヴンダーの命運を葬り去る力があるとMAGIは示している。8号機が止めようとしているが、他のネーメズィスシリーズが邪魔をして果たせそうにない。2号機も04Bに拘束されており、抜け出すのは難しそう。

 ヴンダーは進退窮まっていた。

 

「副長、主機は?」

「動かないモノを動かそうと足掻いていても、やはり動かないモノは動かないままよ」

「N2リアクターだけではヴンダーは飛べない。打つ手なし、か」

 

 このヴンダーの艦長にして、鉄血と称される葛城ミサト大佐を以てしても海自戦艦による援護射撃といった取れる方策は全て打ち尽くした。

 冷血と噂される赤木リツコであっても、今までの使徒戦とは真反対の消耗戦を強いて来る敵に対する対策を取れるほど戦闘に熟知してはいない。手持ちの札は既に尽きており、切り札は裏返ったまま動こうとはしてくれない。

 

「元より武装は皆無。主機が動くことで戦艦となる前提に無理があっただけ。0%のモノはどう足掻いても0%のまま……」

 

 リツコが見るディスプレイには大口径の砲塔にエネルギーを貯めているネーメズィスシリーズが映されている。砲塔はヴンダーに向けられており、そう幾ばくかの間を置かずに放たれるだろう。

 明確な危険を感じ取っても、動くことも出来ず碌な防御手段も持たないヴンダーには出来ることは何もない。

 

「もう駄目だぁ――っ!!」

 

 多摩ヒデキの叫びとほぼ同時に、遂に砲撃が放たれた。せめて最後まで敵の姿を目に焼きつけてやろうと睨んでいたミサトと無力なヴンダーは諸共に消え去るはずだった。

 

「っ!?」

 

 衝撃はあった。立っていたミサトは倒れそうになり、手摺で体を支えるほどだったがまだ生きている(・・・・・・・)

 未だ揺れる船体の中で顔を上げれば、前方を映し出していたメインディスプレイに透明の薄いオレンジ色の壁が放たれた陽電子砲を阻み続けているのが見えた。

 

「ATフィールド――ッ!」

 

 対使徒戦で何度も見た絶対不可侵領域がヴンダーの前面に展開され、4444Cが放った陽電子砲を事もなげに防いでいる。船体が揺れているのは左右と上に別れた陽電子砲が海を抉る影響で起こる波に揺れているだけで、ATフィールドは陽電子砲の衝撃すらも防いでいる。

 やがて陽電子砲はそのエネルギーを失い、後に残ったのは勝ち誇るように存在するATフィールドだけ。

 そのATフィールドすら消えて揺れる波間に翻弄されるヴンダー。中にいる者達は未だ自身の生存を信じきれない中で次なる異変は起こった。

 

「何?」

 

 ぼおっとヴンダーのあらゆる箇所が虹色の位相光を漏らし始めた。光がどんどん輝度を増していく。

 光が臨界に到達すると、物凄い衝撃波が起こって周辺一帯を呑み込んだ。海の向こうから迫っていた光の柱すらも例外なく。

 リツコが慌てて手元のコンソールを操作すると、ディスプレイの一部にヴンダーの主機となっている初号機がビクンビクンと体を戦慄かせている姿が映された。

 

「主機が目覚めた? 何故――」

 

 点火もしていないのにいきなり動き出した主機という理屈に合わない事態にリツコが困惑を深めていると艦内から通信が入った。

 通信を開くと、艦橋とは違うブロックにいる伊吹マヤの硬い表情が映る。

 

『副長先輩、報告します』

「マヤ?」

 

 伊吹がリツコを相手にこれほど硬い表情を向けることは稀だ。咄嗟に解けぬ宿題がもう一つ増えたリツコは続く言葉に目を見開く。

 

「たった今、シンジ君を7号機に乗せました」

「…………そう、分かったわ。健気なことね、レイ。いえ、もしかしたら嫉妬かしら?」

 

 別ディスプレイのDSSチョーカー使用者の欄にシンジの名が追加されているのを確認したリツコは、7号機の起動と主機となっている初号機の目覚めの関連性に着目して推測を立てる。

 状況から類推した推測に過ぎないが求めている結果が出ているのなら答えはなんでもないい。

 

「主機が動いた。現状を変えて後顧の憂いを断つ。ネーメズィスシリーズの撃滅行動に移る」

 

 艦長による果断にして即断過ぎる次なる行動への指令を飛ばす。

 九死に一生を得た多摩などはギョッとした顔をミサトに向けた。

 

「いきなり本艦での実戦は無茶よ。葛城艦長」

 

 主機が初めて動いた段階に過ぎず、諸々の過程をすっ飛ばしての実戦運用は博打が過ぎる。

 

「副長に同意します! 試運転も無しに危険すぎます!」

「私も同じく。重力制御は未経験で自信がありません」

 

 臆病風に吹かれているくせに理論的に振舞えている多摩に同意しつつも、弱気とも言える意見をはっきりと答える長良スミレ。

 

「自信があろうがなかろうが今動かなきゃ死ぬだけだ」

 

 艦橋にいる中で最年長であろうスキンヘッドと口髭が特徴的な高雄コウジが、機関長として主機から送られてくる莫大過ぎるエネルギーを調整しながら答える。

 

「無茶は承知の上! 神殺しの力、ここで見極めるだけよ」

「座して死を待つよりはマシか…………ヴンダー、発進準備を!」

 

 4444Cは陽電子砲の再チャージを始めており、折角展開できた主機によるATフィールドも数に押し潰される可能性は否定できない。

 死が迫っているのならばせめて抗いたい。地獄のような世界にいる人間は抗わなければ生きていけない。

 

「各部確認。僚艦は既に退避済み。何時でも行けるわ、艦長」

 

 動けないヴンダーと違って海自戦艦は既にネーメズィスシリーズの影響下から退避していた。

 何時でも動けるように既に調整は幾度も行われており、主機さえ動けば幾ばくかの手間で発進準備は整い、後は艦長の号令があればヴンダーは飛べる。

 

「了解――――行くわよ……ヴンダー、発進!!」

 

 赤い海から巨大な船が浮かび上がる。横に広げられた両翼から機械の羽を展開して、海面から空母を遥かに超える全長を現わして空に浮かび上がっていく。

 完全に船体が海面を離れると、ヴンダーの全長よりも大きな天使の輪のような物が船体下に二重に展開されて更に高度を上げる。

 

「本当に飛んでる……」

 

 高度を増していくヴンダー艦橋で、多摩は信じられないとばかりに目を瞬く。

 重力制御も出来るという想定スペックを発揮出来れば空を飛ぶことは分かっていたが、現代科学力を優に超えた現象が現実として受け入れ難い。

 

「がっ!?」

 

 多摩が現実を受け入れないでいると、海面から四本の長い物体がヴンダーに伸びて両翼を貫いた。その衝撃にヴンダーが大きく揺れる。

 

「主翼を貫通! 損害不明!」

「構うな! 殲滅戦用意! 艦を倒立! ゴースターン!」

 

現実に戻って来た多摩だったが一瞬、ミサトが何を言っているのかが分からなくて目が点になった。意味は分かる。分かるが理解出来ない。

 

「ゴースターン!ヨーソロー!」

 

 操舵を担当する長良は艦長の命令に従ってヴンダーを操作する。

 

「主翼尾部に亀裂発生!」

 

 メインディスプレイがヴンダーの動きに従って、映し出される光景が真下の赤い海になった時、多摩は重力制御の有難みを知った。ヴンダーが空中で倒立――――船首を真下に向けたのだから。

 しかし、敵の触手らしき物が両翼を締め付けるような音に表情を引きつらせる。

 

「敵を海から引きずり出す! 舵そのまま!主機、全力運転!」

「両舷一杯!」

「最大船速!」

 

 多摩と違ってミサトのやり方に順応している高雄と長良が己の職分を全うする。

 二人の操作に従ってヴンダーは海面に船首を向けたまま、触手らしきものに両翼を締め付けられつつジリジリと上昇を開始する。ジェット燃料を吐き出すでもなく、二重の天使の輪による推力のみで姿を見せない下手人を衆目へと晒し出す。

 

「出ました!」

 

 アスカを拘束している04Bに似た黒い触手を持った仮称・04Cが海面からその姿を現した。

 

「今だ!取り舵一杯!振り回せ!」

「了ぅ解!」

 

 ミサトの指示を受けて長良が操舵桿を押し込み、一気に捻るとヴンダーが回転を始める。

 

「バレルロールをしたまま前進! 目標は陽電子砲搭載機! このまま敵にぶつける!」

「イエッサ――ァっ!!」

 

 この指示には流石に高雄もギョッとしたようだが、実際にヴンダーを動かしている長良は考える暇もなく手を動かした。

 

「全員何かを掴みなさい!」

 

 慌てたリツコが艦内放送を流す。

 重力制御でどれだけ艦を無茶苦茶に振ろうが内部への影響は軽微とはいえ、空中に螺旋を描きながら敵に向かって行くなど正気の沙汰ではない。完全な無重力ではないのだから固定されていないモノがしっちゃかめっちゃかになっているだろう。

 行きがけの駄賃のように、振り回している04Cで2号機を拘束している04Bが弾き飛ばされているが偶然に過ぎない。

 やがて後少しで次弾が放たれようとしている444Cまでもう少しというところでミサトが口を開く。

 

「左舷スラスター全開!急制動!」

 

 右舷を上空に向けている状態での左舷スラスターが急制動をかければ船尾が跳ね上がるのは当然の話。

 螺旋を描きながら進んでいたヴンダーの両翼の先で振り回されていた04Cが、高速回転によって生まれた十分な遠心力に従って地へと向かって振り落とされる――――――――――その先にはヴンダーの移動先を予測して陽電子砲を放たんとしていた4444Cがいた。

 右舷を貫く04C二体がガンガンと間断なく4444Cを直上から叩き潰し、駄目押しとばかりに横向きに一回転したヴンダーの左舷を貫く04C二体が叩きつけられた。

 

「目標、高エネルギーが臨界!」

 

 4444Cが今正に放たんとしていた陽電子砲に貯め込まれたエネルギーが行き場を失って暴走する。

 ネーメズィスシリーズの観測を続けていた青葉シゲルが報告した直後、使徒が倒された時に現れる光の十字閃光を飲み込むほどの大爆発が起こる。N2爆弾が数発纏めて爆発したかのような大爆発に巻き込まれた他のネーメズィスシリーズが更なる光の十字閃光を上げて範囲を増していく。

 大爆発を縫うように全身にATフィールドを覆ったヴンダーが覇者の如く空を飛ぶ。

 

「――――――目標ネーメズィスシリーズ殲滅。新たなシグナル現れず」

 

 爆煙も収まり、増援が現れないのを確認した青葉が強張っていた肩から幾ばくかの力を抜いて報告する。

 

「全艦、第2種警戒態勢に以降。全部隊に各種報告を即時上げるように通達。主翼の応急処置を急いで」

 

 ただ前だけを見据えていた艦長はズレていた帽子を直す。

 

「凄い。あの状態をひっくり返して勝っちゃうなんて……」

 

 敵がいなくなって胸を撫で下ろした多摩は抉れて何もなくなった地面を見つめながら未だ信じられない様子で呆けていた。

 

「全く無茶をする。だが、加持が後を託すに足る器に不足はなしということか」

 

 状況をひっくり返して見せたミサトの指揮に冷や汗を拭いつつも、高雄は今はもういない人間を想う。

 

「これが神殺しの力――――AAAヴンダー、正に希望の船ね……」

 

 副長であるリツコが意味ありげにミサトを見るが、彼女はただ自らの為した結果だけを見る。

 そして爆心地にほど近い場所にいた2号機は抑えつけていた04Bがいなくなったこともあって大きく吹っ飛ばされていた。

 片腕を失った痛みと衝撃は未だアスカを苛んでいた。このままでは地に叩きつけられるというところで、地面に落ちるのとは別の衝撃がアスカを襲う。

 

「あぐっ!?」

 

 背部に張ったATフィールドでも殺せない衝撃にアスカの口から苦痛の呻きが洩れる。しかし、地面に叩きつけられたほどではない。

 

「――――大丈夫、アスカ?」

 

 04Bの攻撃と大爆発と受け止められた衝撃に意識が朦朧としていたアスカはかけられた声が最初誰のものであるかを認識できなかった。

 戦士として育てられたアスカは数秒で意識を明確にする。

 開かれた目には一つ目の青い巨人の姿が映った直後、エヴァンゲリオン2号機は内臓電源を使い果たして仮想ディスプレイの映像も切れた。

 

「7号機? なんで――」

「アスカ、聞こえてる?」

 

 内臓電源が切れても通信だけは繋がっていたから、再度聞こえて来た声で事情は分からずとも理解出来た。

 

「何やってんのよ、アンタは」

 

 エヴァンゲリオンに乗れる男の声で7号機に乗っているのが碇シンジだと当たりをつける。

 

「助けに来た…………つもりだったんだけどね。必要があったかな」

 

 シンジの声に緊張感はない。2号機は指一本動かすことは出来ないが敵は全て倒し、増援はないのだろうとアスカは判断する。

 

「…………遅いわよ、バカシンジ」

 

 小さな笑みと共に通信相手に聞こえない小さな声で呟くアスカ。

 シンジが助けに来てくれた。そのことにどれだけの意味があったかを知るのはアスカ・ラングレーだけでいいのだから。

 

「アッシだけこの扱いはないんじゃないかにゃー」

 

 いきなり起動したヴンダーの光の閃光によって、船首でネーメズィスシリーズに応戦していた8号機は見事なまでに吹っ飛ばされて海に落ていた。今ようやく地上に上がってみれば全てが終わった後だったマリはしょぼくれるのだった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。